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()(いの)(ぶん)()-2001年12月2日・2



     かみさまのげんげんばんぐみなかに、そういうスト

-ありがとうございます-
 しつもんないようめい(たぶんそうについて)

ありがとうございます:
 かみさまのげんげんばんぐみなかに、そういうストーリーもぜんがあります。ただ、かみさまがちゅうぜんたいわたって、げんげんにすべてがかがやいているというばんぐみもあります。そうしたら、なかにはかみさまだけでマイナスはいっさいありません、そういうばんぐみほうへはいるのがいのです。
 ことしばりのなかぶんくと、ことどおりのしばりのばんぐみはいって、そのえいきょうけるだけなのです。だから、みんなかみさまだということだいです。それで、「ありがとうございます」にてっていすることだいなのです。

 わたくしのところは、いえたくさんてましたが、ちんさいむねげもしていません。つうは、ちんさいをして、むねしきをしておはらいもしますし、えらびます。でも、「ありがとうございます」があったらぜんしょうりゃくです、ぜんかみさまのひかかがや姿すがたをとっているとたら、マイナスもわざわいもなにもありません。やすがりでいちばんこうがあります。



     ばんぐみえらびは、ことしゅうせきおもいでばんぐみえらんで

-ありがとうございます-
 さんふんするかもしれないと、それをふせぐためにおいのりをしているかたがあります。おいのりはひつようで、どのようなこうがあるのですか。

ありがとうございます:
 ばんぐみえらびは、ことしゅうせきおもいでばんぐみえらんでこのっぱりします。マイナスのこと使つかってマイナスのおもいをめたひとは、マイナスのばんぐみをどんどんっぱりしてきます。それをめさせるためには、そのマイナスのこと・マイナスのおもいをはたらきがひつようです。そので、「ありがとうございます」とかそういうおいのりは、おもいをはたらきがあります。ひとこころめたおもいをしてあげると、マイナスをっぱりちからよわくなり、ぎゃくにプラスをっぱりほうこういてきます。そういうで、おいのりはひとおもいをすというはたらきで、この姿すがたあらわはたらきです。
 それとどうに、ほんとうのおいのりは、たかばんぐみっぱりす・ちょうわせるはたらきなのです。だから、「ありがとうございます」ととなえるとさいこうばんぐみっぱりはたらきになって、このいものをあらわおおきいちからになります。マイナスをっぱりはたらきをめるとどうに、いものをっぱりさないといけません。そのりょうほうはたらきをおいのりはするのです。
 だから、いろんなげんで、「さんばくはつするかもしれない」というげんっぱりそうとするひとがあると、このてきそうなはいがあるのです。だから、それをめるのは、そのっぱりそうとするおもいをしてあげることです。かならずそうなるのではないのです、っぱりそうとしているのうせいがあるのです。それで、まえもっておもいをすと、っぱりせなくなります。そして、ばんぐみほうっぱりせば、調ちょうした姿すがたがすうっとてきます。そういうです。



     こと使つかかたで、ちがいがあります、こと

-ありがとうございます- 
 あさくだものべるといという、けんこうほうをしていますが、これもこだわりでしょうか。

ありがとうございます:
 こと使つかかたで、ちがいがあります、ことしばられているのです。あさべるのがいというと、ひるよるべるのがわることになります。だから、いつべてもいいというのがいのです。ことしばられてしまうのです、いっぽういというと、ほうわるくなります。だから、いつべてもいいという、ゆうこころになるのがだいです。ことしばられてしまったので、そのことしばりをいてしまえばいいのです。


     マイナスのげんは、どんどんくつがえされています

-ありがとうございます-
 ひとしきわらなければ、きゅうがだめになるとおもいます。そのがどのようにるのでしょうか。

ありがとうございます:
 マイナスのげんは、どんどんくつがえされています。おいのりをするひとかんしゃするひとえてきています、そういうひとがどんどんばんぐみっぱりすので、マイナスがされてえてゆきます。だから、げんどおりにはなってゆきません、かならずプラスにプラスにおおきくへんしてしまいます。とくにこれからは、「ありがとうございます」のことほんとうかみさまが、おおきいちからえててきます、ほんものになっててきます。みなさんひとひとほんとうかみさまになって、げんじつりてくるのです。そうして、そのひとのいるところはひかかがやいてしまいます、すべてのマイナスはされてしまって、えてしまいます。
 ほんとうに、ひとひとがいるところがひかかがやいてしまうのです、おいのりのちからはものすごいちからがあるのです。ひといのればいちまんにんのマイナスをす、それじょうなのです。ひかりがないというだけで、やみにはほんとうちからがありません。おいのりをしてひかかがやいたひとは、おおきいやみせるのです、そういうでは、「ありがとうございます」ととなえることは、ものすごくおおきいプラスをげんじつするはたらきになります、いろんなで、プラスばかりがてきます。
 ここにいるひとだけでもおおきなちからはっするのです、こういうふうにおいのりをするひとがどんどんえています、だから、くなってしまうのです。



      なみだかなしみのなみだだけではありません、かなしみを

-ありがとうございます-
 せんせいうるんでいるようにえます。どうしてなのですか。

ありがとうございます:
 じんまえすわっているからです。なみだかなしみのなみだだけではありません、かなしみをはたらきがなみだなのです、つねきよめのはたらきです。よろここときよめです、だから、なみだひかかがやいています。かなしみのどんぞこちるとなみだます、それで、かなしみをしてもらうのです。すべてなみだひかかがやいて、おおきいひかりえてきよめてくれます。

 かみさまのひかりおおきくはいってきて、こころなかのマイナスをぜんおおきくってくださいます。そのときなみだがあふれるのです。なみだないひとも、ひょうめんにあふれないだけで、おくであふれているのかもしれません。おくからぜんしきってもらったら、おくひかりなみだいっぱいたまっていて、そのうちにドーッとあふれてきます。かたはみんなちがいます、ぐにひょうめんからてくるひともありますが、おくめておいて、たきのようにてくるひともあります。

-ありがとうございます-
 うれしくもかなしくもないのに、なみだてくるのは、おくめたものがてきたのですか。

ありがとうございます:
 なにかおきよめをけてかんどうすることがあったり、こころなかへんおおきくあります。それは、ぶんだけではなく、ぶんえんのあるひとが、ぶんだいひょうとしてはいたくさんついています。このまれるきょうそうりつたかくて、てこられなかったひとぜん、このひとだいひょうにしてというふうにまもっています。そのはいひとかんどうおぼえるのです。そのときにおきよめをけて、なみだがサーッとはいひとながしています。それがつたわってきて、たくさんなみだながれるときもよくあります。いろんなふくざつにあります。



     のうだけではありません、ぜんしんゆうしゃくし

-ありがとうございます-
 にんげんのうは、95%は使つかわれずにいて、5%ぐらいしか使つかっていないそうです。それになにがあるのですか。

ありがとうございます:
 のうだけではありません、ぜんしんゆうしゃくしゃくです。だから、使つかえば使つかうほどのうりょくてきます、使つかわないからちからてこいだけで、はっできないだけなのです。使つかうほどどんどんてきます、いまの10ばいじょう、それじょうてもいのです。そのげんていおもいがなければ、ちからたくさんてくるのです、すでにそのひつようちからは、さきあたえてもらっているのです。
 おんなひとでもおもたいものをもてるのです、1トンくらい! そういうじつれいがあります、どもがダンプにかれそうなとっさのときには、10トンのダンプをげるのです。そのときは、しゅれいさまのちからくわわるのですが、げるのはすごことです。なんねんたきりのろうじんが、しんときおもたいばちげてそとたり、ちからはっするじつれいたくさんあります。のうだけではなくからだいっぱい使つかったほうがいいのです。


     でもひとこころがそのままうつります。その

-ありがとうございます-
 しょているひとこころほうこううごかすといています、そういうものはぢかいていたほうがいいのでしょうか。

ありがとうございます:
 でもひとこころがそのままうつります。そのだいざいにもりますが、プラスにいたものにはそこにプラスのなみいっぱいちています。それをてプラスにかんじるひとは、それをかつようすればいいのです。ただ、そういうものしでも、おいのりをしているひとはいつも、ぶんふくめてまわりもぜんかがやきます。
 だから、たよるというちよりも、プラスにけるのがだいなのです、ぜんひかかがやいているというふうに。そういうで、ぜんあつまってくるものはよろこんでけて、かざってもいとおもいます。だた、それにたよぎるといとこまるのです。また、ぶんっているものをはっすることわすれてしまうのです、そとたよことによって。
 そうではなく、ぶんなかからげんひかりてきて、ぶんかがやいてぜんたいひかかがやかしているというちで、それで、ぶんのまわりはプラスばかり、ひかりばかりがあつまってるというのがいのです。そうすると、なにもなくてもひかかがやいているし、あってもひかかがやいています。そのほうが、しばりがないのです。


     ことしばりで、ひくばんぐみはいったらえいきょう

-ありがとうございます-
 しょくひんからだれてもがいはないのでしょうか。

ありがとうございます:
 ことしばりで、ひくばんぐみはいったらえいきょうけます。でも、えいきょうはないといえばえいきょうはありません、かみさまのほうからあらたにあらたにてきてあたえてくるものは、マイナスはいっさいいのです。でんえも、マイナスにてしまうのです。
 だれじっけんしてい(あんぜん)というのでしょうか?だれかがそれをべないとわかりません。そして、ぜったいだいじょうというデーターをさないと、えいえんべられません。

-ありがとうございます-
 しょくひんは、きょうりょくのうやくざんりゅうがあるからいけないというのですが。

ありがとうございます:
 そういうざんりゅうがないのもあります、のうやくじょそうざい使つかわなくてもるでしょうから。それも、つかんでそのことしばられると、ひとつのばんぐみからせなくて、ばんぐみとのえがむずかしくなります。つかんで、これはのうやくたくさん使つかってつくったものだと、つかんでべると、そのえいきょうことしばりでけます。
 ぶんは、いものをけたらいいだけなのです。ぶんまえてくるのは、のうやく使つかっていないいものだけでいいわけで、それは、プラスにプラスにこころけて、プラスにこと使つかっていたら、なかのうやくいっぱいのものをべていても、ぶんのうやくのものをべる(ようになる)のです。

 ず、ぶんなにえらぶのかがだいなのです、プラスのことで、プラスをえらべばいいのです。そういうひとえたら、なかからのうやくえます。また、でんえはしなくてもいのです、そこまでしなくても、かみさまからいものをあたえてもらうのであれば、そんなさきのテクニックを使つかわなくても、いものがたくさんみのります。

-ありがとうございます-
 ぜんかいのものをでんえしたものも、かみさまからあたえていただいたものとおもっていいのですか。

ありがとうございます:
 ちょくせつかみさまからけるのがいちばんぜんです、あたえてもらったものをさいするのはひとゆうですが、じんこうくわえたぶんだけはていちてゆくのです。



     たとえば、おとこまれ、おんなまれ、あいえら

-ありがとうございます-
 けっこんとはどんなものですか。

ありがとうございます:
 たとえば、おとこまれ、おんなまれ、あいえらんでけっこんします。でも、ほんしんぶんりょうせいそなえたぜったいしんです、たましいぶんまれわりのていで、だんせいっぽいたましいじょせいっぽいたましいがあります。でも、りょうせいそなえたたましいえないといけないのです、そのためべんきょういろんなでさせてもらうのです。あいからいいものがあったらそれをきゅうしゅうして、それをにつけるのもだいですし、あいにもぶんさをあたえるということで、おたがいのさがこうりゅうされるのです。
 そのこうりゅうは、あたえるこころときにプラスのこうりゅうこり、あいもとめるとマイナスのこうりゅうこってしまいます。マイナスどうこうりゅうしてっぱりしあったり、おたがいにあたうという姿すがたをとります。だから、けっこんしたひとあたうゆきかたをるのがだいです。そうするとプラスのこうりゅうになって、たましいてきにもいいものがどんどんきゅうしゅうされてかんせいはやくなります。


「ありがとうございます」とかんしゃする

-ありがとうございます-
 ざんりゅうのうやくのあるさいでも、そこでかんしゃすればがいになるのですか。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」とかんしゃするは、はなしてあたらしくかみさまをなおすゆきかたです。いまマイナスの姿すがたていて、「ありがとうございます」となおしたときには、ぜんぜんちがうものをけているのです。ほんとうは、マイナスのないプラスばかりのものをけているのです。
 だから、をどれだけこころからはなせるかがだいなのです、それで、いまかみさまからあたらしくプラスだけのものをけるというこころです。かんしゃれんしゅうしているとそれが、だんだんとじょうになってきます。いまここにどくまんじゅうだといわれても、べるときに「ありがとうございます」とってべたら、どくえて美味おいしいまんじゅうにわっています。そのえはいっしゅんいっしゅんこるのです。



     かえすときは、まだべんきょうわっていないとき

-ありがとうございます-
 ははおなしっぱいかえします、なんだまされてものをします。

ありがとうございます:
 かえすときは、まだべんきょうわっていないときです。べんきょうわっていたら、さいしょの1かいてきません。だから、なにものをするときにでも、ひつようのないものをうのは、ものじょうではありません。ひつようなものをひつようなだけうのがいいのです、あと使づかいになります。しいものとか、これはいいなとおもってうときは、あまりいいものをしていません、とくうしなかたです。ほんとうひつようなものをえばいいのです。

 ぶんひつようなものだったら、でんで「これどうですか」とわれても、ひつようなものだったら「ありがとうございます」とえます。あとで「しまった!」とおもうのは、ひつようでないものをっているのです。づかいをさせられているというかんじで、もんっているのです。それも、ぶんひつようなものだけをうとめていたらだいじょうです、そういうべんきょうです。ひつようなものだけをべんきょうをしないといけません。



      ことしばりさえなかったら、ゆうざい

-ありがとうございます-
 おいのりにてきしたかんたいはありますか。

ありがとうございます:
 ことしばりさえなかったら、ゆうざいでいいのです、あさひかりいっぱいですし、ゆうひかりいっぱいです。あさあいは、ぶんやみなかにいて、そこからあらたになおすのでかんどうあらたにしてよろこびがおおきいのです。でも、ゆうあいは、つづけておくるようなかんじです。
 でも、あさからのかんどうぞくして、まだ、かんしゃの・おれいの「ありがとうございます」がりないとおもったら、ゆういかけながら「ありがとうございます」とわないといけなくなります。「まだりないから、ちょっとまってください、ありがとうございます、ありがとうございます」と。そういうときのこころは、あさびたときのかんどうよりももっとおおきいのです。だからぜんがプラスにプラスになるのです。


     びょう姿すがたは、こころじょうたいうつしてはんせいざいりょう

-ありがとうございます-
 わかひときゅうきんしゅえているのは、なにがあるのでしょうか。

ありがとうございます:
 びょう姿すがたは、こころじょうたいうつしてはんせいざいりょうにもしてくれますし、こころなかのマイナスをしてくれるはたらきでもあります、りょうほうはたらきです。はんせいざいりょう使つかうのだったら、そのをしっかりかんがえるといいのです。してもらうのであればかんしゃしていたらいいのです、かたちことしてもらっているので「ありがとうございます」とよろこべばいいのです。
 きゅうというのはなんのためにあるのかとかんがえればいいのです、じょせいためではなくどものためです、まれてくるどものためです。そのどもむかえるこころるかいかです、よろこんでなおかみさまのいのちいただこうというちがれば、ひつようだからそういうのにはりにくいのです、けんこうしなければなりませんから。だから、どもみたくないとか、あいだんせいきょぜつするようなこころとか、いろいろれないこころがあります。そういうこころじつげんするために、びょう姿すがたをとってあらわすといういちめんがあります。
 それも、そういうこころしてもらっているとたら、びょうしょうじょうもいいのです。こころのマイナスがえたら、それもえます。ながあいだぞくするとおもったら、こころはんせいすればいいのです、それも「ありがとうございます」をかえしたら、なおないいこころわるので、とくべつことりません。こころなおないいこころもどって、そうしたら、ぜんえます。

-ありがとうございます-
 こころじょうたいびょうしょうじょうあらわれるのですが、「ありがとうございます」だけで、がくちからはいらないのですか。

ありがとうございます:
 びょうあらわれるげんいんいろいろあります、そのときしんきょうだけでてくるあいもありますが、そのほかにもげんいんたくさんあり、いちがいにはえません。こころつくっているびょうなら「ありがとうございます」とえばかならかんたんなおります。ぶんこころでそこへあらわしているだけですから、そのこころえてしまったら、おしゃさんもなにらないのです。「ありがとうございます」をえばかんたんなおります。

-ありがとうございます-
 それがいびょうはどんなものですか。

ありがとうございます:
 いましんきょうではなく、おおきいマイナスのちくせきもありますし、ほんにんのだけではなくえんじゃのものをけてあいもあります。いろんないでそこにあらわれる姿すがたがありますから、げんおおきいものであれば、げんおおきいものをすまではえません。そういうときは、おしゃさんにたよっても、くすりたよってもぜったいなおりませんが。やはりかんしゃけいぞくひつようなのです。
 かんしゃつづけたら、かみさまのおおきいたすけをれたら、ばんぐみわっていい姿すがたあらわしてもらえます。ただ、そのひとによっていろいろとずれます。

-ありがとうございます-
 アレルギーはどんなものですか

ありがとうございます:
 アレルギーは、にんげんかんけいのいざこざがこんぽんにあります。すべてにかんしゃしてれるひとは、アレルギーにはなりにくいのです、すべてをプラスにて「ありがとうございます」とよろこんでれるひとも、そのひとしんきょうはそうでも、ほかひとわりになるときがあります。そのときは、あるいっていかんしょうじょうあらわしてえるまでは、そういう姿すがたをとるときもあります。
 きらいのつよひとごのみのつよひとは、プラスをしっかりえらんでけられないひとは、そういうアレルギーをあらわしやすいいちめんがあります。ただそれも、じんめるでは使つかえません、ひとめるこころは、そういうものをげんきょうです。だから、ぶんわりにそういう姿すがたをとってくれているとうくらいにて、かんしゃしてよろこぶゆきかたがいちばんいいのです。

-ありがとうございます-
 どもおやのためにサインをしているようなびょうもあるのですか。

ありがとうございます:
 あります、どもちいさいときは、おやしんきょうをそのままうつあいおおいのです。たとえば、どもがひどいぜんそくときは、おやほうひとさばちがまっているときがおおいのです。ひとからひどいことをされて、うらんでめるとか、げんいんいろいろでしょうが、さばくというちがこころまっているときです。
 ぶんなかしょしきれないときは、とくぶんはたらいていそがしいときなどは、わりにだれかがなるのです。そういうときは、どもます、どもはたらいていませんからすこしはらくです。そういうときはどもかぶせてしてもらいます。
 
-ありがとうございます-
 きこもりとか、とうこうおやのをけてなのですか。

ありがとうございます:
 げんいんいろいろあってふくざつなのです、ひととおりやふたとおりのげんいんではありません。こんぽんは、そういうマイナスの姿すがたをとるのは、おもいをめすぎているというところがあるのです。たとえば、おやどもたいしてなんでもいなりになって、ものでもあたえすぎて、ひつようでないものをあたえたときどもにとってはたんになるのです。ひつようなものははいかみさまがどもあたえようとしています、そのときはちゃんとひかりえてきます、ひつようなものをあたえるときは、おやとおしてでも、おやしゅれいさまのわりにあたえるやくにないます。そのときしゅれいさまのひかりおやとおってどもとどいています、だから、ひつようなものをあたえてもらうときにはマイナスはこりません。
 でも、ひつようじょうあたえすぎたときには、いろんなひとおもいをかぶっていてきます。しゅれいさまは「あたえたくない」というのですが、ひとかっあたえてきます。ひとおもいがいてくるだけではないのです、ひとからおになったぶんぶんのマイナス・りになります。あるではこうそくきのしゃっきんかもしれません。

 だから、ひつようのないときあたえてもらったら、たんになるだけではなく、あとへんさいせまられたときにたいへんことになるのです。だから、おもいのおもとしてかぶさってきます、おもいのしばりにしばられることによって、なになくなってしまいます、うごけなくなります。なにもしたくない、なにないじょうたいおちいったときには、おもいをかぶりすぎているのです。
 だから、どもちいさいときからおやいっしょろうさせるのがいいのです。なんでもおつだいをさせるほうがいいのです、あいったら、ないしょくさせて、アルバイトをさせて、ひつようことぶんぶんちからでさせるくらいがいいのです。そうすると、ほかからのりがないから、おもいをかぶりません、それで、なかからのうりょくきたえられててきますから、はたらことよろこびにわります。そうして、いのちがどんどんかがやいてくると、のうりょくがどんどんびて、なにをするのもよろこびにわります。そうしたら、おもいがくなったじょうたいになって、かんしゃふかくなるし、しあわせなじょうたいになってきます。

 いまは、どもあまやかしてぜいたくぜんぱんてきにさせています。がっこうきょういくひとつとってもそうです、こうしゃをいいのにつくえています、ぜいきんたくさん使つかことは、こくみんおもいをたくさんかぶせることです。それだけではありません、そうやトイレそうまでぎょうしゃにさせています、どもがすればいいのです。そこまでするとどもにとってはおおきなめいわくです、マイナスをたくさんわされていることになります。おおきいおもいのおもおもいのしばりにったらくるしいからあばれるのです。いろんなで、どもおおきなマイナスをかぶせていることが、たくさんあるのです。どもおやこうこうにするほうほうはひとつだけです・・・・・

-ありがとうございます-
 いえじゅけんせいがいて、なまでにあれこれしてしまいます。

ありがとうございます:
 あまやかさないほうが、どもろうさせるほうがいいのです。どもにとってなにいちばんひつようかとかんがえてげないといけません、どもまもっているしゅれいさまのたちからると「おやひつようのないものをあたえすぎている」といます、「あまやかしすぎている」とこまっています。

 わたくしあいは、ちいさいときにいろいろろうをさせてもらいました。それは、わたくしりょうしんやましゅっしんで、どちらもおやきょうだいはやにさせて孤児みなしごなのです。たよるところは、おやもいないししんせききょうだいいし、そうだんあいもありませんでした。それで、いろいろろうしたけっかみさまのたすけをけるようになって、しゅれいさま、かみさまがどうしてくれました。おやわりにどうしてくれるというかたちで、いろいろどうてきてくれました。それでいろいろみちびいてくれたのです、だから、「どもそだてるのはかみなのだ」とうのです、「おやそだててはいない」といます。「ひとことも、そだてているなどとはうな、かみは、ひつようがあってそだてるのだから」といます。だから、かみさまからあずかっているとおもわなければなりません。しゅれいさまは、どもしあわせをねがって、なにいちばんひつようなのかをっています。なにいちばんひつようで、どうすればしあわせになるのかをっています。

 わたくしあいは、いろいろろうをさせるほうがいいとおもわれたので、「たいぼうせいかつをこのにはあたえないと」というわけです。だから、なにもないじょうたいきます、どもかんきょうととのえるでも、おやゆうふくだったら、どもだけをろうさせることません。だから、おやのすべてをってしまいます。
 それまでは、けいをしていてしゃっってざいさんもありました。それを、ぜんはらってぜんくなってなにもないじょうたいいてくれます。でも、「それだけではいけない、いままでひとだすけをしてきたしんようる」とうのです。「たのみにいったら、なんでもたすけてくれる、してくれるから、だめだ」といます、「しんようとさないとまだだめだ」といます。それで、おかねがないので、「100えんかして、200えんかして」とあちらこちらでりまくります、そのうちしてくれなくなります。「すべてのしんようくしてから、ここからだ」とうのです。

 それから、たいぼうせいかつじゅうすうねんつづけさせてもらいます。わたくしちいさいときからないしょくたくさんさせられるのです、あさはやきてがっこうへゆくまでのあいだないしょくをしてから、がっこうはしってゆきます。ものも、あさしでひるしでいていって、かえってもいときもあります。そして、かえってからもよるおそくまでないしょくをします、まいにちがそういうれんぞくです。
 ないしょくたかないしょくはさせてくれませんでした、どれだけしてもおかねにならないないしょくです、ろくにんぞくぜんでやっても、いちしょくぶんむぎえませんでした。そんなやすないしょくゆるしてくれました。ただ、「どもにとっては、それをさせなければだめだ」とうのです、「ぜいたくをさせるのはくない」といます。「どもにとって、ぶんぶんせいかつするくらいの、はたらきをさせねばならない」といます。そういうで、たいぼうせいかつなかで、どもなんでもさせようとしてきます。

 あるときは、わたくしははおやひとの3ばいはたらはたらものです、などはあっというかたづけます。ほんとうどもなんでもさせなければならないになると、ははおやびょうにさせてしまいます、うごけないようにしてしまいます、かみさまはなんでもします。そうすると、どもなにからなにまでしなければならなくなります、ごはんきもしなければなりません、わたくしは、しょうがっこうの3ねんころには、ごはんたききのめいじんでした。むかしたきぎきます、それをじょうにできるように、なんでもるようにしてくれます。それも、おやこうこうちでさせてもらうので、よろこびでするのです。するとよろこんでくれるので、益々ますますよろこんでするようになります。

 だから、どもたんをかけないというゆきかたがいちばんひつようなのです、これは、しゅれいさまがいちばんよくっています。だから、「ぜいたくなんでもあたえるのはくない」といます。これは、ひとおもいをぜんどもかぶせることになるのです、だからぜいたくほんとうによくありません。とくに、ちいさいときからろうさせるほうが、おかねしてでもろうわなければなりません。ろうってでもさせないと、おやこうこうにはれません。
 「おやがこれだけはたらいてあたえたのに、なんさからうのか」というのですが、ぎゃくなのです、どもぶんおもいをかぶせてしまっているのです。ひつようのないものは、おもいをかぶせてゆくことになりますから、どもおもいのおもえかねて、うごけなくなってしまっています。それはもう、しゅれいさまにおびしなければならないことなのです、「ほんとうに、じゃしてごめんなさい」とほんとうあやまらないと、しゅれいさまはたすけてくれません。ず、はんせいしたら「しゅれいさまごめんなさい」とあやまつづけて「これからしゅれいさま、よろしくおねがいします」とかんしゃつづけなければなりません。しゅれいさまにかんしゃつづけるのであれば、えてもらえます。
 
-ありがとうございます-
 そういうぎゃっきょうにありながらも、「ありがとうございます」とつづけたのは、どういうことなのですか。

ありがとうございます:
 かみさまのまもりはすごいのです、ひつようなときにひつようなものをてっかくあたつづけてくれたのです、それを、ぢかにひしひしとかんじるのです。

-ありがとうございます-
 つうなら、ぶんだけがこんなに、とおもってしまいますが。

ありがとうございます:
 そこが、けいおもいをかぶせてもらっていなかったおかげなのです。おもいをるようにるようにしてもらって、かんしゃこころぜんくようにしてもらっていたのです。

 だから、おしょうがつにみんながあそんでいるのに、ぶんだけはないしょくをしていました。それも、でんけないからランプせいかつです、ふゆでもだんぼうがありません、つめたいかじかんだいっしょうけんめいないしょくをします。
 ないしょくにもいろんなものがあって、あぶないけんないしょくたくさんあります。きんぞくひんつくるのに、かいてんさせながらちいさいひんれて、こうします。そのとききずいまのこっています。さむふゆつめたいてつあつかいます、それもスピードがはやくないとこうりつがりませんから、いっしょうけんめいれてはつぶしてゆきます。かじかんだでちょっとかんおくれたらつぶしてしまうのです、それをほうたいさせられてまたつづけます。

 そういうのもひつようだったのです、それがほんとうきています、かんしゃこころふかくなるようにふかくなるようにとたすけてもらっているのです。だから、えだひょうめんしあわせではないのです、かんしゃこころふかくしてもらったのが、いまおおきいしあわせにつながっているのです。だから、おもいをかぶせたらいけません、だから、ひつようなものだけをさいていげんだけをあたえて、あとは、ほんにんのうりょくはっできるように、はたらかせるのがいいのです。

 いま、がっこうへいってなにをしているのか、しきけても、まだ、はたらきではないのです。しょうらいはたらけるかもしれないしきとして、のうりょくざいりょうにはなります。でも、じっさいはたらきとしきけるのではちがいます。だから、ひとのためにくすはたらきをしてこそ、どんどんきてきます。だから、しきにつけるより、はたらのうりょくみがほうがいいのです。

-ありがとうございます-
 なんさいぐらいまで、いつまで、そのように、ひつようなだけとさせたらいいのですか。

ありがとうございます:
 ほんとうひつようなものを、ほんとうきわめがいて、ただしく使つかえるようになったら、もうだいじょうです、なにまかせてもいいのです。ただ、ひつようなものをいてただしく使つかえないと、からだ大人おとなでもこころはまだどもですから、まだ、ひつようなだけにしぼらないと、まかせるわけにはゆきません。

                 ありがとうございます

             

ありがとうございます

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