パン生地の醗酵について

 

醗酵とは、小麦粉に水をいれて練り始めたときから、窯焼きの温度上昇(90度)を超えてイースト酵母が失活するときまでをいう。

1、直捏法で4時間(醗酵工程2時間)

2、中種法で6時間(醗酵工程4時間)

3、液種法で48時間(醗酵工程4時間)

である。

生地醗酵の目的は、炭酸ガスによる膨張、醗酵によるフレーバー付け、イースト生成物による生地熟成の3点である。

 

小麦粉と水が反応すると、乳酸菌が働いて乳酸を生成しPHが下がってくる。すると、耐酸性のある酵母菌だけが活動して、酵母菌と乳酸菌がほとんどの液種ができる。⇒液種法、老麺法、。このようにして作った種生地をパン生地に入れて使う方法が18世紀までつかわれてきた。

 専用のパン酵母を作って製パンするようになったのは1880年以降であり、日本では昭和4年からである。

 

パン生地醗酵に関する考察

製パン技術の要諦は一言でいうと、いかにして酵母のガス発生のピークと生地のガス包蔵性のピークを一致させるか。ということに尽きる。

 

パン生地が液種の場合にくらべ、普通のドウのほうが炭酸ガスの発生が多い。その理由はグルテンや澱粉がアルコールや酸を吸収するためと考えられている。

 しかし、醗酵生成物その他フレーバー等は液種のほうがよい。(完全発酵させることができる)

 

醗酵の要因の考察、

1、必要栄養成分について

@炭素源(エネルギー源)⇒醗酵性糖

 イ、小麦粉成分として存在するもの

 ロ、グルコアミラーゼ(酵素)による澱粉の加水分解作用によって生成されるもの。

 ハ、原料として添加するもの

通常2から3パーセントの糖が醗酵を維持するためには必要とされる。

パンの品質から言えば4から6パーセントが必要である。

A酵母菌は増殖を始めるとき対数的増え方をするが、このとき、菌体を作るために窒素を必要とする。

 これは、イーストフードとして、アンモニウム塩を添加することによって醗酵促進効果が認められる。

2、パン生地における酵母使用量の考察

普通2から4パーセントの範囲で添加するが、あまりに少ないと、グルテン膜から炭酸ガスが抜け出し、パンのすだちが粗くなる。

 

3、醗酵時の温度についての考察

20度と30度での醗酵速度差は3倍(10度差で3倍)

25度と35度での醗酵速度差は2倍(10度差で2倍)

通常38度までは温度の上昇に従って、醗酵速度は上がるがそれ以上になると逆に低下する。ホイロ温度が醗酵促進の目的のために38度に設定されるのはこのためである。

 

4、生地のPHと醗酵についての考察

@ミキシング直後の生地のPHは6である

A醗酵開始とともに乳酸菌による乳酸の生成、イーストフード中のアンモニア塩からの無機酸の生成、酵母の活動による炭酸ガスの生成によって、PH5.5ぐらいに下がる。

B酵母の醗酵やグルコアミラーゼのためには都合がよいが、生地のガス包蔵性の観点からはPH5以下に下がるのは好ましくない。

 

5、醗酵の方式についての考察

@     直捏生地法⇒全原料まとめて混捏の後、28度で1時間、パンチ(ガス抜きと表皮中入れ)、再度28度1時間醗酵させる方法。 小麦粉の全量が醗酵されるため、比較的風味の良いパンが得られるが、醗酵時間が基本的に不足ぎみであり、その為に膨張も中種法の8割くらいしか出来ず、内層の気泡も荒くなり、当然気泡膜も分厚く、結果、老化も早い。製パンの歴史上でも基本的な方法といえるが、機械耐性が低いため、管理が難しく、失敗することがあるので大量生産にむかない。小規模ベーカリー向きの方法であるといえる。

A     中種生地法⇒大量生産の為に失敗せずに作ることを念頭において1920年ごろアメリカにて編み出された方法で、小麦粉の7割量に対して、イースト全量とイーストフードを加え、これを中種として捏ね上げ28度で4時間ないし5時間の醗酵をおこなう。これは、無糖生地醗酵であるため酵母は小麦粉に含まれる糖とでんぷんを糖に変えるグルコアミラーゼの酵素生成糖により醗酵活動をおこなう。小麦粉の糖含有量はすくないので、醗酵開始40分ごろから糖を食べつくしてしまい徐々に酵母の活動はすくなくなり、80分ごろには著しく炭酸ガスの発生量は減る。これより以降は酵母自身の分泌するマルターゼによって、でんぷんを分解して生成するマルトースと小麦粉が本来持っている酵素によって生成されるマルトースによって活動が継続される。(普通醗酵時における酵母の必要グルコースは酵母1グラムあたりグルコース0.32グラムである。また、グルコース1グラムを使って醗酵するときに発生する二酸化炭素は200ミリリットルである)醗酵終了後これに残りの小麦粉と塩、および各種副資材(砂糖、油脂、粉乳)を加えて、再度混捏をおこなう、このときに加水等の調整が可能なので、失敗することなく容易な管理で一定品質のパン生地を作ることができる。混捏後20分程度のフロアタイムがとられた後、分割、丸め、中間ほいろ、整形と仕上げていく。この砂糖を加えられた時点で、醗酵は活発になり、次のほいろ工程で温度が上昇してくるので、さらに醗酵は促進される、釜に入って焼き上げ工程時でも、醗酵は進み、生地温度が90度を超えるころ、酵母が熱により、失活して、初めて醗酵は停止する。

   パンはよく膨張し、内相も均一で気泡膜は薄く、ソフトなパンとなる。しかし、醗酵の完全性から見ると不完全であり、旨みとしては@の直捏生地法に遠く及ばない。この欠点を補うべく、イーストを少なくして8時間の醗酵を行う長時間中種法、さらに低温にして醗酵を行うオーバーナイト中種法、さらに風味向上を目指して全量を中種としてしまう低温オーバーナイト全量中種法が開発されている。

B     液種生地法⇒糖と酵母と少量の小麦粉を水と混ぜて水種となし、20時間から48時間かけて十分に醗酵させこれを用いて生地を混捏し分割、型入れして、速やかにホイロを行い、パンを焼く方法。パンの風味はいまいちなので、サワー種を作って、これに添加風味の改善を行っている。日本ではおおち式製パン法として知られている。

サワー種についての考察

@     小麦粉を使うホワイトサワー⇒パネトーネ種(イタリア)サンフランシスコサワー種(アメリカ)

A     米、麹、ご飯、を使うサワー⇒酒種

B     ライ麦を使うもの⇒ライサワー

C     ジャガイモ、小麦、リンゴ、ホップを使うもの⇒ホップス種

D     果実を使うもの⇒果実すりつぶし自然発酵させ、天然酵母を増殖させたのち、小麦粉を加えてペースト状にしたもの。⇒果実種

 

 パン生地における小麦粉へ酵素添加についての考察

  ⇒イーストを長時間安定的活発に炭酸ガスを発生させる為に

酵母を安定的に長時間活動させるためには糖やいわゆるイーストフードが必要であるが、小麦粉中のでんぷんを積極的に分解してマルトース、グルコース等の糖を生成するのは、合理的な方法である。

 まず、小麦粉中に存する損傷でんぷんに着目して、βアミラーゼを添加する、すると8分子単位のデキストリンが出来る。このデキストリンにαアミラーゼを添加して2分子のデキストリンとなる。この2分子のデキストリンにグルコアミラーゼを添加するとブドウ糖になる。そして、これが酵母のえさとなって醗酵が活発になる。

 

生地中の酵母の活動による生成物についての考察

酵母による生成物は醗酵作用の重要な柱の一つである。発酵食品の特徴である特有のうまみや風味を持たせることに成功している。

 製パン作業中、この醗酵工程は特に長時間にわたるにもかかわらず、醗酵が時間不足で(完熟には480時間必要)中途半端になりやすい、この欠点を補うために、液種法が考案された。

 液種法とは、糖と緩衝材(小麦粉等)と酵母を水に溶かし別途醗酵(480時間)させておき、この液をつかってパン生地をねり、製パン工程中の醗酵工程を省略しようという試みである。

 

 ブリュウー法⇒緩衝材に炭酸カルシウムを用いる。

 アドミ法⇒緩衝材に脱脂粉乳をもちいる。

 フラワーブリュウー法⇒緩衝材に小麦粉を用いる。

 

醗酵工程で生成される 代謝産物の考察

 

 醗酵過程で生成される代謝産物は 1、エタノール 2、高級アルコール 3、有機酸 4、エステル 5、カルボニル化合物である。

@エタノール

 パン用酵母の基本的な活動は、糖を分解してアルコールと炭酸ガスを生成することである。

 醗酵というと真っ先に思い浮かべるのが、お酒の醸造である。パンの醗酵と比較してみると、完璧な醗酵とは何かがよくわかる。

 完全発酵とは糖を分解して、活動してゆくとき、炭酸ガスが発生しなくなったときが醗酵終了である。具体的には、醗酵物の重量が減ってゆくのが止まるときである。(炭酸ガスの分だけ重量が減ってゆく)この観点から見ると醗酵温度にもよるが、日本酒で約480時間かかる。ビールで240時間、ワインで120時間、ウィスキーで60時間である。これに比して、パンの醗酵は長くて5時間である。生成エタノール量でみても、日本酒20パーセント、ワイン13パーセント、ウィスキー9パーセント、ビール4パーセント、パン2パーセントでこれでは、よき風味や完璧な風味を得ることは不可能である。

 

A高級アルコール

エタノール中5パーセントは高級アルコールと呼ばれる独特の風味あるアルコールが生成される。

 醗酵温度が5度10度20度と倍になるごとに高級アルコールとエステルがより多く生成される。

 

B有機酸

 生地醗酵で生成される有機酸は乳酸と酢酸である。

  乳酸はサワー種の主要成分でもあり、パンのフレーバーに重要な役割を担っている。

  酢酸はフレーバーというよりも物性への影響が大である。

 

Cエステル

 醸造製品においてエステルは香りの調和をとるのに役立っている。エステルが少ないパンはアルコール臭が強くて香りに深みがなく、刺激的である。

 醸造温度が10度から15度の範囲のときにエステルが増加する。これが、清酒、ワイン等の低温発酵が長時間される理由である。

 このことに鑑み、近年パンにおいても氷温、低温による長時間醗酵やオーバーナイト醗酵法など長時間醗酵を行いエステル等の代謝生産物を増やして、特徴ある風味をもつパンの製法が研究され始めている。

 

Dカルボニル化合物

 カルボニル化合物はフレーバーへの影響は少ない。