真祈り文庫-2001年11月24日 No.4
私は、十代の頃に痛みの練習をさせて貰いました
-ありがとうございます-
先生の痛みに対する考え方を教えて下さい。
ありがとうございます:
私は、十代の頃に痛みの練習をさせて貰いました。ある時は胃痙攣が一年続いて、頭ががんがん割れるのが一年、両方ぴたっと一年です。何で?と思っていました。痛みは他の事に心を集中して何か一生懸命やっていると、痛みがあっても気にならなくなります。絶対する必要がある仕事を持っている方がいいのです。痛みは気にせず一生懸命に、何か打ち込んでみると軽くなります。痛みを忘れます、痛んでいるけれど、そこへ気持ちが向かなくなります。他の事へ心を集中すればいいのです、痛みから心を逸らしてしまいます。これもお祈りの練習のひとつです。
マイナスの波からプラスの波へ変える時も同じです。初めはどうしてもマイナスに心が向きます。それを、プラスに心を向き変える練習は、マイナスと取り組んでいると出来ません。徹底してプラスへプラスへ心を向けきる事が出来れば、マイナスを感じなくなります。そしてプラスに波長がぴたっと合います。だから、痛みは楽しい事に心を向ければ直ぐ楽になります。
-ありがとうございます-
それは感の転換ですか?
ありがとうございます:
感の転換でもあります。思いをプラスの感謝に向けたらいいのです。普通痛みは思いの姿です、七難八苦の思いが痛みになって消えてゆくのです。思いを掴んでいると(痛みを)掴み易いのです。感謝の方に切り替えたら、思いが消されてゆくと軽くなります。何かに一生懸命に打ち込んでいる時は、感謝の生き方になります、「真剣に全力を尽くして」というのは感謝の生き方です。だから、思いが消されて軽く済みますし、余り掴まなくなります。
普通みんなお金に換算して考え過ぎるのです
-ありがとうございます-
日本の農業政策で米の減反、政府ガードの椎茸、ねぎ、いぐさ、で問題が起こっています。私は熊本の八代でいぐさが一番の問題です。対処法はないですか?
ありがとうございます:
普通みんなお金に換算して考え過ぎるのです。本当は必要なものは神さまから頂く気持ちで感謝をしていたらいいのです。お金に換算すると、「これだけ働いているのに、貰える額が少ない」となります。
お金は絶対価値ではないのです。同じ労力を使って働いて手に入れた物がある場合、絶対同じ価値があります。ただ金額が違う場合は、少ない方が本当は得をし、金額が大きくなった時は借りになります。
外国で安い米を作って、日本では高い米を作ります、本当は安い米の方がいいのです。日本の賃金が上がり過ぎていて、上がった分は不労所得になり、ある意味、他からの借りが殖えている感じです、結局日本人は大損しているのです。借金を積み重ねている事になのです。
最高理想の姿は、無償の奉仕活動です。ただで働いて、ただで貰うのがいいのです。働いて得た物は必ず同じ分を与えて貰えます。日本人が昔のように安いお給料で奉仕の心でしっかり働いて、働きを大きくすればするほど、日本人全体は幸せいっぱいになります。労働時間を減らして、働きを少なくして、お給料だけ上げて来ると、結局借金を積み重ねている姿です。
日本で楽してお金を稼いで、外国から安い物を買ったら得したと思いますが、違います。全部借りになり、後で清算する必要があります。どれだけ人を幸せにする働きを、意識的に、沢山してゆくかが大事です。お百姓さんもお金の金額に余りこだわらずに、いい物をどんどん作って、人の為にどんどん配ればいいです。配った分は同じ量が返って来ます、尽した働きに見合った分が必ず与え返されて来ます。与え合いのプラスの循環が多くなればいいと思います。本当はお金には換算しない方がいいのです、そうしたら、すべて問題は解決してゆきます。良いものをどんどん与え尽くせばいいのです、そうしたら、みんなからも良いものを与え返されて満たされた状態になります。
-ありがとうございます-
それまで持ち堪えられない人が、かなり大勢いると思います。日本の歪み(賃金が高い)を調整する必要があると思います。それを、将来日本は出来ますか?
ありがとうございます:
奉仕(ボランティア)で働かないと元に戻りません。お金に換算している間は駄目です、神さまの世界にお金は無いのです。奉仕の心でお互いに必要な物を与え尽くすだけが、本当の理想の姿です。本当に人を信じるなら家族のようなものです、家族はお金を取り合いません。本当に大事な親戚同士ではお互いに無償で与え合います。本当の助け合いになります。
だから、これからは人を信じないといけません。信じられる人をどんどん増やせば、助け合いの輪がどんどん広がって、お金なんて相手にしないで、本当に必要な物を与え尽くし合うようになってゆきます。お金を儲けようとし過ぎる為に、無駄に競争し過ぎるのです、物でも作り過ぎです。(現在は)必要な物を人に提供したいというわけでは無いのです。本当に必要な物を安く提供したいなら、自動車会社でも、皆でいい知恵を出し合って最高の車を、一車種だけ、必要な台数を作ればいいと思います。本当に無駄が無いし修理もし易いです。理想的な姿になり易いのです。
信じ合う人の輪を広げればいいのです、その自主的な助け合いをどんどんしてゆけば、その内にお金なんかはなくなります。
神道だから神になるのでもなく、仏教徒だから仏
-ありがとうございます-
人間は死んだ後、仏や神になるのですか?
ありがとうございます:
神道だから神になるのでもなく、仏教徒だから仏になるのでもないのです。元々皆神だから神になります。仏はすべての縛りが解て自由自在になった、すべての神さまを指しています。宗教によって同じものを指しているのに、使う言葉が全部違います。この世から亡くなってこの世の縛りから抜けて、あの世の自由な世界に行っただけで、仏というのですが、本当の意味の仏は、すべての縛りから自由になった悟った人を仏と言います。
元々本体の自分、神なる自分は自由自在な仏と同じです。この世から抜け出てあの世に行ったら、その人の心境に応じた番組に移ります。この世より縛りの多い番組に入る人も居ます。もっと自由な世界にゆく人も居ます。
-ありがとうございます-
死後ゆく所はどのように決まりますか?生前の行いですか?
ありがとうございます:
行いよりも、その人の心の状態によります、心にどんな思いがあるかです。マイナスの思いが多い人は下の方へ落ちてゆきます。思いは言葉によって出来ます、思いの中核になるのが言葉です。プラスの言葉をたくさん使う人は、プラスの思いになります。それで番組が上へ上へ上がります。マイナスの言葉は思いがマイナスになり、番組が下がります。ただ現実がマイナスいっぱいでも、プラスの言葉をたくさん使う方がいいのです。自分の心はプラスにプラスにです。そうすると、番組がどんどん上がって、いい世界を見てゆけます。その中で一番いいのが「ありがとうございます」という言葉です。最高の言葉が「ありがとうございます」です。そしたら番組をどんどん上げて貰えます。
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」の意味は?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」は宇宙の大神さまの、究極の名前です、神さまの働きを全部の中に持っている言葉です。神さまの働き、徳性、すべてを中に持っている言葉です。それも無限の無限の何々の言葉で中に持っています。「ありがとうございます」の言葉の中にです。幸せだったら「無限の無限の幸せ」が中にあります。すべての要素を中に持っている言葉です。たくさんあります。
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」と唱えたら、神さまが助けてくれると考えていいのですか?
ありがとうございます:
自分が「ありがとうございます」と唱えると、神さまに心を向けている状態です。自然に太陽を見るような見方になって、神さまを見るのです。神さまの方から光がいっぱい降って、自分の中に入り込みます。両方から近づいている感じです。
-ありがとうございます-
前総理が神の国と発言して批判を受けました。私は天皇制が有りますので、神の国でもいいと思います。先生はどのように考えますか?
ありがとうございます:
本当の神の国は、もっともっと高い次元の世界の話しです。
-ありがとうございます-
世界の国旗には星、月、剣、と色々あります。日本の国旗は太陽が真中にあります。それに特別意味がありますか?
ありがとうございます:
太陽で象徴される心は無限に明るい、暖かいとかあります。日本の心を象徴的に表していると思います。日の丸の国旗を、日本の国だけの物として限定するのは、余りいいことではないと思います。
地球が本当に理想的な姿になるなら、地球の国旗でもいいと思います。いい物は皆に提供すればいいと思います。最初、日本人は太陽のような心を生きますという意味で、そういう人が集まっていますという意味ではいと思います。地球の人が同じように太陽の心をしっかり出来るようになったら、世界の人の国旗でいいと思います。
神さまのプレゼントは皆に平等に与えられています。だから自分だけの物として掴んでは駄目です。いい物はどうぞどうぞとお互いに与え合う方がいいのです。日本、日の本と言う意味でも根源から表れた本当の素晴らしい物なのでしょうが、島国日本ではないのです。
入って来ます。与え尽くす心は神さまの心とひ
-ありがとうございます-
無償で与え、無償で頂く事は本当に大事だと思います。情報の交換も凄く大事だと思います。例えばメールで情報を与える場合、直接自分には返って来る物はありませんが、そうしていると自然に必要な物は与えられますか?
ありがとうございます:
入って来ます。与え尽くす心は神さまの心とひとつになります。与えたら与えただけ神さまの方から、それを補充する意味で、自分の中から湧き上がるように出て来ます、神さまから補充してもらえるのです。アイデアでも無償で与えたら与えた分だけ、アイデアが湧き上がって来ます、神さまの方からいいものが与え返されて来ます。人と人の間でも、いいもの与えて直ぐに返って来なくても、必ず相手に力が付いて恩返しの意味で与え返されます。だから、縦と横のプラスの交流が起こります。
だから、与え尽くす心は大事です。それをお金に換えるとか、求める心を起こすと、神さまは与える心だから、神さまとの交流がストップします。求める心と与える心では波長が合わなくなります。
呼吸と同じで、受けたものは吐き出す必要があります。求める心は吸うばっかりで、それ以上入りません。人と人でも求める心の交流はマイナスになり、お互い疑心暗鬼の心でちょっとでも多く取ろうとしますから、マイナスが目に付いてきます。与える心でしっかり生きる方が神さまからの応援(縦)も多いし、人と人の交流(横)でもプラスの交流が起こり必ず皆が幸せになります。
-ありがとうございます-
普通の人は何をしたいか迷っています。メールで情報を与えるだけでも、必要なものは与えられる事を友人などに伝えたいです。
ありがとうございます:
みんな本当は物よりも、心がプラスになる情報が欲しいのです、本当の幸せはそうです。必要な物は限界があります、ちょっとだけでいいのです。食べ物でも満腹するだけ食べたらそれで終わりです。でも、心を豊かにする情報は無限にあっていいのです、それだけ幸せが大きくなります。
-ありがとうございます-
伝えるものは自分が喜べるものを伝える事が大事ですか?それが一番相手に伝わりますか?
ありがとうございます:
そうです。情報の交換、与え合いは最高です。
感謝する事によって、心が神さまの方へ向き
-ありがとうございます-
志、目標、目的、理想は考え方によっては求める心になると思います。それを現実化する為の生き方と、感謝に生きる事との関係を教えて下さい。
ありがとうございます:
感謝する事によって、心が神さまの方へ向きます、そして、神さまから必要なものを受け取れます。神さまから受けたものを持って、初めて与える生き方が出来ます。色んなアイデアでも神さまから降って来るように与えて貰い、色んな発明、発見が出来ます。それを持っている人が世の中に与え尽くせます。
幸せは神さまから受けています、幸せな人は回りに幸せを振り撒けます。まず神さまから与えてもらったものを、沢山持つ必要があります。沢山持っている人が、与え尽くす量を殖やしてゆけます。求める心は、この世に自分の立場を置き過ぎています。何もない状態に、不足の状態へ自分を置いていますから、求める心になります。求める心では探し回るばかりで、与えられません。
感謝の心はまず神さまの中に飛び込んで、神さまからすべての必要なものを受け直そうとしています。神さまも与えたいので一生懸命与えようとします。善いものをいっぱい心に感じ取って、それを生かす事によって、現実にいい物がいっぱい生まれて来ます。自分を神さまの側へ戻して、与え尽くす生き方をとる事によって、神さまの理想がこの世に現実化します。すべての分野でそうです。
-ありがとうございます-
大きな事を一度に求めるのではなく、目の前にある小さな幸せを受け続けると考えた方がいいですか?
ありがとうございます:
必要なものは既に与えられています。感謝に生きる事によって、それに気付いてゆけます。気付く事によって、それが本当に自分のものになります。神さまは、先を先を見通して必要なものを前もって与えて来ます。それを受け取るだけが大事です。
感謝に生きてそれを受けて、それを自分の器に入れるのです。それを与え尽くしてゆく事によって、自分の器が大きくなります。そして循環する量がどんどん殖えてゆきます。自分が大きくなり、人も幸せを大きく受けてゆけます。プラスの循環がどんどん大きくなってスピード化する事が大事です。最高理想の世界は、与え尽くす量も多いですし、スピードも速いのです、それで自分の中を沢山の素晴らしい物が早く流れて、それだけ自分が豊かに素晴らしく幸せになります。だから、良いものをスピード化して早く循環する・与え合うというのが大事なのです。
感謝する事によって、心が神さまの方へ向き
-ありがとうございます-
自分の意見を余り持たない方がいいですか?
ありがとうございます:
感謝する事によって、心が神さまの方へ向き、神さまの心がすっと自分の心に移って、皆に必要な幸せを与える意味の意見はいいと思います。でも、神さまから離れたらちょっとズレル可能性があります。自分がこうしたいと言っても、人の自由縛ったり、相手にとって重荷になったりします。でも、神さまの方は、一人一人に必要なものを、的確に与えようとしています。自分だけの我は出しません、一人一人に合わせて必要なものを与えようとしますから、一律に平等には与えません。一人一人に合わせて、必要なだけです。そういう働きが自然に出て来るならいいと思います。
必要に応じて両方に、大きい力があります
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」と心で思う場合と、口に出す場合では、働きに違いがありますか?
ありがとうございます:
必要に応じて両方に、大きい力があります。言葉に出してこの世に色んな強い影響を与える事も出来ます。でも、心で深く祈る事によって、心の奥で神さまの大きい助けをいっぱい受ける事も出来ます。どちらも使い道によって大きい力が出てきます。
言葉と思いと行いは本当はワンセットになっています。本当は区別が難しいのです。言葉にしたら必ずそれが思いになって形に自然に出て来ます。まず言葉選びが大事です。後は、言葉に従って心が出来上がって具体的な形、行動に生まれて来ます。
もう一回感謝に戻ればいいのです
-ありがとうございます-
自分自身は自分の好きな事をしているつもりでも、恐怖心が常に付きまといます。チャンスが来ても恐怖心で一歩を踏み出せない自分が居ます。ただ感謝が足らないのでしょうか?
ありがとうございます:
感謝をしている時は思いが出なくなり、感謝する事で思いが消されてゆきます。思いが心に溜まっている状態の時は、感謝を忘れた期間が長かったのです。感謝を忘れると思いが蓄積されてゆきます。古い物が溜まってゆきます。感謝は新しい物との置き換えだから、古いものをどんどん消して貰えます。心に思いが溜まっている時は、感謝を忘れた為にそうなっています。その思いが恐怖心に変化します。色んなマイナスの現実の姿になって表れては消えてゆきます。
その、マイナスの姿を消し切って貰うには、もう一回感謝に戻ればいいのです。「ありがとうございます」と唱えるだけでいいのです。心に唱えるだけでマイナスの思いをどんどん消して貰えます。心が明るくなって自然に感謝出来るようになり、湧き上がるような感謝の状態に変えてくれます。すべてプラスプラスに受けてゆけるのです。
仮に形がマイナスでも、自分にはプラスにしか
-ありがとうございます-
感謝する事で親との問題も消えますか?
ありがとうございます:
全部消えて仕舞います。
-ありがとうございます-
感謝の心を持っていたら親に伝わりますか?
ありがとうございます:
仮に形がマイナスでも、自分にはプラスにしか受けられなくなります。形も全部プラスに置き換わってゆき、すべてが好転します。「ありがとうございます」を唱えるだけで、ちょっと練習するだけで、いい結果が出て来ます。みんな感謝に生きる事を忘れていただけです、感謝に生き始めたら、神さまの大きい助けがどんどん来て、すべてが必ず良くなります。そういうのを一回試して見るのがいいのです。色んな奇跡をいっぱい見る事が出来て、感謝する事は正しいなと判って来ます。
-ありがとうございます-
感謝する事でおおらかな人間になれますか?
ありがとうございます:
無限に無限におおらかになれます。
-ありがとうございます-
「ありがとう」と唱えていいですか?
ありがとうございます:
いいです。「ありがとうございます」の方がいいのです。「ありがとうございます」と心で唱え続けていたらいいのです。
-ありがとうございます-
人の為に何かする必要がありますか?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」を唱えることは、大きい皆へのプレゼントです。神さまの大きい働きを、一人一人にプレゼントしているのと同じになります。人の為にと思わなくてもいいのです。「ありがとうございます」を唱える事で、自分に縁ある人にまず大きいプレゼントが贈られます。神さまが自然にしてくれます。
神さまとか、宇宙の仕組みとか、大きく全体を見
-ありがとうございます-
真理を学ぶ事は「ありがとうございます」を唱える事と同じぐらい大切ですか?
ありがとうございます:
そうです。神さまとか、宇宙の仕組みとか、大きく全体を見る意味で必要です。全体の中で部分的な働きをさせて頂きますが、部分に巻き込まれると、気持ちが小さく狭く落ち込み、全体との生かし合いの交流を忘れて仕舞います。
神さまとか宇宙全体とかの大きい仕組みを考えていると、本当に宇宙全体が生かし合い助け合いの大きい交流が行われている事に気付きます。自然な生き方の中で、宇宙全体から助けて貰っています。自然に恩返しの心で、無理のない事をさせて頂く生き方に変わってゆきます。自分の働きが本当に必要な働きになって、全体に与えてゆけます。だから両方大事です。
この世の寿命は、ある程度期間を定めて貰らう必
-ありがとうございます-
ある程度、寿命は人によって決められていますか?
ありがとうございます:
この世の寿命は、ある程度期間を定めて貰らう必要があり、永遠に続くのでは努力しません。この世でないと出来ない事があり、期間を決められたら真剣になります。
ある程度の寿命は決められています。ところがその寿命が判って仕舞うと、判って仕舞った事で心が縛られて仕舞います。後一日しか無いと思うと大変です。まだ寿命があると思うと、のんびりして仕舞うかも知れません。寿命なんかわからずに今日一日充実した生き方をしっかり、させて貰う方がいいのです。
人によって寿命の長短があります。寿命が長い人は、この世の方が幸せを大きく出来るから、延ばして貰っています。寿命が短い人は、この世よりあの世に行って別の勉強をする方が早く幸せになるので、早くあの世へ戻して貰うのです。だから、全部プラスになるようになっています。この世で与えられた寿命を、本当に生かせるかが一番大事です。与えられた寿命を最高に活用出来るように、寿命がわからないのです。
亡くなってあの世に行ったら、一生を振り返っ
-ありがとうございます-
人間が死んだ時は一生を見せて貰えるのですか?
ありがとうございます:
亡くなってあの世に行ったら、一生を振り返って、勉強させて貰えます。そして自分のゆく番組の世界に導いて貰えますが、低い番組にゆく人でも直ぐにはゆきません。一応高い所を見せて貰って、ここがいいかと訊いてくれます。でも波が合わないとそこに居づらいのです。結局自分の波長に合う落ち着く番組に落ちてゆきます。
-ありがとうございます-
死んでから一生を見せられて、次の番組に行くまで時間が与えられますか?
ありがとうございます:
勉強して気付く時間は与えられます、人によって時間の感覚が変わります。その本人にとって一番いいようにしてくれます。仮に地獄に落ちるとしても、無理やりはないのです、無理矢理強制的に地獄に落とされるのではないのです。一応いい世界を見せて貰って、ここに居てもいいのだよと言われても、自分だけ地獄に落ちるようなもの持っていて、極楽世界に置かれても辛いのです。順番に世界を下げてゆき、やっぱり自分が落ち着くとこにゆきます。そこで色々勉強する事によって、色んな番組を見せて貰った事が生きて来ます。そして順番に上がってゆこうとします。神さまの方は、至れり尽くせりで、ちゃんと見守ってくれます。
-ありがとうございます-
49日とかは?
ありがとうございます:
色んな説があります、でも、余りそれに囚われない方がいいのです。日にちは一人一人違いますので、囚われる事はありません。すうっと高い世界へ上がってしまう人もありますし、日にちは関係有りません。高い世界へ上がるのに1日かかりません、でも、もっと長い期間この世にたむろしている人もあります。人によって日にちは違いますので、49日と日にちで限定する事はありません。
「神さまに与える」は、お返しする「恩返し」の
-ありがとうございます-
神さまに与える事も与える事ですか?
ありがとうございます:
「神さまに与える」は、お返しする「恩返し」の意味です。より新しいものを受け続ける為に、古いものをお返しするような与え方です。人への与え方は神さまから受けたものを与える意味です。神さまは全体だから、回りに与えるのも神さまへお返しする意味になります。
-ありがとうございます-
神さまに与えるは「ありがとうございます」と唱え感謝する事ですか?
ありがとうございます:
そうです。それが一番大事です。それが一番根本の与え方です。受ける事と同時に与える事になります。
色んな星の世界にゆくとしても、この世と同
-ありがとうございます-
生まれ変わる時、他の星にゆくと聞いたことがあります。本当ですか?
ありがとうございます:
色んな星の世界にゆくとしても、この世と同じレベルではなく、違うレベルの世界の星です。それも言葉通りその人が選んでゆきます。その人が使う言葉通りの世界が全部用意されていますから、そういう運命になります。
そんな風に言葉で限定しない方がいいのです。自分のゆく世界は、無限の幸せいっぱいの最高の世界と思えば、そんな世界にゆきます。色んな言葉に惑わされて縛られたら、そんな世界から抜け出せなくなります。言葉の縛りが一番きついのです。もっと無限に素晴らしい世界が沢山あるから、もっと言葉を自由自在に駆使していい言葉を使えばいいのです。
-ありがとうございます-
テレビ、新聞などで殺人の言葉をよく目にします。その言葉に意識を向けない方がいいと思います。どう思われますか?
ありがとうございます:
本当はそうです。お祈りをして感謝して、神さまの世界に心を向ける方がいいのです。この世もプラスへプラスへ早く変化します。
上がります。とんとん拍子で高いとこに上が
-ありがとうございます-
この世で「ありがとうございます」と感謝していたら、あの世に行って番組が上がりますか?
ありがとうございます:
上がります。とんとん拍子で高いとこに上がってゆきます。
-ありがとうございます-
人が亡くなる時、目が遠くを見るような目になりました。その時は神さまが迎えに来て安心して無の境地になって上に昇っている状態ですか?
ありがとうございます:
肉体の姿ではわからないのです。安らかに目を閉じてその世界に行っている人もいます。その逆の時もあります。表面は鬼のような形相で苦しそうな姿でも、あの世ではいい世界に上がる人もいます。魂が肉体から抜ける状況は、余り囚われない方がいいのです。
楽に死んだからいいとこに上がるとは決まっていません。苦しい目にあってあの世に行って、番組が落ちてゆくとも限りません。苦しい姿をとって大きいマイナスを消し切って、高い世界に上がる人もいます。楽に死んでマイナスを清算せずに、低い番組に落ちてゆく人もいます。
どっちにしても、プラスに思いプラスの言葉を投げかけるのがいいのです。安らかに亡くなったら、「いい世界に行けて良かったと」プラスの言葉を投げかけてあげる事が大事です。
-ありがとうございます-
それを看取る時は「ありがとうございます」と投げかけると、安らかに行かれますか?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」と、その言葉を贈るのは最高のプレゼントです。どの世界にゆくにしても更に大きいプラスを与えて貰えます。
親から子へ、子から孫へと言いますが、遺伝
-ありがとうございます-
遺伝について教えて下さい。
ありがとうございます:
親から子へ、子から孫へと言いますが、遺伝は一人一人独立しています。まずその親の元へ生まれる時に、子供は親と同じものを持って、波長が合って、生まれて来ます。親と同じものを持っているから生まれて来ます。孫も同じです。
-ありがとうございます-
親が良くて息子が悪い場合はどう考えたらいいですか?
ありがとうございます:
本人一人一人の問題です。本人が変わったら遺伝が伝わりません、先祖のせいではないのです。もし自分に同じものが無かったら、絶対にマイナスは出て来ません。マイナスを自分の代で消しきったら、絶対にマイナスの遺伝はしません。全部自分で決めて選んできめていますから、どうにでも成ります。
親がマイナスの姿をとっていても、その影響を受けない自分に成ればいいのです。もし親がマイナスを持っていても、そこへ生まれる限りは自分も、過去生でマイナスの姿を持っていたと言えます。今の自分がお祈りして感謝して、神さまにマイナスを消して貰ったら、全部消えて無くなります。親がマイナスの姿だからといって、自分がマイナスの姿を表す必要はないのです。自分さえ変わればすべては変わるのです。
-ありがとうございます-
宗教