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7月護摩その2 by 河上彰延 [Mail] 2024年07月18日(木) 17時08分
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令和6年7月2週目護摩焚き河上さんお話し−1(前半)

司会者
 それでは、河上さんに質問頂いてております。質問等お話の方、よろしくお願いします。まず、宇宙神ありがとうございます。同じ方から二つ質問を頂いてております。
 
 一つ、私の呼吸法についてお尋ねします。印可書を吐きながら、つぶやくように唱えながら、時々鼻で吸ったり、吐いたりしています。この方法で宜しいですか?お願いします。

河上
 それでいいです。はい。そういうふうに先に出来る方もいらっしゃるし、出来なくても、一番最初の練習としては、口でゆっくり吐くために印可書を読んでもらう、ひそひそ話というか声に出さずに読んでもらう形で、息を吐く形をして頂いててます。それで鼻から吸うのがどうしても出来ない、私出来ないわという人は、口から一瞬「スッと」と吸ってください。それで、又、印可書を唱えてください。ほんでその口から一瞬吸うのを偶には、2回に1回は、3回に1回は鼻から吸うという形でやっていくと自然に出来ますから。
 
 これが1年かかっても2年かかっても大丈夫ですからそのすぐに出来るようにならなくちゃいけないという事ではありません。過去世からの色んな、何て言うんですか修行の成果がありますので、そういう事をして来られなかった方はそれなりの時間がかかります。かかるけども、もう印可書を通して神さまの大きな後押しがありますから、出来ない自分を責めずに2年3年掛かってもいいんだってして、極端に言うと、死ぬまで出来なくてもいいんだ、でも練習はするんだと思ってやってください。そこまで結果をつかまずに諦めると、簡単に出来るようになります。 次お願いします。
 
司会者
 ありがとうございます。
 2番目の質問です。体のことについてお尋ねします。両足の裏の重心が掛かるところに魚の目が出来ています。皮膚科で治療してもすぐに又、でき、歩くときに痛いので、底の厚い靴を履き、痛みが出ない方法をとっていますが、良い方法がありましたら教えてください?

河上さん
 はい。魚の目、或いはこれは水虫なんですけども、水虫とか魚の目というのは、どの人の体にも入り込んでくるんですよね。普通は若い人は水虫少ないんですけども、皮膚の再生力が早くて、水虫を押し出してしまうわけです。それで皮膚科のお医者様で頂く薬は基本はサルチル酸なんですけども、その薬を塗ると、その薬の刺激でそこの皮膚の再生度が上がってね、直るわけです。

 で、今、魚の目になったあるいは水虫になっているという方は特にそうなんですけども、血糖値のスパイクというんですけども、一時的に血糖値が200とか250に上げてしまうような、食事のされ方をしてるんですよ。若いうちは所々ビール飲んでも大丈夫だけどね。ある程度35歳を過ぎてね、40を越していくと、ビール飲むだけで血糖値がすごく上がるんですよ。だから私そんな変なもん食べてないけどっていう人は、多分ビールか日本酒の飲み過ぎ、一気にね。すると、血糖値のスパイクがあるんです一時的に400近く上がります。

 一時的に400近く上がると毛細血管がね、もう途中の経過省略しますけど、毛細血管が死んじゃうんです。普通は若いときは死んでもすぐ再生してくるんでいいんですけど、35過ぎると再生力が落ちるのね。で、スパイクを出す毎に、毛細血管の再生力が落ちる。落ちると、皮膚の再生が、皮膚の再生というのは毛細血管からの栄養で皮膚を作って、持ち上げていくわけですよ。皮膚の再生力が落ちるんで、水虫の方が先に中に浸透してくると、いうことです。
 
 だから、うどんそばパンですね、お砂糖、アイスクリーム、でビール日本酒、こういう類をかなり控えて頂いてたら、治ります。前にお知らせしたようなリブレというセンサーを貼ってね、7000円ほどしますから高いですけど、それで2週間しか測れないですけども、一度は貼って、自分の普段の食べ方したらどんなにスパイク出てるのかがわかります。わかれば出ないような自分なりの、分けて食べる食べ方をしてですね、やっていけば、水虫なんてあっという間で治ります。
 
 水虫が治らないという方は、どんどんスパイクを出してるんですよ。で、この血糖値スパイクをたくさん出すと、最終はがんになっていきますから水虫の段階で何とかされる方がいいと思います。

 で、今の新型のリブレでは、まだ僕は使ってないですけども、Bluetoothで直接スマホに通信するんでね、貼るだけで、ずっと計測して貰えるそうです。ですから、一度は7000円もしますけども、貼ってその普段の自分の食べ方をしてね、糖尿病じゃないんですよ。糖尿病ではないんだけども、平均値も5.6とかね、ヘモグルビンA1Cも5.6とか、十分低いんですけども、スパイクは出てるという人が多いんですよ。そのスパイクでてると、糖尿じゃないけど水虫とかね、先ずは、頻尿ででまして、それから、あるいはがんとか、あるいは内臓疾患を起こしてくるので、ぜひ徹底してやりたい方は、リブレを買って、ネットで手に入りますので、リブレを貼ってみてください。
 
 そこまでしたくないっていう方は、ちょっと糖質を控えてください。食パン1枚で体が弱ってくると(なるんですね)。

 いつもならないんですよ。夏のこの夏バテとかね、あるいは急に寒くなった季節の変わり目なんかに、内臓が膵臓が弱って、インシュリンの出方が悪くなるんですね。本来いつも朝食に食パン1枚食べてる方でも、その時は400越すんですよ。で、越すと体の抵抗力が落ちるので、色んな意味でね。

 だから、結局はその何て言うんすか、中年過ぎると色んなね、病気が起こるわけですけども、それは毛細血管の再生力が落ちてるから、若いときのような食べ方、若い人でもそういう食べ方をすれば、スパイクは400ぐらい上がるんですよ。上がるけど若い人はすぐ下がっちゃうのね。でも年取って来ると3、4時間維持してからしか下がらないみたいなね、なりますので、ぜひ一度そこまで色々と自分なりに工夫されてやられたら、水虫レベルでしたら、すぐ直ります。

 もしビール飲まれるんやったら、ビール止めるだけでも治るかもしれない。はい、ありがとうございます。

司会者
 ありがとうございます 
 それでは次の質問です。今年のお盆は、何日から何日ごろまでか教えて頂きたいです。
又、昨年の同時期の同質問の回答で、このまま地獄と重なったまま行く可能性が高いとの事でした。昨年7月7日からの約1年、色々な状況が厳しくなったのは、地獄と重なったまま行ってしまったということでしょうか?

河上さん
 はい、既に重なっています。今年はもう既にお盆に入っています。でも幸いにして月2回の護摩にして頂いてたんでね、あまり大騒ぎしておりませんけども。7月3日からお盆に入ってます。で、この7月7日が本格的なお盆に入ってます。で、このまま今年は、抜けきれんまま行くと思いますので、ちょっとお米が手に入りにくくなったりね、色んな意味で色んな現象が出るかもしれません。

 でも、8月も2回護摩していただけますので、護摩で出来るだけね、河上は大げさなこと言ってるけど、別にお米もなくならんし大丈夫やった、っていうふうに持っていきたいんですよ。河上は嘘つきやで行きたいんですけどね。出来るだけそう現れないようにしたいと思いますけども、既にちょっとあちこちからお米がね、出来ない状態が既に入っています。

 でも、それまだお盆前だからね、お盆までが特にお米は勝負ですから、あと2回また護摩がありますから、何とかなっていくようにしたいとは思います。ありがとうございます

司会者
 ありがとうございます それでは次の質問です。
 
 河上さん、いつもありがとうございます 質問させてください。3年前に大和座法のCDをお聞きし、お風呂の湯船の中でしていたら、左膝に痛みを感じ、それ以来、正座が出来なくなりました。神さまに使って頂いているんだと喜んでいたら良いと思っていますが、最近では右膝も痛みはないけど、曲がりにくくなり、畳の部屋では、中腰状態で正座が出来なくなりました。左膝は膨張しているように感じます。病院には行ってません。私はどうしたらいいでしょうか?ご教示よろしくお願いいたします。

河上さん
 これね、まず一番の原因はさっきお答えした血糖値スパイクです。血糖値スパイクを出すと、筋肉が硬直するんですよ。その方の場合は、膝の筋肉と脛(すね)の筋肉が硬直してます。で、それをその硬直してる状態のままで無理に正座しましたので、ちょっと筋の内がビシッとずれてるんですね。取り敢えずはちょっと今実践しますから、文章化する方が上手く書いてください。座って膝を曲げてこれを回します。これを上手く文章に書いて。
 
 この例えば右の膝に左足の踵(かかと)を乗せて、足首を回して頂くと、このいわゆる曲がらなくなってる膝の周りの筋肉をほぐすことが出来ます。(@椅子に座り、右の膝の手前に左足の踵の辺りを乗せて、左手で軽く左足の踵を固定して右手で足首を左右に回
す。)
 で、出来たら、靴下を脱ぎますけども、この足の指の全部に手の指を入れて、回すと、もっと伸びます。(A左足の指を5本とも開き、右手の指を足指の間に差し込んで、さっきと同じ要領で左右に回す)

 でも最初から無理せずに、最初はこれだけ回して、最初は足首も硬いからね、無理せず、無理しちゃ駄目ですよ。ほんで毎日やってるうちに柔らかくなってきますから、最初はこうして回してある程度回るようになったら、この足の指の間に手の指を全部入れて、ほんで回してください。すると、伸びます。これを左右同じ形でこっちもして頂くといいですね。
 
 これしてある程度伸びてきたら、この状態のままで、前屈して、又やってください。すると、このお尻の筋肉のとこが伸びます。一番正座出来ない理由はここのお尻の筋肉なんですよ。尾てい骨と腸骨を結ぶ線なんですけども、この筋肉が固まると正座が出来ない。しゃがむのも難しくなります。で、それを伸ばすために、これを回しながら体を前屈します。僕今ガチガチなんで、倒れませんけども、倒していってください。それをやってたら、この脚の筋全体が出ますから、正座は出来るようになります。
 
 ほんで、痛いから嫌だって言うて、しないのは自由です。でも本当に座れなくなります。あとはご自分の体ですから、どうぞご自由に鍛えてください。鍛えるというか、いじめるというか、整備するというか、お願いいたします。

司会者
 はい、ありがとうございます
 それでは事前に頂いてた質問は以上ですが、その他お預かりした質問等、また会場の方から質問があるようでしたら、こちらの方にお願いいたします。

質問者
 ありがとうございます。
 仕事中とかに、あんまり人前では、声を出して印可書を言わない方が良いっていう事だったんですけど、仕事中とかにイライラしたりするとつい口に出して、聞こえない程度なんですけど言って、ブツブツ言っちゃうんですけど?

河上さん
 それで良いです。大丈夫。

質問者
 ありがとうございます

司会者
 ありがとうございます 
 他に質疑会場の方からご質問ありますか。よろしくお願いします。

質問者
 一点、登山靴の底が剥がれたのですね。なんていうかソウルが剥がれて、それからそのソウルの下のスポンジっていうんですか、そこが経年変化で大分柔らかくなって、だから靴屋さんに相談したらメーカーに戻して、全部交換というのが一つ。それから、夏山だったら、ハイカットの新しい登山靴を購入するのもありだと、どちらがいいんですかね?どちらでもいいのか、ちょっとその辺が…

河上さん
 一応ゴムとスポンジが経年変化ですから、新しいのに変えるしかないんですよ。今は良い登山靴があるからね、それでもいいんですけど、ちょっと暫くは登山は止めてください。危険です。それぐらいちょっと今、地球霊王様の体が腫れ上がってですね、中で膿を出してるんですよ。このまま止まるように頑張って護摩もして頂いてしてるわけですけども、ちょっと抑え切れなくて、色んな山で硫黄ガスが噴き出しかねないんです。

 硫黄ガスを吸うと死んじゃうんでね、よっぽどの必要な用事がない限りは、山登りは控えて頂いて、体を鍛えるためというかでしたら、ちょっとハイキングというか、もうちょっと丘のようなところを歩き回るような感じのことにしてください。

 特に温泉の出る地域の山はもう危険です。最初の兆候は富士山でちょっと小噴火が起こります。起こったら本当に全国的に駄目ですから、平地でも温泉地はかなり危険になります。それもずっと吹くんじゃなくてね、突然濃いいガスが出ますので、そのときだけ危ないんですけども、普段平気なんで、という状態になりかねないです。今はそうなりますと言う訳にはいかないんですよ。

 温泉地でもどこでも観光客に来ていただかないと、生活成り立たないじゃないですか。だから、本当にそうならないように、この護摩でね、真祈りで、そうならないように持っていきたいと思っておりますけども、一応山は、もうわざわざ登らないください。
 で、靴は夏靴をお買いになれば冬山に登らないでしょ?

質問者
 今はちょっと。

河上さん
 夏用の登山靴の方が楽は楽ですよ。昔の登山靴は重いからね。はい。

質問者
 はい、ありがとうございました。

河上さん
 ありがとうございます

司会者
 その他にご質問あればよろしくお願いします。
 僕の方から一つ。今回、一大奇跡の宇宙神ありがとうございます護摩が2回開催されるということになりましたが、あちらの世界の評判というか、反応はどんなものですか。

河上さん
 いやもう、それはもう大喜びで、全然雰囲気が変わって来てですね、今、言うた火山ガスが噴き出すのもなんていうんですか、本当にギリギリの崖っぷちで落ちるか落ちないかのね、ギリギリのままで行けそうな、今日の護摩でね、今日の護摩で落ちるかなというギリギリで渡っていけそうな感じです。

 でもそれぐらい向こうの世界の方は、地球霊王様の大変さが分ってますから、良かったということです。本当にね、月に1回が2回になりましたから、何があっても月に1回は来てください近くの方はね、もう余裕ある限り、ぜひ2回とも来てください。それぐらい大事な護摩です。
 
 もう何て言うんですかね、皆さんの体に例えれば血糖値スパイクが出るように、昔以上に出るようになったんですよ。それは地球霊王様の体が弱ったから、入れ子構造的に皆さんの体も弱ってですね、昔だったらそんなに糖尿病の人って出なかった。あるいは自分の親は糖尿病違ったという方でも、ちょっと体を無理して疲れさすと糖尿病みたいになってしまいます。それを分らずに。というのは、血糖値スパイク出ても水虫になる程度ですから分らずに、やってしまうと、本当に体全体の機能を潰しますから、色んな意味で体を大事に無理せずにですね、真祈りして生活して頂けたらと思います。ほんで、この月二回の護摩になった、これは後でお話します。どうぞ質問して。
 
司会者
 はい。あと、5月にお話された勉強会のお話で、洗礼についてお話された洗礼がちょっと分かりづらいんですけど?神さまの清めの働きということですか?

河上さん
 要はどういう事かというと、全ては光、みんな光というのが基本なんですよ。みんな光の中にですね、この現世は秒速30万キロの光の世界なんです。これが秒速31万キロの世界29万キロ世界。これが地獄いくと、秒速5キロの世界に入るんですけども、そういう感じでありとあらゆる表現の世界があるわけです。ほんで、どの表現の世界でも、光が充満してるのは変わりないんです。でもお芝居を考えて頂くとわかるんですけど。あるいは将棋でもそうなんですけど、将棋の駒なんて木の駒でしょ?でもそれにわざわざ言霊で飛車とか、歩とか書いてね、働きを限定して遊ぶじゃないですか?この現世も、私はどんくさい役、私は頭の悪い役、私は頭の良い役、私は器用な役とかって、色んな役を自分で選んでね、色んな脚本を、私この脚本で今回するわって言って選んで生まれてきて、それぞれ不器用な役とかね、色んな役を演じて楽しむ世界なの。

 将棋がそうでしょう?将棋嫌いな人から見たら何であんな難しいことするのだけど、あの難しさを楽しんでるわけじゃないですか。ね?碁でも嫌いな人は碁なんかどないするんと思うけど、好きな人にとってはあの難しさが楽しいんでしょう?

 そういう感じで、この現世を、この秒速30万キロの、今いらっしゃる皆さんの世界も、そういう色んな役柄を楽しみに来てるわけですよ。ところが、楽しみに来てるはずなのに、文句言い出すの。どこで文句言うかというと、他の演技してる人と自分を比べてね、あの人は生まれついて器用で狡いわってなるわけ。で、私生まれついて不器用で損やわってなるわけ。
 
 ほんで損やわって言ったときにマイナスを発しているわけです。ほんで、あの業とか我とかマイナスというのは何かいったら、マイナスの言葉を出したことによってマイナスの言葉を積み重ねてるわけです。ほんで、それを自我とか我とかね、業とかって言うわけですよ。で、我っていうのは何かって一言で簡単に言いますと、我というのは、楽したい心です。楽したいから、ズルもするし色んなことをするのね。
 
 で、神さまの本来の働きは、盤石の支えの働きですから、盤石の支えの働きというのはこの世で言うとどういうことかっていうと、例えば右行ったら楽、左たら大変しんどいという状況に入った時に、迷わずにしんどい方に行くの。迷わずに人を支える方に行の。だから、人がパタッと倒れたらね、迷わずに大丈夫って助けに行けるのが神さまの心です。

 ほんで人がぱっと倒れた時に、あっ、あの程度だったら大した事ないなってしまうのは楽したい方の心ですね。その楽したい心は何で出来たかというと、今言ったように、自分と他人を比較してマイナスを選び続けたからです。その選び続けて溜め込んだマイナスをね、消さなくちゃいけないんですよ。

 本当は皆さん生まれてくるときに、自分がどんだけのマイナスを背負ってるかというのを知ってた方がいいと思うじゃないですか。でも、皆さんが思ってる以上の凄いマイナスをみんな背負ってるの。作ってきたの。だから、生まれついて自分のマイナスがわかるとね、そうですね、100億円の借金を背負ってるような感じで、一瞬で。ほんなら100億なんかあんなの一生かかっても返されへんわってもう最初からね、匙投げて何もしなくなっちゃうの。

だから神さまは、過去世の事の記憶を消されて、そういうのに引っかからない者は過去世の事が分かる状態で生まれてきますけども、普通は過去世の記憶を一切消して、要するに神さまが100億の、例えば100億の借金としたらね、100億の借金を棚上げにしてくださって生まれてくるわけです。

 だからみんな平等に同じ状態なの。赤ちゃんのときは素直にね、それを受け入れて、頑張って歩くの。立とうとしてハイハイして歩こうとして、喋ろうとして頑張るわけ。ほんで、皆さん、喋れるし歩けてるのね。でも、いざ喋れて歩けるようになってくると、人のことが気になる。で、気になると色々とマイナスに重ねて狡く生きようとしたり、楽しようとしたりとか色々出てくるわけですけども、せっかく神さまが棚上げしてくださってここまで来てるのでね、またマイナスを選び出すわけですよ。

 それの繰り返しでいよいよ、もうこの地球人類はもうどうしようもないから、一旦大きな清めで地球霊王様の、もっと今言った清め以上の大きな清めで、一旦ご破算にして新しく始めるということが、そうですね、僕が10歳ぐらいの頃、先生と地球霊王様との間で話し合いがあってですね、地球霊王様がこの人類の世界をもうおしまいにするっていう時に、先生がもうちょっと待ってくださいと、何とか人類自身に真祈りさせてちゃんとしますからという事で、始まってます。
 
 それは11歳のときにお会いした時に、色々と聞いております。その約束があったから、僕の方は直接「我、汝の求めるに先立って、全て与えたり」という啓示を、先生にお会いする前に受けてたわけですけども、それを先生に言ったら本当ににっこり喜ばれて色々その時は有った訳ですけど、そういう感じで、皆さん色々と、もう返し切れない位のね、マイナスを背負ってるんですよ。

 でもそれを積み上げてるから罪っていうんですけども、罪を免れることはできないんです。キリスト教で免罪符を昔売ったって言うでしょ?あれ日本語の翻訳が間違いで、免罪符じゃなくて贖罪符なんです。罪を贖(あがな)うなんです。ほんで罪を贖うのにお金入れたって贖えないんですよ。でも今の宗教団体は騙してね、寄付したらあなたの罪救われるみたいなやるから、昔と変わんないんですけども、お金では贖えないんです。それはもう真祈りでしか駄目なんです。

 ただ、真祈り出来ない人のために、その手前として、まず水の洗礼をして、真祈りしやすいようにしてあげるわけです。水の洗礼でちょっと真祈りし始めてくれたら、次は火の洗礼でもうちょっと真祈りし易いように持っていくわけです。それが今の護摩です。
 
 ほんで、これがこの護摩がどんどん成功してくると、もうこの火の洗礼じゃなくて霊の洗礼に入るわけ。で、霊の洗礼になると、この会場はそのまま使えますけども、もう火は燃やさないです。皆さんがこないして今やって頂いているように、総責任者としてね、前に出て、今、真祈り「宇宙神ありがとうございます」あるいは「絶対の中心」ってやってくださいるじゃないすか。「真祈りの全体像、全体図とは」と言ってやって下さる。これが霊の洗礼です。
 
 昔はこの水の洗礼は例えばヨハネ先生がされたとか、火の洗礼は空海さんがされたとかね、霊の洗礼はイエス様がされたとかあるわけですけど。昔はその誰か偉い人というか、悟った人にして頂いたもんなの。でもこれからは皆さんご自身でみんなでするの。それ、この護摩がもうちょっと進むと。
 
 だからこの2回の護摩なんでね、予定を進めれるんで非常にありがたいんですけども、この護摩がもうちょっと進んでくるとね、なんか護摩木を入れに行かなくていいようにみんな思います。護摩木入れに行くよりも、前に出て宇宙神ありがとうございますってやりたいって思うようになってきます。それが霊の洗礼の始まりです。そこまで持っていけたら、河上あんな大げさなこと言うてるけど、何もなく平穏無事に来てるじゃないかという状態に持っていけますので、そこまで持っていきたいと思っています。

 そやけど今はまだ火の洗礼の段階なんで、是非、というのは、私やっぱり真祈りなんかなんかできないわという方がまだまだいらっしゃるわけですよ。真祈りできない方は、護摩木に書いてくださるだけで、真の神さまが降り立ってね、お習字のときに、書道の先生が後ろに手を添えて字を書いてくださるように、護摩木書く時は真(まこと)の神さまが後ろに下りたってくださってね、真祈りとしてくださるっていう、先生と真(まこと)の神さまの約束ですから、護摩木を書いていただいて、それを、その私、真祈りまだ出来ないよという思いを、この火の洗礼で消しちゃうわけですね。

 私はまだまだ駄目よというのは、卑下慢なんですけども、マイナスの思いですね、これが消えてきたら霊の洗礼に入ります。霊の洗礼に入ったら、もうしめたもんなんですけど、まだもうちょっとです。一応それが洗礼の意味です。

司会者
 霊の洗礼っていうのは、真祈りできるようになって、みんなが悟って行くという事ですか?
 
河上さん
 そうです。霊の洗礼というのはどういうことかというと、その印可書に読んでるだけでね、何となく嬉しいっていうふうになってくると始まりです。今は(理屈抜きに)嬉しいがもう全く無条件に表現以上に、その印可書を読まなくても嬉しいになっていくんです。それが呼吸の状態なんですよ。だから呼吸法も今セットにしてるわけですね。呼吸法はある程度できると、もう息そのものが印可書。息そのものが真祈りというのはわかります。

 それが分かって来ると、皆さんの普段のお仕事そのものが真祈りって分かって来ます。っていう感じになるのが霊の洗礼です。その要するに自分が関わってると思ってる世界を皆さんは凄い小さい範囲で勝手に限定してるんですけど、本当は皆さんお1人お1人が全宇宙に関わってるんですよ。そこまで意識を広げるのが、霊の洗礼です。
 
 もう今、答えをさっき言ってますけど、そこまでぜひ持っていきたいのでね、今は皆さん例えば、この小さい地球の出来事でもね、ウクライナの戦争の事を他所事みたいに思ってるじゃないですか?我がことのように心が痛まないでしょ?それ位まだまだまだ火の洗礼の段階だからそれはいい悪いじゃなくて仕方ないんですけど。それが本当に先生のようにね、全宇宙の事を心配されているっていう形になります。要するに楽したい心が神さまの働きの邪魔をしてるんですよ。

 ほんで本当に全てを支えていく心というね、先生の表現で言うと、七難八苦を選ぶ心ですよ。より大変な方を喜んで喜び勇んで、あのきつい汚い危険の仕事をね、喜び勇んで出来る事です。いやいやじゃあない、喜び勇んで自然にね、無理に思わずにですよ、出来る心になって行くというのが理想なんですけども、そういう心に自然に皆さんがなっていくのが、霊の洗礼です。

 だからとりあえず先ず霊の洗礼は印可書奉読をここで前に出てして頂くことが霊の洗礼になります。はい。

司会者
 ありがとうございます
 ここまでで何かご質問ありましたら。改めましてお話の方お願いいたします。

河上さん
 ありがとうございます。月2回の護摩になってね、非常に、もう本当に言葉に表せないぐらい喜んでいます。でもまだ皆さんの中に自分はまだまだ真祈りできないという制限がある分ですね、ちょっと宮野さんと僕に負担が来て2人とも今フラフラですけども、護摩進むごとにちゃんとなると思ってるんで、大丈夫です。

 何があるかというと兎も角、霊の洗礼をを進めていくしかないんですよ。それは皆さん1人1人が総責任者として、真(まこと)の神さまとして、真祈りするということなんで。で、真祈りするっていうのはどうするんかわからんから、先生が命と引き換えに、印可書を作ってくださいました。印可書奉読するときは真祈りとするよというね。
 
 後、後は祈りというのは常に神さまに捧げるだけ、神さまのお手伝いするだけだっていうことを忘れないでください。神社でね、絵馬にですね、東大に合格しますようにとかって書くじゃないですか?ああいう願い事をするのが祈りではありませんから、それをまず分かっててください。印可書奉読してるから、例えば東大に合格したいな、も危ないです。そうじゃなくて、神さまが一番いいようにするから、必要だったら東大に合格する、必要なかったら合格しないとまで、自分の願いを横へ置いとけたら、真祈りに入れます。そこだけは忘れないでください。
 
 一番最初の印可書が出たときは凄い大おまけがあったんですよ。あったんだけども、そのとき印可書を選んで、一番最初に唱えてくださった方は本当に数えるほどだったんですけども、どの方もじゃあ印可書読んだら悟れるんやなと勘違いされた。で、最初の頃に印可書読まれた方はもうここには来られなくなりました。印可書読んでも悟られないやなか、嘘やなっていうことになっちゃったわけですけども、それは何が問題かというと、神さまを召使のように自分が使ってることに気づかない。神さまが良いようにされるから自分にとって一番にされてるだけで、自分の都合は関係ないんですよ。
 
 それがまず分からなくちゃいけないんだけども、自我というのは、自分が楽したいの心ですから、自分の都合を優先してくるの。すると、せっかく印可書読んでいるのに、こんなに大変なことばかり起こるじゃないかっていうふうな文句になるんですね。文句になるとマイナスだから、せっかくお清めしているのに、またマイナスを積むのね。
 
 もうそれの繰り返しで地球霊王様は、こんなもん人類もう今更もうどうしようもないん違うん?ということで仰ってる訳ですけども、先生がいやいやまだまだと言って、まだ今も先生はまだまだって言ってしてくださってます。
 
 この頃、村人に厳しいこと言ってますけども、僕は先生に村人の自由意志だから好きにさせたらよろしいやんって言うて、もう放っときますからって言ったら、先生が駄目っていうのをね。駄目って言うから、あえて嫌われてもきついことを書き続けてますけども。
 
 それはどっかにね、皆さん、別に言われた訳じゃないですよ、皆さんどっかにね、やっぱり楽したい心があるわけで、楽したい心があるうちは、まだ真祈りに入れてないんだと。

 でも、何とか神さんお手伝いしたいと思って印可書奉読してたら、そのお手伝いとしてしたいという、神さまを向いた隙間を神さまが縫ってですね、光下ろしてくださるわけですよ。
 
 それは、印可書にある裏を通ってというね、裏を通って、一瞬で絶対の中心に持っていって消す働きに印可書はなっています。そういう凄いものなんですよ。後でお前がもうちょっと改造せえと言ってくださって、改造した印可書はそれなんですけども、それでその時それを作り上げた時に先生が本物が現れたって喜んでくださったわけですよ。

 でも、誰もその当時印可書も見ないし、真祈りを一生懸命やろうという気もないから、先生が何、何を本物が現れたって言うてるんかもわからんまま来ちゃった。済んだ話ですけどね、来ちゃったわけですけども、それくらい本物なんです。

 だから、何があっても、裏を通って絶対の中心に一切のマイナスがね、吸い上げて貰えるんですよ。これが霊の洗礼なんです。本当にこの霊の洗礼に皆さんお1人お1人ができる状態になっていきますので、既にもう印可書素直にね、奉読して、神さまのお手伝いされてきた方で、もうかなりたくさん既に悟っておられるんですけども、申し訳ないけどいつも言うように自覚は止めています。全員同時にしたいんですよ。あの人、先に悟ったって言ったらみんな焦るからね。今回は全員同時で持って行きたい。
 
 昔、先生がある人バット引き上げたら、周りがなんていうんですか、妬んでね、その人の足引っ張って結局全部ぐちゃぐちゃにしちゃったんですね。だから今回はその轍を踏まずに、何か印可書読んで、なんか良くなったなぐらいの方は、本当は悟っているというのは多いんですけど、わざと封じて、ちょっとまだまだ僕引っ掛かるところ有るなという状態にしてあります。

 それをわざとですから、もう引っ掛かるところ出てもひたすら印可書奉読に変えてやってみてください。今回は失敗は許されないくらい、最後なんでね、失敗せずに持っていきたいと思っています。先生から、11歳の時に本当に色々とあったんですけども、その約束をやっと果たす時が今来ています。ちゃんと果たせてちゃんとちゃんとみんな良かったなってね、宴会が終わったときにあー良かった、又ね、っていう感じで持っていきたいと思ってますので、何があってもね、引っかかっても、印可書に戻ってください。

 ほんで印可書をどうしても選び取れないっていう方は、宇宙神ありがとうございますで行ってください。ただ「宇宙神ありがとうございます」は上手く呼吸法に乗せないと中々飽きちゃうんですよ。宇宙神ありがとうございますが飽きる理由、あるいは「ありがとうございます」が飽きる理由は呼吸法に乗ってないの。

そういう厳しさがあるんですけど、この呼吸法に乗せる部分は伝授だったから、「先生、ありがとうございますって祈るんだけど私どうしようもないわ」と言って行ったらパンと行けたんですけどね、誰も行かないのね。宇宙神ありがとうございますのときも先生、生きていらっしゃる時に何ぼ宇宙神ありがとうございますと祈っても、もう出来なくなりますって泣いて行ったら、パンと出来たんだけども、もうそれも今更遅い。でもそのために印可書を作っていただきましたので、印可書で何とかいけると思っています。

 だからいつも、楽したいなと思った時は、まだまだ自分には自我があると思ってください。ほんで、別に、1人でお家にいらっしゃる時でもね、楽したいなと思ったときに、ちょっとゆっくりでいいからお掃除しましょうとか、ゆっくりでいいから何かしましょうと思って、しんどい方選んでください。 それが真祈りに繋がっていきます。

 この第2の護摩はちょっと勉強会を兼ねるという事にしてますので、質問を聞いてください。どんな内容でもいいです

司会者
 はい。質問ありますか?会場からどんな内容でもよろしいということなんで、細かいような質問でもよろしいですね。




令和6年7月2週目護摩焚き河上さんお話し−2(後半)

司会者
 はい、どうぞ。
 
質問者
 ありがとうございます
 先般からの大雨でですね、松山城の後ろの山がちょっとこうスライドしてしまって被害が出ているということや、もうちょい前は米原の方の伊吹山の方々がですね、同じような思いをなされているという、今までにない状況が起こっているということで、皆さん、他人ごとではなく、
 
河上さん
 次は村で起こります。大丈夫。他人ごとではないです。はい。

質問者
 はい。そういうものも目の当たりにしている中で、私どもはどのような心構えを持っていればよろしいのでしょうか?お願いいたします。

河上さん
 イエス様がね、昔お弟子さんと一緒に、今は嘆きの壁と言われてるところがあるんですけども、あれは、石細工の大きな大きな神殿の基礎の部分なんですよ。あの上に凄い立派な石の神殿が立ってたわけです。その当時、見たら今でいうとどうなんでしょうね?エンパイアステートビルというか、こんなもん潰れようがないわというぐらい立派なものだったわけですね。
 
 で、イエス様のお弟子さんがイエス様へね、「これは永遠に続くでしょう?」って言うわけですよ。 イエスは答えるのね、「これは一瞬にして消え潰れて消え去る」って言うわけですよ。ほんで、お弟子さんびっくりしてね、「それは何時の事ですか。」って言うんですけど、この、ここの問答で、いつもイエスは苦しむのね、みんなが分かってくれないのは、その一瞬一瞬新たというところはみんなわからないんですよ。

 どういうことかというと、時間軸を引き延ばして説明しますと、例えば猫さんを飼う、そしたら、大体10何年かしたら死ぬじゃないですか?必ず始まりがあって終わりがあるんですよ。あるいは好きなもの同士が結婚する。でも必ず最後はどっちかが先に死ぬ。ね?もう色々ありますけども、幸せになんかやっているんだけど、必ずどっちかは先死んで、で死ぬ。別に1人でも一緒です。おぎゃーと生まれてよかった、ですけど、必ず最後は死ぬわけです。必ず終わりがあるんですよ。この虚の世界は。その終わりのあることをみんな掴んで悲しむのね。

 だから、例えばイスラエルの凄い大神殿でもなくなるんだよって言うと、それは大変な悲しいことだってみんな勘違いするわけですよ。そうじゃなくて、終わりがあるということは、一瞬一瞬新たをちょっと時間軸に引き伸ばして今説明してますけども、終わりがあるということはより良くなるということなんですよ。それがわからなくちゃいけないんだけど、ほとんどの人は終わりがあったときに、「大変」ってなる。
 
 例えばもちろん崩れて家が埋まった方はお気の毒ですよ。ね、伊吹山のとこでもね、「50年何もなかったのに」って言って家が流れたとお気の毒ですけども、それは必ずいい形の始まりなんです。それがわからないと、マイナスを結局せっかく神さまがいい形に変えようとしている姿をマイナスとして掴んでマイナスを積んじゃうんですよ。マイナスを積んじゃうとどうなるかというと、因縁因果の波に飲み込まれるの。永遠に文句言う世界に入る。因縁因果の世界というのは、永遠に文句言うんですよ。

 ほんで永遠に「楽(らく)したいわ、楽したいわ」ってぼやいてる世界です。そういう因縁因果の輪に入っちゃうんですね。だから、その最後の終わりの姿は、色んな形がありますけども、それは必ず良くなる前触れなんです。例えば、東北の大地震でね、津波で一瞬にのまれていかれるじゃないですか。その津波にのまれた方を、先生はどうおっしゃったかと言うたら、「大きな神さまのお手伝いして良かったんだよ」って先生おっしゃったはずです。津波の姿でも、それが大きな働きだったってね。どの働きもそうなんですけど、

 例えば「交通事故に遭って死んじゃったわ」って言っても、それは大きな働きをしてるんです。それを「もっと働けるのに死んで、残された子供たちを考えて不幸だわ」ってみんなマイナスに取らえちゃうんです。

 ここだけを忘れずにね、この虚の世界は必ず始まりがあって終わりがあるだけで、終わりがあるということはより良くなる姿なんだということだけは、思い返して、無理にでも思い返してください。不幸じゃないんだっていう。例えば、通り魔殺人にあって刺されて死んじゃってもね、大きな働きだったんだっていうのを分かって頂きたいんですよ。それがわかると、霊の洗礼が完璧になって、一瞬で全てが良くなっていくんですけど。
 
 その例えば通り魔殺人で死んだというのは、何があったかというと、もう消すに消せない色んなマイナスをその形に凝縮して、何億分の1で消しただけなんですね。だから大きな働きには違いないんですよ。せっかく大きな働きで消してるのに「気の毒な可哀想だ」とか言ってなっちゃうわけですね。

 今回はもちろん掲示板にちゃんと説明しましたけども、村人には十字架にかかっていただきますということでね、大きな働きをしていただきますということで、説明しましたけども、一緒です。実際、村がばっと埋まってしまったときに、皆さん心動かさないでね。それぞれ大事な働きをして頂いただけですから、神さまに一切の不可能はないのは、間違いないなって、そのとき皆さん実感されると思います。
 
 それくらい神さまというのは、もの凄い働きなんですよ。何があっても、良いようにしか持っていかない。でも人間側の小さい意識で見たら、「ああ、地震で家に押しつぶされてかわいそうに」って思うんですよ。でも地震で、能登の地震でありましたけども、お正月に帰ってこられた娘さんたちが家の下敷きになって死ぬんですけどね。その姿だけ見たら、もちろんお気の毒ですし、不幸な姿ですけども、より大きな働きを本当はしてるんです。それが分からなかったら、因縁因果の波に入っていって、もう地球霊王様、この人類はもう無理やからって言って、全部ご破算にされます。

 ご破算にせずに人類の手で、新しい新しいこの現世(うつしよ)を作りたいと僕は思ってますし、先生もそういうふうに地球霊王様と約束されたわけです。だから、何がどう起こってもね、いつも僕説明しておりますけども、必ず良いようになってるんだよというだけは頭の片隅に置いてください。

 自分の都合から見たら凄い不幸なことがあっても良いようになってるんですよ。がんの姿で凄い苦しんで亡くなられても、本当は良いようになってるの。でも、苦しんでる姿だけ見たらね、「かわいそうだった。つらかった」ってなるわけですよ。

 でも本当はそうじゃないんですよ。なぜかと言うたら、この世の全ての姿は演技しているだけだから、本当じゃないんですよ。虚の世界っていうのは演技の世界なんですよ。だからお芝居上でね、色んなレ・ミゼラブルじゃないですけど、ああ無情じゃないですけど、悲劇が一杯あって、その悲劇の姿を楽しんでるだけであって、本当の悲劇はないんです。

 この今の現実と皆さん思っている世界でも本当の悲劇は一切ないんですよ。それを、それがわかれば、霊の洗礼に入れるんですけど、それが分らないうちは「つらかった。悲しかった。」の思いを全部火にして燃やして、消し続けていくしかない。

 今はこの護摩木を燃やしながらですね、前に出て霊の洗礼を、今やっと本当すぐできますけど、前で印可書読んで頂くのは霊の洗礼になるわけです。霊の洗礼をして頂いています。そのうちにあの何か燃やすの、「もう、ええんちゃうん?」ってみんな本当にみんながね、「もう燃やすのええんちゃうん?」って思ってきます。そしたら本当の霊の洗礼の護摩が始まります。
 
 そのためにも、普段の生活で何があっても一番良くなってるんだっていう喜び勇むことが必要なんですよ。だから、津波で亡くなられても大きな働きだったんだ、どの形も大きな働きだったんだと。例えば世の中を悲観してね、電車に飛び込み自殺されたっていう形でもね、色んな人のマイナスを背負って、大きな働きをされただけなんです。本当は。
 
 自殺の形ってね、1人では起こらないの。色んな人の悲しみも全部その人に集まっちゃってその人が代表して、してくださっただけなんですよ。それがわからないとね、ああ、あの人そんな電車飛び込んで電車止めて、残った家族も悲しましてっていう事にマイナスに思っちゃったら駄目なんです。

 神さま、一切無駄なことはされませんし、一切のマイナスは起こしません。この現世といえども。人間の都合で見てマイナスに思って勝手に悲しんでるだけ。でも、この現世は本当は演技の世界だというのをね、分かってください。色んな形の演技をして皆さんが楽しんでるだけ。それが分かったら、霊の洗礼の完成にもなります。いい?はい。

司会者
 次の方お願いします。

質問者
 すいません。いつもありがとうございます
 血管がね、浮いてくるっていうのは、それは何か?昔はそんな、そんなに血管が浮いてなかったんですけど、なんていうか、最近・・(河上さん、質問者の肘をきつく押されて(指圧)) 痛い!
 
河上さん:ああ、なるほど。いや、辛抱辛抱。なるほどね。はいはい。やっぱりね、ちょっと血糖スパイクを出してる。うん。もう年なんだから食べ方を考えて下さい。それで説明したようにセンサーを偶(たま)には貼ってね、そのスパイクの出方を見て、「ご飯を食べるな」と言ってんじゃないですよ。例えばお茶わん一杯のご飯でも、昔若いときのように一杯全部食べずに、30分ずつあけて食べるとか1時間ごとに、三つに分けて食べるとかね、そういうセンサー貼れば、スパイクを、その人によって、僕はバナナ食べると凄い上がるんですけど、バナナ食べても上がらない人もあるし、その人によって色んな相性がありますから、自分でしてやってください。このままほっとくと成人病が起こります。ハハハ・・
なってからでは手遅れなんで、はい、ありがとうございます

司会者
 次にご質問者あればお願いいたします。

河上さん
 いや、勉強会は止めないで欲しいという要望があったんでしてるんだから、どんどん質問者してくださいよ、終わっちゃうで。

司会者
 いいですか、僕の方から。

河上さん
 どうぞ。

司会者
 去年、深夜勉強会が終わりまして、やっぱり体に負担がかかるということで、今回も村での勉強会も終わることがあったり・・その真意は?

河上さん
 いや結局護摩を2回にするからね、勉強会をその時間に護摩をはめるしかなかったんですよ。 ほんで先生が最後の護摩をされたときですね、2015年の護摩ですか?8月のあの時の3ヶ月前ぐらいからね、「勉強会しろ」ということで、うちの工場のある三日市と、3月からですね、その年の3月から、三日市と、東京で昔から色々と縁のあった政治家の方集める勉強会と、ちょっとあんまり有名な方ばっかりのね、勉強会をそれぞれ2回してきてます。それが先行してあって、先生亡くなられてちょっとここでみたいな、あったわけですけども、その関係で先行したものが既に埋まってますので、勉強会はちょっと中止という代わってあげてでも、2回目の護摩のときは、ちょっと勉強会を兼ねてほしいということなんで、兼ねますからこの形で色んな質問をしてください。はい。

司会者
 ありがとうございます。
 でも、何かが終わったときはさらに良くなってくるということですから・・

河上さん:そうです。はい。

司会者
 今回は勉強会が護摩に大変身したということで捉えても?

河上さん
 勿論そうです。
 
司会者
 はい。ありがとうございます 次、ご質問あればお願いいたします。

質問者
 ありがとうございます
 せっかくなので質問させて頂きます。最近松下先生の音源、お話しを聞く、よく聞いているんですけども、すると、心に引っかかる内容としては、真の神さまに弟子入りっていう、シリーズなんですけど、理屈の上では凄くよく分かって、聞き終わった後、「ううん」って感じなんですが、自分の都合の悪いところは、多分聞けてなかったり、いわゆる自分の都合のいいように聞いてて、本当の松下先生が響きと出して届けたい内容を受け止めきれてないんじゃないかな、ということだけは分かるんですけども。というのは多分、こっから言うと怒られるかもしれませんが、光が強すぎて自分なりに受け止められる部分だけのを聞いてるんだろうな、というところまでは、推測出来てるんですが、その河上さんのちょっと光を和らげた神さまの弟子入りっていう部分をお聞かせください。

河上さん
 はい。弟子入りと言うとね、抵抗のある人もあるので弟子入りという言葉を使わずにずっと黙って説明してきました。弟子入りの絶対条件は何かというと、神さまが一番良いようにしてるって明らめ切れる事です。

 神さまが一番良いしてるって明らめ切るためにはね、自我を消さなあかん。自分を消さなきゃ。自分というのは何かというと、さっき説明したように、楽したい心、楽したい心がある内はまだまだ自分があるな、或いは、人と他人を引き比べて良い悪いって判断する心を自分といいます。

 その心があるうちは、まだまだなんですね。その引き比べる心とか、楽したい心ね、無くすために今が一番良いようになってるって、神さまいつもいつも、全知全能の神さまはいつも一番良いようにしてるって明らめる力、心をね、持って頂くように色々と説明しています。

 もう只々、それだけなんです。だから、一切の自分の都合を横に置いといて、先生の言葉で説明しますと、一生七難八苦の連続がいいという覚悟を決めることです。だから右と左、AとBというね、する事があるとして、AよりBの方がしんどいと思ったらしんどい方を躊躇なく選べる心です。

 いつもそれを念頭に置いておかれたら、自分が楽しようと思ったら、よりしんどい方に自然に行けるようになれば、真の神さまに、一瞬一瞬新たに弟子入りしています。ちょっと油断すると、やっぱり自分が楽しようと思って、なってます。それは仕方ないです。でもまた選び直して七難八苦を選んでください。それだけです。

質問者
 はい。

河上さん
 もうちょっといる?

質問者
 今までお話伺ったところが、神さまの。

河上さん
 真の神さまの弟子入りなんですよ。

質問者
 そういう事なんですね?

河上さん
 だからいつも言うようにね、言い訳すると、もう自分の都合優先してる。言い訳ってそうでしょ?自分が楽したいから言い訳するんよ。ね?言い訳する必要ないからね、しんどい目してたら。せやけど、「お前何そんなんしてんねん」と「いや、これはこうやったからこうしてます」っていうのはもうちょっと楽に入ってるやん。だから言い訳する心出たときは、「しまった」と思ったらいい。いつもいつも神さまのね、することが一番いいことだから、目の前に出てきた事項のよりしんどいことを喜んでしてたら良い。
 
 で、よりしんどいことを選べるためには何が必要かというと、して、出来た結果を気にしないことです。みんなね、結局何で楽したいかというと、結果気にするのね。だから結果を仕上げたいから、楽な方に行くわけよ。でも結果は出来なくてもいいからしんどい方に行くの。そしたら言い訳もしないし気にならない。でも結果気になるとね、そんな七難八苦の方行ったら「もうもう何もかも中途半端でどうにもならへんわ」って思っている心が自我なんですよ。結果をつかんで気にしてるね。それだけなんです。
 
 結果を掴んでどうこう言い出したら、それはもうマイナスの集団なんですよ。虚の世界の宗教世界、宗教団体がそうなんです。結果を掴ましてどうこう言うて、だから「お前はもっとお金持ってこなあかん」とかね、色々あります。「もっと奉仕せなあかん」とかね、言うて、ギブアンドテイクに引きずり込むんですけど、それは今までの虚の世界の宗教団体であって、ここは宗教団体はではないですから。どの普段のお仕事でも、あるいは村での奉仕作業のときでも結果は関係ないんだと、よりしんどいことをひたむきにするんだ、という心が大事なんですよ。それをそれができない雰囲気になってる村は、先生が「埋(うず)めてまえ」って言うから、「今度は埋めますわ」みたいなイヤイヤするんですけどね。

 ただ、この月2回の護摩でどんどん変わっていくと思うんで、大丈夫だと思ってますけどね。先生厳しいからね、もうあの、「来月でもせえ」みたいに言うからね。もう大変なんですよ。肉体を持たれなくなってからは凄い厳しいのね。うん、色々とこっちが交渉して引き伸ばしてます。はい。
 
質問者
 希望を持って護摩焚きに参加したいと思います。

河上さん
 お願いいたします。

質問者
 ありがとうございます

質問者
 いつもありがとうございます
 凄く個人的なことなんですけれども、私の母が去年の9月3日の護摩焚きの日に亡くなりました。病気のデパートみたいな、本当に病気ばかりしてたんですけれども、でもいつも笑ってるような人だったんですね。明るくて。うちで弟と2人で看取りました。最後の3ヶ月は膀胱がんになって、出血を続けながらだんだんだんだん弱って

河上さん
 痛みで苦しんだでしょ?

質問者:そうだったんです。はい。頭では印可書を唱えよう。神さまが一番良くしてくださってるんだってわかってるんですけれども、どうしてもそのときの最後の、とにかく一番最後の日がとにかく苦しんで、この辺が「痛い痛い」って言ってたんですけど私まさか、死んじゃうほどだとは思ってなかったもんですから、夜が明けたら先生呼んであげようと思って、我慢させながら、一晩過ごしてしまったんです。
 でも本当に苦しんで、夜明けに私がもうこれ以上自分でやってると、自分が倒れそうだと思って弟と変わってもらって、最後の30分ぐらい仮眠したときに、弟が呼吸がちょっと変だから可哀そうだけど、私のことを起こしたよと言って見に行って、そしたらもうあっという間に、でもそのときは何か今思い出すと・・苦しそうな・・
 
河上さん
 楽に死んだでしょ?

質問者
 はい。死に顔も凄く綺麗だったんですけれども、でも私はどうしても一晩苦しませてしまったことを思い出してしまう。
 
河上さん:いや、苦しんで消したんだから、それがなかったら良い死に顔にはならなかったです。

 うん。あのね、この世の苦しみはね、向こうの10億倍って言われるんですよ。この世で苦しんだら10億分の1で消えるからね、出来るだけこの世で苦しむ方がいいわけです。だから普段の元気な人でもね、「よりしんどい仕事を選べ」っていうのは、先生が七難八苦を選べっていうのはそういうことなんですよ。だから大丈夫。そんな心配しなくても一番いい形になっています。お医者様を呼んでね、モルヒネ打たなくて良かったと思います。

質問者
 そうですね。わかりました。ありがとうございます

河上さん
 ありがとうございます
 
質問者
 いつもありがとうございます。毎日忙しく元気で働かせてもらっておりますけど、寝る前とかですね、何か自分だけ1人になったときにですね、ここが痛くなるんですよ。ずっきんずっきんとですね。ここを押さえて、ありがとうございますってずっと言ってると、収まったり、収まらなかったりするんですけど、なんだろうっていつも思っております。

河上さん
 原因を追究する必要はないですけど、食べ方、血糖値スパイク出してるから、その程度のときにちょっと修正されたら、いいです。センサー貼らなくても、ちょっと、ご飯、うどん、そば、パンは極力食べないように。というのは、天ぷらとかそんなんで十分糖質は歳とったら取れますのでね、わざわざご飯、パン、うどんそばの類、トウモロコシとか、さつまいもとかね、アイスクリームとか食べないように、若くはないんだから。それで治ります。

 心配だったらセンサー貼ってちょっと自分が何食べたらどんなに大変なことになるかって一度体験されると、食べるのが怖くなります。はい。

質問者
 ありがとうございます

質問者
 ありがとうございます 
 毎回、河上さんの勉強会を凄く楽しみにして来てたので、凄くなくなる…

河上さん
 終わったから言いますけど、あの勉強会は凄い大オマケだったんですよ。だから、勉強会に参加してるだけで本当に大難は小難に、小難は無難になってたんだけど、それでも勉強会に参加しててもね、こんなことが起こったって文句言う状態だから、先生の方もそろそろもうええんちゃうかというのもあって、護摩と重なって中止になりました。
 
質問者
 質問というか勉強もそうですけど、河上さんとかみどりさんとかみんなで一緒にお祈りする時間がとても私は…

河上さん:
 だからあれが大オマケですよ。あの時にみんなもっと真剣にお祈りしてくれたら、あれだけで悟れるんだけど、そのときは言えないからね、下手に言うとギブアンドテイクなるから、至福のときだったと思ってください。

質問者
 もうそういったみんなでお祈りするとかいう場はもう?

河上さん
 そんなんしなくてももうみんな十分ね「印可書」も奉読されて、もうできる状態まで来てるんですよ。実際既に悟った方がもう沢山出てるんだけど、さっき言ったように、ちょっとわざと閉じてきてるだけでね、もうそんなんいらないです。月二回の護摩になりましたから、護摩の時はできるだけ前に出て、あの「印可書」奉読をされたら、凄い霊の洗礼となってあっという間ですから、大丈夫。
 
質問者
 ありがとうございます

河上さん
 今までは「印可書」奉読がおぼつかないから、おまけであれをしただけです。
 ありがとうございます
 
司会者
 他にございますか?
 
質問者
 ありがとうございます
 勉強会のことなんですけど、3週目と4週目の勉強会で有名な方とか、政治家さんとかが勉強されとんで、最近なんですかね、政府の方からハザードマップ、地震が起こるとこういう想定してとかいうはずのハザードマップが出たんですけど、実は全部わかってるけど、発表したら混乱するから、発表してないだけなんですかね。
 
河上さん
 例えば、今、富士山で5人ぐらい亡くなってるじゃないですか?あれは火山ガスで死んだということは、分かってるんですけども、その証拠がない。国としては公的機関としては具体的な証拠がない限りは、言いようがないよね。
 
 例えば迂闊に発表するじゃないですか、昔ありましたけど、O―157がね、かいわれ大根のせいだっていう馬鹿な大臣がいましたけども、それによってかいわれ大根の業者が大打撃を受けて、証拠もないのに。実際は、かいわれ大根のせいではなかったのにね、それぐらいその具体的なちゃんとした証拠ない限り公的機関というか、国は言えないですから、それだけです。

 らしき事は学者は言いますけど、それは証拠がないから言えないです。で、明らかに学者さんがね、もう次はここで地震が起こるというのがあってもですね、この護摩でどんどん止めるから、学者さんが混乱してるのは事実ですので、(東京の)勉強会でちょっと学者さんと打ち合わせしてるときがあります。そのときに・・・・

「そっちが護摩で止めるから私らがやりにくくて、かなん」みたいなね。「いや、止まるからええやないか」みたいな話をするぐらい、ここの護摩が本当は凄い役立っています。だからそういう形です。

 どうぞ、もう出来るだけね、この月2回の護摩で旅費ですか、ここへ来るための色んな費用に苦労のない方はね、ぜひ2回来て、この前へ出て、真祈りしてください。
 もうそれが本当に地球のため、人類のためにどんだけ役立ってるか、計り知れないものがあります。その第3第4の日曜日の勉強会に参加したいという方がいらっしゃるんですけども、一般の方は参加できません。だってそれくらい有名な方とか政治家ですから、それこそ大騒ぎになります、一般の方が来たら、みんな口軽いからね。たとえば、ビル・ゲイツ来てたって言ったら大騒ぎなるくらい、言えませんし、参加できません。どこでやってるかも言えません。
 
質問者
 ありがとうございます。

質問者
 ありがとうございます
 かつてですね、河上さんの方から家の方で真祈りの会をしてもいいということでさせて頂いてまして、その時に紙の短冊みたいな形でありがとうございますって書いて、それは家庭ゴミに出せば良いということだったんですけど、なんかちょっとゴミに捨てるのが勿体なかったりとか、あと枚数数えたりとかした方が良いのかなとか、どうしたものかなって思うところがあるんですけど、もう一度確認させていただいてよろしいでしょうか?

河上さん
 枚数は確認しなくていいです。ほんでどうしても燃やしたかったら燃やしていただいていいですけども、それで火事になったらシャレにならんからね。どうしてもゴミで捨てるのが嫌だったら、今、シュレッダー安いでしょ?あれ買ってきてシュレッダーに入れる形の護摩にしてください。それで大丈夫です。はい。
 
質問者
 シュレッダーの方がより効果的っていうのは?
 
河上さん
 そうです、そうです。それは入れ子構造的に増えるんですから。そうでしょう?1枚が何枚になります?あれ。数えたことないけど、はい。
 
司会者
 次の方お願いします。些細なことなんですけど、勉強会で聞こうと思って、もう勉強会なくなったんで、この場で聞きますけど。イエスさんの奇跡のお話で、よく8個のパンを3333個、そろそろ3333が頭にこびりついて、なぜ3000個じゃなしに…
 
河上さん
 3というのは三大根本神力の象徴なんですよ。入れ子構造的にどんどん細分化されて3333。それだけなんですけど、はい。だからスリーというラッキーナンバーみたいにね、無意識にみんな思えるくらい、三大根本神力の3というのは凄い。だから太陽の事も英語でsun(サン)って言って、日本語の3に通じるのはそういう意味です。太陽が神さまの象徴であり、三大根本神力の象徴ですので、英語でsunって言うんですね。昔は言葉が人類共通でしたから、そういう部分で重なった響きがあります。
 
司会者
 それで3000個ではなしに、入れ子構造的な表現だから?

河上さん
 はい。実際は分けてもらったパンはみんな小さいカケラなんですよ。カケラなんだけども、そのカケラを食べるだけで、大きいパンを一つ食べただけの元気がみんな出たわけです。
 
 奇跡ってそういうものなんですよ。だからこれから、いつも言いましたけどね、食糧危機がもし来てもね、今皆さん、3食食べてるじゃないですか?それを本当に1食で本当に本当は平気なんですよ。3食食べ過ぎてんのね。それが分かります。でも真祈りしてないと、「こんなパン1個で1日やってられるか」って文句言うのね。文句言うたら全てパー。元の木阿弥に戻ります。
 
 玉手箱ってあるじゃないすか。竜宮城で幸せ一杯に過ごしてきてね、その玉手箱っていうのは、あの霊的には、手で箱を作る、これが玉手箱なんですね。(左手の手の平を上に向け、その上に右手を重ねる。円盤状になる《おむすびを作る時の手の形》)

 ここに無限の無限の輝きが一杯って入ってるわけですよ。それを喜んで信じてたらいいのに、昔を掴んでね、竜宮城は良かったなと思って、わざわざ開けるわけです。開けたときに、昔を掴んでなかったら、今がここが一番良くなってるってわかるから、喜べるだけなんですけど、昔を掴んで、「竜宮城にいてたときは良かったな」って昔掴んでる心で、この玉手箱を開けると、「何や、何もないわ」って言うて元の木阿弥の思いの世界に戻っちゃうわけ。
 
 言うくらいね、真(まこと)の神さまが1番良いようにしてるという絶対の信がいるのね。そのためには、楽したいという気持ちがあるうちは駄目だということです。ですからちょっとでも楽したいなと思ったら、まだまだ自分があるなと思って、「印可書」奉読に戻るなり、「宇宙神ありがとうございます」を祈ってですね、よりしんどい仕事に向かおうと、してください。

 例えば、わざわざ、超高層ビルでね、歩いて階段を登らなくてはいいですけども、4階5階とか6階ぐらい迄だったら、時間がある限りはエレベーターに乗らずに階段登ってください。そういうことです。より苦労を選ぶというのは、はい。
 
質問者
 ありがとうございます。
 
質問者
 いつもありがとうございます。
 もう何かお話を聞きながらですね、左足のかかとが痛いのはきっと血糖値のせいだなとか、もう最初から思っていたんですけど、実はこれが痛くなったのが6月23日なんですね。
6月23日は、沖縄の久高島でお祈りをしてたんですよ。大体10時に着いてすぐレンタル自転車で…

河上さん
 ちょっと座って。(質問者のかかとの辺りを指圧される)
 
質問者 
 痛たた、痛たた!

河上さん
 辛抱、辛抱です。
 
質問者 
 痛たた!

河上さん
 はい、治ったよ。

質問者
 えっ!私、お祈りが足りないから足が痛くなったんだと思ってたんですね。
 
河上さん
 だからお祈りが足りないとかね、そういうマイナスの思い方は駄目なんです。

質問者
 ああ、そうですか?

河上さん
 いつも言うように、神さまが一番良いしてるって喜んでお祈りしてたらいい。お祈りが足りないということは、お祈りするから治してくれやっていうのが入ってるんです。

質問者
 ああ、そうですね。

河上さん
 それはもう駄目。
 
質問者
 縋り心ですよね。わかりました。ありがとうございます
 
司会者
 他に質問ある方おられましたらどうぞ。
 さっきの3333個が入れ子構造、3大根本神力のそういう働きだということなんですけど、最初護摩を一番最初に始められたとき、松下先生の息子さんが、金ダライでお風呂されてた?

河上さん
 いやいや、息子さんがじゃなくて、最初の護摩は護摩木も少ないし、ちょっとやってみようかということでね、護摩壇を作る、みんなが護摩に対しての認識がないから護摩壇を作りましょうというのもなくて、先生があの金ダライを護摩壇としてお使いになられたということです。そのスタートの記念としてですね、その金ダライを写真に撮られたんで、その時にはヒロシくんの使った金ダライというのはね、みんなには言ってなかったんですよ。僕、後で先生に写真を見せられてね、「これヒロシ君の金ダライですやんか」って言ったら「そうやそうや」とかいう感じで、要するに形にはとらわれない。
 
 形じゃなくて、祈りを込めるということが大事なの。どんなものでも、例えば極端に言うと、おまるを持ってきてね、祈りを込めたらそれはそのまま護摩壇になるわけです。それを一番最初護摩のときに先生が示されたわけですね。何事においてもまず祈り。で、言霊を込める。

 今だったら、自信無かったら「印可書」を込めればいいし、自信があれば、「宇宙神ありがとうございます」を込めればね、全てはうまくいくわけです。

質問者:わかりました。ありがとうございます
 会場から以上です。
 
河上さん
 はい。終わりますよ。ともかく楽を選ぶ心が出たときはね、しまったと思って「印可書」に戻るなり、「宇宙神ありがとうございます」に戻ってより苦労を選んでください。それが喜んで選べるようになったら、もう本物です。ほぼ悟りの第一歩に入っていますから、ぜひこの1ヶ月、それで試していただいて、また来月お会いできることを楽しみにしています。ありがとうございます。
 
司会:河上さん、改めましてありがとうございます
 本日の護摩はこれにて終了させていただきます。
 宇宙神ありがとうございます


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七月護摩 by 河上彰延 [Mail] 2024年07月15日(月) 14時50分
PC


7月7日護摩焚き河上さんのお話
 宇宙神ありがとうございます


 令和6年7月7日護摩焚きで、皆さんからのたくさんの質問に河上さんがお答えしてくださいました。
ありがとうございます

司会者
 ありがとうございます。それでは、河上さん、質問お願いします。

質問1
 以前、勉強会で護摩を続ける限りは村を閉じませんとお聞きしましたが、真(まこと)の神さまを選べなかった場合、護摩続けるに関係なく閉じることはありますか?

河上さん
 はい、またお会いできて嬉しく思います。村を閉じるということは、護摩も終わります。それだけ。はい。それだけ。次の質問。

質問2
 ありがとうございます 勉強会はいつ行いますか?

河上さん
 終わりましたので言いますけども、勉強会は、すごい大おまけだったんですけども、終わりにしていいということなんで終わりました。再開することはありません。第3、第4の日曜日があるじゃないかという、思われておられますけども、そうですね。先生が沈黙に入られた頃から、「印可書」を最初に出された年ですから2014年ですね。その時に先生から「勉強会を始めろ」ということで、大阪の河内長野の三日市というところと、東京のあるホテルで始めました。それが、第1の三日市の勉強会は土曜日だったんですけども、東京が第3、第4で、ずっと続いています。第3、第4は、そっちに行くので、埋まっていますので。第1、第2を護摩にしましたから、どっちにしても開催する時間もありません。はい。

質問3
 ありがとうございます 2週目の護摩焚きの後も河上さんのお話をしてくださるのですか?

河上さん
 もちろんします。はい。だから、もうちょっとね、護摩の時は、何て言うんですか、真面目な質問っていうたら表現悪いですけど、ちょっとこう、肩肘張った質問が多いと思うんですよ。勉強会の時は、ちょっといろんな細かいことを聞かれることがあると思うんですね。第2の護摩の時に、ちょっとその勉強会の延長みたいな感じでお聞きになられたらいいと思います。はい。

質問4
 いつも、ありがとうございます 河上さんが教えてくださいました「膝上げ」をしています。調子がいいです。本当にありがとうございます 少し前の話になるのですが、4月の護摩をお休みしました。理由は、護摩の前日から急に腰が痛くなり歩けなくなってしまったからです。腰痛になったことにより、私は大切な護摩に行けなくなったことが大変ショックでした。整形外科で見てもらうと「すべり症」と言われました。今は何とか大丈夫です。しゃがんだり、腰を曲げる時は慎重にしています。何かいい体操がありましたら教えてください。よろしくお願いいたします。

河上さん
 はい。腰痛ですけど、腰痛のような無理な時は、無理して護摩に来られなくても、お家でお祈りしていただいたら大丈夫です。腰痛ですけど、本当に腰の痛い時は、体があんまり動かせないんですよね。その時は、足の指をグッ、パーしてください。それでまず、全身の血流が良くなります。ある程度動かせれるようになればですね。ホームセンターなんか行くと、スポーツ関連のところで売っていますけども、直径10cmぐらいですか、長さ30cmから40cmぐらいのラバーを巻いたパイプが売ってますから、それを腰に、おへその下に当てて反らしてください。腰痛の主な原因はいろいろありますけども、この前の筋肉が固まってるんですね。前の筋肉が固まると、いわゆるクッション性がなくなって、もろに腰に負担くるんですよ。

 意外とここの筋肉っていうのは、何て言うんですか、痛んで固まっても痛みを感じない。自分では自覚症状が出ないんですよ。今のそのパイプに乗ってそらすことによって前の筋、筋肉が伸びるじゃないですか、その時にわかります。ここが駄目だったんだなっていうのが。それをその最初はコンマ1秒でもいいからする。 痛いからね。無理せずに腰が反らなくても、ちょっとやって伸びたらやめるぐらいでいいですから、頑張って、ちょっとずつ伸ばしてしていただくと、前の筋肉が柔らかくなって、クッションができます。できると腰の負担が減るから、あっという間に治ってきます。

 医学的には「すべり症」というのは、前の筋肉がカチカチなんで、くの字に体が曲がってるわけですね。くの字に曲がると頭が重いですから、その前向いて、背骨が滑るいうことで、「すべり症」って、結果を見て症状はつきますけども。だからどうするんかというと、お医者さんはあんまり具体的に教えてくれないのね。その原因がはっきりその人によって違うからですけど、今見たらあなたは、その方の場合は前の筋肉がカチカチなので、ある程度そらして伸ばせるようになったら、そのブルブルブルとするバイブレーターで、その前のカチカチのとこを当てていただく。あとお尻の筋肉がカチカチなんで、お尻もその折を見て当てていただくという形で治ってくると思います。

質問5
 ありがとうございます 飼い猫が扁平上皮がんという口のがんになりました。河上さん家の(猫の)タンゴと同じように私を助けてくれているように感じるので、「助けてくれてありがとう」といつもお礼を伝えていますが、私は何をしてあげられません。口が曲がり唾液を飲み込めず呼吸ができない苦しみ、がんの痛みから悲痛な声をあげています。もっと過酷な状況になったら安楽死して楽にしてあげたいと思いますが、猫ちゃんが何を願っているのかわかりません。私はどうすれば良いか教えてください。

河上さん
 身代わりになっているのは間違いないです。それで、安楽死させてもさせなくてもいいです。お家で飼っておられてね、少々猫が泣き叫んでも近所が迷惑にならないんだったら、泣き叫ぶごとにお祈りしてあげられるんだったら安楽死させなくても大丈夫です。でも、あんまり苦しんでるのを見て自分の心が痛むようでは逆効果ですので、せっかく身代わりになってくれる意味がないので、お医者様に連れて行って安楽死させてあげても、どちらでも大丈夫です。ただ、猫さんの方は出来るだけ最後まで生きたいと思ってますけど、飼ってる方が心がもたなかったら身代わりになってる意味がないから。そこはお祈りしながら判断してください。

質問6
 ありがとうございます 私には不思議な力はありません。不思議な力を欲しいとも思いません。でも過去の体験のあれは何だったのかとお尋ねします。河上さんの勉強会の話をダウンロードし、ウォークマンで一日中リピート再生し、約1ヶ月半くらい聞き続け、護摩木を1500枚ぐらい書きました。今は頑張れていません「ごめんなさい」。そしたらある日、うたた寝していた自分の中に音のない大きな声が雷のように鳴り響き、びっくりして飛び起きました。その音のない声は、私には「宇宙神ありがとうございます」と聞こえましたが、「アーメン」や「南無阿弥陀仏」でもあると感じました。私の体の中にはいつも、「宇宙神ありがとうございます」が鳴り響いているのでしょうか?

河上さん
 その通りです。みんな、真(まこと)の本心の自分を知ってるんで すよ。その自覚する度合いは人それぞれあると思ってください。100%自覚できたら悟りの第一歩です。悟りの第一歩であってまだまだですけど、それでもとりあえず第一歩に入れたということですね。それで、「宇宙神ありがとうございます」の中には全てが含まれてますので、その方が感じられた通りでいいと思います。なんて言うんですか、向こうの世界の人はね、肉体を持ってる人が「印可書」を奉読してくれないと、「宇宙神ありがとうございます」って祈ってくれないと向こうは動けないんですよ。堪(たま)りかねて、そうして起こされたんだと思います。ありがとうございます

質問7
 ありがとうございます YouTubeで神様が見える子どもが手で十字を切る仕草をし、「中心が『ありがとう』なんだ。」と言っていました。なぜそんなことがわかるのかと不思議でした。なぜ十字の交点が「ありがとう」なのでしょうか?

河上さん
 まず、子供の時は色んな自分の持ってるマイナスを、積んできたマイナスですね。それを棚上げさせてもらってるわけですよ。だから、オギャーと赤ちゃんが生まれてきた時に、誰が見てもですね、「まあ、赤ちゃん!輝いているようですごい!かわいい!」って言うじゃないですか。それは一番全部棚上げしてもらってるわけですよ。それで、ちょっとずつ歳をとるごとにですね、棚上げしているものを戻してくるんですね。それで3歳ぐらいになると大体、主なものは戻ってくるんで、それで「三つ子の魂百まで」っていいます。ただ、全部戻ってきてないから色んなことがわかるわけですよ。

 向こうの天使の方ですね。天使の方が、どなたにもですけど守護霊さまという形で、守護神さまという形で付き添ってくださるわけです。そのお姿が見えたということです。それで、十字を切った中心が「ありがとうございます」というのはなぜかって言いますと、「ありがとうございます」というのは、真(まこと)の神さまそのもの、要するに真(まこと)の本心そのもの、真(まこと)の実在そのものなわけです。

 十字の意味は、時間と空間なんですよ。横が時間、縦が空間、どっちでもいいんですけど、時間と空間を十字で表します。時間と空間の頂点というところが、時間と空間を超えた世界、真(まこと)の世界になるわけです。だから、中心が「ありがとうございます」だと言われたわけですね。正八面体というのは、それが展開している形だと思っていただいたらいいです。

質問8
 ありがとうございます 松下先生が、ご健在の頃、自分がマイナスでいっぱいになり、心が苦しくてどうにもならなくて、先生に泣き言を言いましたが、先生がお祈りしてくださって、「もう何もないやろ?」と言われました。一瞬で雨が止み黒雲が消えるような体験がありながらも、私は何の恩返しもしていませんし真剣に祈ることもできません。それでも、いつも誰かが何かを伝え、問題が回避されていることに気付きます。誰が助けてくださっているのでしょうか?

河上さん
 先生に苦しいとお願いして助けていただいた。それは、もう大おまけをいただいたわけですね。大おまけをいただくとすっきりして、いわゆる悟った状態になるわけですよ。だから、すごい幸せな気持ちになるしね。

 この中の方でも、あるいは村人でも、先生から「悟ったよ。」って言われて、その大おまけをいただいた方がたくさんいらっしゃるんですけども。そこから後がですね、みんなまだやりたいことをし残してるんで、やりたいことに意識を持っていっちゃうわけです。

 本当は無色透明になった時に、真(まこと)の神さまだけに意識を持ち続けたら、一瞬でワッと深く入れるんですけど、やり残してることがあるからね。「あの美味しいカレーを食べたかった。」とか色々あるわけですよ。それに行っちゃうわけ。行くと、自分で自由に心をコントロールできない状態ですから、一遍そのやりたいことに戻っちゃうと、もう抜けれなくなる。輪廻転生の輪に落ちるっていうんですけども。今おっしゃった状態になるわけですよ。

 そうなっても、なんとか神さまは、もうちょっと、もうちょっととしてね、絶対の愛ですからしてくださってる状態です。それにいつまでも甘えるのではなくて、こちらも神さまのお手伝いをしたいと思うとね、その掴んで巻き込まれてる状態から出れるんですよ。

 そうでしょう?自分が神さま以外のことをしたいと思って行ってるから逃げれないの。自分で決めてるのね。神さま以外の要するに「美味しいカレーを食べたい。」という神さま以外のことをしたいって自分で掴みに行ったでしょう?行った以上は、もうどうしようもないんですよ。離したいと思う気持ちがあるから、そのカレーを食べて自分を責めてね、その美味しいカレーを楽しみ切れない、無意識に。本人は楽しんでるつもりでも、無意識に楽しみ切れないで、いつまでも抜けれないんです。

 だからまず、美味しいカレーを食べる時に神さまと共に食べると思って、楽しみ切ってください。カレーを食べる時は周りに迷惑かからないからいいでしょう?でも、周りに迷惑がかかりそうなことは、出来るだけかからない範囲に限定して楽しんでください。色んなこと、不倫とかあると思いますけども。

 それで、そうしておいて、あとは神さまのお手伝いをしたいと願えば自分がやりたいことが神さまのお手伝いに変わるじゃないですか。その時に神さまと響きが合うわけですよ。その一瞬の隙を狙って、神さまの方が光を通してきて変わっていきます。それで、「神さまのお手伝いをするように」って先生はずっとおっしゃったんですけど。

 具体的に先生にね、「じゃあ、神さまのお手伝いするって、どうしたらいいんですか?」って聞きに行った人が一人もいないの。ここが問題なんですけど、もう済んだことで。これからどうするかを言います。それで、先生にお願いして寿命を7年も縮めて、「印可書」を作って頂いたわけです。「印可書」さえ読めば、神さまのお手伝いになるよというふうに決めて頂いたわけです。それを、「神さまとの約束事だから」と先生がおっしゃるわけですね。

 それについての色んな説明は「印可書」の、初めて出た「印可書」に説明は一杯ついていますし、何よりも「印可書」の冒頭に「真祈りの全体像全体図とは」と注釈もつけて頂いてですね。真祈りして…あの、昔は真祈りしたら神さまのお手伝いだったわけですよ。その真祈りの仕方がわからない。呼吸に乗せてくれと言っても真剣に乗せれない。とまあ色々ありまして「印可書」を作っていただいたんだけどね。今は「印可書」さえ奉読したら、神さまのお手伝いになるからというふうにしてますので。

 ギブアンドテイクで、「印可書奉読してるから助けてくれや」とか、「印可書を奉読してるから悟らせろよ。」とか、「印可書」奉読してるから…で色々ありますけど、願いを乗せるようでは意味がないわけです。それはどういうことかというと、神さまに命令してるでしょう?

 だから神さまより自分の方が偉くなってるじゃないですか。それでは偉い方がやってくださいって神さまは遠慮してくださるのね。そうじゃなくて、只々、全知全能の絶対の愛である神さまのお手伝いしたいだけでいいんですよ。

 全知全能の絶対の愛の愛深い神さまがいいようにしかしないの、本当は。でも、自分の都合にとったら良くないことばっかりよ。例えば美味しいカレー食べたいけど神さまにとっては、それは大きな愛の働きとは違うからどうでもいいことです、みたいな感じです。

 どれもこれも神さまのお手伝いをしたいというふうに心を変えていけば、一気に変わる事ばっかりで。真祈りの本当の意味が自覚できます。

 その本当の真祈りが自覚できると全てに同時に存在している自分を実観できます。

 それどういう意味?全て同時に存在するというのは、どういう意味かと言ったら「光」ということです。この世的に言うと神さま、この「光」は神さまのお姿そのものなんですけども。「光」って全てに同時に存在するでしょう?その感覚が実観としてわかります。そうなると、悟りの第一歩です。

 まだ第一歩ですよ。そこからどんどん深くなります。まず、そこに到達しなくちゃいけない。そのためにも「印可書」奉読していただくといいわけです。その何よりも、この地上、地球この世界が今、大変なわけね。亡くなられた方は大変さが良くわかってるんで。神さまのお手伝いしたいから「印可書」を奉読したいんだけども、肉体という楽器がないから演奏出来ないわけです。

 だから、この地上にいらっしゃる皆さんの肉体という楽器を、「印可書」を響かせてください。そうしたら、全てにおいて大きな神さまのお手伝いなって変われます。ありがとうございます

司会者
 お預かりした質問は以上です。会場の方でご質問ある方いらっしゃいますでしょうか?(会場からの質問はありませんでした。)では、河上さん、お願いします。

河上さん
 ありがとうございます また今月お会いできて嬉しく思います。

 護摩。大おまけ終わったから言いますけど、大おまけの勉強会が終わりましたけども、月2回の護摩になりましたので、その、月1回だと、どうしても都合つかない時があるじゃないですか。それを2回になれば、どっちかには必ず出席できますから、必ずどちらかには出席するように頑張ってください。もちろん、2回とも出席されるのは理想ではありますけども、遠距離の方、色々旅費かかるので月2回というのは無理があると思うんですよ。だから、遠距離の方はどちらかに参加すると。近場の方は、来ようと思ったら来れるんだから、ぜひ月2回来てください。

 もうあと、本当に来年の8月の初めまでが本当の勝負です。そこを乗り越えないと、飛行機って普通に飛行しててですね、ちょっと調子悪くなって傾き出してから、いざ墜落したら、あっという間でしょう。そういう感じで、この世の出来事というのは、「いや、そんなに回り変わってないじゃない。」、「ちょっとウクライナで紛争してるだけじゃない」みたいな感じから、うわってなる時は、あっという間なんですよ。だから、そうなるとこに今、来ちゃったんでね、ぜひ月2回の護摩にして、できるだけ参加して、遠距離の方は本当無理しなくていいですよ。それ無理して、お金が余裕あっても遠距離から来るというのは、いろんな意味で大変ですから、無理して事故があってもダメなので、遠距離の方はいいですけども、近場の方は 、ぜひ2回来てください。

 そして、いわゆるギブアンドテイクの心を捨てて、自分の都合ですけど、ギブアンドテイクというのは、自分の都合ですけども、自分の心を横に置いといて、あっていいんですよ。あっていいけど、横に置いといて、ただただ、神さまに印可書を奉納するという気持ちでね。「印可書」がどうしても嫌な人は、「宇宙神ありがとうございます」を奉納するということで来てください。

 「宇宙神ありがとうございます」を度々説明していますけども、呼吸法を乗せないと効果を発揮しにくいんですよ。それで、その呼吸法に持っていきたいんで、先生亡くなられた時の最初の護摩の時にですね。「呼吸に乗せましょうね」って言ったんだけど、みんな真剣に乗せないのね。それで、うまくできないから止めちゃったの。本当は、その次の二回目の護摩の時にですね。「河上さん、呼吸に「宇宙神ありがとうございます」を乗せてくれ言うけど、乗せ切られないし、途切れるし、できないわ」っていう質問が欲しかったんですけど、なかったので、「宇宙神ありがとうございます」はちょっと諦めて、「印可書」に徐々に変えさせてもらいました。でも、「宇宙神ありがとうございます」がダメではないのは、わかっててください。

 ぜひ「印可書」も奉読していただきますけども、「宇宙神ありがとうございます」も奉読してください。ただ、呼吸法を色々説明してますのでね、いろいろと乗せてみてください。それで、「どうしても乗せられなくて、こういう時に途切れるんです。」とかいうのをどんどん質問してください。呼吸法をまず伝授しないと進まないんですよ。

 もう何で呼吸かと言ったら、もう呼吸が、前も説明しましたけど、虫さんの呼吸も、猫さんの呼吸も、馬さんの呼吸も、そして人間の呼吸も、そして天地大地の地球の呼吸も、本当は一つなんです。だから、呼吸が真祈りそのもの、悟りそのものなんです。

 だから、「みんな既に悟ってる、祈ってる、救われてる」と先生はおっしゃったんですけどね。それで、その証拠として寝てる時、息するなんて意識してないじゃないですか。でも、してるでしょう。だから悟ってるんです。でも、「呼吸が悟りじゃない」って、もう強くみんな思い込んでるからね。そこをうまく繋がなくちゃいけないので。

 呼吸が悟りそのものって、真祈りそのものってわかったら最強なんですよ。だって、呼吸しないと息できないもの。呼吸だけが唯一、本心の自分として無意識にする状態と我の自分の意識して呼吸しよう。早く吐く人とかあるじゃないですか。意識して呼吸するところと繋げれる場所なんですよ。だから、我の自分、自分が正しいと思ってる、我の自分の意識で呼吸を整えようとすると、自然に本心の自分の呼吸と重なって、我の自分の呼吸が消えるんで、いろいろと言ってます。

 最初はどうしても「私、鼻から吸えないです。」というご質問があったんですけども、鼻から吸おうと思わなくていいです、最初は。口から早く吸って、それでゆっくり吐くんだと、それだけをまず意識してみてください。そのうちに鼻からも吸えるようになりますから。いろんな方法を工夫して、ともかく吐くとこはできるだけゆっくり吐くんだというだけを思ってってください。状況によったら、漏れるように吐けるようになってきます。

 それで、漏れるように吐けるようになってくると、鼻で自在に吸えるようになってきますから。その辺は人によって、すぐ上手くできる人と、なかなかできない人と色々ありますけども、その、人のことは関係ないと思ってください。あの、人のことを気にしてるというのは何かというと、「自分が偉い」、「自分が正しい」と勘違いしてる。だから、本当は、人が十回して、ものになることだったら、自分は百回しなくちゃいけないって、まず諦めることです。人が百回練習してうまくいくことは、自分は千回して練習しないとうまくいけないと思うことなんですよ。

 これ大谷選手が小さい時にそれを教わって実践されてることなんですね。そういう、それは何かって言ったら回数じゃないですよ。回数じゃなくて、「自分ができるという意識を消す方法」なんです。自分は偉いから、自分は正しいから、人より短い期間でやれるはずだって、みんな無意識に思ってるのね。思ってるから、人が先できちゃうと焦るの。焦って急に自分ではダメだって嫌になって止めちゃうの。もうそれが全てです。

 だから、人ができるできないは関係ない。自分がただ、神さまのお手伝いして真祈りしようとするだけって思っていただくと。今の呼吸法でもね、先に、みんなが「呼吸法出来てきて楽になったわ」って言ってても気にならなくなります。

 呼吸法がうまくできない人というのは、それだけたくさん縁者の思いを背負ってるからです。要するに、いろんな人の呼吸が重なって、それを一つにまとめるのに大変なわけです。それだけです。逆に言うと、それだけ魂の大きい人だと安心してやってください。失敗してもいいから、ひたすらゆっくり吐くように、ゆっくり吐くようにしてみてください。そうしてるうちに鼻から吸う方が楽なのが、わかってきます。全然、ゆっくり吐いて、息止まったら慌てて口からって吸ってると大変じゃないですか。その口から吸うのがしんどいから何となく鼻で自在に吸えるようになってきますから。必ずなるからね。

 諦めずに人が百回したら、自分は千回するんだって思って、人の十倍するんだと思って、先生が人の十倍働きなさいという真意はここにあったんですけど、みんな現実に十倍働かなきゃいけないみたいな勘違いしてですね。色々ありましたけども。

 要は、自分は偉いというその自分の意識消すために人よりも十倍やるんだと思っててください。そしたら、別に呼吸法に限らず、何事においてもできます。例えば、本を読むのに速読できないとなかなか役立たないんですよ。本を読むのに時間がかかってたらね。それで、速読どうするのかっていうと、本当はね、1ページ、2ページ、3ページって、2ページ、3ページ、4ページって読んだら、1ページ、2ページ、3ページと読んで、またというふうに、順番に1ページずつ前進むけども、2つ後ろに下がると(2歩進んで1歩さがる)、必ずそうしていくんだと読んでいくと、自然に速読できるんですよ。それくらいね、その、人間の能力って、無限の力があるんだけど、まず、自分の意識で、「自分はできないんだ」って諦めちゃうの。諦めたら、もう何も始まらないです。

 何で、その、諦めたらダメなのかというと、例えば動物。牛さんは草を食べる。うさぎさんはにんじん食べても、動物というのは、食べて生きることだけが仕事なんです。それだけで天命を全うしてるわけです。

 人間はそうじゃないんです。食べて生きるだけだったら、動物と一緒で人間としての姿を持ってくる必要はないんです。人間は、神さまと同じに作ってあるの。ただ、いろんな制限を付けた肉体を作って、要するにスポーツカーもあったら、トラックもあったら、三輪車もあったらという感じですよ。皆さんの肉体の癖というか能力はね。それぞれの乗り物を乗りこなすために来てるわけです。だから、肉体という乗り物は、「おやつ食べたい」「お酒飲みたい」「タバコ飲みたい」あの、色々ありますよね。「男欲しい」「女欲しい」「お金が欲しい」、「権力欲しい」色々ありますけど、だけに走るんですよ、動物的に。それを乗り手が、いかにうまく制御して鍛え上げていくかなんです。その鍛える過程を楽しんでるんですよ。

 そして、神さまと同じ働きとして作られていますから、人間は、一瞬一瞬新たに新しいものを作る必要があるんです。じゃあ新しいもの作るって、「そんなん私は無理だ」じゃないんですよ。新しいものを作るとは何かというと、例えば、お掃除する時にいつも綺麗にして小奇麗にしてるということは、新しくなったでしょう、同じお部屋でもね。そういう一つ一つのことを焦らずにやっていくことが、人間の仕事なんです。そういう仕事をできる人は、食べるものも住むとこも自然に安堵(あんど)されていくんですよ。そこを勘違いしてですね、怠ける人が出てくるわけです。

 その怠ける人というのは、何で怠ける人ができるかというと、簡単なんですよ。そのマイナスの言葉を選び過ぎると怠ける自分になるんです。一番簡単には、「あいつサボってる」「あいつ仕事せえへん」「あいつ怠けてる」って 思うと自分が動けなくなる。だから、会社の上司ってね、優秀やから上司になるんですよ、大体。アホな人は上司にもってこないからね。ところが上司の立場に立つと、「あいつ仕事しとれへんな」「あいつ営業できへんな」とかあるじゃないですか。マイナスにバーッといっぱい思い出すんですよ。

 それを(そのマイナスを)背負って、「なんやあの課長は」って今度は言われるような課長になっていくのね、例えばね。それぐらいマイナスの言葉を選び過ぎてるわけ。じゃあどうするのかと言ったら、真(まこと)のプラスの言葉を選び続けたらいいわけです。

 そのために、本心の16項目というのを出されたわけですけども、なかなかみんな実践しきれないので、もう全部を凝縮して完璧なものということで「印可書」を作ってもらってます。

 だから、「印可書」を奉読すれば、真(まこと)のプラスの言葉を選んでるので、自在に体が動くようになっていきます。もし、何をするにしてもだるいな、しんどいなと思ってる時は、まだまだ人を責めるマイナスの言葉をあるいは世の中を責める(じぶんがある)。

 自分が正しいって世の中責めるというのは、人を責めるのは、自分が正しいと思ってるからよ。その自分が正しいという自分を消すしかないんだけど、その自分が正しいって思うのは、マイナス言葉を選び過ぎたから。だから、プラスの、真(まこと)のプラスの言葉を選び直したらいいだけ。だから、「印可書」を奉読してたら自然に、楽に、自在になりますから、ぜひね、「印可書」を奉読されて、あるいは呼吸法で「宇宙船ありがとうございます」って祈り切ってみてください。そうすれば、この一週間だけでも大きく変わりますから、試してみてください。

 ちょっと、ここまでで質問があったらしてください。無いようなので、はい。そんなんで、本当に来年の8月までが勝負です。そこまでに、どんどん護摩を成功させて、参加する人数は関係ないです。みんなの心の響きで大きく地上を変えれますのでね。ぜひ参加できる人は参加していただいて、月二回に増えましたので、おうちにおられる方は、おうちで護摩の時間にお祈りし続けてください。ありがとうございます

 また来週お会いできることを楽しみにしています。ありがとうございます

 音声はこちらからどうぞ
 https://youtu.be/knRTb3r1wPs
 
 宇宙神ありがとうございます

じょうし 2024/07/11(Thu) 13:18 No.3435


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七月光の交流会 by 河上彰延 [Mail] 2024年07月15日(月) 13時53分
PC

令和6年7月光の交流会
 宇宙神ありがとうございます

 令和6年7月光の交流会で聴いていただいた内容です。

 2011年3月19日 先生のお話(You Tubeありがとうございますmt ありがとうございます先生お話し224より)

 全て言葉通りになるっていうのが、宇宙の厳然たる絶対法則。真(まこと)の神さまは一大循環の相象(すがた)で厳然と今ここに在ます。新たなる全徳の無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!これが真実なの。言葉だけプラスに定めたら、神さましか観じない。

 今、本当のプラスの言葉だけ使ったら神さまを観じる。マイナスなんかどこにもない、微塵もない。プラスばっかり。「新たなる無限の無限のプラスが無限に無限に一杯!」一大循環の相象(すがた)で、目の前に厳然と現れてる。プラスの言葉を使い続けたらそうよ。真(まこと)のプラスだけ!真(まこと)の神さまだけなんだ。本当に断定的にプラスの言葉だけを使ったら、神さまを観じ取る。虚の世界のプラスもマイナスも微塵もないの。

 言葉だけで、みんな、どっちにでもなるのよ。プラスにもマイナスにもなる。本当のプラスの言葉だったら、神さまを観じる。小さいプラスの言葉だと、虚の世界のプラスを作り上げる。マイナスだったら、マイナスを作り上げる。言葉通りにこう感じ取るの。虚の世界は全て言葉だけなの。言葉通り感じてるだけの世界。

 目を閉じてプラスの言葉を使ってごらんよ。ここが極楽世界よ。美味しいご馳走いっぱいなんだって思ったら幸せになるじゃない。反対に目を閉じて、ここが餓鬼道だって思ってごらんよ、餓鬼道を感じるのそのまま。だから、現実に見えてるのは、自分の選んで使った言葉が形に現れて消えていってるだけ、消してもらってるだけ。本当は言葉を使った時に、それを感じてるの。でも、それが溜まるとマイナスだとマイナス一杯溜まると大変だから、順番に消さないとダメだから、現実化して消えていくの。

 でも、みんな言葉通り感じてるだけなの。だから、現実に何が現れて消えていっても今使う言葉がプラスだったら、なにもマイナスなんか感じない。「あ消えた、消えた、ありがたい、ありがたい」だけで済むの。一瞬一瞬、過去のマイナスを消し続けてくれてるだけ。過去のマイナスの言葉が溜まってるのをどんどん消してくれてるだけなの。だから、今の自分がプラスを選んでるかどうか。本当のプラスを選んでたら、どこにもマイナスなんか微塵もないの。

 ところが、マイナスを選び続けたら、実際ないマイナスを現実にあるかのように感じ取り始める。それで、現実にマイナスが、言葉が現実化してきたからって言うて、さもそれが正しいかのように主張するけど違うよ。「あ、地震が起こった」一回じゃない。一瞬じゃない、そんなん。あと起こってないのに「地震、地震」って騒いでる。言葉だけよ。

 本当は反対に思えばいいのに。地球霊王さんが喜びの心で、ちょっと踊ってくれたっていう感じ。本当は仏教で言ったら六(りく)種震動、喜びの瑞動、動きじゃない。そういうふうに見たら「あー幸せね、嬉しいね」って終わってしまうんじゃない。いかにこう、今、プラスの言葉で受けるかって大事よ。今の一瞬一瞬を新たに新たにプラスの言葉だけで受け続けたら、プラスしかない。

 マイナスの言葉使うから、それを現実化して現れた時に証拠にして見せようとするけど、そうじゃないの。本当は、たくさんのマイナスの言葉をいっぱい使い続けてても、現実化するのはわずかよ。たくさんのマイナスの言葉を軽く小さくして消してくれてるだけの話よ。本当はマイナスの言葉そのまま、全部出てきたら大変なこと。そういうのありえない、全部消し続けてくれてるから軽く軽く。

 だから、現実をどうのこうのっていうのは大きい間違い。本当にあるのは神さまだけよ。真(まこと)の神さまのプラスだけ。なぜそれを言葉にして受けないか。これだけたくさんのプラスを幸せをいっぱい与えてるのに、なぜ感謝して受けないのか。神さまは、なげいてる。「受けてくれない」って。

 そして、もう一つは、やっぱり新たに新たに受け直すためには過去を離さないとダメじゃない。一大循環の相象(すがた)を眺めて、受けたら、次の一瞬に変わってるのよ。大きく変化してる。掴んだと思ってる時は、もう残像だけよ。本当は掴めないのよ。一大循環の相象(すがた)なんていうのは。スピードが早すぎて掴めない。もう一瞬に無限の変化を起こしてるから、だから掴んだと思う残像だけを掴むのよ。その残像を積み重ねたら、さらに残像の残像になっていくの。だから、一大循環の本当のプラスの相象(すがた)を観じ取りにくくなっていくだけの話よ。

 だから、真(まこと)の神さまの存在を知らない、忘れてる。また、真(まこと)の法則を忘れてる。全て言葉通りに神さまのすがたを受け取るんだし、虚の世界は言葉通りに作ってるっていうのも、これ忘れてしまってる。無知っていう。忘れて無知になったら歯止めがきかない。平気でマイナスの言葉を使い続ける。それを消してもらってるのに、また現実化したのを掴んでしまって、そこに「ある」って主張し始める。同じ言葉をマイナスを繰り返し、繰り返し使ってしまう。

 それで幸せになれると思ってるのやろか、本当に。本当に幸せになりたかったら、幸せになる方法をしっかりと勉強して身につけないとダメじゃない。惰性に流れて生きてたらダメよ。マイナスの原因を他のせいにしてたらダメよ。どんなマイナスも全部、自分から出発して自分に戻ってるだけ。どんなマイナスも全て自分のマイナスの言葉の結果なのよ。だから怖いものと違うの。自分がマイナス言葉さえ使わなくなったらマイナスなんてどこにもないの。絶対目の前に出てこない。

 今からプラスの言葉を使い続けたらプラスしか観じないのよ。現実がマイナスになって出てきて消えていく姿は、どんなにとってても、プラスの言葉を使い続けたプラスだけ。現実に目を閉じたらいいじゃない。プラスばっかり、プラスばっかりで幸せだけしか観じない。

 そのうちに過去のマイナスの言葉は、根浚(ねざらえ)しになって消えてなくなっている。だから、プラスの言葉を本当に選んで使ったら、神さまの一大循環の光の流れが、少しでも観じられたら過去のどれだけたくさんあるマイナスでも一瞬に消える。残らない、そんなん、一瞬に消えてなくなる。だから、マイナスがあるなんて言うてたら、自分がマイナスを作ってるだけの話よ。新たに、新たにマイナスの言葉で作り上げてるだけ。いかにマイナスの言葉をしつこく使い続けてるかっていう、もうびっくりするぐらいよ。だから、虚の世界っていうのは、全て自分のマイナスの言葉がマイナスを作ったのよ。これがわからないとマイナスを消すわけにいかないじゃない。

 神さまが神罰なんか与えない。自分が自分を神罰をあててるの。神さまは絶対の愛だしプラスしか与えてないから、神罰与える通りがないじゃない。だから、自分のマイナスの言葉だけのマイナスだから、簡単に消えるじゃない。プラスの言葉を選べばいいだけよ。もう簡単にマイナスなんかなくなる。だから、幸せっていうのは、プラスの幸せな言葉で、誰でも今から永遠に幸せになれる。プラスの言葉だけを幸せな言葉を使い続けたらそうなる。だから、今からが大事なの。マイナスのニュースを見続けたら、その通りになるよ。その通り感じるよ。言葉通りの自分になって、言葉通りに世界を作り上げて、言葉通りに現実化したのを感じて受けるようになる。これはもう法則よ。

 「ありがとうございます」という一言選ぶだけで、過去の全てをお返しする恩返しの「ありがとうございます」になってるし、 一瞬一瞬新たに、「新たなる全徳の無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!」っていう、もう神さまの最高の贈り物受け直してるんじゃない。プラスばっかりを受け直してるんじゃない。それも恩返しも同時にしてるから循環してるじゃない。受けて掴んで溜めてるんじゃない。

 「ありがとうございます」は、受けたもの即座に受けながら同時にお返して、また新しいも受けながら、同時にお返してるじゃない。どこにもそんな循環を止めるわけもないし、古いものが溜まるわけもないのに。一大循環の流れのままに、ただ「ありがとうございます」で神さまの自覚を与えてもらって、最高の幸せを味わい続けるの。最高の悟りがいつも厳然と今此処にあるじゃない。それも「ありがとうございます」に成り切ったらそうじゃない。

 「ありがとうございます」は、真(まこと)の神さまの自覚よ。真(まこと)の最高の悟りのすがたじゃない。本気で「ありがとうございます」を選んでるかどうかの話だけじゃない。本当に「ありがとうございます」を選んだら、もう最高の悟りが今此処にあるんじゃない。虚の世界の悟りじゃないのよ。真(まこと)の真実の最高の悟り、今此処に厳然とあるのよ。真(まこと)の神さまの自覚って。真(まこと)の神さまが全てっていう意味が、本当に実観できる。

 だから、いかに「ありがとうございます」を選んでないかって、つまらん言葉を使ってるかってなるんじゃない。別に難しいことはいらないんじゃない。一言でいいんじゃない「ありがとうございます」。真(まこと)の神さまの名前よ。真(まこと)の神さまの働きの全てよ。「新たなる全徳の無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!」って、真(まこと)の神さまの働きの全部じゃない。だから、「ありがとうございます」っていうの、真(まこと)の神さまそのものじゃない。単なる言葉じゃないよ。言葉は、単なる言葉っていうと方向付けする、心の向きを方向付けするための手段でしかないけど、言葉であると同時に神さまの本体、本質、本物じゃない。

 「ありがとうございます」って唱えるだけで幸せそのものになるんじゃない。喜び湧き上がるんじゃない。本当の安らぎは満ちわたるんじゃない。もう難しいこと何にもないんじゃない。ただ、ただ、無心に唱えたら、真(まこと)の神さまと一体の自覚が湧き上がるんじゃない。つまらん言葉を付け加えなかったらよ。でも「現実は」って言い始めるとつまらない言葉をマイナス言葉を加えるんじゃない。それで、またマイナスになっていくのは当たり前じゃない。

 プラスの言葉だけを使ったらいいだけなんじゃない。「ありがとうございます」を1日24時間ずーっと使い続けて、3ヶ月もずーっと唱え続けたら、もう神さま以外ないってわかってくる。マイナスの言葉の入り込む隙なんかどこにもない。本気で、本気で選び続けたら、真(まこと)の神さまだけよ。

 過去のマイナスの言葉を積み重ねた思いがどうのこうの、こんなん無関係よ。今、選び続けたら、過去の無限のマイナスなんて一瞬に消えるんじゃない。年月かけて消すんじゃない、一瞬に消えるの、そんなん。どんなマイナスも力がないの。神さまのプラスは、無限のマイナスを消すのなんかもう時間も何もかからない。「無限の無限のプラスが無限に無限に一杯!」っていうのは、ものすごいプラスよ。無限のマイナスを虚の世界の無限のプラスで打ち消すのと違うのよ。

 真(まこと)のプラスは、虚の世界のプラスと比較にならない、無限倍の力があるし。その無限の力が無限のプラスが、入れ子構造的に無限に無限に重なり合って、それがまた全方向に無限に奥へところてんに無限に連なって、全部が一大循環の相象(すがた)で大きいプラスになって出てくるんじゃない。虚の世界なんか一瞬に吹っ飛ぶじゃない。

 「ありがとうございます」っていうそういう力のある言葉なの。本当の力のある言葉なの。つまらない言葉じゃないのよ。だから、その、選べばいいだけじゃない。「ありがとうございます」「ありがとうございます」選び続けたら、最高の幸せを与えてもらうんじゃない、与え続けてもらうんじゃない。それも新たに、新たに、新しい最高の幸せを与え続けてもらえる。

 だから、地震が起こったって、「あーかわいそう大変」ってこれ、そう思った人は、「ありがとうございます」を選んでないんじゃない。それを神さまそっちのけで、マイナスの言葉をいっぱい選んだんじゃない。それで、段々自分も苦しくなってくる。人事でも苦しくなってくる。現実には何もないのに、言葉だけで苦しがってるじゃない。動揺して苦しがったって、何にもならんよ。救いも何にもならないよそんなもの。反対じゃない。神さまに心を向けて「ありがとうございます」言ったら全部消えてゆくのに。一瞬にプラスだけに置き換わっていくのに。少なくとも、小さくでも、地球のさいしん、地球霊王さまに、龍神さんよ、地球も龍神さんよ。いのちある生きてるものよ。単なる物体じゃない。

 地球の神さまに住まわせてもらってる。人間はしっかりと感謝しないとダメじゃない。絶対の愛の持ち主じゃない。マイナスの言葉いっぱい突き刺しても千本針ぐらいじゃないじゃない。たくさん集まった千本の槍を全身突き刺すような感じで、痛み続けても、じっと耐えて消し続けてくれてたんじゃない。それなのに、それなのに。まだ平気でマイナスの言葉の槍を突きつけるんじゃない。そのうちに身振するよ。振るい払おうする。ずーっと耐え続けてくれてるのよ。ぼちぼち、もうマイナスは嫌って言うよ。

 地球には地獄絵図なんか作ってほしくない。マイナスの言葉で、そんなんマイナスの世界を作ってほしくないのよ。もう、そういうのとは、もうおさらばしたいって、地球霊王さんは言ってるじゃない。ずーっと言い続けてる。それで、いつも身震いしたら、全部置き換わるんじゃない。大陸が海に沈み、海が隆起して大陸になってっていう。歴史見たらそうじゃない。

 栄えて、文明が栄えて、人間がおごり高ぶった時は、もうマイナスいっぱいまき散らしてるじゃない。その時、全部消すために地上のもの全部、中に飲み込んで消してくれるんじゃない浄化して。いつまでもそんなこと繰り返してたら嫌じゃない。いい加減プラスの言葉だけを使って、そうでしょう。本当の素晴らしい世界を理想の世界を築き上げてほしいじゃない。

 みんな、小さい子に絵筆持って落書き、全身に落書きしてほしいか?顔中に墨塗りたくってほしいと思うか?幼子の時は、まだ我慢してくれるよ。これが、可愛くない大人になったら、どうなると思う?墨なんかで、こんな顔へこんな落書き描きに行ったら、無礼千万張り倒されるじゃない、そんなん。人類が同じなんよ。何回も何回も同じこと繰り返したらダメよ。

 いい加減プラスに変わらないとダメよ。プラスの言葉だけを使ってプラスの絵を描かなダメ。マイナスの言葉をもう封印しないとダメ。全てのマイナスを封印して、プラスの言葉だけをプラスでも、最高のいい言葉だけを使って、ちゃんとこの地球上にいいものを生み出してあげないとダメじゃない。そういう、またいいチャンスを勉強のチャンスをまた与えてくれたのよ。

 だから、マイナスは元からどこにもないのよ。最初から神さまのすることは全部プラスばっかり。与えてくるのもプラスばっかりだし。マイナスを積み重ねて、大きい落書きいっぱい書いても、神さまは陰で消し続けてくれるんじゃない。マイナスを軽く軽く消して、プラスに変えてくれるんじゃない。大きいマイナスなんていてない、そんなん。地獄絵図も軽く軽く消してくるんじゃない。

 どれだけ感謝しても、感謝しきれないじゃない。だから、感謝できるんだったら、恩返しに生きなあかんじゃない、恩返し。恩返しって何を捧げるか?最高の恩返しは、「ありがとうございます」を捧げることじゃない。本当にありがたかったら、恩返しに生きなダメよ。そんなんつまらないもの捧げてもアカンじゃない。恩返しにならんじゃない。真(まこと)の神さまの全てだから、「ありがとうございます」は本当の恩返しになっていくじゃない。

 だから恩返しさえ忘れなかったら、いつもその無限倍を大きく与え続けてもらうんじゃない。虚の世界は、与えたものが返ってくる世界よ。与えただけしか返ってこない。神さまの世界は違うのよ。恩返しに生きたら、お返した無限倍を与え続けてもらうのが、この入れ子構造の世界よ。常に無限倍を与え続けてくるのよ。受け取った無限倍をいつも与え続けてもらうのよ。これは恩返しの世界のすがたよ。虚の世界は、与えただけしか返ってこない。大きくプラスを与えた大きくプラス返ってくる。ちょっとだったら、小さくプラス返ってくる。マイナスを与えたらマイナスが返ってくる。与えたものがそのまま返ってくるのは、虚の世界の法則よ。

 だから、困ってるから助けに来てって言っても、自分が助けてなかったら、助けてもらえないじゃない。自分のしたことが返ってくる。みんな運命が違うの。これは、この世だけ違う、あの世も同じよ。自分のことばっかり考えて、助けてもらうばっかりの人は、餓鬼道に行くのよ全部。そこは、いくら助けてって言ってても、助けを受け取れない。縁者が食べ物を持ってきてくれても、全部火に変わってしまう、食べられない。これはやっぱり自分が与えてないから受け取れない。

 だから、この世の生活いろんな生き方があるけど、自分が働かないで、助けてもらうばっかりの人は、みんな、たいていの人は、全部餓鬼道に行くのよ。与えないとダメなのよ、働いて働いて。プラスをいっぱい与えて、みんなを幸せにしないと。「私、何も悪いことしてないのに」餓鬼道に行ってから気づくんじゃない。反対よ。いいことしないと悪いことしてるんじゃない。働きを大きくして助けないと人の分奪ってることになるんじゃない。だから、しっかり働いて、人のために尽くさないとダメなのよ。それだけでは足りないから、神さまの徳を受けて、神さまに補充してもらって、助けてもらうんじゃない。だから、常に「ありがとうございます」を捧げながら、一生懸命働いて、人のために尽くせば、本当のプラスの働きじゃない。

 そしたら、餓鬼道になんか落ちなくて済む。だから、自分にとって必要なことは、頼まなくても先に手を差し伸べて助けに来てくれる。もう「助けて」って言う時は遅いのよ。頼まなくてもいいのよ。頼まなくても、向こうから、あ、周りから助けに来てくれないとダメ。これ、なんでもそうよ。必要なもの全部周りから、自分が求める前に与えてもらわないとうそよ。一大循環の相象(すがた)でそうなるようになってるから、先に先に恩返しになって、絶対奉仕に生きて助け続けたらいいだけなのよ。みんなが一生懸命助けに来てくれる。自分の姿そのままそっくり出てくるのよ。

 波が合うものしか受け取れないってそこよ。自分のした通りにしか受け取れないのよ。自分とそっくりさんしか現れないのよ。これが波が合うかどうかっていう問題なのよ。だから、神さまに波合わそうと思ったら、恩返しの絶対奉仕に生きるだけ。神さまの世界が恩返しに絶対奉仕に生きる世界だから。それでいつも無限倍の助けを与え続けてくれるのよ。それを目標にするんじゃない。

 「ありがとうございます」を捧げながら、神さまに自分を使ってもらうんじゃない。自分がするのは本当の働きじゃないのよ。絶対奉仕って言わない。「ありがとうございます」を捧げて、神さまに使ってもらって、自分が消えて、神さまがしてくれるのが、絶対奉仕。恩返しの「ありがとうございます」を捧げながら、神さまに使ってもらって、絶対奉仕。本当のプラスの働きをしてくれるのよ。だから、神さまの全体から、大きい助けが循環してくるの。その循環の中に置いてもらえる。

 だから、難しくないじゃない。「ありがとうございます」唱えるだけで、幸せになるんじゃない。「ありがとうございます」唱えるだけで、神さまの御用に使ってくれるんじゃない。絶対奉仕に使ってくれるんじゃない。ひたすら「ありがとうございます」唱えただけで、幸せな心にしてくれるんじゃない。あと、何にもいらない。自分から求めなくても幸せを与え続けてもらえる。

 幸せっていうのは、思い通りになって幸せなんて、こんな幸せもなんでもないのよ。そんなん幸せの中に入らないのよ。自分の思い通りになって喜んでるのは幸せと違う。そんなつまらないもの幸せだったら、幸せが泣くよ。本当の幸せは、「無条件の幸せ」神さまの、その本当の幸せの至福観っていう心なんよ。それが無条件の幸せが湧き上がるのが本当の幸せよ。神さまの心を神さまの幸せな心を受け取るのが幸せよ、本当に幸せよ。小さいつまらないものと違うの。だから、その幸せは絶対に永遠に砕けない、壊れることは絶対ない、なくならない。「ありがとうございます」さえ唱え続けたら、本当の幸せがもう永遠に護られる。

 だから、自分も自分のものもいらないのよ。神さまだけが在る。厳然と今此処にっていうふうに「ありがとうございます」って観じ、受けるだけなの。もう神さま以外に何もないっていうふうに、真(まこと)の神さまだけっていうふうに、「ありがとうございます」を受け続けたらいいだけ。これが最高の本当の幸せよ。

 過去の残像の残像の、さらに小さい残像のって小さいものを掴んで、これが、これだけが自分なんて思ったら大間違いよ。肉体が自分なんて大間違いなの。魂が自分なんて大間違い。無限大の完璧な全大宇宙って言ってもまだ小さいんじゃない。これはもう真実の世界の天照大御神さま、最小単位じゃない、まだ。本当の神さまは、それが、入れ子構造で「無限に無限に一杯!」っていう。これが本当の真(まこと)の神さまのすがたじゃない、どれだけ大きいか。

 一大循環の本当の相象(すがた)が、どれだけすごいか。言葉を超えてるのよ。その真(まこと)の神さましかないのよ。どこにもいない、そんな他には何もないのよ。真(まこと)の神さまだけっていうのが、絶対の真理よ。

 プラスだけ!本当に。だから、マイナスがあるっていうこと自体、どれだけ神さまに対して無礼千万かよくわかるじゃない。絶対の愛の神さまが与え続けてるものがプラスばっかりなのに、微塵もマイナスなんかどこにもないじゃない。それなのにマイナスがここにあるなんて言ったら、大ばかもんよ。神さまより偉くなってる。神さまより偉くなったら、助けてなんかくれないよ。どうぞご自由にって、自分勝手にどうぞってなるじゃない。

 マイナスの一言使ったら、自分が神さまより偉くなってるのよ。それで神さまから遠ざかるの当然じゃない。だから、一言使ってしまったら、もう神さまには、もうお詫びするしかないじゃない。ごめんなさいって、二度と使いませんって、プラスばっかりを使い続けないと。

 だから、本気で「ありがとうございます」を選んで「ありがとうございます」を唱え続けたら、真(まこと)の神さまの自覚が幸せが湧き上がる。本当に湧き上がるのよ。幸せで幸せでどうしようもないぐらい幸せでって、そんなん浅いものじゃない。もう深い幸せ観が湧き上がるんじゃない。「ありがとうございます」唱えることが、どれだけ幸せか。その幸せはどんどん、どんどん大きく深くなっていくじゃない。

 だから、自分が選ばないとダメよ。人に言われてもまだ選ばない。自分が本当に選んだら、誰が反対しても選ぶの。周りの全てから反対されても選ばないとダメ。周りからは、いろんな言葉持ってきてくれるよ。でも選んだら馬鹿よ。自分が選ぶのは、無限の無限の選択肢の中から一つだけ選ぶのよ。無限の選択肢の中からじゃないの。無限の無限の選択肢の中から一つだけ選ぶの。一つ選んだらいいだけじゃない。それは、「ありがとうございます」、真(まこと)の神さまだけを選ぶんじゃない。他を選んだら、真(まこと)の神さまを無視したことになるじゃない。一番謙虚な神さまは無視されたら、そんな出てきてくれない。謙虚だから、呼んでも呼んでも、いくら呼んでも、他を呼んでいる限りは出てこないよ。そのぐらい謙虚なんじゃない。ちょっとでも他を呼んでたら邪魔したら悪いと思って出てこないじゃない。

 だから、絞り込んであげないと。真(まこと)の神さまだけを一途に呼んであげないと、力があるだけに出てこれないのよ。力がなかったら、いくらでも呼んだら出てきてくれる。力があるから他が全部消えてしまうじゃない。太陽とロウソクぐらいな感じで、ロウソクをいっぱい呼んでも、ロウソクはいくらでも出てくるよ。でも、太陽を一回呼んで、パッと出てきたら、ロウソク全部消えるんじゃない。出番がなくなってかわいそうじゃない。

 真(まこと)の神さまは、真(まこと)の神さまだけを一途に呼んであげないと他のもの全部出番をなくして、かわいそうにしてしまうから、でしゃばっては出てこれない。だから絞り込みがいる。一途に呼ばないと真剣に呼ばないと出てきたいのに我慢して、遠慮して、じっと待ってるんじゃない。みんなの出番を奪ったらダメだからって、虚の世界のいろんな神仏、神様や仏様いっぱいいてるじゃない、無限にいてるじゃない。そういう人の出番も全部奪ってしまうじゃない。自分がでしゃばったらって、出てきたいのよ。虚の世界、全部消し切ってあげたいの。

 だから、虚の世界でも全部を消し切ってほしいんだったら、一途に呼んであげないとダメよ。本当に「ありがとうございます」だけを唱え続けて、呼び続けてあげないと。それが本物ってなったら出てきてくれる。その時に真(まこと)の神さまとの出会いが起こるのに。 一瞬でも出会えたら、もうその時からその幸せは永遠に砕けない。最高の幸せを与え続けてもらえる。一瞬でも出会えたらよ。早く出会わないとダメ。「ありがとうございます」を本気で選んで、本気で唱えて一途に真剣に呼び続けたら出てきてくれる。出会わないとわからない。本当の神さまのすごさが出会った人は、虚の世界なんかもう相手にしないのよ、本当は。虚の世界に何が起ころうが無関係なの、本当の出会いがあったら。マイナスなんか何も感じない。幸せは絶対崩れない。

 何回も同じことばっかり言わないといけないけど、ちょっと、ちょっとだけ口調変えて。早く気づいてくれると気づくだけじゃダメよ。実行しないとダメだから。だから、自分が選ばないと人に言われてするのは、まだ選んでないの。周りから猛反対されて選ばないと本物じゃない。だから、みんな周りからは誘惑してくる、邪魔してくるから。本気で選んでるか試してくるから。余計な言葉を投げかけてくるから試されてる、いつも。試された時にホイホイって乗ったらもう「ありがとうございます」を忘れてるからダメよ。

質問
 騙された時に頭にきてけんかしてたらどうなる?

先生
 もう騙された言うてたら騙されてるやろ。「ありがとうございます」を唱えたら騙されてないのに、言う暇があるのまだ。「ありがとうございます」をもう一瞬も絶やしたらあかんじゃない。「ありがとうございます」っていうのは、余計な言葉を使わないようにするために必要なのよ。一つ与えてもらってるいうことが、これ、誰でも自由に使える言葉よ。条件はつかないのよ。誰でも自由に使える言葉として与え続けてもらってるのよ、昔から。誰かの発明の言葉でもなんでもないのよ。みんなに最初から与え続けてもらってるから、自由自在に使えるの、使うかどうかの話だけ。使えばいいの。

 どこかの宗派の祈り言葉だったらダメなのよ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、そうでしょう。それを唱える宗派入らな唱えないじゃない。いくら、どんな祈り言葉言ってもダメなのよ。自由に勝手に使えないとダメなの。そんな言葉どこにもないじゃない。だから、どれだけ神さまが、用意周到に準備して、与え続けてくれてるかって、神さまの計らいがどれだけすごいか、わかるじゃない。

 日本人に生まれた、この本当の、この幸せ感って、いろんな意味でいっぱいあるけど。素晴らしい言葉を与えてもらってるだけでも、ものすごいことじゃない。これはもう、入れ子構造の仕組みで日本が良くならないと世界は良くならないっていうのもあるのよ。日本が良くなったら世界がさーっと良くなる。日本列島が龍神さんの体になってるじゃない。九州が頭で、今の東北地方が左足じゃない。世界の大陸も入れ子構造だから、そっくりなんじゃない。アフリカが九州と同じ頭になってるじゃない。北海道なんか北アメリカ大陸とそっくりじゃない。ピタッと合ってるじゃない。星の世界も同じようにあるんじゃない。北海道、北アメリカ大陸、同じ星の成分の世界がちゃんと写真撮れてるじゃない。形がそっくりじゃない。みんな入れ子構造になって大きく広がってるじゃない。こんなん偶然でもなんでもないんじゃない。入れ子構造の仕組みがそのまま映ってきてるんじゃない。

 そこまでちゃんと計らわれてるじゃない、日本は。だから日本が本当の理想の生き方をとらないと。外国の真似をするんじゃない。神さまの真似をするのよ。我を出さない生き方を取るの。和の国、大和の国っていうのもそうよ。自分を主張しない。自分を死に切るんじゃない。自分を死に切った神さまが現れる。神さまだけになる。自分を主張するのは間違いなの。自分の全てを神さまにお返したら、自分を死に切ったことよ。そしたら神さまだけ現れる。神さまだけがあるっていうのが、日本の国の生き方なの。それで、神国日本とも言うんじゃない。神国っていう意味は、 全てが神計らいで生み出される仕組みになっているから。全ての構造物、全部、国じゃない。組み合わせた国なの。国っていうのは、組み合わせてできたものが国なのよ。領土じゃないの。全て神さまを組み合わせたすがたっていうのが国なの。神国っていうのは、神さまが組み合わせたものよ。全てがそうなの。だから、プラスばっかり、調和ばっかりってなる。

 お正月の鏡餅なんて、その心そのままそっくり、ピタッと合わしてるじゃない、表わしてるじゃない。バラバラのものを一つにつき固めて、本当に円満な姿で作って、二重ね(ふたかさね)にしてるなんて、「無限の無限の輝きが一杯!」ってしてるんじゃない、入れ子構造的に。あれ入れ子構造の仕組み顕して(あらわして)る、大きいの小さいのを重ねてるの。どれだけ素晴らしいものかっていうのを忘れないように、ちゃんと残してくれてるじゃない。

 いつもニコニコと仲睦まじくって、串柿をこう作ってあるじゃない。一本の串の中に両側に二個づつニコニコ、中に六つあって仲睦まじく。串柿まで、そして飾るんじゃない。裏白を垂らすのでも、裏っていうのは心って言う意味だけど、心を純白にって、我のない心に純白の心っていうのは、我を主張しないの。自分を主張しないから純白なのよ。色がついたら我を主張してるから、あと我になる。心を純白にって、「我を主張しないで」っていう意味よ。みんなそういうふうに神さまの心をそこに忘れないようにして見せてくれてるのに、忘れてしまう。もったいない話。

 「ありがとうございます」一言選び続けたら恩返しに生きてる。単なる感謝じゃないから、「ありがとうございます」は恩返しを根幹に、根本持ってるから、神さまから受けた全てを即座にお返ししてる。循環を絶対妨げない生き方をとってるの。自分のものとして、絶対掴まないの。これが、「ありがとうございます」

 我の心で「ありがとうございます」を受け取って自分のものにしてるっていうのは、この「ありがとうございます」は偽物よ、お祈りじゃない。我の世界の、思いの世界の念力よ、そんなんは。真(まこと)の神さまの祈り言葉でもなんでもないの、それは。言葉は同じようでも、正反対に違う言葉よ。本当の神さまの言葉は、一大循環の妨げを絶対しないよ。だから、神さまから受けた全てを、即座に神さまにお返ししながら、同時にまた新たに受け直して、また同時に受けながら、お返ししてるの。循環を絶対、邪魔しない。これが「ありがとうございます」の働き、言葉そのもの。

 だから、「ありがとうございます」を本当に唱えてたら、一大循環のお手伝いをしてる。だから、自分も、自分も、自分のもの微塵もないのよ。絶対自分のものを掴まない、自分として掴まない。自分もないの。だから、日本人って、英語なんかと違うところは、「私が行ってきます」ってI(アイ)って入れないじゃない。学校行く子は、「いってきます」だけじゃない。「私が」って入れないじゃない。「私が学校行きます」なんて言わない。日本人はそうよ、自分を絶対出さないじゃない、主張しないじゃない。「ただいま」って帰ってきても、「私が帰ってきました」って言わない。ここは、我がない生き方なのよ。神さまだけ、「ありがとうございます」の神さまだけなの。これが、「私、帰ってきたよ」なんて言うてるようではダメよ。間違った真似をしてるじゃない。余計な言葉を加えたらいけない。自分が無くなった方が正しい。

 だから、日本は本当の民主主義よ。本当の民主主義には我がないから、真(まこと)の神さまがすっと降り立つから衆議一決して多数決じゃないの。全員一致で一つになる。これが本当の民主主義。でも、大勢の意見が全部違ってたら多数決で決めても本当のまとまり方は絶対ない。決まったら、それをマイナス見て嫌がる人いっぱい出てる。全員が賛同しない。それは、偽の民主主義よ、我の主張だけよ。だから、本当の民主主義のお手本は日本にしかないのよ。我を捨てて、神さまに一致したら、最初から一つよ。どんな問題が出てきても、一つに一致するのよ。衆議一決するの。これで、我がない生き方の民主主義が本物になるの。神さまの御心が一番最高のものよ。どんな問題でも、一瞬に解決する力があるのよ。最高の知恵が降りるから最高の方法が降りるのよ。誰も反対する必要ない。それも、日本がお手本示さない限り、世界には広がらない。

 「ありがとうございます」のこの民族は、真(まこと)の神さまだけをしっかりと受け入れないとダメ。古いもの過去の全てを神さまにお返しして、新たに受け直せたら、どんなマイナスもすぐにプラスに置き換わる。マイナスを掴んで、自分のものとして主張したら、マイナスも消えないし、プラスも加わらない。全て神さまにお返ししたら、すぐにプラスと置き換わる。だから、私有財産制って間違いよ。神さまから、国からお預かりしてるって、そういう気持ちで、必要な時だけ、お預かりして使わせてもらうだけが正しいよ。みんながそういう気持ちだったら、どんな震災に遭っても、あっという間に立ち直る。さっとプラスに置き換わる。マイナスをマイナスをさっと片付けて、そこへプラスをさっと持ってきたら、あっという間に出来上がる。どれだけスピードが早くなるか、神さまのすることだったらそうよ。十年かかるところを一か月もかからない。あっという間に出来上がる。

 だから、マイナスを掴んで離さないから、やっぱり置き換えができないだけよ。みんな我の主張が多い。マイナスを選び過ぎてる。全部、神さまにお返したらいいだけの話だけど、特にマイナスは早くお返して消してもらわないと。そのために、「ありがとうございます」を捧げ続けて、それにくっつけて、お返ししたら全部消してくれる。だから、自分の見たこと、聞いたこと、全部「ありがとうございます」で、神さまにお返ししたら消してくれるから。これが、人助けにも大きく働くの。だから、ずーっと「ありがとうございます」を唱え続けるとものすごい大きい働きになる。神さまの徳を本当の徳を循環する徳を、いただき続けるんじゃない、無限倍の徳を。そしたら、もう、ちょっといいことしたのと違うじゃない。神さまの徳を新たに新たに、いただくんだから、いつも無限倍の徳を与え続けてもらう生き方になるじゃない。どこにもマイナスなんか、ありようがないじゃない。だから、マイナスは怖がるものと違う、恐れたらダメよ。マイナスなんか、どこにもない。「ありがとうございます」さえあったら、もうどんなマイナスも瞬間に消える。

 はい、今日は、みんな心配してきた人もあるみたいだけど、心配なんかする必要もない。

 はい、ありがとうございます

質問
 どうしても先生、一個だけ質問がきてて。今の話聞いてて、これ(録音)に入れといてもいいですか?なんで東北なんですか?っていう話が来てるんですよ。今のでいうと、左足なんだなと思って、何で左足?

先生
 これ全体を見て、神さまが大勢の神さまが相談して決めるの。だから、全体にとって一番被害の少ないところを選ぶの。一番軽く済むところを選んで、これも代表をちゃんと神さまが決める。身代わりに振り替えになる人を選んで、ちゃんと決めてることよ。だから、プラスに見る人だったら、震災になって死んだ人は、神さまに最高に選ばれて、大きいプラスの働きをして、人助けをして、神さまの世界へ引っ張り上げてもらう、いいチャンスよ。かわいそうなんて言えないよ全然、反対なの。

 神さまの大きいお手伝いをして、マイナスを軽く済ますための大きい役割を果たして、早く神さまの世界に戻りたい人は、そうしないとダメじゃない。自分から進んでさせてほしいって言ってするのが普通なのよ。自分の全部を投げ出して、「神さまの御用にお使いください」って、「もう死んでも、今死んでも構いません」っていうぐらいの気持ちで、神さまに使ってもらうのが正しいんじゃない。だから、悪いことしてマイナスいっぱいあって、神罰を受けて、あんなことになった。逆じゃない、反対なのよ。地球全体の日本全体のマイナスを一番軽く済ますために、消すために、神さまに選んでもらって、使ってもらったって、これ本当じゃない。

 だから、その地域、どの地域を選ぶかは神計らいよ、全部。人が相談して決めるものじゃないよ。神さま同士が全部、大勢の神さまが計らって、一番マイナスを軽く小さく消すために選んですることよ。だから、いろんな大きい目的いっぱいあってするの。だから、理由は、どこを選んだっていうシナリオはないじゃない。一番いいところを選んでるんだから、一番みんなにとって、プラスになるところを選ぶ。

 だから、みんな自分を助けてくれたって、周りの全部がさっと助けなあかんよ、本当。自分の全部を投げ出してでも、助けに行くのが本当なんだけど、一つの生命体、龍神さんの体だったら、左足なくして、働きが半減するのをほっといたらダメなの。すぐに、さっと気丈して、動けるように働きに変えないとダメよ。何年も何十年もかけて、再建をうやまうなんて言うてたらダメよ。一ヶ月ぐらいで、スパーっとしないとあかんのよ。

 そしたら日本全体が、大きい働きをするように変わるのよ。そのためには、この道路をさっと整理して、綺麗に掃除して、綺麗にして壊れたマイナスは全部、さっとのけて、新しいプラスのものを、もうさっと組み立てたらいいんじゃない。それが、日本国民全体が力を合わせて、さっと置き換えたらしまいなんじゃない。そしたら日本全体が新しい、大きい働きするようにすぐに変わる。それもスピード化しない限りダメなのよ。スピード早くしてるほど、神さまの助けが大きくなる。遅れただけ神さまの働き邪魔してることになる。それはもう、我を出して、つまらない我を出してやってると必要なこと、何もできないようになって、時間がかかり過ぎる。神さまがするんだったら、さっと置き換える。必要なことをさっと、さっと終わってしまう。やり方一つよ。

 だから、誰がするかやけど。やり方が正しかったら、あっという間に終わってしまう。片付いてキチンとなる。だから、日本全国が全部が応援しないとダメよ。怪我したら、怪我したとこを治さないとダメじゃない。バラバラじゃダメなのよ。みんな、これが自分のものなんて掴んでるとバラバラよ。好き勝手なことしてたらダメなの。本当はそうよ。「ありがとうございます」がないと、神さまの知恵も力も降りないから、みんなのすることは「ありがとうございます」をしっかり唱えることよ。

 みんな、余計なことするのは、我に負けてる人よ。我の心は、我の心のままに動くから、間違ったことを反対のことをいっぱいし続ける、それが正しい思って。でも「ありがとうございます」を唱えたら、神さまがその人の中、降りるから必要なことだけを一番必要なことだけを正しいことだけをさせてくるから。だから、そういう人が増えないと間違ったことする人に負けてしまう。邪魔されてしまう。だから、しっかり祈ってあげることが最高のプラスを加えることになる。

 はい、ありがとうございます

 音声はこちらからどうぞ
 https://youtu.be/6fC_ztV_dW0

 宇宙神ありがとうございます


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村を閉じることに・・ by 河上彰延 [Mail] 2024年07月05日(金) 05時58分
PC

 我の自分が出る理由

 人の10倍働いて、本当に必要なものを、すべてに与え尽くす・・・

 2012年6月2日のお話にありますが、真祈りとは、本心の自分という、眞(まこと)の神さまに降りたってもらうことですが、そのためには、我の自分という、欲望に流される自分を、自分の自由意志で、自由に操れることが必要なのです。これを、悟りと言います。

 我の自分というのは、神さま以外の言葉をたくさん選び取りすぎて、身動きできなくなっている状態をいいます。
 別の言い方をすれば、神さまの働きの邪魔をしている自分だということですが、ほとんどの人は、神さまの邪魔していることすら、気づいていないのです。

 それが為に、村人からは、私たちは、印可書ではなくて、宇宙神ありがとうございますと聞いています。と、宣言されて、聞いているだけで、なにも行動しない。あるいは、一生懸命に宇宙神ありがとうございますと、唱えて見たけれど、なんにも変わらなかった、→想いの自分という、我の自分が祈ろうとして、失敗しつづけることに、疲れ果てて、我の自分の思い通りになる生活に戻っていったのです。

 ほとんどの虚の宗教団体は、ここのところが出来ずに、この現世での、自分に都合の良いこと、つまり、思いの願いという、自分の為になることを、希望実現の法則等々のいろんな言い方で、その思い通りになることが、幸せであると、勘違いさせているのです。

 今回の村の事件は、村が、真祈りをしようとしているつもりが、お互いに自分の都合というこの現世での生活の安堵を優先して、仲良しクラブになってしまっていることが、根本的な原因であります。
 それが為に、なにが起こったか?という本当のことを、村人の誰もがわからないし、右往左往するだけになったのです。

 それは、先生が往かれたときに、村人誰もが、どうしたらいいか分からずに、誰もが責任を取る覚悟ができずに、右往左往して、結局、結果的に、虚の世界の神さま(虚の世界の組織)に頼るということに、無意識のうちになっていたのです。それが、今回の事件の顛末です。

 済んだことは、もういいので、これから、どうするか?・・だけをお願いし、その行動を見つめていたわけですが、真剣に真祈りしようと、工夫し、努力する(先生のお話を聞く、神書を奉読する等々のこと)がありませんので、すべては、自由意志の結果でありますので、どうぞ、ご自由にされてください・・と、好き勝手にさせるつもりでありました。

 ところが、先生から、つよいおしかりの言葉をいただきまして、今回の村を閉じるということになったのです。

 1995年(平成7年)に、元水茎(もとすいけ)におられるときに、ある村人の失言から、いられなくなりまして、現在の場所に大引っ越しをしたのであります。神さまからは、オームの事件が起こるから、早く引っ越ししないと、行き場を失う・・と、真祈りしていると、響きましたので、その当時の村人を叱咤しても、先生がゆっくりでいいと言っておられると、まったく耳をかしませんので、(現在の村人達といつも一緒でありますが・・)元水茎の建物を、強引に解体して、村人達のおしりをたたきまわして、移転を強行したのであります。

 いつも第二日曜にしている勉強会を無くして、護摩にしましたので、本来、勉強会でお話する予定のことを今、書き込んでいるわけでありますが、・・・・

 1995年に移転が完了したとき、先生から、10年後に、天地開闢の神聖行事を完成させる、と、お聞きしました、

 それが、天の岩戸開きでありまして、2005年平成17年11月17日のことであります。
 眞(まこと)の神さまは、厳しい方で、ありますので、この、岩戸開きの前に、みんなの信を問うために、利用されたのが、次のような形でありました。それは、ある宗教団体が、先生を、セクハラ疑惑の陰謀で、岩戸開きの邪魔をしたのであります。

 先生が無実であるということは、3年前に、この河上にも、同じ、セクハラ疑惑を掛けて来たことで、判明したのであります。

 それにもかかわらず、その当時に、先生のことを、本当にセクハラしたと疑って、先生をおとしめた連中の陰謀にひっかかって、先生を信じなかった為に、村を出て行った者達と村に残っても、先生を信じていないくせに、残った先生の権威を利用して、先生の村を生活保護のような形で、居座った者達とに分かれたのであります。

 そして、セクハラが、ぬれぎぬであったと、分かった時でも、本当に先生に申し訳ないことをした・・と反省するわけでもなく、命がけで、真祈りしようとするわけでもなく、この村がいつまでも続くと、ほうけているのであります。

 それでも・・・ 

 本当に先生を信じているので、あれば、先生が亡くなられたときに、真剣に命がけで、宇宙神ありがとうございますと真祈りをしようと苦しんで、必死に、していれば、昔、三洗荘の時代に、提唱された、竹刀の1万回の素振りとおなじで、現在、お伝えしている呼吸法に、ご自分で到達して、真祈りが出来たはずなのですが、先生を信じていないから(表向きの意識は、先生の権威にたよっているから、信じているつもりでいるのでありますが)、村人達が先頭に立って、宇宙神ありがとうございますと真祈りしましょうとはならなかったのです。また、真祈りに至らなかったのです。

 そして、先生から、お聞きしていたことは、2015年平成27年8月には、眞(まこと)の護摩にするとおっしゃられて、それを達成され、もう、質問することはないか?とおっしゃられて、それ以降、清則の沈黙百雷の如し、・・に入られたのです。

 予定では、2025年2月に往かれるということをお聞きしていたのですが、血の涙をながされる位の、マイナスを消す働きをされて、村人達の真祈りがないので(先生の心臓が止まったときに、真祈りしなかった、出来なかった、あわてて、心臓マッサージをして、よけいに先生の肉体から、幽体をひきはがした、中には、その最中にトイレにいく馬鹿もいたのです。)そうして、予定を7年も早めて、みんなの、人類のマイナスを背負って、消していかれたのです。それでも、7年間は、水晶玉という仏舎利の形にして、先生のお働きができるようにしていたのですが、ある、宗教団体の誘導によって、それも、つぶしてしまったのです。

 ここに至って、万事休すとなったのですが、先生から、村人達を十字架に掛けよ。という命令がありましたので、石ころ一つ残すな。という指令どおり、村を埋没することに決定したのです。

 もちろん、村人の自由意志で、十字架にかかって頂きますので、事前に、真祈り出来ない者は、村を出て、それぞれ、各自仕事を見つけて働くように、警告しました。先生は、村を閉じることのことをお考えになっておられてて、村人達には、大型免許、あるいは、建設機械を操作できる、各種免許を、取得させておられましたから、村をでて、下の世界での仕事を見つけるのは、そう困難なことではありません。

 その警告をすぎても、村に残っておられるわけですから、これは、もう、自由意志のそのものでありますから、十字架に、自分から望んでかかるという、その崇高な精神を尊重しまして、これ以上、なにもいいません。

 ただ、先生から、お聞きしている30年目がいよいよ来年にせまりましたので、それまでに、すこしでも、おおおまけの護摩を、出来るようになったことを、よかったと想うのであります。

 こんな状態でありますので、古い方も、新しく来られた方の、村の存在をあてにせずに、ひたすらに、それぞれの、場所で、印可書の奉読を行い、眞(まこと)の神さまのお手伝いに邁進していただきますように、お願い申し上げます。

 宇宙神ありがとうございます

 河上彰延


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餓鬼道マニュアル by 河上彰延 [Mail] 2024年06月30日(日) 04時36分
PC

なぜ?生活保護がダメなのか?それは、餓鬼道に落ちる為のマニュアルであるから・・。

 なぜ?生活保護がダメなのか・・・というおしかりですが、これは、先生が2011年3月19日のお話で、詳しく言われておられることでありますが、人の助けばかり受けていると、死んでから、餓鬼道(がきどう)に落ちると説明されていることなのです。

 善人ぼけしている人がこの現世(うつしよ)では大半なのであります。
 ほとんどの人は、死んでから、私なにも悪いことはしていないのに、なぜ、こんな餓鬼道に陥るのかと文句をいうのでありますが・・・・。

 なぜ、餓鬼道に落ちるのか?。それは、自分のことを、優先して生きていたからです。自分のことを優先していると、あるいは自分の家族のこと、親族のことを優先していると、餓鬼道に落ちるのです。」「

 餓鬼道とは、どういうところかと申しますと、食べ物が目の前に来ても、食べる寸前に食べ物が炎にかわって、永遠に食べることができない・・という世界であります。

 自分のことを優先するということですら、餓鬼道に陥るのに、ましてや、生活保護を受けて、衣食住のすべてを、保証される(安堵される)というのは、生活保護というのは、そのお金は、皆さんの税金でありますので、人の助けばかりを受けて、自分では何もしない・・・ということであるからです。

 W氏はそのことを皮肉って、生活保護を受けられてよかったねと言われたのです。
 W氏が村にお住まいになられないのは、村が、生活保護に近い状態であることを見抜かれているからです。聡明な方であると言えるでしょう。

 W氏他数名の方の証言によると、村の陰の中心者は、先生亡き後、真祈りが一番出来ているのは自分であると宣言せずに、そのように、雰囲気(空気)で、村人をなっとくさせ、その証明として、村の一番風呂に入っておられるそうです、

 村の中心者に、宣言されずとも、なっておられるわけであります。

 これは、どういう状態を招来するかと申しますと、村は、この現世の一切のマイナスを集める場(フィールド)として、先生が29年前にお作りになったのです。
 そして、自分亡きあと、真祈りができない村人の代わりとして、仏舎利にあたる陰陽二つの水晶玉を置いていかれたのです。

 ここに、水晶玉が傷つき、その働きを亡くしてしまった今、命がけで、真祈りしないと、先ず、その中心者が、真っ先に、生きているときから、餓鬼道に落ちてしまう事態になりかねないのです。

 いつも申しますように、村から病人を出すわけには行きませんので、その前に、村人の自由意志の希望(神さまのお役に立ちたい、神さまのお手伝いをしたい、眞(まこと)の神さまにお弟子入りしたい)を、先生はお聞き届けになられて、今回、村を、(山津波をおこして、)地中深く埋めることに(大いなる十字架のかわりとして)決定したのであります。

 この大犠牲に、自由意志で参加することによって、死んでから餓鬼道に落ちることを阻止することができるのです。

 餓鬼道に陥る人が、すこしでも、すくなるなることを願って、以上のことをここに書き込みます。

 宇宙神ありがとうございます

 河上彰延


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無責任ななまけもの養成マニュアル by 河上彰延 [Mail] 2024年06月25日(火) 03時56分
PC

無責任ななまけもの養成マニュアル

 明日の「無責任ななまけもの」を目指す、死んでから苦しむ者達に以下の文章を捧げる。
日々精進し、真祈りの伝授に命を削っている人の親切を蹂躙してやれ。

 その一. 真祈りの努力を放棄すること

 いやしくも「無責任ななまけもの」たるもの、努力をしてはならない。
 先生の文章を読んだり、録音を聞いてはいけない。
「先生の神書はむずかしい熟語があって国語は苦手なので、分かりません。」は、高く評価できる。

 辞書片手に神書を読むなど、決してしてはならない。

 他力本願と言われようと、自分で調べたり試行錯誤したりせず、 他人の努力の結果を搾取するのが、正しい「無責任ななまけもの」である。
 
 また、「もう何が悪いのかサッパリ分かりません。」 と言ってふてくされるのも有効である。
 
「サッパリ」という単語が「やる気の無さ」を効果的に表現している。

「真祈りするためには、何をすべきでしょうか?」 と質問してしまうと自己の積極性が現れてしまうので、「無責任ななまけもの」失格である。

 その2、努力していない情報を開示しないこと

 何を読み、何の団体の、何の権威にたよっているか?などの必須の情報を知らせてはならない。
 
 どの組織を当てにしているなどの具体的な団体名や個人名も隠蔽すべきだ。
「なになに村」のように曖昧言っておけばよい。

 反対に「先生のことを信じている」とか「印可書は読んでいる」「自分達(じぶんたち)は真祈り出来ている」等の 「どうでもいい情報」は、どんどんやっていると無責任に言ってやれ。

 本当にたよって、将来大変なトラブルに巻き込まれる団体名は正確に記述してはならない。

 「なんだかうまく真祈りできません。」とか「真祈りできないから、他のなにかの団体を信じています。」 等と具体的なことは何も言わないことが重要である。

 また、自分に指図(さしず)や命令している団体名を具体的に言ってははいけない。

 考えられる将来の大変さは全くわからないので無視し、現在の状況を整理するなどもってのほかである。

 最悪の場合、それだけでいろんな問題が解決の糸口が見えてしまうこともあるのだ。

 他にたよったままで、何もせずに「いろいろやってみたけど、真祈り出来ません。」が理想的だ。

 その3、 真祈り人のことを考えないこと

「無責任ななまけもの」は、孤高の戦士である。

 相手のことを考えるようでは無責任ななまけもの失格というものだ。


 以下のような行動が、望ましい。

 真祈りの初心者であることを高らかに宣言し、 初心者向けの丁寧で分かりやすい説明を強要する。

 先生の作られた真祈りの専門用語の使用を禁じておくとさらに効果的である。

 簡潔な説明を禁じられると、真祈りの伝授は、 同じ内容を説明するのに、何倍もの労力を強いられる。
 
 自分は努力せず、相手には多大な努力をさせることこそが 「無責任ななまけもの」の真骨頂である。同じことを何回も質問するのも有効である。

 それは真祈りの伝授を信用していないことを明確に示せる。

 それは「どうせ、お前じゃ真祈り出来ていないだろうと言外に出来ていないだろうと響かせて、自分はある既存の団体にたよっている。」という意志表示として高く評価できる。

 もちろん、真祈りに対しての非礼をあらかじめ詫びてはならない。

 それでは、単なる「まじめに真剣に真祈りしたい人、悟りを求めている人」になってしまう。

 それは、無責任ななまけものではない。質問は、人づてに聞いてその内容は「教えてください。」で良い。

 質問を聞いただけでは「真祈りの何に関する質問」か全く分からない。

 そういう努力は、答える人間にさせれば良いのだ。
 
 とにかく、答える人間が答えやすいように気を使って質問してはならない。
 
 自分では謙遜なつもりでも、無意識に傲慢で不遜な態度が必須である。人づてに「聞きたいことがあります。」など、自分の存在を隠して、聞くのが 無責任を任ずるプロの仕事であろう。

 最後に、言うまでも無いことだとは思うが、人づてに聞いたわけだから、 答えてくれた人に礼の言葉(真祈りしようと努力する行動)を返すなど言語道断である。

 せっかく「無責任ななまけもの」を貫いてきたのに、最後にお礼を言っているようでは、 画竜点睛を欠いていると言わざるを得ない。

 自分は沈黙を守り、人づてに質問だけしておいて、後はシカトが基本である。

 上級テクニックとして、「そんなことはもう試しました。」とか、 「そこまで初心者じゃありません。」などと陰で言って、自分が真祈りしますと、いつまでも、自分が自分が消せずに、自分を消してしまう為の方法をいろいろ説明している 真祈り人の神経を逆なでしておけば完璧である。

以上のことを踏まえて人づてに質問すれば、あなたも立派な「無責任ななまけもの」である。
 いざ往け!無責任ななまけもの! 無責任ななまけものに栄光あれ!!


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今一度の真祈りを・・ by 河上彰延 [Mail] 2024年06月23日(日) 02時02分
PC

しばらく伏せっておって、関係者にご心配をおかけしております。なぜ、ふせっておるかと申しますと、本当に大変なときなのです。皆さまの今一度、おられる場所での真祈りをお願い申し上げます。

 この令和6年を2024年を無事に無難に超さなくては、次はないのです。ここまで、追いつめられると村を大犠牲に使わざるを得ない事態に立ち入って来たのです。
 食料不足を防ぎ、大地震、大津波、大災害を防ぐ為にも、そういう意味でも、追いつめられております。

 すべては、2005年のある団体の陰謀にはまり、村人達が先生を疑ったことから、破綻が生じているのです。
 先生の事件がえん罪であったことが、はっきりした時でも、過去のことだからと、口をつぐみ、反省することもない村人を、(魂的に救うためには)大犠牲につかうしかないのです。

 いろんな意味で、今一度の、今おられる場所での、印可書奉読と呼吸法による真祈りをお願い申し上げます。

 宇宙神ありがとうございます
  河上彰延


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村の存続について by 河上彰延 [Mail] 2024年06月19日(水) 20時04分
PC

 

  土曜日より、しばらく伏せっております。その、間に、なぜ?村を閉じるのか?等々のご質問やおしかりの声をいただいておりますので、再び、お答えします。

 すべては、眞(まこと)の神さまなのであります。ここから、離れて、眞(まこと)の神さまを否定することが問題なのであります。

 日本語にもありますように、おなたは、それ本心から言っていますか?というように、無意識に、みんな、本心という眞(まこと)の神さまを自覚しているのです。

 しかし、いつも申しますように、人にやってもらうことを当てにするような無責任さでは、自覚どころか、真祈りもおぼつかないのであります。

 天は自ら助けるものを助けるというのが、本来の真理なのです。すべては眞(まこと)の神さまの御働きでありますから、すべては、総責任者の自覚をもって、自分という眞(まこと)の神さまを、自分という、肉体側の働きからも、お手伝いするのが、本来なのであります。

 しかるに、村人はどうか?(村の制度はどうか?)・・と申しますと、

 先生の残された村をあてにし、つまり、人のやってもらうことを当てにしている状態なのであります。具体的には、

 山作業(山仕事)さえしていれば、生活が出来るになっているのです。
 村人になるとは、真祈りをして、悟ることが目標であるにもかかわらず(山作業をするときに眞(まこと)の神さまに降りたってもらうのが目標)の手段と目標が入れ替わって、山作業さえしていれば、よい・・になってしまうのです。それは、結果として、社会的にいろんな苦労をしなくても生きていける、病気になっても村が面倒を見てくれるだろう、(まーさん達に絶対服従していれば)失業という心配はなく生活は村がみてくれるとなっていくのです。
・・・というように、衣食住の不安を、眞(まこと)の神さまそのものである自分が努力して獲得するのではなく、困ったときには、村がなんとかしてくれるであろうという甘えがあります。

 その根底には、村は、まーさん達のものだから好きにしていい、という無責任な発言を否定せずに、そのまま肯定して、村にあるものは、村も含めて、すべて自分達のものであるという勘違いがあるのです。それが、今回の事件の根底にあります。

 いずれにせよ、困った時には、互いに支え合い助け合うというのは悪いことではありませんが、今の村は、外にいる人たちの犠牲によって、いろんなことを実現していることに気づかないのが問題なのです。村は、すべては、まーさん達のものであるということを当たり前にしたことが問題なのです。

 W氏他数人の証言によれば、昌代ちゃんは、町田君のいいなりだそうです。W氏はそれを、皮肉って、婦道のお手本といったそうです。W氏は皮肉がお好きな人でありますので、ある人にも生活保護を受けれてよかったですねと皮肉を言ったそうです。(そんな皮肉をいう暇があったら、先生が、生活保護をうけたら、大きなマイナスを背負って、死んでから大変なことになるとちゃんと本当のことを伝えるべきです。)しかし、皮肉を言っている暇はないのです。
 町田君がそんな勘違いをしているのであれば、困りものです。

 眞の神さまのお手伝いになるならば、そして先生が真祈りしやすいようにとして、みんなで建設した村を、自分のものと私物化するようでは困るのです。

 今回の一番の問題点は、眞祈りをしていると公言し、まーさん達には、松下先生が降り立っていると、決めつけ、町田君も又昌代ちゃんもそれを否定せず、まさに、村を虚の宗教団体のように振る舞ったことです。(本当は、今現在も、すべての人に松下先生が降り立ち、すべての人に眞祈りの秘奥義を伝授されつづけておられるというのに・・・・)

 しかし、村人の実際のところは先生が逝かれて6年も経っているにもかかわらず、眞祈りは出来ず、先生の神書等々の御本も読まず、先生の録音も聞かず、先生のおっしゃったありがとうございます護摩の大切さも知らずという(本当は先生がいらっしゃらなくなったのだから村人達で率先して、先生の身代わりとなって真祈りに邁進しなければならないのにもかかわらず、真祈りできなかったのです。)・・それが露見したのが、今回の事件でありまして、真(まこと)の神さまを選ばず、眞祈りはできず、もちろん眞祈りの全体像(全体図)とは、と先生が表題された印可書の奉読はできず・・・だったのであります。

 このようになることを、先生は生前に予言されていて、そのときは村を閉じよ!と厳命されておりましたので、今年の国の諮問は終わっておりますので、来年に村を閉じようと決意したのであります。まさに書経にある、畏れざれば畏れに入る、であります。しかし、宮野みどりさんの、今一度という強い希望がありまして、先生と相談の上、もう少し、眞祈りを選ぶ機会を与えよとのことでありましたので、今しばらくは、様子を見ることにしました。

 もちろん、真祈りしようと工夫もせず、工夫をしない自分を無責任に放置し、誰かがなんとかしてくれるだろうと、頼るようでは、先生の指示どおり、石ころ一つ残さず村を閉じます。河上は、吠えているだけで、本当はなにもできないと、思っているようではありますが、古い、三洗荘時代を知っている人はわかっています。あの当時、先生と同じように病気をなおし、失せ物をさがし、雲を消し、等々のいろんな奇跡を実行したのは、先生とこの河上だけであることを・・・・永い間その力を封印されておりましたが、2015年から先生に封印を解いて頂き現在にいたっているのです。

 眞(まこと)の神さまのすさまじさを、皆さまは目の当たりされるでしょう。
 そのとき、おそれおののかずに、ひたすらに真祈りに邁進されることをお願い申し上げます。
 
 宇宙神ありがとうございます  河上彰延


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6月勉強会 by 河上彰延 [Mail] 2024年06月16日(日) 19時48分
PC

令和6年6月河上さん勉強会お話し−1(20240609−1)

質問:質問あります。お1人の方から3問質問頂いてます。呼吸法について質問します。

 最初何気なくストローで吹いてみて、全く泡が出ないのにびっくりしました。ストローで吸うのと違って、空気圧の影響なのか、思っていた以上に下腹部に圧を加えないと泡は出ません。そこで今はストローの深さを2‐3cmと浅くして吹いています。これ位だとぷくぷくと無理なく泡を出せれます。自分が無理なく続けられる深さで良いですね?

河上さん:はい、良いです。

質問:次、2番目いきます。最初に書き込みをして頂いた文章では、「印可書」をひそひそ話の要領で唱えるとありましたが、実行してみますと、声に出さずに、無声で唱える場合、多少口が開いていても、結構長く息が続きますが、声を出すとすぐに息が切れ、難度が上がります。ひそひそ話の要領とは、声を出さないことで良いですね?

河上さん:はい、良いです。

質問:3問目いきます。息を吸うとは、鼻からとありましたが、これは丹田呼吸のことで、下腹部を膨らまして、鼻から息をすると理解しました。鼻からと意識すると、胸式呼吸で胸で浅く吸ってしまいそうなので、下腹部を膨らませる丹田呼吸で息を吸っています。
これだと口から息を出しながらも、鼻から呼吸しやすいと感じています。よろしくお願いします。

河上さん:それで良いです。はい。

質問:以上です。ありがとうございます。

河上さん:呼吸というのは、伝授の部分で説明ができないって言ったのはどういうことかというと、皆さんの1人1人のこの肉体の体格とか、先生だったら肺が握りこぶし大ぐらいしかなかったから、それなりの呼吸をされたわけで、肺活量がある人、ない人によってみんな違うわけですね。

 ほんで、目的は何かというと、漏れる呼吸を体得して貰うためです。漏れる呼吸というのは何かというとね、先生はいつもこの背筋がね、すっと伸びておられたんでしょ?いつもね。先生がこうなってる時はないね、背筋が丸まってるいうことはなくて、どんな時でも、すっと伸びておられた。それは食事されるときでも、食堂に座っておられる時でも、立っておられる時でも、すっと伸びてる。そのすっとというのは、ピンとこうね、力入れて伸ばすじゃなくて、ごく自然にすっと伸びるんですよ。

 そのすっと伸びるというのは、漏れる呼吸ができないと、すっと伸びないんです。何で漏れる呼吸という説明にしたかというと、本当は僕が最初に先生からお聞きした事は、お腹をね、風船のように、ブワッと膨らまして、思いっきり吐き切って小さくして、というふうな説明を受けました。それは僕に合わせて言って下さっただけで、誰もが出来るわけでもないわけです。過去世との色んな兼ね合いでね、そういう練習して来たものが出来るだけなんですね。ほんで、最初は先生は1万回の竹刀振りっていうのを仰ったわけです。

 ほんで、1万回の竹刀振りって何かっていうと、漏れる呼吸が分らないと出来なくなるんですよ。100回200回はね、何でも振れるのね。でももう3000回を越してくると、もうひたすら振るためには、口から微妙に漏れるような呼吸をするんです。それになるんです。

何故かというと、竹刀を振るから、嫌でもお腹に力入れないと振れないんですよ。それが1万回の竹刀振りになると、素振りになると、お腹に意識して力を入れるじゃなくて、本当に無意識に微妙にお腹に力を込めれるようになる。

 すると自然に吐く息がある。漏れる息が出来る。その漏れる息が先かお腹に力を込めれるようになるのが先か微妙なバランスなんですけど、まずそのためにはもう難しい理屈を言わずにひたすら振れと。ひたすら振ろうとしてたらそうなってくるんですね。

で、先生は剣道部で飛び込み面の名人だったわけですけど、ひたすら竹刀を振ることによってその呼吸を体得されたから、最初は竹刀振りからだったんです。で、僕はいわゆる居合刀というね、模造刀を使って、やりました。どれを使っても好きなものを使ってやって貰ったらそれが出来るんですけど、もう時間的に大変なんで、一杯一杯なんで、あえて色んな答えを言ってその中から自分なりに合うのを工夫して貰うしかない。

だから腿上げでも、臍よりも高く、腿を上げるというのも、やはり微妙にお腹に力を入れる感覚を掴んで貰うためです。どれもこれもその微妙にお腹に力、ただ微妙にお腹に力を入れるっていうと、力を入れることに意識を置くじゃないですか?それは駄目なんです。

 だから、「印可書」を唱えながらとか、「宇宙神ありがとうございます」を吐く息に乗せながらとか色んな微妙なことを言うのは、そのただ呼吸が漏れるだけ、ただお腹に力入れるだけというふうに流れたら、念力になっていくの。それは又違うんです。

ごく自然に、自分の本心から響き上がる呼吸というのがありまして。それは本当は素振りが一番楽なんだけどね。楽なんだけども言ってられないから、何か言いながらみんな年取っちゃったからね、年取ったから振れないよね、もう今更ね。

 だからあれはみんな若かったから出来たのに、誰もしないからもう済んだことだから言っても仕方ないけども、本当はそうなんすよ。それをもう何をどう言っても、どうしたものかということで、色んなことで今微妙な説明を沢山してます。だから色々と行き詰まったら何でも良いから、こんな詰まらん事と聞いても良いかなっていう位の事でも聞いてください。一つ一つその人に応じた返事が出来ると思います。
 
 どっちにしてもお腹に力を入れることが大事ではなくて、口から微妙に呼吸が漏れることが大事なんではなくて、まず真祈りなの。ただ真祈りは本当にできたら自然にその呼吸が出来るんですよ。

 でも鶏が先か卵が先かの微妙な問題だから、まず形から入ってみようということでね、呼吸法って言っています。ですから、「宇宙神ありがとうございます」って言いながら、僕の場合は「宇宙神ありがとうございます」を3回言うと、ほぼ息が出尽くすんですけど、人によっては2回かもしれないし、回数も気にせずにね、「宇宙神ありがとうございます」を言いながら、息を吐き切る、微妙に漏らしながら。あるいは「ありがとうございます」を言いながら吐き切る。あるいは「印可書」を唱えながら吐き切る。みんな其々色んなことを工夫しながらね、やってみてください。その目標は24時間、要するに寝てるときもその呼吸法になるのが目標です。
 
 せやけど、最初はその呼吸を目標にするけども、途切れてできないがあります、当たり前だけどね。その途切れて出来ない時に自分を責めないように。又、やってみよう。失敗したから、又、やってみよう。それだけです。特に最初の5分がみんな辛抱できないのね。5分だけ頑張ってしようというのがいるんですけど、それを繰り返してるうちに、出来るようになりますから。
 
 ちょっと掲示板に書きましたけどね。工夫もせずに、工夫しない自分に責任も取らずに誰かをあてにして生きる人が大半だということを書いたんですけど、それを無責任な人と言うんですけどね。だから宗教団体だと教祖に着いて行ったらええねん、自分らは何もせずにね、ただ着いて行ったら良いだけみたいな逃げをするわけですよ。

 でも本当はお1人お1人が真祈りしなくちゃいけないし、先生の働きしなくちゃいけないんだけども。その先生の働きはね、皆さんが思うようにすごい大変な働きです。それを細かく分けて、お1人お1人が負担される人も大変な働きなんですよ。

 でも大変な先生の、神さまのお手伝いしたいという気持ちがまず大事。次は、せっかく神さまのお手伝いしたいと思うんだったら、5分は頑張ってやって。5分過ぎたら、又、失敗したから明日やりますでも良いですから、5分は頑張ってやろうとしてください。

 その繰り返しの中で必ず出来るようになります。それを乗り越えないとね。肉体というのは、楽に生きようとするんです。楽に生きようとするというのは何かというと、無責任に生きようとするということです。正確に言うと。肉体的には楽に生きようとするということは、責任取らずに逃げとこうということです。

 この世的に色んなことは結局、責任をもってしようとしたら大変なわけです。でもその大変なことを逃げ回ってたら、何のためにこの世に生まれてきたか、いうだけよね。ただこの世に生まれて来て、飲み食いして死ぬだけだったら、犬や猫と変わらへん。

 まだ犬や猫の方がね、人間さんに飼い主に対して色んなことをしてくれるだけマシ。人間は誰にも何もせんと飲み食いして死ぬだけ。それは大変やね。真(まこと)の本心の自分というのは皆さんご存知なんですよ。ただ肉体を持ってるときは、その真(まこと)の本心の自分を自覚しないのね。

 自覚しないというのは何故かって言うと、毎回、毎回生まれてくる時に、白紙にして、練習させて貰えるんですよ。なんで白紙にして練習させてくれるかと言うと、とてもお前なんか落第で何の役にも立つかという位の事をみんな過去世でしてるのね、はっきり言うけど。だからその記憶が残ってたら、もう最初から努力しないんよ。

 こんな私無理って言ってね。だから色んなことをしてきた記憶を全部消して白紙にして、してるにも関わらずね、又、楽しようって逃げるの。せやけど、どの人もね、本当は楽して逃げないのよ。一番人間にとって難しいのは2本足で歩くことなんです。

 で、赤ちゃんで「おぎゃあ」と生まれて、みんな本当に5分以上辛抱してね、歩こう歩こうと本当に苦労するわけですよ。で、みんな歩けるようになってるね。或いは、喋ろう喋ろうと苦労してね、この難しい日本語を喋れるようになってるのね。だからみんな出来るはずやん。出来るはずやのに、歩けて喋れるようになってくると、ズルく立ち回ろうとするんやな。最初の白紙の時は何もかも白紙やから頑張るね。

 でも歩けて自分の力で適当に奪い取りに行けるようになると、ズルく立ち回ろうとして逃げ回ろうとするだけ。

 でも誰も彼も最初の5分さえ辛抱したら出来るから、まずは5分辛抱してやってみようって、できなかったら、又、次したら良いからって、できない自分を責めずにね、繰り返しやってみてください。ちょっと時間がないんで、呼吸法を優先して今やってもらっています。

 で、 膝よりも上に、お臍よりも膝を上げるというのも、呼吸法の一環です。膝を上げるということは嫌でもお腹に力入れないと膝を上げれないでしょ?そのお腹に力を入れる感覚が欲しいんです。だから普通に散歩してたって、そんなにお腹力入れないけれども、このお臍より膝を上げるっていうのはね。(無意識におなかに力を籠められる)
 
 「印可書」読む間、上げてくださいということは5分間なんですよ。 ゆっくり「印可書」読んでると5分かかるからね。早口だと早いですよ。でもゆっくり「印可書」読むと5分かかるから、その「印可書」読む時間という5分をね、辛抱できて膝上げれたら、ちょっとずつお腹に力入れるのがわかってくるから。すると、この漏れる呼吸にも全部繋がります。

 ともかく、めげずにやってください。ちょっと本当時間なくてね、どんどん押し切られてますけども。そうですね、明日ぐらいになると、世界的な情勢で色んな問題をもうちょっと見えて、みんな気づく気づけへん別やで、見えてくるんですけど。それがもっと具体的にわかってきたら、村人はね、「河上が300万枚の護摩木って言ったときにやっておけばよかった、月2回の護摩にしてもやっとけばよかった」って臍をかむ(ほぞをかむ)くらい大変になります。それぐらいちょっと追い詰められてしまいました。
 
 でもそうですね、皆さんが困らないようにもうちょっとはっきりしてきて、明かしても良い時期が来れば(どうなるかは)ちゃんと言いますけどね。

 色々と本当にこの世的には大変だから、まず真祈りを覚えていただきたい。真祈りは呼吸法とセットになっていかないと、深くならないんでね。深くならないじゃなくて、本当は深い真祈りをみんなしてるんだけど気づかないということです。肉体的に(気づかない)。肉体的に気づきやすい方法が呼吸法なんです。

 だから先生は1万回の素振りとかね、もう細かいこと言いませんけど、最初のやつだけ言うと1万回の素振りだったんですけどね。でも今から1万回の素振りって言うとね、年取ってできないから。若いときだから出来る。だから、膝上げでやっていって下さい。ともかく失敗した自分を掴まないというのは大事なんです。

 失敗した自分を掴んで責める人ほどな、人の失敗も責める。それ分っててください。自分を責めるから人を責めるんよ。自分を責めなかったら、人の失敗も責めない。笑って、又、今度やったらええやんって言えるんやけどな。自分に厳しいから人に厳しい。それがもうちょっと進むと、自分に優しく、人に厳しくって逃げ回るようになる。
 
 だから赤ちゃんの時はみんな真面目なんやで、一生懸命するしね。でも歩けてある程度肉体を自由に喋れてね、使えるようになるとズルい知恵が沸くね。ズルく立ち回ろうとしてしまう。

 でもしんどい事ほど本当は素晴らしいことなんですよ。だって、運動選手がそうでしょ?野球選手でもサッカー選手でも。あの練習というのはつらいことでしょ?あれをするからこそ、凄いことが出来る。別にそれはそんなスポーツに限らず、どんなことでも一緒なんですね。でもみんなそれを達成する、克服する力を持ってるから歩けて喋れたんやで。

 だからほら、あの狼に育てられた赤ちゃんっていうのがあるじゃないですか?言葉も喋れないし、立って歩けないよね。四つん這いに走り回ったっていう記録がありますけども、そういうものでね。

 でも狼に育てられた赤ちゃんは、オオカミ並の速さで走って、四つん這いで走ってね、したっていうじゃないですか。人間は何でも克服出来るんですよ。ただ、自分の浅知恵で逃げ回ってるだけ。逃げ回らないで、その神さまのお手伝いするためにここに集まった人は(そのために)肉体を持って降りてきたんだから。本来肉体を持って降りて来なくて良い人ばっかりが降りて来てるんだからっていうのをね、分かって下さい。

 神さまのお手伝いしたいと思わない人はここには縁がない。どんな形でも縁があるというのはね、神さんのお手伝いしたいと思って肉体を持って降りてくる必要はないのにみんな降りてきたんだから、その本来の自分を思い出してください。そして神さまのお手伝いという真祈りをしてください。
 
 もう色んな意味でどんどん押し切られて、申し訳ないんですけど。だから楽に流れずに、より苦労すると自分で思って色々やってみてください。はい。

質問:預かってきた質問があるので読まさせて頂きます。
 30歳のお嫁さんが抑鬱状態のようで、今は目眩がして起きれない。外に出れない。今朝も胸の痛みで、日赤病院にかかったようです。どれも検査結果異常なし、息子は平日、単身赴任でお嫁さんは1人で平日、小1の女の子と2歳の男の子の面倒が一杯一杯のようです。
 心療内科にかかり、すぐには薬物療法をするのではなく、1週間ほど様子を見ましょうと言われたようです。平日1人で子育てで負担がかかったのかなと思います。「印可書」奉納とともに、私の取るべき対応はどうしたら良いでしょうかとお聞きしたいのですが、始めたばかりのパートは、できれば続けたいし、かと言って1日終わるとヘトヘトでお嫁さんを助ける余裕がない。でも、助けてあげたい。パートの日数を減らした方が良いかなとか、考えたりもします。よろしくお願いします。

河上さん:それな、住んでる場所悪い、引っ越しせなあかん。お嫁さんが。心療内科の先生は良い先生やね。一遍薬飲んだら立ち直られへんから。うん、だから良い先生、薬出してないのは凄い良い事や。今のうちに引っ越しせなあかん。どこでも良いから。特に今の場所はあかん。狭いアパートになるにしてもね、今の場所は出た方が良い。

宮野さん:お姑さんは?

河上さん:うん?

宮野さん:お姑さんはそのままおってええの?

河上さん:えっ?同じとこ住んでんの?ちゃうやろ?

質問:そうですね、今は。

河上さん:お嫁さんの住んでる場所があかん。何でそんなとこ行ったん、みたいな。なんか家賃安いとか、なんか良い条件やったんかもしれんけどね。うん。高くても狭くても移った方が良い。

質問:すぐに?

河上さん:すぐに。出来るだけすぐに。お金の問題やないな。だって子供2人もいてるもんな。もう移った方が良い、もうややこしいこと言わんと。

質問:わかりました、ありがとうございます。

河上さん:何やったら今電話したり。

 出産するでしょ?色んな意味で女性はストレスがあって大変なのに、その場所はあかん。霊的なもん持ってる方だからね、お嫁さんはね。できたら「印可書」読ました方が良いんだけど、自由意志だから読まさなくても、お守り袋入れてな、このお守り買ってきたから持っときみたいな、或いは、持っとくの嫌でも部屋置いときみたいにして「印可書」を置いてきたら良い。

宮野さん:無尽灯は?

河上さん:無尽灯は嫌がるかもしれへん。だけどまず引っ越しすることやな。

宮野さん:引っ越しの方が難しくないか?普通な。まず「印可書」を読む、無尽灯を置く。

河上さん:いやー、引越しの方が先や思うな。

質問:家か土地に何か?

河上さん:そやな、その場所やな。

河上さん:こっち(宮野)の返答で優先してください。僕の担当ではない、基本的には。

宮野さん:○○○。ああ、私ら行かれへんな。

河上さん:行かれへんから言うてん。奈良に行くだけでも精いっぱいなのに。

宮野さん:そやな。

河上さん:岡山も遠い。

宮野さん:例えばね、その引っ越ししてくださいだけど、ハイ引っ越しますたって、物件を探さなあかんやろうし、子供の校区の問題もあるでしょ?

河上さん:まず「印可書」を置きに行ったら良い。

宮野さん:まずね、移行するのに時間がかかるだろうから。

河上さん:多分お嫁さん、「印可書」読む状況にはないからな。

宮野さん:でも目の前にいる方、まずその質問された方がまずしっかりしっかりと。

河上さん:読んであげて、お守りや言うて騙してどっか神社の御守り袋に入れて。そこに住んでたら無理やな。一つ間違うと自殺するからな。いやそういう意味でな核家族の方が良いのは良いね。

宮野さん:一緒に住むと。

河上さん:一緒に住む方がな、背負うべきもの、お姑さんも背負ってあげれるからね。一人というのはもう、まだ旦那と一緒やったら旦那も背負ってくれるから済むねんけど、旦那は単身赴任で居れへんでしょ?だから全部その人にかかってくるから。

宮野さん:その背負うっていうのは、育児を一緒にする、生活を助けるとかいうことではなくて、その業みたいなものを背負うってことですね?

河上さん:そうそう。一緒に住んでたらな。だけどそういうわけにいかへんからな。今は女性は大変やねんって。そのお姑さんと一緒に住むのが大変かも知れんけど本当はその方が楽やね。

 うん。だって初めての子育てを1人でな、実家に帰って産んでるうちは良いけど、帰ってきてからがすごい大変。実家のお母さんに来てもらって、もう引っ越しするの大変やったら、実家のお母さん来てもらってしてもらえたら良いんだけど、出来へんからそうなってるんやって思うしな。それ出来るくらいやったらとっくにしてるやろ?中々、岡山は楽しいとこやね。

質問:ありがとうございます 
 河上さんの掲示板の投稿を読ませて頂きました。ありがとう村について書かれた内容を読んで衝撃を受けたんですけども、ちょっと詳しくお話伺えませんか。

河上さん:何を聞いたらええの?

質問:村を抹消するという。

河上さん:それは先生との約束やから、そうなった時はもう、石ころ一つ残さず。

質問:そうなった時はですか?

河上さん:うん。

質問:分りました。

河上さん:だから真祈りせずにね、真(まこと)の神さまも選ばずにね、この世の神さまを選んでね。ほんで、宗教団体のようにね、昌代ちゃんの希望があるないに関わらずよ、何でもマーさんのせいにして、マーさんに聞いたらってしてね。自分らは真祈りせずにや。何でもマーさんの責任して、「マーさんは素晴らしい、素晴らしい」って言って、逃げ回る事や。

 素晴らしい、口先は素晴らしいやけど、責任を逃れて、ズルく立ち回ってるだけやないか。真祈りしようと工夫もせず、工夫をしない自分を無責任にほったらかして、マーさんがしてくれるだろうと逃げ回ってるだけやないか。それを否定できない状態に置いてしまったら、宗教団体。そんなもんは要らんって先生は言った。

 それは30年後やって言って、ちょうど来年や。ぞっとした。でもどうしてこの村をするか位も。ほんなら具体的に言うたろ。そんなに具体的に聞きたんやったら。
 
 イエスが十字架にかかったやろ?十字架にかかるってどういうことかって皆んなわからんやろ?具体的には十字架かかるいうのは、例えば試したかったら、両手を縛って大の字に誰かに縛ってもらってぶら下がったらええわ。何が起こるか。

息ができへんようになるね。横隔膜がひっぱられて動かなくなるから、十字架にかかるいうのは呼吸困難なるね。息をしようと思うと、腕に力を入れてグッと体を持ち上げんと、息吸われへんねん。それが十字架の苦しみ。それをただ両腕でだけで十字架かけたら、もう7.8時間で力尽きて、息が詰まって死ぬね。

 すぐ死なせんように、足にも釘打って、足でつっぱれようにするわけよ。息をしたいから痛いけど足も突っ張って息してっていうことをして、約2週間十字架上で苦しむ。イエスの場合はもう足が弱りきってたから、8時間ぐらいで死んじゃったけどな。どっちにしてもそういう苦しみ、息ができないという。

 先生はそうなったときは、村人全員を十字架にかけよということやから、十字架にかけることにしたわけ。具体的にはここは全部埋まります。生き埋めになってもすぐ死なれへん。呼吸がちょっとできてな、苦しんで約2週間土の中で苦しんで死ぬような、それだけ。
  
  でも全員十字架にかけて神さまの役に立てるから、助かるやろ?今具体的に言うたで。聞くからや、聞けへんかったら黙ってんのに。だから例えば、生活保護を受けれてよかったねって言うふうな村人がいる状態ではどうしようもない。

 それでも先生は最後まで助けようとして、十字架にかける形で助けてくださるんや。喜べ。ここが土に埋まるなんて無理やと思っといたらええやん。神さまの凄さを思い知るだけや。真祈りせえへんかったらやで。頑張って真祈りしてや。来年までもうあんまり時間はない。

 でもその前にまず、300万枚の護摩をしなかったことが、こういうことやったんだと。そのために300万せえって言ってたんかっていうのが、具体的に分って臍を噛むよ。誰も300万枚しましょうって言ってくれなかった。立場があって出来へんみたいにぬかしやがって。アホタレが。バカタレとは言わん、アホタレと言うとくわ。ほんならまだ真祈りする気になるやろ。

質問:松下先生が亡くなられた後、みんなに降り立たれたと聞きました。それは自分自身がどのような認識で認識をすれば良いのでしょうか?

河上さん:だから降り立ったことをさっき説明して、でも自覚はないでしょ?だから自覚出来るように、一生懸命持ってきたつもりです。

 まずスタートに呼吸に「宇宙神ありがとうございます」。まずね、真祈りって難しいってみんな思って、あの当時は真祈りができへん、もう難しいわって言う人が大半やったからね。

 だから真祈りって難しいよねって説明して。ほんなら、みんな思わず、「うん、うん」って言うから、ほんなら、まずは呼吸に「宇宙神ありがとうございます」って乗せようねって、それが真祈りになるからって言って説明したわけね。

 ほんだら先生亡くなられて大変だっていうことで、みんなひたすら、呼吸に乗せてくれるかなと思ったら、ちょっとは乗せてくれるんだけど諦めちゃったのね。

 諦めるから今度は「印可書」奉読することが真祈りになるからとかね、色んな説明をさせてもらって。
 
 「印可書」奉読の方がね、呼吸に乗せるいうのはなかなか大変だからね。24時間連続して呼吸に乗せ続けなあかんからね。普通はそれをやろうとしたら、寝るときは途切れてしまうんですよって泣いてくるんやけど、誰も言うて来ないから誰もせえへんかった。

それは良いよ、済んだ事やから。そやけど、「印可書」奉読がお手伝いになるよということで、みんな「印可書」奉読してくださるようになってね。護摩も成功するようになってきたわけです。その中で、後もうちょいだから、呼吸法を今教えてるわけ。それで初めて先生が降り立って下さるということを自覚できます。

 自覚できたら何が起こるかというと、要するに自分という意識が広がって消えちゃうんですよ。自分という意識が消えると、先生の仰る無条件の喜び、無条件の幸せになる。要するに、何が起こっても喜べる。別の言い方で言うたら、今が一番よくなってるって一瞬一瞬新たに良いようになってる。自分にとって都合悪くてもよ。

 自分にとってどんなにしんどくても。例えば癌ということになっても、良かったって、無条件に思える。何があっても良かったって無条件に思える。で、この状態でも神さまのお手伝いしようってね、無条件に思えるようになったら悟りなんです。
 
 その状態になったときは、先生と不離一体だから、先生の気持ちが分かってね、今、自分が何をすべきかというのが、ゆとりを持ってと言うか、悠々と出来るようになります。そうなるように出来るだけふわっと説明してきたんだけどね。
 
 ただ先生の予言通り村がおかしくなっちゃったから、この村がなくても出来る状態に持っていこうと今してるところです。勿論、村人が真祈りしてくれたらこの状態でいけますけどね。それは、こっちでどうこう出来なくて、村人の自由意志です。

質問:ありがとうございます 
 それと本心の16項目ですね。あれの5項目までをCDで松下先生が説明してあったんですよね。その中で私が分らないところをちょっとお尋ねします。一番の真(まこと)のプラスの言葉を駆使する自分のところでですね、病気の人がいたら心の深いところから「ありがとうございます」を真剣にぶつけるって仰ってたんですよね。

 それで私はそのとき、その「ありがとうございます」の代わりに「印可書」を真剣にぶつけたらもっと深く入れるのかなと思いましたが。

河上さん:いや、どっちも一緒なんですよ。どっちも一緒なんだけど、「ありがとうございます」というのがどうしても真(まこと)の神さまそのものって思えないでしょ?何か物もらって「ありがとうございます」の意識がたくさんあるじゃないですか。「ありがとうございます」の受け取り方の中に。

 でも「印可書」はもう先生が作って下さった真(まこと)の本心の自分そのもの(真祈りの全体像、全体図とは)って最初に説明してるから、真(まこと)の本心の自分そのものって「印可書」でいけるからね。それで「印可書」って言ってますけども、「宇宙神ありがとうございます」も「ありがとうございます」でも、真(まこと)のプラスの言葉には、変わらないんです。
 
 せやけど、「宇宙神ありがとうございます」と言うとね、なんか小さい銀河系宇宙の神さまぐらいにしか受け取らない人もいるんでね。本当は宇宙神というのは真(まこと)の神さまそのものということで先生が「印可書」を選べないから、せっかく「印可書」出したのに誰も選んでくれないから、じゃあもういっぺん簡単なこと、である、「ありがとうございます」選んでくれないから「印可書」を出して下さったわけですよ。

 でも「印可書」を選んでくれないから、もういっぺん(新たに)「宇宙神ありがとうございます」を出して下さったわけです。そのときに大半の人が、ほんだら「宇宙神ありがとうございます」って言ってたら良いのねって言ったはずなんですよ。言った以上はやれよ!って。なのにせえへんやろ。私達は「宇宙神ありがとうございます」って聞いてます。

 聞いた以上はやれよ!先生を信じてないのか?はっきり言うけど。あんまりはっきり言うとキツいかもって言うのを控えてたけどね、もう時間がないんで、それだけです。

 だからよう分からんけど、お手伝いしたいっていう人は「印可書」を読んでたら大丈夫だからっていうことで。「印可書」だったら真(まこと)の神さまそのものって説明してるし、他の意識を載せれないじゃないですか。だから「印可書」の方が今は深く入りやすいです。
 
 でも「宇宙神ありがとうございます」、「ありがとうございます」が駄目ということじゃない。駄目じゃないけど受け取りきれない、みんなが。真(まこと)の神さまとして。それだけです。

質問:ありがとうございます。



令和6年6月河上さん勉強会お話し(20240609−2)

質問:私の体のことでお尋ねするのはちょっと恐縮ですけど、加齢とともにっていう表現ちょっとあれかもしれませんけど。肩こりとかですね、首筋の凝りが酷くて、最近特に右の首筋と肩の凝りが凄く痛くて、ストレッチとか長く時間がいるんですよね、以前に比べですね、解消するのに。そういった痛みを解消するのにストレッチとかしてますけど、これはどのような方法が宜しいでしょうか?

河上さん:まず基本はね、基礎代謝が凄く落ちてるんですよ。だから昔、体温36.4度位やったんでしょう?ね?今測ったら多分36.2か下は35.9位やな?

質問:低いです。はい。

河上さん:これ36.4まで上げていかなあかんね。基礎代謝をどうしてあげるかというと、ヘソから下の筋肉を鍛えなあかん。で、四股踏みとかね、あるいは、お臍より高く膝を上げて下さいって言ってるのはそれなんです。

 ただ、基礎代謝は上げたいから、体が鍛えたいからと言って、若い人はね、どんどん無理して、猛練習したら鍛えられるんですけど、みんなこの年になったらね、しんどくなったらやめて下さい。でも、例えば今日は5分出来たと。あるいは5分で50回出来たとかね、回数数えなくてもても良いけどね。5分出来たと。そしたら、明日は5分プラス1秒し、もう1回だけ5分にプラスして、もう1回だけ膝上げるとかね、そういうことでいいですから。で、明日じゃなくて、楽になって、しんどいのが止まったら、またやってみようとかね。でもしんどくなったら止めるっていう、その細かい繰り返しで、筋肉はつきますから。つけば、お臍から下の筋肉がつけば、基礎代謝が上がるから全部治ります。あとは糖質を控えて下さい。歳だから、体重が今45位?

質問:はい。

河上さん:ね?なら45gのタンパク質は取ると決めて下さい。お魚であろうが鳥さんであろうが、チーズであってもいいです。それ以外の糖質は、出来るだけ控えて。

質問者:ありがとうございます

質問:すいません質問です。

河上さん:はい、どうぞ。

質問:質疑の方から二つの質問頂いています。一つ目いきます。
 子供との護摩の参加について質問です。子供たちが3歳と0歳で、おそらく護摩の会場で泣いたり騒いだりすると思います。私としては、生まれて来てくれたからには、護摩に参加させてあげたいと思っています。なるべく護摩を邪魔しないようにあやしたり、散歩させたり、気分転換をしながら参加させさせたいです。護摩の会場では、お祈り以外の雑談はしない方が良いと認識しているのですが、子供をあやすためにお散歩してみようか…

河上さん:あぁ、それでいいです。

河上さん:それで大丈夫です。はい。いわゆる世間的な雑談をしないで下さいということであって、護摩の会場なら会場のうしろの坂で、山登り出来るじゃないですか。あそこ走り回ってくださって大丈夫です。

質問:ありがとうございます 二つ目いきます。
 小さい頃に育っていく中で、問題が色々ありました。その結果、自分には価値がない、死にたいという考え癖が付いてしまいました。お祈りのお陰でずいぶん楽になったのですが、根本的なところで抜け切れていないようで、時々現れてはしんどいです。
 子育てしていく中で、悪影響だなと思うことも多々あり、いい加減このマイナスの考え癖をやめたいです。アドバイスいただけないでしょうか?

河上さん:はい。みんな何でも出来るんですよ。出来る証拠がね、今さっき説明したように、歩けて喋れてること。赤ちゃんが努力しなかったら日本語喋れないよね?努力しなかったら、2本足で歩けない。最初はハイハイして、伝え歩きして、本当に手でバランス取って歩こう歩こうとするじゃないですか?あれって大変な努力ですよ。みんなそれをして来てるのね。でもその努力をした自分を忘れてるだけ。歩けるようになった自分を信じて、神さまを信じて、喜んでたら良いんですよ。

 で、マイナスに思う人に限ってね、出来ない結果を掴むの。だから、出来なかったら、あっ、もうこれは今日はこれで置いとこうと、また今度しよっていう感じで、色んな事をしたらいいんですよ。で、全部中途半端でもいいの。でも、その中途半端で失敗した経験が全部繋がって、成功するようになるんです、本当は。
 
 でも出来ない人っていうのは、私はあかんたれやわって、私は駄目な子やわって言って、出来ないマイナスを掴んで何もしなくなる。で、何もしなくなると、ノイローゼになる。
 
 神さまは無限の無限の働きやから動いてたら喜びになるんです。でも何も出来ないわ、私は、どんくさいわって言ってじっとしておこうなると、もう神さまの働きと逆の方向だから、ノイローゼになって死にたくなる。それだけなんです。
 
 だからまず、悲観的に思ったときはね、なんていうんですかね。散歩でいいから、それも目的を持った散歩。そうですね、例えば、コーヒーが好きな人だったら、高くついてもね、そのコーヒー屋さん迄まで歩いて行って、コーヒーを飲んで歩いて帰ってくるとかね。

 別にコーヒーに限らへんで、何か自分の好きなことをするために歩く、要するに動くっていうことをしたら、いいです。

 それを永平寺とかね、座禅とかでじっとする修行が多いじゃないですか?じっとしてるのは、そういう意味で神さんとは逆の方向だから、一つ間違うとノイローゼになるんですよ。だからお掃除をね、もう喧嘩腰でさせるのね、永平寺では。ワーッと、その時はもう大声出させて、走らしてね、もう本当に綺麗にするわけですよ。それが神さんの働きとしてとして動く働きが出るから、元気なるん。だからお家のお掃除でもいいんですけど、もう気持ちがマイナスなってるときはね、外へ。で、人目気になるんだったら、暗くなってから歩いたらいいんだから、何とでも工夫して下さい。

質問者:ありがとうございます

河上さん:もう気にする人ってね、特に女性の場合そうですけど、外を歩きに行ったら良いねって言うと、着ていく服がないとかね、私はお化粧下手だからとかね、もう何なと理由つけて引きこもろうとするんですよ。だから誰も見てへんって言うのに、だからマスクして行ったらいいえねんって言ってね。マスクはパンテーと思いとか言ってね。(笑)言うて、何とかうまく外、外に出るようにしたらね。またそういう引込もりやすいお家というのもある、場所というのもあるんでね、出来たら引っ越しするのがいいんですけどね、そういう性格の人はね。

 でもその物件探すときにまたややこしい所を選ぶとこあるから、なかなか微妙な問題になるんですけど。
 
 本当に切羽詰まってきたんで、呼吸法で、皆さんの呼吸法が頼りです。呼吸法で真祈りを深めて下さい。呼吸だけじゃないですけどね。真祈りを深めていただくと、もうね、オーケストラがそうでしょ?一丁二丁のバイオリン弾いたって大した音出ないけど、あの数だから凄い音量出るじゃないですか?それが必要なんですよ。
 
質問:ありがとうございます 
 不立文字の部分で、呼吸法とかは本当は…

河上さん:その人の体格に応じた、ぴったり合った呼吸というのがあってね、これが一番というのがないんですよ、何か共通したものが。だから、ただ共通した中でね、一番呼吸を体得しやすい最初の第一歩がね、口を閉じて鼻から吸う。で、吐くのは、口と鼻からゆっくり吐く。また口を閉じて鼻から吸う。それが慣れてきたら、微妙に口を開けて鼻から吸うをすると、口から微妙に漏れるのがわかる。ということでお願いしてます。

質問:かつて呼吸法のことを言って、みんなぐちゃぐちゃになって、上手く行かなかったから…

河上さん:ええ、アトランティスの時に失敗しましたけど、でも、切羽詰まって来たらここでいくしかないんですよ、この方式で。

質問:逆に今、そういうのを伝えてくださることは、今だからみんな出来るという?

河上さん:印可書があるから、印可書の凄まじさです。

質問:そのおかげで呼吸法を

河上さん:でも失敗しないと思ってます。ありがとうございますで呼吸法だと、さっき説明したように、「ありがとうございます」が「真(まこと)の神さまそのもの」って受け取りきれないのね、みんな。何ぼ先生が説明しても。で、宇宙神ありがとうございますが印可書そのもの、真(まこと)の神さまそのものって先生仰ってるのに、受け取りきれない。

 だから、何か、上手く行かなかったんでしょ?はっきり言うけどね。もういっぺん印可書に立ち戻ってるだけですけどね。

質問:先生行かれてから、最初の2018年の3月の護摩で、途切れない真祈りということで、呼吸に宇宙神ありがとうございます 結局、又、そこに立ち返ったような気もするんですけど?

河上さん:あのね、結局。本当は本来みんな真祈りしてるんよ。これは絶対間違いない。

 ただ、肉体側にまで気づいて響かさないと意味がないの。わざわざ肉体を持って降りてきったっていうのはそういう事よ。

 要するに肉体という楽器を真祈りで響かさなあアカン。肉体という楽器を真祈りに響かすためには、呼吸という部分が一番神さまと繋がってんの。どういうことかっていうと、意識せずに呼吸してるでしょ?息吸おうと思わずに呼吸で来てるやん。でも、意識的に呼吸はある程度制御出来るでしょ?要するに、肉体側の自分の意識と神さんの意識を合わしやすいの、呼吸の部分で。だから呼吸の練習してほしいから、呼吸法っていうのを言っています。
 
 ただ、呼吸法だけだと、もう念力合戦になりかねないんだけど、今回は印可書あるから何とか持っていけると思っています。

質問:最初は、1ヶ月のオマケということで、呼吸に宇宙神ありがとうございます で来て下さいでずっと続いたんですけど、

河上さん:それね勿論そうなんですよ。だからあの時にその最初の1ヶ月に一生懸命やってくれたら、そのまま悟れる人が出るはずだったんだけど、みんな諦めはったんよね。でもそれも想定の中やからいいんですけど、要するに、先生亡くなられたと、ね。本当は、地球霊王様と約束してね、私が人類を真祈りさせてちゃんとしますから、一旦ご破産するのを待って下さいということが、約60年ほど前にあったわけで、そっから始まってるわけですよ。

 その60年前にあった事を先生果たさずに行かれたじゃないですか?それは何故かというと、みんなが無責任に先生に頼って真祈りしようとしなくなったから。先生の意思じゃなくて神さまの方が引き上げちゃった。それが、そうですね、先生がそうですね、2015年あたりにはもう(なくなられることが)確定してしまっててね。

 色々とお願いして印可書を作って頂いたり、準備してギリギリ間に合ったみたいな感じです。本当は、先生亡くなられた時に、残された私達で真祈りしてやりましょうっていう人が1人で居ったら、もう任して、僕は出る気はなかったんですけど、みんな右往左往するだけでな、どうしようっていうだけだったから、もうお前以外、誰がするねん、みたいな先生響いてくるからね。

 でも一応奥さんにお聞きして、奥さんが喋って良いっていう事やったらって先生に念押しして、で、聞いたら奥さん喋ってくれということで始まったわけですね。それだけです。

 任された以上は失敗しませんから大丈夫。失敗はしませんけど皆さんの自由意志が大事なんでね。

 微妙に微妙にずれて、今、追い込まれてるわけで、本当はもっとこのおまけの6年間に何とかしたかったんですけど、村人の方が虚栄心でね、さも真祈りする顔をして誤魔化すから、こっちから言いようがなかったんです。やっぱり自由意志が大事やからね。

 せやけど、今回真(まこと)の神さまを選ばないっていうことを宣言したから、それではということで、言ってる、行動を起こしてるだけです。

質問:色々厳しいお話も出ましたけど、四面楚歌でも天は空いてると思って、今教えて頂いてる。

河上さん:その通りです。だから村人が真祈り選んでないって、はっきり宣言してくれたわけですよ。言葉の上では言うてないけどね。でも何とか神社の何とかの神さまって言ったわけですよ。あんまり言わんとくけどな。それって真(まこと)の神さま選んでないって宣言してるよ。だからですけどね。

 それではっきり分かったから、なお且つ、まーさんの責任にしてね、みんな逃げ回ってるのもはっきりしたし。責任感があったら、今回の事でも、何があったかちゃんと言うて、でも自分がちゃんと出来なかったから、もっとみんなでね、やりますとかって言うはずや。誰も何も言わないってどういうことや!犯罪を犯してる人間をかく…
 
 まー、あんまり言わんとくは、(いろんなあったことは、掲示板や)録音に残っているから。今、先生がもう言うなって止めたわ。はい終わりにしよう。

質問:呼吸法で導入部分は宇宙神ありがとうございますとか、印可書をして、

河上さん:そうです。だからね、要は、「ありがとうございます」か、「宇宙神ありがとうございます」を真(まこと)の神さまそのものって素直に受け取れたらいいんですよ。ほんならその言葉は使えるんだけど、どうしても要らん思いをみんな乗せてるの。ね、要するにこれ1万円の価値ありますよ、この金塊は1万円の価値ありますよ、言うてんのに、みんな勝手に100円分位なのかなって受け止めきれてないわけよ。金で説明したらな。

 それがあるから、「印可書」を使いながら「呼吸法」でやって頂いて、その中で印可書が言えん時は、「印可書と等しい宇宙神ありがとうございます」と思って使う。「ありがとうございます」と思って使う。「あー」で使うっていう感じでやっていただくと、「本来の目的である、ありがとうございます」が、本当に響き渡る。そうすると大成功。
 
 印可書を扇子と思って。開いた状態が印可書や。で、扇子をパッド閉じるやん、すると両側にありがとうございますって書いてるっていう感じで。それもなおかつ閉じると、呼吸そのもの。

そこまで行きたいけど、まずは、まずは呼吸がいつも真祈りになってるって自覚してもらうのが大事なんでね。呼吸は真祈りって自覚出来たら、もういわゆる安心立命というね、今が一番になっているというのが実感できます。で、松下先生の心が直接響いてくるから分かります。

質問:途中、お祈り言葉も忘れて、もう呼吸だけになっていっている状態でも、いいという事ですね?

河上さん:うん。だからお祈りしてることを忘れてじゃなくてね、呼吸がもう、真(まこと)の神さまと不離一体という、真祈りそのものって実感出来るから。忘れるんじゃなくて実感やね。うん、忘れてる内はアカン。はい。

質問:細かい技術は、口の中の舌は普通にしててもいいですか?

河上さん:いや、だからね…

質問:顎に上あごにつける?

河上さん:いや結局ね、鼻から吸うときに口を微妙に空けておく必要があるんですよ、ずっと漏れる息を実感したいから。でも最初は鼻から吸う時に口からも吸ってしまうね。それをね、舌を上の歯の後ろにポンと当てて、鼻からすると、口から吸うと口から舌が冷たくなるやん?で、気づくから口から吸うのがやめるようになる。口から吸う癖が止まったら、かなり楽や。でもなかなか癖があるからね。ついつい口から吸ってしまうんよ。

 で、例えば、激しい仕事とか激しい運動するとついつい口から吸うね。すると、その仕事を長い間はできへん。でも、鼻から吸って口から吐く感覚がつくとね、少々きつい仕事でもずっと出来るんで。先生がそうやってん。あんだけの肺しかないねんで。
 
 なのに、もう例えばここの屋根をね、僕は4tトラックで持ってきたわけですよ。その屋根の05(厚み0.5ミリのこと)のトタンやね。厚み1mm(50年保つと言われている)にしましょうか?って言ったらやね、「30年持ったら良い」ということで、05の波トタンを持ってきたわけですね。それも10尺のね、長いやつを。それを僕と先生がトラックの上に乗って、下でみんなで受け止めてワーッとおろしたのね。その時に先生「休もう」って言えへんね。こっちもうパンパンや。そうやけど休もうって言えへん。それその呼吸法出来るから。こんだけの(握り拳大の)肺の人が、それくらい凄いことが出来るわけね。
 
 だからまず実用的にもね、仕事の上でも、無理はしないけど、何でもこなしていけるようになるからね。ぜひ、この呼吸法を練習してみて下さい。
 
 質問者:はい、ありがとうございます
 
 河上さん:で、勉強出来ない子はこの呼吸を覚えると勉強出来るようになるし、それは間違いない。神さまは本当に何でも出来るというのはね、分かってて下さい。ただ出来るだけみんなの自由意志を最最優先してるだけです。
 
 でも、いよいよ最後となれば、地球霊王様が閉めるということで、みんなの自由意志を無視して閉めるわけですから、その手前に微妙な予兆はあります。神さまってこんな凄いんやってみんな分かって来ます。その時に気づいて真祈りがみんな深まってくれたら上手くいきます。恐れおののくだけだったら終わっちゃうし、だけで。
 
 今地球霊王様はもう熱出してね、皮膚がボロボロなってね、かゆいしね、大変なんです。痒いし痛いし。それが入れ子構造的に現れて、みんな肉体側の人もね、皮膚病がもの凄い増えてるのね。色んなややこしいのが有るのは地球霊王様の体が病気だから。
 
 どっちにしても80億90億も人間おったら地球霊王様持たない。せめて37、半分以下ですけどね。でもみんな真祈りしたら80億でいけるんよ。そういう意味では神さまは最後まで愛なんですけどね。それを人間の側が受け取れないだけなんだけど。

 だってこんだけね、便利な日本でもみんな文句言ってるんやろ?神さまは「共に楽しみ、共に喜ばん」だから、みんなが喜んでくれるのを、(地球霊王さまは)食べ物にしてはるっていうかな、感覚的に、みんなの感覚で言うとね、みんなが喜んでる気持ちを受け取って、神さまは生きてはるわけですよ。地球霊王様は。
 
 だからお祭りがあるの。お祭りってお金持ちも貧乏人もね、身分も関係なくみんなで喜ぶじゃないですか?で、お祭りでしょ?神さまの前でお祈りしてるんでしょ?で、お祭りの時みんなで喜ぶじゃないですか?で、神さまが喜ぶんです。

 だからほら、天岩戸開きのときにね。みんなで笑って喜ぶから、天照大神さまが、何みんな喜んで笑ってんのって、思わず開けてしまったんやろ?そういうことよ。ね、だからみんなが喜び合えるようにせなあかん。

 でも、本当に無条件に喜びあえる、要するに今が一番良いようになってると思うためには真祈りしないと分らない。ついつい自分の肉体に負担かかったら文句言うやろう?それがアカン。その文句が怖いねんって。ちょっとの文句やけど、全人類にしたらすごい量や。勉強しいやはアカンのやで。

 そっち向いて言ってへんで。こっち向いて言った。(笑)
 
質問:ありがとうございます 以前お話で、護摩を正式には護摩魔訶不思議で、護摩のこと護摩魔訶不思議という?

河上さん:摩訶不思議。

質問:その意味をちょっと教えていただけますか?

河上さん:「摩」というのは「偉大な」という意味です。偉大なが動き出す時「摩訶」って言います。で、護摩の「護」はまもり。だから「偉大な護り(まもり)」です。「不思議」というのは、「霊妙微妙な神さまの大きな働き、縦横無尽のそういう働き」です。はい。

質問:護摩のことを護魔訶不思議と呼んでもいいですか?

河上さん:いやいや、もうせっかく護摩で言うてんねんから護摩で良いって、うん。ただ魔訶不思議な霊妙微妙な働きだということです。

質問:ちなみに、護摩焚(だ)きと護摩焚(た)きと?

河上さん:どっちでもいいです。はい。

質問:それは無限通(とう)りと無限通(どお)り?

河上さん:みたいなものです。

質問:同じような感じで?ダブって来るとちょっとそういう感じが違ってくることですか?無限通(とう)りは無色透明というか?
 
河上さん:要はこの地上に響き渡る時に音(おん)がダブルんですよ。それだけです。

質問者:ありがとうございます。

河上さん:月曜日になるとね、ちょっと本当にどんどん戦争に転がり込むかどうかというのはちょっとはっきりしてきます。それは経済戦争と実際の戦争と両方ですけども。どっちにしてもそうなってもね、心乱さずに真祈りして下さい。

 で、本当に地震をね、止めれずに押し戻してるだけですんで、皆さんの真祈り待ちやからお願いします。もう一杯重ねて止めれない。押し戻すだけ。で、揺れてしまうと、色んな意味でもう大変でしょ?だから、出来るだけ、出来るだけ行きますけど。出来るだけ4回位に分けて揺らしますから、続けて揺れても不安がらないように。本当はもっとすごい揺れ方をするのを、2回は必ず連続すると思います、これからは。東北のときでも、先生2回に分けてくださったのね。だからあれで済んだの。
 
 昨日も12時過ぎ、心臓止まっちゃってね。ほんでうちのニャンコさんのタンゴがニャアニャア泣いてこっちを起こして、なっちゃいましたけど、色々と追い詰められてます。皆さんの真祈り待ってます。お願いしますね。ニャアニャアで大変だったね?

宮野さん:霊障が多かったからね。

質問:改めての確認です。私は仕事に時間を費やすことが多いので、その仕事が自分の自己訓練の場所だと思って、印可書の奉納っていうのを意識して呼吸法っていうのを実践するように意識してるんですけれども、先生の神書の中で、今、すいませんちょっとお借りしたんですけれども、神さまの働きに同化するための自己訓練っていうところで、項目を先生が挙げて頂いてるんですけども、その中で読みます。特に教えていただきたいのが、A「必要なこととは無関係な無駄な無益ことをしていては、時間を体力を道具をエネルギーを浪費するだけです」っていうふうに書かれているところがあるんですけれども、毎日の具体的な仕事の中で、やっぱり無駄なことしてるんじゃないかっていうふうに、仕事が無駄って言ってるわけではなくて…

河上さん:違うの。あのね、先生がおっしゃるのは、例えば、神主さんはお祈りするのが仕事。で、神社を掃除するのが仕事。ね?例えば神主という仕事だったらね。で、例えば、調理師、料理人になったらお食事作るのが仕事。で、うちは煎餅屋さんですから、お煎餅作るのが仕事。みんなそれぞれ自分の仕事を持ってるじゃないですか?

 その内容は色々ありますよ、タクシーの運転手さんとは運転するのが仕事とかね、あるじゃないですか?その、その仕事が本当は真祈りなんです。なのに、こんな仕事してとかね。手を抜くでしょ?つまらんとかね。それで駄目にしてるよっていう意味なんですよ。

 だから上役からね、無駄なことを押し付けられて、こんな回り道の仕事をしてると思っても、それが真祈りなんです。それをまず分かって下さい。その無駄なことをしなくちゃいけない宿命を持ってる人はするしかないんですよ。回り道をする宿命持ってたら回り道するしかない。
 
 でも要するに、さっきちょっと説明しましたけど、みんな失敗するという宿命を持ってるんですよ。勉強出来ないとかね。だから、その勉強出来ない失敗するを掴まなかったらいいの。わかる?一生懸命やって出来なかったら、他の事しましょうっていうことをやっていくと、その失敗が体験となって、一つに繋がって大きくなっていくんですよ。

 なのにみんな駄目だわって言ってマイナスに(つかんでせっかくの失敗の体験を)消すのね。すると全部繋がらなくなる。プラスにするから繋がるの、一つに。という部分があって、お仕事が真祈りだけど、兎も角、責任を持って、どの仕事でも一生懸命する、がまず基本なんですよ。

 でも、一生懸命するためには、呼吸法があったら途切れずに一生懸命出来るから、今は呼吸法をちょっとお願いしています。良い?

質問:はい、分りました。自分の中で無駄なっていうのが引っか掛かってしまって…

河上さん:その無駄なっていうのは自分の判断やろ?

質問:はい。そうですね。

河上さん:無駄なのは自分の判断であって、大きな会社の中では、それが無駄かどうかは、本当はわかれへん。大きい会社ほど本当はそうやね。自分の立場から見て無駄やけど、大きな全体の立場から見たら無駄でないかもしれない。

 それは例えば大きい会社や研究所、研究所のやつ何しとんねんっていう感じや。まー働いてる人から見たらな。そやけどその研究所の基礎研究があるから大きく変わるんであって、それは大学の研究室も一緒よね。

 大学の研究室で何してはんのみたいな感じやけど、それが全部生きてくるんですよ。無駄無駄と見てるのは自分の勝手な小さい立場だけであって、無駄であるものは一つもない。だからそれを別の言い方で今が一番良いようになってるって言うてるやん。

 今が一番になっているというのは無駄なことでも一番良いようになってんね。神さまは無駄な事させない。必ずその人に必要なことしかさせない。でも逃げ回るとね、必要な事しないからややこしくなっていく。
 
 だから、逃げ回るというのは何か言ったら、出来ないっていう自分を責めて、ぐちゃぐちゃにしてしまう事。出来なかったけどまた次やってみましょうとか、他の事やりましよというふうに、どんどん前向きにしてたら、真祈りになって行きます。

質問:ここで言う無駄っていうのは神さま以外のものに心を向けるっていうことでよろしいですか?

河上さん:うん、そうです。神さま以外のものに心を向けるとね、何時も言うように光が通らない。要するに、(大半の人類は)こっち神さんを見てくれてないの、みんな。見てくれてない人に光を通さないかん。

 例えば、地獄降りていくやろ。僕降りていくと、ゴキブリのようにみんな散っていって地獄なくなるね。先生が降りていってもそうやね。先生地獄に降りて行ったら、ゴキブリの様にみんな散っていくね、眩しい言って。で、地獄なくなくなって、その場は地獄でないけど周りに寄せただけ。
 
 いや、そうじゃなくて、あの糞ったれが、とかね、あの人嫌いやわ、とか思ってくれるみんなの思いを使って、その部分に光を通さないとね。だからそのムラムラという、そのムラムラで光通すから、それでいいです。はい。

質問者:ありがとうございます




令和6年6月河上さん勉強会お話し―3(20240609−3)

質問: はい。ありがとうございます
 今の話で、仕事中は仕事に専念というかその方が、お祈りしやすかったり、呼吸もしやすいんですけど、逆に家にいる時で、その無駄、無駄ばっかりしてるような何かちょっとトイレ行く途中でお父さん、テレビ見てて面白そうってそこで止まって1時間半見たり、なんか携帯見てても、広告で漫画おもしろそうだったんで読む気なかったのに、もう気になって気がついたの2時間ぐらい経ってて、
 
河上さん:みんなそうやって。

質問:家にいる時の方がもうなんか全然なんか駄目だなっていう。

河上さん:そう、でもね、その部分を通して光を通さなあかんからね。だから例えば2時間無駄にしたように思ってるけど、ちゃんと光が通るから。ただ何て言うの気付いた時は、ぱっと真祈りに戻ればいいだけ。でも、巻き込まれたときは一緒に巻き込まれてあげないとあかん。

 岸で溺れている人にね、岸で見ててもどうしようもないでしょ?やっぱり行って、溺れている人を助けるコツは何かと言うと、行って一緒に溺れてあげなあかん。ほんだら、向こうしがみついてくれるやん。それで初めて、そしてそれも溺れている人はな(たとえば助けるコツは溺れて)、ちょっと苦しんで、元気なくなるまでほっとかなあかん。ほっておいてから行って、一緒に溺れてあげて引きずっていく。

 でないと、しがみつかれて一緒に沈むからね。いう感じの、その楽しみ方をせんな。だから2時間ゲームに楽しんでるようやけど、没頭しているようやけど、ちゃんと神さまが使ってくださるからね。

 そのために印可書奉読あるんですよ。印可書奉読してない人はただ流されただけ。でも印可書奉読している人は、それを通して、その流された心を通して、神さまの光を、あなたを使ってくださるからね。それが分かったら、もう寝る前に必ず印可書奉読して寝る癖がついてきて、もうちょっとマシになっていける、大丈夫、大丈夫。

質問:3回は声を出して読むとか、興奮…

河上さん:周りに人居ない時はね、3回は声出して読むというのは物凄く効果あります。でも他の人いる時はちょっと止めときや、おかしな人って言われる。

質問:家でいるときそうですね。

河上さん:そうです。神社の前では声出してやらないようにね、団体でやらないように。団体でやるとやっぱり怪しまれる。

宮野さん:神社で一緒に行かれる方、

河上さん:神社で一緒に行かれる方いうのは、なんていうの。やっぱりこの村と一緒でね、何でもまーさんに聞いてまーさんのせいにして逃げるパターンの人がついつい群れる。だから1人で行く自信がない人はついついそうなるんやけど、でも出来るだけ印可書奉読してね。出来るだけ1人で行くようにして下さい。その無責任についつい分らんうちに流れてしまいかねない。

宮野さん:ちょっと聞いてるのは、例えば、どこで、よくどこでされますかとか聞かれるのに、本殿でないとあかんとか本殿以外のところでとか色々あるでしょ?

河上さん:本殿でないと駄目と思ってる人はね、虚栄心なんですよ。要するに、本殿の前の方が力が強くて役立つだろうっていういらん虚栄心です。本当は神社まで行かなくても、印可書奉読で大丈夫なんですよ。本当はね。でもみんなやっぱり、例えばですよ、どっかの神社を思い浮かべて印可書奉読してもね、効果あるんかいなって自分で否定するじゃないですか。だから行って頂いてます。

 だから神社の外からでも大丈夫なんです。でもせっかく神社の前まで来てね、外だけで帰るっていうのもなんか惜しいやん?ということで、本殿の横でね、他の人の邪魔にならないようにして下さいっていうこと。もちろん本当に誰1人来ない(知られていない神社)やったら本殿に行ってして頂いて大丈夫ですけど、それでも周りに人がおったら声は出さないように。

宮野さん:さっきの3回読むと効果があるから3回読まなければいけないっていうように捉えられている方もいらっしゃるようなんですけど。

河上さん:3回読まなければいけないではなくて、3回というのは入れ構造の基本なんですよ。ピラミッドの三角形があるようにね。神さまの三大根本神力の3なので、3回ですけども、その入れ子構造だから、だからいつも言うように「あ」の一言でもいいですよっていうことです。それだけです。

 だからみんな自由意志だから気のすむようにされたらいいんですけども、3回読まなくちゃいけないではない。それはよく分ってていないと無意識のうちに人を縛るのね。お前3回読んでへんやないかって、もうそうなったら全部崩れます。人を縛ったら全部崩れると思って下さい。人の自由意志を縛ったら。

宮野さん:まあ、もし一緒に行くようなことがあったら、自分は印可書1回読む方もあれば、2回とか

河上さん:そうです。一緒に行ってお祈りを始めても、さき終わって、ちょっと離れてたらいい。

宮野さん:同じところにみんな固まっているわけではなく。

河上さん:うん、一緒に帰らならんからね、待って上げなあかんけど。

宮野さん:本殿でしたいと言う人がいれば、

河上さん:別にもう行きたい人はやらせたらいいけどいいね。

宮野さん:べつに隅っこで。

河上さん:みんな何言ったって好きにするがな。

宮野さん:好きにはするだろうけど、全部ほらこちらで聞いたことを、自分にとって都合のいいような解釈をして、それを正論であるという、もしくは正義であるというふうな形でもって、そう誰かに押し付ける形になるでしょう?

河上さん:誰も人の自由意志を縛ろうとする人というのは我が強いという別名です。何で自由意志を縛るなって言ってるかというと、我が強いからよ。我がなかったら、相手の自由意志を縛る気にもなれへん。だから、我が強いから、何でもまーさんに聞いてって言ってね。まーさんの自由意志を縛ってね。自分が逃げる。

宮野さん:でもちょっと戻りますけど、ではお祈り行った場合たまたま一緒に行こうか行きたいなと思うところが一緒に話が合って一緒に行きました。そしてその時に、では印可書読んでくるわって感じで、それぞれが行って、じゃあ終わったら、どこどこにいるね、みたいな感じの、

河上さん:そうそう、そういうの最後の集合場所を。ここのお蕎麦屋さんとかさ、お団子屋さんとかって。

宮野さん:言ってたら正門の前とかに居るよとかって、そういう感じで自分自由にお祈りをして貰うっていう形で対応したら?

河上さん:だから修学旅行やないのやから。引率の先生は要らん。

宮野さん:どっかでね。ただ、みんな一緒に行ったらみんなで一緒にやった方が、ほら、先ほど重層構造じゃないけど1人よりも2人、2人でやると2じゃなくて、もっと3倍4倍になるんじゃないかっていうふうな意識があるんじゃないかと思うんですね。みんな多分一生懸命になりたいから、ちょっとでも役に立ちたい思っていう。

河上さん:いや勿論それはそうやけどね。でも自由意志を縛ってしまったら終わりや。みんなの自由意志で一緒に読むという間はいいけどね。でもついついこの人一生懸命やってるのに付き合わんと悪いわって言うて、思ったら、自由意志を縛ってるつもりなくても結局お互い縛り当てることになっていくね。

 その辺がね、あのなかなかおばさんどうしの結束は難しい。(笑い)受けすぎ。受けすぎ。

宮野さん:ハラスメントにひっかかるよ。

河上さん:あと質問いいですか。

質問:今の一緒に行くって話で、なんかちょっと遠くに神社とかやったら、旦那が休み会社やったら、ちょっとついでにせないかんであるから、一緒に行こうとかそういうのは別に?

河上さん:別に大丈夫です。そんなん、あなたが一番偉いんだから(笑)、言うことを聞かせておいたらいいねん。大丈夫、大丈夫。旦那は抵抗できへん。

質問:そうですね。(笑い)ありがとうございます

宮野さん:ちょっと多分先ほど似たような感じで、あの家族とかね、そのお友達とかでちょっとお役に、全然この印可書もご存知ないし、神さまのことご存知ない方を巻き込んでっていう事がよくあると思うんですね。その場合は、ちょっとでもお役に、神さまのお手伝いを一緒にしようっていうのを言うわけにいかないじゃない?言ったら縛りだから。

 なのでどこどこに行くねっていうときに、「一緒に行く?」って感じでお手伝いをさせてあげる。さあ一緒にするって感じで一緒に行けばいいのかなっていうのもありますよね。同じならば。

 で、その人はご縁がなかったら、そしたらそれはそれで、あっ今のタイミングじゃないんだってことだろうし、ちょっとちっちゃい事でもお手伝いさせるって意味でして貰うことで、そうやって、それ先ほどの場合だったらご主人はお手伝いをするっていう形やね。
 
 運転をする車の運転をするってことはお手伝いをしていくし、要はお祈りをする方のサポートをするという形ではお手伝いになってるよねっていう。印可書がご主人が読めなくて、読めないとしてもですよって話ね。そういう形で全ての方を先生、皆さんお使いになられていくということだと思います。よろしいか?

河上さん:はい。

宮野さん:ちょっと難しいのはすごく気をつけていただきたいなと思うのは、やっぱりいつでもどっかで誰かを縛ってないかな。自由意志を押し付けてないかな、っていうことをいつもいつも念頭に置かれて、動かれるっていうのはちょっとこう大事なのかな。

 せっかくね、印可書奉納に行かれたりとかしてくださるのに、誰かを縛ってって事になると、もうそれはもう崩れてしまう。神さまが一番嫌われることを自ら進んでやってるって事なので。
 
 護摩のときはだましても大オマケがあるんで、だましでも連れてきたらっていうのはあるけど、他のことに関してはやっぱり自由意志を縛るっていうのは、ちょっと自分でやってないかなって、いつも考えられる方がいいのかなと思いますね。いくら良い事であったとしても、うん。

質問:誘うっていうことも、縛ることに?

宮野さん:そう軽くは軽く言ってみました。そっから「はい終わり」っていう。その河上さんがよくおっしゃる中で、今が一番いいようになってるんだっていう言葉がありますでしょ?そしたら、それは言ってる段階でもう既に縛りになるんだと思うんですね。

河上さん:だから自分の責任においてどう受け取るかだけ。誘い事でも何でもね。

宮野さん:一応は言うって感じで。

河上さん:相手に悪いから嫌でも付き合うというのは自分の責任において、やってるから、いいか悪いか微妙やけどね。だから誘う方も本当にあの断りやすいように誘わんとな。ついつい断りにくいような誘い方をしてしまうので、無意識に。無意識にやで。それは一緒に行きたい方はそうや。そういえば美味しいもんがあるしとか言って、餌もつけて、お団子も食べるんだから行こうよとかってね。

質問:先ほどの一緒に行くとか、縛りのちょっと強い系というか、長男が修学旅行に今年の夏に行くと。で、行き先は沖縄で平和学習としてガマというでしょうか?ちょっと戦争遺跡というのでしょうかね。ガマに行くとね、ちょっと名前は忘れてしまったんですが、特に悲惨な過去が置き去りとかがあった場所であると。学校の説明だと事前に平和学習はしっかりしていきますと。気分が悪いとか言う方のなんていうか、自由は尊重も、行きたくないっていう人の自由は尊重しますと。360人の学生が行くということなんですが、ちょっとあのどうなのかしらと思う。ちょっと思うところがあって印可書を持たせて長男を行ったら、いいのかなという、ちょっと引っかかるのですが?

河上さん:うんそう。神社のお守り袋に印可書をしのばせて持って行かすとかさ、色々あるやん。それでいいん違う?そんなん言うたら沖縄どころやない。もうあちこちさっきの質問の住んである所もそうだし、大変や。日本全国どこでもそういうとこ一杯あるから。

質問者:はい。ありがとうございます。

宮野さん:また気持ち悪いと思ったときはあまり無理をせず、ご長男の方にも気持ち悪いと思ったら、「もうそこはね、行かずに外でみんなおとなしく待ってたらいいよ」っていうぐらいは言ってあげてもいいんじゃないかな。

河上さん:そうやな。

宮野さん:学習をされてから行くんでしょうからね、そのわざわざその気持ち悪いと思う中にいる必要もないだろうし、それが平気な方もいらっしゃると思うんだけど、もしもそこで気持ち悪いと思ったら、「ここでね大変なことがあったんだ」って「そこで学習したこと、平和を祈りしたらどう?」みたいな感じで促すぐらいで。別に中に入らなきゃいけないっていうことはないでしょうから、実際に付けて帰ってくるってこともあるでしょうから、一杯背負って。山盛り背負って帰ってくれたらそれはそれで印可書ね、印可書読むタイミングでまたチャンス貰えているのかもしれませんが。
 なんかね、家の中、霊だらけっていう。そういうスペシャルなお土産もあるかもしれない。

河上さん:上空ほど集まりやすいから大丈夫。

質問:10階。伝えておきます。

宮野さん:行ってもよし、行かなくてもよしって。

河上さん:だから日本人はそれ知っているから殆どの山の頂上って神社を置いてあるでしょ?あの石の神社とか、ともかく祠が必ずどこの山でもあります。だから、大きい会社でも屋上にね、お社があるところ多いいの、それもあっちこっち有名な上場企業でもそうよ。

質問:ありがとうございます 先ほどのお話でちょっと思うところがあったんですが、先週の土曜日、護摩に来るために東京から帰ってきたんですが。そのときに主人がちょっと痔になってしまってかなり大変そうなんですが、私はもう大阪に帰るからねって言って帰ってきて、そのときに「じゃあトイレに貼ってある印可書、もしよかったら読んで」と言いまして、あと「護摩木10枚一応見本こんなふうに書くんだよ」って言って、渡して「書いてね」っていう感じでお願いして帰ってきたら書いてなかったので、又…

河上さん:それ書けへんわ、そんなん書かさなくていいって。えっとビオスリーっていう武田の薬があるから。

質問:なんていう?

河上さん:ビオスリー、

質問:ビオスリー。

河上さん:ビオスリー。それいいと思います。歯を食いしばらないように。まあ仕事ストレスになんやと思うけどね。食い縛るときに痔が膨らんでいく。あとは肛門科行って、切るなり治療はする必要がある。

質問:一応お医者さんではなんか漢方?漢方とか、飲み薬とか、後貰ってる。

河上さん:貰っているんか?ほんならビオスリーいらんから。歯をくいしばらないように。

質問:そうなんですね?

河上さん:その座り仕事やろ?

質問:はい。

河上さん:その座るのが良くはないんだけど座らざるをえんから。だから、歯をくい縛らないように。ほんで座ってるときは、足の指を出来るだけ意識してグッパして下さい。ほんだら痔にならない。

質問:靴はいているから難しいんちゃう。

河上さん:まあその辺ちょっと、工夫して貰うしかないわな。そういうグッパしやすい靴に変えるとか、あるやろう、何なと。あるいは職場のときはスリッパ履けるんやったら、とかね。手もあの机の下で出来るだけ、ゆっくりでいいからね。
グッパでもいいし、こうでもいいし、うんうん。ほんだら、そのストレスで肛門に血が集まって破裂せえへんから。

宮野さん:お座布。あの女性だったら骨盤矯正のキュッとした、内側に入るお座布があるじゃない。要は痔,痔ってぐっと開いた状態、お尻がぐっと開いた状態で力が入ってくると起こりやすいんかなと。まあその人のね、お腹がどんなのかわかんないけど、便秘じゃなかったらそういう可能性もあるわけで、ずっとこう開いた状態で圧をかけてる。

河上さん:そうそうだから、ストレスで歯を食い縛るやん、そうしたら肛門の痔瘻
が膨らむね。

宮野さん:でも、その先ほど言った女性の方は良く知っている骨盤をギュッと戻すタイプのお座布売ってってるじゃない。パカッと桃みたいなやつだね、だから、あれ、あれだったら男性でも上に座ったら、いやでもお尻が閉まる状態じゃない。ああいうお座布を会社に行ったらそれをお尻に引いたらっていうのはありちがうかな。物理的なことですけどね。

河上さん:うん。まあ食いしばるのが一番きついな。

質問:あんまり主人は、私は結構食いしばってしまうんですが、主人が食い縛ると思ってなかったので、はい。

河上さん:うん。仕事上無意識にストレスな、一杯あると思うよ。まだ立ってる状態だったらいいんだけど、座った状態のときにね、座った状態のときにその足の指をこうしたり手をこうすると、血流が良くなるから。肛門に血が滞って痔になっていくから。

質問:あとそれからもう一つ、神社のことなんですが、私は、神社は何か、バスツアーとかで行って、それで結構そういうので行くと、遠いところでも3ヶ所ぐらいポンポンポンって日帰りで行って帰ってこれるので。

河上さん:それでいいよ。

質問:それでいいですか?

河上さん:それでまあ時間がないときは、宇宙神ありがとうございますと先にお祈りして、あるいは前素通りするときにお祈りするとかね、で、大丈夫です。

質問:先ほどから教えて頂いてるあの歯を食いしばるなんですけれども、私も鼻で呼吸して口から漏れるように吐くというか、1回漏れ出すというのを伺ってから、気がついたら歯を食いしばって鼻ですごい勢いで鼻で息してて、口完全に閉じてて、歯まで食いしばってるって…

河上さん:そしたら舌をね、上下の歯で挟んだらいい、ほんならいやでも食い縛る…そうそう、分かる? 

質問:舌かみそう。(笑)

宮野さん:噛まんでいい。

質問:食いしばり方がちょっと半端ないときあるんで。

河上さん:危ない。かみ切ってしまう。(笑)

質問:舌切雀みたいな感じですよね。(笑)あれ嫌でね。
 舌噛むんじゃなくって歯を食いしばるのはストレスとおっしゃってたんですけど、やっぱり我が、自分で何とかせなみたいな、そんながありありなんでしょうかね?
 
河上さん:そう。うん。まあ失敗しても何してもね。神さまいいようにしているからってまずリラックスしないと。

質問:そうですね、はい。ちょっと今日教えていただいた・・あのはつを・・

河上さん:自分で出来る事なんて何一つないって気づくのが悟りやからね。せやのに自分で何かできると思うと失敗する。自分でできることは何一つないって思うとね、ちゃんと神さまの知恵が湧いて、上手く、さーってやれる。でも自分ができると思うと知恵が止まるから失敗する。

 これ宮大工というか大工さんの技がそうなんだけど。大工さんはいざ、いざ刻みっていうんだけど刻みに入ると、自分でどうこうって考えずに無心で打てって言うねんけどね、打つの。すると、その木の材質によってノミの打ち方一つ、毎回違うわけよ。

 その違いを無意識にやってると、ちゃんとクリアして上手くいくね。あるいはノコギリを目立てするわけやけど、目立てすると歪むんやな。歪むのをコンコンコンと叩いて戻すわけやけど、それがちゃんと出来んと本物の宮大工にならないけど、ここは宮大工作る所ではないけど。その無意識に歪取るのでもやっぱり無意識になってやらんと理屈で考えてやると全部ぐちゃぐちゃになる。言う位ね、自分で出来ると思った途端に崩れるんよ。自分では何も出来ないってまず諦めて、それこそ神さまっーー「あー」て言いながらしたら良いよね。そんな噛み締めてる暇ない。「あー」

質問:で、ありがとうございますではっきりと前教えてくださったんです。その何か宇宙神で話すって、ありがとうございますやってたらすごい速くなってしまったっていう。(笑い)

河上さん:えっ?

質問:忘れて下さい。忘れて下さい。無かった事にして頂いて。(笑)

河上さん:みんな受けてるで。

質問:自分でも失敗したらいいんだって結構です。(笑い)結構です。質問却下。結果気にしすぎるんですよね。

河上さん:そうそうそう。

質問:歯食いしばる。

河上さん:そうそうそう。自分で何とかしようって、やっぱ思ってしまう。でもその自分で呼吸すると思わんとしてるやろ?「無心でやれ」って言うたらね、みんな「出来へん」って言うんだよ。そやけど「お前呼吸してるやん」って言ったら「はっ」てみんな気づいてくれんねんけどな。息しようと思ってしてへん。

宮野さん:睡眠時間はずっとね、起きてはんねん。寝んと。

河上さん:えっ?えっ?えっ?

宮野さん:だからな、呼吸せなあかんかったらね、無意識にできへんからな。でも寝てはらへんねん。

河上さん:ああー、そっちのギャグになっているのね?今、まともに聞いてしまった。

河上さん:そう寝るときは無意識に息吸ってるでしょ?そういう感じで神さまはちゃんとしてくださってる。ほんだら、上手く行くんやて。そやけど自分でどうこうすると思ったら、息も自分ですわなあかん。で吸うたら吐かなあかん。吐いたら吸わなあかんというと速くなっていくねんて。
質問:意識しすぎなんですかね。

河上さん:そうそう。

質問:多分夜も、私もあの口呼吸だと思うんですね。イビキが凄いのに。

河上さん:うん。

質問:昼もコントロールできないのに息を。(笑)夜を先にした方がええんやろか?

河上さん:寝るとき、ほら絆創膏口にはったらどう?

質問:剥がれてます。。

宮野さん:なんかずっと食べてたらどう?

質問:虫歯だらけになっちゃう。

河上さん:めちゃくちゃ言うてる。そう誰も真剣に考えてくれへん。

質問:先に昼に息のコントロールをした方がね、あれかな、大事かなと思ったり。昼もできへんのに夜先した方がええかなってちょっと迷う、迷ってきて、本当に。

河上さん:だから本当は口呼吸が止まらない人はね、ストローをくわえてストローを通して吸うて吐くってしてみて。

質問:普段でも?

河上さん:普段でも。

質問:いやいや喋られへんですよ。

河上さん:違うて、仕事中とか、そんなんせんでいいからな。仕事してない時、おうち帰ったときにね、ストローをくわえて、ストローで吸うて、吐くだけにしてみて。

質問:口でいいんですか?

河上さん:口で。

質問:鼻は?鼻呼吸は?

河上さん:ストローやったら息しかねるから、嫌でも鼻で吸うくせが付く。

質問:やってみます。短いのでもいいんですよね。

河上さん:短くても。

宮野さん:さっきもあったよね。うん。短いストローで。

河上さん:うん。お家やったら誰も見てないから大丈夫。

宮野さん:飲み込まないように。

質問:いやマスクの下にせなあかんのかしら。

宮野さん:そうなので飲み混んでしまう可能性ある。

河上さん:剣道でね、要するに素振りのときに先生から言われたのは、どうしようもないときは、ストロー加えてそれで呼吸しながら振ると。ほんだら自然にストローで吸う息なんて知れてるやん。いやでも鼻で吸う癖がついてくる。ということであったんでそれを今言いました。

質問者:はい。ありがとうございます。

河上さん:みんな恥を忍んで先生に聞かんからな、もう先生いらっしゃらないから手おくれだけど。一番よく聞いた人間に聞いて下さい。

質問:すいません。2点あります。2点目は1点目も関係してくるんですけれども、全くちょっと全然別の話で。これは相手を縛ろうと思ってお聞きすることではなくて、素朴な疑問もあるんですけれども、私自身は質問を預かってこられるときに、預かってお聞きしたことは私はありません。その中で素朴な疑問でお預かりするってすごく責任があることかなと言う風に私は感じているんですけれども、その中で、本当にこう今日の方が言っているのは一切なくて、すごく無責任に発していないかなっていうふうに感じる。

河上さん:無責任な?

質問:無責任というか、そのお預かり本当にお預かりしたので、そのまま聞きました。というかそれはそれでいいのかな、とは思うんですけれども、あの

河上さん:そんなんな、質問預かってくるときにね、相手の真意なんて、分らへんやん。だから本当はね、直接聞きに真剣やったらやで。直接聞きにきはるやん。人を通して聴くのは、ある意味適当やねんから、適当でええねんて。しゃーないやん。

 その300万枚の護摩木のときでもね、村人は言うて来いへん、人通して言ってくる。だからこんな状態になってしまった。それも立場があるから出来へんとかね。訳分らんことを言ってきて、立場が何やねん、立場ってどういうことやって(眞(まこと)の神さまの立場以外になにがあるのか?)言って言うたところで、それが返っていっても、村人からは返事一つない。それくらい無責任。そんなんだと質問って要らない、預かってきたから、(こっちは)ちゃんと返してるやん。だからそう言われたら(質問預かってきたW君も)黙ってしまうねん。ぐらいのもんやから、少々質問預かってきても大丈夫や。

質問しゃ:ありがとうございます。

河上さん:そんなん自分の真意な、普通のことでもなかなか伝わらへんやん。

質問者:はい、そうですね。

河上さん:そうやろ?来てくれたら言われた通りこう聞くだけであって、それ以上どうしようもないよ。相手の本音は分らん。二つ目どうぞ。

質問:二つ目は本当に今までお話頂いてるのことではあるんですけれども、相手の自由意志を縛るということです。相手の自由意思を縛るっていうことは、してはいけないっていうか、もうそれが大前提ってわかっていながら、ついしてしまう。ていうところが。

河上さん:そんなんみんなそうやで。だって自分に不都合なこと言われたら腹立つから、相手を縛り返す。常に。それで喧嘩になるんや。お互い縛り合いして。

質問:その中で大前提として、もっと神さまのお役に立つためにもっと真剣になる。なるんだ、なるチャンスなんだというふうに前向きに実践していく。

河上さん:そうそう。結局ね、本音を、本音という部分は本心に近い部分や。必ず自分は本音で生きようとせなあかんね。本音の部分って何かいうたら大和言葉や。建前の部分はな、難しい熟語を使うねん。本音ときはな、大和言葉、要するに訓読みよ。漢字で言うと、訓読みの言葉を使う。

 で、ヒットする曲っていうのは、歌謡曲で。ヒットする曲と言うのは、みんなの本音を言ってくれてるから、共感呼んでみんなが歌うし、買うわけやんか。そのヒットする曲って見てみ、全部大和言葉、訓読みで書いてある。まあ帰って調べたらええわ。

宮野さん:例えば?例えば?例えばちょっとほら。あれなんかちょっと言てっや、

河上さん:ここで歌わんかったら、詩がよう言わん。

質問:美空ひばりとか。

河上さん:詩で覚えてへんやん。歌で覚えてるけど、

宮野さん:川の流れ、

河上さん:川の流れでもね。大和言葉だけであって、難しい熟語は入ってへん。音読みは入ってない。

宮野さん:そういうことね。

河上さん:そうやって訓読み、大和言葉いうのは本心の部分の言葉やから本音が出てるから共感を呼ぶね。ほんでヒットしない曲いうのはな、その難しい熟語入ってねん。だから童謡なんかはほんまに大和言葉だけや。難しい熟語、入ってへんからそれなりに抵抗ない。みたいな感じでね、自分の本音というのはそういう柔らかい言葉で自分なりに言うてみたらわかるから、ね。その本音を本音だけで生きていく。だから本音を超える部分はみんな勝手に言ってるだけやと思ったらいい。

質問:あっはい。

河上さん:絶対相手無理を押し付けてくる時はな、難しい言葉で言うねん。うん。「会社に忠誠を尽くして」とかな。忠誠という難しい言葉で、そういう忠誠というのは大和言葉違うねん。だから分かり易い。

 だから会社の会議のときは難しい熟語が飛び回るねん。居酒屋行って「あんな事ぬかしゃあがって、うちの社長は駄目なんだよ」、というときは絶対難しい単語が入ってない。本音やから。
 
 そういう部分で比べてね。あの本音だけで生きてたらいいから。あとは、気にせんでいい。聞き流し。
質問者:はい。ありがとうございます




令和6年6月河上さん勉強会お話し―4(20240609−4)

質問:はい、質問です。

河上さん:どうぞ。

質問:私は講師なので、たくさんの、講座にいらっしゃる生徒さんがいらっしゃるんですけれども。いつも印可書の奉読から始めての講座をしてるんですね。それはずっと前からなんですけれども。最近、河上さんが、「お祈りせえへん子は放っとく。」って言うのを、前までは「みんな一緒に連れて行く。」っておっしゃってたのが、「お祈りせえへん子は放っとく。」になって。それで、私は、どの人も一緒に真祈りできる場を作っていくのが私の役目だと思ってるので、やってるんですけど。なんかちょっと、放っといた方がええんかなっていう人が現れる場合があるんですけど。私は、だけど講師っていう立場で、そういう分け隔てをせずに、あの…

河上さん:ああ、そうよ。もちろん。だから説明はちゃんとしたら良いねんって。でも、相手が受け取れへんのよ。

質問:いや、ほんまにね、見かけは受け取ってるんですけど、どうしたらええんかなと思って。

河上さん:そうそう。受け取れへんやろ。いや、だからそういうのを放っとくって言ってるの。それであのね、結局どういうことかと言うと、肉体を持ってる時は、自分の本心って分からへんの、真(まこと)の神さまの本心が。

 それで、死んだ時に真(まこと)の本心の自分と、肉体の自意識やね、自意識とがはっきりするの。で、はっきりして、自分の自意識が、どんだけ怠けもんでね、狡くてね、無責任やったっていうのに気付くんよ。気付いて、それを責めて、地獄に自分で降りていきはるの。それを最後の審判っていうの。

 で、人間も生まれて死ぬという、あるでしょう?それと一緒で、この今の人間社会も生まれて、もうすぐ死ぬんです。終わりが来るんです。それをイエスは、「いちじくの木に実の成るをもって知れ。」って言うわけですよ。それ何かって言ったら、「一瞬一瞬新たな」ということをイエスは言ってんねんけど、みんな気付けへんねん。時間軸を伸ばして終わりの時代が来ると思ってる。

 でも本当は全員が自分で自分を審判して終わるの。で、何か追い詰められて最後、いよいよもうあと時間がないかっていうとね、みんなの寿命が揃ってくるの、最後の時。

 だから時間が無い。みんな明日も今のように元気に目が覚めると思ってるやろ?でも、ある日突然ね、ほぼ全員が同じ寿命になるんよ。で、それぞれが自分で自分を審判して、好きなところへ行くんよ。それが近いねん。だから言ってるだけ。

 だから説明はね、懇切丁寧にしたけど受け取れへん人は、その人の自由やから放っといたらええ。そんで、死んでから臍(ほぞ)を噛みはんねんけど、ほぞを噛んで、「こんな怠けものやった自分は、やっぱり降りていくしかない」って言ってね、降りるの。で、その時も、もちろんね、「いや、降りんでええねんで、ちゃんと(真祈りして→印可書奉納して)神さまのところに一緒に来たらええんやで。」って言って説明するんやで。するんけど、降りよるの、そういう人は。要するにイエスの言う「見ずして信ずる者は幸いなり」っていってね、素直に聞ける人は得や。でも、体験せんと分らん人は体験するんよ、地獄のアトラクションを。だから、そういうことや。

質問:さっきの河上さんの言葉を、ちょっとメモしたんですけど。その方は、さっきね、河上さんが「『逃げ回る』というのは、自分を責めてグチャグチャになること。」っていう言葉を言われたんですけど。まさにそれをやってらっしゃる。

河上さん:やってるでしょう?

質問:逃げ回る方の場合、私は講師として、それが見えた時に、やっぱりそういう、なんて言うんかな、それを認めながら良い方向へ、良い方向というか調和することを伝えていかないとあかんなと思って。

河上さん:それは伝えていったらええねん。

質問:でも、よりその人に時間を掛けるんですね。それは必要ですか。

河上さん:掛けれたら、掛けたらええけどな。

質問:掛けれたら、掛ける方が良い。

河上さん:うん。せやけど平等にみんなに掛けんなんからね。ある程度は、もうどうしようもないぐらい時間が無いの。それは、この6年間の大おまけの時に、(村人にね)できるだけ真祈りに入って欲しいから、色々と苦労してんけど。(先生が亡くなられたあと、残された村人は、みんなの手本となって、先生の働きを真祈りでしなくてはいけなかったんだけど)相手の(真祈りを村人の)自由意志の中でしてもらえるようにね。でもね、色々とあったわけや。

 その(6年間の)大おまけが過ぎたら、もうやっぱり一生懸命やってる人を、ある程度優先していかんとね。その一生懸命やってる人でも、もっと深く持っていかんとあかんから。という意味なんですよ。だからもちろん、「今からでも頑張りますよ。」という人は頑張ってもらえるし、何とでもなるんだけど。もう…なあ、みんな好きにするやん、いつも言うように。

質問:ちょっと私として、立場的に、私に会ってたら安心するみたいなのが、良くないなと。

河上さん:ああ、そうよ。みんなそうよ、みんなそう。狡い人は、みんなそうやねん。まあ、簡単に言うと、自分で何の努力もしようとせずに、努力しない自分に責任取らずに、誰かがなんか何とかしてくれるっていうのが、そのなんて言うんかな、この人類の基本的な狡さというか特徴やねん。そういう人が大半やねん。

質問:それを分かりながら、今まで通りのことをしていくっていう…。

河上さん:そうそう。それで、頼ってきても、どうしようもないんだよっていうことだけは説明したらいいけどな。会っただけではどうしようもないんだよって。自分がしないとどうしようもない。自分が真祈りしないと、どうしようもないんだよってこの6年間(村人に向けていろいろ、勉強会や護摩を通して)説明してきたんや。な?なのに勘違いしたまま村人は来たんや。それだけや。

 まあ、村人にきつく言ってるのはね、村人には、みんなの人類の思いが、どんどんこれからますます来るからね。だから、この村で病気になって、どうこうっていうのは困るの。だから病気になる前に、やってしまおうと思ってます。

質問:はい、ありがとうございます。

河上さん:もう、はっきり言うけど、この村で病気で死ぬというのは困るからね。

宮野さん:それは、入れ構造になってるから、地球全体に反映するからってことですね。

河上さん:はい。

宮野さん:そしたら、村で病気で死ぬってことがあれば、地球上でたくさんの方が病気で死ぬという…。

河上さん:そうです。それくらい責任重大なんや、村人は。せやけど、分かってへんねんからしょうがない。分かってないなりに使うよ、ここに住んでるっていうんやったら。真祈りできへんで、あれやったら村を出なさいっていう勧告は一応したからな。それでもいてはるねんから、(その自由意志を尊重して、神さまの都合のいいように使うだけ)それでええんちゃう?自由意志や。

宮野さん:でも、今からする可能性もあるじゃない。

河上さん:そうよ。まだ来年やからな。先生の言う来年まで。

宮野さん:もしかしたら、お昼ご飯食べ終わった後にするかも知れない。死ぬほどお祈りするかもしれへん。

河上さん:ただ、何事も今するしかないの。明日しようと思ったら10年経つ。大体、構想10年って言ってね、これをしようと思って10年放ったらかしになるのが大半やって。みんな自分の思うことを考えてみ?テキパキと片付けていける人なんて、ほんの一握りで。ほとんどはこれは明日しようって言って10年経ってるって。あっという間に10年。構想10年、永遠に構想10年、死ぬまで構想10年。(笑い)

宮野さん:饅頭と一緒ね。いつ食べるの?

河上さん:そうそう。先生がそれを説明されたわけでしょう?お饅頭いつ食べるんや。食べるという時、あれを出さないと永遠に饅頭を食べれないでって。カメにウサギが、いつ追いつくねん?っていうことをね、説明されたと思うんですよ。誰も聞けへん。今、真祈りせずして、いつするんかって、先生おっしゃるのに。で、亡くなられてから6年間がおまけですよと先には言われへんからね。言うて悪いけど。そんなん言うたらギブアンドテイクであって、また真祈りになれへんからね。

 でも、(先生が)「30年もったらええ」って言うのは、僕だけが聞いたんちゃうで。あの頃あの当時、村の建設に携わった人はみんな聞いてる。ほとんどおらへんけど、もう今ここには。

 だから、2005年の事件の時に先生に絶対の信があったら、みんな一遍に真祈りが深くなったよ。でも、半分疑って中途半端なまま来ただけやろ?完全に疑った人は出て行ったし。で、今回、僕の事件で先生のセクハラ疑惑が濡れ衣やってことがはっきりしたから。はっきりした時点で改めて真祈りしたらええのに、それもない。後、どうしろ言うねん。一応説明はしてる。
 
 今、今、真祈りせずして、いつするねん。もう、どないせえって言うねん。明日しようと思ったら10年経つぞ、すぐ。

宮野さん:多分、真祈りをしてないわけじゃない。お祈りをしてないわけじゃなくて、真祈りが出来てるかどうかが分からないんじゃないかな?

河上さん:だから一生懸命説明したやん。真祈りしたら…

宮野さん:ほら、ここにいる人は皆、お話聞いてるけど、聞いてないと分からないんじゃない?

河上さん:僕の話を聞きたくないって、単なる虚栄心や。泣いても笑っても僕が一番古い大先輩。まずは大先輩の言うこと聞けよ。

宮野さん:ちょいとちょいと。(笑)あのね、いやいや、そこはちょっと置いといて。みんな、これはね、村人だけじゃなくて、ここにいる人だって、みんな本当に自分達は真祈り出来てるんやろうかっていうのは、いつもいつもどこか心の中で不安もあると思うの。

河上さん:だから説明したやん、たくさん。

宮野さん:なんか、もう1回説明。何回でも

河上さん:なんでや。(しゃーないな)

 今が一番良くなっていると自然に思えるとか、無条件に喜べるとかね、どんな自分に不都合でも、一番良いっていうのが分かるってね。なぜかって言ったら、神さまはね、絶対の愛で、全知全能で、何でも出来る方で、絶対の愛の優しい方でしょう?だからその人にとって一番良いようにしか、いつも神さまはされない。

 僕が11歳のときに受け取ったね、10歳8ヶ月の時ですけど、「我、汝の求めるに先立ちてすべて与えたり。」っていうね、それよ。それを今、優しく噛み砕いて言ってんけどね。神さまは一番良いようにやってるだけよ。気付けへんのは、おまえやって、いつも僕は言われてきた。それだけや。

 だから、もう喜んでたええねんって。せやから先生はね、喜んで褒め称えて、喜んで感謝して待っててくれたらええってよく仰ったんや。でも、最初の神さまを褒めたたえることも出来へんし、今が一番良いようになってると喜ぶことも出来へんし。そんで、「ありがとうございます」に感謝することも出来へんし。そんで、必ず良くなるって待つことも出来へんし。褒め称えて喜んで感謝して待っててくれたら良いって、先生がおっしゃった時に、それを詳しく質問にも行かへんから、こんなややこしいことになったんじゃ。なんてね、思わずボヤキが出るわ。

宮野さん:お祈りがスっとできた方はね、そういう風に言うんですけどね。出来なくて、みんな、これでええんやろうか、これでええんやろかって思ってる人達は、そうやって聞いていても、「いや、ほんまにこれでええんかな…。私、出来てるんやろうか…。河上さんは、ああ言わはったけど、文句も言わんようにやってんねんけど、出来てるんやろうか…。」というのが、いつもそうね。

河上さん:いや、もちろん、そうよ。せやけどな、自分で何か出来ると思ってるうちは何も分からんからどうしようもないんやって。自分では何もできないって本当に心底分かった時に初めてすべてが分かる。そこだけや。

宮野さん:そこなんです。そこ。そこ大事。そこ大事。

河上さん:だからさっきの宮大工の話やけどね。無心で打つ時に初めて、ノミの動きが出てくるとかね。ノコの目立てで、あと歪みがコンコンと取れるとかいうのも、自分でどうこう思ったら失敗するねんっていうね。

 で、その自分で、自分で何でも出来るって無意識に思ってんねんって、みんな。「自分が出来る」って。だから喧嘩も起こるしね。あるねん、「自分が」っていうのが。「自分が」というのは何かと言ったら、その後ろに「自分が出来る」っていうのがあるねん。だから、「おまえ、何をしとんねん、どんくさいやっちゃなあ」ってやるのは、或いは「あれは、なんであんなさぼっているのか」というのは自分が出来ると思ってるからよ、ほんまは出来へん。な?もうそこだけや。それって虚栄心よ。自分と他人を引き比べてね、能力があるとか無いとかね。色んなこと、いらんことを足してね、(本当のことが)見えないようにしてるだけよ。只々それだけよ。

宮野さん:河上さんのいう、「じっと待っとったらええねん。」っていうところは、そこだよね。じっと待っとったら、「じっと待っとくって、どういうことなん?」って。じっと待っとくというのは、自分が何も出来ないっていうことを知る。我が消えた時まで待て。それが分かった時に一瞬にして開くっていう、悟りっていうことが分かるっていうことなんだけど。

河上さん:そない言ってるやん。

宮野さん:だからそれはね、一瞬で出来た人が、そういうことを言うから、皆、分からへんねんなあ。分かるぐらいやったら、みんなもう既に悟って、もうこの地球はこんな風になってませんの。だから、みんなの中で不安な状態、自分のお祈り出来てるんやろか?真祈りになってるんやろうか?神さまのお役に立ててるんやろうかっていう不安が、いつまでもいつまでも響いてるっていうのは、そこやね。

 だから、いつまで待ったらいいの?それは私自身も経験したことやから。いつまで待ったらええの?もうちょっとや、もうちょっと。いつまで待ったら…もうちょっと、いつまでいつまで…ずっとその、それがずっと続いていて、結局自分の中の我が消える、なんと自分は無力なんだろう、何一つ出来へんやんって言って知ったときに、ああ、全ては神さまの御働きだったんだって気が付いた時に、ああ、真祈りなんや!真祈りが出来るってことも違う、真祈りが湧き上がってる感じなのね。
 
 それは自分を知る、それをすべて神の御働きだったんだっていう、いかに自分は無力で。それは何かと言うと、本当に無色透明な感覚になるんで、ものすごく不安な状態になります。でも、それを知った時からは大きく変わる時なんで、もうちょっとというのは、そこなのよね。でも、河上さんなんか、もうそうなんせずにポーンっと変わりはった人やから言ったってな、言ってるやんか言われたって分かるわけないよね。みんな。

河上さん:どない言えって?(笑)

宮野さん:だから、かみ砕いて、その…そういうことで一応説明しましたの。

河上さん:どうかみ砕くん…かなりたくさん、かなりたくさん噛み砕いたつもりやねんけどな。まあ、一番根本はね、やっぱり神さんは全知全能であるという、例えばここを(村を)土砂崩れで、本当に完璧に埋めるぐらい一瞬で神さまはするというね。それを信じ切れるかどうかや。

 だから、ある意味ここが大犠牲になって、「ああ、ほんまに埋まったんや…!」っていうのを見たら、ちょっとは信が深まるかなと思ってるだけなんですけどね。

 ともかく神さまの凄まじさなんてのは、だってそうでしょう?アトランチスがピャーと沈んでな、ムーが沈んでな、パパパンッて、あっという間やってん。あるいは、ノアの大洪水でボボンッてあっという間や。神さまはしようと思ったら何でも出来るねん。でも、大きくしたらあかんから、ここだけで(村だけで)一編見せて、みんなの覚悟を決めてもらおうかなと。
 
 でも、その前に、地球のサンプルで入れ子構造の日本で、その中のさらに入れ子構造の地球としての村が真祈りしてくれたら済むことやけどな。どっちにしても真祈り出来てるかどうかは、不安のままやって。

 でも必ずね、「汝の求めるに先立ちて、すべて与えたり。」やねん。神さまは絶対にすべてを与えて下さってるの。気付けへんのは自分だけ。それや。

 で、なんで自分が気付かへんかって言ったら、自分でできると思ってるからよ、神さまを避けて。神さまと自分を分けて、「自ずから分ける」と書くやろ?神さまを避けて自分ができると勘違いしてるからややこしい。


 せやけど、この部屋を完璧に掃除せえって言ったら出来へんで、誰も。完璧って。でも、神さまの働きは完璧やん。自分では何も出来へんって、神さまがしてくださるだけって喜んでたら、色んな知恵が湧いてね、なんでもスイスイと行けるんよ。
 
 もうそこの部分は、今、真祈りしようと、神さまのお手伝いをしようって実行してもらうしかないねんな。それ以上説明のしようがない。自分がまずやるしかない。その時は最初は自分があってええねんって。でも、自分が神さまお手伝いしたいって、まず思ってくれたら、そのお手伝いの隙間を通して神さまはバーンと光を通してくるねん。だから何とかなるの。
 
 で、そのお手伝いが分からんから護摩木を書くことがお手伝いだよ、護摩木を作ることがお手伝いって一生懸命言ってんねんけどやな、お手伝いと思わんとするからややこしいんや。「護摩木を作ってやってるからええやろ。」って言うてるようでは困るんや。「護摩木を書いてやってるからええやろう」って言ってるようでは困るの、ほんまは。
 
 それでもこの6年間は、それでも大おまけで何とか何とかやってんけど。それでも「自分がしてやってる」というのがある間はどうしようもないの。神さまは別に手伝っていらんって。神さま何でも出来るもん。でも…、どうぞ。

質問:我の自分は、「自分は出来る」という風に思っているとお話しを伺いました。でも、同時に本心の自分は全知全能無限力、何でもできる自分だと。この本心の自分と、今意識で出てる我の自分をどのようにすり合わせればいいでしょうか?

河上さん:だから真祈りするしかないって言ってる。印可書奉読せえって言ってるやん。いや本当は色々あるねんで、竹刀1万回振るとかね。教えてくれって言ったら教えるけどな。せやけど一番簡単に先生が印可書奉読にまとめてくださったんや。その印可書を選び切れないから「宇宙神ありがとうございます」にまとめ直してくださったんや。その「宇宙神ありがとうございます」が選び切れんから、「おまえの方でもうちょっと緩めの光を作れ。ちょっと「うしろを取り付けた(?よく聞き取れません)」印可書にせえ。」っていうことで、今の印可書にさせてもらっただけよ。もうそれを6年間説明したやん、一杯。

 でも、その(人類が)人がしないとあかんねんって。先生の真祈りだけで済んでるんやったら、とっくに地球は、もう完成してるって。なのに「先生が何とかしてくれるやろ。」ばっかりになったから、神さまは(先生を)引き上げてしまったんや。先生は約束事で、もうちょっと残ってくださるはずやってんけど。

宮野さん:印可書を読むっていうのは、無色透明の自分になるってことでしょう?ね?

 そしたら途切れないように印可書を読み続けると無色透明の自分になる。

 そしたら我のない自分しか出てこないのね。そしたら読もうとする意思表示は、自らが出すわけじゃない。

 要は自分という、我のある自分が出すんだけど。印可書を読んでると、その我のある自分が無くなって、いわゆる真祈り、無色透明である神さまのお祈りになる。真祈りになるわけですね。

 そしたら、本心の自分になってるわけですよ。するとすり合わさるよねっていう話ね。

河上さん:そう。だから印可書奉読だけで済むように先生はしてくださった。せやけど、印可書でもね、「読んでやってやるんだから悟らせてくれや」って言ったら終わるわけよ。「神さまのお手伝いさせてもらいます」でやるからスッと行くわけで。ギブアンドテイクになった途端に違う。ギブアンドテイクがなんであかんかって言ったら、自分と神さまを分けたから。分けれない神さまと自分をね、分けたからや。

 で、ギブアンドテイクにならんように色んな説明に苦労させて。苦労してるつもりやねんけどな。「印可書読んだら悟れるで」とは言ってないのはそこよ。「そしたら印可書読んだらええねんな」っていうことはギブアンドテイクなってしまう。

宮野さん:病気になった人は、印可書を読んで「読んだら何とかなるよ。」って言ってるのはギブアンドテイクだよね。でも。もう病気さえも、すべて必要で起こったんやと。もう神さまが真祈りをする、お祈りをするチャンスをくださったんや。

 ええことばっかりやったら誰も真祈りせんやろう?って話よね。自分が良い立場に置かれ、誰かに褒め称えられて人の上に立ってリーダーシップを取って。何もかも与えられた状態だったら、さあ皆さんはお祈りしましたか?って話よね。

 でも、お祈りせえへん状態に起こる、例えば、どうにもならへんから神頼みに入るわけでしょう?そしたら、神頼みに入ったときに必死になってお祈りするよね。

 例えば、ここにいる方で自分のことやったら、そんなに心配はせんやろ。でも、自分の大事な人、自分の子供だったり自分の親だったり自分の配偶者だったりとか、友達であったり色々大事な人がいるかもしれない。その方々がね、不治の病になってしまいました。

 もしくは、自分では何とも対処できない事件に巻き込まれました。何とかしたいと、どうにも何ともできない自分の無力さの中で、何とかしたいと思うときに、藁をも縋る思いでもって、お祈りするんやろう?と思うねん。

 それはっていうと、お祈りをするチャンスを貰えたっていう風に考えてもらうと、こんな、こんなことで神さまをあごで使ってはいけない。神さまが一番良いなさってるのに、神さまに何とか助けてくれっていうのは、顎で使ってるのと一緒でしょう?それでもそのチャンスをくださって、お祈りするチャンスをくださったんだと思って必死になってお祈りをする。その中で、「ああ、この状態が一番良かったんや」っていう風に思えるように、神さまの愛やね、いわゆる。
 
 そうやってるうちに、その状態で、「この状態でも良いんや。」っていう風に思っていったら、それはそれで神さまの思惑通りで言えばね、「ああ、ようやく気がついたか。今あなたにとっても一番いい状態なんよ。」てことやねん。

 でも今の状態やったら、大抵の方は「私はいいんです。でも私の周りの、この方を助けて欲しいんです。」ていうのが「我」だよねっていう話。それでも、そういうのさえも神さまは利用して、お祈りに結びつけてくださるチャンスをくださるわけよね。

 それを、「なんとかしてくれ」という我で、もっともっとなって、印可書も奉読しない、印可書をギブアンドテイクのように使っていて、「読んでるのに効かないんや、読んでるのに読んでるのに!」って言うと、それはもう完全にもうね、真祈りではないよねって話やね。

 色んなことが起こることは、全て良いタイミング、良いことで、自分にとってチャンスをもらえたんやと。勿論、また悪い時の方は、あれだけど、良い時はもっと危ないよね。
 
 良い時は良い状態に置かれてるから真祈りせえへん。その状態を虚栄心まみれやから、もっと危うい状態よね。自分の手柄でもないのに、神さまの手柄でもって良い立場に追かれてるのに、自分が成し遂げたと思う。(ついつい)成功者の顔をする。

 でも、いつもいつも神さまの御心の通り動いてたら、何もみんな、こんなに世の中がグチャグチャになっていかない。

 すべて入れ子構造やから、村人だけに任してるのはおかしいよね。

 みんな自分、自分一人の中に世界があるわけやから。みんな一人一人が、全ては一つって思って真祈りしてたら、それは村人だけに任せなくったって、地球上、宇宙にすべての霊界に全部通っていく話じゃない?

 みんなが総責任者になるっていうのは、そういうことなんかなと。みんなが心して、真祈りをして印可書を読んでくだされば、きっと変わるんかな。時空時間を超えるんやと思う。…ではないでしょうか?

河上さん:はい。

宮野さん:すり合わせは、それですよね。

河上さん:うん。すべてを掴まないことが正解やねんけど、やっぱり掴む癖があるからな。掴んだとこで、掴むというのは、「私、失敗したわ。」とか、「うまいこといかへんかったわ。」とか色々あるやん、あるいは「うまいこといったわ。」も掴む。それがある分だけ、全部見えんようになっていくねんけどね。神さまは良いようにしてるから良かった良かったって喜べたらええねんけど。「うまくいったわ。」って喜んだら失敗や。

 微妙な差やねんで。結果は一緒やねんで。せやけど、「神さまが良いようにしてくれてよかった。」って言ったら正解やけど、「うまくいったわ。」って言ったら、もう掴んでるんよ。過去も現在もすべてを掴んでる。でもほとんどの人は、「うまくいったわ。」「うまくいかんかったわ。」で判断するわけよ。本当は掴みまくって何も見えへんようになっていく。

 で、掴むなという意味がね、なかなか、みんな分かってへんからね。良いも悪いも掴んでるんよ。で、そこへまだ、おまけに「自分がして、うまくいったわ。」ってまた足すからなややこしなって行く、ますます。それで、「この前は。こうしてうまいこといったのに。今度はあかんかったわ。」ってやっぱり自分が入ってる。

宮野さん:もっと力を抜いてね。

河上さん:そうそう。何があっても、神さまは…

宮野さん:舌を噛まん程度に。

河上さん:(笑)。せやけど、ほんまに、噛み締めてたら痔になるで。気を付けや。痔は大変や、苦しいで。

宮野さん:痛いで。でも、立ってると大丈夫よね。ずっと座りっぱなし、運転する人はね、ドライバーさんとかは大変よね。

河上さん:そう。座りっぱなしが。

宮野さん:ずっとやっぱり神経を集中してるし。

河上さん:そうそう。だから、あれやんか、お昼休みに、皇居の周りを走り回りはるねん。座りっぱなしの仕事の人が。

宮野さん:大変やね。

河上さん:うん大変や。でも、座りっぱなしでも足をグーパーしてね、手をこうして、本当は貧乏ゆすりするのが一番いいねんけど、会社で出来へんからな。

宮野さん:じゃあ、膝上げ?腰の高さ

河上さん:座ってても膝上げをするのがええねんけど、会社でそんなんしてたら、「おまえ、何してんねん。」って。

宮野さん:でも、あの膝上げのイメージが、分かりにくいでしょう?膝を上げて、(反対側の軸になっている方の足の)つま先をチョンとあげる。スキップな感じ。膝の高い、膝を高く上げるスキップ。

河上さん:(Iさんに向かって)やってみて?ウケるから。違うか(笑)。

宮野さん:膝を上げます。で、ちょっと高さを上げる。かかとを上げる、スキップみたいになるわけよ。それとなんか…

河上さん:ゆっくりやるのが本当は一番いいの。スキップにならへんくらい、ゆっくりやるのか一番ええけど、一番しんどい。

宮野さん:この状態で…

河上さん:ゆっくり、いやいや、もっとゆっくり、最後はね。振り子のように上げて、つま先立ちを、もっとゆっくりするのがええ。

宮野さん:ええージワジワと?

河上さん:うん、せやけど、それは最終目標やから最初はこんなんでいいよ。せやけどゆっくりこう…いや最初はそれでええけどな。いやいや、何もせえへんよりはいいから、最初はそれでいいけど、本当はゆっくりやるのが一番よ。

宮野さん:そしたらこうやって何か持って…(柱を掴みながら。)

河上さん:そうそう、そうそう。だから太極拳でも武道やから本当は早いもんやけど、ゆっくりするでしょう?ゆっくりやるのが一番力が付くんよ。

宮野さん:分かった?見えた?うん。

質問:ゆっくりやった方が体に負荷がかかる?

河上さん:そうそう、そうよ。膝上げでもゆっくりやってみ?負荷や。しこ踏みでも、そうやんか。ゆっくりやるからきついんやん、あれ。せやろ?

宮野さん:こんな筋トレやってる人じゃないと無理じゃん。

河上さん:いや、だから最終目標で、最初は出来へんでええから、しんどかったらすぐ止めてもいいからということにしとかんと続かへん。そんで、みんなね、しんどくなって止めたら、「こんなんでは、あかんわ。」ってマイナスで消すねん。で、余計なあかんねん。しんどくなったら無理せんで、止めていいからって、やっていったら知らん間に「えっ!?」ていうくらい付いてるねんけどな。自分の思いで否定するからあかん。意外とね、自分の思うことってグッと反映するからね。だから、神さまは一番良いようにしてるからって喜んでおけって、先生は言うわけよ。喜んでたら、どんな結果でもプラスになっていくのにな。あかんかったわって言うから、ほんまにあかんようにしていく。自分で作ってるだけよ。

宮野さん:ちなみにさ、立ってするのは、さっきのやん。座ってでないと出来ない人もいるやん。その時は何か方法はあるの?

河上さん:座ったままで膝をこう上げる。

宮野さん:椅子に座ったままで上げる?

Iさん:背もたれがないとひっくり返る…。

河上さん:もちろん、どっか持ってやってもいいけどね。

宮野さん:うん、ゆっくり。

河上さん:そうそう。もちろん好きにしたらいいからね、みんな。やりやすいように速くでもいいねん。で、それを5分間するとかね。最初は1分だけとか。5分間するといっても、もうしんどくなったら止めるんだ、止めても大丈夫っていうのを分かっていて。でも、また疲れが取れたら、またするんだって。しょっちゅうするのが大事や。1日にまとめて1時間だけ寝る前にするねんとかね、それはあかんねんって。

宮野さん:トイレ待ってる間とか?

河上さん:そうそうそう。

宮野さん:エレベーター待ってる間とか。

河上さん:だからあれプチなんとか…ほら…

宮野さん:チョコザップ?

河上さん:あれが流行るんや。ちょっとで楽。楽やけど力が付いてくる。あるいは本格的なトレーニングジムに行ったら、しんどいことさせられるから、みんな続けへん。

Iさん:ちょっと、かっこ悪いけどホームで電車待ってる時にね、やります。うん、周りに人がいなかったら。

河上さん:もちろんやっていいよ。うん。誰も見てないと思ったら見てるから大丈夫(笑)。

Iさん:信号待ちとかね。その時に。しょうがない、時間がない。

宮野さん:前通ったけど、うわあ、怪しい人いるわ…て思って見られる(笑)

Iさん:絶対変やと思いますよ。そんないきなり足を上げる人おらへん(笑)

宮野さん:知らん顔してやりそうよね。

河上さん:だから、鶴の拳法やねんね。膝を挙げるのはね、鶴拳。だから、鶴になったと思って。違うか(笑)。

宮野さん:で、それは何?それをしながら、さっきの呼吸法もするの?ストローでブーってやるの。

河上さん:そうそう。だから、もう苦手な人はストローで吸って吐いてをしたら。いやでも鼻で吸わないと足らんもん、ストローやったら。

 口を大きく開けてパカパカ口で息するから息が上がるねん。

宮野さん:吹き流しじゃない?

河上さん:ああ、吹き矢練習するか。

宮野さん:あるやん、ピュルルルーてやつあるやん。(笑)

河上さん:本気にするやろが。(笑い)

宮野さん:淡路島であれ作ってるで。

河上さん:もうええって。
 まあ、本当に呼吸が真祈りって分かるのが目標なんでね。色々と自分なりにやりやすいやつをやって、工夫してください。なら、お祈りをして終わります。


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6月護摩 by 河上あきのぶ [Mail] 2024年06月05日(水) 15時09分
PC


6月護摩焚き河上さんのお話
 宇宙神ありがとうございます

 令和6年6月護摩焚きで、皆さんからのたくさんの質問に河上さんが答えてくださいました。ありがとうございます

質問1
 私は自分の好きな音楽を聞きながら「印可書」または「宇宙神ありがとうございます」を唱えることもありますが、不謹慎にあたりますか?ちゃんと真祈りになっていますでしょうか?

河上さん
 大丈夫なっております。ジャズであれロックであれ、民族音楽であれ何でもいいんですけども、その音楽の響きを通して、伝わっていくものというのがありますので、音楽を聞きたいときは聞きながら、聞きたくないときは聞かないままで、自由自在にやってくださって大丈夫です。

質問2
 先月の河上さんの勉強会のお話の中で、家で今から「真祈りの会をします」「護摩をします」と宣言すれば、向こうの世界の人がパッと集まるので、そこで「印可書」を奉読すれば良い。とのお話がありましたが、自分は毎日30分から1時間ほど護摩木を書いていますが、そのときもそのように宣言した方が良いのでしょうか?

河上さん
 護摩木を書くときはね、先生がその護摩木を書くというのは、真(まこと)の神さまが降り立ってくださって、一緒に手を添えて書いてくださる。お習字で字が下手なときに、お習字の先生が後ろから手を添えて書いてくださるように、真(まこと)の神さまが降り立ってくださって、手を添えて書いてくださるっていうふうに先生が宣言して決めてくださっていますので、今までのままでやられてもいいですし、もちろん宣言してされても大丈夫です。どちらも効果は同じです。

質問3
 職場に責任感をもっと持って欲しいなと感じる人がいます。もちろん、その人の助けになることも必要に応じて行っています。けれど、それは人任せすぎだろうと感じることもあり、そこでこちらがあえてやらないようにしたり、本人がやるように仕向けたりすることもあります。ところが不思議なくらい、本人がやらなくて済むように、私も含めて、周りの人間がなぜかやるような流れとなり、そして結果的に何とかなっている。ということが何度もありました。周りは大変ですが、本人も困らないし、仕事も何とか回っている。本来はその人の仕事なのに、納得できないままやっていることも多く、これは、実はその人が前世ですごく徳を積んだ人だからなのかとか、恩返しさせてもらっているのかとか、理屈で考えたりします。私ができる最善は、やはり「印可書」の奉読、「真祈り」だけなのですが、どうしても引っかかっているので、質問させていただきました。すみません。宇宙神ありがとうございます

河上さん
 はい。もちろん、ご本人その方の持ってる徳のおかげですけどね、その方が貯金を使い潰していってるだけですね。でも、一番大事なのは、無責任に生きている人をマイナスと見てしまった自分なんです。 そのどんな形であっても、真(まこと)の神さまが演技されてるというのは間違いないんですよ。

例えば、演劇の世界で言いますとね、本当に極悪人とか、あるいはいわゆるアホ役、藤山寛美さんのようにね、アホ役とかいうのが一番難しいんですよ。

 そういう無責任とか怠け者とかいう一番難しい役をね、真(まこと)の神さまが、いろんな条件をつけて、制限に制限して演技されてるというふうにわからないと駄目なんです。マイナスではないんです。必要で、すべて神さまが表されたのは間違いないんですよ。ただ本来、神さまが必要で表された、この写世というのは、もっと完全円満完璧大調和なんです。

 でも人間の方が、神さまと神さまが演技してるというのを断ち切って、演技してる方もですよ。演技してる方も、本来神さまとしての自分が演技してるってのを忘れて、要するにゲームしてるっていうのを忘れて、(役に)
成り切ってる。ということが続くと、いろんな因縁因果の重なりの中で、今のようなややこしい世の中になってるというだけです。だから基本は「印可書」を奉読されて、すべて真(まこと)の神さまって立ち返られたらもっと楽になります。ありがとうございます

質問4
 村の掲示板に河上さんが、「ご自分の肉体にマイナスを閉じ込め、そうしておいて、お清めする方法が呼吸法なのであります。」と書かれていました。マントラ、呼吸法、瞑想、この三つのお清め方法はみんな違うのでしょうか?また、それぞれの特長も教えてください。

河上さん
 はい。全部違います。でも全部必要であるのは間違いないです。ただ、今は、せっかく完璧な印可書のことを知られた方がね、わざわざ不完全な方法。いわゆる効果の少ない方取られることはないと思います。

 マイナスというのは、ゴキブリのようにね、部屋の電気、要するに光をつけると、ゴキブリさんって、ささっと逃げていくでしょう。ああいう感じでマイナスをお清めすることは普通できないんですよ。光が来たら逃げていくだけなんです。それを、肉体をわざわざ持って、そのわざとマイナスに見てね相手を、自分の中に取り込むわけですよ。だから先ほどの質問でもそうですけど、とりあえずマイナスに見て取り込むのは正しいんです。でも、そこから真祈りして、すべて真(まこと)の神さまって戻っていくわけですね。それが本当のお清めなんですよ。

 そこが、なかなかみんなわからなくて、人を責めてね。もう自分も責めてですけど、自分の中にどんどんマイナスを溜め込むんだけども、きれいにする方法がわからない。きれいにできずにどんどんマイナスを溜め込んでいくから、年取ると病気になる。中風(ちゅうぶ)になったりね、いろいろあるじゃないですか、寝込んだり、あるいは膝が痛くなったりとかね。それは、長年マイナスを溜め込んできた結果なんです。 それだけなんですね。だから「印可書」奉読して、どんどんきれいにしていけば良いです。

 ただ、「印可書」奉読できない方がいらっしゃるんで、本来、呼吸法というのは伝授の部分で、あんまり説明するといろいろと微妙な問題が起こるんですけど、もう本当に後がないのでね。ちょっと踏み越えてしまってますので、これから食料もなくなっていくし、芽が吹いても実ができないとか、すごい台風が来たりとか、大雨が降って大洪水が起こったりとかね。もちろん津波も起こりますし、いろんなことが起こる状態にとうとう踏み込んでしまいましたので、間に合わないので、呼吸法を説明しました。

  呼吸法というのは何か?何で呼吸法なのか?ということですけども。呼吸そのものが「真祈り」なんですよ、みんな気づいていないだけ。皆さん真(まこと)の神さまそのものなんです。でも、みんな気づいていないだけ。いつもそこに最後は戻るんですけどね。 気づいてもらうために、呼吸法でちょっと響き合わせてもらうということで説明しました。

 すると、その呼吸法がわかると、今、皆さんがやっておられる呼吸に戻っても、呼吸そのものが真祈りであるとわかります。そうなると、本当無敵なのね。 何を見ても心揺るがないし、悠々とすべてお清めしていけることになるんです。それが先生の働きだったんです。皆さんお一人おひとりに先生の働きをしていただくのですよ。

 ここは宗教団体じゃないから。宗教団体というのは、誰か素晴らしい方がいて、その方について行ってどうこうという。 みんなが無責任になっていくのが宗教団体。ここは全員が、先生がおっしゃったように総責任者の自覚を持って、先生の働きを、真(まこと)の神さまの働きをしていただく場でありますので、宗教団体ではありません。

 その真(まこと)の神さまの働きをしていただくために、呼吸法をちょっともう大おまけで、説明しました。わからないことは、どんどん聞いてください。そのために細かく説明します。ありがとうございます

質問5
 白光真宏会の五井先生の「世界人類が平和でありますように」という祈り言葉がありますが。思ったのですが、この言葉の後に「宇宙神ありがとうございます」をつけて、繰り返し唱えるのも真祈りになるのでしょうか?

河上さん
 非常に微妙な質問されたんですけど、何が問題かといいますと、「世界人類が平和でありますように」という祈り言葉が、全人類の言葉として五井先生は出されたわけですよ。ところが、この祈り言葉は白光真宏会のものであるというふうに後を継がれた方が宣言されたわけですね。決められたわけです。白光真宏会のものであると決めた途端に、「世界人類が平和でありますように」という祈り言葉が効力を失うんですよ。

 これは「ありがとうございます」も同じです。「ありがとうございます」が私達のものだと言った途端にもう駄目なんですよ。「印可書」は、私達ものだと言った途端に駄目なの。全人類のために神さまが降ろしていってくださった言葉だから、自由に、自由に選んで、自分の自由意志で自由に選んでお使いくださいっていうふうにしなくちゃいけない。どの祈り言葉も一緒。

 例えば「南無阿弥陀仏」でもすごい力があったのに、もう「南無阿弥陀仏」は、この宗派のものなんだって言った途端に効力を失っていったわけです。それだけです。だから、「世界人類が平和でありますように」ってお祈りされたい方は、されて大丈夫ですけども、効力的には、今は本当に消えちゃったわけです。

 だから後に「ありがとうございます」つけたら「ありがとうございます」だけが生きるということです。でも、間違っても「ありがとうございます」が、ありがとうボランティアグループのものだとかね、「宇宙神ありがとうございます」が、ありがとうボランティアグループのものだとか、「印可書」も同じ。私達のものだと言った途端に、それは偽物になっていくんですよ。

 神さまは、真(まこと)の神さまは、すべてのすべてですよ。すべてのすべてということは分け隔てがない。「あいつが悪い」、「こっちがいい」とかそういう言葉は一切ないんですよ。ちょっとでも「あいつが悪い」って言ったら、それはもう、駄目なの。でも、あいつが悪いと言ってマイナスを取り込んでお清めするためには、一瞬思ってもいいんですよ。

 でも、すべては真(まこと)の神さまって真祈りに戻すわけです。すると、悪いことをしてる人でも、さっき説明したように真(まこと)の神さまが演技されてるとわかるようになります。それと一緒で祈り言葉も、私達のものだと言った途端に全部効力を失いますから、それだけわかっていただけたら大丈夫です。 ありがとうございます

質問6
 自宅の庭石についてお聞きいたします。長さ35センチ、幅25センチ、高さ15センチの庭石があり、石の中に直径15センチの穴が掘られています。 この穴に雨が降ると水がたまり、蚊の発生源になって庭に出るたびに刺されます。撤去してもよいものか、石を押してもびくとも動きません。穴をコンクリート等で塞ぐのは駄目な気がします。よろしくお願い申し上げます。

河上さん
 穴、コンクリートが嫌だったら木とか、何か栓してください。ともかく塞げば大丈夫です。そんな重たいものを動かすだけでお金かかるから置いといて大丈夫です。

質問7
 「印可書」の中、一点に向かう一点とは、無限の一点に向かう無限の一点とは具体的に教えていただけますか?五連続の祈りを唱えるときに、絶対の中心と繋がる正八面体を意識と肉体に集中して唱えようとしていますが、いまいち集中できません。真祈りの祈りになりますようにお導きをよろしくお願いいたします。

河上さん
 はい。これ、形に囚われ過ぎなので、苦しくなるんですよ。ただただ、それだけです。だから、やってて辛いことは無理にせずに、やりやすいようにやってください。それが大事です。

 その手前の質問ですけど、一点に向かうというとこですけども、一点に向かうというのは、すべてのすべてという意味なんです。入れ子構造的なので、一大循環の相象(すがた)が、そのすべてを現してるんですけども。無限大から無限小、無限小からは無限大っていうのが、すべてのすべてという意味なんです。そのすべての一点が一点なんですけどね。だからわかるかな?一点やけど、そこが無限なんです。

司会者
 全部ってことですね。

河上さん
 そうです。だから、映画のスクリーンあるでしょう。そこに光が当たって一点を示すじゃないですか。でも一点を示してるけど、光は次から次に来てるでしょう。次から次も消えて、初めも消えますけども、次から次に来てるじゃないですか。この世における一点というのも次から次、絶対の中心から湧き上がってくるものなんですよ。湧き上がってきては無限大が無限小となって湧き上がってきて、この世的に言うとね。無限小が無限大となって消えていくわけです。この世的に言うとですよ。一大循環の相象(すがた)はもっと複雑ですけど。そういう感じのため、そういう部分の一点です。だから無限の一点というのはすべてのすべてです。

 この正八面体とかね、もちろん、五連続の祈りもそのいいんですよ。いいんですけど、それが辛い時、苦しい時は、自分が祈りやすいようにひたすら「印可書」を唱えてくだされば大丈夫です。その正八面体は八面体ですけど、八面体の意味は、もっと入れ子構造的に複雑でね、形だけをイメージしてしても、わからなくなるだけなんです。工夫というのは、その形を掴んでどうこうして考え込むことじゃなくて、いかに神さまと繋がるためにどうするかだけなんですね。

 それは、先生が「印可書」という形を降ろしてくださったので、自在に「印可書」を駆使されたらいいだけです。「印可書」がしんどくなったら「ありがとうございます」を駆使されて、「ありがとうございます」がしんどくなったら「宇宙神ありがとうございます」を駆使されてっていう、3つあるからね。自在に使い分けていけばいいんです。いつも言いますように、本当に切羽詰まったら「あ」で大丈夫です。「す」で大丈夫です。「う」で大丈夫ですからそれでやってみてください。

質問8
 鼻炎があり、鼻水がしょっちゅう出ています。注意すること、または良い体操があったら教えてください。

河上さん
 鼻炎というのはね、何かっていうと、いらんことしてるから鼻炎が起こるんですけども、自分がいらんことしてるかどうかなんてわからないじゃないですか。だから何をするかというとまず、まず「印可書」奉読とかお祈りしてください。

 その次に何がいるかというと、その全身に血が巡っていないんですよ、その方の場合は。はい、ちょっと今言いましたね。全身に血が巡っていないので、血の巡りの悪さの分だけ老廃物が出にくいから、その方は鼻から出てるわけです。もうちょっと進んでしまうと今度は下痢とかね、ちょっと吐き気がして吐いてしまうとかいう形で毒素を体に出そうとします。それは血の巡りが悪いからに尽きます。それだけです。

 だからいつも言うように暇なときは、手をパクパク(グーとかパーをして動かす)して、足の指をこうしてね(同じようにする)。「印可書」読むときは、余裕があったら、周りに人目がなかったらね。膝を上げて「宇宙神ありがとうございます」と「絶対の中心、無限大の遥か彼方」ってやってくださいというのは、全身の血の巡りを良くするためです。

 そういうこと、あるいはシコ踏みとかって言ってるじゃないですか。それは全身の血を巡りを良くするためにお願いしてます。もうそれもしんどくて嫌やねんっていう人は、もう(体を)叩いて、何でもいいから叩いて、叩けば血の巡り良くなります。(指をグーにしたりパーにして体を叩く)

質問9
 昨年までは、自治会長が集金する区費は3件だったのが、今年は7件になり、結果2件は人間関係の恨みの念や借金が被さっているようで、身の危険も感じ集金不可能でした。実際、払ってくれない家に他の人が集金に行き、転倒し手首を骨折してしまいました。5件は、隔たりをなくし神さまのお力で現実をより良く変え、すべてのものを幸せに導く作用のおかげで、なんとか集金できたと信じられます。町内全体の方に区費を払っていただけるには、そして戦争をなくし地球環境をより良くするには、無色透明となり無心で真祈りを続けていくことですね。

河上さん
 はい。集金できないところはしなくていいんですよ。自治会費というのは、自由意志で出すものであって強制するものではないですから、わざわざ集金しなくていいし、集まったお金の中で工面すればいいです。それだけですね。みんな自由意志で好きに思いますからどうしようもないことばっかりなんですよ。そのどうしようもないことを楽しんで生きていくのが、この現世(うつしよ)なんです。何でも思い通りになったらね、面白くなくて生きていく楽しみないって。思い通りにならないんだから楽しい。何が起こるかわからないから楽しい。同じ映画を2回も3回も見ないでしょう?どうするかわからないから楽しいんです。楽しんでください。ありがとうございます

司会者
 (質問内にある)地球環境については?

河上さん
 一緒。全部一緒。楽しめば世界は平和になります。先生と、そうですね11歳の時に初めてお会いした時に、まず先生に最初に質問したことがあるんですよ。それは何かというと、お祈りしてると「我、汝の求めるに先立ちて、すべて与えたり。何を恐れ怯えん。常に共に喜び共に楽しまん。」っていうのを僕は受け取っていたわけですけども、それを先生にお尋ねしたわけですね。そしたら、にっこり笑って「あなたは過去世がわかるんだから、聞くまでもないことだ。」みたいな感じで、お互いにっこり笑って色々あったわけですけども。常に神さまは必要で、すべてをされてるわけですね。どのことも何もかも、なぜ先のこと未来がわからないかというと楽しむためなんですよ。

 真(まこと)の神さまが入れ子構造的に地球霊王さまになってるわけですけども、地球霊王さまの体に住まわせていただいてる、この肉体というのは、地球霊王さまの入れ子構造的な分身なわけです。肉体的に言ってもね。それで、どのすべてをとっても、地球霊王さまは常に喜び楽しんでくれなんですよ。

 なのに、このなんて言うんですか、生活が豊かな日本ですら文句を言ってるでしょう?もう文句一杯ばっかりなんで、もう地球霊王さまは「人類はもう無理だな。」って。「もう一遍、この肉体の形は止めて別の表現でやり直そうよ。」ということをおっしゃったわけですね。それを先生が、「もうちょっと待ってくれと。自分が真祈りを伝えて、地球霊王さまの喜ぶような形に持っていきますから。」ということの約束でここまで来ています。あと、託された以上は、同じことをずっと説明してきているわけです。

 ただ、先生が亡くなられて6年間はおまけがありました。でも、そのおまけのあるうちに、本当に祈ってね、お祈りしなくちゃいけないのに、誰も、村人の場合ですけど、甘えちゃってしなかったんですね。色々ありますけども、そのおまけの期間が切れちゃったんですよ。だから、これからは本当にね、皆さんの真祈りにすべてがかかっています。そういう意味でも、人類を幸せにするとか、しないとかじゃないんですよ。みんなが喜び合えば、それで一遍に変わるんです。その本当の喜び合う姿が真祈りなんですよ。だから印可書奉読されていたら大丈夫です。もう只々それだけなんです。

 2005年に僕に起こるべき事件を先生が身代わりとなって消してくださったわけですけども。その時に先生がセクハラをしたと少しでも疑った人間はね、やはりもっと反省しなくちゃいけないです。なのに疑って反省もせずに、また先生に甘えてきてる者ばかりだから、地球がこれだけ追い込まれてしまったんです。村人だけを笑ってはおれない。皆さんお一人一人がそれをよく自覚してください。新しい方はそういう事件を知らなくて先生を信じてこられてるから、新しい方ほど印可書をスッと選び取れているということです。先生を信じ切れない者は印可書を選び取れなかったんです。それだけです。ありがとうございます

質問10
 いつも貴重なお話ありがとうございます。真祈りの会についてお伺いいたします。以前、河上さんのお話で、真祈りの会の後、縁者が集まっているので、ご当地のものをいただくと良いとおっしゃっていたように思います。その場合、会場で何かをいただいた方がいいのか?それとも場所を変えて食事などをしても縁者の供養になるのか?特にこだわらなくていもいいのか?お答えよろしくお願いします。ありがとうございます

河上さん
 まず、向こうの方は食べられないんですよ。だから皆さんの肉体を通して食べることを共に味わえるわけです。「共に喜び、共に楽しまん。」なんですけどね。ただ、形でね、こういう会食をしなくちゃいけないとかね、法事であるじゃないですか。こういう仕上げをしなくちゃいけないとかね。そういう形に囚われずに、会場でしてもいいし、それぞれ、その真祈り会が終わった後、帰られる途中で、それぞれのものを食べていただければいいわけです。それは食事でなくても、お好きなスイーツでもね、何でもいいですから。皆さんが美味しいと思う楽しめるものを食べてください。それが向こうの世界の方も共に喜べるわけです。もちろん本当は食事以上に、あの真祈り会で、みんなが共に喜べたら一番いいんですよ。でも、色々あるだろうから、せめて食べて喜んでくださいということです。ありがとうございます

質問11
 すみません、一人なので(一人で真祈りの会をしているので)食べてないのですが。

河上さん
 うん、だからそれは自分で喜べてるから大丈夫です。

質問者
 大丈夫ですか。はい。ありがとうございます

司会者
 質問は以上になります。会場で、ご質問のある方はどうぞご質問してください。

質問12
 ありがとうございます 呼吸法についてもう少し。最初に言っていた、ストローで、ずっと吐きながら吸うっていうのは、ネットで見てできたんですけど、ただ、それだとこう、ほっぺに溜まっているの(空気)を使いながら…。

河上さん
 それでいいんだけどね、なかなか苦しいでしょう?自然にできないでしょう?

質問者
 30分ぐらいしかできない…。

河上さん
 でしょう?だから、それはそういう練習の一つなんですけども。もっと自在にね、24時間できるように持っていきたいわけです。それで、これは説明では無理。伝授の部分というのは、そういう意味なんですけども。まずストローでされてやれた方は、それをして。次は口を閉じて、紙一枚も開けずに、微妙に口から漏れるっていう感じを練習してください。口から微妙に漏れながら自在に鼻で息が吸ったり吐いたりできるようになると、ほぼ完成です。そこまで行く前には、口から漏らしながら鼻で吸うとか、色々と練習してみてください。

 なんで呼吸法をうるさく言うかというと、呼吸が、いつも言いますように、真祈りそのものなんですよ。皆さんの肉体の中に入ってる心という魂もね、真(まこと)の神さまそのものなんです。すべて真(まこと)の神さまそのものなんです。でも、みんな気付かないだけ。でも、それを一番簡単に身近に素早く気付く方法が呼吸なんです。呼吸が真祈りそのものなの。皆さんの肉体も魂も命も真祈りそのものなの、本当は。それに気付いてないだけ。それを気付くために、まず呼吸からということ。

 もう、本当に後がないんでね。本当に色んな大変なことが起こりますけど、起こっても心を動かさないようにしてもらうためにも、呼吸法を言っています。呼吸が真祈りそのものなんです。それに気付くための呼吸法です。だからまずは色々大変だろうけど、練習してください。まずストローでやって。で、それだと長続きしないなってわかるでしょう?。そしたら、どうしたら長続きするかと、あとは自分なりに工夫していくわけです。

 その方法としては、最初は口から吐いて息が全部吐ききったら口を閉じて鼻から吸う。そればっかりをしてみる。そうこうしてるうちに微妙に口が開いてきます。そしたら、いつも口から微妙に、口からたくさん吐いてもいいけど、微妙に漏らす状態を続けれるんですよ。まったく口からは息が吐いてない時が無い状態ができるわけです。それをするためには口から吸う癖があると駄目なんです。吸うということは、吐いて吸う時に途切れるじゃないですか。口からは、いつも吐き続けるという、途切らさないということが大切なんでね。それができれば呼吸が真祈りそのものであるとわかります。

 わかると、24時間、五井先生がおっしゃる24時間連続統一に入っていきます。それが入ると自分という意識が消えるんです。それで、自分という意識が消えると何が起こるかというと、例えば、真(まこと)の神さまというのは言葉で表しようのない存在なんです。それを先生は印可書という形に無理やり合わせてくださったわけです。自分が消えてくると言葉が消えるんですよ。印可書そのものの本来の響きを出せるようになる。それを先生は最後に見本として示してくださったのが、喋れなくなった3年間なんです。言葉が消えたからこそ、すごいものがいっぱいあったんだけど、誰も気付かなかっただけです。沈黙の清則というね。もう済んだ事ですのでね。あれですけども。

 今、再び呼吸法で沈黙のすべてを皆さんに受け取っていただきたい。呼吸が真祈りそのものとわかると、この大自然すべてが本当の響きが入ります。すると、すべてがわかるんです。真祈りができるとすべてが透き通るようにわかるというのは微妙な説明で、本当は透き通るもくそもなくて、すべてが同時にわかる。常にすべての場所に同時に自分が立っていることが実観できます。実観できるのが悟りです。その第一歩として、呼吸法をお願いしています。だから、また行き詰まってわからなくなったら、メールでも何でもいいですから、どんどん聞いてください。もう時間ないから何でも答えます。

質問13
 もう一ついいですか?呼吸法で。呼吸法は途切れ途切れなんですけど、さっき言ってたみたいに、口を少し開けてはするんですけど。なんかそれをしてる時の方が、こうちょっと雑念が湧きやすいっていうか、なんか全然どうでもいいことがどんどん…。

河上さん
 そうそうそう。それは、自分が無色透明になってきたから、たくさん写るの。

質問者
 じゃあ、それはいいんですか。

河上さん
 いいです。写ったのをいかに自分の中に閉じ込めて、お祈りして消していくかです。

質問者
 呼吸に印可書を乗せる感じとか…

河上さん
 そうですそうです。結局ね、五井先生とか松下先生は、それを極端に、というのは当時、お祈りしてる人、数少ないんでね。約4、5名だったんで。五井先生、松下先生に極端に無理をお願いしてたわけですね。だから体にいっぱいマイナスを吸い込んでは、お祈りして消していかれるのを繰り返されたわけです。

 マイナスをいっぱい吸い込むと、もう寒くなって、冷たくなって、カチンカチンになるんですよ。それをお祈りしてね、ぱっと溶かすわけ。すると氷でも、マイナス何十度の氷をお水に入れたらパリパリパリって割れるでしょう?ああいう感じで肉体がパリパリ割れて傷んでいって、五井先生も松下先生も最後はああなられてしまったわけです。

 それで、これからは皆さんお一人おひとり分けてしますから、皆さんはそこまで肉体を傷めずに、たくさん神さまの働きができるわけですよ。だから、それをお願いしています。だから色んな雑念が湧いた時ほどチャンスだと思ってください。それが間に合わない間は僕の体一つでやりますから、もうそんなに長くもたない。もたないけど呼吸法を教えたから、皆さんで助け合って支え合ってやってください。

質問者
 ありがとうございます


司会者
 ありがとうございます 他に質問はございませんか?では、河上さん、お話よろしくお願いいたします。

河上さん
 ちょっとね、踏み越えてしまったんですよ。この前どうしても支えきれずに 一瞬死んでしまいました。色々あって戻ってこられたんですけども、その間ぐぐっと押し切られて大変になってます。何がこれから起こるかと言いますと、本当に実がならない。或いは、すごい大きい台風が来る、或いは、すごい大きい竜巻が来る、或いは、すごい大きい雹が降る。地震よりマシだからね。それも止めきれない。どれもこれも、できるだけ綺麗にしてますけども、起こるの押し留めて前、遅らせてるだけです。

 だから、それがどんどん溜まってきたのもあって、両方ですごい揺れることもありますでしょうし、大津波も来ることもありますでしょうしというとこまで、ちょっと追い込まれてます。だから、いろんなことが起こりますけども、心を動かさずにね、真祈りしてください。そのためにも呼吸法をお願いしています。呼吸法があると心が動きませんから大丈夫です。

 本当ね。後は皆さま次第です。そういう状態になってしまいました、申し訳ない。ちょっとどうしても止めれなかった。それは、いろんな、いろんな事情と、いろんな、人類の思惑の中でいろんなことがあったということです。それだけなんですね。だから、本当に、食料危機が来るから持ってってねとか色々お願いしてましたけど、それが無駄になることを願いつつ来たんですけど、やはりちょっと大変なりかねないし、今年の夏からもう見え始めます。いろんな、いろんな意味でちょっと大変になるんですけど、その食べるものはね、今、皆さんが食べておられる量の3分の1でいいですからね。それ、まずわかっててください。

 3食食べなくていいんです。夜に少し食べるだけで十分体を持ちますから。それ、皆さんの思いで、これだけしか食べてないからダメだわということで思いで潰してるだけですから。みんながそれがわかれば、今の90億という人類を食べて生かすことはできるんですよ。でも、みんな、自分が先食べたいから飢える人が出て来ていろいろと大変なっています。どの状態にしても、地球霊王さまが人類の喜ぶ思いと共に生きようと言って喜ぼうとしてされてるのに、もう不平不満ばっかりでね。この日本ですら不平不満ばっかりで、もう地球霊王さま、50年前からもうかな、60年前からですけど、「もうかなわん」っていうことを先生が「もうちょっと待ってください」ってお願いして、ここまで来てるわけですから。せっかくここまで来たんだから、皆さんの真祈りで、もっとなんとかしていきたいと思っています。

 総責任者の自覚というのはね、その自分は関係ないが一切ないんですよ。だから何を見ても真祈りに変えてくださいっていう。その何を見ても真祈りに変えるというのは、具体的には呼吸法ができたら、すべてが真祈りになって、先生のような働きがごく自然にできるということです。そこまで持っていきたいですけど、そこまで、自信のない間は「印可書」を使い、「宇宙神ありがとうございます」を使い、「ありがとうございます」の十文字を使ってね、ひたすら真祈りして、どんどんね、人を責めてマイナス見ていいんですよ。マイナスに見て、自分の中に入れてからお祈りしてください。そうしないと消せないですから。だから自分は怠けも見て腹立つねんとかね。会社で、さっきのあれですね、無責任にやってて結局周りが仕事してしまうとか、あっていいですから、そう思っていいですから、思った時にそのマイナスを自分の体の中に閉じ込めてるわけです。それが、あと真祈りで消していくわけですよ。

 村人に対してきつく言ってるのは何かというと、村人はどんな状態であってもどんどん自分の中に(マイナスを)押し込められる場所なんですよ、あの村は。 だから、あそこに住む以上は、もう自分の好むと好まざるに関わらず、どんどんマイナスを自分の中に入れていきます。だから、このまま行くと大変なんで、ちょっとでも真祈りしていただきたいので厳しいことを言っていますけど。

 というのは、本当におまけがなくなったんですよ。あの先生の仏舎利がね。あんなにすごい大きな働きをしてるというのは、僕自身もよくわかってなかったということです。仏舎利がない以上は、もうおまけがないですから、皆さん一人ひとりの真祈りにかかっています。

 私なんて思っていいですから、私なんてと思って、そのマイナスを体に入れて、お祈りして消してください。もう全部それです。どんな思い方、どんな雑念が湧いても、湧くごとにいろんなマイナスを自分の体の中に入れてるんです。入れたら、入れっぱなししとくと、年取ってからね、 病気になるの。年取らずになる人もおるけどね。

 でも、それは真祈りして消していってないからです。それが呼吸法で、呼吸そのものが真祈りで、すべてが真祈りってわかれば、すべて真(まこと)の神さまってわかったら、もっと大きな働きになります。最後の目標はそこですけども、まずは「印可書」を使って、「宇宙神ありがとうございます」を使って、「ありがとうございます」の十文字を使ってね、ひたすら、ひたすら自分の中に取り込んだマイナスを消していってください。それが最初の第一歩です。それを呼吸法と両方併用したら大きく変わりますから、よろしくお願いいたします。ここまでで、もし質問があったらお願いします。

 (会場からの質問がありました)

質問13
 ありがとうございます 日本は、歴史が二千年か二千五百年か、それ私、勉強不足で・・・。(河上さん:もっと長い)その昔、昔から声を出して、言葉がない時から声を出して 祈り言葉というのがあったように聞きまして、そして、それにはアワ歌という歌があったりするということ、この頃聞くんですが。

→○o。.歌 (河上さん:アワ歌はまだまだ新しいものです。)新しい。そういう呼吸法という時に、文化庁が平成19年に日本の歌百選を世代を超えて声を出して歌いましょうと呼び掛けたんですが、教育の方では取り組めない状態になっていて、PTAの方もなかなか動かない。それで、私は、2003年から、アカペラで歌うということが大事じゃないかということで、各方面の先生方に問いてみたら、皆さん、神社の宮司さんまで、それはいいことだからやりなさい、やりなさいとおっしゃってくださる。それで、奈良の薬師寺の長老さんにもその話をいたしましたら、1300年前の行基菩薩様の作られた、「ほろほろと鳴く山鳥の声聞けば、父かとぞ思ふ母とことぞ思ふ」という 和歌に成田多三さんは曲をつけたという歌を宮殿で教えていただいてきましたが、今ここで吟じてもよろしいでしょうか?

河上さん
 ダメです。

質問者
 ダメですか。はい。で、そういうことは・・・。

河上さん
 なぜダメだというと、みんなの自由意志を縛るから。(質問者:そうですね。)聞きたい人は聞くけども聞きたくない人にまでいってるじゃないですか。

質問者
 はい、そういうことを自由意志で、みんなで大いに声高らかに声をあげるということは良いことですか?

河上さん
 だから、自由意志を縛るというのが一番マイナスなんですよ。だから、その自由意志を縛らない、先生が自由意志を縛らないから、あの先生が何も言わないからと村人は誤解してね、先生に甘えてしまったんだけど、それは村人だけに関わらず、みんなそうなんですよ。

 先生が印可書を読めと言わないから読まないとかね。読むなとも言わなかったんだけども。何事についても先生は相手の自由意志をというより、真(まこと)の神さまですけど、真(まこと)の神さまは相手の自由意志を最大限尊重されるわけです。だから、あの本人が思わないことを強制されることは一切ないんですよ。

質問者
 あ、だから今の子供たちは引きこもりが多くなってきたんですかね?

河上さん
 そうです。あの自由意志を縛るからね。

質問者
 あ、そういうことですね。子供たちがそうなんですね。

河上さん
 言葉というのは、言霊から始まるわけですけども、その言葉が何かというとね。例えば、「な」という言霊がありますね。「な」というのは、この「なぐ」っていう、こういう斜め横の言霊なんですよ。だから、草がなぐとかね。それが、「なにぬねの」と、こう変化して、「ねる」とかね、「ぬる」とかっていう行為、行為に変わっていくわけですね。でも、まず最初にあるのは、「な」という言霊なんです。「な」という言霊が、五音がついてね、色んな行為に変化するだけで、最初は言霊だけです。その言葉だけを見事に構成して作ったのが印可書なんですよ。

 だから、真(まこと)の光だけなんですけどね。たったそれだけなんです。だから、印可書にあのメロディーをつけて歌にしましょうかという話もあったんだけど、それは違うんです。歌にすると自由意志を縛るの、(質問者:はい、はい、わかりました。)クラシックの音楽に、なかなか歌詞がついていないでしょう。それは、歌詞はみんなで好きにつけたよいのです。でも元の言霊としてのメロディーはこれですよって言って流れるわけですね。

質問者
 そうしますと日本は、やはり言霊の幸はう国ということになってまいりましたですね。

河上さん
 だから、先生が柿本人麻呂として現れたときに、その当時の日本で言霊というのが粗末に扱われてたので、再び(この現世も)言霊のままに全てなってんです。真(まこと)の神さまが一番。言霊のままに全てがなくているのにあえて言霊を自分はもう一遍述べるって、こうおっしゃったわけですね。それは真(まこと)の神さまがいつも言うように、一番いいようにされてるけども、あえて、それに言霊を乗せて、働きをさらに強めるということを、柿本人麻呂の頃におっしゃったわけですけども。たったそれだけなんですよ。

 ただ言霊って何かというと、今言う呼吸法なんです。本当に真祈りがわかったら言葉がなくなるんです。先生は最後の見本で三年間無言でおられたわけですけどね。そこが、わかっていただくために呼吸法をお願いしてます。ありがとうございます

司会者
 ありがとうございます 他に会場から質問はございませんでしょうか?質問します。

質問14
 すいません。雹(ひょう)が降ったり、地球が寒くなったり、いろいろすると思うんですが、その時に人類を助けてくれる植物とか食物とかはありますか?

河上さん
 うん、だから、まず呼吸法と真祈りなんですよ。でないと、その食物が育たない。今、地球霊王さまは、もう体が完全にマイナス、人類のマイナスを背負って、吸い込んで病気の状態なんですよ。今まず何が起こってるかと、地球霊王さまの皮膚がボロボロなの。だから、それが、肉体も地球霊王さまの体の入れ子構造ですから、いわゆる人食いバクテリアという表現とか、まだ病名がついてないわけですけども、体が腐り落ちる病気なんですね。

 人食いバクテリアに感染すると3割がすぐ死んじゃうんですよ。残りの7割は大丈夫じゃなくて、あちこち腐って落ちてしまう。一番柔らかい男性の大事なところとかね、女性の大事なところが柔らかいじゃないすか、そこがまず腐り落ちます。それが終わると、今度は鼻とか耳とかが落ちたり、あるいは落ちなかったら今度は腫れます、という状態で生き残るわけです。

 だから、すごい大変な状態になって、その働ける人の数も減るしね。いろんな意味でも、すごいちょっと申し訳ない踏み込まれてしまったんでもう、ちょっと止めなかったんで、止めれなかったんで、すごい状態がもう現れる寸前です。それを今言いましたから、「河上、あんな大げさな事を言っても現れへんやないか」というくらい、皆さんの真祈りで持っていきたいと思っています。「大げさな事を言いやがって、大丈夫やないか」っていう感じにいきたいんですよ。

 ですからぜひ、呼吸法と両方使って真祈りに励んでみてください。まず真祈りがないと、まず食物が育たない。食物というのは、地球霊王さまの体から噴き上がったものですから、その地球霊王さまの体が、今すごい病気なんですよ。熱出してるから、火山も噴火しますし、もうこれで、皆さん風邪になると熱出て、寒くなったらガタガタ震えるじゃないですか。そういう震える状態が来たら、あちこち地震が起こって、あの長野からパン割れたりね、いろいろ起こるわけですから、そうならないように、本当に怖がらないように柔らかく言ってますけど、本当大変なんでよろしくお願いします。

 また来月お会いできることを楽しみにしています。ありがとうございます

 音声はこちらからどうぞ
 https://youtu.be/-lAuyVpRWKA

 宇宙神ありがとうございます

じょうし 2024/06/04(Tue) 22:13 No.3391 [返信]
6月護摩焚き河上さんのお話
 宇宙神ありがとうございます
 
 令和6年6月護摩焚きで、河上さんが皆さんからのたくさんの質問に答えてくださいました。ありがとうございます

 音声はこちらからどうぞ
 https://youtu.be/-lAuyVpRWKA

 宇宙神ありがとうございます

じょうし 2024/06/02(Sun) 13:16 No.3390 [返信]


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