ありがとうございますおはなし集で使ったHTML等は菊地さんのサイトで勉強しました。菊地さんありがとうございます

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以下(いか)のコラムは宗教(しゅうきょう)サイトではありません。古神道(こしんとう)研究(けんきゅう)ノ−トです。
またその内容(ないよう)に責任(せきにん)を保持(ほじ)していません。さらに著作権(ちょさくけん)も行使(こうし)しません。
どうぞ自由(じゆう)に使(つか)いまわしてください。できればちょっとアレンジしていい感(かん)じになったよというのをどんどん、是非(ぜひ)メールでお知(し)らせください。

 


   けっこんしたゆう

-ありがとうございます-
 おくさんとけっこんするときまえだけでめたそうですが、まえにそのひとひとがらとかやくわりあらわれるのですか?けっこんしたきっかけは?なにかぴっとるものがありますか?

ありがとうございます:
 まえはちょっとしたきっかけで、まえはなくてもちょっとればかります。ただいいところしかえません。かみさまをほんとうもとめているか、しんけんさがるかいかていたみたいです。
 そのひとねがいにこたえてなにあたえるものがったほうがいいですから、いちばんしんけんこころってたみたいです。だからあたえがいがあります。ぴっともとだんかいにぴっとわすかがだいです。なみえばぴっとます。フィーリングがあいなみったらったというかんじでけます。やっぱりたかなみほうがいいのです。ひとひとなにしんけんねがもとめているかが一ばんのポイントです。かみさまをしっかりもとめてるほうがいいのです。

-ありがとうございます-
パートナーはすでめられているのですか?げんではえなくても、らいえますか?

ありがとうございます:
そんなことはないのです。だれえらんでもいのです。それだけのはばがあります。げんげんのチャンネルをあたえてもらっています。げんのチャンネルでもすごいのです。だれひととしておなばんぐみひとはいません。さらげんのときます。
 どのばんぐみでもぶんしゅやくになれます。ぶんねがどおりのばんぐみすでります。けっこんでもだれとしてもいのです。だれをパートナーにえらんでもいい、ぜんとりそろえてようしてくれています。しあわせをおおきくればいいのです。ゆうざいにどのばんぐみでもえらべることは、どのひとでもえらべるということです。そこまでゆうにしてもらっておおきいしあわせをあたつづけてもらっています。

 ほんとうしばりはいのです、ぶんなにえらぶかだけのもんだいです。いいものをたくさんえらほうがいいのです。たくさんばんぐみどうえらべたら、たくさんひとけっこんしているばんぐみとか、ぜんちがひとけっこんしているばんぐみがあるかもれません。やくわりちがいだからぜんちがっていいのです。

 いちばんおくかみさまと一たいぶんです。ちゅうぜんと一たいぶんです。ほんとうあたくしかしいのかいです。ぶんもとめるこころさえかったらいいのです、もとめるのはあいしばります。ぶんしばられがんがらめになります。あたくすのはしばりがいっさいい、ほんとうゆうざいこころになれてあいしあわせにするだけがいのです。
 ひとひとけっこんするひつよういのです。もとめるからそうなります。あたくすだけだったらあいしばっていないからゆうはなしています。ぶんあたくすこころだったらまわりからもあたくしてもらえるだけだから、だれからもしばられることいのです。こうしなさい、ああしなさいとか、いっさいしばりはいのです。あたくすだけがいちばんしあわせなこころです。
 かたちけっこんしばってもこころまでしばりきれないのです。二十四かんずうっとぶんためくしてくれるわけでもないのです。かたちしばってあんしんしようとしても、それはです。ぎゃくゆうはなしたほうがプラスをいっぱいあたえてもらえるかもれません。

      ななつのいの

-ありがとうございます-
せんせいのおいのりをしているときかんかくおしえてください。

ありがとうございます:
 たくさんあります。ななつのいのりがあります。


 ひとつ

 いつもいつもだいなんなんにし げんげんのマイナスをめんじょしてくださって 
 ありがとうございます

 だいなんなんえてもらって、げんげんのマイナスをめんじょしてもらっているひとつのことでも、ありとあらゆるものがります。ぶんひともんだいだけでなくすべてのひともんだいふくめてどれだけマイナスをしてしあわせをあたえてくれているか、かみさまのほんとうだいせいせいしんふかあいはたらきをおもうだけでなみだます。げんに「ありがとうございます」とささげてもかないかんかくになります。ひとつおもうだけでほんとうがるようなよろこびのかんしゃます。


 ふた

 いつもいつもげんげんのプラスを あらたなぜんとくげんげんかがやきをあたえてしたさって ありがとうございます

 何時いつ何時いつげんげんのプラスをあたつづけてもらわけです。それがところてんしきげんげんおくつらなってずうっとあたつづけてもらっています。またこれもマイナスをめんじょしてもらえるじょうはかれないげんよろこびががってきます。それにたいするおれいおんがえしもなにひとつていないかんかくになります。がたいばっかしのかんかくです。


 みっ

 いつもいつもげんげんかんしゃこころを がらせてくださって 
 ありがとうございます
     

 げんげんかんしゃこころがらせてくださっているわけです。マイナスをめんじょしてプラスをあたえてがらせるようにしてくださっています。ぶんちからかんしゃなんて一かいていないはずなんです。それをげんがるようなかんしゃこころえてもらっています。ずうっとなみだながつづけてかんるいにむせびつづけても、まだまだよろこびをひょうげんりません。すごかみさまのあいはたらきです。

 

  いつもいつもげんげんのプラスを かみさまのさいこうひょうげんかんじゅさせてくださって   ありがとうございます

 ほんとうかみさまがあたえてくれるものをけるのがいちばんだいです。まだぜんぜんれていないのです。どれだけれているかかんがえても、げんげんぶんの一もれていないのです。このだけてたらもっとちいさいのです。
 どれだけたくさんけようとするのでも、いっしゅんいっしゅんげんおくまんぶんの一びょうまでしぼひつようがあります。かみさまのちゅうそうぞうかんちょうえつしています。げんおくまんぶんの一びょういっしゅんえてます。までしぼんでもなかなかしぼめません。
 一びょうでもたいへんです。一びょうごとにちゅうぜんたいわっているとってもたいへんです。それをもっともっとしぼんでけようとするのはもっともっとたいへんです。どんどんはやなおしがるようにけさせてくださるのもすごことです。

 いつ

  いつもいつもげんげんかんしゃいのりを いのらせてくださって
  ありがとうございます

 かんしゃいのりはけるだけではないのです。かみさまのほんとうちゅうそうぞういのりのちからはたらき)です。ちゅうそうぞうするはたらきにさんさせてもらうのがかんしゃいのりです。それを何時いつもさせていただくのです。かみさまのなかことによってかみさまとそうぞうするよろこびをいっしょあじあわさせてもらうのです。
 これもすごよろこびになります。こっちのほうほんとうゆうざいそうぞうよろこびです。このひとなにつくってよろこぶのは、そのなかはいらないぐらいです。ほんとうそうぞうよろこびはおいのりのなかにあります。

 むっ

いつもいつもげんげんかみさまのさいこうひょうげんの おつだいをさせてくださって 
 ありがとうございます
     
 かみさまのおつだいといます。おつだいもピンからキリまであります。さいこうのおつだいはそうぞうするおいのりのおつだいがて、さらさいこうのものをよろこびをほんとうあじわうことさいこうのおつだいです。
 ひとかみさまのわりにしあわせをあじあわないといけないのです。おおきいしあわせをかんじるほどかみさまがよろこんでくださります。そのかみさまのほんとうのおつだいがたくさんありますから、それをたくさんさせてもらうのがいいのです。

 なな

いつもいつもげんげんかみさまとのいったいかんじっかんさせてくださって
 ありがとうございます

 かみさまとのいったいかんほんとうじっかんさせてもらいます。かみさまはぜんたいだからすべてとのいったいかんになります。げんげんのチャンネルのばんぐみったら、そのぜんとのいったいかんほうがいいのです。
 みなぶんかんかくです。そうするとみなプラスにえてきます。ぶんと一たいだったらみなれいうつくしくえます。たとえばくちからすつばきでもなかにあるあいだれいです。ふん尿にょうでもからだなかにあるときかんはないのです。れいいったいかんがあります。そとしたたんきたなくなります。どんな姿すがたぶんいったいかんがあるとみなれいです。
 ははおやどもよごれをるのもおなじです。ちいさいときほんとういったいかんつよいからきたないとおもいません。でもおおきくなるとはなれてうからちょっときたなおもいます。いろんなかみさまとのいったいかんちゅうすべてとのいったいかんです。いろんなかくからじっかんさせてもらうのはしあわせです。


 まだたくさんこうもくがあるとおもいます。いろんなかくからいろんなものをいっぱいかんじさせてもらうのです。それをぜんそうごうして「ありがとうございます」といっしゅんいっしゅんなおしてくのです。かんしゃあさくてちいさいものではないのです。までもまでもおおきくふかいのです。だからぜったいマンネリしません。「ありがとうございます」といっかいとなえるごとにおおきくふかくなります。それでもかみさまをつかめないのです。かみさまのほんの一かんじさせてもらっているかなとかんかくです。
 かみさまがあまおおぎるのです。これぜんかみさまのほうからじゅんばんあたえてもらうのです。れるかんじられるていわせてくださります。かみさまのほうひとわせてしあわせをどんどんおおきくしてくださります。ひとがわからおおきくなるのではいのです。かみさまがおおきいしあわせをあたえようけさせようといっしょうけんめいになっています。だからかんしゃきるのはいのです。
おもいにきるとすからかみさまをするかきょします。したりきょぜつしたりするのをめたらかみさまがはたらやすいからたすやすくなります。それでどんどんしあわせをおおきくしてくださります。かんしゃふかくなるようにいっしょうけんめいたすけてくださります。ただ「ありがとうございます」がいいのです。じょうけんに「ありがとうございます」ととなえるだけでたすつづけてもらえます。りきかんしゃではないのです。ほんとうかみさまのぜったいりょくかんしゃになってます。一億かいぐらいしんとなえているとそうなるとおもいます。にかえてもらえます。アホのひとつおぼえでいいのです。「ありがとうございます」とひとことずうっととなえられたらかみさまのほうからしあわせにしてくださります。いまのおいのりもそんなかんじです。

-ありがとうございます-
 つうひとはあるているとまんぞくしてかんしゃしなきゃとおもいます。しかしかみさまのほうはもっとすごしあわせをようしてくださっているとおもいます。だからひとかみさまをかんじることかんしてはもっとどんよくになっていいとおもいます。でもちゅうでもうこれでいいとえんりょしているがします。ですか?

ありがとうございます:
 それはつかんでうからです。つかこころになると、おなじょうたいぞくさせたくなります。おもいのせいまれてます。そうするとあたらしいなおしがスムーズにかなくなります。あらたにあらたにけるのがだいなのにつかんだたんなおしがむずかしくなります。いっしゅんけていっしゅんはなすのがいいのです。あたらしいのをつづけてこうとするこころ姿せいがあればふるいのをはなせます。

 何時いつちゅうだいはながっているとおもえばいいのです。一びょうたんがっているとしても、あたらしいものをつづけているかぎふるいものにこころうばわれません。それがげんおくぶんの一びょうみじかかんでずうっとこっているとれば、あたらしいほうしんしいほうこころつづけているかぎしゅうちゃくはないのです。おもいはなくなります。おもいがこるわけがないのです。かんしゃこころふるじょうたいおもいといます。かんしゃあたらしかったらぜったいおもいはません。かがやいたかんしゃこころしかありません。

 みんなつかみすぎてあしあともんだいにしぎます。いまかみさまからプレゼントをけるほうだいなのに、ぶんはこんなことけたとか、したとかあしあとほうとらわれぎています。ぶんあしあとろくしなくていいのです。ほうがいいのです。みんなろくしたがります。あらたになおれんしゅうさえんだらかんけいになってます。
 かんしゃれんしゅうりないだけです。あるていかんしゃるようになったらなかからぜんえてもらえるからいっさいつかまなくなります。いまいちばんだいなのがわかってます。ほんとうけることだけがだいです。かみさまからあたえてもらえるプレゼントをけたらいいだけです。それをわすれるからぶんなにかしているとか、しなければとかになります。るだけがいいのです。



      かんしゃえら

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」ととなつづけてももとめるこころこすのはなのですか?

ありがとうございます:
 こころきがかみさまにひつようがあります。かみさまからけるのがいちばんいのです。ところがかみさまにけたたんにいいものをそこないます。
 いっしゅんもんだいで、いっしゅんかんしゃきるか、おもいをすかのちがいのです。いまいっしゅんどっちをえらぶかめるのです。かんしゃえらあいかみさまだけです。「げんげんかがやきがいっぱい、ありがとうございます」とけるのです。それがずうっとつづけばおもいはぜったいなくなります。

 でもちょっとこころすきます。げんじつるとなったらおもいのぶんです。おもどおりしたいとなったらおもいのれいです。そうなるとかんしゃわすれられます。それをこうかえしているかもれません。
 かんしゃきるとしぼんだほうがいいのです。そうすると何時いつかみさまだけがまわりにいっぱいになります。かみさまはちゅうぜんたいだから、てんからもからもよこからもからもはいってます。ぜんたいかみさまのこうげんになります。からでもかみさまのひかりそそいでます。そうするとおもいはいっさいなくなります。「ありがとうございます」をすきいようにしぼむといちばんらくになれます。

-ありがとうございます-
 そのしんきょうになるまでかんがかかるとおもいます。

ありがとうございます:
 かんがかかるとおもうとおもいです。それもめて「ありがとうございます」「ありがとうございます」とつづけるのがいちばんらくです。いまいっしゅん「ありがとうございます」ときるのがいいのです。それがあるていつづいたらかんしゃざんまいというかんしゃしかないじょうたいになってます。あとはほっといてもがるかんしゃになります。

 いまぶんにとってどっちをえらぶかのもんだいです。かんしゃわすおもいをえらんでいました。そのせいがちょっとあります。でもそのせいたいしたことないのです。せいいっかいえらんだものをつぎえらばないで、そのまままかせることです。ほんとういまいっしゅんいっしゅんゆうざいえらぶのがだいです。いまかんしゃえらんできるのがいのです。ほんとうゆうはっはそうです。かみさまかららしいプレゼントをいっしゅんいっしゅんけるちです。ちゅうぜんたいかみさまのあいかたまりです。げんげんひかかがやいた姿すがたです。

-ありがとうございます-
 じっさいせいかつなかかんしゃえらつづけるのはむずかしいのです。コツをおしえてください。

ありがとうございます:
 コツはおおきくけることです。つねおおきくちゅうぜんたいなおこころになっているとプラスばっかしにかんじるはずです。おおきくけているときはいいものがげんにあるからマイナスをかんじるひまがないのです。
 だからかいしゃはたらいているときでもかいしゃちいさくつかんでそこでおおきくかくだいします。おおきいなかちいさい一てんぐらいにているとぜったいマイナスをかんじません。

 ちゅうにはたいようじょうかがやいたほしげんにあります。ひかりいっぱいびているかんかくきゅうじょうちいさいぶんるだけです。おおきくなおすのがだいです。「げんげんかがやききいっぱい」という「ありがとうございます」がいいのです。どんなやみもえくぼのへこみにえます。どんなマイナスもあるじょうだんみたいなもので、たのしましてもらためにえくぼのへこみがそこにあるかんじです。
 あるていおおきくけるれんしゅうんだらマイナスはかるくなります。それでとらわれがくなっています。みんなたのしむためにあります。

 ゲームみたいなもので、どんなマイナスもプラスにほんやくするあそびとおもえばいいのです。プラスにえるれんしゅうをゲームとしてたのしむのです。ほんやくめいじんになるのです。
 ちょっとしたマイナスをプラスにえるのはかんたんです。げんおおきいマイナスもいっしゅんげんおおきいプラスにえるほんやくかたがいいのです。なんでもプラスになおせるのが、いちばんしあわせをおおきくしてたのしくきるけつです。あめってもやりってもみなプラスにけるからいいのです。ってもやりってもみなはなびらにわっています。いっしゅんえるれんしゅうです。



      こころうつわ

-ありがとうございます-
 こころうつわしだいですべてがわるとおもいます。

ありがとうございます:
 わります。でも、うつわくなるほうがいいのです。うつわがあるとうつわなかにしかはいってません。ちいさいからうつわしてもらうのがいいのです。かみさまをぶんなかときはまだうつわときです。ぶんかみさまのなかませるのは、うつわになったぶんです。かみさまのなかめばいいのです。それでうつわえています。おおきくなります。

 「ありがとうございます」はかみさまのなかれんしゅうです。ひかりうみれんしゅうです。かみさまはおおきいひかりうみみたいなものです。何時いつかみさまのなかはいっておよまわればいいのです。はねがはえてゆうまわれます。「ありがとうございます」をしんとなえてるうちにだんだんかみさまのほうからえてくるからじょうます。    


      たすけがはい

-ありがとうございます-
 おもいにきてくるしんでいるひとには「ありがとうございます」とこころいのるしかありませんか?

ありがとうございます:
 ればかみさまのたすけがすっとりてます。まわりのひとのおせっかいよりかみさまのたすけのほうはやとどいてます。かみさまはっています。かみさまのほうこころけるかならます。それまではあるていおもどおりにきようとして、づまったりあたまったりしたほうがいいのです。またおもいのほうもどってうから、それをいったんあきらめるじょうたいになったほうがいいのです。れんくしたほうがいいのです。あるていたいけんじゅうぶんませてれんったじょうたいだったらかんしゃひとすじにすっともどります。そのってくれています。

-ありがとうございます-
 がんくるしんでいるひとがいても、「ありがとうございます」をとなえたほうがいいとわないで、ちかくで「ありがとうございます」とこころとなえていたらいのですか?

ありがとうございます:
 そうです。それがいいしゅぎょうになっています。かみさまがまもっています。たらぶんほうから「ありがとうございます」とします。ひとわれて「ありがとうございます」ととなえるより、ぶんなかからぜんがたかんじてえるほうがいいのです。それではやほんものになります。

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」ととなえていてもがんくなったかたがいます。どうかんがえたらいいのですか?

ありがとうございます:
 べんきょうはこのだけではないのです。このよりもあのべつげんほうべんきょうれんしゅう)しやすかったらこうにすっとげてれんしゅうさせてくれます。だからみなマイナスではないのです。

 このぜんげてかないとではないのです。このはやしんるならこのいてくれます。一ぷんでもばしてでもいてくれます。こうのほうがいいときはやげてくれます。つねにいいです。
 かみさまのほうひとなんまんばいなんばいしんぱいしてめんどうたすけてくれています。かんしゃしているぶんいちばんかみさまのおつだいがしやすいのです。ひつようときかみさまがぶんくち使つかってひとことってくれたらそれがいちばんひとしあわせにするらしいひかりことになります。「ありがとう」とひとことただけであいをがらっとえるかもれません。かみさまのちからはそんなものです。

-ありがとうございます-
 わたしちかくできこもっているせいねんがいます。そのあいも「ありがとうございます」ととなえてつしかないのですか?

ありがとうございます:
 おもいのぶんはマイナスにいます。でもかんしゃするぶんかみさまがりにまもっているとるから、じこもっても「ああ!ほんとうふかいおいのりのしゅぎょういまさしてもらっている」とればいいのです。だからわいそうとおもわないほうがいいのです。
 かみさまにおまかせしたほうがいいのです。かみさまのおおきいまもりがすでにあります。それがなんねんつづいてもいいのです。おいのりのしゅぎょうが百ねんつづいてもいいのです。やまほらあなつくっていっしょういのつづけてもいのです。ほんとうかみさまにおまかせです。

 ひつようことかみさましかけません。かみさまがかんぺきまもります。ひとひとせんぞくしゅれいさんしゅじんさんがいてまもります。ぜったいちがいがいのです。ひとほうはあるせっかいです。かんしゃひとすじになっているほうがいいのです。そのときほんとうのおつだいがひつようだったら、しゅれいさんしゅじんさんからさせてくださります。

 きこもってもふかいおいのりのしゅぎょうをさせてもらっているしあわせなひとほうがいいのです。なんねんつづきません。おいのりのしゅぎょうならなんねんつづいていいぐらいです。わずすうねんぐらいです。プラスにプラスにてあげるほうがいいのです。それがほんとうかんしゃのおいのりになってきます。そこにかみさまのはたらきがおおきくなってきます。
 
 ぶんかいをプラスにえてもらうのです。かんしゃすることによってかみさまからのプレゼントをぶんたくさんけるだけになります。プラスのはっけんき)がえてきます。それをきっかけにしてどんどんプラスがえていきます。


      りょく

-ありがとうございます-
 そこにそんざいすることりょくになるようなひとは、かんしゃてほんとんどおもいがないじょうたいだとおもいます。

ありがとうございます:
 ほんとうりょくかみさまにりょくがあります。かみさまがりてくれていないとりょくいのです。かたちなかにはなにいのです。ひつようおうじてかみさまがすっとりたときりょくかんじさせてもらうのです。
 おなひとひとても百にんひとがいたらみなちがかんかたをします。かんじるほうみなもんだいがあります。かみさまをしたひとはそのひとりょくかんじます。でもかみさまをせなかったらりょくかんじません。マイナスにるかもれません。けるがわもんだいが一ばんです。かみさまはゆうざいだからひつようおうじてすっとかおしてくれます。

 つよひとてんのうへいまえったら「てんのうへいぜいきんどろぼうだ」とけるかもれない。かんしゃなにいのです。そんけいもしません。でもちょっとましなひとだったらてんのうへいそんけいします。ああこころみきったあかるいけんきょやさしいひとかんじます。じんるいさいこうのおほんるかもれません。そこまでかんじないとしたらひとひとかたもんだいだとおもいます。かみさまがゆうざいへでもりてくださります。ほんとうだれじょうけんおなじなのです。
 どんなにりっわれているひとでも、あるときすっとかみさまがりてなかったらおに姿すがたるかもれません。それがまえあらわれたひとにとってさいてき姿すがたです。あいしだいでかみさまがゆうざいりてはたらきます。ほんとうけるがわひつようじょうけんそなわっているとおもいます。ほんものみとめるこころひとおおぜいたらどんなひとからもほんものします。そんなひとひととのこうりゅうはおたがいをたかっています。おたがいがほんものかみさま)をっています。

 Sせんせいおなじです。みなからほんものそうとして、何時いつおがこころになっています。プラスをプラスをみとめているこころです。おなじようにみなからプラスをしてもらっています。そこはかみさまのやすしょです。何時いつかみさまがりてはたらきます。だからりょくがあります。そんなひとこうりゅうはいいのです。ここにてくれてるみなさんはわたしおがしてくれてます。わたしみなさんをかみさまとおがんでいます。誰彼だれかれなしにここにたらわたしわるひとるとおもいます。あのひとおにみたいなひとだとうかもれません。そうえるひとるとおもいます。そのひとおにおもいをっているかもれません。かみさまがてくれません。かみさまはほんとうやさしいのです。どんなあい姿すがたでもとってくれます。
 あの

-ありがとうございます-
 あのについておしえてください。

ありがとうございます:
 げんげんのチャンネルのばんぐみかみさまがようしてくれています。あのにはそれをけるしょげんにあります。たかばんぐみけたらうえほうしょです。ごくばんぐみけたらしたしょです。
 このはあのしゅくみたいになっています。このだけがとくべつです。このはあのすべてのチャンネルをちょうわせしてけてげんじつかいです。ごくからごくらくまでこのにそろっています。
 こうはひとつのチャンネルになります。ごくだけだったらごくだけです。ごくらくごくらくだけになります。おなかいひろがります。いろんなものをとりそろえてえらことこうではません。えられんしゅうはこのいちばんいいのです。

 こうのかいぶんとそっくりなひとばっかしのかいおもえばいいのです。ごくらくかいぶんすべてをあたくすかたひとかいです。はたらききもののかいです。みなおな姿すがたをとるからしあわせいっぱいになります。ごくうばかいです。ぶんまわりのひとぜんからなんでもうばろうとするかたをとります。まわりもおなじような姿すがたをとるからうばわれるばっかしのかいになったごくです。どうだれはたらきません。こめつくらないししょくりょうだれつくらないし、だれなにもしないからべるものいのです。こうのかいはそっくりショーのかいです。

-ありがとうございます-
 このきているひとはそのなかのどれかをえらぶのですか?

ありがとうございます:
 そうです。このなにえらぶかこころにしっかりなにかをえらんで、えらんだほうかいきます。あのではえにくいのです。えるのにかんがかかります。ひとつのしょってよっぽどそれにきてないとつぎかいうつれないのです。
 おかねすべてとおもってさつたばばっかしかぞえているとこうへったらみなおなことをしています。それでみなよろこんでいます。それをなんねんなんねんつづけたらきてくるかもれません。それでちがかいうつろうとおもいます。へんすくないのです。
 このまれてくるのもじゅんばんまちできょうそうりつはげしいのです。おおぜいひとだいひょうまれてます。このはあのからなみわせやすいからひょうてきかんしょうしてでもこのたいけんをちょっとでもませてもらおうとしてます。みなだいひょうまれてているのです。


      おやえら

-ありがとうございます-
 おやえらんでまれてくるときます。どのようにえらぶのですか?

ありがとうございます:
 そのっているだんこころなみがあります。そのなみおやになるひとなみぜんにすっとっています。たとえばまれてげいじゅつてきめんさいのうがあって、そのなみこころにしっかりっているとします。そうするとげいじゅつおやまれやすくなります。げいじゅつとしてのなみやすいのです。それでなみってまれやすくなります。そのなみわせかたはいろんなようなみいます。そのときじょうたいわります。どれかのなみってまれてます。

-ありがとうございます-
 そのなみみょうちがうのですか?

ありがとうございます:
 みょうちがいます。ただなみわすがあります。ふういとなみのしんきょういちばんだいです。そのときなみにすっとわけです。あるいっしゅんです。そのときにどんななみわせかたをするかです。にくたいてきかたちようているおやかんけいもあるし、こころじょうたいているのもあるし、さいのうてきているのもあります。いろんなようちがいがあります。ぜんうのではなく、どれかにうのです。


      もくてき

-ありがとうございます-
 まれてもくてきがまだかりません。

ありがとうございます:
 まれてときもくてきってまれてきます。そのもくてきもピンからキリまであります。それがぜんただしいとはえません。ほんとうもくてきてもいっしょうけんめいさがさないといけません。ほんとうもくてきをしっかりとらえたらかみさまとともきるかたです。ほんとうもくてきかみさまがっています。
 ぎゃくにヨガは、このまれてことらくだというぐらいのかたをします。このさそまれたことたいらくなんだぐらいにとらえます。ほんとうこうのかいでもっとかみさまをつめてこうじょうすればいいのにというかんじです。ひくちてったかたもあります。それもひとつのかたです。
 
 このほんとうおおきいもくてきってかせるならおおきいプラスのもくてきがあります。つねおおきいプラスのもくてきっていっしゅんいっしゅんまえきにきるのがだいです。かみさまのほんとうこころをしっかりとらえておおきいもくてきをしっかりとらえることです。どのしょにあってもおおきいもくてきってぜんしんます。みなかされてます。このまれてるのも、みなすくためならおおきいもくてきです。たんぶんこうじょうためだけではないのです。






arigatougozaimasu26奉仕2002.04.20.03

☆信仰を持っているのですがいつも忘れがちなのが神様の光が無限であるということで、昨日ありがとうございますに「もらい損ねてましたね・・でもこれからでも大丈夫、もらえるよ」と言われて「ああ・・そういうものなのか」と。でもまた、もらい損ねていたことにも意味があるのかなと・・・。

ーありがとうございますー
 ちょっとご馳走を食べ損なったというだけでしょう、お腹がすいたらもっと美味しくなりますね。

☆神様への奉仕ということについて具体的に教えてください。

ーありがとうございますー
 奉仕は仕え奉るという、神さまの手足になって一緒に御用をさせていただくという意味なんで、神さまのお手伝いをすることが本当の奉仕です。だからいつも神さまと一緒なんです、神さまが自分を使ってくれるからピタッとひとつになるから神さまの心が自分の心になって喜びいっぱいになれるんです。神さまと離れていると喜びの心が少なくなるんです。神さまの喜びの心をたくさんもらう方がいいでしょう、それで
神さまの手足になって動かしてもらうのがいいんです。それが奉仕です。だから自分が勝手にするのは本当は奉仕とは言わないんです。人にあれこれ求めて、期待はずれで心にショックを受けるような・・でも神さまに本当に使ってもらうだけの奉仕ならいつも心に喜びが湧き上がるんです。神さま
から受けるばっかりになるから、だからその奉仕の喜びというのは絶対に崩れない、永遠に崩れないんです
。お手伝いです・・神さまの。さま様に使ってもらうというのは自由自在に、必要に応じてどこへでもどんな働きでもさせてもらうから、だから何かしなければではないですね、じっと座っているだけでもいいし寝ているだけでもいいし、必要に応じて自由自在に神様が使ってくださるんです。だから一番自然体なんです。

☆そうすると神様に使ってもらえることが奉仕になるんですか?

ーありがとうございますー
 はい・・ありがとうございますで寝ていてもいいんです。

☆奉仕と言うと何か積極的に、何かしなきゃいけないと思うでしょう?

ーありがとうございますー
 普通はそうなるんですね。でも一生寝たきりでもいいんです、寝たきりで皆に看病してもらってありがとうございます言っているだけで、大きい神さまの働きなんで、皆を幸せにしているんです。みんなを鍛え上げる神さまの働きです。だから根本は、ありがとうごさいますが来たら神様が使いやすいんです。それだったら寝ていても何か働いて何かしてても何もしなくても・・何でもいいんです、置物のようにじっと座っていてもいいんです。



 石ころも奉仕

☆今の話というのは・・やっぱり、すごいことだと思うんですけど、例えば自分は病気がちだとか人のように動けないとかお金がないとかいろんな理由で自分のことしか出来ないということで、人の役に立ちたいという気持はあるんだけどそういう事で出来ないと悩んでいる方がいると思うんです。ところが自分自身の存在が奉仕になりえるというのは、すごいことだと思うんです。

ーありがとうございますー
 本当にそうですね。人間は万物の霊長と言われています、だから万物すべてのこと全部を人間が代わって出来る可能性はあるんです。ある時は石ころになり、ある時は草花になり、ある時は動物になって、ある時は星になり、というふうに何でもできるはずなんです。そこまで自由自在に人間の本当の大きい働きを・・だから、石ころになった時はじっとしていますね・・生まれっぱなしです。ありがとうございますと生まれっ放しがいいんです、みんなを幸せにするんです。一個の石ころも大きい働きになるんです。石ころが宇宙を飛び回ったら、みんなに被害を与えるんです。またハチドリみたいに一秒間に70回くらい羽ばたきをしたって、凄いことだけど比較して凄いといっても大したことないんです。石ころも凄いんです。

☆石ころの時のありがとうございますも・・最初は気持がなかなか籠りにくいと思うんですが、それでもいいんですか?

ーありがとうございますー
 いいの。いいんです。
 
祈り

☆それでも、ありがとうございますを繰り返し唱えていたら・・・。

ーありがとうございますー
 だんだんと深くなっていくんです。

☆私は今日初めて来たんですけど、このシールを貼っていることの意味は何かあるんですか?

ーありがとうございますー
 
代わりにお祈りしてくれているんです。ありがとうございますと代わりに・・もうズーッと、24時間勤務でありがとうございますを言ってくれてるんです。だから貼った人は、このありがとうございますを自分の方へ全部もらうんです。凄いですね、貼ったら得します。どんな貼りかたしてもいいんです。みんなに光を振り撒いてくれています。これを見たらありがとうございますとみんな自然に心に唱えますね。祈りあいになっています、不思議な相乗効果を起こしていきます。光の渦巻きが起こります、シール同士が感謝し合っているんです。

☆ありがとうございますは毎朝3時にはここへ来てお祈りをしていらっしゃいますが、たまには今日は寒いとかでお祈りをしたくない時はありませんか?

ーありがとうございますー
 お祈りは楽しいですから、楽しいことを止めたらしんどくなります。そういうことはないですね。お祈りは楽しいです。ご飯食べるよりも楽しいからね。

 睡眠時間

☆ありがとうございますは寝る時間はあるんですか?

ーありがとうございますー
 寝る時間と言っても、横になる時間はあっても意識はいつでもありがとうございますですね、意識は途切れないです。

☆睡眠は要らないんですね・・・。

ーありがとうございますー
 そうですね・・24時間勤務で・・・。
 小さい時も睡眠時間は少なかったですけど、2,3時間は寝ていますね。赤ん坊の時あまり寝なかった、夜泣きばっかりしていたと・・困らせたんですね。いつも遠足へ行く気分です、寝ていられないという。
 過去を掴まないんですね、これだけ起きてきたというのもないです・・今、起きて楽しんでいるという感覚です。そうしたら、やっぱり寝ていられないです。今を今をと生きていたら、疲れないんです。みんな、これだけ起きていたから寝ないとと思うんでしょう、一日ズーッと起きていたら眠くなります。今、一時間しか起きてない、と思ったら寝ないよね・・言葉の思い方使い方というもの大事です。一日8時間寝ないといけないとかになると、言葉の縛りにあってしまうのかな・・いつの間にか言葉に縛られていますね。極端に言うと、寝ないのが正常という方がいい、寝なくても大丈夫、寝たらしんどくなるというのがいいかもしれませんね。

☆それはやはり、寝る代わりという言い方はおかしいかもしれないですけど、お祈りをしているからじゃないでしょうか・・?

ーありがとうございますー
 そうですね。お祈りで感謝していたらエネルギーをいっぱいもらいますからね。

☆その、もらうというのは光が集まってくる感じですか?

ーありがとうございますー
 みんなからもらっているんです。全体からもらうんです。

☆じゃあ、どうして眠くなっちゃうのでしょうか?眠いと思うのは何の為に眠くなっているんですか?

ーありがとうございますー
 普通の睡眠はみんなエネルギーを補給する為に 魂がスッとぬけて高い次元に上るんです。そして神さまのエネルギーをもらってもう一回戻ってくるんです。だからエネルギー不足になると眠くなります。明るい楽しい時はエネルギーはいつも補充されているんです。充電をし続けてもらうから疲れなくなる、眠らなくなるんです。楽しい時はそうです。
いやなことだとエネルギーがロスするんです。すぐ疲れてくる、眠たくなる、またそこから逃げたくなるから眠るんです。

☆今の僕なんかは仕事を特にしていないので好きな時に好きなことをしているんですけど、そうすると眠くなるんです。夕べはあまり寝ていないからとかで寝ますとついつい30分くらいと思っても2時間くらい寝てしまうことがあるんで、それじゃいけないと思って五井先生のお祈りのテープをかけながら椅子に座っていると大体10分くらいでパチッとするんです。多分、先生が寝ないのはそれだと思うんです。

ーありがとうございますー
 そうですね、お祈りの方が効果があるんです。睡眠よりもお祈りの方がスッと目が覚めますね。お祈りしなかったら24時間寝てるかもしれない。

 

☆ありがとうございますにとって、人生とはと聞かれたらどういうふうに答えますか?

ーありがとうございますー
 人生ですか?神さまを生きているんです・・。人生じゃない、神さまを生きて神生です。神さまがすべてという生き方がいいですね。

 小さく掴まない

☆ありがとうございますは、自分は肉体も魂もないというふうに時々仰るんですけど、そのことをもう少し判り易く・・・。

ーありがとうございますー
 ないというより掴まないという意味で、肉体を自分と掴まない、魂を自分と掴まない、小さく掴まないのがいいんです。大きくみんな自分と掴めば縛りがない囚われがないんです。みんな自分と思えば一番楽になるんです。

☆どうして過去を握ってしまうんでしょうねえ?

ーありがとうございますー
 ねぇ・・ものを大事にしているんですね・・ガムを噛んでも最後まで噛んで味を味わい尽くしているという感じですか、本当は新しいガムをどんどんもらえるのにとことん味を搾り出して・・そのうちに味がなくなりますね、その時にポイとほかすんです。新しいガムはいっぱいあるので、ひと口噛んでまだ新しいのにと・・。

☆そのガムは自分の前世から噛んでいるというのも・・・。

ーありがとうございますー
 そういうのもありますね。逆に苦くなってくるような・・。新しいガムほど味があるんですよね。

☆どんどん新しいガムに変えるコツというのは・・?

ーありがとうございますー
 ありがとうございますと喜ぶことです。おいしい、おいしいと美味しい方を意識すれば新しいものをどんどん取り入れているんです。言葉の使い方です、喜ぶ言葉をいっぱい使えばいいんです。

☆ありがとうございますを言っていくと、いろいろな現象が起こるということですが・・階段があるんですか?

ーありがとうございますー
 単純な階段があるのとは違って・・エスカレーターもエレベーターもあるし、それが縦横無尽に走っているんです。

 求めない結婚

☆ありがとうございますは奥さんのことを、どうして自分の奥さんになる人だとすぐに判ったんですか?

ーありがとうございますー
 別に、誰でもいいんですけど・・誰でも最高なんです。・・一番近くにいたから。求めて選んでないですね。神さまが無限にいっぱい与えてくれるんでしょう、それでスッと助けてくれるだけですね。

☆今、離婚が増えていますけど、それについてはどうですか?

ーありがとうございますー
 
もったいないことするねぇ、感謝して助けてもらったらいいだけなのに・・。求めるからですね。神さまの助けを受けるだけだったら、ありがとうございますで助けてもらえばいいですね、必要な時に助けてくれますから。本当は全体から助けてもらうんだけど、特定の人からだけ助けを受けて他から受けないというのはおかしいですね。神さまは全体だから、全体からいつも助けてもらっているはずです。いつも感謝していたらちゃんと助けてくれるという感じです。そして相手に何も求めなかったらいいですね、そうしたら楽です。神さまからみたら今必要なものをスッと現して与えてくるんですから、べつに求めなくていいんです。求める前に次にまた新しいものをスッと出して与えてくるんです。
 みんな求めるときは過去を掴んでしまうんです。過去は過去でよかったんです、次の瞬間また別なものを与えてもらう筈なのに過去が続くと思うと、これは合わないと求めだすんです。だから一瞬だけで終わればいいんです。次に必要なのは別な形で出てくる筈なんです。

 喜んで受けるだけ

☆自分が神様に与えられたものを自分の道具にするんじゃなくて、すぐに人に与え尽くすことをしていれば、どんどん回ってくるという考え方ですか?普通はいいものを持つと放したくないと思うんですけど・・。

ーありがとうございますー
 そうですね。ありがとうございますで神さまに全部お返ししたらどんどん必要ないいものと取り替えてくるんです。掴むから新しいものを受け損なうので、みんなそこなんです。これだけが自分のものと掴んだら、他が自分のものでなくなる・・自分が壁を作ってしまうんです。厚い壁を作ったら外のものが全部自分のものでなくなってしまう。みんな神さまからのプレゼントという気持で、なんでも自分のものなんだと思って受けたら一つだけ自分のものと掴まないでいいんです。いつもありがとうございますでいいんです。

☆神様と直接繋がる為には間に何もない方がいいということで、自分が受け取ったものを持っているということは間に何かあるということですから受けられなくなる・・常に自分は空っぽでと・・・。それには常に与えていないと空っぽにはならない?

ーありがとうございますー
 空っぽがいいですね、掴みを放すのがいい。常に新しいものを受けてたらいいです。受けるのに忙しかったら・・。ありがとうございますと喜び続けることですね。ありがとうございますで新しい方を受けていたら、与えるも放すも別に意識しなくても自然に離れていくんです。放してから受けなおすというと時間がかかるんです。受けるほうだけで、ありがとうございますで喜んで受けるだけがいいですね。

 幸せへの最短コース

☆ありがとうございますを知らない方で信仰は持っているんですが、何年も前から結婚を望んでいて親もそれを望んでいるんですが出来なくて、どうして神様は与えてくださらないのかとズウッと悩んでいるんですが・・。

ーありがとうございますー
 結婚したいと表面の心は思っても心の奥でしたくないと選んでいる場合もあるんです。魂の段階で。結婚でも過去世がずっとあったとすると、結婚していろんな勉強も済ませて卒業したと思う人は結婚したいと思わないんです。また結婚していろいろ苦しみが大きかったら、今度は一人で楽をしたいと思ったりするんです。それだと表面がいくら結婚したいといっても周りがどれだけ結婚しなさいと言ったって聞かないです。自分は絶対この一生は結婚しないと決めています。自分がそういう運命を選ぶんです。
 心の奥から自分が本当に結婚したいと思うんだったらスッと結婚します。その結婚の仕方もいろいろな結婚の仕方があるでしょう、相手に求める結婚の仕方もあるし与える結婚の仕方もあるし、いろんな段階があるからその人がどの段階の結婚を考えているかというのもその進歩の段階で決まるわけです。だから、複雑ですね。願っても叶えられないとか人からいろいろ言われるのもそれもいい勉強かもしれないです。
 でも幸せへの最短コースをみんな歩むんです。それが必要な勉強になって必ず幸せが出てくるんです。結婚したら幸せになると錯覚する人があるけど、不幸な人いくら結婚しても不幸なので、幸せな人は結婚しなくても幸せなんです。だから条件付なんて偽物です。幸せな心で結婚したらどんな結婚相手を選んでも幸せです。
結婚する時は最低の人を選ぶのがいいというくらいで最低から大きい幸せを感じ取れる人は最高の人ですね。悟りを開いた人・・最高の悟りを開ける人です。最低の人には与え甲斐があるから、与え尽くす練習という意味では一番たくさん与えられるから、早く与る自分に変ることが出来る・・それが本当の自分ですから悟った自分になっていくんです。みんな本人が選ぶんです。与える練習をしようという時はそういう人を選ぶんです。

 何にでもなれる

☆今のご主人がすごく至れり尽せりでいい人だと思っている人は、そんなにいいということでもない・・?

ーありがとうございますー
 そういう時は受ける練習をしているんです。上手に受ける練習を積んでいる時でどっちもいいですね。自由自在に両方楽しむんです。

☆本で読んだのですが、生まれてくる時に例えばひとつの魂が二つに別れて生まれた時にこの世でもうひとつの別れた魂を探すという、そのことについて教えてください。

ーありがとうございますー
 神さまの創った無限の無限のチャンネルの番組には全部揃うのでどんなものでもあるんです。だから大きい魂が分散されて生まれ変わるとかまた細かいのが集まって大きい魂になるとか自由自在です。そういう番組も全体からみたら本の一部で確かにそういうのもあります。でもそういうのを相手にするとそういう番組に嵌り込むから魂の段階に自分が落ちていくんです。
 もっと自由な方がいいですね。いつも無限に無限に輝いた自分が神さまの中から一瞬一瞬新たに天から舞い降りてきているというくらいの見方が一番自由で楽になります。魂なんか相手にしない方がいいです。いつも輝いている自分だったら魂じゃないです、命の光の自分です。それはもう自由自在に宇宙を駈け巡るような感じで縛られなくなるんです。魂は思いの集積みたいなもので、過去の積み上げた思いがそういう魂的なものになってしまうんです。明るい、いい思いの魂は魂の高い段階になるしマイナスの暗い思いが貯まると暗い低い魂となるんです。魂を自分と掴むのもいいけどそれはつまらない小さいものを掴んでいます。
掴むんだったら無限に無限に輝いた光の命の自分と掴む方がいいです。それも新しく置き換えてもらうと新しい自分新しい自分と掴む方がいいですね。大きい自分からみると魂の自分を掴んだら爪の先の垢をちょっと自分で掴んでいるような感じのつまらない掴み方です。

☆多重人格の人の中には、散らばっていた魂がひとつになったからいろんなチャンネルが出てくるというような・・それはそれに縛られたからそういうのが集まったということで、その縛りが解けるとそういうのも全部なくなってしまうということですか?

ーありがとうございますー
 そうです。そういうのよりももっと自由な立場に立つから多重人格じゃなくて無限人格と言ってもいいかも知れないです。
 何にでもなれるのがいいですね。人間だけじゃなしに自由に何にでも変身できたり立場を移せたり何にでもなれる方がいいです。よく空想する人が雲になりたいとか太陽になりたいとか風になりたいとかいろいろ言うんですけど本当はその全部ができるのがいいです。それも一瞬一瞬何にでも自由に変身できてそういう立場に立てる方がいいですね。それが本当の自分です。
意識だけスッとそこに移せばいいんです。その意識が本当の自分です。永遠不滅の本当の自分なんです。だから大きく受けたら大きいのが自分だし小さく受けたら小さいのが自分です。でも意識は絶対変らないです。一貫性があって不滅なんです。

 思いは消される

☆五井先生の自伝の中で、ある時期神様に想念停止ということを言われて想念停止をしようと努めてそれが成功した時に悟られたんだと思うんですけど、それに代わるものというと、ありがとうございますの場合はどういう・・・。

ーありがとうございますー
 想念停止というのは難しいですね。思いは湧いてきますから、その思いをスッと掴んだ時に思うことになって想念停止が崩れます。だから無念無想で想念停止といったら大変です。
五井先生もありがとうございますだけは唱えるのを許されているんです。ありがとうございますを唱えたら想念停止で思いは出ていない、思いは消されるんです。一番楽なのはありがとうございますを唱えて何も思わないのがいいです。隙を作らなかったらいつも想念停止で、それで過去の思いも消していけるんです。そうすると神さまがスッと働きやすいんで一番楽な方法です。道元さんも多分念仏みたいのを唱えているはずです。何も思わない考えないというんじゃなしにやっぱり神様仏様を呼んでいる筈で、それで助けてもらうんです。何も思わないでも思いは消えないんです。過去に積み重ねた思いを消す力はないんで、神仏の名前を呼んだりすることによって過去に積み重ねた思いを早く消してもらえるんです。そうすると早く無念夢想の想念停止の状態にスッと早くなれるんです。プラスの祈り言葉は大事です。特にありがとうございますを唱えると想念が消されるんで、想念停止というより消されたのが一番いいんです。停止しないでも消えてしまったのが最高です。

☆何も考えたくないとか・・この思いはどうして何度も出てくるのか・・というようなときは、やっぱりありがとうございますを唱えるということですか?

ーありがとうございますー
 そうですね。楽しいことを逆に積極的に思うとか、ありがとうございますを唱えて神さまの助けを受けて消してもらったらいいです。ありがとうございますを唱えるだけでマイナスを消してプラスを引っ張り出してくれるから即サッと変ってきます。

☆以前、いま恋愛をしていて相手の人にすごく囚われているのは自分でも判ったいるけどそういう思いがあるという人がいましたが、そういう思いもありがとうございますを唱えることでそういう執着というのも消えるんですか?

ーありがとうございますー
 消えるんですね。好きという思いは借りなんです。借金です。過去世でいろいろ助けてもらうでしょう、それでお返しも出来なかった分はみんな思いの姿で心の中に集積されるんです。その思いというのが貯まってくると恩返ししたい借りを返したいという気持が好きという感情になって出てくるんです。どうしてもそこへ好きという気持ちが行ってしまうんです。それで借金返しをしなければという意味でスーッと引き寄せられるんです。その思いを借金を消さないといけないんです。ありがとうございますを唱えているとスーッと思いが消されて借金が消えていくんです。それでプラスの方が増えてくると今度はお返しの方が出てくるから執着しなくなる、引き付けられなくなってくる逆に相手の人の方が自分の方にひきつけられる・・尽くしたいという感じで。いい姿を持って借金返しをして今度は与えた分を返してくれるようになるんです。
自分の方から相手を好きと言っても相手が素っ気ない場合もあるでしょう。大抵、借りが多いときはいい反応を示してくれないです。尽くしても尽くしてもマイナスが出てくる反応をされるんです。ありがとうございますで先に借金返しして消してもらうのがいいです。

 嫉妬心

☆嫉妬というのはわりと強い感情だと思いますが、そういう感情も多分ありがとうございますで消えていくと思うんですけど・・嫉妬というのはどういうものなんでしょう?

ーありがとうございますー
 嫉妬心はもの凄い執着なんでしょう。思いがたくさん積み重なると執着が強くなるんです。軽い場合は嫉妬心までいかないですから思いの量が多いんですね。だからたくさん消す必要があります。それも感謝してどんどん消されたら軽くなって嫉妬心が起こらなくなるし、好きという感情まで消してもらって本当の愛の与える心だけに変えてもらうんです。報いを求めず与えるという自然な炊くな気持に変えてくれるんです。思いの量が多いんですね。

 虫の好かない人

☆どうしても虫の好かない人、どうも肌の合わない人、努力していても何かカチンときたりというのは・・?

ーありがとうございますー
 それもいいんです。それもある意味の借金返しです。相手に尽くして借金を返す方法もあるし相手からマイナスの姿を与えられてマイナスを与えられてそれが借金返しになるときもあるんです。両方借金返しです。いやな目に会い続けるというのも大きい借金返しです。自分は尽くしているのに相手はいつもマイナスを与えてくるというのは大きい借金返しになっている。借金を早く返してもらうのがいいです。借金がなくなったらみんなプラスの姿を取ってくるのでありがとうございますが一番最短コースですね。

 神様を呼ぶだけ

☆その時のありがとうございますは神様に対してですか?それともその人に対してですか?

ーありがとうございますー
 ありがとうございますは神さまを呼ぶだけです。人に対してじゃない、本当の神さまを呼んでいることでそれで助けてもらっているんです。神さまは全体だからどこへ向かってもいいんです。どこからでも飛び出してきてくれるから。

☆神様という言葉とありがとうございますという言葉とは同じことですか?

ーありがとうございますー
 本当は同じですね。ただ神さまと言うと仏様を信じている人は受け入れないです。科学者や芸術家という中には神さまという言葉を使いたくない抵抗がある人もいます。ありがとうございますは誰でも使えますね。

☆日常生活の中にもありがとうございますが使われますが、これも言っていることは神様・・ですか?

ーありがとうございますー
 そうです。神さまから何かいいものをちょっと受けてるという感じです。マイナスを与えられたら言わないですね。プラスを受けてありがとございますですから、そのプラスは神さまから来てるんです。神さまをそこに小さくでも認めているんです。それでありがとうございますなんです。

☆そういう意識のない人でもこの言葉をたくさん言うような状況が出来ていくと、その人が常に呼んでいると・・・。

ーありがとうございますー
 呼んでいるから神さまの助けを受け続けてどんどん感謝も深くなって神さまを感じるようになっていきます。

☆言葉に出さなくてもこのシールがその方の生活に常にあればその方は常にそこに呼び続けている状況で・・?

ーありがとうございますー
 そう、なっているから変ってきます。必ず変るんです。だから暗い人の部屋はこれを貼っておくと必ず明るく変化するんです。

☆車を運転しながら30分くらい唱え続けた後、なんだかほんわかした感じでいつもと違うので、娘にもやってみたらと勧めたんですが娘もやはり何か違うというんです。今までは喜びなさいといわれても喜べなかったんですが、何か判らないけれどこんな感じかなと体験できて・・これまで人を恨んできたんですけどそういうのがあっても大丈夫という、それがあるからいま年とともに感謝の方へ行かせてもらうということが本当によかったと思っています。

ーありがとうございますー
 普通の人は過去にマイナスの言葉、思いをいっぱい使っていますね。ありがとうございますをいい始めても、ごく僅かですよね。それでも大きく変化するんです。すごいことです。万分の一くらいしかありがとうございますを言ってないですよね、それでも大きい変化をみせてくれるんです。

☆私は、母に対して怒りがあったので・・亡くなる前くらいに本当に母に対してありがとうと言えたんですけど、去年くらいからそれをさせてもらって、そうしたら寝たきりで意識が朦朧としていた母が「その言葉なに?」と。いったい何が起こったの?という程の症状で意識をはっきりさせたことが私にとってはすごく脅威というか、その姿を見せてもらったことが・・・私自身も母に対していっぱい持ってきたのにそんな私が今何を言ってるのという感じ・・無理して言おうとした訳じゃなく自然に言えたんですけど、そのことが清々しいなと自分がもう一人の自分を見て何か・・可愛いなと、ここまでよく成長できたなと自然に赦せるというかそういうふうになれたことが・・・。

ーありがとうございますー
 すごく大きい変化をさせてくださった・・神さまの力ですね。凄い変え方ですよね。

☆だから、兄弟みんなに言われるんですけど、主人が明るくなったと・・。「それは私が変ったからだと思うよ」と言うんですけど、自分で変ったと言えるのは凄いねと言われたんですけど・・。

ーありがとうございますー
 本当は自分では変らないですね。人が人を変えることは出来ないです。ありがとうございますの神さまの力ですね。神さまがスッと助けに入って奇跡を見せるんです。それは凄い変え方です。大奇跡ですね。

 必要なことだけがいい

☆ありがとうございますという日本語の響きに意味があるんですか?それとも外国の言葉でもいいんですか?

ーありがとうございますー
 大事なのは言葉の響きです。言霊というか、「あ」というのは明るい響きがあるんです。光とか命とか光源とか本源という意味が・・「あ」という言霊がそうなんです。そういう言霊の組み合わせで言葉がこの世的に生まれてくるので、この世の言葉というのは言霊に波長を合わせる言葉です。波が合うと言霊がスーッと出て来て発動する、神さまが動くんです。

☆ありがとうございますは悟っておられるから、いついつ誰がくるというのも判るんですか?

ーありがとうございますー
 必要な時に判ったらいいんで、必要ないのに判ったらややこしい、うるさいですね。ありがとうございますを唱えている限りは必要なだけを与えてくれるんで必要だったら何でも判るんです。それだけでそのときは充分で、どんな人がどういう用件でどんなふうに来るって先のことまで読んだって意味ないでしょう、今の方が大事です。今必要なことだけを今受けた方がいいですね。必要ないことが判ったら煩いです、あの人はいつ死ぬと全部の人の死期までわかったら、ややこしいですね。どんな人がいつ誕生すると分かったって大したことないですし他にもいろんな問題をそういうふうに判ったって意味ないです。楽しめないですね。必要なことだけがいいです。

☆中にはそういうことを鼻高々に言って、私ほど偉いものはないという人も結構いますね。

ーありがとうございますー
 鼻高々になることがもう苦しみなんですけどね。必要ないことを感じているから苦しいんですね。必要以外のことが判ったら逆に苦しみになります。それは本当の神通力と違うんです。神通力は神様とひとつになって出てくる必要な能力です。神通力があるんでもこれがあったらいいんです。見えるものでも必要な時だけ見えたらいい、いろんなものが聞こえて判るんでも必要なだけ聞こえたらいいんです。お節介な大勢がいろんなことを語りかけてくるんで、無限の人が語りかけてきたらキチガイになってしまいます。

☆必要なものというのは百人いたら百人とも全部違うということ・・・。

ーありがとうございますー
 違いますね。その必要なものは誰が一番よく知っているかということでしょう。ありがとうございますという本当の神さまが知っているんです。この人には何が必要というのがね。一番よく知っているのは、ありがとうございますという宇宙の大神様です。ありがとうございますと神さまを呼んでいる限り必要なものを的確に与えてくれるんです。だから絶対間違わないです。

☆いろんなものがやってくる時というのは全然違うところにいるんですか?

ーありがとうございますー
 そうです。常にありがとうございますで神さまの助けを受けるのがいいです。そうすると必要なものだけを集めてくれる、いらないものを他へやってくれるんです。最高の生理整頓です。

☆超能力とか神通力を使える人が、その力に囚われずに神様の与えられたようにずうっと使っていけば神様のいい方向で使えるということですか?

ーありがとうございますー
 そう。だから、それを一回全部神さまにお返しして任せ切らないと、自分が使っている限りは間違います。神さまからもう一回頂き直すような気持ちで必要なだけ受けるのがいいです。

 執着しないのがいい

☆その都度その都度与えられたものを使って、それには執着しないでお返ししてということですか?

ーありがとうございますー
 そう。執着しないのがいいんです。普通の人は欲しいものを手に入れて喜ぶんですけど神さまの方は必要なものを与え続けて幸せにしようとするでしょう。神さまの方はずっと先を見通して必要なもの必要なものをと準備して与えてくるんです。例えば家でも今ここに住んでる家が必要だったらそれがずっと続くんです。でも、もっと大きな家が必要となって大きい家を与えようとする時に今の家にいたらダメですね、大きい家に移れないから。そういう時はその家がなくならないといけないときもあります。地震で消えたり家事で消えたり人から奪い取られたり・・どんな姿でもいいんですね。自分からスッと移れたら一番理想なんだけど、大抵いいものには執着があるからまだここに残りたいという感じで執着するから、スッと放せたらいいんだけど・・その時はマイナスの姿でもってそこを追い出してくれるんです。それで新しい大きい家のほうへ移してくれるんです。後で気づくんです、過去の全てが神様のお導きだったと・・何でもそんなものなんです。だからマイナスに見えるときは自分がまだスッと素直に従ってない時です。それでマイナスの姿でそれを変えてくれるんです。

☆家だけの話じゃなく自分の仕事とかも・・たくさんの人が仕事を失っていますけど、そういうふうに捉えられる時期が来るということですね?

ーありがとうございますー
 そうですね。仕事を失って時間が与えられて、自分を振り返る時間が大事だよという時はそういう時間を与えてくれたり、お金儲けの仕事よりも人の為に尽くすのが大事なんだよという感じで、また仕事を変えてくれたりいろいろあるんですが必ずよくなるんです。よくなった後で気付くんです。絶対マイナスになってないんですね。

☆大きい家を持っている人が、例えばもうすぐ洪水が来ますとか天災が来ますという情報が入った時にそれを処分して新しいところへ移って全く損害がないのか、それとも運命に任せようと思って何も対策を立てないのか二通りあると思うんですけど、情報が入ったということは新しいところへ行きなさいと捉えた方がいいのか、それとも執着を放しなさいと捉えた方がいいのか、どっちなんでしょう?

ーありがとうございますー
 本当の神さまからの正しい導きだったらみんな生かしてくれるんです。全てよくなるようにしてくれるんだけどその情報がどこから来るか判らないですね、人の勝手な心配から来る情報かもしれないし・・ありがとうございますさえしっかり唱えていたら正しく神さまから情報が入ってくるのでその時はいいようにいいように変化するんです。

 万病抱えても感謝が深くなった方がいい

☆ありがとうございますのところへ一ヶ月くらい通っていろんな病気が治ったということを聞きましたが・・・?

ーありがとうございますー
 いろいろですね。一日で治る人は治るし、治らない方がいい人は治らないですね。神さまが必要な勉強をさせて幸せを早くつかめるように最短コースを歩ませているんです。病気でも治るのがいいんじゃないです。病気をしながらでも感謝が深くなるのが一番いいですね。病気を治してもらって喜ぶだけじゃ意味ないです。そんなのは小さい浅い喜びで、万病抱えても感謝が深くなった方がいいです。それは凄いですね。どんな状態でも幸せになります。地獄に落ちても、これ以上の幸せはありませんというくらい幸せな感じ方をできる人は最高でしょう。どこへ行ってもそれ上の幸せになれるから。

 安心立命

☆そうすると安心立命ということは・・そういう世界は何も安心立命ということじゃなくてどんな状態の時でも自分は最高に幸せというように思える境地を言うんですか?

ーありがとうございますー
 そうですね。感謝の深い状態です。地獄でも「極楽です」と言えるんです。

☆安心立命という凄い世界があるのかなと思ったんですけど・・。

ーありがとうございますー
 立命というのは命で立つという意味です。命の自分というのは感謝の自分です。感謝の自分で立ち上がった時がどこもかしこも極楽なんです。安らかな心になれるんです。肉体の自分とか思いの自分とか魂の自分では命の自分で立っていないから、求めたり心配したりいろいろするんで心が安らがないんです。だから命の自分をしっかり掴むことです。命の自分として立ち上がるんです。それはもう感謝一筋の心です。命の自分に戻りなさいと言ってもややこしい、わからないですね。どれが・・と思うでしょう、ありがとうございますを唱えていたら命の自分に戻るんです。判りやすいです。自然にスッと命の自分に戻っているんです。

☆人は本来生まれながらにしてありがとうございますという存在のように思うんですけど、そういうふうにならないのは・・過去世の思いなんですか?

ーありがとうございますー
 原因はどこにあるかと言うと、今自然に呼吸していたら安心立命なんでしょう、いつも神さまから無限のプレゼントを受けて幸せいっぱいの状態が持続するんですけど、その呼吸を一時的に止めるんです。呼吸を止めた時にちょっと酸欠状態なんです。苦しくなるだけ・・で、苦しくなったらまた呼吸を始めるんです。そうしたら感謝に戻ってまた幸せを味わうんです。だから苦しむのは、ほんの一瞬みたいなものです。それは苦しみでも何でもないんだけど、呼吸できることの喜びを深く味わう為にしているかもしれないし。だから
原因はいつも「今新たに」なんです。過去世というのは関係ないかもしれないです。過去世の原因で縛られるんじゃないです。呼吸を止めるのも自分が止めて楽しんでいるというくらいがいいかもしれない、思いを出して思いをいっぱい背負ってというのも、それを吹っ切ろうと思ったらすぐですから・・今サッと感謝して無限の無限のプラスがいっぱいになったらもう全部一瞬に消えるから常に今自分がどういう状態を選ぶかなんです。新たに新たに選ぶんです。

☆その意味合いは判るんですけど、何人かの人を見てますと・・それは判るんだけどと言って結局、本当の感謝に行けないという・・。

ーありがとうございますー
 行けないんじゃなくて、本人が行かないんです。楽しんでるんです。「まだ行かない、もうちょっと楽しむ」と。どれだけ呼吸を止めていられるかと競争してるんです。

☆呼吸を止めている人をみていてこちらが苦しくなるのは何か自分に引っ掛かりがあるんですか?

ーありがとうございますー
 そうねぇ・・長い時間呼吸を止められて素晴らしいと褒めてあげたらいいです。苦しんでいる人ほど凄い、素晴らしいと。

 公害

☆公害を出している企業などに怒りを感じる時にも、怒りじゃなくて発想を変えて違うふうに見たらいいんですか?

ーありがとうございますー
 そうですね。ありがとうございますで公害も消えます。神さまの力を目の当たりに見せてもらえます。公害がなかったらその神さまの力が判らないです。
汚れた水がありがとうございますのシール一枚できれいになって変化するでしょう、人が真心を込めてありがとうございますとお祈りしたらもっと力が出ます。全部そうです。どんな公害もありがとうございますの神さまの力で瞬間にいいものと置き換えてくるから、マイナスの多い中で神さまを受け入れる方がいいんです。寒い北極か南極で太陽の光を浴びたら、暖かいと感じますけど赤道直下ではありがたいと思わないですね。だから常に神さまがもの凄い素晴らしい力を振るってくれるから、神さまの働きをしっかり受けるのが幸せなんです。公害に飲み込まれたらダメだけどそこで神さまを呼んで神さまの助けを受けて神さまの素晴らしい力を見せてもらったらそれが大きい幸せになるんです。神さまを呼ぶチャンスを与えてもらっているかもしれないし神さまの力を見せてもらうチャンスです。

☆環境問題について、お祈りとかじゃなく皆が意識を変えて汚染や破壊が起きないようにとものの形の源泉の方から具体的な作業をやろうという考え方の人もいますが・・・。

ーありがとうございますー
 みんな自由にどういう番組を引っ張り出してくるかだけです。でも皆いずれは楽な方を選んでくるんです。自分が絶対に公害を出さないようにという生き方も悪いことじゃない、いいことです。でも現実を掴んで公害を出さないようにというよりも最高番組の中からすばらしいものを引っ張り出してこの世をよくするという方がいいですね。出来るだけ自由な心で高い番組を引っ張り出せる方がいいので、ありがとうございますがいいですね。無理がないです。
 別に公害を出す人に対して責める必要はないんです。必要があって出て来ているんです。人が・・じゃなく神様が必要があってそういう姿を見せてくれているといった方がいいので、それをプラスにプラスに受けて増やしていけば全部大きいプラスに変化するんです。

☆ありがとうございますで何もかもマイナスが消されるというのを逆手にとって、ありがとうございますを言いながら公害を出し続けるようなことにはならないですか?
ーありがとうございますー
 できないですね。ありがとうございますを唱える人は人にマイナスを与えることは出来なくなるんです。人のマイナスを自分の身の上に背負って消そうとはするけどマイナスを背負わせようとはしないです。みんな自分のほうへ責任を持ってくる、神さまが引き受けて責任を取るんです。みんなを幸せにしたいからと。感謝の出来る人はマイナスを出さない、公害を与えないです。

 効果

☆ありがとうございますを言っても変化の現れる人とそうでない人がいるのはその人の考え方の違いですか?

ーありがとうございますー
 神さまの方は何が必要か一人ひとりに合わせて見ているから、必要な助けを与え続けるんです。だから変化の仕方は一人ひとり全部違います。それが一番いいんです。

☆ありがとうございますを言っていても変化がない時に自分の感謝がたりないと思うよりも、神様が必要なことを与えてくれているんだと思うほうがいいんですか?

ーありがとうございますー
 そうです。形の変化がどんどんプラスによくなるのもいいけど、内面の変化がどんどんよくなるのもいいでしょう。心に貯めたマイナスがどんどん早く消えるのもいいですね。どんな助け方を最優先してくるかでみんな表現が変ってきます。心に貯めたマイナスを消すのが最優先されたら、かたちは全然プラスに変化しないし心境も変化しないです。でも
マイナスは奥からどんどん消されて消えていて、ある時ガラッと変るんです、一夜にして悟ってしまうというような感じです。ちょうど片栗粉に熱湯をかけ続けて時間がたつとパッと一瞬で透明になるような感じです。それは一人ひとりの必要性に応じてですね。同じ助け方は絶対にないから比較できないです。みんな同じ救われ方だと味気ないです、パターンが一通りに決まったら味気ないですね。

 漫画が好き

☆先生は漫画が好きということですが、何故漫画を読むのかなと・・・。

ーありがとうございますー
 漫画だけじゃなく新聞も読むししテレビも見るし・・いろんな番組を波を合わせて光を送っているといったらそうだし、波を合わさないと心の交流は出来ないですね。最近は漫画を読む人が多いです、漫画の時代ですね。普通の活字の本はあまり読まないです・・漫画を読む人との心の交流というのもありますし、ニュースとかテレビを見るのもそうです。見ることによって波があってそこでお祈りしてると光が交流されていくんです。だから楽しんでいるだけじゃないんです。

☆漫画を読む人とのコミュニケーションですか?

ーありがとうございますー
 そうですね。だから
本を自分の部屋に置いておくだけでもその本を通していろんな交流が起こるんです。暗い本をいっぱい置いておいたら暗い世界と自分が交流します・・極端だけど明るい本は明るい世界と交流できるし、これは影響を受ける方だけど今度は逆に自分が影響を与えるんだったら暗い本を置いておけば暗い世界と交流して光を与えていくんです。
 いい本というのは明るいプラスの言葉の本がいいですね、そこから光が出ているんです。プラスの言葉ばっかり使った本があればいいですね。


 必要な使い方が出来たらプラス

☆プラスの言葉だけではアナウンスも出来ませんね・・マイナスの言葉が多いです。アナウンスの仕事を6年やっていて身体を壊しました。声が出なくなってその仕事をやめました・・。大体、明るいニュースはディレクターがカットするので悲惨なニュースがトップです。ある日突然失声して顎が外れて・・その時は最悪と思ったんですけど・・意味がよく判りました。

ーありがとうございますー
 それだけ凄いんですね。マイナスの言葉をアナウンスするだけでね・・いい体験をされました。

☆日本語にはマイナスの波動がないということを聞いたことがあるんですけど
ニュースとかだと思いが入るからでしょうか?それとも言葉自体にマイナスがあるんですか?

ーありがとうございますー
 感謝の心があったら本当は全部プラスに受けるんですけどね。感謝の心の前には必要なものしか出てこないから、だから暑いと寒いとあって普通は寒いのは嫌です、マイナスに思うんだけど夏の暑い時にはちょっと寒いというのが来ると涼しいですね、気持がいいです。感謝の心が先ず優先してあるかないかです。ただ必要な立場だったらプラスもマイナスも全部プラスに変化します。マイナスをもプラスに変えてしまいます。夜、寝るのでも太陽が照っていたら寝られないから夜は必要で、夜はマイナスかと言うとそうじゃないです、安眠を与えてくれるんです。安らぎを与えてくれるという感じです。必要だったらそれをプラスに生かせるでしょう。何もかもそうなんです、言葉も全部・・マイナスの言葉が悪いんじゃないんだけど、使い方です。必要な使い方が出来たらプラスなんです。

☆何かするとき必要かどうかで判断する・・必要かどうかを判断する基準はないんだけど、大体は必要かどうかでなく別のことでやるんだと思うんですけど・・やっぱり必要かどうかなんでしょうね。

ーありがとうございますー
 本当にね・・。必要なものがいいんです、必要かどうかで決めるのが。ただそれが自分では判断しにくいので、ありがとうございますで必要なものを与えてもらうのがいいんです。そうすると絶対間違わないです。本当に何が来てもありがとうございますと言っていたら必要なものだけが残って必要ないものは離れてしまう、絶対それで間違わないです。絶対です。

☆私はここに一年以上通わせてもらって、いつも耳に残るのが必要ということで、必要だったら神様は与えるし必要でなかったら与えない・・人はいつも必要でないことをやっていると、とにかく必要ということが耳にずっと残るんですけど・・・。

ーありがとうございますー
 幸せというのは必要なものを与えてもらった時に感じるんです。欲しいものを与えてもらってもちょっと思い出たの自分の小さい自己満足です。食べ物がなくなってお腹が本当にすいて今まさに栄養失調で死にそうという時に食べ物を与えてもらったら必要性があるんです、一番感謝します。幸せを感じるんです。だから幸せを感じる為に必要性をやっぱり必要とするんです。欲しいものではダメなんです、必要でないと・・。砂漠を旅して喉がカラカラに渇いたときにお酒を飲みたい欲しいと飲んでもダメで必要なのは水で水がいいんです。

☆欲しいものと必要なものが食い違う時が結構あると思うんですけど、それが必要と判るのは難しいと思うんです。

ーありがとうございますー
 ありがとうございますをしっかり唱えていると区別がはっきりしてくるし必要なだけで満足できるようにしてくれるんです。大抵は欲しいものに心を向けてそれを手に入れると無理があるから後でしんどいです。お金でも無駄遣いしてしまうような感じです。それで余裕がなくなってきたりするんです。本当に必要なだけに絞っておくと余裕が出来てくるんです。楽なんです。これがなかったら絶対生きていけないという、そういうものだけを身近に置いておくと預金がいっぱい残っているから、いつでも必要なものが手に入ります。でも欲しいものを先に手に入れたら、もうお金はない・・借金まで出来るかもしれないです。そうするとやっぱり追い立てられます。欲しいものはすぐに必要性がなくなるんです。邪魔になってくる、負担になるんです。だからできるだけ最低限にして必要なだけで絞っておくといつも楽なんです。

☆今のその人の状態が今必要な状態ということですよね?

ーありがとうございますー
 いやそうでもない、まだ余分なものが多いかもしれないです。ズーッと昔から必要性だけを追って来たら大丈夫だけど、家でも必要な以上に大きい家に住んだら楽なことはないです。掃除もしなきゃいけないし税金もたくさんかかるしもしそれを借金で建てたんならローンの返済に追われます。それだったら必要な一部屋で、必要な一部屋の方が楽です。すごく楽になります。

☆欲しい欲しいというのがなくなって来たものを喜んでいれば必要なものだけが残るということですか?

ーありがとうございますー
 全くそうなって行きます。だから必要なものは必ず神さまの方から与えてくるんです。でも・・必要なものって、考えたらもう何も要らないですね。空気はあるし太陽はあるし水はあるし大地があるし、家が無くても足の下があるし星の輝くシャンデリアの青空天上があるしね。

☆仕事が欲しいとか生きる目的が欲しいとか思わなくても与えてくださるんですね?

ーありがとうございますー
 そう・・気付いたら既に与えてもらっているんです。仕事は、人を幸せにする仕事は無限にあります。何でもいいんです、できることを片っ端からさせてもらったら喜びが湧いてくるんです。

 無駄な競争がなくなった分だけ楽

☆必要最低限のことで感謝できる人がこれから増えてくるんでしょうか?その方が幸せを見つけやすいという・・?

ーありがとうございますー
 そうですね・・だからお金なんかもう必要ないです。人の為にただで尽くしていたら自分に必要なものを全部ただで与えてくれるんです。助け合いになったら皆本当の仲のいい家族みたいな感じです。家族同志は間にお金を置かないです。与え合いだけ、助け合いだけだから、みんな地球家族です。そうすると無駄が消えるんです。今は職業でも無駄な職業が必要ないものが多いですね。電車に乗るんでも、切符を買って改札を置いて監視しないでいいんです。皆信じあえたら、そんなのを全部なしにしたら運転手と車を整備してくれる人がいてくれたらいいので、どこにでも自由に乗っていきなさいという・・スーパーに買い物に行ってもレジは要らない、必要な欲しいものを集めておいて皆どうぞ自由に持って帰ってくださいでいいすね。皆がそうしたら無駄な仕事が全部なくなるから一日に今迄8時間働いていたのが1時間で済むんです。それで必要なものが手に入るんです。そういう状態なら競争しないで済むし無駄なものを作らないで済みます。無駄が消えていく方がいいですね、企業合併なんかもそういう意味かもしれないです。無駄な競争をしないで済みますから、いい物を皆に提供できたらそれが最高になっていくし・・車でも皆が競争しなかったら部品でも競争しなかったら大事に乗れるんです。タイヤひとつ交換するんでも車ごとに違うから困りますね、古いタイヤが使えなくなります。資源の無駄遣いで自然を破壊しているんですね。大自然との本当の生かし合いというのは難しいです。もっと資源を大事にしたら大自然を壊さずに済むんです。

☆今までは競争をすることでいいものが出来てきたけどこれからは競わずにいいものが生まれて皆に与えられるということですか?

ーありがとうございますー
 気付けば・・今すでに与えられてもらっているんです。感謝するだけです。すぐに気がついて行くんです。そして無駄な競争がなくなった分だけ楽になるんです。

☆一方では、激しい競争をするからそうした技術力も開発されるというんですけど、競争がなくなるとそこに必要な智慧が降りてきて・・ということですか?

ーありがとうございますー
 みんな逆に見ているみたいです。感謝の心があったら智慧やアイデアが天から降るように出てくるんです。それをひとつのアイデアでも特許をとって自分のものにしたら次にアイデアは出なくなります。ストップがかかります。愛の心じゃないから、求める利己的な心だから波が合わなくなって受けられなくなります。だからアイデアをどんどん無償で人に提供する人にはどんどんアイデアが降ってくるんです。湧くように降ってくるようになるんです。だから企業でも競争したからよくなったんじゃないんです、逆ですね・・競争していてもよくなったんだから競争しないともっとよくなります。

☆大多数の経営者は競争で勝つことによって先鋭化して合理化できてよくなっていくという思いがありますから、競争をしないで感謝ということに抵抗を持っている経営者が多いと思うんですけど 、これからはそんなふうに変ってくるんでしょうか?

ーありがとうございますー
 皆自分が力を振るってよくしているというのは傲慢ですね。人の傲慢な生き方というのは神さまから見ると、「見たくない」という感じで引っ込んでしまうんです。神さまの助けがなくなるんです。謙虚に感謝していたら神さまは喜んでスッと助けに入っていいものをいっぱい与えてくれるんだけど人間が傲慢な心になってしていることは逆です、神さまの邪魔ばっかりしている感じで悪くしているんです。会社でも自分の会社だけよくしたら他の会社を潰しているんです。人を不幸に叩き落している感じで一部の人を幸せにしたって本当の幸せじゃないです。人を不幸にして幸せになったってその反動は必ず戻ってくるから今度は潰されて不幸になるから、最初からそういう無駄な競争をしなかったらみんな最初から幸せなんです。だからあまり無理しない方がいいですね、自分の会社だけ大きくしたらいいというのは馬鹿ですね、皆が助け合う方がいいです。競走もないほうがいいです。ないほうがよくなります。

☆競走というのは諸悪の根源だと思うんです。競走は結局他人を犠牲にする行為だと勝つ人がいれば必ず負ける人がいて、富む人がいれば必ず貧しい人がいる・・・。

ーありがとうございますー
 そうですね。

 頑張るという言葉

☆日本人は特に頑張れ頑張れというメッセージが多くて、私自身は信仰を持っていて「ありのままでいい」と言われてもそのように実際に生き方を通してありのままでいいことを見せてくれる人がいなくて・・頑張れというのが無意識に入っていて寝ていても歯を食いしばっているような・・・。

ーありがとうございますー
 頑張るという言葉も元々は本当はいい言葉なんです。それがだんだんズレたみたいです。
頑というのは元で、それに頁で・・これは元から受けなおすという意味なんです。だからいつも神さまから受け直していたらそれが自然に広がるんです、それが頑張るなんです。だから一番自然な姿が頑張るで、神さまが頑張っているんです。本当は神さまをスッと受け入れることが理想なんです。元々そういう意味だったはずなのに自分が我を張ってという正反対の言葉になってきているみたいです。神さまを受け直していくと意味が正しくなります。自分の力で生まれてきていないのに、生まれさせてもらっているのに、生かされているのに生きようとするんですね。既に認められているのに今さら認めてもらおうとしなくても存在自体が神さまに必要だからとちゃんと認めてもらっているんです




ありがとうございますおはなし集で使ったHTML等は菊地さんのサイトで勉強しました。菊地さんありがとうございます

0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.
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