真祈り文庫
2001年11月3日
No.1
本体の自分と魂の自分では雲泥の差がありま
-ありがとうございます-
魂と本体の違いは?
ありがとうございます:
本体の自分と魂の自分では雲泥の差があります。本体の自分は、神さまのすべてを一瞬一瞬受け直す自分です。神さまのすべては、無限に無限に輝いた最高のものです。それを、一瞬一瞬受け直している自分が本体の自分です、その本体の自分が完全な自由を与えられて、神さまの用意されてる無限の無限のチャンネルを、自由に選んで楽しんでいます。そのひとつのチャンネルの中で、配役として肉体と魂があるのです。本体の自分は、魂や肉体の自分とは全く異なり、本体の自分が無限に無限に偉大な存在です。大切なのは感謝を無限に無限に深めることで、それを掴むことです。肉体と魂は、番組のなかで配役として演じている姿です、高い番組では最高に演技をしていますし、低い番組ではそれなりに演技をしています。
本当の意味、一瞬一瞬置き換わる意味では、
-ありがとうございます-
死に方に良し悪しがありますか?
ありがとうございます:
本当の意味、一瞬一瞬置き換わる意味では、一瞬一瞬新たに生まれ変わっています。これが根本にあります。過去を掴んで連続していると見ると、この世の寿命があり、いつ死ぬかと見ます。
自殺でも色々種類があります。マイナスの苦しいことから逃れての自殺。死ぬことが分かっていて善いことのための自殺。死んでから後の世界は、その人の心の波長そのままを表します。苦しみから逃れる自殺は、苦しみから逃れる心だから、もっと苦しい所にゆきます。みんなの幸せの為に、自分を犠牲にするような生き方だと本当に愛深い、命を捨ててでも大犠牲精神の心でゆくので、すーっと高い世界にゆきます。
あの世から憑依されたり、この世の人のいろんな思いに影響されて、ふっと自殺させられる場合も、人を助けているかもしれません。だから、苦しみから逃れて自殺するより、遥かにいい所にゆきます。自殺したから悪いとは限りません、高い世界に上がる人もいます。昔の特攻隊もそうです。お国の為に、絶対に役目を果たさなければならない状況に追い込まれ、自分の命をお国の為に、大きな目的の為に捧げ尽くして、小さい自分が無く、本当の大犠牲精神を発揮していますから、必ず高い世界に上がります。その時点で一切の執着を断ち切っています。本当は一瞬一瞬、毎日毎日、自分を死にきるような生き方が大事なのです。
武士道は死ぬことと見つけたり、と言葉があります。武の字は矛を止める、争いの心を静めるのが武です。絶対愛の働きです、愛の心をしっかり身に備えた人は武士です、それを生きるのは武士道です。自我の心を完全に死にきって、自分を捧げ尽くして、一瞬一瞬に生きるのが武士道です。そうゆう死に方だと自殺とは違い、大きい自分を生かしています。
殺生という言葉があり、本当の殺生とは何か、これは一番大事な問題なのです。動物を殺すのなら判るのですが、小さい虫でも殺すのを嫌がる人もあります。本当の殺生とは神さまの命を殺すことです、神さまの命を受けないことが、大きい意味の殺生です。感謝を忘れて本心の自分を生きていないことが最大の殺生です。後はどの命を生かすかです、大きい命を生かす方が殺生の罪から免れます。虫、動物を殺すのは嫌いと思いますが、人間と虫の命を比較した場合、人間の方が万物の霊長としては大きい命を頂いています。小さい命を生かすのもいいですが、それを生かすことで人の命が奪われるなら、大きい殺生になります。
いろんな細菌に感染して病気で死んだら細菌は生かされてますが、でも人が死んで、それは殺生の罪です。薬を飲んで細菌を殺していいのです、生命力で殺してもいいのです。大きい命を生かしたので殺生の罪になりません。
牛肉、豚肉を食べても、食べた人が本当に大きい働きをするのなら、動物は進化をする働きの場を与えてもらったので喜びます。そして早く進化します。もし人間が動物と同じレベルでは殺して食べない方がいいのです。神さまの大きい命を本当に生かす人間だったら、動物から肉を頂いても、動物を進化させる大きい働きをします。だから殺生の罪はぜったい無いのです。命の生かし方は色々あります。
-ありがとうございます-
食事が少ない方が良く、多い方が悪いと考えていいのですか?
ありがとうございます:
食事をすることで殺生をしている考え方だと、余り食べない方がいいのです、必要なだけがいいのです。必要なだけなら欲でも何でもありません。仕事をするために必要なだけ食べるなら、食べられた方が喜んで身を捧げてくれる姿です。無茶食いは良くありません、体を壊しますし、食べ過ぎて動けないとか、そこまですると逆に命を殺すことになります。食べたら駄目は無いのです、プラス思考で命を捧げ合っていると観ていけたら、色んな食べ物を与えて貰って受けて、それを大きく生かす意味で大きい働きをさせて貰えばいいのです。
断食は何も食べないから断食なのか?本当は何も食べなくても、空気を吸ったり、水を飲んだりで既に殺生をしています。断食でも殺生の罪を免れることは無いのです。それよりも、何を食べても断食だという生き方が大事なのです。神さまに命を頂いてるのなら、何を食べてもいいのです。この断食が本物です。だから与えられる必要な物をしっかりと頂いて、神さまの御心を現すための、しっかりした生き方さえ出来たら、それが最高の生き方です。
なれます、本当は簡単なんです。神さまへの感
-ありがとうございます-
先生のようになれますか?
ありがとうございます:
なれます、本当は簡単なのです。神さまへの感謝が一番大事なのです、それさえすれば神さまがすべて与えて下さいます。幸せで幸せで一杯というふうに変えて下さいます。最初、本体の自分が神さまから、無限の無限の輝く光を受け直します。神さまから無限の無限の番組を与えてもらって、自由に好きなのを選んで楽しんで来なさいと送り出してもらったのです。最後には最高番組に心を合わせて、それを現実化してほしいと、念を押されているのです。
最初に最高番組を見せてもらえたらいいように思えますが、それでは味気ないのです。無限の無限のチャンネルがあるからそれも見てみたいと思ったのです。初めに好き勝手に色んな番組を、低い番組を見て十分楽しんだのです。そして最後に最高番組に戻るようになっています。最初本体の自分は無限に無限に光り輝いた最高の自分だから、どれも味気ないのです、マイナスに見えるのです。
本体の自分と比較したらどの番組もつまらない小さな番組です。全部マイナスに見たら、どんどん番組を下げていけるのです。だから、最初は感謝どころではありません、感謝しません、好きな番組を追うだけです、最初はそれでいいのです。いろんなマイナスの番組から学びがあるのです。本当に宝探しは、ごみの山からひとつダイヤモンドを探すような生き方が善いのです、そこに本当の価値が出てきます。本当に価値のあるものは、大きいゴミの山から一つ探し出して、これが本当の宝物なのだと確認できたものが一番の幸せです。一番下から順番に宝探しをしながら上っていくのです。
最後の最高番組はダイヤモンド以上の宝物ばかりです、そこに本物の価値を見出して幸せいっぱいになるのです。感謝を始めた人はあらゆる番組を味わい尽くして、最高番組に戻る過程にあります。後は、最後の宝探しを順番にしながら最高番組に戻るようになっています。これからは幸せが無限に無限に大きく広がるばっかりです。感謝は自分の力では無いのです、本体の自分が、大きい力を振るって、感謝の心を起こさせて元に戻してくれます。自分を肉体の自分と見ない方がいいのです、(自分を)本体の自分と思い返すのです、それで無限に無限に感謝が出てきます。
本当の幸せは、神さまが幸せの本体です。本当
-ありがとうございます-
自分の幸せを優先してお祈りをしてしまいます、どうしたらいいですか?
ありがとうございます:
本当の幸せは、神さまが幸せの本体です。本当の自分・本心の自分が神さまから一瞬一瞬受け直している中に、無限の無限の幸せがあります。本体の自分が無限の無限の幸せをいっぱい掴んだら、それは絶対に崩れません。条件付きではなく、無条件の幸せです。その幸せな心で色んな番組を見て、その中から幸せを発見することは幾らでも出来ます。幸せな心はすべてを幸せに観るのです。
ところが番組の中にはまり込んで、小さい自分をつかんで思いの心で幸せになろうとすると、ちょっと思い通りになると幸せを感じるのです。思い通りになっても本当の幸せではないのです、小さい自己満足です、欲しい物が手に入っても幸せとは異質のものです。どんどん願いを適えてもたいしたことは無いのです。エスカレートして行くばかりで、本当の満足にはなりません。
本当の幸せはそれとは無関係で、何も無くても幸せです。本当の幸せはこの世が地獄絵図でも幸せなのです。本当の幸せな心は最高番組に波長が合って行くから、現実もすべて整った状態で幸せな形が生まれて来ます。感謝を深めてゆく人が一番大きな幸せを心に掴んで、それを波長合わせの心に使って、番組をいい番組に換えて現実も幸せに換えてゆくのです。
形が幸せにならないとというのは、まだ環境の奴隷です。本当の自由自在で幸せな自分では無いのです。まず感謝を深めることによって自由自在な自分を、幸せな自分をまずしっかり掴むのです。幸せな自分が奥にあるから、みんな幸せを求めようとしているのです。奥の自分が本当の幸せを知っているのです。現実の自分と奥の自分でギャップが大きいので、それで幸せになろうと考えるのです。奥の自分がすうっと舞い降りてくればいいのです。それは「ありがとうございます」で呼び出せばいいのです。神さまと一体の自分を引っ張り出す方法が「ありがとうございます」です。だから、「ありがとうございます」を唱えるだけで善いのです、そうすれば、本体の自分・神さまと一体の自分・幸せな自分がすうっと出てきます。もうそこには幸せな心、幸せな状態しかないのです。
これから幸せは求めるのではなく、発見してゆくのです、既に与えられているものに気づけばいいのです。「無限の無限の幸せいっぱい」は、既に与えられている姿です。それを感謝の言葉「ありがとうございます」を唱えて、本体の本当の自分を引っ張りだせば、本体の本当の自分は幸せいっぱいと気づいてるから、幸せが現実化します。
本体の自分がいろんな番組を眺めていく中で、
-ありがとうございます-
感謝心が無いのに感謝して効果があるのですか?
ありがとうございます:
本体の自分がいろんな番組を眺めていく中で、心に沢山のマイナスの言葉を使って思いを溜めて、無限のマイナスの思いでいっぱいになります。そうなると感謝の心を起こそうと思っても、絶対に起きません、そのままだと絶対に感謝の自分には戻れないのです。そこで助けが入ります、他力の助けです、守護霊さま、守護神さま、ご先祖さま、いろんな神さまの助けがあります。マイナスの思いをどんどん消してくれます。またいろんな思いを縁ある人が振り替えて、逆に背負ってくれる場合が多いのです。
この世の人、あの世の人を含めて、いろんな世界から助けてくれます、思いを振り替えて肩代わりしてくれるのです。お祈りをし易いように助けてくれます。まず他力の助けを借りて、縁ある他の助けを受けて、思いを減らしてもらいます。そして光が通りやすくなって感謝の心が起きやすくなります。始めは他力のお祈りです、いろんな神さまが自分の中に入って唱えてくれてるのです。自分は感謝の念も何も起こらないのに、口に「ありがとうございます」と出して唱えているような感じです、他力で唱えさせて頂いているというのが正しいのです。自分がしているように思うのですが、他力の助けでさせて貰うのです。本当に自分がしているのであれば、自分が感謝の心を起こしてするのが当然です。最初は他力で助けて貰って、だんだんと有り難味が出てきて自分の感謝になってきます。それでも、自分がしているという自力の感謝よりも、他力の感謝よりも、一番根源から、一番奥の本当の神さまからの助けを受けた絶対力の感謝行・絶対力の感謝行が本物なのです。
絶対神の本当の感謝が、無限の無限の輝きとなって、宇宙全体に満ち渡っています。その本当の神さまの光がすうっと自分の中に入ってくると、本当に有り難くてたまらないという気持ちが、湧き上がるように出てきます。そういう感謝は無限の無限の深い感謝になります、無限の無限のありがとうございますが中にある「ありがとうございます」なのです。神さまの本当の恩恵・ご恩に触れた時に感謝せずにはおれなくなるのです。
先ず、いつも無限の無限のマイナスを、免除して消してくれていることに気づくのです。普通だったら、心にマイナスの思いをいっぱい溜めて、地獄番組に落ちて苦しんでいるかもしれません。それが永遠に続いているかもしれない所を免除して、この世に生まれ変わっているとしたら、それだけで「無限の無限のマイナスを免除していただき、ありがとうございます」と言う気持ちが、それが無限に出てこないと嘘です。無限の無限の感謝が伴って普通なのです。
もうひとつは、「無限の無限のプラスがいっぱい」と最高の姿を、神さまは与え続けてくれてます。これに対しても、無限の無限の感謝を捧げて当然です。さらにもうひとつ、無限の無限の感謝が湧き上がるように与えて下さるのです。これも神さまの大きい助けです。さらにこれに無限の無限の感謝を捧げたくなるのです。神さまの大きいご恩に対して、何所までも無限の無限の感謝を捧げても、捧げ尽しても、まだ足りないのです。これが本当の感謝になってゆくのです。この感謝に必ず皆さんは戻るのです、絶対他力の感謝に引き戻してもらえるのです。ここに行くまでの過程は人によっていろいろあります。人によって自由自在でいいのです。必ず絶対力の感謝へ戻っていゆきます、途中は楽しむだけでいいのです。その時、その時自分が出来る感謝を積み重ねて、神さまのご恩に感謝してゆく、お礼をして行く気持ちが大事です。「ありがとうございます」でお礼の感謝です。まず最初にこれが来ます。
次には神さまの大きい働きのご用に使ってもらっている、本当の感謝の祈りの行に自分を使ってもらっているに変わってきます。神さまに使ってもらう感謝の祈り「ありがとうございます」を大きい光を振りまく、大きい徳積みの感謝行です。それはお礼の感謝ではありません、世界を平和にするための大きい働きの感謝です。本当の幸せは受けて喜ぶ感謝ではありません、与えて喜ぶ幸せです。受けるだけだと、器が小さいと、それに入るだけの幸せです、どうしても小さくなります。与えて湧き上がる幸せは、与えれば与えるほど無限に無限に大きくなります、際限なく大きくなる幸せです。神さまのご用に使ってもらう「ありがとうございます」は与えるためのお祈りです。
このお祈りができるようになった時は、幸せがどんどん無限に広がります。感謝すればするほど幸せ感が大きくなります。今まで小さい自分の幸せだけが、感謝することで回りの人全部が幸せになってゆき、回りの人全部の幸せが自分の幸せになってゆくのです。宇宙に無限の人がいたら、宇宙の無限の人の幸せが自分の幸せになります、だから無限の無限の幸せになります。そんな生き方の感謝にどんどんと変わります。「ありがとうございます」の一言に無限の絶対価値があり、その中に本当の無限の無限の幸せがあるのが判ってきます。一回一回の「ありがとうございます」を味わうような感謝に皆なっていくのです。
-ありがとうございます-
感謝の念が湧いてきたら、ありがとうございますを唱える事を止めてもいいですか?
ありがとうございます:
止まらないのです、湧いて来るばかりです。「ありがとうございます」を言葉にするかしないかだけです、言葉を忘れても有り難いという心は湧き上がります、それが本物です。言葉は引っ張り出すための手段です、湧きあがる有り難いは本物の「ありがとうございます」です。本物の方が大きい力があります、本物の「ありがとうございます」に、神さまの「ありがとうございます」に置き換わってきます。
「ありがとうございます」には、有り難い感覚だけではなく、神さまの徳性がすべて含まれます。美しい物を見たら最高の美を感じる心が、ありがとうございますの中にあるし、どんな難問題も瞬時に解決する無限の知恵もそこにあります。ありとあらゆる力、すべてが「ありがとうございます」に含まれています。だから、単に言葉で「ありがとうございます」と言うだけでは全部を把握できないのです。でも、本物の「ありがとうございます」の中には、全部同時に含まれています。だから、知恵が必要だったら知恵が、力が必要だったら力が必要に応じて湧いて出てきます。必要に応じて何でもすっと与えて貰うのが「ありがとうございます」なのです。
人の為に病気を治したり、いろんな問題解決
-ありがとうございます-
ヒーリングについてどう思いますか?
ありがとうございます:
人の為に病気を治したり、いろんな問題解決したりお手伝いしたりする為に、お祈りをしたりするのは、本当はいいことなのですが、でもマイナスに見るとマイナスを引き寄せます。その見方は必ず謙虚な心で下から上を見上げるように、その背後に神さまをしっかり認めるのが大事です、下から拝み上げるお祈りのお手伝いです。上から下を見るとマイナスに見えます、あの人は病気だと見てしまいます。もっと下から見るのです、一番下から見ると万病を抱えた状態からひとつの病を見るぐらいです。この人は九千九百九十九を癒された病を持っている素晴らしい輝いた人だと見えます。ひとつだけ病気が残っているのです。その奥にまだまだ神さまが背後に続くと、無限の無限の完全健康が奥に輝いてます。
一番下から一番上を見上げるような感じで、神さまを拝むような感じで「ありがとうございます」を唱えてあげるのです。常にプラス思考です、病気の人を見ても健康だけを見る見方です。一番下から見るとみんな輝いた健康な姿だけが見えます、そうしたら、マイナスは感じません。自分は常にプラスだけを感じて神さまの光だけ感じ、てお祈りすればするほど楽になります。相手の人も神さまの助けを借りて幸せになります。
ボランティアの仕方、考え方は色々あります
-ありがとうございます-
ボランティアについてどう思いますか?
ありがとうございます:
ボランティアの仕方、考え方は色々あります。自分に余裕があって人を助けるボランティアは、浅い小さいボランティアです。もし余裕が無くなったら人を助けることが出来なくなります。本当のボランティアは、神さまへの奉仕です、神さまに仕え奉るという奉仕です。これは永続性があります。神に捧げたものは必ず大きくなって戻してもらいます、いくら捧げても捧げても、もっと素晴らしいものを与えてもらえます。どんどん自分の働きが大きくなって、神さまから素晴らしいプレゼントを受けて、どんどん与える量が多くなります。
神さまとの交流のためのボランティアです。神さまから素晴らしいプレゼントを受けて、恩返しの心で神さまの喜ぶように、皆を幸せにする働きとしてボランティアをするのです。常に神さまの為に、神さまに喜んでもらうように、世の為人の為に尽すのです。全部神さまに向けています。そうすると、(神さまは)自分の持ってるマイナスまで引き受けて消してくれます。過去に溜めた心の思いを順番に消してくれます。心はすうっと明るくなって喜びの心が湧きあがります。与えれば与えるほど感謝の心が深くなり、喜びが湧きあがってきます、その心で与えただけ神さまから必要なものが、瞬間に入ってきます。神さまからいっぱい素晴らしいプレゼントをもらって、神さまへの恩返しで世の為人の為にいっぱい尽せるようになります。その循環がどんどん起こって大きく幸せになってゆきます。永続性のあるボランティアです。常に神さまを相手にするのです、神さまとの心の交流をしっかりと図ってくれます。
今回から始めるシール基金とかテープは、みんなを幸せにしたいと神さまからのプレゼントです。神さまはお金はいらないのです、みんなを幸せにしたいだけです。それで、シール一枚にも大きい光を添えて、みんなを幸せにする働きを起こしてくれるのです。このシールをお金をだして買う感覚は小さい見方です。小さいシールを1円出して、お金を出してシールを買っても奇跡を超す力を貰うと言うのもおかしいのです。シールは神さまからのプレゼントです、大きい光を込めて与えてくれているのです。貰う時は素直に喜んで貰ったらいいのです、「神さまありがとうございます」で神さまから貰えばいいのです。そして奇跡を起こしてもらうのです。だから、お金で買うとは考えない方が良いのです、浅はかな浅ましい根性です、ダイヤモンドを石ころと同じ値段で買うようなものです。
神さまのプレゼントは無償だからただで頂くのです、そのお礼に神さまのお手伝いをするのです。そのシールをみんなが頂けるように神さまのお手伝いをするのです、その為のお手伝いの資金として、神さまにお返しすればいいのです。お手伝いの程度で無理のない程度でいいです。そうすれば、シールのプレゼントを受ける人が増えて、それで幸せがどんどん広がります。その感じの方が自分が大きくなって行きます、ちょっと神さまからプレゼントもらったらそれっきりです。神さまのお手伝いになると、神さまからどんなにプレゼントをもらっても受けられます。お手伝いしてる限り神さまは一生懸命に守ってくれて、どんどんプレゼントを与えてくれます。それで遠慮無くプレゼントを受ける心になります、そんな意味でボランティアの心がいいのです、神さまのお手伝いというのがボランティアです。それは、自分を大きくするためでもあるし、大きい幸せを頂くためでもあります。
今死ぬかもしれない、難病の人を前にして、ど
-ありがとうございます-
今大病で死にそうな人がいる場合はどう考えるのですか?
ありがとうございます:
今死ぬかもしれない、難病の人を前にして、どうしても病気を見るとああ大変とマイナスに思います。マイナスを思うとマイナスを引き寄せて、逆にマイナスを被せると悪くなります。だから、病気を心から消し去って放し切って見なければなりません。その意味で始めはちょっとプラス思考で見るのです、「難病と比較したら軽いんだ」と見るのが大事です。そうすると、プラスに心が向きますから「ありがとうございます」と唱えながら、最高表現の世界を見ないといけないのです。みんな完全健康なんだと、完全健康をしっかりと心に感じるまで「ありがとうございます」と唱えるのです。
そうしたら、自分の心でマイナスの思いが完全に消えます。ここには神さましかいない、完全健康の姿しかないと実感できたら、心のマイナスが消されたら、目の前のマイナスがどんどん消えて行きます、病気が好転したり、完治したりします。まず心の中のマイナスを消すのです、消さないと低い番組の中で留まるのです。マイナスの思いを消してもらう意味で「ありがとうございます」と唱えながら心を神さまの最高表現へ、神さまの最高番組へ心を向ける練習をするのです。
「ありがとうございます」で、宇宙絶対神の
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」で治る病気と、治らない病気の違いは何ですか?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」で、宇宙絶対神の最高の力がすべての番組に働きます、自由自在に働きます。必要な助けを全部降ろしてくれます。普通病気の治し方もいろいろあります。マイナスの思いをちょっと横によけて、一時的に棚上げして病気を治す方法もあります。誰かが身代わりに振り替えて取ってくれたら、その人の病気も消えて無くなりますが、ほかの人が逆に病気になったりします。この世の人が振り替える場合も、あの世の人が振り替える場合もあります。本当の神さまの大きい光が舞い降りて、マイナスの思いを消しきって、治してくれる時もあります。
その直し方もいろいろありますが、ただ「ありがとうございます」はそれぞれに相応しい、一番必要な助け方で、治していいなら治してくれます。もし勉強材料としてそれが必要なら治りません。的確に一番必要なものを与えてくれるのが「ありがとうございます」です。病気でも反省の為に与えてもらっている病気が治ったら駄目なのです、反省が出来ません。それでは本当の意味の幸せの最短コースを歩めないのです。
「ありがとうございます」は、神さまの本当の幸せの最短コースを歩む為に、必要なものを的確に与えてくれます。どんな治療の仕方でも「ありがとうございます」を唱えながら受けた方がいいのです。お医者さんにかかっても、薬飲んでも何でもいいのです。「ありがとうございます」を根本に置きながらするのが理想です。「ありがとうございます」で勉強し終わったら治してもらえます。一瞬に消える時があるのです。
無限のいろんな番組へ降りてきて、その中か
-ありがとうございます-
家族ついて教えて下さい。
ありがとうございます:
無限のいろんな番組へ降りてきて、その中から、いろんな幸せや学びを発見しようとしています。低い番組だと、いろんな磨き合い、助け合いの中からプラスを発見して行こうとするのです。ちょっと高い番組に心を向けたら、みんな神さまの愛の表れになります。一瞬一瞬の変身の姿で自分を幸せにする為にいろんな姿で出るのです。高い番組になればなるほど、神さまの愛の変身の姿と受けられるのです。価値観の違いを気にしてる時は低い番組です。高い番組は、自分一人を幸せにするために、まわりのすべてが神さまの愛の変身の姿で現れます、自分の妻とか子供とは言いません。神さまが一瞬一瞬、妻や子供の姿をとって自分を幸せにしてくれている見方なのです。自分の所有物ではないです。神さまの愛の働きが、変身の姿で、出るだけです。
いろんな神さまが一瞬一瞬変化して出てきます。同じ妻、夫で出ても順番に神さまが変わっているかもしれません。百人の神さまが妻なら妻の姿で、順番に出続けているのかもしれません。そういう姿で見れる方が、大きい幸せになります。回りすべてもそう見えてこないといけません。
-ありがとうございます-
夫婦について教えて下さい
ありがとうございます:
番組ごとにいろんな学びがあります、いろんな発見の仕方がありますが、自分の物として掴まない方がいいのです。過去を掴んで執着の心を起こすと番組を変える邪魔になり、上の番組に切り替えが出来なくなります。常に今受けたのは放した方がいい、一切の執着を断ちきって過去を放すのです。そうすると、必要な番組に移って行けますから、一瞬一瞬の変身が自由自在になるのです。
自分の夫と余り見ない方がいいのです、今日一日だけぐらいにしましょう。明日になったらまた新しい神さまが、夫の姿をしているかもしれません。毎日毎日相手