

ありがとうございますおはなし集で使ったHTML等は菊地さんのサイトで勉強しました。菊地さんありがとうございます
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以下(いか)のコラムは宗教(しゅうきょう)サイトではありません。古神道(こしんとう)研究(けんきゅう)ノ−トです。
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結婚した理由
-ありがとうございます-
奥さんと結婚する時、名前だけで決めたそうですが、名前にその人の人柄とか役割が現れるのですか?結婚したきっかけは?何かぴっと来るものがありますか?
ありがとうございます:
名前はちょっとしたきっかけで、名前はなくてもちょっと見れば分かります。ただいい所しか見えません。神さまを本当に求めているか、真剣さが有るか無いか見ていたみたいです。
その人の願いに答えて何か与えるものが有った方がいいですから、一番真剣な心を持ってたみたいです。だから与えがいがあります。ぴっと元の段階にぴっと合わすかが大事です。波が合えばぴっと来ます。フィーリングが合う場合は波が合ったら合ったという感じで受けます。やっぱり高い波に合う方がいいのです。一人一人何を真剣に願い求めているかが一番のポイントです。神さまをしっかり求めてる方がいいのです。
-ありがとうございます-
パートナーは既に決められているのですか?現世では会えなくても、来世で会えますか?
ありがとうございます:
そんな事はないのです。誰を選んでもいのです。それだけの幅があります。無限の無限のチャンネルを与えて貰っています。無限のチャンネルでも凄いのです。誰一人として同じ番組の人はいません。更に無限のと付きます。
どの番組でも自分が主役になれます。自分の願い通りの番組が既に有ります。結婚でも誰としてもいのです。誰をパートナーに選んでもいい、全部とり揃えて用意してくれています。幸せを大きく受け取ればいいのです。自由自在にどの番組でも選べる事は、どの人でも選べるという事です。そこまで自由にして貰って大きい幸せを与え続けて貰っています。
本当は縛りは無いのです、自分が何を選ぶかだけの問題です。いいものを沢山選ぶ方がいいのです。沢山の番組を同時に選べたら、沢山の人と結婚している番組とか、全部違う人と結婚している番組があるかも知れません。役割の違いだから全部違っていいのです。
一番奥は神さまと一体の自分です。宇宙の全部と一体の自分です。本当の与え尽くし合い生かし合いの世界です。自分に求める心さえ無かったらいいのです、求めるのは相手を縛ります。自分も縛られ雁字搦めになります。与え尽くすのは縛りが一切無い、本当の自由自在な心になれて相手を幸せにするだけがいのです。
一人の人と結婚する必要は無いのです。求めるからそうなります。与え尽くすだけだったら相手を縛っていないから自由に放しています。自分が与え尽くす心だったら回りからも与え尽くして貰えるだけだから、誰からも縛られる事は無いのです。こうしなさい、ああしなさいとか、一切縛りは無いのです。与え尽くすだけが一番幸せな心です。
形の結婚で縛っても心まで縛りきれないのです。二十四時間ずうっと自分の為に尽くしてくれる訳でもないのです。形で縛って安心しようとしても、それは無理です。逆に自由に放した方がプラスをいっぱい与えて貰えるかも知れません。
七つの祈り
-ありがとうございます-
先生のお祈りをしている時の感覚を教えて下さい。
ありがとうございます:
沢山あります。七つの祈りがあります。
ひとつ目は
いつもいつも大難を無難にし 無限の無限のマイナスを免除してくださって
ありがとうございます
大難を無難に変えて貰って、無限の無限のマイナスを免除して貰っているひとつの事でも、ありとあらゆるものが有ります。自分一人の問題だけでなく全ての人の問題も含めてどれだけマイナスを消して幸せを与えてくれているか、神さまの本当の大犠牲精神、深い愛の働きを思うだけで涙が出て来ます。無限に「ありがとうございます」と捧げても追い着かない感覚になります。ひとつ思うだけで本当に湧き上がるような喜びの感謝が出て来ます。
二つ目は
いつもいつも無限の無限のプラスを 新たな全徳の無限の無限の輝きを与えて下さって ありがとうございます
何時も何時も無限の無限のプラスを与え続けて貰う訳です。それがところてん式に無限に無限に奥に連なってずうっと与え続けて貰っています。またこれもマイナスを免除して貰える以上に計り知れない無限の喜びが湧き上がってきます。それに対するお礼も恩返しも何ひとつ出来ていない感覚になります。有り難いばっかしの感覚です。
三つ目は
いつもいつも無限の無限の感謝の心を 湧き上がらせてくださって
ありがとうございます
無限の無限の感謝の心を湧き上がらせて下さっている訳です。マイナスを免除してプラスを与えて湧き上がらせるようにして下さっています。自分の力で感謝なんて一回も出来ていないはずなんです。それを無限に湧き上がるような感謝の心に置き換えて貰っています。ずうっと涙を流し続けて感涙にむせび続けても、まだまだ喜びを表現し切りません。凄い神さまの愛の働きです。
四つ目は
いつもいつも無限の無限のプラスを 神さまの最高表現を感受させてくださって ありがとうございます
本当の神さまが与えてくれるものを受けるのが一番大事です。まだ全然受け取れていないのです。どれだけ受け取れているか考えても、無限の無限分の一も受け取れていないのです。この世だけ見てたらもっと小さいのです。
どれだけ沢山受けようとするのでも、一瞬一瞬を無限億万分の一秒まで絞り込む必要があります。神さまの宇宙創造は時間を超越しています。無限億万分の一秒と言う一瞬で置き換えて来ます。何所まで絞り込んでも中々絞り込めません。
一秒でも大変です。一秒ごとに宇宙全体が置き換わっていると言っても大変です。それをもっともっと絞り込んで受けようとするのはもっともっと大変です。どんどん早く受け直しが出来るように受けさせて下さるのも凄い事です。
五つ目の
いつもいつも無限の無限の感謝の真祈りを 祈らせてくださって
ありがとうございます
感謝の真祈りは受けるだけではないのです。神さまの本当の宇宙創造の祈りの力(働き)です。宇宙を創造する働きに参加させて貰うのが感謝の真祈りです。それを何時もさせて頂くのです。神さまの中に溶け込む事によって神さまと創造する喜びを一緒に味あわさせて貰うのです。
これも凄い喜びになります。こっちの方が本当に自由自在な創造の喜びです。この世の人が何か作って喜ぶのは、その中に入らないぐらいです。本当の創造の喜びはお祈りの中にあります。
六つ目は
いつもいつも無限の無限の神さまの最高表現の お手伝いをさせてくださって
ありがとうございます
神さまのお手伝いと言います。お手伝いもピンからキリまであります。最高のお手伝いは創造するお祈りのお手伝いが出来て、更に最高のものを受け取る喜びを本当に味わう事が最高のお手伝いです。
人は神さまの代わりに幸せを味あわないといけないのです。大きい幸せを感じる程神さまが喜んで下さります。その神さまの本当のお手伝いが沢山ありますから、それを沢山させて貰うのがいいのです。
七つ目は
いつもいつも無限の無限の神さまとの一体感を
実感させてくださって
ありがとうございます
神さまとの一体感を本当の意味で実感させて貰います。神さまは全体だから全てとの一体感になります。無限の無限のチャンネルの番組が有ったら、その全部との一体感が有る方がいいのです。
皆自分の感覚です。そうすると皆プラスに見えてきます。自分と一体だったら皆綺麗に美しく見えます。例えば口から出すつばきでも中にある間は綺麗です。糞尿でも体の中にある時は違和感はないのです。綺麗で一体感があります。外に出した途端に汚くなります。どんな姿も自分と一体感があると皆綺麗です。
母親が子供の汚れを取るのも同じです。小さい時の世話は本当に一体感が強いから汚いと思いません。でも大きくなると離れて仕舞うからちょっと汚く思います。いろんな意味の神さまとの一体感は宇宙の全てとの一体感です。いろんな角度から実感させて貰うのは幸せです。
まだ沢山項目があると思います。いろんな角度からいろんなものをいっぱい感じさせて貰うのです。それを全部総合して「ありがとうございます」と一瞬一瞬受け直して行くのです。感謝は浅くて小さいものではないのです。何所までも何所までも大きく深いのです。だから絶対マンネリ化しません。「ありがとうございます」と一回唱えるごとに大きく深くなります。それでも神さまを掴めないのです。神さまのほんの一部を感じさせて貰っているかなと言う感覚です。
神さまが余り大き過ぎるのです。これ全部神さまの方から順番に与えて貰うのです。受け取れる感じられる程度に合わせて下さります。神さまの方が人に合わせて幸せをどんどん大きくして下さります。人の側から大きくなるのでは無いのです。神さまが大きい幸せを与えよう受けさせようと一生懸命になっています。だから感謝に生きるのはいのです。
思いに生きると我を出すから神さまを無視するか拒否します。無視したり拒絶したりするのを止めたら神さまが働き易いから助け易くなります。それでどんどん幸せを大きくして下さります。感謝が深くなるように一生懸命助けて下さります。ただ「ありがとうございます」がいいのです。無条件に「ありがとうございます」と唱えるだけで助け続けて貰えます。自力の感謝ではないのです。本当の神さまの絶対力の感謝になって来ます。一億回ぐらい無心に唱えているとそうなると思います。何時の間にか変えて貰えます。アホのひとつ覚えでいいのです。「ありがとうございます」と一言ずうっと唱えられたら神さまの方から幸せにして下さります。今のお祈りもそんな感じです。
-ありがとうございます-
普通の人はある程度受け取ると満足して感謝しなきゃと思います。しかし神さまの方はもっと凄い幸せを用意して下さっていると思います。だから人は神さまを感じる事に関してはもっと貪欲になっていいと思います。でも途中でもうこれでいいと遠慮している気がします。何故ですか?
ありがとうございます:
それは掴んで仕舞うからです。掴む心になると、同じ状態を持続させたくなります。思いの惰性が生まれて来ます。そうすると新しい受け直しがスムーズに行かなくなります。新たに新たに受けるのが大事なのに掴んだ途端に受け直しが難しくなります。一瞬に受けて一瞬に放すのがいいのです。新しいのを受け続けて行こうとする心の姿勢があれば古いのを放せます。
何時も宇宙大の打ち上げ花火が打ち上がっていると思えばいいのです。一秒単位で上がっているとしても、新しいものを見続けている限り古いものに心を奪われません。それが無限億分の一秒と言う短い時間でずうっと起こっていると見れば、新しい方新しい方へ心向け続けている限り執着はないのです。思いは出なくなります。思いが起こる訳がないのです。感謝の心の古い状態を思いと言います。感謝が新しかったら絶対思いは出ません。輝いた感謝の心しかありません。
みんな過去を掴みすぎて過去の足跡を問題にし過ぎます。今神さまからプレゼントを受ける方が大事なのに、自分はこんな事を受けたとか、したとか足跡の方に囚われ過ぎています。自分の足跡は記録しなくていいのです。無い方がいいのです。みんな記録したがります。新たに受け直す練習さえ積んだら過去は無関係になって来ます。
感謝の練習が足りないだけです。ある程度感謝が出来るようになったら中から自然に変えて貰えるから過去を一切掴まなくなります。今が一番大事なのがわかって来ます。本当は受ける事だけが大事です。神さまから与えて貰えるプレゼントを受けたらいいだけです。それを忘れるから自分が何かしているとか、しなければとかになります。受け取るだけがいいのです。
感謝を選ぶ
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」と唱え続けても求める心を起こすのは駄目なのですか?
ありがとうございます:
心の向きが神さまに向く必要があります。神さまから受けるのが一番いのです。ところが神さまに背を向けた途端にいいものを受け損ないます。
一瞬の問題で、一瞬感謝に生きるか、思いを出すかの違いのです。今の一瞬どっちを選ぶか決めるのです。感謝を選ぶ場合は神さまだけです。「無限の無限の輝きがいっぱい、ありがとうございます」と受けるのです。それがずうっと続けば思いは絶対出なくなります。
でもちょっと心の隙が出来ます。現実を見るとなったら思いの自分です。思い通りしたいとなったら思いの奴隷です。そうなると感謝が忘れられます。それを交互に繰り返しているかも知れません。
感謝に生きると絞り込んだ方がいいのです。そうすると何時も神さまだけが回りにいっぱいになります。神さまは宇宙全体だから、天からも地からも横からも何所からも入って来ます。全体が神さまの光源になります。何所からでも神さまの光が降り注いで来ます。そうすると思いは一切出なくなります。「ありがとうございます」を隙の無いように絞り込むと一番楽になれます。
-ありがとうございます-
その心境になるまで時間がかかると思います。
ありがとうございます:
時間がかかると思うと思いです。それも止めて「ありがとうございます」「ありがとうございます」と続けるのが一番楽です。今の一瞬「ありがとうございます」と生きるのがいいのです。それがある程度続いたら感謝三昧という感謝しかない状態になって来ます。後はほっといても湧き上がる感謝になります。
今の自分にとってどっちを選ぶかの問題です。過去は感謝を忘れ思いを選んでいました。その惰性がちょっとあります。でもその惰性は大した事ないのです。惰性は一回選んだものを次に選ばないで、そのまま任せる事です。本当は今の一瞬一瞬自由自在に選ぶのが大事です。今感謝を選んで生きるのがいのです。本当の自由の発揮はそうです。神さまから素晴らしいプレゼントを一瞬一瞬受ける気持ちです。宇宙全体が神さまの愛の塊です。無限の無限の光り輝いた姿です。
-ありがとうございます-
実際の生活の中で感謝を選び続けるのは難しいのです。コツを教えて下さい。
ありがとうございます:
コツは大きく受ける事です。常に大きく宇宙全体を受け直す心になっているとプラスばっかしに感じるはずです。大きく受けている時はいいものが無限にあるからマイナスを感じる暇がないのです。
だから会社で働いている時でも会社を小さく掴んでそこで大きく拡大します。大きい中の小さい一点ぐらいに見ていると絶対マイナスを感じません。
宇宙には太陽以上に輝いた星が無限にあります。光いっぱい浴びている感覚で地球上の小さい部分を見るだけです。大きく受け直すのが大事です。「無限の無限の輝きいっぱい」という「ありがとうございます」がいいのです。どんな闇もえくぼの凹みに見えます。どんなマイナスもある意味冗談みたいなもので、楽しまして貰う為にえくぼの凹みがそこにある感じです。
ある程度大きく受ける練習を積んだらマイナスは軽くなります。それで囚われが無くなって仕舞います。みんな楽しむ為にあります。
ゲームみたいなもので、どんなマイナスもプラスに翻訳する遊びと思えばいいのです。プラスに置き換える練習をゲームとして楽しむのです。翻訳の名人になるのです。
ちょっとしたマイナスをプラスに変えるのは簡単です。無限に大きいマイナスも一瞬で無限に大きいプラスに置き換える翻訳の仕方がいいのです。何でもプラスに受け直せるのが、一番幸せを大きくして楽しく生きる秘訣です。雨が降っても槍が降っても皆プラスに受けるからいいのです。矢が降っても槍が降っても皆花びらに変わって仕舞います。一瞬に変える練習です。
心の器
-ありがとうございます-
心の器しだいで全てが変わると思います。
ありがとうございます:
変わります。でも、器が無くなる方がいいのです。器があると器の中にしか入って来ません。小さいから器を消して貰うのがいいのです。神さまを自分の中に呼び込む時はまだ器が有る時です。自分を神さまの中に飛び込ませるのは、器を消す時期になった自分です。神さまの中に飛び込めばいいのです。それで器が消えて仕舞います。大きくなります。
「ありがとうございます」は神さまの中に飛び込む練習です。光の海へ飛び込む練習です。神さまは大きい光の海みたいなものです。何時も神さまの中に入って泳ぎ回ればいいのです。羽がはえて来て自由に飛び回れます。「ありがとうございます」を無心に唱えてるうちに段々と神さまの方から変えてくるから上手に出来ます。
助けが入る時期
-ありがとうございます-
思いに生きて苦しんでいる人には「ありがとうございます」と心で祈るしかありませんか?
ありがとうございます:
時期が来れば神さまの助けがすっと降りて来ます。回りの人のお節介より神さまの助けの方が早く届いてます。神さまは時期を待っています。神さまの方へ心を向ける時期が必ず来ます。それまではある程度思い通りに生きようとして、行き詰ったり頭打ったりした方がいいのです。また思いの方に戻って仕舞うから、それを一旦諦める状態になった方がいいのです。未練を無くした方がいいのです。ある程度体験を十分に済ませて未練を断ち切った状態だったら感謝一筋にすっと戻ります。その時期を待ってくれています。
-ありがとうございます-
癌で苦しんでいる人がいても、「ありがとうございます」を唱えた方がいいと言わないで、近くで「ありがとうございます」と心で唱えていたらいのですか?
ありがとうございます:
そうです。それがいい修行になっています。神さまが見守っています。時期が来たら自分の方から「ありがとうございます」と言い出します。人に言われて「ありがとうございます」と唱えるより、自分の中から自然に有り難く感じて言える方がいいのです。それで早く本物になります。
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」と唱えていても癌で亡くなった方がいます。どう考えたらいいのですか?
ありがとうございます:
勉強の場はこの世だけではないのです。この世よりもあの世の別の次元の方が勉強(練習)し易かったら向こうにすっと引き上げて練習させてくれます。だから皆マイナスではないのです。
この世で全部仕上げて行かないと駄目ではないのです。この世で早く進歩出来るならこの世に置いてくれます。一分でも引き伸ばしてでも置いてくれます。向こうの方がいい時は早く引き上げてくれます。常にいいです。
神さまの方が人の何万倍何億倍も心配して面倒見て助けてくれています。感謝している自分が一番神さまのお手伝いがし易いのです。必要な時に神さまが自分の口を使って一言、言ってくれたらそれが一番人を幸せにする素晴らしい光の言葉になります。「ありがとう」と一言出ただけで相手をがらっと変えるかも知れません。神さまの力はそんなものです。
-ありがとうございます-
私の近くで引きこもっている青年がいます。その場合も「ありがとうございます」と唱えて待つしかないのですか?
ありがとうございます:
思いの自分はマイナスに見て仕舞います。でも感謝する自分は神さまが守りに守っていると見るから、閉じこもっても「ああ!本当の深いお祈りの修行を今さして貰っている」と見ればいいのです。だから可哀そうと思わない方がいいのです。
神さまにお任せした方がいいのです。神さまの大きい守りが既にあります。それが何年続いてもいいのです。お祈りの修行が百年続いてもいいのです。山に洞穴を作って一生祈り続けてもいのです。本当に神さまにお任せです。
必要な事は神さましか見抜けません。神さまが完璧に守ります。一人一人専属に守護霊さん守護神さんが付いて守ります。絶対間違いが無いのです。人の方はある意味お節介です。感謝一筋になっている方がいいのです。その時に本当のお手伝いが必要だったら、守護霊さん守護神さんからさせて下さります。
引きこもっても深いお祈りの修行をさせて貰っている幸せな人と見た方がいいのです。何万年も続きません。お祈りの修行なら何万年も続いていいぐらいです。僅か数年ぐらいです。プラスにプラスに見てあげる方がいいのです。それが本当の感謝のお祈りになって行きます。そこに神さまの働きが大きくなって行きます。
自分の見る世界をプラスに変えて貰うのです。感謝する事によって神さまからのプレゼントを自分が沢山受けるだけになります。プラスの発見(気付き)が増えて行きます。それをきっかけにしてどんどんプラスが増えていきます。
魅力
-ありがとうございます-
そこに存在する事が魅力になるような人は、感謝が出来てほんとんど思いがない状態だと思います。
ありがとうございます:
本当の魅力は神さまに魅力があります。神さまが降りてくれていないと魅力が無いのです。形の中には何も無いのです。必要に応じて神さまがすっと降りた時に魅力を感じさせて貰うのです。
同じ一人の人を見ても百人の人がいたら皆違う感じ方をします。感じる方に皆問題があります。神さまを引き出した人はその人に魅力を感じます。でも神さまを引き出せなかったら魅力を感じません。マイナスに見るかも知れません。受ける側の問題が一番です。神さまは自由自在だから必要に応じてすっと顔を出してくれます。
我の強い人が天皇陛下の前に行ったら「天皇陛下は税金泥棒だ」と怒鳴り付けるかも知れない。感謝も何も無いのです。尊敬もしません。でもちょっとましな人だったら天皇陛下を尊敬します。ああ心の澄みきった明るい謙虚な優しい人と感じます。人類の最高のお手本と見るかも知れません。そこまで感じないとしたら一人一人の受け方の問題だと思います。神さまが自由自在に何所へでも降りて下さります。本当は誰も条件は同じなのです。
どんなに立派と言われている人でも、ある時すっと神さまが降りて来なかったら鬼の姿を取るかも知れません。それが前に表れた人にとって最適の姿です。相手しだいで神さまが自由自在に降りて働きます。本当は受ける側に必要な条件が備わっていると思います。本物を認める心の人が大勢居たらどんな人からも本物を引っ張り出します。そんな人と人との交流はお互いを高め合っています。お互いが本物(神さま)を引き出し合っています。
S先生も同じです。皆から本物を引き出そうとして、何時も拝む心になっています。プラスをプラスを認めている心です。同じように皆からプラスを引き出して貰っています。そこは神さまの降り易い場所です。何時も神さまが降りて働きます。だから魅力があります。そんな人の交流はいいのです。ここに来てくれてる皆さんは私を拝み出してくれてます。私は皆さんを神さまと拝んでいます。誰彼なしにここに来たら私を悪く言う人も居ると思います。あの人は鬼みたいな人だと言うかも知れません。そう見える人も居ると思います。その人は鬼の思いを持っているかも知れません。神さまが出て来てくれません。神さまは本当に優しいのです。どんな愛の姿でもとってくれます。
あの世
-ありがとうございます-
あの世について教えて下さい。
ありがとうございます:
無限の無限のチャンネルの番組を神さまが用意してくれています。あの世にはそれを受ける場所が無限にあります。高い番組を受けたら上の方の場所です。地獄番組を受けたら下の場所です。
この世はあの世の縮図みたいになっています。この世だけが特別です。この世はあの世の全てのチャンネルを波長合わせして受けて現実化出来る世界です。地獄から極楽までこの世にそろっています。
向こうはひとつのチャンネルになります。地獄だけだったら地獄だけです。極楽は極楽だけになります。同じ世界が広がります。いろんなものをとり揃えて選ぶ事が向こうでは出来ません。選ぶ練習はこの世が一番いいのです。
向こうの世界は自分とそっくりな人ばっかしの世界と思えばいいのです。極楽世界は自分の全てを与え尽くす生き方の人の世界です。働きものの世界です。皆が同じ姿をとるから幸せいっぱいになります。地獄は奪い合う世界です。自分が回りの人の全部から何でも奪い取ろうとする生き方をとります。回りも同じような姿をとるから奪われるばっかしの世界になった地獄です。餓鬼道は誰も働きません。米を作らないし食料も誰も作らないし、誰も何もしないから食べる物も無いのです。向こうの世界はそっくりショーの世界です。
-ありがとうございます-
この世で生きている人はその中のどれかを選ぶのですか?
ありがとうございます:
そうです。この世で何を選ぶか心にしっかり何かを選んで、選んだ方の世界に行きます。あの世では変えにくいのです。変えるのに時間がかかります。ひとつの場所に行ってよっぽどそれに飽きて来ないと次の世界に移れないのです。
お金が全てと思って札束ばっかし数えていると向こうへ行ったら皆同じ事をしています。それで皆喜んでいます。それを何万年何億年続けたら飽きてくるかも知れません。それで違う世界に移ろうと思います。変化が少ないのです。
この世に生まれてくるのも順番まちで競争率が激しいのです。大勢の人の代表で生まれて来ます。この世はあの世から波を合わせ易いから憑依的に干渉してでもこの世の体験をちょっとでも積ませて貰おうとして出て来ます。皆の代表で生まれて来ているのです。
子が親を選ぶ
-ありがとうございます-
子は親を選んで生まれてくると聞きます。どのように選ぶのですか?
ありがとうございます:
その子の持っている普段の心の波があります。その波が親になる人の波と自然にすっと合って仕舞います。例えば生まれて来る子が芸術的な面で才能があって、その波を心にしっかり持っているとします。そうすると芸術家の親に生まれ易くなります。芸術家としての波が合い易いのです。それで波が合って生まれ易くなります。その波の合わせ方はいろんな要素で波が合います。その時の状態で変わります。どれかの波に合って生まれて来ます。
-ありがとうございます-
その波は微妙に違うのですか?
ありがとうございます:
微妙に違います。ただ波を合わす時期があります。夫婦の営みの心境が一番大事です。その時の波にすっと合う訳です。ある意味一瞬です。その時にどんな波の合わせ方をするかです。肉体的な形の要素で似ている親子関係もあるし、心の状態が似ているのもあるし、才能的に似ているのもあります。いろんな要素の違いがあります。全部に合うのではなく、どれかに合うのです。
目的
-ありがとうございます-
生まれて来た目的がまだ分かりません。
ありがとうございます:
生まれて来る時に目的を持って生まれてきます。その目的もピンからキリまであります。それが全部正しいとは言えません。本当の目的は何所に出ても一生懸命探し出さないといけません。本当の目的をしっかり捉えたら神さまと共に生きる生き方です。本当の目的は神さまが持っています。
逆にヨガは、この世に生まれて来た事が堕落だというぐらいの言い方をします。この世へ誘い込まれた事自