真祈り文庫-特集-1
この特集は、幾日かのお話しから切り出したものです。従って、各お話しには関連がありません。この特集制作者の情熱が本編を構成しています。
神さまの御心の、最高のものが降りている時代
神さまの御心の、最高のものが降りている時代ということなのです。神さまの御心というのは、無限の無限のプラスそのものなのです。だからこの世にあるようなものではありません。最高理想の姿がこの世に現実化してきたら、神さまの御心のままと言えますが、まだまだ今までの時代の姿では程遠いのです。
でも、これからは本物の時代に入ってきます。そのために何が必要かというと、本物の神さまがみんなの中に、一人一人の中に入ってこないといけません。それはどこから入ってくるかというと、外からではありません、中から湧き上がってくるのです。本当の神さまの助けは外からではありません、棚からぼた餅がポッと落ちてくるように、人から与えてもらう助けは偽物なのです。本当の神さまの助けというのは、中から湧き上がってくる力です、どんな難問題でも右左に解決できる力なのです。だから、最高理想を現実化する本物の力、その本当の力が皆の中から湧き上がってくるようになるのです。
そのために必要なことは、まず「ありがとうございます」と神さまを呼ばないといけないのです。「ありがとうございます」は究極の神名、神さまの名前です。本当の神さまの、最後に呼ぶ名前なのです。「ありがとうございます」と唱えたら、本物の神さまがスッと助けに入ってきます。逆に言うと、助けに入ってもらった結果が「ありがとうございます」というふうに出てくるのです。だから、本物の助けを受けいれようという気持ちがあったら、もう間髪を入れずに助けが来るのです。その人は「ありがとうございます」と心に唱える間に変わってくるのです。
ここにいる人はもう「ありがとうございます」と言えます、神さまの本当の助けを受けいれようと心に定めた人なのです。そういう人には神さまがスッと助けに入って、大きく助け続けてきてくれているのです。必ず本物の神さまが中から湧きあがってきて、本当の自分が輝いてきます。
だから外に頼ったらいけません。ちょうど学校の勉強でも、試験問題がある毎に、人に解決してもらっても意味がありません。自分の実力で全部が百点満点になってゆかないといけないのです。だから問題を人に預けたらいけません。自分に与えられた問題は、自分の能力を引き出すための、力を引き出すための課題なので、それと一生懸命に取り組まないと損をします。
だからどんな問題でも自分の問題として解決してゆいくのが大事です。そうすると中から本物の力が湧き出てきて、神さまの力が湧いてくるのです。
人の問題でも自分の問題だと取り組むぐらいがいいのですが、人の勉強のじゃまをしてはいけません、勝手に人の問題を自分が解決してしまって、その問題を取ってしまったらいけません。そういう意味では勝手なことはできませんが、ただ、みんなの勉強を自分の勉強として勉強するのなら別に構いません。
自分にとってすべてが自分に与えられた勉強というふうに受けるのが大事なのです。そうして、どんな問題でも即座に解決できる位の力を中からもらわないと・・・。自分の中に本当の神さまがいるのです。その神さまの力を引っぱり出す、それはもう「ありがとうございます」と心で唱え続けながら、自分の力を出し尽くさないといけないのです。与えて、与えて、与え尽くすという、その時に中から湧き上がって出てきます。
井戸と同じなのです、井戸の水は外へ出せば出すほど、中から新しい綺麗な水が湧き上がってきます。井戸の中に外の水を放りこんだら、濁ってしまい汚れが溜まってゆきます。だから自分の中のものを全部与え尽くしてゆくのです。どんな力でも能力でも何でも、全てを与えて与えて与え尽くして、早く循環させる方がいいのです。そうすると、本物の神さまの力がいくらでも中から湧き上がってくるのです。それが一番本当の自分を引き出す最短コースなのです。
だから「ありがとうございます」と唱えながら、全力を尽くすというのが大事なのです。それも与えて与えて与え尽くさないと、お返しを求めないで与えないと損をするのです。逆に、お返しは拒絶するぐらいのほうがいいのです、もらったら損する位なのです。
それでも受けなければならない時は、受けるしかありません、受ける必要のある時は受けてあげるのも大事なのです。ただ外から受けた分は損をします、それは覚悟しておかないといけません。だから自分の中から与えたものだけが、本当の神さまの力を引っぱり出します。これからもうそういう時代になってきています。神さまが中から湧き出て、輝き出て、本当の自分に変えてくれる時代です。
本当の最高表現の極楽世界というのが、そういう与え尽くし合いの世界なのです。まず自分が神さまの為にと、全てを与えて与えて与え尽くすと、神さまが、宇宙全体が自分に全てを与え尽くしてくる姿をとるのです。だから求める心の一切ない世界が、神さまの最高表現の世界です、それが本当の理想の世界なのです。
今までは求める心というのをちょっと持っていて、それでいろいろ苦しんだのです、求めるから苦しむのです。だからそれを今度は積極的に与える心で生きるのです、そうすると、求める心が消えてしまいます。求める心を消してから与える心をゆくのではありません、与える心を生きたら求める方が消えてゆくのです。だから前向きに与えることだけを心がければ、求める心なんか相手しなくて済むのです。そして、どんどんどんどん、神さまの助けを受けて与えるほど、喜びが、幸せが湧き出てくるのです。それがこれからの生き方なのです。
特にボランティアの時代と言われるのもそうなのです、ボランティアというのも、本当は報いを求めずに与える心なのです。お返しを求めたらボランティアとは本当は言えません。だから報いを求めないで与えるところに、本当のものが出てくるという時代なのです。これからはどんどんボランティアが、本当の奉仕者がどんどん増えてくると思います、それが本当の幸せの最短コースなのです。
特に過去生に心にマイナスを一杯積み重ねている人が多いのです。心のマイナスを消す最短コースが、この、自分を神さまに捧げ尽くすこと、自分のマイナスを神さまに引き受けてもらうことなのです。
そうすると早く消えるのです、これは自分の中に溜めておいて、自分の力で消そうと思ってもなかなか消えません。特にマイナスというのは利息の高い借金みたいなものなのです。いつの間にかこんなに膨らんでしまうから、それを神さまにさっと預けるのが一番いいのです。神さまに預けてゆけば、もう簡単に消えてゆきます。
だからボランティアがいいのです、本当の意味で。人へのボランティアではなく、神さまへの奉仕という本当の意味でのボランティアが、幸せへの最短コースになります。人に親切を与えても、自分の持つマイナスは消してくれません、逆に人に被せるだけです。人に与えた分は返ってきます、跳ね返ってくるのです。だから親切ごかしにどれだけボランティアしても、逆に反発をくらうのがオチです。
それはマイナスを消す力の無い人に与えても消してもらえないのです。だから神さまに向けないといけません。神さまへ奉仕する、神さまへ奉仕するというのはやはり大きく全体に奉仕するということです、本人に向けるのではありません。全体へ与え尽くすという気持ちですると、神さまが引き受けてくれるのです。そしてマイナスを消して、プラスに変えて与え返してくれるから、どんどん楽にしてもらえるのです。
だから今日の「親王祭」というのも、「惟喬親王さん」というのは、昔は「皇大明神」とも言われたのです。皇室に生まれたからではなく、宇宙絶対神の御心をしっかり把握した人だったのです。「皇」というのは、「皇高天原命」の略なのです。「皇高天原命」というのが、宇宙の絶対神のことなのです。だから宇宙の絶対神の心を体現しているという、身に戴して現している人を「皇命」とも言うのです。だから天皇陛下のことも「皇命」とも言うのです。真理を悟った人を「皇命」とも言うのです。お釈迦さまやキリストのこともそうなのです。
だから皆もそうなのです。感謝行をして奉仕しているうちに、本物の自分に置き換わってくるのです。そうしたら宇宙絶対神の御心を体現するのです。そうしたら皆「皇命」なのです。
だからその「皇」というのは素晴らしい言葉なのです、言霊的に見ても。今日の所は、御陵というのが「皇」の聖地の中心地なのです。全体に大きい光の柱が建っている場所なのです。細い光ではないので見えないのです、全体の光だから、包み込まれてしまうから。光の柱の中に入ったら光が見えません。
ただものすごい光の柱が建っているのです。そして神さまの光は、必要なだけの助けを受ける自在な光なのです。柔らかい光が好きな人には柔らかく感じ、厳しい光、強い光が欲しい人は強い光を感じる場所なのです。それでいて、すっと心が澄み切る場所になっているのです。だからあの山一帯がそうなっていて、あまり汚れのない所なのです。特にお金儲けとか、欲を出す人は弾き出される場所なのです。だからお金儲けはできない場所なのです。
今日は私が少し遅れたのは、「皇学園」の後の活用の仕方でちょっと、今日は、観峰さんの長男さまが来られていたので、その方が観峰さんの心を継ぐ方なので・・・そういう意味でちょっと話し合いがあって遅れたのです。前向きにあそこを活用して、これから皆で大きい働きをやって頂こうということで、一応意見がまとまったし、これからあそこを活用させていくことになってゆくと思います。
いろんな問題があっても、やはり他に頼っていたら前に進まないのです。自分の中の力を振り絞って、本当の神さまの助けを受けたら、どんどんどんどん道が開けるし、最高理想を現実化してゆけるのです。逆に言ったら、問題を与えてもらうほうが幸せなのです。その問題と取り組んで、本物を引っ張り出してもらうのです。
だからここへ今日来られたのも、偶然でもなんでもないのです。皆、そういう使命を持って来られているのです。だからどの場所にいても、皆、心は繋がっているのです、神さまの光のネットワークで繋がっているから、自分ひとりの生き方が全体に大きい力を与えるのです。そういう意味で大事なのです。たまに集まるということもいいのです。
毎年七月二十日の日に、あそこの、惟喬親王の、「親王祭」というのをこれから行なうようにということで、もう予定しているのですが・・・。最低年に一回は集まって欲しいと思うのです。またそれ以外にも、これから大きい運動を皆でしていこうと思うので、これから本物を発信する人が、いろんな分野で本物を発信する人が大勢集まってくるといいのです。そういう人達と皆で協力しあって、世界を最高理想の姿に変えてゆきたいのです。よろしくお願いします。
ありがとうございます。
本当は一番いいのは、すべて、お祈りだけでは
本当は一番いいのは、すべて、お祈りだけではないのです、すべて与え尽くす心を、これを持ってさせて頂ければいいのです。ただ神さまから、やはり無限の無限の幸せを一杯与えてもらって、その恩返しに、万分の一、億分の一どころではない、無限分の一もお返しできないのですが。だから恩返ししたいという気持ちで、神さまのお役に立ちたいという気持ちで、お祈りさせて頂くのです。それで神さまが光を振り撒こうとして一生懸命に与えてくださるのです。そのお手伝いです。
だから神さまのお手伝いというと、神さまの大きい光が自分を通して流れるのです。守りに護ってくださるのです。ところが自分が勝手にしているお祈りというのは求めるお祈りなのです。神さまの光が欲しいという、だからお祈りしているというところでしょう。だから必要なだけしか入ってこないのです。ちょっとだけ入ってくるのです。そうすると神さまの応援が小さいということになります。でも神さまのお手伝いというと、神さまはどんどん大きく光をふりまきたいのです。一回「ありがとうございます」と唱えると、大きい光が自分の身体を通してすっと世界中に流れるのです。だからすべて神さまのお手伝いという気持ちでさせてもらうのが一番いいのです。
今も戦争状態で、何兆円も爆弾に変えて投下するわけです。それで何が悪いかというと、恨みや憎しみや怒りや悲しみが一杯、また増幅されて出てくるのです。それはもう大変なことだと思うのです。たくさんのお金を懸けて・・・。でも神さまはその思いを一生懸命に消したいと思っておられるのです。神さまの光を受けて、振り撒いてくれる人を待っているわけです。
だから一回一回「ありがとうございます」と唱えてくれる人が、神さまの大きい光を受けてこの世に光を振りまく役目なのです、思いを消す働きです。神さまのお手伝いをするという意味で、「ありがとうございます」と、私たち一人一人が一生懸命に唱え続けるのが大事なのです。ただ、人数が限られて少ないのです。だから「ありがとうございます」という光の受け場をどんどん広げるということも大事なのです。このシールなどは一番最適な光の爆弾です。この光の、思いを消す爆弾をいっぱい投下した方がいいです。
だから、これからもっともっと、このシールを配る運動が活発になった方がいいと思います。このシールでも、ただもらって、自分のために使うのだったら求める心です。それなりの光の助けは受けられます。でもそうではなく、今度は神さまのお手伝いをするという気持ちで、そういう気持ちでシールをばら撒く、と言ってはなんですが。光を振り撒くために、という意味で使うほうがいいのです。例えばシールでもお金で作るわけですが、その、お金でも自分がそのシールを買うという気持ちは求める心です、自分の立場を中心にしています。
だから買うのではなく、神さまのお手伝いという形で、「ありがとうシール」の募金に協力するという形だったら、神さまの為に大きい働きをさせて頂くという姿をとります。そしたら、同じお金を出してシールに変えても、神さまのお手伝いだったら自分の受ける光は大きいのです。だから一枚シールを配るお手伝いすることによって、一回お祈りしたのと同じ効果が出るわけです。それはシールがまた、後々ずうっと、いろんな人の目に触れて、お祈りしてくれます。それで自分に戻ってきます。だから一枚、世の中の為にすっと配ることが、自分のお祈りに、またどんどんプラスされたお祈りに変わります。
あの小さいシール、一枚一円位の原価です、ワンシート20枚で20円、100枚で2000円です。それをお金出して配ることによって、大きい神さまのお手伝いになります。ただその神さまの為にというのがやはり神さまの助けを受ける秘訣なのです。
私も二十歳ぐらいから働いていたお金を全部つぎこんで、生活費を残さなかったのです。ところがそれが一番いいのです。生活費が無くてもちゃんと必要なだけ、ちゃんと与えてもらうのです、不思議なのです、そこが。だから食べる物が無くなるかというと、違うのです。必要な食べ物は必ずどこかから与えてもらっているのです。そういう連続でずっときているので・・・、ここの建物でも全部そうです。全部ただで入ってくる、必要だったらどれだけでも与え続けてもらっているという感じなのです。
だから神さまのお手伝いという姿をとったほうが幸せなのです。また幸せが大きくどんどん早くしてもらえるのです。自分中心にお金を出すのではなく、神さまのお手伝いという形で、恩返しの気持ちでさせて頂くのが効果が大きいのです。
特にシールの配布というのは、例えば何億枚というのを日本中に配ったら、何億円で済みますが爆弾のほうは何兆円です。何分の一のお金で日本中に何億枚のシールを配ってしまったら、日本が光り輝き、爆弾は絶対に落ちてきません。不景気も消え、細菌テロも問題ではありません。それぞれ問題は消えてしまいます。わずかな、何分の一のお金でです。
だからそれは誰かがしないといけないのです。皆でそれを運動として始めたら、日本中に何億枚のシールがすぐ配れてしまうのです。ただ、ここから全部出すというのは、あまりいいことではないのです、皆がそれぞれに自由な形でしてゆくのがいいのです。そのシールの形にしても、字体にしてもいろんな文字があっていいし、大きさも色々あっていいのです。ただ大量に作った方がコストは安く、少量だと高いのです。例えば千枚作るといってしても、一枚あたりものすごく高くつきます。だから少なくとも一回に何百万枚って作ったほうが安くなっていいのです。十分の一の値段になり、十倍効果があります。
だから作る時は皆でお金を出し合って、それで作ったほうが効果が大きいのです。それだったらやはり計画的に有志が集まって、安上がりで作ったほうがいいのです。ただ、いろんな案を出し合って、もっともっと形が自由にできた方がいいのだと思います。神さまのお手伝いという形だったら、神さまの働きはもっと自由自在ないろんな姿をとった方がいいのです。
これから神さまは皆さんにものすごく大きい期待をかけて、大きい働きをしてほしいと願っておられるのです。私が二十歳ぐらいからずっと、こういう平和運動をずっとしてきて、一人でもかなりシールをばら撒いてきていますが、これが万人になったらすごいのです。世界中にものすごくシールがばら撒かれます、光の渦巻きが起こるぐらいに。
ただ最初は少しずつでいいのです。神さまのためにと、少しずつ奉げる姿をとると、何倍もお返しが来るのです。それでまたちょっと多く奉げてゆくと、次また大きく入ってくるのです。それがどんどん大きくなり循環するのです、たとえばお金の量が増えてくる、どんどんと。
でも最初の一歩踏み出さないと、神さまの助けを大きく受け入れることができないのです。普通、人の心は与えたら与え返して欲しいという気持ちがあり、与えてくれなかったら与えたくないというのがあります。その信念がちょこっと残っています、そうすると、神さまの助けを受けるのでも、自分が神さまに何か与えないと受けられないと思い込んでしまうのです。だからちょっとでも与えたほうが、受けられるという気持ちになれるのです。
そういう意味で、神さまのためにお手伝いしたいという気持ちで与える心を起こした方が、神さまの助けを大きく受け入れることができるのです。神さまの立場からだったら無償で無限に与えたいのです、ただ受けてくれたらいい、それだけなのです。ただ人の側が受けないのです、拒絶してしまうのです。だからその拒絶する心を自分でちょっと修正しないといけません。その修正する方法が、神さまのお役に立つということです。ちょっとでも神さまのお役に立っているのだという気持ちになると、自分が納得するのです。それだったら神さまの助けを大きく受けても大丈夫というように。そういう気持ちをやはり起こす必要が絶対あると思うのです。だからもうすべてを神さまのお役に立つ為に、神さまのお手伝いをする為にというふうにもってゆけば・・・。
これはもうしシールだけではないのです、他の事全部です。テープでも皆さんがこうやって皆に広めてくださっているのです、ちょっとでも光を振りまくお手伝いという形で。ただ、神さまの方が全部無償で与えたい、何から何まで。神さまがお金を取ったらおかしいのです、神さまは無償で与えて、皆を幸せにしたいというのが本当の願いなのです。だから人の側はお手伝いをさせてもらうのです。
だから本当は売ったらダメなのです。売るのではなく、協力してもらえばいいのです。神さまのお手伝いの協力という、お手伝いを助けて欲しいというように。あくまでも無償がいいのです、無償で与え尽くすというふうに・・・協力して、お手伝いしてくれる人が増えればいいのです。
だから自分がこういうのを買うのでも、自分が買ったらダメなのです。買うのではなく、自分も人も含めて、その人を幸せにする為にそのテープを聞かせてゆく・・・。自分が聞くとなると買って聞かないといけません。ところが神さまのお役に立つ為に、お手伝いする為にお金を出してこのテープを手に入れて、自分も含めて人にこのテープを聞かせて、光を振り撒いてもらうと、そこに神さまの助けが大きく降りるのです。
本でもそうです。「真理の本」というのもやはり、版権を言うとダメなのです。どんな真理の言葉も神さまから人を幸せにする為に降ろされている筈です。皆を幸せにする為の言葉という・・・。だからこれは神さまから無償で与えられているのです。それもできるだけ、無償で与えられるようなゆき方がいいのです。だからその本を買うというと、何か高く値段つけて買ってもらって読んでもらってという、いろんな理屈があるのですが。真理の言葉はお金では買えないのです、本を作っているわけではないのです、真理を買ったのではありません、紙を買って、インク代を買って、手間を買っているのです。だから真理を買っているというと、傲慢です。真理は必ず神さまから無償で頂いているのです。
そういう意味だったら、人ももっと謙虚になったら、神さまへのお手伝いという意味で、無償で真理を配るお手伝いを純粋にした方がいいかもしれません。だから神さまのお手伝いという気持ちで、お金を皆が出し合って、そしてその真理の本を配って皆に読んでもらって幸せになってもらえばいいのです。ちょっとした気持ちの切り替えだけなのです。
見なしは同じようにしているかもしれませんが、ただ気持ちの切り替えが大きい違いが出てくるのです。神さまのお手伝いをしているか、自分中心に見ているかなのです。だからやはり神さまを中心に、神さまのお手伝いという姿を取る方が、神さまに守りに護ってもらえるのです。お手伝いする人を神さまは見捨てるわけがないのです、一生懸命に守りに護り大きい力を添えてきます。そこが一番大事なポイントだと思うのです。
だからいろんな仕事をする場合でもそうです。神さまのお手伝いというと、そこが光り輝いてくるのです。自分がお金儲ける為にとか、自分の生活の為にと、自分を中心に見ると、神さまの助けを受け損ないやすいのです。だからこれからは神さまの為にという気持ちだけで、お祈りをさせてもらい、勉強をさせてもらいという、何もかもすべて神さまの為にということでさせてもらえるのが一番いいのです。 真理の勉強も、神さまの為にするのです。自分のためではないのです。自分が真理の勉強することによって、自分が立派になり、大きい光を受ける場に変わるのです。皆、神さまのお役に立つことなのです、自分だけが幸せになる為だったら小さいのです。皆を幸せにする為に、世界に光を振り撒くためなのです。その為に自分も勉強させてもらっているのです。
だから皆、神さまの為にというのが本当なのです、自分の為なんて本当はありません、自分だけの為にというのは。皆大きい働きをさせてもらっているのです、最高の番組を現実化する為に、本当の天命を果たす為に、使ってもらっているのです。それに気づくのが一番大事です。「ありがとうございます」と感謝しながら、お礼を言いながら、神さまの御用に使ってもらうのです。
ありがとうございます
今の時期は本物を現す時期なのです。だからその
−ありがとうございます-
先週も来たのですけど、シールを帰りに一杯もらってきまして、皆が効果あるって聞いたので、その帰った晩にさっそく部屋中とか車中とか、どうせシールだから効果無かったらはずせばいいかなというつもりで、めちゃくちゃ貼ったのです。次の日から、なんかすごい、口では言えないのですけど、すごい部屋の雰囲気が良くなったとか、ゴミの匂いがしなくなったりとか、空気がものすごく澄んでいたり、あとペットボトルに貼った水がすごい美味しくなったりとか。お風呂も全然ただの水道水だったのがカルキ臭くもないし、すごいマイルドになったり、いろいろ効果あったので、さっそく友達に、これはタダだから配ろうと思って、一杯配って、そしたらその次の日にまた友達から、またいろんな友達から、朝からひっきりなしに「あれどうなっているのだ。」とか言って、「ただの『ありがとうございます』と書いてあるシールなのに、何でこんなすごいことが一杯起こるのだ。」とか言って、車に一杯貼った人なんか燃費よくなって、乗り心地も良くなって新車みたいになったとか、いろいろ聞いて。僕も波動のシートとかいろいろ持っていたことあるのですが、もうそんなのと全然比べられない位の効果があって・・・・。僕もそういうのなら理屈は分かるのですけど・・・。ただ「ありがとうございます」と書いてあるだけなのに、どうしてこんな効果あるのかなって、なんか分かるような分からないような、その辺ちょっと聞いてみたいなというのがありまして。
ありがとうございます:
なんででしょう?今の時期は本物を現す時期なのです。だからその本当の神さまが応援に降り立っているのです、本物を現す為に。「ありがとうございます」と祈れば、またこの言葉が出てくれば、必ず本当の神さまが顔を出してくるのです。本当の神さまは無限に無限に輝いた姿をとっているのです。だから一切のマイナスをすっと消してくれるのです。シールが小さかろうが大きかろうが、このシールでもすっと現れたら、そこから調和した姿をとるようになっているのです。そういう時代、時期になったのです。
だから神さまの方が人の生き様をずっと見続けているのです。見守り続けて・・。だから本物になる時期というのを待っていたのです。今までは人の自由にまかせて、好き勝手にさせてきたのです。でもいつまでも好き勝手なことをしても本当の幸せは掴めないから、だから早く幸せな状態を引き戻す意味で、その時期を選んでいるのです。やっと皆を本物の世界へ導き入れる時期が来たというふうに見てくれているのです。それで大きい力を添えに来ているのです。だから「ありがとうございます」という言葉が今、急に湧き出るように出てきているのです。
-ありがとうございます-
友達とか見ていると、なんか効果が現れている人と現れてない人がいて、僕が勝手に判断した感じだと、やはり素直な人は本当に単純に「ありがとうございます」といった感じで一杯もらえるというか、(本当にそうです)、太陽に向かっている感じで・・・。でも効果出てない人はやはりどこかで信じ切れてないところがあって、背を向けているような感じなので、(拒絶しているのです)、単純にほんと、思いだけが結果なんだなぁということ、思いました。
ありがとうございます:
もう一つは、もっと効果を多くするのは、あのシールをもらって喜んだら小さい喜びなのです、それなりに神さまの光を受けるのですが。今度は神さまのお手伝いをすると、その何倍、何十倍、何百倍と助けを受けるのです。だから神さまのお手伝いというのも大事なのです、完璧に守りに護ってくれるのです。神さまの手足になっているから、大きい力を添えてくるのです。
そうすると心の中に入り込んでくるので、いっぺんに自分が変わってしまいます。病気の人は病気を治してもらったら、何かお手伝い出来るかと思うのですが、逆なのです、病気を持ったままでいいのです。神さまのお手伝いをさせて欲しいと思うと、神さまがすっと入ってきて、瞬間に消えるのです、病気なんか、どんな難病でも、不思議と。
だからやはりこれからも神さまのお手伝いをする人に生まれ変わる時期です。これが本当の神人になるという・・・悟りを開く神人になるのです。神さまの側に立つ人が神人です、悟った人です。今まではこの肉体人間を掴み過ぎたのです、だから助けて欲しい、助けて欲しいと、求める心ばかり起こしていたという・・・。でもこれからは神さまの側に立って、皆を幸せにしてあげようという・・そうしてその神さまの手足になって御用を務めるようになれば、神さまは放っておかないのです。断っても断っても守りに来ます、不幸になりたいと言ってもなれません、ちょっと困りものです。
何十倍、何百倍という大きい力で守ってもらえるから、プラスへの循環がものすごく早くなるのです。だから、そのシール配りもどんどんされたら・・・・。お手伝いなのです。だからもらったままで喜んでいたら損するのです。小さい喜びだけで終わります。
-ありがとうございます-
全然違う話なのですが、あの、日本習字の原田観峰さん。前から習字というか、字を習いたいなと思っていたのですけれど、通信教育とかあるのですか?
ありがとうございます:
通信教育が主流だったのです、あそこは。だから通信教育で習えるのんです。
-ありがとうございます-
そうですか。テープで日本習字って言われて、習字とか字を教えてもらいに通うのもいいのですけど、通っていたら、行かなくちゃいけないと・・・。通信教育なら自分の好きな時にと思って。それで、先生が原田観峰さんはすごい方だって言われたので、これだって思って。調べたら分かりますよね。
<皇学園に、にじまさんという方に言ったら書類もらえます。申し込み用紙もあるし・・・・。(インターネットとかで検索も?) できます。>
-ありがとうございます-
今のお話しで、原田観峰さんに、六年ぐらい前に原田観峰さんがこちらへおいでになって、先生と少しお話をされたとお聞きしていますが、その時どういう話されたのですか?
ありがとうございます:
いや、別にお話は何もないのです。目と目を見合わせただけです。それでもう全部納得しているのです、もうわかったという感じです。あとは頼んだという感じです、以心伝心的に。
-ありがとうございます-
ですからその内容は?私もなんとなく以心伝心で分かるような気がするのですが。
ありがとうございます:
言葉は別に何も交わしてないのです。 (少し分かりやすく説明してください)
その後ちょっと話しをしに来てほしいと言われて、ちょっと研修生を集めるからお話しをしてほしいと、ちょっといわれて行ったのです。でもその時あまりたいした話しはしていません。ただその時にこの人は人ではない、神さまが人として現れた神人なのだと言って紹介されて。そしてちょっと話しをさせてもらって。その場でこの掛け軸の字を書いてくれたのです。その場ですっと。なんで天照大御神と書くのかなって思ったのですが。(聞き取れない)
本当は、天照大御神と書いてくれと言って、この「観峰」という字は本当は入れられないって言ったのです「恐れ多いから」と。それでも許してもらって、こういうふうにちょっと名前でも入れさせてもらったのです。
-ありがとうございます-
この「天照大御神」の横に名前を書くことじたいが、恐れ多い?
ありがとうございます:
もう名前なんか書けるわけがないという、そういう自覚なのです。すごい方なのです、それを分かっている、自分を出せるものではないという、自分を出したらいけないという・・・・。
(写真撮影中)
-ありがとうございます-
それじゃあ、あそこにいらっしゃる「惟喬親王」さんがいらっしゃったわけですけれど、惟喬親王さんと先生は通信をされることはあるのですか?
ありがとうございます:
私はすべての神さまと通信をしているのです。別