だらだらすると真剣になれないのです
-ありがとうございます-
期間を決める基準はありますか?
ありがとうございます:
だらだらとすると真剣になれないのです。一週間なら一週間と決めて一生懸命すると、神さまとの約束事になります。それくらい、一生懸命したらご褒美をいっぱい下さいます。そういう意味で、自分の気持ちとして、助けを受け易くなります。本当は消すぐらいで喜んでは駄目ですが、本当はもっと大きい神さまのプレゼントを受けるためのお祈りなのですが、練習としては、そんな事を見せて貰ったらどんどん感謝がし易くなります。最初の練習のひとつとして、期間を決めて、しっかり「ありがとうございます」と唱えて消して貰えばいいのです。
-ありがとうございます-
いっぱい病気がある場合は、今週はこの病気、来週はこの病気としていいですか?
ありがとうございます:
別にいっぱいあってもまとめて消えますから、ただこの病気の為と祈らなくてもいいのです。
-ありがとうございます-
絶対に消すと思って感謝する方がいいのか、それとも気にせず感謝する方がいいですか?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」には無限健康だけしかありません、無限健康を受け入れると病気はないのです、置き換えて貰うのです。
-ありがとうございます-
消えたら「ありがとうございました」になるのですか?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」です。「す」は永遠に守り続けて貰うのです。「た」は一瞬への感謝です。過去現在未来のすべてに神さまの守りを受けている方がいいのです。感謝は過去現在未来すべてに働きます、過去のマイナスも消すし、未来に出て来るマイナスも先に消してくれます。だから「ありがとうございます」がいいのです。
今すでに与えられている事に気付いてするお礼
-ありがとうございます-
これから神さまに繋がろうとする感謝より、既に神さまから無限に頂いているお礼の感謝の方がいいですか?この他に感謝の種類がありますか?
ありがとうございます:
沢山あります。今すでに与えられている事に気付いてする、お礼の感謝もあります。もっともっと深く、神さまの中に飛び込んでゆく感謝もあります。本当に神さまと一体化して、何時も神さまと共に生かされて生きている感じの感謝もあります。幾通りも段階があります。「ありがとうございます」と唱えるだけで今の自分に必要な助けをどんどん的確に与えて貰えます。自然に変化していいのです。
ひらがなの方がいいのです。漢字だと意味が限定
-ありがとうございます-
年賀状や手紙には「ありがとうございます」と「有り難う」どちらを書いた方がいいですか?
ありがとうございます:
ひらがなの方がいいのです、漢字だと意味が限定されます。
古神道と神道は全然違い、古神道は教えに出
-ありがとうございます-
(不明)
ありがとうございます:
古神道と神道は全然違い、古神道は教えに出て来ません。ひとつの教えとして出した時は古神道でなくなります、これが古神道の教えと表号する教えは偽物です。古神道は本当の神さまの働きだけです。だから私は古神道を勉強していますと言っても、そう言うともう駄目です。これが古神道と言ったら、もう古神道ではなくなっています。
本当の古神道は神さまの一瞬一瞬の新たな働きです、宇宙創造の働きでもあります。だから、過去を掴む事は出来ません。「こうだった」と掴めないのです、常に新しいものが古神道です。その中にすべてが含まれて来ます、神道も他のも全部です。宗教、科学、芸術、ありとあらゆる分野全部が古神道の中から生まれ出て来ています。
この世は皆古い物です。どれだけ神さまの本当の働きをしっかりと、受け直してゆくかが大切です、新しいものに近いほど本物に近いのです。この世の色んな宗教のあり方も、新しいものにどれだけ近づくかです。
それを一瞬でも過去として掴んだとたんに汚れてゆき、新しいものを受け損なったらどんどん古くなります。常に新しく受け直して、掴まない方がいいのです。そうすれば、どんなものも本物に近くなって、いい姿を取り続けます。どうしてもこの世のものは本物と離れてゆきます、どんなに素晴らしいものでも大した事が無いのです。本物はもっともっと新しく輝いています。どんな宗教も本物から比べたら何の価値も無いのです。どんなに素晴らしい悟った人でも、本当の神さまと比較したらゼロ以下です。人を中心にしても、教えを中心にしても無駄な事です。
常に本物へ本物へ心を向けてゆくのがいいから、それで、「ありがとうございます」と神さまの中に溶け入ろうとするのです。新しく新しく受け直す方が大事です。みんな古神道に戻ってゆき、本当の神さまに戻ってゆきます。
その戻り方は、教えで縛るやり方では駄目です。教えとか人の一切の縛りから自由になって、本物の神さまの中へ全託してゆくのがいいのです。だから「ありがとうございます」が一番いいのです。他は必要ないと思います。
「ありがとうございます」が本当の神さま
-ありがとうございます-
無限の無限の大神さまの名前はないのですか?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」が本当の神さまの名前です。すべての働きを中に持っている名前です。古神道という教えを説こうとして、古事記の中にいっぱい神さまの名前が出て来ます。これをひとつにまとめないと、本当の神さまの働きになりません、ばらばらではいけないのです。すべての神さまの名前をひとつにまとめ上げる名前が必要です、「ありがとうございます」ですべての神さまをまとめて仕舞います。本当の神さまの名前が「ありがとうございます」になります。他の名前は部分的な名前です、だから、「ありがとうございます」だけでいいのです、すべてに通じます。
-ありがとうございます-
でも、色んな言い方をします。
ありがとうございます:
そうです、色んな名前を全部使うのもいいのですが、無限に近い名前を使うのは大変です、一通り唱え終わるのに長い年月がかかります。ひとつ頼み事をしようとしても、何億年も先になってしまいます。「ありがとうございます」は一瞬に、全部に通用します。
-ありがとうございます-
神さまと仏に違いがありますか?
ありがとうございます:
同じものを仏と言い、神と言います。どっちでも良いという意味で「神仏」と言葉を使います。仏でもいいですし、神でもいいのです、本物はひとつなのだという意味です。区別は要りません、本物を指し示す言葉はいっぱいあっていいのです、言葉の指し示す指の違いだけです。
-ありがとうございます-
「Thank you 」「God」より「ありがとうございます」「神」の方がいいですか?
ありがとうございます:
やっぱり、「Thank you very much ありがとうございます」がいいのです、世界共通語がいいのです。そして、「God」より共通語の「神」の方がいいのです。神という言葉は神さまの働き全部を指し示しています。
絶対を表す隠り身の働き、創造を表す仮凝り身の働き、統一を表す輝り身の働き、神通自在を表す翔けり身の働き、愛の心で限定して色んな物を物質化する限り身の働きがあります。五つの働きが全部あります。
「God」は言葉の働きだけです、神さまは言霊として働きますが、「God」だけではそれを細かく詳しく説いていません。本当の神さまを指し示す言葉としては「神」が最高の世界共通語です。だからいい物はどうぞお使い下さいと世界に広めましょう。「ありがとうございます」と「神」はいい言葉です。
本当にそうです、無限の無限分の一です。宇
-ありがとうございます-
守護神さまは本物の神さまと比べたら小さいものなのですか?
ありがとうございます:
本当にそうです、無限の無限分の一です。宇宙の大神さまの自分を護る専属の働きと思えばいいのです。本当は宇宙の大神さまなのです、自分専属の守り神です。
-ありがとうございます-
みんな違う守護神さまが付いているのですか?
ありがとうございます:
全部違わないと可笑しいのです。一人で沢山では、本当に守っているのか分かりません。だから自分専属と捉えた方が、自分をしっかり守って貰っていると思い易いのです。
-ありがとうございます-
守護霊さまはご先祖さまの中から選ばれて、自分を守ってくれているのですか?
ありがとうございます:
この世に生まれた先祖とは限りません、この世に生まれて来ていない先祖はたくさん居ます。神さまという、一番奥の根源から命が分かれて来て、末端として自分があったら、奥の働きのすべてが先祖になります。もっと大きい自由な意味で捉えた方がいいのです。
-ありがとうございます-
守護神さまは守護霊さまとは別ですか?
ありがとうございます:
守護神さまはもうひとつ奥の光の大きい束と思った方が、そこから分かれて色んな守護霊さまの働きがいっぱい出ていると思った方がいいのです。
-ありがとうございます-
守護霊さまと守護神さまで意見が違う事はないのですか?
ありがとうございます:
違う事はありません。一番奥からすうっと流れて来たら、宇宙の大神さまの御心が全部に伝わるだけです。もし下の方が我を出したら我を出した方が間違っています。
他から声が聞こえて来て指図される方がいいですか
-ありがとうございます-
神さまのメッセージを聞く方法はありますか?
ありがとうございます:
他から声が聞こえて来て、指図される方がいいですか? 自分の中からすっと湧き出て来て、自分の考えとしてすっと気付くように出て来るのがいいか? 本当は一体化して出て来てくれる方がいいのです。別々に出て来るといくら良いことを教えて貰っても実行出来ません、すっと実行させてくれるのが本物で、力を添えて実行させて貰ったら本物です。だから一体化して出て来てくれる方がいいのです。
「ありがとうございます」の中で必要なものがすうっと自然に無理なく出て来るのがいいのです。今の自分にとって必要なものだけでいいのです、幼稚園児が必要な教えを受けるなら、幼稚園児なりの必要な教えで良く、そこに大学教授が来ても無駄です。自分の向上の段階に応じて、必要なだけ与え続けて貰ったらいいのです、その方が自由で楽しいのです。「ありがとうございます」で必要なものは的確に与え続けて貰えます。
います。皆さんお祈りが深いし、朝早く起きて
-ありがとうございます-
今日、星を見ていたら、UFOらしき物を見ました。光輝いていて赤色やら青色を放っていました。UFOは本当にあるのですか?
ありがとうございます:
います。皆さんお祈りが深いし、朝早く起きて星空に感謝していたら、UFOさんもびっくりです。それで何かご褒美を見せようと思って、ちょっと物質化して光り輝く姿を取っていたのでしょう。
-ありがとうございます-
私が見た物は本当にUFOですか?
ありがとうございます:
それが本当のUFOと言うわけではないのです、UFOを物質化して色んな姿を見せてくれます。本当のUFOはもうひとつ上の次元にあり、ここに宇宙人がUFOとして表れて見守って助けてくれている意味で見せてくれています。「ありがとうございます」と感謝していたらUFOからも、宇宙人からも、大きい助けを受けられます。必要だったら色々な姿ですっと出て来ます。光輝いて出て来る時もUFO雲として出て来る時もあります。
神で最高の言葉です。ちょっと丁寧に「さま」
-ありがとうございます-
神さまを神と呼んで失礼ですか?
ありがとうございます:
神で最高の言葉です。ちょっと丁寧に「さま」を付けているだけで、どちらでもいいのです。神さまは「さま」を付けなさいと言いません。神そのものに大きい響きがあるのです。
-ありがとうございます-
神と言う言葉にも「ありがとうございます」と同じような言霊の働きがありますか?
ありがとうございます:
あります。神と「ありがとうございます」は同じような響きがあります。
-ありがとうございます-
全体と自分、神と自分、と見る事は正しいですか?
ありがとうございます:
常に神さまと自分の一対一の関係と見たら、神さまが全体で、自分がそれ以下と受けるだけです。・・・・・・<猫横断中・・・・・>本当はみんな通じ合っています。今人間でも色んな生まれ変わりを体験して、宇宙全体が自分、奥の本体の自分があり、全部の事が分かります。「これしか分からない」が自己限定です。みんな神さまとひとつに繋がってお互い分かり合えます。
本当は逆かも知れません。みんなひとつで一
-ありがとうございます-
元々地球にはひとつの言語しかなかったと聞きます。でも現在では世界中で様々な言語が使われています。ひとつの言語だけならもっと世界中の人が分かり合えると思います。神さまはなぜ多くの言語を作ったのですか?
ありがとうございます:
本当は逆かも知れません。みんなひとつで一体化して分かり合えているから、枝葉に分かれたと思います。枝葉の表現は、一人一人個性があって自由自在に表れて来ます。同じ表現は二つと無く、みんな違っていいのです。元はひとつです、そこから枝分かれして色んな花が花開くように開いてゆきます。だから、ひとつひとつの花が全部違いますし、違わないとおかしいのです。枝葉に分かれた言葉は表れては消えてゆきます。
枝葉で分かり合おうではなく、分かっているから枝葉の表現をとって消えてゆきます。みんな奥を忘れています、みんな一体で本当に分かり合っている事を忘れるから、表面だけ繋げて分かり合おうとしますが、表面でくっつける必要は無いのです。折角枝分かれして美しく開いているのを、ひとつにまとめる必要は無いのです。奥でひとつにまとまって、そこから花開くようにすうっと開いて来ます。後は自然に花開いた物をさっと手放せばいいのです、一瞬一瞬新しく生まれ出ては開いて出てゆく、そして消えてゆき、置き換わります。分かっているからどんな言葉を使ってもいいのです。
-ありがとうございます-
海外に行って日本語が通じたらいいなと思います。
ありがとうございます:
「ありがとうございます」の感謝の心はすべてに通じます。
神さまの心と一致していると、必要なものが一番
-ありがとうございます-
感謝していたら必要なものは与えられるのなら、自分の好みを持たない方がいいですか?
ありがとうございます:
神さまの心と一致していると、必要なものが一番いいものなのです。思いの自分と感謝の自分はちょっと違います。思いの自分は必要ないものも自分の好みになりますが、感謝の自分は必要なものが自分の好みになります。ひとつのものでも思いで取り合う場合がありますが、感謝の心は絶対奪い合わないのです。一人一人に相応しいものは全部用意されているから、同じものを取り合いません。必要なものだけでバランスが良く取れ、感謝していると上手くゆきます。
縛りからどんどん開放されて来たら柔軟な心に
-ありがとうございます-
しなければならないこだわりの心は、感謝を続けていたら柔軟な心に変わりますか?
ありがとうございます:
なります。縛りからどんどん開放されて来たら柔軟な心に変わります。「ありがとうございます」ですべて神さまに働いて「して貰う」のです。神さまは必要な事をすっと自分を使ってしてくれて、無駄がなくなって来ます。無駄な動きがない方が、時間が節約出来ます。
-ありがとうございます-
無駄な動きは自分で分かってなくてして仕舞います。
ありがとうございます:
思いの自分は自然に無駄な動きをして仕舞いますが、感謝の自分は無駄が消えてゆきます。神さまの知恵に導かれたら全部上手くゆくようになります。
この世に生まれて立派な行いをされた弘法大師さま
-ありがとうございます-
弘法大師を拝んでいる人から、一緒に拝もうと誘われて断り続けていますが、ちょっと困っています。
ありがとうございます:
この世に生まれて立派な行いをされた弘法大師さまも、宇宙の大神さまから比べたらゼロ以下です。そんなのに囚われて縛られる必要はありません。もっといいものが無限にありますから、そのくらい自由な心で、すべてからプラスを吸収すればいいのです。それしか無いと思ったら縛られて仕舞います。
弘法大師さまは素晴らしいと思うのはいいですが、それしか無いと思うと、無限にいっぱい素晴らしいものがあるのに気付かなくなります。そっちの方が本当の神さまに対して申し訳ないのです。だから、そういう心の縛りはない方がいいのです、それを馬鹿にして駄目だと言うのではなく、もっといい物がいっぱいあって、尚且つそれも素晴らしいなという方がいいのです。
親子関係は色んな意味で有り難い勉強が出来ます
-ありがとうございます-
親との確執も心の縛りから来ますか?感謝していたら消えますか?
ありがとうございます:
親子関係は色んな意味で有り難い勉強が出来ます。親を見る時は自分の前生の姿と見た方がいいのです。過去が分かると、今の自分も分かり未来の予測も付き易いのです。自分もどんな方向付けしたらいいか分かり易いのです。
親の姿を自分の過去生の姿、前生の姿と見ると、反省する点は反省して伸ばす点は伸ばしてと、道を選び易くなります。マイナスの姿をとっていたら、前生の自分にマイナスがあったのです。それを自分はどのように変えてゆくかがこの世の役割です。マイナスをプラスに置き換えます。マイナスを掴んで仕舞うと同じ事を繰り返して仕舞います。だから、プラスの言葉に置き換えて、プラスを神さまから受け直して、マイナスを消して貰って、プラスを伸ばせばいいのです。自分を早く立派に変えてゆけます。無関係ではありません、深い縁があります。
逆に言うと、親が自分のマイナスを背負って、見せてくれていると思ってもいいのです。親だから愛が深いから、身代わりに自分の過去のマイナスを、背負ってくれていると見ると、有り難いなと思えます。マイナスを背負っているその負担を、早く軽くしてあげようと思ったら、一生懸命頑張れます。親はマイナスでは無く、自分のマイナスを背負ってくれている大恩人です。それで感謝して恩返ししようと思います。だから、色んな意味の勉強が沢山出来ます。
鳥もピンからキリまであります。鳥だけが嘘を
-ありがとうございます-
沖縄に鳥の声が全部分かると言っている方が居ます。人間は嘘をつくから言っている事が本当か分からないが、鳥は嘘をつかないから、何を言っているか直ぐ分かると言います。人間の嘘は想念から出て来るのですか?
ありがとうございます:
鳥もピンからキリまであります。鳥だけが嘘をつかない訳でもないのです。上手に嘘をつくかも知れませんし、低い段階の番組の鳥は嘘をつきっぱなしかも知れません。人間も正直な人も多いし、嘘をつく人も居ます。色々あってすべてそろっています。実際鳥も嘘をつきます。鳥の世界でも低い番組は騙し合い、奪い合いなのです。高い番組の鳥、動物は本当に助け合いです。
そういう意味で、この世の鳥で嘘をつかない鳥がいるというのは素晴らしいのですが、人間は能力が高いから、これが本当か嘘か見抜く能力を試されているのかも知れません。
-ありがとうございます-
神さまが認める嘘もありますか?
ありがとうございます:
嘘も方便と言います。人を幸せに生かす嘘はいくらついてもいいのです。人を傷つける嘘は良くありません。馬鹿正直がいい訳ではないのです、相手を生かす為だったら方便の嘘はつかないといけない場合も多いです。そんな嘘を自由につける人間の方が鳥よりも素晴らしいのです。人を傷付ける嘘は番組が低く、高い番組の嘘は幾らついてもいいのです。
-ありがとうございます-
自分自信への嘘はどうですか? 感謝の心が無いのに感謝する事は嘘をついていますか?
ありがとうございます:
違います。本当の自分に対しては嘘をついていないのです。表面の自分に対しては嘘に思えるかも知れませんが、まだ気付いていないだけです、本体の自分は全部気付いているのです。有り難いばっかり、無限の無限の有り難いでいっぱいが本体の自分です。「ありがとうございます」が一番正直で素直な生き方です。表面の小さい自分は与えて貰っている事に気付かないから、嘘でも「ありがとうございます」を言いなさいというのは、気付かせる意味の方便の嘘です。そしたら段々気付いて来て、そして本物になります。
-ありがとうございます-
仕事での表面上の「ありがとうございます」もいいですか?
ありがとうございます:
それもいいのです。本体から見たら大きい光のプレゼントだから、与えなさい、与えなさい・いっぱい言いなさいなのです。
本体の自分が自由自在にその時の役割に応じて
-ありがとうございます-
理想的な人間の性格を教えて下さい。
ありがとうございます:
本体の自分が自由自在に、その時の役割に応じて、色んな個性を発揮するのがいいのです。人真似は要りません。人真似をすると無駄なものが二つ三つと出て来ます。同じものは要りません、全部違う役割を表現しないといけません。人真似ではなく、自然に自分の中の個性が自然に必要に応じて出て来るのが大事です。
-ありがとうございます-
回りから受け入れられない個性でも、本体の自分の個性ならいいですか?
ありがとうございます:
そうではありません。本体の自分にはプラスばっかりの個性があります。マイナスは癖です。個性が表れたら癖が消え、いいものだけに置き換わってゆきます。(途中不明)本当の個性が表れて来たらいつもニコニコ笑顔です。そのニコニコが一人一人違うのです
ありがとうございます