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()(いの)(ぶん)()-特集-1


このとくしゅうは、いくにちかのおはなしからしたものです。したがって、かくはなしにはかんれんがありません。このとくしゅうせいさくしゃじょうねつほんぺんこうせいしています。



     かみさまのこころの、さいこうのものがりているだい

 かみさまのこころの、さいこうのものがりているだいということなのです。かみさまのこころというのは、げんげんのプラスそのものなのです。だからこのにあるようなものではありません。さいこうそう姿すがたがこのげんじつしてきたら、かみさまのこころのままとえますが、まだまだいままでのだい姿すがたではほどとおいのです。
 でも、これからはほんものだいはいってきます。そのためになにひつようかというと、ほんものかみさまがみんなのなかに、ひとひとなかはいってこないといけません。それはどこからはいってくるかというと、そとからではありません、なかからがってくるのです。ほんとうかみさまのたすけはそとからではありません、たなからぼたもちがポッとちてくるように、ひとからあたえてもらうたすけはにせものなのです。ほんとうかみさまのたすけというのは、なかからがってくるちからです、どんななんもんだいでもみぎひだりかいけつできるちからなのです。だから、さいこうそうげんじつするほんものちから、そのほんとうちからみななかからがってくるようになるのです。

 そのためにひつようなことは、まず「ありがとうございます」とかみさまをばないといけないのです。「ありがとうございます」はきゅうきょくかみかみさまのまえです。ほんとうかみさまの、さいまえなのです。「ありがとうございます」ととなえたら、ほんものかみさまがスッとたすけにはいってきます。ぎゃくうと、たすけにはいってもらったけっが「ありがとうございます」というふうにてくるのです。だから、ほんものたすけをけいれようというちがあったら、もうかんぱつれずにたすけがるのです。そのひとは「ありがとうございます」とこころとなえるあいだわってくるのです。
 ここにいるひとはもう「ありがとうございます」とえます、かみさまのほんとうたすけをけいれようとこころさだめたひとなのです。そういうひとにはかみさまがスッとたすけにはいって、おおきくたすつづけてきてくれているのです。かならほんものかみさまがなかからきあがってきて、ほんとうぶんかがやいてきます。

 だからそとたよったらいけません。ちょうどがっこうべんきょうでも、けんもんだいがあるごとに、ひとかいけつしてもらってもがありません。ぶんじつりょくぜんひゃくてんまんてんになってゆかないといけないのです。だからもんだいひとあずけたらいけません。ぶんあたえられたもんだいは、ぶんのうりょくすための、ちからすためのだいなので、それといっしょうけんめいまないとそんをします。
 だからどんなもんだいでもぶんもんだいとしてかいけつしてゆいくのがだいです。そうするとなかからほんものちからてきて、かみさまのちからいてくるのです。

 ひともんだいでもぶんもんだいだとむぐらいがいいのですが、ひとべんきょうのじゃまをしてはいけません、かっひともんだいぶんかいけつしてしまって、そのもんだいってしまったらいけません。そういうではかっなことはできませんが、ただ、みんなのべんきょうぶんべんきょうとしてべんきょうするのならべつかまいません。
 ぶんにとってすべてがぶんあたえられたべんきょうというふうにけるのがだいなのです。そうして、どんなもんだいでもそくかいけつできるくらいちからなかからもらわないと・・・。ぶんなかほんとうかみさまがいるのです。そのかみさまのちからっぱりす、それはもう「ありがとうございます」とこころとなつづけながら、ぶんちからくさないといけないのです。あたえて、あたえて、あたくすという、そのときなかからがっててきます。
 
 おなじなのです、みずそとせばすほど、なかからあたらしいれいみずがってきます。なかそとみずほうりこんだら、にごってしまいよごれがまってゆきます。だからぶんなかのものをぜんあたくしてゆくのです。どんなちからでものうりょくでもなんでも、すべてをあたえてあたえてあたくして、はやじゅんかんさせるほうがいいのです。そうすると、ほんものかみさまのちからがいくらでもなかからがってくるのです。それがいちばんほんとうぶんさいたんコースなのです。
 だから「ありがとうございます」ととなえながら、ぜんりょくくすというのがだいなのです。それもあたえてあたえてあたくさないと、おかえしをもとめないであたえないとそんをするのです。ぎゃくに、おかえしはきょぜつするぐらいのほうがいいのです、もらったらそんするくらいなのです。

 それでもけなければならないときは、けるしかありません、けるひつようのあるときけてあげるのもだいなのです。ただそとからけたぶんそんをします、それはかくしておかないといけません。だからぶんなかからあたえたものだけが、ほんとうかみさまのちからっぱりします。これからもうそういうだいになってきています。かみさまがなかからて、かがやて、ほんとうぶんえてくれるだいです。

 ほんとうさいこうひょうげんごくらくかいというのが、そういうあたくしいのかいなのです。まずぶんかみさまのためにと、すべてをあたえてあたえてあたくすと、かみさまが、ちゅうぜんたいぶんすべてをあたくしてくる姿すがたをとるのです。だからもとめるこころいっさいないかいが、かみさまのさいこうひょうげんかいです、それがほんとうそうかいなのです。
 いままではもとめるこころというのをちょっとっていて、それでいろいろくるしんだのです、もとめるからくるしむのです。だからそれをこんせっきょくてきあたえるこころきるのです、そうすると、もとめるこころえてしまいます。もとめるこころしてからあたえるこころをゆくのではありません、あたえるこころきたらもとめるほうえてゆくのです。だからまえきにあたえることだけをこころがければ、もとめるこころなんかあいしなくてむのです。そして、どんどんどんどん、かみさまのたすけをけてあたえるほど、よろこびが、しあわせがてくるのです。それがこれからのかたなのです。

 とくにボランティアのだいわれるのもそうなのです、ボランティアというのも、ほんとうむくいをもとめずにあたえるこころなのです。おかえしをもとめたらボランティアとはほんとうえません。だからむくいをもとめないであたえるところに、ほんとうのものがてくるというだいなのです。これからはどんどんボランティアが、ほんとうほうしゃがどんどんえてくるとおもいます、それがほんとうしあわせのさいたんコースなのです。
 とくせいこころにマイナスをいっぱいかさねているひとおおいのです。こころのマイナスをさいたんコースが、この、ぶんかみさまにささくすこと、ぶんのマイナスをかみさまにけてもらうことなのです。
 そうするとはやえるのです、これはぶんなかめておいて、ぶんちからそうとおもってもなかなかえません。とくにマイナスというのはそくたかしゃっきんみたいなものなのです。いつのにかこんなにふくらんでしまうから、それをかみさまにさっとあずけるのがいちばんいいのです。かみさまにあずけてゆけば、もうかんたんえてゆきます。

 だからボランティアがいいのです、ほんとうで。ひとへのボランティアではなく、かみさまへのほうというほんとうでのボランティアが、しあわせへのさいたんコースになります。ひとしんせつあたえても、ぶんつマイナスはしてくれません、ぎゃくひとかぶせるだけです。ひとあたえたぶんかえってきます、かえってくるのです。だからしんせつごかしにどれだけボランティアしても、ぎゃくはんぱつをくらうのがオチです。
 それはマイナスをちからひとあたえてもしてもらえないのです。だからかみさまにけないといけません。かみさまへほうする、かみさまへほうするというのはやはりおおきくぜんたいほうするということです、ほんにんけるのではありません。ぜんたいあたくすというちですると、かみさまがけてくれるのです。そしてマイナスをして、プラスにえてあたかえしてくれるから、どんどんらくにしてもらえるのです。

 だから今日きょうの「しんのうさい」というのも、「これたかしんのうさん」というのは、むかしは「すめらだいみょうじん」ともわれたのです。こうしつまれたからではなく、ちゅうぜったいしんこころをしっかりあくしたひとだったのです。「すめら」というのは、「すめたかあまはらみこと」のりゃくなのです。「すめたかあまはらみこと」というのが、ちゅうぜったいしんのことなのです。だからちゅうぜったいしんこころたいげんしているという、たいしてあらわしているひとを「すめらみこと」ともうのです。だからてんのうへいのことも「すめらみこと」ともうのです。しんさとったひとを「すめらみこと」ともうのです。おしゃさまやキリストのこともそうなのです。
 だからみなもそうなのです。かんしゃぎょうをしてほうしているうちに、ほんものぶんわってくるのです。そうしたらちゅうぜったいしんこころたいげんするのです。そうしたらみなすめらみこと」なのです。

 だからその「すめら」というのはらしいことなのです、ことだまてきても。今日きょうところは、りょうというのが「すめら」のせいちゅうしんなのです。ぜんたいおおきいひかりはしらっているしょなのです。ほそひかりではないのでえないのです、ぜんたいひかりだから、つつまれてしまうから。ひかりはしらなかはいったらひかりえません。
 ただものすごいひかりはしらっているのです。そしてかみさまのひかりは、ひつようなだけのたすけをけるざいひかりなのです。やわらかいひかりきなひとにはやわらかくかんじ、きびしいひかりつよひかりしいひとつよひかりかんじるしょなのです。それでいて、すっとこころしょになっているのです。だからあのやまいったいがそうなっていて、あまりよごれのないところなのです。とくにおもうけとか、よくひとはじされるしょなのです。だからおもうけはできないしょなのです。

 今日きょうわたくしすこおくれたのは、「すめらがくえん」のあとかつようかたでちょっと、今日きょうは、かんぽうさんのちょうなんさまがられていたので、そのかたかんぽうさんのこころかたなので・・・そういうでちょっとはないがあっておくれたのです。まえきにあそこをかつようして、これからみなおおきいはたらきをやっていただこうということで、いちおうけんがまとまったし、これからあそこをかつようさせていくことになってゆくとおもいます。
 いろんなもんだいがあっても、やはりほかたよっていたらまえすすまないのです。ぶんなかちからしぼって、ほんとうかみさまのたすけをけたら、どんどんどんどんみちひらけるし、さいこうそうげんじつしてゆけるのです。ぎゃくったら、もんだいあたえてもらうほうがしあわせなのです。そのもんだいんで、ほんものしてもらうのです。

 だからここへ今日きょうられたのも、ぐうぜんでもなんでもないのです。みな、そういう使めいってられているのです。だからどのしょにいても、みなこころつながっているのです、かみさまのひかりのネットワークでつながっているから、ぶんひとりのかたぜんたいおおきいちからあたえるのです。そういうだいなのです。たまにあつまるということもいいのです。
 まいねんしちがつじゅうにちに、あそこの、これたかしんのうの、「しんのうさい」というのをこれからおこなうようにということで、もうていしているのですが・・・。さいていねんいちかいあつまってしいとおもうのです。またそれがいにも、これからおおきいうんどうみなでしていこうとおもうので、これからほんものはっしんするひとが、いろんなぶんほんものはっしんするひとおおぜいあつまってくるといいのです。そういうひとたちみなきょうりょくしあって、かいさいこうそう姿すがたえてゆきたいのです。よろしくおねがいします。

                ありがとうございます。





        ほんとういちばんいいのは、すべて、おいのりだけでは


 ほんとういちばんいいのは、すべて、おいのりだけではないのです、すべてあたくすこころを、これをってさせていただければいいのです。ただかみさまから、やはりげんげんしあわせをいっぱいあたえてもらって、そのおんがえしに、まんぶんいちおくぶんいちどころではない、げんぶんいちもおかえしできないのですが。だからおんがえししたいというちで、かみさまのおやくちたいというちで、おいのりさせていただくのです。それでかみさまがひかりこうとしていっしょうけんめいあたえてくださるのです。そのおつだいです。
 だからかみさまのおつだいというと、かみさまのおおきいひかりぶんとおしてながれるのです。りにまもってくださるのです。ところがぶんかっにしているおいのりというのはもとめるおいのりなのです。かみさまのひかりしいという、だからおいのりしているというところでしょう。だからひつようなだけしかはいってこないのです。ちょっとだけってくるのです。そうするとかみさまのおうえんちいさいということになります。でもかみさまのおつだいというと、かみさまはどんどんおおきくひかりをふりまきたいのです。いっかい「ありがとうございます」ととなえると、おおきいひかりぶんしんたいとおしてすっとかいじゅうながれるのです。だからすべてかみさまのおつだいというちでさせてもらうのがいちばんいいのです。

 いませんそうじょうたいで、なんちょうえんばくだんえてとうするわけです。それでなにわるいかというと、うらみやにくしみやいかりやかなしみがいっぱい、またぞうふくされててくるのです。それはもうたいへんなことだとおもうのです。たくさんのおかねけて・・・。でもかみさまはそのおもいをいっしょうけんめいしたいとおもっておられるのです。かみさまのひかりけて、いてくれるひとっているわけです。
 だからいっかいいっかい「ありがとうございます」ととなえてくれるひとが、かみさまのおおきいひかりけてこのひかりりまくやくなのです、おもいをはたらきです。かみさまのおつだいをするというで、「ありがとうございます」と、わたしたちひとひといっしょうけんめいとなつづけるのがだいなのです。ただ、にんずうかぎられてすくないのです。だから「ありがとうございます」というひかりをどんどんひろげるということもだいなのです。このシールなどはいちばんさいてきひかりばくだんです。このひかりの、おもいをばくだんをいっぱいとうしたほうがいいです。

 だから、これからもっともっと、このシールをくばうんどうかっぱつになったほうがいいとおもいます。このシールでも、ただもらって、ぶんのために使つかうのだったらもとめるこころです。それなりのひかりたすけはけられます。でもそうではなく、こんかみさまのおつだいをするというちで、そういうちでシールをばらく、とってはなんですが。ひかりくために、という使つかうほうがいいのです。たとえばシールでもおかねつくるわけですが、その、おかねでもぶんがそのシールをうというちはもとめるこころです、ぶんたちちゅうしんにしています。
 だからうのではなく、かみさまのおつだいというかたちで、「ありがとうシール」のきんきょうりょくするというかたちだったら、かみさまのためおおきいはたらきをさせていただくという姿すがたをとります。そしたら、おなじおかねしてシールにえても、かみさまのおつだいだったらぶんけるひかりおおきいのです。だからいちまいシールをくばるおつだいすることによって、いっかいいのりしたのとおなこうるわけです。それはシールがまた、のちのちずうっと、いろんなひとれて、おいのりしてくれます。それでぶんもどってきます。だからいちまいなかためにすっとくばることが、ぶんのおいのりに、またどんどんプラスされたおいのりにわります。

 あのちいさいシール、いちまいいちえんくらいげんです、ワンシート20まいで20えん、100まいで2000えんです。それをおしてくばることによって、おおきいかみさまのおつだいになります。ただそのかみさまのためにというのがやはりかみさまのたすけをけるけつなのです。
 わたくしじゅうさいぐらいからはたらいていたおかねぜんつぎこんで、せいかつのこさなかったのです。ところがそれがいちばんいいのです。せいかつくてもちゃんとひつようなだけ、ちゃんとあたえてもらうのです、なのです、そこが。だからべるものくなるかというと、ちがうのです。ひつようものかならずどこかからあたえてもらっているのです。そういうれんぞくでずっときているので・・・、ここのたてものでもぜんそうです。ぜんただではいってくる、ひつようだったらどれだけでもあたつづけてもらっているというかんじなのです。

 だからかみさまのおつだいという姿すがたをとったほうがしあわせなのです。またしあわせがおおきくどんどんはやくしてもらえるのです。ぶんちゅうしんにおかねすのではなく、かみさまのおつだいというかたちで、おんがえしのちでさせていただくのがこうおおきいのです。
 とくにシールのはいというのは、たとえばなんおくまいというのをほんじゅうくばったら、なんおくえんみますがばくだんのほうはなんちょうえんです。なんぶんいちのおかねほんじゅうなんおくまいのシールをくばってしまったら、ほんひかかがやき、ばくだんぜったいちてきません。けいえ、さいきんテロももんだいではありません。それぞれもんだいえてしまいます。わずかな、なんぶんいちのおかねでです。
 
 だからそれはだれかがしないといけないのです。みなでそれをうんどうとしてはじめたら、ほんじゅうなんおくまいのシールがすぐくばれてしまうのです。ただ、ここからぜんすというのは、あまりいいことではないのです、みながそれぞれにゆうかたちでしてゆくのがいいのです。そのシールのかたちにしても、たいにしてもいろんながあっていいし、おおきさもいろいろあっていいのです。ただたいりょうつくったほうがコストはやすく、しょうりょうだとたかいのです。たとえばせんまいつくるといってしても、いちまいあたりものすごくたかくつきます。だからすくなくともいちかいなんひゃくまんまいってつくったほうがやすくなっていいのです。じゅうぶんいちだんになり、じゅうばいこうがあります。
 だからつくときみなでおかねって、それでつくったほうがこうおおきいのです。それだったらやはりけいかくてきゆうあつまって、やすがりでつくったほうがいいのです。ただ、いろんなあんって、もっともっとかたちゆうにできたほうがいいのだとおもいます。かみさまのおつだいというかたちだったら、かみさまのはたらきはもっとゆうざいないろんな姿すがたをとったほうがいいのです。

 これからかみさまはみなさんにものすごくおおきいたいをかけて、おおきいはたらきをしてほしいとねがっておられるのです。わたくしじゅうさいぐらいからずっと、こういうへいうんどうをずっとしてきて、ひとでもかなりシールをばらいてきていますが、これがまんにんになったらすごいのです。かいじゅうにものすごくシールがばらかれます、ひかりうずきがこるぐらいに。
 たださいしょすこしずつでいいのです。かみさまのためにと、すこしずつささげる姿すがたをとると、なんばいもおかえしがるのです。それでまたちょっとおおささげてゆくと、つぎまたおおきくはいってくるのです。それがどんどんおおきくなりじゅんかんするのです、たとえばおかねりょうえてくる、どんどんと。

 でもさいしょいっさないと、かみさまのたすけをおおきくれることができないのです。つうひとこころあたえたらあたかえしてしいというちがあり、あたえてくれなかったらあたえたくないというのがあります。そのしんねんがちょこっとのこっています、そうすると、かみさまのたすけをけるのでも、ぶんかみさまになにあたえないとけられないとおもんでしまうのです。だからちょっとでもあたえたほうが、けられるというちになれるのです。
 そういうで、かみさまのためにおつだいしたいというちであたえるこころこしたほうが、かみさまのたすけをおおきくれることができるのです。かみさまのたちからだったらしょうげんあたえたいのです、ただけてくれたらいい、それだけなのです。ただひとがわけないのです、きょぜつしてしまうのです。だからそのきょぜつするこころぶんでちょっとしゅうせいしないといけません。そのしゅうせいするほうほうが、かみさまのおやくつということです。ちょっとでもかみさまのおやくっているのだというちになると、ぶんなっとくするのです。それだったらかみさまのたすけをおおきくけてもだいじょうというように。そういうちをやはりこすひつようぜったいあるとおもうのです。だからもうすべてをかみさまのおやくために、かみさまのおつだいをするためにというふうにもってゆけば・・・。

 これはもうしシールだけではないのです、ほかことぜんです。テープでもみなさんがこうやってみなひろめてくださっているのです、ちょっとでもひかりりまくおつだいというかたちで。ただ、かみさまのほうぜんしょうあたえたい、なにからなにまで。かみさまがおかねったらおかしいのです、かみさまはしょうあたえて、みなしあわせにしたいというのがほんとうねがいなのです。だからひとがわはおつだいをさせてもらうのです。
 だからほんとうったらダメなのです。るのではなく、きょうりょくしてもらえばいいのです。かみさまのおつだいのきょうりょくという、おつだいをたすけてしいというように。あくまでもしょうがいいのです、しょうあたくすというふうに・・・きょうりょくして、おつだいしてくれるひとえればいいのです。

 だからぶんがこういうのをうのでも、ぶんったらダメなのです。うのではなく、ぶんひとふくめて、そのひとしあわせにするためにそのテープをかせてゆく・・・。ぶんくとなるとってかないといけません。ところがかみさまのおやくために、おつだいするためにおかねしてこのテープをれて、ぶんふくめてひとにこのテープをかせて、ひかりいてもらうと、そこにかみさまのたすけがおおきくりるのです。
 ほんでもそうです。「しんほん」というのもやはり、はんけんうとダメなのです。どんなしんことかみさまからひとしあわせにするためろされているはずです。みなしあわせにするためことという・・・。だからこれはかみさまからしょうあたえられているのです。それもできるだけ、しょうあたえられるようなゆきかたがいいのです。だからそのほんうというと、なにたかだんつけてってもらってんでもらってという、いろんなくつがあるのですが。しんことはおかねではえないのです、ほんつくっているわけではないのです、しんったのではありません、かみって、インクだいって、っているのです。だからしんっているというと、ごうまんです。しんかならかみさまからしょういただいているのです。

 そういうだったら、ひとももっとけんきょになったら、かみさまへのおつだいというで、しょうしんくばるおつだいをじゅんすいにしたほうがいいかもしれません。だからかみさまのおつだいというちで、おかねみなって、そしてそのしんほんくばってみなんでもらってしあわせになってもらえばいいのです。ちょっとしたちのえだけなのです。
 なしはおなじようにしているかもしれませんが、ただちのえがおおきいちがいがてくるのです。かみさまのおつだいをしているか、ぶんちゅうしんているかなのです。だからやはりかみさまをちゅうしんに、かみさまのおつだいという姿すがたほうが、かみさまにりにまもってもらえるのです。おつだいするひとかみさまはてるわけがないのです、いっしょうけんめいりにまもおおきいちからえてきます。そこがいちばんだいなポイントだとおもうのです。

 だからいろんなごとをするあいでもそうです。かみさまのおつだいというと、そこがひかかがやいてくるのです。ぶんがおもうけるためにとか、ぶんせいかつためにと、ぶんちゅうしんると、かみさまのたすけをそこないやすいのです。だからこれからはかみさまのためにというちだけで、おいのりをさせてもらい、べんきょうをさせてもらいという、なにもかもすべてかみさまのためにということでさせてもらえるのがいちばんいいのです。 しんべんきょうも、かみさまのためにするのです。ぶんのためではないのです。ぶんしんべんきょうすることによって、ぶんりっになり、おおきいひかりけるわるのです。みなかみさまのおやくつことなのです、ぶんだけがしあわせになるためだったらちいさいのです。みなしあわせにするために、かいひかりくためなのです。そのためぶんべんきょうさせてもらっているのです。
 だからみなかみさまのためにというのがほんとうなのです、ぶんためなんてほんとうはありません、ぶんだけのためにというのは。みなおおきいはたらきをさせてもらっているのです、さいこうばんぐみげんじつするために、ほんとうてんめいたすために、使つかってもらっているのです。それにづくのがいちばんだいです。「ありがとうございます」とかんしゃしながら、おれいいながら、かみさまのよう使つかってもらうのです。

             ありがとうございます



      いまほんものあらわなのです。だからその

−ありがとうございます-
 せんしゅうたのですけど、シールをかえりにいっぱいもらってきまして、みなこうあるっていたので、そのかえったばんにさっそくじゅうとかくるまじゅうとか、どうせシールだからこうかったらはずせばいいかなというつもりで、めちゃくちゃったのです。つぎから、なんかすごい、くちではえないのですけど、すごいふんくなったとか、ゴミのにおいがしなくなったりとか、くうがものすごくんでいたり、あとペットボトルにったみずがすごいしくなったりとか。おぜんぜんただのすいどうすいだったのがカルキくさくもないし、すごいマイルドになったり、いろいろこうあったので、さっそくともだちに、これはタダだからくばろうとおもって、いっぱいくばって、そしたらそのつぎにまたともだちから、またいろんなともだちから、あさからひっきりなしに「あれどうなっているのだ。」とかって、「ただの『ありがとうございます』といてあるシールなのに、なにでこんなすごいことがいっぱいこるのだ。」とかって、くるまいっぱいったひとなんかねんよくなって、ごこくなってしんしゃみたいになったとか、いろいろいて。ぼくどうのシートとかいろいろっていたことあるのですが、もうそんなのとぜんぜんくらべられないくらいこうがあって・・・・。ぼくもそういうのならくつかるのですけど・・・。ただ「ありがとうございます」といてあるだけなのに、どうしてこんなこうあるのかなって、なんかかるようなからないような、そのへんちょっといてみたいなというのがありまして。

ありがとうございます:
 なんででしょう?いまほんものあらわなのです。だからそのほんとうかみさまがおうえんっているのです、ほんものあらわために。「ありがとうございます」といのれば、またこのことてくれば、かならほんとうかみさまがかおしてくるのです。ほんとうかみさまはげんげんかがやいた姿すがたをとっているのです。だからいっさいのマイナスをすっとしてくれるのです。シールがちいさかろうがおおきかろうが、このシールでもすっとあらわれたら、そこから調ちょうした姿すがたをとるようになっているのです。そういうだいになったのです。
 だからかみさまのほうひとざまをずっとつづけているのです。まもつづけて・・。だからほんものになるというのをっていたのです。いままではひとゆうにまかせて、かっにさせてきたのです。でもいつまでもかっなことをしてもほんとうしあわせはつかめないから、だからはやしあわせなじょうたいもどで、そのえらんでいるのです。やっとみなほんものかいみちびれるたというふうにてくれているのです。それでおおきいちからえにているのです。だから「ありがとうございます」ということいまきゅうるようにてきているのです。

-ありがとうございます-
 ともだちとかていると、なんかこうあらわれているひとあらわれてないひとがいて、ぼくかっはんだんしたかんじだと、やはりなおひとほんとうたんじゅんに「ありがとうございます」といったかんじでいっぱいもらえるというか、(ほんとうにそうです)、たいようかっているかんじで・・・。でもこうてないひとはやはりどこかでしんれてないところがあって、けているようなかんじなので、(きょぜつしているのです)、たんじゅんにほんと、おもいだけがけっなんだなぁということ、おもいました。

ありがとうございます:
 もうひとつは、もっとこうおおくするのは、あのシールをもらってよろこんだらちいさいよろこびなのです、それなりにかみさまのひかりけるのですが。こんかみさまのおつだいをすると、そのなんばいなんじゅうばいなんひゃくばいたすけをけるのです。だからかみさまのおつだいというのもだいなのです、かんぺきりにまもってくれるのです。かみさまのあしになっているから、おおきいちからえてくるのです。
 そうするとこころなかはいんでくるので、いっぺんにぶんわってしまいます。びょうひとびょうなおしてもらったら、なにかおつだるかとおもうのですが、ぎゃくなのです、びょうったままでいいのです。かみさまのおつだいをさせてしいとおもうと、かみさまがすっとはいってきて、しゅんかんえるのです、びょうなんか、どんななんびょうでも、と。

 だからやはりこれからもかみさまのおつだいをするひとまれわるです。これがほんとうしんじんになるという・・・さとりをひらしんじんになるのです。かみさまのがわひとしんじんです、さとったひとです。いままではこのにくたいにんげんつかぎたのです、だからたすけてしい、たすけてしいと、もとめるこころばかりこしていたという・・・。でもこれからはかみさまのがわって、みなしあわせにしてあげようという・・そうしてそのかみさまのあしになってようつとめるようになれば、かみさまはほうっておかないのです。ことわってもことわってもりにます、こうになりたいとってもなれません、ちょっとこまりものです。
 なんじゅうばいなんひゃくばいというおおきいちからまもってもらえるから、プラスへのじゅんかんがものすごくはやくなるのです。だから、そのシールくばりもどんどんされたら・・・・。おつだいなのです。だからもらったままでよろこんでいたらそんするのです。ちいさいよろこびだけでわります。

-ありがとうございます-
 ぜんぜんちがはなしなのですが、あの、ほんしゅうはらかんぽうさん。まえからしゅうというか、ならいたいなとおもっていたのですけれど、つうしんきょういくとかあるのですか?

ありがとうございます:
 つうしんきょういくしゅりゅうだったのです、あそこは。だからつうしんきょういくならえるのんです。

-ありがとうございます-
 そうですか。テープでほんしゅうってわれて、しゅうとかおしえてもらいにかようのもいいのですけど、かよっていたら、かなくちゃいけないと・・・。つうしんきょういくならぶんきなときにとおもって。それで、せんせいはらかんぽうさんはすごいほうだってわれたので、これだっておもって。調しらべたらかりますよね。


すめらがくえんに、にじまさんというかたったらしょるいもらえます。もうようもあるし・・・・。(インターネットとかでけんさくも?) できます。>

-ありがとうございます-
 いまのおはなしで、はらかんぽうさんに、ろくねんぐらいまえはらかんぽうさんがこちらへおいでになって、せんせいすこしおはなしをされたとおきしていますが、そのときどういうはなされたのですか?

ありがとうございます:
 いや、べつにおはなしなにもないのです。わせただけです。それでもうぜんなっとくしているのです、もうわかったというかんじです。あとはたのんだというかんじです、しんでんしんてきに。

-ありがとうございます-
 ですからそのないようは?わたくしもなんとなくしんでんしんかるようながするのですが。

ありがとうございます:
 ことべつなにわしてないのです。 (すこかりやすくせつめいしてください)
そのあとちょっとはなしをしにてほしいとわれて、ちょっとけんしゅうせいあつめるからおはなしをしてほしいと、ちょっといわれてったのです。でもそのときあまりたいしたはなしはしていません。ただそのときにこのひとひとではない、かみさまがひととしてあらわれたしんじんなのだとってしょうかいされて。そしてちょっとはなしをさせてもらって。そのでこのじくいてくれたのです。そのですっと。なんであまてらすおおかみくのかなっておもったのですが。(れない)

ほんとうは、あまてらすおおかみいてくれとって、この「かんぽう」というほんとうれられないってったのです「おそおおいから」と。それでもゆるしてもらって、こういうふうにちょっとまえでもれさせてもらったのです。

-ありがとうございます-
 この「あまてらすおおかみ」のよこまえくことじたいが、おそおおい?

ありがとうございます:
 もうまえなんかけるわけがないという、そういうかくなのです。すごいかたなのです、それをかっている、ぶんせるものではないという、ぶんしたらいけないという・・・・。

しゃしんさつえいちゅう

-ありがとうございます-
 それじゃあ、あそこにいらっしゃる「これたかしんのう」さんがいらっしゃったわけですけれど、これたかしんのうさんとせんせいつうしんをされることはあるのですか?

ありがとうございます:
 わたくしはすべてのかみさまとつうしんをしているのです。べつ</