真祈り文庫-2001年12月2日・2
神さまの無限の無限の番組の中に、そういうスト
-ありがとうございます-
質問内容不明(たぶん家相について)
ありがとうございます:
神さまの無限の無限の番組の中に、そういうストーリーも全部があります。ただ、神さまが宇宙全体に満ち渡って、無限に無限にすべてが輝いているという番組もあります。そうしたら、中には神さまだけでマイナスは一切ありません、そういう番組の方へはいるのが良いのです。
言葉の縛りの中に自分を置くと、言葉通りの縛りの番組に入って、その影響を受けるだけなのです。だから、みんな神さまだという事が大事です。それで、「ありがとうございます」に徹底する事が大事なのです。
私のところは、家を沢山建てましたが、地鎮祭も棟上げもしていません。普通は、地鎮祭をして、棟上げ式をしてお祓いもしますし、日も選びます。でも、「ありがとうございます」があったら全部省略です、全部が神さまの光り輝く姿をとっていると観たら、マイナスも災いも何もありません。安上がりで一番効果があります。
番組選びは、言葉・集積の思いで番組を選んで
-ありがとうございます-
富士山が噴火するかもしれないと、それを防ぐためにお祈りをしている方があります。お祈りは何故必要で、どのような効果があるのですか。
ありがとうございます:
番組選びは、言葉・集積の思いで番組を選んでこの世に引っぱり出します。マイナスの言葉を使ってマイナスの思いを溜めた人は、マイナスの番組をどんどん引っぱり出してきます。それを止めさせるためには、そのマイナスの事・マイナスの思いを打ち消す働きが必要です。その意味で、「ありがとうございます」とかそういうお祈りは、思いを消す働きがあります。人の心に溜めた思いを消してあげると、マイナスを引っぱり出す力が弱くなり、逆にプラスを引っぱり出す方向へ向いてきます。そういう意味で、お祈りは人の思いを消すという働きで、この世に良い姿を現す働きです。
それと同時に、本当のお祈りは、高い番組を引っぱり出す・波長を合わせる働きなのです。だから、「ありがとうございます」と唱えると最高番組を引っぱり出す働きになって、この世に善いものを現す大きい力になります。マイナスを引っぱり出す働きを止めると同時に、善いものを引っぱり出さないといけません。その両方の働きをお祈りはするのです。
だから、色んな予言で、「富士山が爆発するかもしれない」という予言を引っぱり出そうとする人があると、この世に出てきそうな気配があるのです。だから、それを食い止めるのは、その引っぱり出そうとする思いを消してあげる事です。必ずそうなるのではないのです、引っぱり出そうとしている可能性があるのです。それで、前もって思いを消すと、引っぱり出せなくなります。そして、良い番組の方を引っぱり出せば、調和した姿がすうっと出てきます。そういう意味です。
言葉の使い方で、間違いがあります、言葉に
-ありがとうございます-
朝に果物を食べると良いという、健康法をしていますが、これもこだわりでしょうか。
ありがとうございます:
言葉の使い方で、間違いがあります、言葉に縛られているのです。朝に食べるのが良いというと、昼に夜に食べるのが悪い事になります。だから、いつ食べてもいいというのが良いのです。言葉に縛られてしまうのです、一方が良いというと、他方が悪くなります。だから、いつ食べてもいいという、自由な心になるのが大事です。言葉に縛られてしまったので、その言葉の縛りを解いてしまえばいいのです。
マイナスの予言は、どんどん覆されています
-ありがとうございます-
人の意識が変わらなければ、地球がだめになると思います。その時期がどのように来るのでしょうか。
ありがとうございます:
マイナスの予言は、どんどん覆されています。お祈りをする人・感謝する人が殖えてきています、そういう人がどんどん良い番組を引っぱり出すので、マイナスが打ち消されて消えてゆきます。だから、過去の予言通りにはなってゆきません、必ずプラスにプラスに大きく変化してしまいます。特にこれからは、「ありがとうございます」の言葉に本当の神さまが、大きい力を添えて出てきます、本物になって出てきます。皆さん一人一人が本当の神さまになって、現実に降りてくるのです。そうして、その人のいるところは光り輝いてしまいます、すべてのマイナスは消されてしまって、消えてしまいます。
本当に、一人一人がいるところが光り輝いてしまうのです、お祈りの力はものすごい力があるのです。一人祈れば一万人のマイナスを打ち消す、それ以上なのです。光がないというだけで、闇には本当は力がありません。お祈りをして光り輝いた人は、大きい闇を消せるのです、そういう意味では、「ありがとうございます」と唱える事は、ものすごく大きいプラスを現実化する働きになります、色んな意味で、プラスばかりが出てきます。
ここにいる人だけでも大きな力を発揮するのです、こういうふうにお祈りをする人がどんどん殖えています、だから、良くなってしまうのです。
涙は悲しみの涙だけではありません、悲しみを
-ありがとうございます-
先生の目が潤んでいるように見えます。どうしてなのですか。
ありがとうございます:
美人が前に座っているからです。涙は悲しみの涙だけではありません、悲しみを消す働きが涙なのです、常に清めの働きです。喜ぶ事も清めです、だから、涙は光り輝いています。悲しみのどん底に落ちると涙が出ます、それで、悲しみを消して貰うのです。すべて涙は光り輝いて、大きい光を添えて清めてくれます。
神さまの光が大きく入ってきて、心の中のマイナスを全部大きく消し去って下さいます。その時に涙があふれるのです。涙が出ない人も、表面にあふれないだけで、奥であふれているのかもしれません。奥から全部を消しきって貰ったら、奥に光の涙が一杯たまっていて、その内にドーッとあふれてきます。出方はみんな違います、直ぐに表面から出てくる人もありますが、奥に溜めておいて、滝のように出てくる人もあります。
-ありがとうございます-
嬉しくも悲しくもないのに、涙が出てくるのは、奥に溜めたものが出てきたのですか。
ありがとうございます:
何かお清めを受けて感動する事があったり、心の中の変化が大きくあります。それは、自分だけではなく、自分に縁のある人が、自分を代表として背後に沢山ついています。この世に生まれる競争率が高くて、出てこられなかった人は全部、この人を代表にしてというふうに見守っています。その背後の人も感動を覚えるのです。その時にお清めを受けて、涙がサーッと背後の人が流しています。それが伝わってきて、沢山涙が流れるときもよくあります。色んな意味が複雑にあります。
脳だけではありません、全身が余裕しゃくし
-ありがとうございます-
人間の脳は、95%は使われずにいて、5%ぐらいしか使っていないそうです。それに何か意味があるのですか。
ありがとうございます:
脳だけではありません、全身が余裕しゃくしゃくです。だから、使えば使うほど能力が出てきます、使わないから力が出てこ無いだけで、発揮できないだけなのです。使うほどどんどん出てきます、今の10倍以上、それ以上出ても良いのです。その自己限定の思いがなければ、不思議な力が沢山出てくるのです、既にその必要な力は、先に与えて貰っているのです。
女の人でも重たいものをもてるのです、1トンくらい! そういう実例があります、子供がダンプに轢かれそうなとっさの時には、10トンのダンプを持ち上げるのです。その時は、守護霊さまの力が加わるのですが、持ち上げるのは凄い事です。何年も寝たきりの老人が、地震の時に重たい火鉢を提げて外に出たり、不思議な力を発揮する実例が沢山あります。脳だけではなく体も一杯使った方がいいのです。
絵でも描く人の心がそのまま映ります。その
-ありがとうございます-
書画は見ている人の心を良い方向に動かすと聞いています、そういうものは身近に置いていた方がいいのでしょうか。
ありがとうございます:
絵でも描く人の心がそのまま映ります。その題材にも因りますが、プラスに書いたものにはそこにプラスの波が一杯に満ちています。それを見てプラスに感じる人は、それを活用すればいいのです。ただ、そういうもの無しでも、お祈りをしている人はいつも、自分も含めてまわりも全部が輝きます。
だから、頼るという気持ちよりも、プラスに観て受けるのが大事なのです、全部が光り輝いているというふうに。そういう意味で、自然に集まってくるものは喜んで受けて、飾っても良いと思います。だた、それに頼り過ぎると無いと困るのです。また、自分の持っているものを発揮する事を忘れてしまうのです、外に頼る事によって。
そうではなく、自分の中から無限の光が湧き出てきて、自分が輝いて全体を光り輝かしているという気持ちで、それで、自分のまわりはプラスばかり、光ばかりが集まって来るというのが良いのです。そうすると、何もなくても光り輝いているし、あっても光り輝いています。その方が、縛りがないのです。
言葉の縛りで、低い番組に入ったら影響を受
-ありがとうございます-
組み換え食品は体に入れても害はないのでしょうか。
ありがとうございます:
言葉の縛りで、低い番組に入ったら影響を受けます。でも、影響はないといえば影響はありません、神さまの方から新たに新たに出てきて与えてくるものは、マイナスは一切無いのです。遺伝子組み換えも、マイナスに見てしまうのです。
誰が実験して良い(安全)というのでしょうか?誰かがそれを食べないと判りません。そして、絶対に大丈夫というデーターを出さないと、永遠に食べられません。
-ありがとうございます-
組み換え食品は、強力な農薬の残留があるからいけないというのですが。
ありがとうございます:
そういう残留がないのもあります、農薬や除草剤を使わなくても出来るでしょうから。それも、過去を掴んでその言葉に縛られると、ひとつの番組から抜け出せなくて、良い番組との置き換えが難しくなります。過去を掴んで、これは農薬を沢山使って作ったものだと、掴んで食べると、その影響を言葉の縛りで受けます。
自分は、善いものを受けたらいいだけなのです。自分の前に出てくるのは、農薬も使っていない善いものだけでいい訳で、それは、プラスにプラスに心を向けて、プラスに言葉を使っていたら、世の中が農薬一杯のものを食べていても、自分は無農薬のものを食べる(ようになる)のです。
先ず、自分が何を選ぶのかが大事なのです、プラスの言葉で、プラスを選べばいいのです。そういう人が殖えたら、世の中から農薬は消えます。また、遺伝子組み換えはしなくても良いのです、そこまでしなくても、神さまから善いものを与えて貰うのであれば、そんな小手先のテクニックを使わなくても、善いものが沢山実ります。
-ありがとうございます-
自然界のものを遺伝し組み換えしたものも、神さまから与えて頂いたものと思っていいのですか。
ありがとうございます:
直接神さまから受けるのが一番自然です、与えて貰ったものを細工するのは人の自由ですが、人工を加えた分だけは程度が落ちてゆくのです。
例えば、男と生まれ、女と生まれ、相手を選
-ありがとうございます-
結婚とはどんなものですか。
ありがとうございます:
例えば、男と生まれ、女と生まれ、相手を選んで結婚します。でも、本心の自分は両性を備えた絶対神です、魂の自分も生まれ変わりの過程で、男性っぽい魂・女性っぽい魂があります。でも、両性を兼ね備えた魂に換えないといけないのです、その為の勉強を色んな意味でさせて貰うのです。相手からいいものがあったらそれを吸収して、それを身につけるのも大事ですし、相手にも自分の良さを与えるということで、お互いの良さが交流されるのです。
その交流は、与える心の時にプラスの交流が起こり、相手に求めるとマイナスの交流が起こってしまいます。マイナス同士を交流して引っぱり出しあったり、お互いに与え合うという姿をとります。だから、結婚した人は与え合うゆきかたを取るのが大事です。そうするとプラスの交流になって、魂的にもいいものがどんどん吸収されて完成が早くなります。
「ありがとうございます」と感謝する意味は
-ありがとうございます-
残留農薬のある野菜でも、そこで感謝すれば無害になるのですか。
ありがとうございます:
「ありがとうございます」と感謝する意味は、過去を放して新しく神さまを受け直すゆきかたです。今マイナスの姿が出ていて、「ありがとうございます」と受け直したときには、全然違うものを受けているのです。本当は、マイナスのないプラスばかりのものを受けているのです。
だから、過去をどれだけ心から放せるかが大事なのです、それで、今、神さまから新しくプラスだけのものを受けるという心です。感謝を練習しているとそれが、だんだんと上手になってきます。今ここに毒まんじゅうだといわれても、食べるときに「ありがとうございます」と言って食べたら、毒が消えて美味しいまんじゅうに変わっています。その置き換えは一瞬一瞬に起こるのです。
繰り返すときは、まだ勉強し終わっていないとき
-ありがとうございます-
母が同じ失敗を繰り返します、何度も騙されて買い物をします。
ありがとうございます:
繰り返すときは、まだ勉強し終わっていないときです。勉強が終わっていたら、最初の1回で二度と出てきません。だから、何か買い物をするときにでも、必要のないものを買うのは、買い物が上手ではありません。必要なものを必要なだけ買うのがいいのです、後は無駄使いになります。欲しいものとか、これはいいなと思って買うときは、余りいい買い物をしていません、徳を失う買い方です。本当に必要なものを買えばいいのです。
自分が必要なものだったら、電話で「これどうですか」と言われても、必要なものだったら「ありがとうございます」と言えます。後で「しまった!」と思うのは、必要でないものを買っているのです。無駄遣いをさせられているという感じで、文句を言っているのです。それも、自分が必要なものだけを買うと決めていたら大丈夫です、そういう勉強です。必要なものだけを買う勉強をしないといけません。
言葉の縛りさえなかったら、何処も自由自在で
-ありがとうございます-
お祈りに適した時間帯はありますか。
ありがとうございます:
言葉の縛りさえなかったら、何処も自由自在でいいのです、朝日も光一杯ですし、夕日も光一杯です。朝日の場合は、自分が闇の中にいて、そこから新たに受け直すので感動を新たにして喜びが大きいのです。でも、夕日の場合は、慣れ続けて見送るような感じです。
でも、朝からの感動を持続して、まだ、感謝の・お礼の「ありがとうございます」が足りないと思ったら、夕日を追いかけながら「ありがとうございます」と言わないといけなくなります。「まだ足りないから、ちょっとまって下さい、ありがとうございます、ありがとうございます」と。そういうときの心は、朝日を浴びたときの感動よりももっと大きいのです。だから全部がプラスにプラスになるのです。
病気の姿は、心の状態を映し出して反省材料
-ありがとうございます-
若い人に子宮筋腫が殖えているのは、何か意味があるのでしょうか。
ありがとうございます:
病気の姿は、心の状態を映し出して反省材料にもしてくれますし、心の中のマイナスを消してくれる働きでもあります、両方の働きです。反省材料に使うのだったら、その意味をしっかり考えるといいのです。消して貰うのであれば感謝していたらいいのです、形に出す事で消して貰っているので「ありがとうございます」と喜べばいいのです。
子宮というのは何のためにあるのかと考えればいいのです、女性の為ではなく子供のためです、生まれてくる子供のためです。その子供を迎える心が有るか無いかです、喜んで素直に神さまの命を頂こうという気持ちが有れば、必要だからそういうのには成りにくいのです、健康を維持しなければなりませんから。だから、子供を産みたくないとか、相手の男性を拒絶するような心とか、色々な受け入れない心があります。そういう心を実現するために、病気の姿をとって現すという一面があります。
それも、そういう心を消して貰っていると観たら、病気の症状もいいのです。心のマイナスが消えたら、それも消えます。長い間持続すると思ったら、心を反省すればいいのです、それも「ありがとうございます」を繰り返したら、素直ないい心に変わるので、特別な事は要りません。心が素直ないい心に戻って、そうしたら、自然に消えます。
-ありがとうございます-
心の状態が病気の症状に表れるのですが、「ありがとうございます」だけで、医学の力はいらないのですか。
ありがとうございます:
病気が現れる原因も色々あります、その時の心境だけで出てくる場合もありますが、その他にも原因が沢山あり、一概には言えません。心で作っている病気なら「ありがとうございます」と言えば必ず簡単に治ります。自分の心でそこへ現しているだけですから、その心を変えてしまったら、お医者さんも何も要らないのです。「ありがとうございます」を言えば簡単に治ります。
-ありがとうございます-
それ以外の病気はどんなものですか。
ありがとうございます:
今の心境ではなく、過去世の大きいマイナスの蓄積もありますし、本人のだけではなく縁者のものを受けて出る場合もあります。色んな意味合いでそこに現れる姿がありますから、無限に大きいものであれば、無限に大きいものを消すまでは消えません。そういうときは、お医者さんに頼っても、薬に頼っても絶対に治りませんが。やはり感謝の継続が必要なのです。
感謝し続けたら、神さまの大きい助けを受け入れたら、番組が替わっていい姿を現してもらえます。ただ、その時期が人によって色々とずれます。
-ありがとうございます-
アレルギーはどんなものですか
ありがとうございます:
アレルギーは、人間関係のいざこざが根本にあります。すべてに感謝して受け入れる人は、アレルギーにはなりにくいのです、すべてをプラスに観て「ありがとうございます」と喜んで受け入れる人も、その人の心境はそうでも、他の人の身代わりになるときがあります。その時は、ある一定期間症状を現して消えるまでは、そういう姿をとるときもあります。
好き嫌いの強い人、選り好みの強い人は、プラスをしっかり選んで受けられない人は、そういうアレルギーを現しやすい一面があります。ただそれも、個人を責める意味では使えません、人を責める心は、そういうものを生み出す元凶です。だから、自分の身代わりにそういう姿をとってくれていると言うくらいに観て、感謝して喜ぶゆきかたが一番いいのです。
-ありがとうございます-
子供が親のためにサインを出しているような病気もあるのですか。
ありがとうございます:
あります、子供が小さいときは、親の心境をそのまま映す場合が多いのです。例えば、子供がひどい喘息の時は、親の方に人を責め裁く気持ちが溜まっているときが多いのです。人からひどい事をされて、怨んで責めるとか、原因は色々でしょうが、責め裁くという気持ちが心に溜まっているときです。
自分の中で処理しきれないときは、特に自分が働いて忙しいときなどは、身代わりに誰かがなるのです。そういうときは、子供に来ます、子供は働いていませんから少しは楽です。そういうときは子供に被せて消して貰います。
-ありがとうございます-
引きこもりとか、不登校も親のを受けてなのですか。
ありがとうございます:
原因が色々あって複雑なのです、一通りや二通りの原因ではありません。根本は、そういうマイナスの姿をとるのは、思いを溜めすぎているというところがあるのです。例えば、親が子供に対して何でも言いなりになって、ものでも与えすぎて、必要でないものを与えた時は子供にとっては負担になるのです。必要なものは背後の神さまが子供に与えようとしています、その時はちゃんと光を添えてきます、必要なものを与えるときは、親を通してでも、親が守護霊さまの身代わりに与える役を担います。その時は守護霊さまの光が親を通って子供に届いています、だから、必要なものを与えて貰うときにはマイナスは起こりません。
でも、必要以上に与えすぎたときには、色んな人の思いを被って付いてきます。守護霊さまは「与えたくない」というのですが、人が勝手に与えてきます。人の思いが付いてくるだけではないのです、人からお世話になった分は自分のマイナス・借りになります。ある意味では高利の利息付きの借金かもしれません。
だから、必要のない時に与えて貰ったら、負担になるだけではなく、後で返済を迫られたときに大変な事になるのです。だから、思いの重荷として被さってきます、思いの縛りに縛られる事によって、何も出来なくなってしまいます、動けなくなります。何もしたくない、何も出来ない状態に陥ったときには、思いを被りすぎているのです。
だから、子供は小さいときから親と一緒に苦労させるのがいいのです。何でもお手伝いをさせる方がいいのです、場合に因ったら、内職させて、アルバイトをさせて、必要な事は自分で自分の力でさせるくらいがいいのです。そうすると、他からの借りがないから、思いを被りません、それで、中から能力が鍛えられて出てきますから、働く事が喜びに変わります。そうして、命がどんどん輝いてくると、能力がどんどん伸びて、何をするのも喜びに変わります。そうしたら、思いが無くなった状態になって、感謝も深くなるし、幸せな状態になってきます。
今は、子供を甘やかして贅沢を全般的にさせています。学校教育ひとつとってもそうです、校舎をいいのに造り替えています、税金を沢山使う事は、国民の思いを沢山被せる事です。それだけではありません、掃除やトイレ掃除まで業者にさせています、子供がすればいいのです。そこまですると子供にとっては大きな迷惑です、マイナスを沢山背負わされている事になります。大きい思いの重荷・思いの縛りに遭ったら苦しいから暴れるのです。色んな意味で、子供に大きなマイナスを被せている事が、沢山あるのです。子供を親孝行にする方法はひとつだけです・・・・・
-ありがとうございます-
家に受験生がいて、過保護なまでにあれこれしてしまいます。
ありがとうございます:
甘やかさない方が、子供は苦労させる方がいいのです。子供にとって何が一番必要かと考えて上げないといけません、子供を護っている守護霊さまの立場から観ると「親は必要のないものを与えすぎている」と言います、「甘やかしすぎている」と困っています。
私の場合は、小さいときに色々と苦労をさせて貰いました。それは、私の両親が和歌山出身で、どちらも親兄弟を早死にさせて孤児なのです。頼るところは、親もいないし親戚も兄弟も無いし、相談相手もありませんでした。それで、色々と苦労した結果、神さまの助けを受けるようになって、守護霊さま、神さまが指導してくれました。親代わりに指導してくれるという形で、色々と指導に出てきてくれました。それで色々と導いてくれたのです、だから、「子供を育てるのは神なのだ」と言うのです、「親は育ててはいない」と言います。「一言も、育てているなどとは言うな、神は、必要があって育てるのだから」と言います。だから、神さまから預かっていると思わなければなりません。守護霊さまは、子供の幸せを願って、何が一番に必要なのかを知っています。何が一番に必要で、どうすれば幸せになるのかを知っています。
私の場合は、色々と苦労をさせる方がいいと思われたので、「耐乏生活をこの子には与えないと」というわけです。だから、何もない状態に先ず置きます、子供の環境を整える意味でも、親が裕福だったら、子供だけを苦労させる事が出来ません。だから、親のすべてを取り去ってしまいます。
それまでは、時計屋をしていて借家も買って財産もありました。それを、全部売り払って全部無くなって何もない状態の置いてくれます。でも、「それだけではいけない、今まで人助けをしてきた信用が有る」と言うのです。「頼みにいったら、何でも助けてくれる、貸してくれるから、だめだ」と言います、「信用を落とさないとまだだめだ」と言います。それで、お金がないので、「100円かして、200円かして」とあちらこちらで借りまくります、その内に貸してくれなくなります。「すべての信用を無くしてから、ここからだ」と言うのです。
それから、耐乏生活を十数年続けさせて貰います。私は小さいときから内職を沢山させられるのです、朝早く起きて学校へゆくまでの間に内職をしてから、学校へ走ってゆきます。食べ物も、朝も無しで昼も無しで抜いていって、帰っても無いときもあります。そして、帰ってからも夜遅くまで内職をします、毎日がそういう連続です。
内職も高い内職はさせてくれませんでした、どれだけしてもお金にならない内職です、六人家族の全部でやっても、一食分の小麦粉を買えませんでした。そんな安い内職は許してくれました。ただ、「子供にとっては、それをさせなければだめだ」と言うのです、「贅沢をさせるのは良くない」と言います。「子供にとって、自分で自分の生活を維持するくらいの、働きをさせねばならない」と言います。そういう意味で、耐乏生活の中で、子供に何でもさせようとしてきます。
ある時は、私の母親は人の3倍働く働き者です、家事などはあっという間に片づけます。本当は子供に何でもさせなければならない時期になると、母親を病気にさせてしまいます、動けないようにしてしまいます、神さまは何でもします。そうすると、子供が何から何までしなければならなくなります、ご飯焚きもしなければなりません、私は、小学校の3年の頃には、ご飯焚きの名人でした。昔は薪で焚きます、それを上手にできるように、何でも出来るようにしてくれます。それも、親孝行の気持ちでさせて貰うので、喜びでするのです。すると喜んでくれるので、益々喜んでするようになります。
だから、子供に負担をかけないというゆきかたが一番必要なのです、これは、守護霊さまが一番よく知っています。だから、「贅沢に何でも買い与えるのは良くない」と言います。これは、人の思いを全部子供に被せる事になるのです、だから贅沢は本当によくありません。とくに、小さいときから苦労させる方が、お金を出してでも苦労を買わなければなりません。苦労を買ってでもさせないと、親孝行には成れません。
「親がこれだけ働いて与えたのに、何で逆らうのか」というのですが、逆なのです、子供に自分の思いを被せてしまっているのです。必要のないものは、思いを被せてゆく事になりますから、子供が思いの重荷に耐えかねて、動けなくなってしまっています。それはもう、守護霊さまにお詫びしなければならない事なのです、「本当に、邪魔してごめんなさい」と本当に謝らないと、守護霊さまは助けてくれません。先ず、反省したら「守護霊さまごめんなさい」と謝り続けて「これから守護霊さま、よろしくお願いします」と感謝し続けなければなりません。守護霊さまに感謝し続けるのであれば、変えてもらえます。
-ありがとうございます-
そういう逆境にありながらも、「ありがとうございます」と言い続けたのは、どういうことなのですか。
ありがとうございます:
神さまの守りは凄いのです、必要なときに必要なものを的確に与え続けてくれたのです、それを、身近にひしひしと感じるのです。
-ありがとうございます-
普通なら、何故自分だけがこんなに、と思ってしまいますが。
ありがとうございます:
そこが、余計な思いを被せて貰っていなかったお陰なのです。思いを取るように取るようにして貰って、感謝の心が自然に湧くようにして貰っていたのです。
だから、お正月にみんなが遊んでいるのに、自分だけは内職をしていました。それも、電気が引けないからランプ生活です、冬でも暖房がありません、冷たいかじかんだ手で一生懸命に内職をします。
内職にもいろんなものがあって、危ない危険な内職が沢山あります。金属の部品を作るのに、回転させながら小さい部品を入れて、こうします。その時の傷が今も残っています。寒い冬に冷たい鉄を扱います、それもスピードが速くないと効率が上がりませんから、一生懸命に入れてはつぶしてゆきます。かじかんだ手でちょっと時間が遅れたらつぶしてしまうのです、それを包帯させられて又続けます。
そういうのも必要だったのです、それが本当に生きています、感謝の心が深くなるように深くなるようにと助けて貰っているのです。だから、枝葉の表面の幸せではないのです、感謝出来る心を深くして貰ったのが、今の大きい幸せに繋がっているのです。だから、思いを被せたらいけません、だから、必要なものだけを最低限だけを与えて、後は、本人が能力を発揮できるように、働かせるのがいいのです。
いま、学校へいって何をしているのか、知識を付けても、まだ、働きではないのです。将来働けるかもしれない予備知識として、能力の材料にはなります。でも、実際の働きと知識で付けるのでは違います。だから、人のために尽くす働きをしてこそ、どんどん生きてきます。だから、知識を身につけるより、働く能力を磨く方がいいのです。
-ありがとうございます-
何歳ぐらいまで、いつまで、そのように、必要なだけとさせたらいいのですか。
ありがとうございます:
本当に必要なものを、本当に見極めが付いて、正しく使えるようになったら、もう大丈夫です、何を任せてもいいのです。ただ、必要なものを見抜いて正しく使えないと、体は大人でも心はまだ子供ですから、まだ、必要なだけに絞らないと、任せるわけにはゆきません。
ありがとうございます