15ありがとうございます護摩→平成27年度よりありがとうございます護摩の書きかたがかわりました。


護摩木の書き方が大きく変わります!

   書き方

表書きの部分には、これまで通り、

「真の神さまは一大循環の相象で厳然と、今ここに在します!

新たなる全徳の無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!

真の神さまだけ! 真のプラスだけ! 一大循環の相象だけ!」の3行を少し詰めて書きます。


その横に、代筆したい自分の縁ある人の名前を書きます。親兄弟親戚友達あるいは、心にかかる気になる人例えば歴史上の人物でも現在活躍している人の名前でもいいです。


裏には、黄色の蛍光サインペンで、ありがとうございますを書いておいてください。これが大変に大切でしっかりと心をこめて書いてください。これが最後の締めくくりなる大事な言葉なのです。それだけ書ければ基本的にそれで十分です。
 ともかく最後に必ず、黄色の蛍光サインペンでありがとうございますを書かないとダメですから、だから必ず黄色の蛍光サインペンで、ありがとうございますと大きく書くように!。
 途中余裕があったら、ありがとうございますを小さく沢山書いてもいいし、いつも通り、ありがとうございます を書いてもいいです。





ありがとうございます!


真(まこと)のありがとうございますに5つの意味があるんですね。この定義を定める。真(まこと)のありがとうございますの意味を定める。定義がいるんです。

 @真(まこと)の神さまとは何か。定義するのも大事。ありがとうございますは、真(まこと)の神さまの名前って教えている。
 虚の世界では、真(まこと)の神さまが一大循環の相象とは、説かなかった。天照大御神様と言った。これはまだ固定して止めているすがたなんです。
 真(まこと)の神さまは、止まっていない。無限のスピードで循環する相象だから、固定して見る天照大御神様は、太陽のような光源なんです。
 これは止めているから、一部の小さいすがた。循環する相象ではない。虚の世界では、ありがとうございますの本体は、天照大御神様だって教えた。
 これはまだ虚の世界のすがた。一大循環の相象の真(まこと)の神さまを相手にしないとダメ。真(まこと)の神さまを相手にし始めた時からが、
定義のありがとうございます。正しい定義をしたことになる。これが定義のひとつ目。
 A一大循環の相象、入れ子構造の天照大御神さまの働きの、一番端の光の放射、これをとらえたら真義のありがとうございます。これが二つ目
 Bその奥の光源の天照大御神さまを無限にとらえたら、本義のありがとうございます。これが三つ目
 C入れ子構造でとらえたら、奥義のありがとうございます。これが四つ目
 D更に奥がある。絶対の中心。ここへ入ったら、秘奥義のありがとうございます。これが五つ目

 真(まこと)のありがとうございますの5つの段階がある。
これを言葉で教えてもみんな気付かない。なぜなら自分がその立場に立たないとわからないもんなんです。

 それで真祈りの伝授をする。真祈りは、絶対の中心から、全ての全てに真(まこと)の神さまを一番大きい最高の状態で、与え続けること。
 これは絶対の中心に自分を戻さないとダメ。
 絶対の中心から、真(まこと)の神さまを一番大きいすがたで与え続ける。 これが本当の真祈りの伝授。
 ここまで行かないと本物ではない。定義や真義では、まだ伝授は一部。
 この真祈りの伝授をするために、神さまがずーっと護り続けて働き続けている。
 それを可能にする方法、これは人では出来ない。神さまがずーっと計画して、色んな計画を一杯持ちながら、
 その時その時に合わせて一番必要な、大事なことを、実行させてくる。
 計画は沢山ある。でも全部は、ついていけないから出来ない。
 だからその時その時に合わせて、必要な計画を降ろしてくる。
 ポスティングもそう、
 この護摩焚きもそう。
 みんなの受け入れて出来る範囲の計画を、具体化して降ろしてくる。
 みんなのレベルが上がったら、もっと高度なものが降りる。
 どんどん加速される、スピード化する。
 神さまがみんなに合わせて、一番いい方法を降ろしてきている。
 本当に必要なものを的確に与え続けてくる。神さまの与え方が、全部そう。 本当に必要なものを的確に与えてくる。
 今必要な時、必要なところで、本当に必要な人に、本当に必要なだけを的確に与えてくる。
 これが真(まこと)の神さまの本当の愛の働き。
 自分が、レベルが上がったら、またその必要性が変化する。またそこにふさわしい、一番必要なものを与え尽してくる。
 なによりも自分が大きく変化することが必要なんです。
 神さまの方はいくらでも大きく与えてこれるですね。
 でもみんなが受け取れない。それはね、神さまの方を向いてくれないからなんです。
 自分が小さすぎて、心の向きが神さまの方に向いていないからなんですね。
 まず神さまの方へ向かないと同化できない、一体化できない。
 背を向けたらダメなんですよ。
 神さまの方向へ向かないと。それが一番みんなのしなければならない、大事な必要なことなんですね。
 それで神さまの心を受け取ったら、まず、神さまと同じ生き方、神さまの真似をする。神倣う(かんならふ)っていう、神さまの真似をするんです。
 それで神さまと本当の意味で一体化する。神さまが自分を通り抜けてくれる、神さまが自分を使ってくれる。それで本当の意味で一体化する。

 神さまの本当の愛の深さ、大きさは、もう想像を絶する計り知れないもの。 親の心子知らず、そんなちいさいちいさい程度ではない。
 人が神さまの心を本当に理解しているかって考えたら、無限分の一もわかっていない。
 子供が親の心を理解するだけでも大変でしょ?。
 自分が親になった時初めて、親の心がちょっとわかる。 
 だから、どれだけ自分が本心側に引き戻してもらえるか。
 それはね、本心の自分に戻った時からわかり始める。
 真(まこと)の神さまそのものという大きい自分に戻るほど、大きくわかる。大きくなるための方法が、総責任者の心を持つなんです。
 支え合いの心を生きることなんです。
 神さまの願いを生きようとするお手伝いに生きることなんです。
 これが自分を大きくする一番の方法。必ず神さまが助けに降りる。そうなれば、それはもう至れり尽くせりなんです。
 中からも外からも、すべてのすべてから、ありとあらゆる働きかけで、自分を大きく高め上げてくださるんです。

 今度100万の護摩木を書く。今までは護摩木を作るだけでも、僅か。一年間3回して、一回に6000〜7000位、護摩木を作って書いて、護摩焚きで焚き上げている。一年間で2万。2万の護摩木を作るだけでも、大変だった。でも今度は、一年間で100万。
 一年かけて100万ではダメ。最初の数カ月で、全部100万を用意しないとダメ。
 神さまの世界の宇宙船を、護摩木っていう模型のすがたで出してくる。
 これも虚の世界の救いたいところへの最前線に配置しないとダメ。すぐに乗って、助けに入れるように。
 護摩木を100万先に用意するっていうのは、最前線に配置するという意味。奥にとどめておいたら、入れない、乗れない。
 まず護摩木作り100万を先に仕上げないとダメ。これがどれだけ大変か。100倍スピード化がいる。
 2万ずつ、一年に使ったとして、50倍。一年かけてではないから、最初の1〜2カ月で作るくらいのハイスピードがいる。
 そしたら100倍くらいのスピードがいる。どうしてできるか。本当は、不可能に思う。自分がするのだったら、出来ない。
人の力では出来ない。まず木を集めるだけでも大変。製材するだけでも大変。 仕上げるのはもっと大変。時間がかかる。
 だから100倍のスピード化がいる。護摩木を用意するだけでそう。

 今度はそれを宇宙船として使う。護摩木を書いて祈る。1枚書くのに、どういう形ででも、1時間祈り続けてもらおうと思う。
 座って祈る1時間も大事だし、祈りながら仕事する時間も加えてもらう。祈りながら1時間仕事して、その後書いてくれたら、護摩木を書ける。
 仕事をしているから祈れない、これではもう資格がない。祈りながら、仕事も出来て、何でも出来る自分でないと、本心って言えない。
 思いの心は、仕事をしていたら祈りは出来ない。どっちかしか出来ない。とらわれているから。
 本心は祈りながら、何でもできる。この違いが大きい。

 宇宙船の護摩木を書けるのは、本心の自分。我の思いの心は書けない、まず祈れない。祈っている時、この時は書ける。
 1時間祈り続けたら、書ける。でも僅かしか書けない。それでも1枚でも書けたらいいことはいいことだけど、でも祈り方が浅い。
 本心ではないから浅い。だから祈りながら何でもできる自分にならないとダメ。そしたら本心の自分。
 本心の自分は、祈りながら、必要なことをしながら、何でも出来て、護摩木を1日、もし寝ないとするなら、24枚書けるはず。
 それを1か月続けたら、本当にそれが出来たら、500〜600書ける。本心の自分に戻っても、そこまでは大変。
でも最低、一人どんな状態ででも、1日1枚は仕上げて欲しい。そしたら30枚。 1回の護摩焚きに先ず10万枚集めたい。

 そしたら一人当たり、どれだけの枚数がいるかって計算も必要。一人30枚、100枚書く人もいたとして、1000人がしないとダメ。
 10万枚にしようと思ったら、1カ月で1回の護摩焚きに、100枚書ける人が1000人必要。この護摩木も今度は小さくなる。
 面積がだいたい今までの大きさの3分の一になる。なぜか。10万枚集まった時、護摩焚きはどういう状態になると思う?
 今集まっているのを5000とする。衣装ケース一つに1000入る。だいたい、4つか5つ、書いたのが集まって、それを焚き上げている。
 毎回焚き上げるのに、1時間かかる。5000を焚き上げるのに1時間かかる。3分の一になっても、1時間で1万5000万。
 10万って何時間かかる?5〜6時間かかる。それだけ時間をかけられない。効率よく焚き上げするけど、それでも10万って大変。だから小さくなった。

 焚き上げのために小さくしたのもあるし、いつも携帯出来るように小さくした。いつも持ち歩けるように。
どこにいても書けるように。まず、1枚1枚仕上げないとダメ。仕事をしながら、護摩木1枚を作りたいという時には、祈って祈って、仕事をする。
1時間経ったら、書き上げる。書き上げるのは、僅かの時間で済む。早かったら一分で済む。
 表を書いて、救いの対象を書いて、細かいありがとうございますは、その時は省いていい。
黄色の蛍光サインペンで、ありがとうございますを一字書いてくれたらいい。それで十分。
 途中余裕があったら、ありがとうございますを小さく沢山書いてもいい。でも最後に、黄色でありがとうございますを書かないとダメだから、
 これで一枚仕上がる。この瞬間に、神さまの世界に入るから。そういう仕上げ方を順番にしないとダメ。
 一日終わって最後にと言うと、沢山書けないかもしれない。どうしても仕方ない時は、一日の分をまとめて何枚かに書くかもしれない。
それも別に、許可はされるけど、本当は一枚一枚、仕上げていく方がいい。それで携帯に便利なようになっている。
ポケットに入れておける。いつでも仕上げられる。そういう意味で小さくなっている。

 護摩木作りも100倍速要るから大変だけど、今度護摩木を書く人も、どれだけ祈りの密度を濃くしないとダメか。
 これも100倍祈らないとダメ。一日ちょろっと祈ったのでは足りない。同じ1隻の宇宙船を動かすんだったら、沢山救いの人を乗せる方がいい。
 大勢乗せるのなら、ありがとうございますをしっかり唱えた方がいい。
一人だけ乗せるんだったら、1回のありがとうございますでいいかもしれないけど、縁者を沢山救いたい。
 その時は、祈りが沢山回数がいる。救いの対象、これは自由自在でいい。 本当は何もなかったら、地球のみんなって書けばいい。
 地球を救いたいから。そしたら必要なところへ神さまが宇宙船を運んで、まず必要なところから救ってくれる。
 職場だったら、職場のみんなって書けばいい。日本のみんな、何々県のみんな、何々市のみんな、これでも構わない。
 何々家の縁者みんなとか。色んな形はそれぞれあっていい。

 ただ、救いの対象が限定されて小さくなるほど、濃く入る。まず自分の祈りが、大きく深くなっていたら、
 一回のありがとうございますで、大きい対象への光を流せる。でも、同じレベルだったら、分散させただけ、光のシャワーになってしまう。
 大きい水鉄砲のような圧力のある流れにはならない。自分の力量一つ。力量次第で、大きくも小さくもなる。
 だから、本当に大きく流れを起こしたかったら、自分の力量に応じた部分を指定した方がいい。そこへ神さまが、がっと働く。
 大きかったらいいのではない。地球のみんなと言って、自分の力が弱かったら、光のシャワーがさーっと広がるだけ。
 身近な対象が、具体的に大きく変化することは、ないと思う。でも一点集中だったら、同じ光がばっと来ると、その人がガラッと変わる。
 大きく変化させてもらう。その使い分けも大事。大きく祈ったり、小さく祈ったり、いろいろ工夫を凝らして、神さまの働きを実感したらいい。

 護摩焚きっていうのは、一大奇蹟を起こしてくる。これが神さまの最終の願い。
 一大奇蹟を起こさないと、一人ひとりを本心に戻して、真祈りを祈らせないと、真祈りの伝授が出来ない。
 本当の護摩焚きを通して、真祈りの伝授が起こる。宇宙船の船長に何回もなるほど、本心の自分の自覚が大きく深くなる。
 深い祈りが出来る、真祈りが本当の意味で出来る自分に、変えてくる。一番の神さまのお手伝いって何か。
 神さまの願いと一致していないとダメだから、神さまの一番の願いは、この真(まこと)のありがとうございますの護摩焚き。
 ここへ自分の力を全部捧げないとダメ。護摩焚きが本当にスムーズに大きくならないとダメ。
 自分が一人護摩木を書くだけ、これでは小さい。総責任者として、大きく動かさないとダメ。
 本当の総責任者、支え合いの心の人が、大きく集まったら、どれだけの大きい相乗効果が起こるか。
 神さまの世界は、みんな重層構造でも、入れ子構造でも全部重なりあう。
重なり合うから、完璧な護りになってくる。一方向からだったら、邪魔するものがあったら、遮られる。
 いくら光を送っても、太陽の光も同じ、雲があったら、そこは光が無くなる。太陽が全方向から来てご覧。必ず光で一杯になる。
 そういう意味で、本当の総責任者が沢山出てきて、支え合わないとダメ。

 イソップ物語に外套、コートを着ている人を、太陽と北風が、どっちがコートを脱がせられるかって話し合う。
 北風はコートを吹き飛ばそうとする。ものすごい強い風を起こして、コートをバーッと飛ばそうとする。
 旅人は、飛ばされたら困るから、しっかり握ってがーっと抱え込む。飛ばせない。
 太陽は、違う。暖かい光をスーッと与えるだけ。温かい光を与えるだけで暖まってくる。
コートが要らなくなる。自分からコートを脱ぎ捨てる。この働きが大事。

 無理矢理、我をとるって出来ない。難しい。無理矢理我を消してあげよう、っていうのは無理がある。
 逆に我の心を守ろうとする。我の心は自分を守ろうとする。自分の力で生きようとする。
 誰も守ってくれないからって命懸けで、全力で生きようとする。自己防衛。 どこにいてもそうなってしまう。
 自分の力で働いて、自分で生活しないとならない、そう思い込んでそうしている。世の中の大半は、全部そう。
 神さまの愛がわからない、気付いていないから。本当は神さまの愛に護られている、支えられている、生かされている。
 全部、完璧に必要なものを与え続けてもらっている。これに気付いたら全部捨てられる。余計なものを溜めこまない。
 溜めただけ循環を悪くしている、必要なものが入ってくるのを邪魔している。光を遮っている。

 物でもそう。沢山ありすぎたら循環を止めている。必要なものが循環してこないように邪魔をしている。
 沢山あったら使いこなせない。部屋でもそう。物が一杯だったら、部屋が死んでいる。必要なものだけスッと入ってくるのだったら、
 本当に必要なものだけでいい。何もいらない。必ず必要なものは循環してくる。神さまの世界は間髪を入れずに必要なものを与えてくる世界。
もったいないから、自分が保存して溜めて、というのは違う、そんなもの要らない。
 必要なものがさっと来たら、後のものは何も無い方がいい。神さまの与え方は全部そう。

 必要なものをサッと与えてくる。必要でなくなったら、サッと消してくる。残ったらダメ、邪魔をする。
 一瞬一瞬、新たに永遠に続く。必要なものがサッと出て、サッと消える。必ず新しい必要なものが全部出て来て、古いものを全部消してもらう。
過去を全然つかむ必要がない。スピードが速くなるほど、神さまの世界に近づく。神さまの世界は無限のスピード。
 必要なものをサッと与えて、不要なものがサッと消えるのが、無限のスピードで消える。それがどれだけ早くなるか。

 この世でも、必要なものがサッと出て来て、必要でなくなったら、サッと消える。
 これが早くなるほど、神さまの世界に近づいていくことになる。これを本当に実現するには、一人や二人が支えてくれても出来ない。
 支える人が大勢出てきたら、必要なものがサッと入ってくる。不要なものをサッと除けてくれる。
 この支え合いの世界が、どれだけ降りてくるか。神さまの世界は、本当の支え合い。完璧な支え合いのすがたをとっている。
 全体が自分を支えてくる。自分の力で何もしない。全体が大きく支えてくれるから、何も困らない。

 そのために自分がどう生きるか。全体を、みんなを支えようとする心。この心があったら、支えてもらう、必要なことさせてもらう。
 完璧な護りの中に、自分を入れてもらえる。神さまのお手伝いをする時だけが、神さまの完璧な護りの中に自分が置かれる。
 ちょうど宇宙船に乗るのと同じ。宇宙船に乗ったら絶対安心。降りたら、 波乱万丈の世界。宇宙船に乗っている間は、完璧に護られている。
 絶対に危険はない、危なくない。宇宙船に乗るっていうことは、一番の安全な避難場所。まだ救命艇はダメ。小さいし、力がない。
 濁流の中に入ると、翻弄される。それでも、救命艇は、母船が護っている。 そこへ救いに立ったら、全体が護る。
 ひっくり返ったら、すぐに起こしてくれる。護りの中だから救命艇も安心だけど、それでも母船に戻った方がいい。
 母船に戻ったら、これは完璧な護りの中。この世の人は誰でも、自分を完璧に護る方法は、神さまのお手伝いに生きること。
 神さまのお手伝いの中に入ったら、全ての護りが完璧になる。自分の縁者も護ってもらえる。
 今年はそういう意味で、本当の神さまのお手伝いに生きて、本心の自分に戻る年。みんな助け合って、そういう生き方をさせてもらえると思う。



新年あけましておめでとうございます。この言葉、深い意味がある。新年、新しい年。一瞬一瞬新たなる年。
明けまして、ちょうど射し昇る朝日のように、輝いてくる。明るく輝いてくる。おめでとうございますって、芽が出てどんどん大きく広がる。
これは、真の神さまの働きを指している。一大循環の相象をそのまま言葉で表現しようとしている。
節目っていうのは大事。新年の初め、月の初め、日の初め。節目っていうのは、節、節から芽が出るという意味。
お節介という言葉、節。節目に介入してくるって言う。
真の神さまの愛の働きと言うのは、節目に老婆心で介入してきて、大きい助けを与え続けてくる。それで、お節介という。これは大事なこと。
それでなかったら、道に迷ったり、前へ進めなくなったり、色々起こる。
だから、神さまのお節介がいつもあるから、節目節目にあるから、正しく前に進める。

お正月の飾りは全部、真の神さまの愛の働きを言葉にして表わす模型にして、表している。
飾りの松竹梅がそう。松、永遠の象徴。竹、一切の我のない無我の象徴。真空の心。
梅、生み出す。新たに新たに新生する。生み出される働き。これも神さまの働き。
お鏡餅、正月のお飾りが全部そう。鏡餅って、バラバラのものが、全く一つに完璧な一つになっている。それが二重ねで無限に無限に輝いている。
橙(だいだい)って、上に載せる、一瞬一瞬新たに新たに、置き換わっていると言う意味。変化しないとダメ。
一瞬一瞬新たに新たにって出てこないとダメ。これが橙。それで、よろこんぶって、昆布を垂らしている。
これは喜び勇んで、いつも喜びの心で。それで、串柿がある。ニコニコ、仲睦まじくって、両方に2つあって、真ん中に6つある。
これは、支え合いの心。みんなが支え合って1つになっている。串柿っていうのは、竹の串のくしではなく、奇魂(くしみたま)のくし。
奇蹟の奇。奇蹟を起こすくし。支え合いによって、一大奇蹟が起こる。これはみんな、真の神さまの働きを表している。
真の神さまが真の自分っていう、本心のすがたを表している。

昔から、胎教って言う。赤ん坊が宿ったら、良い写真とか絵を見なさいって言う。自分の見つめた通りに、赤ちゃんが変わると言う。
火事の姿を見たらあざが出来るとか、赤あざが付くとか、良い姿を見たら、良い赤ん坊になって生まれてくるとか。
これは、法則。人は自分の見つめたものになる。何を見つめるか?見つめ続けたものに自分がなる。同化する。一体化する。

それで真の神さまを見つめないとダメなの。模型を見つめ、本物を見つめる。本物を最初に見つめるのは難しい。
例えば、地球を見るって難しい。地球儀を見たら、模型を見たら、地球はわかる。だから、模型と本物の両方を見つめるの。
正月は特に、真の神さまを見つめる、この大事な節目。そしたら、本心の自分になる。真の神さまが真の自分っていう本心の自分。
真の本心の自分に戻るの。その自分をしっかり生きようとする。これが一番大事なこと。

今年はひつじ年。羊っていうのは、柔和なすがた。争わない。柔和というのは、謙虚、素直。
支え合いの心を生きる。自分が我を出して出しゃばらない。柔和というのは、本心の自分。本心の自分をしっかり生きる年。
時刻で言うと、1日の時刻で、まず真夜中、子から始まる。子、牛、虎、卯、辰、未、午。去年は午。
これは正午、昼の正午から昼の2時までの時間。1番太陽が輝く時。強く太陽が輝く時刻。その後に、羊が来る。
2時から4時の間。これは太陽が大きく輝いて、1番気温が上がって暖かい流れがある時。一番暖かい。
それで、この太陽の強さは感じなくなる。柔らかい温かい流れが、愛の流れが起こる時。
だから、今年は1番温かい愛の流れが大きく強く流れる年。そしたら何が起こるか。
神さまは、いつでも自由自在に、一瞬一瞬新たに出てこられるけど、めったやたらに変化して出てきたら、みんなが困る。
四季の変化もそう。順番に出てくるから、予測できてありがたいという面がある。これが冬になって、明日夏になってとなったら困る。
そんな変化があったら困る。だから、一応、一大循環の相象というのは、法則通りに出てくる。みんなに合わせてくれる。
同じ一瞬一瞬新たに、というのでも、正しい順律で、法則的に出てくる。だから、今年は本当の神さまの愛の流れが強く大きく流れる年。
そういう風にしてくれている。護ってくれている。

そしたら、今年は何が起こるか?今の地球を眺めていて、マイナスの大きい問題がやっぱり無限にある。もう大変な状態。
それをどう救い上げるか。誰が救えるか。虚の世界の姿では、誰も救えない。過去の歴史を見ても同じ。
みんな救いたい、救おうとして全力を尽くして来ても、救えなかった。マイナスがどんどん増え続けて、
今もう一瞬でどうなるかわからないぐらいの一触即発の、本当にギリギリの状態。

それを神さまが放っておくわけがない。去年は、ポスティングで真の神さまがずっとシャワーのように降り立ってくれた。
光のシャワーが300万回、神さまが降り立つすがたで出ている。去年目標として、お正月に大奇蹟の本をポスティングして
300万部配りましょうって、願いを立てたよね。神さまの方から、そういう気持ちを起こさせてくれたにしても、最初は、みんな不可能と思った。

まず一冊本を作るのに、最低、一冊50円。一番安い状態でそう。消費税も上がる、もっと高くなるはず。
そしたら、300万部作るとなったら、まず1億5000万用意しないといけない。それで、消費税が上がったらもっと高くなる。
どう変化するかわからない。紙の値段でもどんどん上がるし、人件費も上がって、色んな状況がどんどん変化すると、
まずそれだけのお金を先に用意しないと、本を作ってくれない。みんな先払い。注文して先払いして、それから紙の発注。
だから、普通は、出来上がるまで、発注してから3カ月はかかる。それをどうしていくか。これは、人だったら難しい。不可能に近い。
何年もかかってもできないかもしれない。それだけのお金を調達するだけでも大変だから。
それで、10万冊ずつ、順番にお金を集めて作っても出来上がるのに、一回一回3カ月かかってご覧、どれだけずれていくか。
それをずれなしで、神計らいで、手配がどんどんどんどん変化する。

11月の終わりでもう、300万部配布し終えた。もう今で、328万ぐらい、配り終えている。全部で330万4000冊作っている。
300万目標を達成して、完全に終わっている。こういうのは普通、人の力では出来なかった。
真の神さまがみんなの周りに付き添って、力を添えて加速してくれた。これは、真の神さまがみんなを使って働いた、
みんなを通り抜けて働いた、この姿を見せてくれている。だから出来た。みんな神さまの護りをどんどん実感したと思う。
不思議な事が、一杯連続して起こって、奇蹟が起こっている。その通り、大奇蹟の本。大奇蹟が一杯起こっている。
自分の身の上だけではない。縁者に一杯起こった。この世の縁者だけではない。あの世の縁者が大きく救われた。

今年は、もう一つ大きい神さまの働きが加わる。今年は、真の神さまの世界、絶対の中心から、地球を守るため、救うため、
100万の宇宙船が派遣されると決まった。地球に100万の宇宙船が派遣される、これは凄いこと。UFOとか宇宙戦艦ヤマトくらいではない。
1隻の宇宙船がどういうものか。まず伸び縮み自由。無限に小さいミクロの世界まで入れる。大きくなって伸びて、大きい大宇宙船にもなる。
無限に伸びる。無限に小さくなる。伸び縮み自由な宇宙船。もう1つは、無限のスピード。瞬間移動。
どんな遠いところにも瞬間に移動できる。この2つを備えている宇宙船。その宇宙船を100万隻派遣してくれる。絶対の中心から送り出してくる。

今度は、この宇宙船の護摩木にみんなが書き込む。書き込むというのは、自分が宇宙船の船長にしてもらう。
ちょうど警察だったら、1日警察署長ってある、一日駅長とかもある。一日宇宙船の船長。本物はバックにちゃんと控えて、全部してくれる。
いくら自分が宇宙船の船長になりなさいと言われても、まず能力がない。何もわからない。全部動かせない。何万人も動かせない。
全部をわかって、全部を正しく動かさないといけない。それは本物の船長がする。自分が代理の船長として、端に付く。
本当の働きがどんなものか見せてもらう。それを実感させるために乗せてもらう。
その救いの対象を、どこに持ってくるか。自分がここを救いたいって願う、その役目。
神さまが自由意志で強制的にどこへでもサッと救いには立てない。ここで人の自由意志が、絶対に必要になる。
人の自由意志が、船長になって乗った人の自由意志が、この宇宙船を動かす。
ここを救いたいって願ったら、本物の船長が宇宙船を動かして、そこを救いに立ってくれる。この役目。
一回ありがとうございますって唱えるごとに、そこの周り、順番に一人一人が救われていく。
一回唱えるごとに、救い上げてもらえる人が殖えていく。

今回は1時間を目途に、1時間の間にどれだけ祈れるか。祈りの回数に応じて、救われの対象が沢山殖える。
まず一人の人を名指しする。その人にどういう背後、バックがあるか。まずその人の過去世がある、未来世、来世もある。
色んな我の自分がいる。縁者も沢山いる。その人を中心に、どれだけ時間的・空間的に広げて救い上げるか。
ありがとうございますを唱える数が多くなればなるほど、救いの対象が殖える。その対象を宇宙船に乗せてくれる。
ただ、宇宙船に直接ではない。そこから救助艇が沢山出る。一回のありがとうございますが、ボート、救助艇を出して乗せているような感じ。
それをまとめて母船、宇宙船へ乗せる。最後に本当は、無色透明のありがとうございますを護摩木に大きく書きたいんだけれど、
無色透明のペンは売っていない。だから、黄色のサインペン、特に蛍光のサインペンの方がいいかもしれない、
裏にありがとうございますを沢山書いたその中心に大きく重ねて、黄色の蛍光ペンで、ありがとうございますって書いてほしい。
これで、真の神さまの大きい働きがそこで加わって、完結したっていうすがたをとる。
そしたら全員を乗せて、救命艇も乗せて、全部まとめて宇宙船が、神さまの世界に瞬間移動する。これが、今度の宇宙船護摩木の書き方。

この護摩木を書かせてもらう人は、船長になれる人。誰でもはなれない。地球を守りたいという、総責任者の心がいる。
まず願いが無かったらダメ。何のためという目標・目的が無かったら出来ない。何のために神さまが宇宙船を派遣するか。
地球を守るため。だから地球を守りたいという気持ちを起こさないとダメ。その総責任者というのがまず一つの資格。

それで、バックが真の神さま、全体、みんな。その支え合いで救いが成り立つ。自分一人で、という人は出来ない。
宇宙船一つ動かせないから。まず宇宙船を動かすのも、神さまの世界から派遣された、能力のある人が宇宙船を動かしてくる。
バックが真の神さま、全体、みんな。その支え合いの心がわからないとダメ。自分が支え合いに生きたらわかる。
常に全体のバックアップで自分が助けてもらって、一つのことをしているって、わかる。だから支え合いの心がいる。

もう一つは神さまのお手伝い。神さまのお手伝いに生きたい。自分のことをするんだったら、神さまは働かない。
神さまのお手伝いだから、そこに乗せてくれる。宇宙船に乗って自分がどこかへ宇宙旅行したい、これだったら乗せてくれない。
目的が違うから。神さまの願いは、地球を救いたい。みんなが本当にギリギリで苦しんでどうしようもない所に、救いに立ちたい。
大津波が来て、濁流に押し流されている、その人を今、救いたい。そのために神さまは宇宙船を派遣してくる。
だからそういう神さまのお手伝いをしたいという気持ちを起こさないと、船長にはなれない。だから総責任者の心、支え合いの心、神さまのお手伝い、
この3つが船長になる資格。そしたら、宇宙船に乗せてくれる、護摩木書きが出来る。それでなかったら偽物。
いくら自分が護摩木に書いたってダメ。偽物だから実際の力は無い。真似はいくらでも出来る。真似が出来ても本物にはならない。
全然力が無くなる。この3つの条件が絶対いる。総責任者の心・支え合いの心・神さまのお手伝い。
この3つの心があって、初めて、護摩木を書いて、船長として乗れる。そこにバックアップで、本当の働きが加わる。
だから形だけの真似ではダメ。本物にならないと。

このありがとうございますという言葉は、2つある。虚の世界のありがとうございますと真のありがとうございますと二通りある。
今までは虚のありがとうございますしか、知らなかった。ありがとうございますって唱えたら、病気が治るよ、いいことが起こるよ、奇跡が起こるよ。
これは虚の世界の求める心のありがとうございます。最初はみんなそのレベル。それで一生懸命ありがとうございますを唱えている。
唱えたらいろんな小さい奇跡が、ミニミニ奇跡が起こる。それで喜んでいる。これはありがとうございますでも、虚のありがとうございます、
一番低いレベル、求める心のありがとうございます。次は感謝で受ける、全部プラスだけを受ける。プラスに思い返して受ける。
受けるありがとうございます。だから感謝で受ける。これが次の段階。でもまだ受けるだけ、与える心は何もない。受けて喜ぶ世界。
今度は、自分の受けたものを全部与え尽そうとする。これが菩薩の生き方。自分の全てを与え尽して、プラスを与え尽していこう。
それがどんどん大きくなると、仏様。仏様の大きい与え方。阿弥陀様とかそういう感じ。
でもこれはまだ、虚のありがとうございますの世界。いくらありがとうございますを唱えたって、まだ虚の世界から抜けていない。ここから。

真のありがとうございますに5つの意味がある。この定義を定める。真のありがとうございますの意味を定める。定義がいる。
真の神さまとは何か。定義するのも大事。ありがとうございますは、真の神さまの名前って教えている。これが定義。

虚の世界では、真の神さまが一大循環の相象とは、説かなかった。天照大御神様と言った。これはまだ固定して止めているすがた。
真の神さまは、止まっていない。無限のスピードで循環する相象だから、固定して見る天照大御神様は、太陽のような光源。
これは止めているから、一部の小さいすがた。循環する相象ではない。虚の世界では、ありがとうございますの本体は、天照大御神様だって教えた。
これはまだ虚の世界のすがた。一大循環の相象の真の神さまを相手にしないとダメ。真の神さまを相手にし始めた時からが、
定義のありがとうございます。正しい定義をしたことになる。

一大循環の相象、入れ子構造の天照大御神様の働きの、一番端の光の放射、これをとらえたら真義のありがとうございます。
その奥の光源の天照大御神様を無限にとらえたら、本義のありがとうございます。入れ子構造でとらえたら、奥義のありがとうございます。
更に奥がある。絶対の中心。ここへ入ったら、秘奥義のありがとうございます。真のありがとうございますの5つの段階がある。
これを言葉で教えてもみんな気付かない。自分がその立場に立たないとわからないから。

それで真祈りの伝授をする。真祈りは、絶対の中心から、全ての全てに真の神さまを一番大きい最高の状態で、与え続けること。
これは絶対の中心に自分を戻さないとダメ。絶対の中心から、真の神さまを一番大きいすがたで与え続ける。これが本当の真祈りの伝授。
ここまで行かないと本物ではない。定義や真義では、まだ伝授は一部。この真祈りの伝授をするために、神さまがずーっと護り続けて働き続けている。
それを可能にする方法、これは人では出来ない。神さまがずーっと計画して、色んな計画を一杯持ちながら、
その時その時に合わせて一番必要な、大事なことを、実行させてくる。計画は沢山ある。でも全部は、ついていけないから出来ない。
だからその時その時に合わせて、必要な計画を降ろしてくる。ポスティングもそう、この護摩焚きもそう。
みんなの受け入れて出来る範囲の計画を、具体化して降ろしてくる。みんなのレベルが上がったら、もっと高度なものが降りる。
どんどん加速される、スピード化する。神さまがみんなに合わせて、一番いい方法を降ろしてきている。
本当に必要なものを的確に与え続けてくる。神さまの与え方が、全部そう。本当に必要なものを的確に与えてくる。
今必要な時、必要なところで、本当に必要な人に、本当に必要なだけを的確に与えてくる。これが真の神さまの本当の愛の働き。
自分が、レベルが上がったら、またその必要性が変化する。またそこにふさわしい、一番必要なものを与え尽してくる。
自分が大きく変化することが必要。神さまの方はいくらでも大きく与えてこれる。でもみんなが受け取れない。
自分が小さすぎて、心の向きが神さまの方に向いていないから。まず神さまの方へ向かないと同化できない、一体化できない。
背を向けたらダメ。神さまの方向へ向かないと。それが一番みんなのしなければならない、大事な必要なこと。
それで神さまの心を受け取ったら、神さまと同じ生き方、神さまの真似をする。神倣うっていう、神さまの真似をする。
それで神さまと本当の意味で一体化する。神さまが自分を通り抜けてくれる、神さまが自分を使ってくれる。それで本当の意味で一体化する。

神さまの本当の愛の深さ、大きさは、もう想像を絶する計り知れないもの。親の心子知らず、そんな程度ではない。
人が神さまの心を本当に理解しているかって考えたら、無限分の一もわかっていない。子供が親の心を理解するだけでも大変。
自分が親になった時初めて、親の心がちょっとわかる。だから、どれだけ自分が本心側に引き戻してもらえるか。
本心の自分に戻った時からわかり始める。大きい自分に戻るほど、大きくわかる。大きくなるための方法が、総責任者の心を持つ、
支え合いの心を生きる、神さまの願いを生きようとするお手伝いに生きること。
これが自分を大きくする一番の方法。必ず神さまが助けに降りる。至れり尽くせり。
中からも外からも、ありとあらゆる働きかけで、自分を大きく高め上げてくる。

今度100万の護摩木を書く。今までは護摩木を作るだけでも、僅か。一年間3回して、一回に6000〜7000位、護摩木を作って書いて、
護摩焚きで焚き上げている。一年間で2万。2万の護摩木を作るだけでも、大変だった。でも今度は、一年間で100万。
一年かけて100万ではダメ。最初の数カ月で、全部100万を用意しないとダメ。神さまの世界の宇宙船を、護摩木っていう模型のすがたで出してくる。
これも虚の世界の救いたいところへの最前線に配置しないとダメ。すぐに乗って、助けに入れるように。
護摩木を100万先に用意するっていうのは、最前線に配置するという意味。奥にとどめておいたら、入れない、乗れない。
まず護摩木作り100万を先に仕上げないとダメ。これがどれだけ大変か。100倍スピード化がいる。
2万ずつ、一年に使ったとして、50倍。一年かけてではないから、最初の1〜2カ月で作るくらいのハイスピードがいる。
そしたら100倍くらいのスピードがいる。どうしてできるか。本当は、不可能に思う。自分がするのだったら、出来ない。
人の力では出来ない。まず木を集めるだけでも大変。製材するだけでも大変。仕上げるのはもっと大変。時間がかかる。
だから100倍のスピード化がいる。護摩木を用意するだけでそう。

今度はそれを宇宙船として使う。護摩木を書いて祈る。1枚書くのに、どういう形ででも、1時間祈り続けてもらおうと思う。
座って祈る1時間も大事だし、祈りながら仕事する時間も加えてもらう。祈りながら1時間仕事して、その後書いてくれたら、護摩木を書ける。
仕事をしているから祈れない、これではもう資格がない。祈りながら、仕事も出来て、何でも出来る自分でないと、本心って言えない。
思いの心は、仕事をしていたら祈りは出来ない。どっちかしか出来ない。とらわれているから。
本心は祈りながら、何でもできる。この違いが大きい。

宇宙船の護摩木を書けるのは、本心の自分。我の思いの心は書けない、まず祈れない。祈っている時、この時は書ける。
1時間祈り続けたら、書ける。でも僅かしか書けない。それでも1枚でも書けたらいいことはいいことだけど、でも祈り方が浅い。
本心ではないから浅い。だから祈りながら何でもできる自分にならないとダメ。そしたら本心の自分。
本心の自分は、祈りながら、必要なことをしながら、何でも出来て、護摩木を1日、もし寝ないとするなら、24枚書けるはず。
それを1か月続けたら、本当にそれが出来たら、500〜600書ける。本心の自分に戻っても、そこまでは大変。
でも最低、一人どんな状態ででも、1日1枚は仕上げて欲しい。そしたら30枚。1回の護摩焚きに先ず10万枚集めたい。

そしたら一人当たり、どれだけの枚数がいるかって計算も必要。一人30枚、100枚書く人もいたとして、1000人がしないとダメ。
10万枚にしようと思ったら、1カ月で1回の護摩焚きに、100枚書ける人が1000人必要。この護摩木も今度は小さくなる。
面積がだいたい今までの大きさの3分の一になる。なぜか。10万枚集まった時、護摩焚きはどういう状態になると思う?
今集まっているのを5000とする。衣装ケース一つに1000入る。だいたい、4つか5つ、書いたのが集まって、それを焚き上げている。
毎回焚き上げるのに、1時間かかる。5000を焚き上げるのに1時間かかる。3分の一になっても、1時間で1万5000万。
10万って何時間かかる?5〜6時間かかる。それだけ時間をかけられない。効率よく焚き上げするけど、それでも10万って大変。だから小さくなった。

焚き上げのために小さくしたのもあるし、いつも携帯出来るように小さくした。いつも持ち歩けるように。
どこにいても書けるように。まず、1枚1枚仕上げないとダメ。仕事をしながら、護摩木1枚を作りたいという時には、祈って祈って、仕事をする。
1時間経ったら、書き上げる。書き上げるのは、僅かの時間で済む。早かったら一分で済む。
表を書いて、救いの対象を書いて、細かいありがとうございますは、その時は省いていい。
黄色の蛍光サインペンで、ありがとうございますを一字書いてくれたらいい。それで十分。
途中余裕があったら、ありがとうございますを小さく沢山書いてもいい。でも最後に、黄色でありがとうございますを書かないとダメだから、
これで一枚仕上がる。この瞬間に、神さまの世界に入るから。そういう仕上げ方を順番にしないとダメ。
一日終わって最後にと言うと、沢山書けないかもしれない。どうしても仕方ない時は、一日の分をまとめて何枚かに書くかもしれない。
それも別に、許可はされるけど、本当は一枚一枚、仕上げていく方がいい。それで携帯に便利なようになっている。
ポケットに入れておける。いつでも仕上げられる。そういう意味で小さくなっている。

護摩木作りも100倍速要るから大変だけど、今度護摩木を書く人も、どれだけ祈りの密度を濃くしないとダメか。
これも100倍祈らないとダメ。一日ちょろっと祈ったのでは足りない。同じ1隻の宇宙船を動かすんだったら、沢山救いの人を乗せる方がいい。
大勢乗せるのなら、ありがとうございますをしっかり唱えた方がいい。
一人だけ乗せるんだったら、1回のありがとうございますでいいかもしれないけど、縁者を沢山救いたい。
その時は、祈りが沢山回数がいる。救いの対象、これは自由自在でいい。本当は何もなかったら、地球のみんなって書けばいい。
地球を救いたいから。そしたら必要なところへ神さまが宇宙船を運んで、まず必要なところから救ってくれる。
職場だったら、職場のみんなって書けばいい。日本のみんな、何々県のみんな、何々市のみんな、これでも構わない。
何々家の縁者みんなとか。色んな形はそれぞれあっていい。

ただ、救いの対象が限定されて小さくなるほど、濃く入る。まず自分の祈りが、大きく深くなっていたら、
一回のありがとうございますで、大きい対象への光を流せる。でも、同じレベルだったら、分散させただけ、光のシャワーになってしまう。
大きい水鉄砲のような圧力のある流れにはならない。自分の力量一つ。力量次第で、大きくも小さくもなる。
だから、本当に大きく流れを起こしたかったら、自分の力量に応じた部分を指定した方がいい。そこへ神さまが、がっと働く。
大きかったらいいのではない。地球のみんなと言って、自分の力が弱かったら、光のシャワーがさーっと広がるだけ。
身近な対象が、具体的に大きく変化することは、ないと思う。でも一点集中だったら、同じ光がばっと来ると、その人がガラッと変わる。
大きく変化させてもらう。その使い分けも大事。大きく祈ったり、小さく祈ったり、いろいろ工夫を凝らして、神さまの働きを実感したらいい。

護摩焚きっていうのは、一大奇蹟を起こしてくる。これが神さまの最終の願い。
一大奇蹟を起こさないと、一人ひとりを本心に戻して、真祈りを祈らせないと、真祈りの伝授が出来ない。
本当の護摩焚きを通して、真祈りの伝授が起こる。宇宙船の船長に何回もなるほど、本心の自分の自覚が大きく深くなる。
深い祈りが出来る、真祈りが本当の意味で出来る自分に、変えてくる。一番の神さまのお手伝いって何か。
神さまの願いと一致していないとダメだから、神さまの一番の願いは、この真のありがとうございますの護摩焚き。
ここへ自分の力を全部捧げないとダメ。護摩焚きが本当にスムーズに大きくならないとダメ。
自分が一人護摩木を書くだけ、これでは小さい。総責任者として、大きく動かさないとダメ。
本当の総責任者、支え合いの心の人が、大きく集まったら、どれだけの大きい相乗効果が起こるか。
神さまの世界は、みんな重層構造でも、入れ子構造でも全部重なりあう。
重なり合うから、完璧な護りになってくる。一方向からだったら、邪魔するものがあったら、遮られる。
いくら光を送っても、太陽の光も同じ、雲があったら、そこは光が無くなる。太陽が全方向から来てご覧。必ず光で一杯になる。
そういう意味で、本当の総責任者が沢山出てきて、支え合わないとダメ。

イソップ物語に外套、コートを着ている人を、太陽と北風が、どっちがコートを脱がせられるかって話し合う。
北風はコートを吹き飛ばそうとする。ものすごい強い風を起こして、コートをバーッと飛ばそうとする。
旅人は、飛ばされたら困るから、しっかり握ってがーっと抱え込む。飛ばせない。
太陽は、違う。暖かい光をスーッと与えるだけ。温かい光を与えるだけで暖まってくる。
コートが要らなくなる。自分からコートを脱ぎ捨てる。この働きが大事。

無理矢理、我をとるって出来ない。難しい。無理矢理我を消してあげよう、っていうのは無理がある。
逆に我の心を守ろうとする。我の心は自分を守ろうとする。自分の力で生きようとする。
誰も守ってくれないからって命懸けで、全力で生きようとする。自己防衛。どこにいてもそうなってしまう。
自分の力で働いて、自分で生活しないとならない、そう思い込んでそうしている。世の中の大半は、全部そう。
神さまの愛がわからない、気付いていないから。本当は神さまの愛に護られている、支えられている、生かされている。
全部、完璧に必要なものを与え続けてもらっている。これに気付いたら全部捨てられる。余計なものを溜めこまない。
溜めただけ循環を悪くしている、必要なものが入ってくるのを邪魔している。光を遮っている。

物でもそう。沢山ありすぎたら循環を止めている。必要なものが循環してこないように邪魔をしている。
沢山あったら使いこなせない。部屋でもそう。物が一杯だったら、部屋が死んでいる。必要なものだけスッと入ってくるのだったら、
本当に必要なものだけでいい。何もいらない。必ず必要なものは循環してくる。神さまの世界は間髪を入れずに必要なものを与えてくる世界。
もったいないから、自分が保存して溜めて、というのは違う、そんなもの要らない。
必要なものがさっと来たら、後のものは何も無い方がいい。神さまの与え方は全部そう。

必要なものをサッと与えてくる。必要でなくなったら、サッと消してくる。残ったらダメ、邪魔をする。
一瞬一瞬、新たに永遠に続く。必要なものがサッと出て、サッと消える。必ず新しい必要なものが全部出て来て、古いものを全部消してもらう。
過去を全然つかむ必要がない。スピードが速くなるほど、神さまの世界に近づく。神さまの世界は無限のスピード。
必要なものをサッと与えて、不要なものがサッと消えるのが、無限のスピードで消える。それがどれだけ早くなるか。

この世でも、必要なものがサッと出て来て、必要でなくなったら、サッと消える。
これが早くなるほど、神さまの世界に近づいていくことになる。これを本当に実現するには、一人や二人が支えてくれても出来ない。
支える人が大勢出てきたら、必要なものがサッと入ってくる。不要なものをサッと除けてくれる。
この支え合いの世界が、どれだけ降りてくるか。神さまの世界は、本当の支え合い。完璧な支え合いのすがたをとっている。
全体が自分を支えてくる。自分の力で何もしない。全体が大きく支えてくれるから、何も困らない。

そのために自分がどう生きるか。全体を、みんなを支えようとする心。この心があったら、支えてもらう、必要なことさせてもらう。
完璧な護りの中に、自分を入れてもらえる。神さまのお手伝いをする時だけが、神さまの完璧な護りの中に自分が置かれる。
ちょうど宇宙船に乗るのと同じ。宇宙船に乗ったら絶対安心。降りたら、波乱万丈の世界。宇宙船に乗っている間は、完璧に護られている。
絶対に危険はない、危なくない。宇宙船に乗るっていうことは、一番の安全な避難場所。まだ救命艇はダメ。小さいし、力がない。
濁流の中に入ると、翻弄される。それでも、救命艇は、母船が護っている。そこへ救いに立ったら、全体が護る。
ひっくり返ったら、すぐに起こしてくれる。護りの中だから救命艇も安心だけど、それでも母船に戻った方がいい。
母船に戻ったら、これは完璧な護りの中。この世の人は誰でも、自分を完璧に護る方法は、神さまのお手伝いに生きること。
神さまのお手伝いの中に入ったら、全ての護りが完璧になる。自分の縁者も護ってもらえる。
今年はそういう意味で、本当の神さまのお手伝いに生きて、本心の自分に戻る年。みんな助け合って、そういう生き方をさせてもらえると思う。


(平成27年1月1日のお話)


来年は、真の神さまが一年間ずーっと降り立つ、護摩焚きの年になる。
何のためかって言うと、今の地球がちょうど大津波に襲われる寸前とか、火山の大爆発する寸前とか、こういう状態に置かれているから。
本当に一触即発の、危険な状態だから、強制的に神さまが降りてくるわけ。
台風でも、大きい台風が来たら、避難指示が出る。安全なところにみんなを移動させないと。
それで神さまが安全な地帯を先に用意する。光のバリアで、光の護る場所を作って、それが愛の光の流れになって、降りてくる。
そこへみんなを非難させないとダメなの。避難させる方法が、救命艇、宇宙船。
だから強制的に、安全地帯へ避難させないとダメなの。
我を出して、自分はこの家に残りたいと言っても、みんな死んでしまうんだから、ダメ。そういう意味では強制力を使うのも必要。
護摩木を書くのは、自分の自由意志で書いたら本当は一番いいのだけれど、我を出す人は書かない。
危険な状態に気付かないし。だから気づいて分かった人が、救命艇を使って、みんなをそこに乗せて、安全地帯へ移動しないとダメ。

そういう意味で本心側に立ったみんなは、救う側。警察官や消防隊員のようなもの。
みんなに呼びかけて、呼びかけて、安全な方へ行くように指示を与える。またボートに乗せて安全なところへ運ぶとか、
ヘリコプターを使って、安全地帯へ移動させるとか、いろんな方法、ありとあらゆる方法をとるわけ。
護摩木は宇宙船だから、どこへでも飛んで行って、自由自在に全部乗せられる。
そういう意味で護摩木を使って、みんなを安全地帯へ運ぼうとする。
今までは、人の自由意志が大事だからって言うので、そのままに任せていたけど、来年は違う。
神さまは強い強制力を使ってくるから、それに合わせて、みんなも人の自由意志を無視してでも、構わない。
宇宙船へ、護摩木へ乗せたらいい。そしたらみんながスーッと安全地帯へ移動できて、みんな救われていく。こういう原理になっている。



護摩木の書き方は、今までは自分の名前も出さずにって、出来るだけ謙虚に本心に戻るためにだった。
最初はご利益信仰の人はみんな、自分の名前を書いた。私を救ってくださいって言う意味。そういう意味で自分の名前を書いて護摩木を出していた。
だんだんと我を出さないで、本心側に戻るっていう生き方をとると、自分の名前を書かずに、お祈りを込めて出すようになってきた。
今度はさらにそれを越えて、自分の名前は出さない、本心側に立った自分が、みんなを救うために、乗船名簿を書いてあげるわけ。
この人を救いたい、この人を乗せたいって。こういう意味の名前。
それを護摩木に書いて載せると、乗船許可が下りている。勝手には乗れない。乗船許可を得ないと乗れない。
それでその乗船許可を与えるという意味で、本心の自分が名前を書くわけ。それで繋いであげる。光の縁、ルートが出来る。
そこにスーッと引き寄せられるように入るわけ。神さまの働きがそう。光の縁が繋がったら、瞬間移動させるの。

それでこの護摩木の書き方をこれから、ありとあらゆる方法を使って、一人でも多くの人を、神さまの安全地帯へ移動させようという形になる。
ちょうど山の仕事を年内いっぱい休みにしてもらった。これも神さまの方から、急に決まったみたいだけど、休みをもらうようになった。
何のためか。みんなに護摩木を一人100枚書いてもらおうと思う。
一枚に、まず1時間くらい祈りを込めて書いてほしいんだけど、そこへこの人を、宇宙船に乗せたい、それを、名前を書いてあげる。
代わりに自分が祈って祈って、護摩木を出すわけ。普通書いている人でも、ちょろっとお祈りして、ぱーっと書いて送ってくる人がほとんど。
祈りを込めて込めて書いている人は、僅か。みんなが一時間祈って書いてあげる方が、遥かに光がこもっているし、大勢の縁者を同時にそこに乗せられる。
一人の人の背後に縁者がずーっと数珠つなぎに待っているの。いつ助けてもらえるかって。
同じ乗せてあげるにしても、いっぺんに乗せられない。順番がある。順番に乗せてもらっている。それも全部乗り切ってからでは遅い。
だから早めに早めに乗った人を出発させる方がいい。そしたら護摩木は、宇宙船は沢山要る。次から次へと発着するわけ。
乗せたら出発させ、乗せたら出発させって、それもスピードを速くする方がいい。
そういう意味で、背後の人をどれだけたくさん乗せられるか。一人の人の名前を書いても、その時に乗るのは、すぐ近くにいる縁者。
遠いところにいる人はまだ、時間が来ないと乗れない。ここへたどり着くまでに時間がかかる。色んな方法でたどり着こうとしている。
でもやっぱりそれぞれに色んな縛りがある。鎖でつながれて引っ張られているとか、 色んなのがあるから、
それを断ち切って引っ張ってくるのでも時間がかかる。そういう意味でも順番がずーっとあるので、護摩木を何回も何回も書いて、
奥の方の待っているのをどんどん引き寄せて、乗せてあげないとダメ。一枚、一回書いたら終わりではない。

また自分のものでもそう。自分の護摩木もそう。自分の過去生の無限の我が、ずーっと残っている。我の亡霊が。消えてないから。
思いの自分っていうのが、色んな我の自分が残っている。その亡霊を全部消してあげないとダメ。亡霊も色んな意味で働いている。
本心の意識とは違うけど、思いの意識はある。だからそういうのを全部順番で清めてあげるという意味で、自分も何回も何回も護摩木を書く必要はある。
全部きれいになるまで。それを片っ端から護摩木に乗せて、神さまの世界に入れる。
それでそれが入ったらまた、大きい流れに、光の流れに変わっていく。だから神さまの光のバリアがどんどん広がる形をとる。
少なかったら、少ないだけの、広がり。大勢が入ったら、大きく広がる。神さまの働きっていうのも、必要なだけしか降りない。
余分なことはしない。部屋でも、必要だったら、広がる。2〜3人でよかったらそれだけの空間。一万人入ったら一万人の空間に広がるの。
部屋でも何でもそう。神さまの働きは常に、必要だったら大きく広がる。大勢が入るのに、必要だったら大きく広がる。
その広がりが、全体へ広がってしまったら、神さまの世界に戻る。だからどこまでも、神さまの光の中へ全部を入れていかないと。
そのための護摩木になる。だから一回に(集まる護摩木は)10万枚になる可能はある。密度の濃い護摩木でもそうなの。
そしたら地球が全部変わるかもしれない。みんな護摩木作りが忙しくなるかもしれないけど、こういうのは大したことはない。・・・

まだ1月の護摩焚きに向かってまだ護摩木が集まっていない。まだもっともっと加速しないと。まだ考え方が浸透してない、甘い。
まずみんながお手本を示す必要がある。護摩木の寄せ書きも必要だし、本心側の自分が、みんなの代わりに代筆する、
そしたらその政治家なら政治家の名前を書いたら、その人の縁者も、その護摩木に託して、乗せてもらえる。政治家の世界も変わる。
いろんな分野の人の名前を書くことで、その人が清まっていく。大きく清まる。やっぱり、そのお手伝いをみんながした方がいい。

今回は、一人ひとりできるだけたくさん書いてもらおうと思う。目標100枚。自分が思いつく名前を書いて、それでお祈りを込めてあげて欲しい。
これを全国にこれから広げていきたいと思うけど、心ある人には、もう、わかる人には伝えて、できるだけそういう風に縁者を乗せる、
自分の思いつくものって、本当は自分の縁者なんだけど、漠然としていたら乗れない。名前をはっきりと出した方が、ちゃんと乗れる。
自分の思い出せる範囲でも、なんでもいい、ちょっと書いたらいい。ただ、一枚に一人の名前だけでいいか、そうでもない。
沢山書きたい人は、書いてあげたらいい。猫の名前もいい。何でもいいの。みんな救われていく。
死んだ人の名前でも、みんなあの世の縁者が一杯いるんだから、書いたらいい。あの世の縁者も護摩木に吸い寄せられて乗って、救われていく。
この世だけではない。まず宇宙船は、この世の形が護摩木になっているだけで、あの世を自由自在に飛び回る。
名前を書いてもらったら、みんなそこに乗せてもらえる。漢字がわからなかったら、ひらがなでも何でも大丈夫。縁を繋いだらいい。

このお手伝いをする人が、まず本心側に、完全に戻り切れると思う。大勢を救うお手伝い。真祈りの伝授のための必要な過程になっている。

対象は、虚の世界全部。虚の世界を真の神さまで埋め尽くす、それが目的。だから気持ちを広がれる人は、どんどんどんどん、大きく書いてほしい。
ミクロの世界に入ってもいい。顕微鏡の世界でも。あのゾウリムシを救いたい、あのアメーバを救ってあげたい、とか。
それも新たに新たにって光を送り続けるのが大事だから。

書く時間1枚1時間というのも一応の目安にはしているけど、本当は自由。一日一枚でもいいし、もっと短くてもいいし。
ありとあらゆる方法を使って、一人でも早く救われる方がいい。まず神さまの光がもう降りているから、降りているからこれが始まっている。
これから降りるのではない。護摩焚きの日から降りるのではない。先に降りているから、みんなにお手伝いさせようとしてくる。
みんな神さまの方から先に始まっている。その計画通りに神さまが動かしてきて、大きい働きの護摩焚き、護摩木に変えてくるから。



今回はうちがお手本を示しておいたら、次からはみんなそういう書き方もしてくれるから、大勢が早く救われていく。
今持っている一枚の護摩木でも色々名前を書いてくれてもいいし、今みんな、在庫をたくさん持っているはず。
その在庫をしっかり使い切ってもらえたらいい。



本当に一大奇蹟を起こしてくる。何であの冊子が、「一大奇蹟のありがとうございます護摩」かと思ったよね。
何で一大奇蹟なんて書かないといけないかと思っていたんだけど、やっぱり違う。最初の計画がそう。本当の一大奇蹟を起こしてくる。
このありがとうございます護摩がそう。ここに最終的に絞り込まれている。



虚の世界は、大光明遍照になったら、完全な世界。ところが神さまの世界は、その上に「一」がつく。
一大光明、っていうのは、全ての大光明を一つに束ねた、入れ子構造の大きいもの。
一大光明の遍照、遍(あまね)く照りわたるっていう、これで虚の世界が消える。大光明遍照くらいではダメなの。
全部一つに束ねないとダメ。一大光明が神さまの光。一大循環という意味も同じ。



ありがとうございますの一字、虚の世界は一番小さい。感謝って言う意味だったら、一番小さい。
ありがとうございます、一つ一つにありがとうございますって感謝するんだけど、
大きく感謝するときは、無限のありがとうございますってつけないとダメ。大きくしないとダメだから。
更に範囲を広げて沢山にって言うと、更に無限の無限のありがとうございますを言うんだけど、それはあくまでも言葉だけ。
本当にそこまで行かない。小さいから。小さいのをいくら無限に集めようと思っても無理。
砂粒を、一個のありがとうございますとして、それを無限に束ねることが出来るかっていうと、考えたらわかる。
集めているるつもりでも集まらない。全部崩れて、絶対一つにならない。
でも神さまの世界のありがとうございますは、一番最初に、一番大きいありがとうございますが出てくる。
一言に、大きいありがとうございますが、全部中に収まったありがとうございます。
本心の自分の使う言葉の、ありがとうございます一言が、一番大きいありがとうございます。
それを必要に応じて分ける時に、分身を派遣する。大きいありがとうございますが、無限に分かれたら、無限のありがとうございますに変化する。
更にそれが分かれて、無限の無限のありがとうございますに変化していく。
もっと分かれたら、無限の無限の無限のありがとうございますになる。分身になって働くの。
その小さい分身でも、虚の世界のすべてより大きい。だからありがとうございますの一言が、本物。
それがありがとうございますって、真の神さまを与える気持ちで唱えるのが、最高の大きいありがとうございますを新たに新たに与える生き方。
そしたら絶対の中心から、全ての全てに真の神さまを与えているという生き方になる。ここに戻るのが目的。
最初から大きいありがとうございますを与え続けるっていうこの気持ちで唱えていたら、自然にずーっと戻っていく。
小さいところから大きくなるのではない。反対。大きいところから祈り続けて、自然にずーっと戻る。
護摩木に書くのでも、本心側の自分が、大きく与える生き方。みんなにありがとうございますを与えていく生き方。
宇宙船に乗せて運び込んでいくというのは、あくまでも表面の方便。奥から見たら反対。
大きい光の流れを与え続けて、みんながその中に入るように変えているだけ。下から見るのと、上から見るのと、ちょっと違う。
下からだと光の中に入れてって言う感じ。上からだと光に包み込んでしまうという感覚。
だから護摩木の書き方も、どんどん自分が奥へ奥へ、戻っていく生き方。それで光で包み込んでしまう。
ありがとうございますで大きく包み込んでしまう。最後は一言のありがとうございますになっていく。
最初は、無限のありがとうございますとか、無限の無限のありがとうございますかもしれない。
でもそういうバラバラなのが全部消えていく。大きく一つにまとまっていく。一言ありがとうございますと唱えることが、全てになっていく。
そしたら本当に一瞬一瞬、新たなありがとうございますが、真の神さまの呼吸になる。
無条件の幸せ、喜びが、本当に無限に湧き上がる自分。これが本心の真の自分の本当に幸せな生き方。



自分の友達、親戚、何でもいい。書いてあげたら、必ず変化して、恩返しに生きてくる。びっくりするくらいの一大奇蹟が起こる。



書き方は、表に名前を書く。

まず3行、真祈りを書く、

「真の神さまは一大循環の相象で、厳然と今ここに在します!

新たなる全徳の無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!

真の神さまだけ!真のプラスだけ!一大循環の相象だけ!」って書いて、

それを詰めておいて、横手へ、名前を書いたらいい。乗船名簿(笑)。

ありがとうございますをみんなに与えるような気持ちで。

一枚一人の名前でもいいし、ちょっともったいないと思ったら、何人もまとめて書いてもいい。

裏のありがとうございますも、書きかったらたくさん書いてもいいし、100でも、10でもいい。
大きいありがとうございますだったら、全部中に含まれるという意味で、本心側の自分が書くのだったら、
それだけ祈りを込めて書いていたら、一言のありがとうございますでも大丈夫。
自由自在。気持ちの問題。だから書き方も、自由自在でいい。



今の現実の世界の全てだけではなしに、過去現在未来の全てがある。いつの時代の全てもある。そういう書き方もある。
1000年前の世界を救うとか。一万年前の世界を救うとか。そういうことを言葉にすると、そこに光がちゃんと届く。
その時代の人を全部乗せる。救いの対象は、本当は複雑で大きい。空想、夢みたいに感じるかもしれないけど、本当は現実にそうなの。
今の一瞬のこの世界だけを救うのではない。未来の人をも救わないといけない。
その辺は自由自在に書くことで、段々と密度が濃くなって、みんなが早く救われていく。これが本当の支え合い。
なぜこうなったかと言うと、神さまが降り立ったら、必ず支えるすがたをとってくる。
支え合いを目指して神さまに降りてもらおうと、これも必要だけど、今度は逆に、神さまが降り立ったら、必ず支え合いのすがたに変わる。全部が。
それでみんなが支え合いのすがたで護摩木を書いているの。自分が全体を支える意味で護摩木を書く。
そうするとみんなが、自分を支えるために護摩木を書いてくれる。その支え合いの相乗効果がものすごく大きくなる。
真の神さまが降り立ってくれているから、支え合いのすがたを必ず取ってくる。それでそういう護摩木の書き方に変化してきた。



自分がみんなのためにって書いた護摩木が、無限倍にして返されてくる。その効果って計り知れない。
だから自分がそれで本心側にすぐ戻してもらう。大きく変えてくれる。入れ子構造的に、順番に大きく変えてもらえる。
だから一年365日、毎日、一枚護摩木を書けたとしたら、すごいね。すごい変化になると思う。
護摩木作りの方がもっと忙しくなるかもしれないけど、そんな護摩木作りくらいでどうのこうのと違う。
そういうのに使って欲しいヒノキが一杯出てくる。もしヒノキが無かったら、他の木も使うかもしれない。
だから枚数もどんどん増えてもいいと思う。一回10万枚集まって、護摩木を書く。何時間もかかるかもしれないけど。

みんなが支え合うすがたになってきたら、お互いが全体を支えようとするから、書き方が変わると思う。
バラバラではなしに。思いついたら、人のために書くようになった方がいいと思う。そういう人が殖えるほど、本心側に立つ人になるから。

例えば・・・
明治維新の色んな人の名前を書くことで、明治維新の色んな時代のマイナスを全部消せる。そういうのは、歴史の本を見たらみんな載っている。
そういうのを参考にしながら書いてもいい。過去の時代を全部消えないと、現実は本当の意味では清まっていない。全部繋がっているから。
大きい清めになってこないとダメ。表面だけ清めても、奥が清まっていなかったら、また奥から出てくる。
空間的にも時間的にも幅広く、奥まで清めてしまわないとダメ。みんなも何億年以上の過去生があったら、その時代の我が全部残っている。
○○の過去の全て、とかそういう書き方もある。でもそこまで書かなくても、自分の気持ちが全体に大きく広げる気持ちになったら、本当は全部届いている。

未来も、末代まで祟る、という言葉があったら、末代まで、マイナスを受ける。
そういうのでも、末代まで祟るという言葉を消してあげたら、末代全部幸せになる。言葉の力はどこまでも働く。
今だけではない、過去現在未来、全部光一元に変えてしまう。

まず身近なところから全部救われていく。時間的にもそう。今の時から順番に両方へ広がって大きくなっていく。

だから、神さまが降り立って支え合いのすがたが降りてきたら、みんな一人一人全部幸せ一杯になる。
大きく支えてもらう自分が一番幸せ。幸せでたまらないという気持ちにみんながなる。無性に幸せでたまらないってなってくる。
周りの全てが、そういう風に光輝いて目の前に出てくる。恩返しの心で、光一杯に出てくるようになる。
空気中の分子の、光り輝いて踊っているのまで、感じられてくる。そしたら思いの心なんて完全に消えてないような状態になる。
思いの心で思い通りになったって、幸せでも何でもない。みんな借金だから、思い通りになったら、大きい借金だから、
必ずその反対に、思い通りにならないことが出てくる。借金返しの方が、時間的に長くて大変。思い通りになるのは一瞬。
思いは、我は全部早く消えた方がいい。そうしたら、全体に支えられた生き方。全体が幸せそのものになる。
必要なものがさっと循環してくる。みんなに支えてもらう幸せが一番。自分が本当に全体を支える生き方をさせてもらう。
みんなの代わりに書くのもそう。神さまが、本心の自分を使って働きかける。



2015年の一年は、仕事に縛られるよりも、お祈りの方に力を注ぐ。お祈りしながら仕事をする。
どの場におかれても、お祈りを込める場にしてしまう。お祈りだけが、目的。護摩木もそうだけど、普段のお祈りがそう。
普段のお祈りが、護摩木の大きい光の流れを加速する働きになっていく。一回のありがとうございますが加速する力。
一回一回が、光の流れを速くして、幅を広げていく。氷でも雪でも、取り込んだら全部、本当の水の流れに変わる。
とけた水だけが入ったらいいのと違う。とけてない氷でも雪でも、中に入ったら量が増える。だからマイナスが一杯あってもいい。
それを全部中に放り込んだら、全部とけて暖かい水に変わるから、幅が広がる。護摩木を沢山書くほど、幅が大きく速く広がる。
神さまの力は、新たに新たに、新しいものにどーっと流れてくるから。絶対に負けない。全部をとかして流してしまうから。
常に新しい、暖かい愛の光が入ってくるから、どれだけ冷たいものが入って来ても、スーッと瞬間に消えて、大きい流れに変化する。
その点は心配はいらない。いくら放り込んでも大丈夫。全部神さまの光に変わっていく。遠慮せずに、マイナスを放り込んだらいい。
雪の塊ほど、氷の塊ほど、沢山放り込めばいい。それで全部大きい流れに変えてしまう。

書く名前はダブってもいい。(何人が同じ名前を書いても、同じ人が何度書いても)ダブるほど支え合いになる。
自分がみんなのためにする、他の人もみんなのためにする、みんなダブる。だから全体から無限のバックアップが自分に来る。ダブり合いがいい。

自分一人のためにみんなが支えてくれるという感覚が強くなるほどいい。本当は自分一人でみんなを支えないといけないのだけど、それは不可能。
みんなが自分に変わって支えてくれて、みんなが応援してくれている、その気持ちが強くなるほど、大きい支えになっていく。
一人に、ありがとうございますを一回与えるだけでも、ものすごい力になる。神さまの働く時は、一回のありがとうございますで、奇蹟を起こしてくる。
それで真の神さまが降り立ってくれる護摩と今までの護摩と違うのはそこ。どんな力でも発揮してくる。
それを遠慮して要らないって言ったらいけない。片っ端から、神さまに出せばいいだけ。

「ありがとうございます」護摩にも種々相があるのです。大別すれば、次の三つに分かれるのです。

 

@     人の主催する護摩です。

 

思いや願いを叶える為に、「ありがとうございます」の祈り言葉を借用し、神さまの光を受けて、黒雲を白雲に変えるように、マイナスをプラスに変えようとするものです。真剣さに比例してその効果があるのです。

 

A     救済の神さまの主催する護摩です。

 

すべての思いや願いを消し去ってもらう為のものです。過去世からの無限の思いを護摩木に托して、「ありがとうございます」と感謝の誠を捧げて、救済の神さまに委ねることによって、思いを大きく消し去ってもらえるのです。

 

B     宇宙の大神さまの主催する護摩です。

 

すべての思いが消されて、光の自分が光源としての天照大御神と一体化する為のものです。護摩木に自己のすべてを托して、謙虚な心・素直な心・真剣な心で、神さまの御心の中へ、灼熱の炎の中へ飛び込むように、自分を捧げ尽くして、神さまと一体化するのです。

 

 この世へ天照大御神を呼び出す天の岩戸開きは、序の口です。入れ子構造の天照大御神さまの中へ飛び込んで、無限の無限の輝きが一杯!という天照大御神と一体化するのが本当の本物の天の岩戸開きです。その為には、自我の心を微塵も出さない無限の謙虚さが必要です。神さまに無条件でハイと従える無限の素直さが必要です。自分を死に切る、自分を消し切る、無限の真剣さが必要です。

 

護摩木に細字で「ありがとうございます」と沢山書くのは、一点集中して深い祈りを込める為です。

 一枚の護摩木に1000字近くの「ありがとうございます」を書くことができます。また、短時間で書き上げるのも時間の一点集中です。


平成27年度よりありがとうございます護摩の書きかたがかわりました。


護摩木の書き方が大きく変わります!



「救う側に立って、護摩木にみんなの名前を書いて、みんなを救ってもらおう!」



まず、今までの護摩木の書き方を振り返ってみましょう。

最初は、みんな、護摩木に自分の名前を書いていました。その目的は、自分を助けてもらうため、救ってもらうためでした。

やがて、その段階も卒業し、今度は、名前を書かないようになりました。

それは、謙虚になって我や思いを消していただくため、本心の自分に戻してもらうためでした。



そして今度は、

本心の側に立ったみんなが、みんなの救われをお手伝いするために、

みんなの名前を代筆する段階へと入ったのです。



今まで、みんなの幸せを願い、虚の世界に真実の世界の真のプラス、

光の一大循環の大きい流れをもたらすことを目的として書いてはいても、

一枚の護摩木は、本人が自由意志で選び取って、書くものでした。



ですが、

その書き方が、今、大きく変化しようとしています。



まだ、皆さんのお手元には届いていないでしょうが、

一人でも多くの方に、1月4日の護摩焚きに参加して頂くためにまとめたお手紙を、昨日発送させていただいています。



その中でも触れていたことが、

「一枚の護摩木に寄せ書きをすること」でした。



ご家族みんなで、またはお友達や職場の方や知り合いの方などに、

一枚の護摩木にありがとうございますを書いてもらうとか、

もしやりたければ、駅前などで署名を集めるみたいに、護摩木を書いてもらう、

そんなのもアリ、という話になっていたのです。



こちらもぜひ、皆さんにどんどん実行して頂きたいのですが、



そのお手紙が皆さんのところへ届く、その前に、

更に画期的なやり方で護摩木を書くことが、真の神さまより許可されたということなのです。

それが、この護摩木の代筆、ということなのでした。



@護摩木の代筆に、どういう原理・どういう意味があるのか



今の地球は、例えて言えば、大津波や火山の大噴火が起こる寸前のような状態、と言われています。

その原因の全てが、私たちみんなが積み上げてきた、我や思いによるものなのです。

来年は、その危機を何とか回避するために、真の神さまが強制力を奮う年となるのです。



強制力を奮う、とはどういう意味なのか?



例えば、大津波が起こり、避難命令が出た時に、

今にも濁流の渦にのみ込まれそうな家にしがみつき、自分はこの家に残るんだ、と頑張っている人がいたら・・・また、大津波が来ていることにも気付かず、あんのんとしている人がいたら・・・どうするでしょうか?



警察官や、消防隊員など、人を救う責任ある立場の人ならば、

何を置いてでも、その人を救うため、例えその人の意志に反してでも、とにかく非難をさせて、安全な場所へ送ってあげよう、とするのではないでしょうか。



護摩木を代筆するということは、

そういった人に、危険を呼びかけ、一人でも多くの人に安全な場所へと移動してもらおうとする、

警察官や、消防隊員の役割を担おうとすることなのです。



護摩木の代筆をしてあげることによって、書いてもらった人とその縁者は、

護摩木という、救命艇・宇宙船へ乗る、縁・繋がりを持つことが、出来るのです。

いわば、乗船名簿に載せてもらうことにより、救命艇に乗船することのできる光のチケットを手に入れることになるのです。



目の前に迫る危険に、必要な避難を拒んだり、気が付かなかったりするのは、我や思いにはまり込んだ状態と一緒です。

今は、我や思いの心を、その人の自由意志として優先させるというような、悠長な状態ではなくなってきているのです。

その人を本当に救おうとする人ならば、強制力を奮うことも必要になってくるのです。





A書き方



表書きの部分には、これまで通り、

「真の神さまは一大循環の相象で厳然と、今ここに在します!

新たなる全徳の無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!

真の神さまだけ! 真のプラスだけ! 一大循環の相象だけ!」の3行を少し詰めて書きます。



その横に、代筆したい人の名前を書きます。



裏には、黄色の蛍光サインペンで、ありがとうございますを一字書いてくれたらいい。それで十分。
 でも最後に、黄色でありがとうございますを書かないとダメだから必ず黄色の蛍光サインペンで、ありがとうございますと大きく書くように!。
 途中余裕があったら、ありがとうございますを小さく沢山書いてもいいしいつも通り、ありがとうございます を書いてもいい。


 、



ありがとうございますの回数は、多くても少なくてもOK。

その時必要と感じられる回数を書いてください。

大きなありがとうございます、大きな祈りがこもっているのならば、一言のありがとうございますでも、OKです。



代筆する人の名前は、一人でも、沢山の人でもOK。

その時必要と感じる人数を自由自在にお書き下さい。





B書く対象について



・「全大宇宙のみんな」が対象



身近な家族・友人でも、政治家でも、芸能人でも、過去の歴史的人物でも、みんなが対象となります。

生きている人でも、亡くなった人でも、よいのです。

その時、思いついた人が、あなたがその時、護摩木に乗せることが必要な縁者。

思いついた人を自由自在にお書きください。



更に言えば、人でなくてもよいのです。動物でも植物でも鉱物でも、他の星の存在でも、何でもOK。



また、大きく意識を広げられる方は、国の名前や、地球などの星の名前、太陽系や銀河系の名前、全宇宙の全て、など

大きな対象を書いていただいても、良いのです。



また、大きな世界だけではなく、ミクロの世界に入って行っても楽しいでしょう。



ミジンコやアメーバ、大腸菌や、素粒子を対象にしたって、いいのです。



「全大宇宙のみんな」が対象なのです。





・「全ての時間」が対象



そして

救いが必要なのは、「今現在のみんな」だけではありません。



「全ての時間の」みんななのです。



私たちは皆、過去何億年という過去世を持っていると言われています。



今現在の現実という表面だけを清めても、奥にあるマイナスは残り続けていつか出てきます。

どの時代のみんなをも救う必要があるのです。



この地球だけでも、

わかっているだけでも長い歴史があり、大小さまざまな思いが無数に積み重なってきました。



ですから、特にご自分が気になる部分に向けて、

一万年前の世界とか、千年前の世界とか、

もしくは何々文明の全てとか、何々時代の全てとか書くのも良いですし、

歴史的な事件や、特定の文明や時代に生きていた、歴史的な人物を書く書き方もあります。

それによって、書いたものに関係する縁者の全てが救われていくのです。



また救われが必要なのは、地球の歴史だけではありません。

全大宇宙に広がる無限の星や銀河系が持っている、全ての時間を清めようとしていくことも必要なのです。



そして、清めが必要なのは、過去や現在だけではありません。未来の時間も全て清めていく必要があります。



例えば、誰かの未来が、末代まで祟る、という言葉の鎖に縛られているとしたら、

未来にまで影響を与えている、その言葉の鎖を解いてあげる必要があるのです。



更には、

時間だけではなく、「全ての次元のみんな」という発想も出てきます。

宇宙には、無限の次元が広がっているのです。

今の自分がいる次元だけではなく、全大宇宙にある次元の全ての存在が、この護摩木代筆の対象となるのです。



このように、単純に「全大宇宙のみんな」と言っても、

空間的にも時間的にも、次元的にも、無限に対象が広がります。



この護摩焚きは、

地球を救うことはもちろん、本当の意味での、「全大宇宙のみんな」を対象としているのです。



全大宇宙の全ての全てを、真の神さまで埋め尽くすこと、これが、これからの護摩焚きの壮大なる目的なのです。





C支え合いの必要性

このように、本当に無限に複雑に出来ている、

この大きな全大宇宙の全ての全てを真の神さまで埋め尽くしていくには、

みんなの支え合いで、言葉の力を駆使して、隅々までに光を行き渡らせようとすることが必要です。



また例えば、

一人の人が、同じ人の名前を何度か書いたとしても、

一人の人というのは沢山の過去世など、とても色んなものから成り立っているわけですから、その度に、その人の違う部分が乗るかもしれません。



また違う人が、同じ人の名前を書いたとしても、

それぞれの人が指し示すその人の部分は、違うものになるはずです。



そういった意味でも、書く対象は、どれほどダブってもOK。

むしろ、沢山ダブった方が、真の神さまを隙間なく埋め尽くしてくことに繋がるのです。



そして、全てを真の神さまであまねく埋め尽くしていくためには、一回一枚書いたから、もう大丈夫なのではなく、

何回も何回も、新たに新たに、沢山の光を送り続ける必要があるのです。



これからは、一回のありがとうございますが、加速する力になります。

氷も雪も、取り込んで川に流せば、全部が溶けて暖かい水に変わり、それによって川の流れの幅が広がり、

水量が多くなっていくように、どんなマイナスがあっても、新たに新たに流れてくる神さまの光は、

全てのマイナスを溶かして流し去り、暖かい愛の光に変えていってくださるのです。



だからどんなマイナスも遠慮なく放り込んでいいのです。

大きな雪の塊、氷の塊を、沢山放り込めば、放り込むほど、真の神さまの力で、全部が大きい光の流れに変わるのです。

この護摩木代筆を通して、みんなが護摩木を沢山書けば、書くほど、光の幅が大きく速く広がっていくのです。



いかがでしょうか。

皆さん、護摩木を書くことが一段と楽しみになって、張り合いが出て来たのではないでしょうか。



支え合いのすがたをとって真の神様に降り立ってもらおうとするのも大事ですが、

真の神さまが降り立って下さったら、全部が支え合いのすがたをとるようになるのだそうです。



護摩木の書き方がこのように変化するのも、

これから全てがそうなっていく、支え合いのすがたに変わっていくという、その大きな変化の第一歩、大きな兆しなのです。



これから一年間の護摩焚きを通して、きっと一大奇蹟と呼ぶにふさわしいことが起こるに違いありませんが、

本来何の力もない私たちが、より積極的に真の神さまのお手伝いに取り組むことの出来るチャンスを、

こうやって特別にいただいているということ、まずこのことこそが、奇蹟なのだと思います。



どうかその価値をよく理解し、まずはお手持ちの護摩木を使って、



「護摩木の代筆」、そして「護摩木の寄せ書き」を実行してみて下さい!