ありがとうございます
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()(いの)(ぶん)()-2001ねん12がつにち No.1

      「ごめんなさい」ということけんきょないいこと

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」のまえに「ごめんなさい」がひつようだとおもいますが?

ありがとうございます:
 「ごめんなさい」ということも、けんきょないいことです。でいろんなマイナスのこと使つかい、マイナスのおもいをして、マイナスのおこないもしてきています。そういうでは、みんなにマイナスのおもいをらしています、そういうあいはみんなにマイナスをめんじょしてもらっているのです。
 「ありがとうございます」ということなかには、マイナスをめんじょするというかみさまのおおきいはたらきがふくまれています。かんしゃふかほんとうがわかればしょうりゃくしてもだいじょうです、でも、さいしょけんきょで「ごめんさい」もあってもいいとおもいます。


      どうぶつのほうが「ぜひ、しい」とって

-ありがとうございます-
 がわだいきです、がわるのはくないことですか?

ありがとうございます:
 どうぶつのほうが「ぜひ、しい」とっています。あいのスキンシップです、きらわれたらせてくれません。ぶんころしたのだったらべつですが、どうぶつのほうがよろこんで「ぜひ、まもらせてください」というかんじでありがたいのです。


     「ありがとうございます」が、ちゅうおおがみさまの

-ありがとうございます-
 「ありがとう」と「ありがとうございます」のどちらがいいのでしょうか?となえるときのリズムをおしえてください

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」が、ちゅうおおがみさまのきゅうきょくまえなのです。かみさまのはたらきのぜんたいしめことなのです、「ありがとうございます」がかみさまの姿すがたぜんたいぞうなのです。ひとこと「ありがとうございます」でかみさまのぜんたいとらえたときは、そのなかぜんふくまれてしまいます。
 かんしゃげんだんかいがあります。ちいさいかんしゃからおおきいかんしゃあさかんしゃからふかかんしゃ、いろんなだんかいげんかんしゃがあります。そのなかかるく「ありがとう」とうのもいいのです。
 リズムもげんしゅるいがあっていいとおもいます。ひとひとリズムかんちがうとおもいますから、ゆうざいでいいとおもいます。ほんとうの「ありがとうございます」・ほんとうかみさまのぜんたいなかにはすべてがふくまれていますから、ゆうざいぶんったゆきかたで、かんしゃふかめていくのがだいです。どれがい・わるいではなくて、みんなひつようってそんざいするものです。


     かせるものはドンドンかすというのはだい

-ありがとうございます-
 しょくりょうなんるとわれていますが、のうぎょうをもっとかっせいしたほうがいいのでしょうか?

ありがとうございます:
 かせるものはドンドンかすというのはだいなのですが、「かいがひとつ」というちでたすうのもひつようです。それじょうに、かみさまのほうからプラスを・てんからるものをるのもだいです。
 げんじつだけをて、しょくりょうしんぱいすることりません。げんげんめぐみがてんからたくさんってきます、ひつようがあったらぶっしつげんしょうくうちゅうからパッとてくるかもしれません、しょうらいそうなるかもしれません。
 「ありがとうございます」はかみさまのだい調ちょうはたらきがそのままりるのです、ひつようだったらほんも、かしていろんなさくもつさいばいするようになるのかもしれません。

 ただ、いまは、おひゃくしょうさんでもおかねもうけをしゅかんがえます。じんけんたかくなるとさくもつだんたかくなって、かいとはちできないじょうたいです。おかねもうけのほうへはしるために、のうぎょうててしまいますが、もったいないです。こころめてさいばいしたさくもつかがやいています、おかねではえないてんからのめぐみです。おかねきにして、ひかかがやいたものをあたえていただいたというちでけるのだったら、ほんつくったものもほんとうで、らしいひかかがやいたものになりますから、だいにしたほうがいいのです。おこめひとつぶひとつぶひかかがやいたものだとおもえたら、しっかりおこめさいばいしないといけません。


      いんねんいんほうそくとしては、「あたえたものがあた

-ありがとうございます-
 げんざいりゅうつうけいざいシステムはあたらしいものにわりますか?

ありがとうございます:
 いんねんいんほうそくとしては、「あたえたものがあたかえされる」というのがほうそくなのです。ただ、あいだにおかねはいってきます、ひとひととのしんようやくそくごとみたいなものです。ただそれはチョッとずれているのです。ほんじんけんたかい、がいこくにはじゅうぶんいちぐらいのところもあります。おなはたらきをしたのにじゅうばいもらうところと、そのじゅうぶんいちというところがあります。どちらにがあるかとうと、やすいほうにがあります、おなじおかねでもじゅうばいがあります、おなはたらきをしていますから。それをかいがひとつに・おなじにしたらいいかというと、そうではありません。

 きゅうりょうたかいほうはしゃっきんをしているのです、やすところのものをったとしたら、じゅうばいしゃっきんかさねたことになります。いんねんいんほうそくからするとそうなります。ほんでたくさんおかねもうけして、やすいところでものってぜいたくしてとくしたようにおもうのですが、ちがうのです、おおきくしゃっきんかさねたことになります。それだったらさいしょからやすきゅうりょうはたらいて、ほどほどにぜいたくしないほうがいいのです。
 れきてもそうだとおもいますが。さいしょやすきゅうりょうはたらいてやすいものをかいしゅつしてドンドンさかえます、でも、じんけんたかくなってくるとかならずダメになってゆきます。ほうそくてきにはそういうふうにぜんになってゆきます。

 だから、ひとしあわせのためにと、あたえるりょうやすのがいいのです。これは、ただであたえてもいいのです、ただであたえたらただでかえってます。かみさまのかいがそうです、ただでむくいをもとめないであたえ、あたいによってごくらくかいむのです。おかねにならないからはたらかないのはもったいない、ひとしあわせのためだったらちいさいことでもなんでも、よろこんでするのがいいのです。


       いのちたいせつに」ということも、あさふか

-ありがとうございます-
 いまだいいのちまつにしているようにおもいます。

ありがとうございます:
 「いのちたいせつに」ということも、あさふかりょうほうがあります。ほんとうかみさまのいのちいただいてそのいのちきています、ほんとうげんがありげんとうといものなのです。ところが、あさとらえるとたんなるにくたいにんげんというで、ちいさいいのちきているということになります。にくたいにんげんだけだとじんせいがなくなります、ひとなんのためにきているのか、ひゃくねんぐらいでんでえてしまうのだったら、なんのためにきたのかわからなくなります。それだったら、はやんでもおなじではないかとおもってしまいます。

 いのちとらかたいまあさすぎます。さつはしひととくにそうです、じんせいもくてきなんのためにきたらいいのかわからない。はやぬほうがしあわせではないかとおもひともあります。かみさまのえいえんいのちいただいてきているということになったら、ほんとうげんがあるそんげんとうといものにえてきます、そうしたらだいにしようとします。
 かみさまのいのちきている・かみさまのいのちいただいているというように、そういうおもかえしができるようになったら、みんなだいにするとおもいます。みんなわすれていますいままで、それも「ありがとうございます」とかんしゃすることによって、かみさまのいのちいただいているとよくじっかんできるようになってきます。かんしゃがもっとふかまったら、いのちそんげんくわかって、ほんとういのちかみさまのいのちだいにしようとします。


      じんせいもくてきなにかというのはいちばんだいもんだい

-ありがとうございます-
 まれてきたもくてきなんですか?

ありがとうございます:
 じんせいもくてきなにかというのはいちばんだいもんだいです。ほんとうぶんは、にくたいぶんでもたましいぶんでもありません、もうひとつおくかみさまといったいぶんがあります。かみさまといったいぶんもどらないと、ほんとうただしいぶんのありかたもわかりません、じんせいもくてきさだまらないのです。

 かみさまがひとをこのおくしてくるもくてきは、おおきいふかがあります。まず、かみさましんげんそうぞうねがいをってちゅうそうぞうします、それはよろこびそのものです。いっしゅんいっしゅんあたらしいちゅうし、そのひょうげんことよろこびをいだし、それをあじわうことふかよろこびをかんじています。ひとはそのかれ、ぶんしんです。ひとひとちがあじわいかたをしてくださいます。
 かみさまはひとゆうぜったいしばりません、げんひとがいたらげんあじわいかたをしてくれて、それがぜんかみさまのおおきいよろこびにわります。だからかみさまにとったらひとはとてもだいです。げんげんがあります。

 かみさまはいっしゅんいっしゅんあたらしいすべてのものをして、それをひとひとぜんあたえてきます。それをかんしゃこころぜんけるのがほんとうぶんです。いっしゅんいっしゅんぜんなおすのがほんとうぶんです。そのゆうざいぶんが、かみさまから、げんげんのチャンネルのほうそうばんぐみという、うんめいばんぐみあたえてもらいます。それを「ゆうたのしんでいらっしゃい」とおくしてくれるのです。いろんなばんぐみをそれぞれゆうたのしんでくるていで、したしたばんぐみろしてくれるのです。

 さいしょは、さいこう姿すがたっているぶんにとったら、とおばんぐみてみたい・たのしみたいのです。だから、ひくばんぐみへドンドンちかづいていきます。ごくばんぐみまでゆくひともあるし、そのまえまるひともあります。たらごくばんぐみまではいっかいってみたい。そういうひくたいけんことけんきょにもなり、マイナスをことでプラスのほんとういだしていけます。いったんはいろんなばんぐみあじわって、さいさいこうばんぐみあじわって、えいえんしあわせにきるのです。

 にくたいぶんたましいぶんというのは、それぞれひとつのばんぐみなかやくわりとしての姿すがたです。だから、ばんぐみしたほんとうぶんをしっかりかくするのがだいです。それは、かんしゃすることによってかくふかまってきます。そして、ゆうざいばんぐみえらびをしてゆくというのもだいになってきます。
 いいばんぐみわるばんぐみぜんゆうあじわえるのです、それもいちばんしたからすべてのばんぐみゆうあじわえるというぶんになるというのがいちばんいいのです、いちばんけんきょぶんがすべてのばんぐみほんとういだしてゆけます。うえだけだとしたばんぐみはマイナスにえてぜんがなくなります。
 いったんしたばんぐみあじわっておくと、そこからうえばんぐみぜんげんいだせます。ひとつひとつのばんぐみうんめいのストーリーのなかから、プラスを・しあわせをはっけんしてゆきます、それがドンドンおおきくふかくなります。

 あくまでもみんな、しあわせをおおきくふかくしてゆくためのみになっています。おおきいしあわせをしっかりつかことじんせいもくてきです。みんなそのていかれています、かならしあわせがおおきくふかくなるようにまれています。ちがマイナスにいているときは、いちしあわせがちいさくなるようにえるのですが、それはそのぶんだけをるからそうかんじるのです。おおきいたちからると、さらおおきいしあわせをかんじるためにひつようべんきょうになります、それをつうしないとさらおおきいしあわせをあじわえないというひつようなのです。


      だいだいきゅうはいろんな姿すがたをとりつづけてい

-ありがとうございます-
 アトランティス、ムーたいりくいっしゅんにしてなくなってしまいました。げんざいのこのきゅうはどうなるのでしょうか?

ありがとうございます:
 だいだいきゅうはいろんな姿すがたをとりつづけています。このはあのしゅくで、なにえらぶかというべんきょうになっています。あのぶんなみかいだけがひろがりますが、このぜんなみがそろっています。だからごくからごくらくまで、このてきなものはぜんそろいます。このはあのからるとべんきょうがっこうみたいなものです、おなひとがこのにずうっとつづけてにゅうがくするのではないのです、きょうそうりつたかくてなんかいもは、このまれてられません。むかし、ムーたいりくまれたひといまこのにはまれてられません、だいだいにいろんなひとえらばれてこのべんきょうしにます。だからおなたいけんかえしているのではりません。

 あのじんこうげんげんおおきいのです、このげんなかのひとつですから、じんこうげんぶんいちになります。だからぜんまれてこられません、だいひょうてきまれてきます。げんげんのチャンネルのばんぐみなかではいろんなストーリーがあります、おなところまれたというたいけんひともあります、おなところまれていないというひとのほうがげんおおいのです。
 このひとはあのひとだいひょうとしてまれてきます、まれてられないひとは、このひとのいろんなたいけんつうじてまなんでいきます。だからおなじことをかえしているようでも、たいけんはひとつもありません、おなひとおなじことをぜったいかえしません、かならちがたいけんをさせてもらうようになっています。かみさまはおなことかえすようなことぜったいにしません。かならあたらしいたいけんをするように、かみさまはんでくださっています、かみさまのしていることちがいはありません。

 ちゅうにはおなじものはひとつもありません。すいげんいっとってみてもおなすいげんはありません、みんなかおちがい、はたらきがちがいます。また、だいながれのなかおなことぜったいかえしません。おなじことをかえさない、これはちゅうそうぞうかみさまのてっそくです。それがわからないのはひとがボーっとしているだけです。さるかおたらみんなおなかおえるでしょう?だいながれをおなうつわりにえるのも、ばくぜんるからです、こまかいところまでかないだけです。へんても、おなじことがこっているようにえるかもしれません、でもこまかいところまでぜんてんけんしてみたらぜんちがいます。ぜったいおなじことはかえしません、そこがかみわざなのです。

 ひつようたいけんをいつもさせていただくようになっています、かみさまのこころほんとうをわかればなっとくがいくとおもいます。なっとくするのはくつではないのです、ぶんかっおもみでもありません、かんしゃすることによってかみさまといったいすればいいのです。「ありがとうございます」とかみさまのこころなかめば、ほんとうかみさまのこころがわかってきます。そうしたら、いっさいいっさいのマイナスはないというのがわかってきます。だから、「ありがとうございます」とむのがさいげになります。かみさまといったいすればいいのです、そしてなかからわからせてもらうようになってきます。

      ほんとうかみさまとこととはちがいます。ことはあ

-ありがとうございます-
 かみさまとはなんなのですか?

ありがとうございます:
 ほんとうかみさまとこととはちがいます。ことはあくまでもかみさまをしめそうとしています、ゆびです。かいしゅうきょうおしえのちがいはゆびちがいです、れいゆびきたなゆびもあります。かみさまをしめそうとしているのですが、ゆびかみさまはちがいます。
 かみさまをじっかんたいけんしたひとほんものつかみます、でも、ゆびとらわれたひとはまだゆびとどまってしまいます。どんなおしえもそのおしえにしばられたら、おしえのれいになってしまい、ゆびとどまってしまいます、かみさまへはめません。おしえがしめそうとしているものはなにかと、おしえをえなければいけません。そのじったいつかもうとするのがほんものしんこうのありかたです。

 ほんとうかみさまのありかたとらえるのはしんとうです。のいろんなおしえはゆびとらわれすぎています。せいしょおしえは、かみさまとかかみさまのはたらきをしめそうとしていることです。ほんものしめすことはむずかしいのです、(ほんものの)ことていかたからむずかしい。なにしめそうとしているのかと、かいしゃくただしくほどこさないといけません。
 へびだまされてべてらくえんからついほうされて、というこのでも、このへびなにしているかでしょう。どうぶつへびではありません、へびというしょうちょうてきどうです、このどうています。ぶっしつどうとらわれてげんじつつかんでしまうと、かみさまをうしないます。げんじつつかみすぎて、しゅうちゃくしすぎて、げんじつしかないとおもんだら、へびだまされたことになります。
 は、こののいろんなしきとらわれすぎています。しきは、ほんとうとはちがいます、というのはしきほうです。

 こと使つかかたがピンからキリまであります。ただしいこと使つかかたをして、ことていただしくほどこして、ほんとうかみさまへこころけさせるというのがおしえにはひつようです。それでもおしえにとらわれたらほんものうしないます、やっぱりほんものかみさまをちゅうしんかないといけない。おしえはかんぺきではありません、もっともっといいおしえがてこないといけません、もっととどいたみんながかいしやすいおしえが。みんなおしえにしばられて、ちがったかいしゃくをしすぎて、それにしばられすぎています。

 おしえはみんなにせものです。ひと使つかことどおりのばんぐみぜんようされています。どんなこと使つかってもそのばんぐみようされています。だからどんなばんぐみげんじつされてきます、マイナスのこと使つかったら、マイナスのばんぐみされてきます。にはにはをとったら、げんじつにそれがてきます。エホバがみほうそくかみとしてとらえて、さばきのかみとしてとらえたらきびしいさばきがまれてきます。それだったら、イエスのあいゆるしのおしえをしっかりれたほうがいいのです。せいしょなかぜんただしいのではありません。ピンからキリまでざっています、そのなかからいいものをえらんでしっかりとらえたら、ばんぐみばんぐみとしてせます。かいいろんなおしえも、ぶんが、これがいちばんいとなっとくしたものをえらぶのがだいなのです。

-ありがとうございます-
 おなげんじつかいみながら、ひとそれぞれにちがったばんぐみているというのはどういうことですか?

ありがとうございます:
 このはいろんなひとが、それぞれにばんぐみわせをして、いろんなばんぐみをこのいっしょしています。いろんなばんぐみ姿すがたこんざいしています、みんながひとつずつテレビをっているとおもえばいいのです。
 いろんなばんぐみわせてそうごうしてあらわれてきます、マイナスのばんぐみしたひとはマイナスをらしています。でも、プラスのばんぐみもあります、みなさん姿すがたをとってはいません。
 
 ぜんたいて、ぶんたちになにひつようかとべんきょうするですから、マイナスがいやだったらプラスをえらんで、プラスのこと使つかってプラスのばんぐみせばいいのです。そのべんきょうをこのひとかんかぎってさせてもらいます、あのったときには、いいばんぐみだけにちょうわせてあじわっていくためのべんきょうです。このまれてきたひとは、えらぶためのべんきょうをしています。すこしでもプラスをえらんで、プラスのばんぐみれんしゅうなのです。

 あのひとばんぐみえらびがません。ぶんったものをつづけますから、あのばんぐみえるのはきびしいのです。マイナスにんだひとはドンドンマイナスになっていくし、プラスのひとはプラスがえます。マイナスのこころっているひとにとったら、あのたいへんです。チャンネルがピタッといます、ぶんがおかねもうけをしたいとしたら、ぶんかいまわりのひとはそういうひとばっかりあつまります。ボランティアのひとなんかひともいません。だから、それだけがすべてだったらこころわらないのです、いつもこころにそれがいてきます。べつこころえるのはむずかしいのです。

 このまわりにさんこうになるものがたくさんって、どれでもえらんでゆけます。だからべんきょうのためには、このいちばんしあわせなしょです。いものをえらんでゆけるようになったら、そしてそれをけるおいのりがるようになったら、さいこうになります。

-ありがとうございます-
 にくたいは、さわって、れてみて、あじわうためにあるのですか。

ありがとうございます:
 それもだいです。

-ありがとうございます-
 あのでは、じっかんへんもなくつまらない、ともえますか。

ありがとうございます:
 あのでもみんなじっかんがあります、ただ、かんかたすこちがいます。

-ありがとうございます-
 せんそうなどマイナスばんぐみしているひとを、わたくしたちは、「る」だけでいいのですか。

ありがとうございます:
 こころゆうにするのがだいです、だから、どのばんぐみでもえらべるゆうさがひつようです。そうして、いまちょうわせてばんぐみを、しっかりとあじわえばいいのです。

-ありがとうございます-
 しずかにれいせいことひつようだということですか。

ありがとうございます:
 ほんとうぶんは、かみさまといったいげんげんしあわせそのもので、ばんぐみなかはまんではいません。

-ありがとうございます-
 わたくしからたら、そういうひとたち(マイナスの姿すがたあらわしているひと)は、わたくしたちになにかをかせるためせいしゃともえるのですか。

ありがとうございます:
 そのばんぐみて、どういうふうにプラスにてゆくのかというべんきょうにはります。どういうマイナスのばんぐみても、そのなかからなにかプラスを、しあわせを、よろこびをはっけんしなければならないのです、たからさがしをするのです。
 たかばんぐみは、ダイヤモンドばかりというかいに、はじめからいたのではあじないのです。ひくばんぐみだったら、いっのダイヤモンドをさがすのに、おおきいゴミのやまなかにひとつだけるのです。そのいっさがすのに、ゴミのやまをかきけてながねんかかっていっさがし、そのいっのダイヤモンドにはがあります。
 そういうたいけんんで、たかばんぐみのダイヤモンドいっぱいのところへゆけば、いっのダイヤモンドにげんげんがあるとわかります。だから、ひくばんぐみたからさがしのしょです。


     わたくしなにりません、せんせいらないし

-ありがとうございます-
 せんせいというのではなくて、ありがとうおじさんとんだほうがいいのですか。

ありがとうございます:
 わたくしなにりません、せんせいらないし、ありがとうおじさんもりません、はぶいてもらってけっこうです。


      ごくばんぐみぜんがわかります、ただそのなか

-ありがとうございます-
 ごくばんぐみのごたいけんはありますか?

ありがとうございます:
 ごくばんぐみぜんがわかります、ただそのなかにはまりむかはべつにして、いつもています。ごくばんぐみにはまりんでくるしんでいるひとすくときは、そのなかはいってすくげないといけないのです。そういうときはそういうはたらきをします、わりにマイナスをって、おいのりをしてします。そしてたかばんぐみげていきます。いつもごくばんぐみていないと、ひとだすけもませんしけんきょにもなれません。

-ありがとうございます-
 ているときがいは、となつづけているのですか。

ありがとうございます:
 ているときはすくないですし、ているときもしきがあって、となえています。

-ありがとうございます-
 べんきょうをなさるかんがないとおもうのですが、おいのりをしているときにえる・わかるのですか。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」をとなえながら、べんきょうでも、なにもかもるのです。だから、ほんむのもはやいのです、なんまんさつわかころみました、そくどくです。ひつようなところだけしかません、ページをめくるとひつようなところがてきます、さらしょうりゃくされます。かみさまがひつようなものをあたえてくれるのであれば、ひつようなものをわかるようにしてくださるのです。


     しんとうの「」はふるいというではありません

-ありがとうございます-
 しんとうはなしかせてください

ありがとうございます:
 しんとうの「」はふるいというではありません。「」というは「じゅう」としたに「くち」なのですが、くちことです、ことえてじゅうおうじんはたらくというしんとうは「」なのです。ほんとうかみさまのはたらきはことえて、ちょうえつして、じゅうおうじんはたらいている姿すがたです。
 だから、おしえにしばられているときはまだ、ほんとうかみさまのはたらきがわかりません。おしえをちょうえつしてしまって、ほんとうかみさまのはたらきだけをみとめるのがしんとうです。だから、しんとうにはおしえはありません。かんばんてて、これがしんとうひょうごうするとしんとうでなくなります。ぶんしんとうしんこうしているとったときにはもう、しんとうしんこうしていません。

 ほんとうしんとうからすべてがまれます。いろんなおしえ、すべてのしゅうきょうおしえも、がくげいじゅつもありとあらゆるぶんしんとうからまれています。ほんとうかみさまのはたらきからまれています。しんとうとらわれがぜんぜんありません、かみさまのはたらきだけをしっかりけてゆくというゆきかたです。ゆうざいしばりがいっさいありません、それもあらたにあらたにというなおしなので、へのしばりもいっさいありません。だからしゅうきょうだけにはとらわれません、がくてきにもげいじゅつてきにもすべてをあくしてしまいます。

-ありがとうございます-
 しんとうべんきょうほうほうおしえてください。

ありがとうございます:
 いちばんいいのはかんしゃぎょうです、かんしゃしてかみさまをしっかりかんじることによってほんものをわからせてもらいます。しゅうきょうおしえをまなんでも、かんしゃしているなかからほんものいだせます。おしえからはいっていくととらわれてしばられて、どれがただしいかわからなくなります。でも、かんしゃからはいると、どのおしえをんでもこれがただしいだとわかってきます。そとからまなぶのではなく、なかからわかったぶんてきて、このおしえはこれをこうとしているというのがけるようになります。そうするとすべてのおしえがわかってきます。かんしゃからはいるのがいいのです、かみさまから、なかから、おしえてもらうというのがだいです。


      ことしばりというのはあるではこわいのです

-ありがとうございます-
 げんまいでなければだめ、ぞんりょうちゃくしょくりょうはだめ、のうやくはだめ、そんなこだわりはすくなくなってきましたが、ものをどのようにべればいいのでしょうか?

ありがとうございます:
 ことしばりというのはあるではこわいのです、みんなことしばられてしまっています。ことしばりに使つかうのではなく、ぶんゆうざいかいほうするほう使つかえばいいのです。だからまず「なにべてもだいじょう」だと、きゅうじんならきゅうなにべてもだいじょうです。
 これをほんじんなら、ほんのものでないといけないとげんていします、ちいさくげんていしてしまいます。あるいきひとだったら、そのいきのものしかべられなくなります、ますますぶんちいさくしばります。そういうことはことしばりになっているだけです。きゅうじんならきゅうにあるものはなにべてもだいじょうちゅうじんならちゅうのどこからってきてもだいじょう

 みんなことしばりです。のうやく使つかっているとかとらわれてくると、のうやくのかかったものをべられなくなります。でも、ぶんしょくぜんがるものはぜんかみさまからのいただものだとおもえば、ぶんまえあらわれるものはぜんがいいものばかりになります。「ありがとうございます」とかんしゃしながら、ひつようなものをあたえてもらって、なにべてもだいじょうというのがいいのです。


      かみさまは、おおきいはたらきをさせてわらせたい、と

-ありがとうございます-
 いろんなかたがありますが、かみさまがのぞかたとはどんなものですか?

ありがとうございます:
 かみさまは、おおきいはたらきをさせてわらせたい、というのがのぞみです。キリストのように、じゅうにかかって、じんるいのマイナスをってはたらきをして、あのもどっていくというのもいいのです。ろうのようにせん(しげせん)というのですが、やくぎょうしゃさんもそうですが、にくたいけむりのようにしてあのへいってしまうのもいいのです。それもゆうざいに。
 このひとにとったら、あのしゃっきんさないほうがいいのです。そういうだったら、びょうをしていたみでくるしんであるていしゃっきんがえしをませて、あのへいったほうがいいばんぐみもどってきます。
 どんなマイナスもマイナスになりません。このでのおおきいしゃっきんがえし、またみんなのためのしゃっきんがえしもあります、そうするとみんなもしあわせになっていけるというで、マイナスをぜんおおきいプラスのはたらきとていくのがだいなのです。


     ほんという「もとくに」というも、こと 

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」ということが、ほんにあることのやくわりおしえてください

ありがとうございます:
 ほんという「もとくに」というも、ことからも、かみさまのこんげんからちゅうしんとしてしゅっぱつしています。そこからかいひろがるというで、ほんわればかいわるというおおきいがあります。
 また、ほんれっとうかいたいりくしゅくのように、そうけい姿すがたをとっています。また、ほんにはかいぶんぜんはいってきます、ぜんはいってきてそれをきゅうしゅうしてしまうかたちで、ってひとつになります。がいこくはばらばらでかたよります、そういうではほんかい調ちょうさせるはたらきをします。調ちょうというのは、かみさまのこころおおきくあらわはたらきです、ほんものあらわし、ほんものはっしんしていくはたらきです。

 なんかいもいろんなくにまれわっているとおもいますが、ほんじんというのは、いろんなたいけんませて、さいげをするひとほんみんぞくまれてきて、いのちきょうだいというでは、あにとかあねというかたちで、かいくするはたらきをそっせんしてさせていただくやくわりです。じょうかんけいではなくやくわりとして、ほんじんがまずせきにんってかいくしてゆく使めいあたえられているのです。がたことですし、やくわりおおきいということは、せきにんおもたいということです。

-ありがとうございます-
 ほんなかにもいろんなひとがいます、それは、べんきょうかいとして、そういうひとたちがあつまっているのですか。

ありがとうございます:
 かいあらわれるまえに、ほんいろんな事<