ありがとうございます
真祈り文庫へ

()(いの)(ぶん)()

2001年10月14日・1

       人間は万物の霊長と言いますが、それは神さまに

-ありがとうございます-
 人間として一番大切なことは何ですか?

ありがとうございます:
 人間は万物の霊長と言いますが、それは神さまに一番近いからです。即ち、人として生まれたからには神さまの御心のままに生きることが必要なのです。神さまは早く人間が自由自在の存在に戻って、最高番組をしっかりと受けて無限の無限の幸せ一杯に生きて欲しいと思っているのです。人は神さまの御心をしっかり捉えることが必要なのですが、それは、ありがとうございますですべて解決するのです。


       ひとつの親から生まれた兄弟です

-ありがとうございます-
 ソウルメイトについてどう思いますか?

ありがとうございます:
 ひとつの親から生まれた兄弟です、元々は全部神さまから生まれているので、本体の命の自分も神さまの前に立った時は命の兄弟と言えるのです。奥から順番に分かれてゆき、共通性のある魂から生まれた魂は全部魂の兄弟と言えますが、魂の兄弟はもう少し低い次元なのです。


       私は「すべて良し、どんな悪でも迷惑でも

-ありがとうございます-
 悪いことが起きたり、迷惑をかけたりします、どう考えたらいいですか?

ありがとうございます:
 私は「すべて良し、どんな悪でも迷惑でもすべて良し」というようにマイナスは絶対に見ないのです。人と人の相性もすべて最高です、大安も仏滅も、関係ありません、毎日が最高なのです。
 迷惑はマイナスが多いのですが、マイナスの言葉を掴まなかったら良いのです。マイナスを掴んだら下がってゆくだけですが、プラスの言葉だけを使って、「ありがとうございます」と唱え続けてプラスの番組を見るのです。


       してはいけない事は何も無いのです

-ありがとうございます-
 世の中には、してはいけない事が多くて疲れます、どうしたらいいですか?

ありがとうございます:
 してはいけない事は何も無いのです。前向きに感謝することが大事で、感謝することで神さまからの素晴らしいプレゼントを受けることができますから、あとは少しぐらい羽目を外してもいいのです。あとは楽しんで自由自在で、根本さえ外さなかったらいいのです。
 無限の無限の幸せが一杯と受けた時は、片足を地獄に突っ込んでも痛みを感じないぐらいです。まず大きい幸せを掴むことが必要で、ありがとうございますが最優先なのです。


       何も無いのが一番楽なのです

-ありがとうございます-
 (不明)

ありがとうございます:
 何も無いのが一番楽なのです。それを本物と思わずに小さい模型だと思って、必要な時に使い、必要無いと思えば使わなければいいのです。「ありがとうございます」で気にしない方がいいのです。本物に対して失礼では困りますが、模型、おもちゃはたいしたことはありませんから、少々無礼を働いてもお手討ちにはなりません。


       本物とは、「ありがとうございます」という

-ありがとうございます-
 本物とは?

ありがとうございます:
 本物とは、「ありがとうございます」という神さまです。「ありがとうございます」と唱えることが宇宙のすべてのすべてに感謝して光を送る状態、みんなに光を与えている状態なのです。

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」はどのような働きをしているのですか?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」は想像を超える働きをしているのです。「ありがとうございます」と唱える時は、まず本当の神さまに心が向いていますから、自分の心も命もすべてを神さまに捧げ尽くしている状態なのです。だから神さまから与え返されるのです。無限に無限に謙虚になっている状態、無限に無限に素直な状態でもあるのです。

 すごいことです、与え尽くす心が幸せになるために必要なのです。「ありがとうございます」の言葉の中に恩返しの心が湧くのです。恩返しの心は一切の見返りを求めない心で、与え尽くす心の極致です。喜んで喜んで捧げ尽くしてゆく生き方です。色んな良いものが「ありがとうございます」にはあります、もっともっとあるのです。


       想念感情は思いを積み重ねて生まれた惰力

-ありがとうございます-
 思考と感情どちらに従ったらいいのですか?

ありがとうございます:
 想念感情は思いを積み重ねて生まれた惰力のようなもので、思いはみなさんを地獄に突き落とす力があるのです。感情に流される時は操り人形、奴隷になっている状態です。


       貸し借りの問題です

-ありがとうございます-
 好き嫌いはなぜ起こるのですか?

ありがとうございます:
 貸し借りの問題です。自分が相手に対して貸してばかりでは嫌いになり、逆に借りている場合は好きになるのです。好きになって相手のために尽さなければと思い借金返しをします。一方、貸してばかりで返してくれないなら嫌いになり離れるのです。
 理性の方は神さまの御心を生きようとするのです。思いに流されないように、知性の方は感謝に切り換えて神さまの無限のプレゼントを受けるようにしなければなりません。


        「ありがとうございます」が唯一絶対

-ありがとうございます-
 「ありがとう」と「ありがとうございます」の違いは?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」が唯一絶対、無限の本物の神さまですべてのすべてなのです。唯物論的に「ありがとうございます」では解釈が低くなりますが、私は唯神の神だけ、神さまだけしかいないと見ているのです、唯神論なのです。
 この世も神さまの愛の結晶として見ています、すべて神さまだけ、物質も物とは見ていないのです。ただ神さまだけ神さまの愛の結晶だけが輝いていると見て、唯神論的な「ありがとうございます」は神さまのすべてなのです。


       どの自分を掴むかです、肉体の自分がすべてだと

-ありがとうございます-
 世の中には、幸、不幸はなぜ起こるのですか?

ありがとうございます:
 どの自分を掴むかです、肉体の自分がすべてだと掴んだ時は、本当の自由が無くなります。本当の自由になるのは奥の本体の自分です、神さまと一体、神さまのすべてを受け直している自分です、そうして自由自在なのです。

 神さまが与えてくれる無限の無限のチャンネルの中から好きなものを自由に選べるのですから、過去に何を選んできたかなのです。マイナスの多い番組を選んで来たら自分の人生はマイナスを辿り、戦争をしている人は戦争を選んで来ているのです。高い番組には戦争はありません。

 本当はみんな自由意思で選んでいるのです。色々な体験をして本当の自由自在な自分に戻って、運命は自由自在に変えてゆけると思えたら、自由な生き方の最高の喜びを味わえるようになっているのです。


       人はいろんな所に生まれ変わっているのです

-ありがとうございます-
 感謝するとしないではどう違いますか?

ありがとうございます:
 人はいろんな所に生まれ変わっているのです、水への感謝をしたい人は、水の多い所に生まれるのです。感謝は本当に大事で、水への感謝をしっかりしていれば、水が綺麗で美味しい所に住めますが、水を粗末にすると水の少ない砂漠のような所、水の汚い所に住むのです。感謝があると高い番組に、感謝がないと低い番組です。


       神さまの用意した無限の無限の番組はすごい数で

-ありがとうございます-
 因果応報とはどういうことですか?

ありがとうございます:
 神さまの用意した無限の無限の番組はすごい数で、ありとあらゆるものがそこに用意されていますから、区別するのは大変です。
 大きく分けた時、因縁因果から考えると過去にしたことが大きく影響するのです。悪いことをしたら償いをしなければなりませんし、償いのために色んなことを果たさなければならない事になるのです。

 因果に落ちない不落因果は、過去に縛られず因果を超越するのです。マイナスの因縁因果から超越してしまうと、過去にどんなに悪いことをしていても関係ないのです、良いことしかないのです。

 不動因果は因縁因果と不落因果を行ったり来たりせず、一元に見ることです、一元不動なのです。因縁因果、不落因果、二つの法則を捉えて心は不動心です。それは感謝一筋のゆき方で、あとはプラスだけ「ありがとうございます」ただそれだけです。


      今の科学は幼稚で未熟な科学です

-ありがとうございます-
 現代科学をどう思いますか?

ありがとうございます:
 今の科学は幼稚で未熟な科学です。この世を執着で掴んで過去を掴んで過去からの積み重ねでは、新しい見方になりません。神さまの宇宙創造は一瞬一瞬、新たに新たに置き換えるのです、その時間は、無限億万分の1秒です。一瞬ですからつながっているように錯覚するのですが、一瞬一瞬の置き換わりですから過去は全然意味が無いのです。

-ありがとうございます-
 人の場合は?

ありがとうございます:
 人は過去の姿を掴んで、今の姿と結び付けて、順番に変化してきていると錯覚しているのです。でも、全く違う置き換えなのですから、一瞬一瞬を新たな姿を受けて楽しむことが必要なのです。

-ありがとうございます-
 過去と未来は?

ありがとうございます:
 本当は過去は、残像を掴んだ間違った見方です。人間が成長している過程を見せてもらっているのではなく、一瞬一瞬の置き換えなのです。繋がってないので、本当はお年寄りから若くなる過程も出来るのです。

 本当は一瞬一瞬の中に、無限の無限の番組の中に過去現在未来、無限に続いたものが一瞬に現れるのです。そうして、次の一瞬に出てくる姿はまたそれとは全然違うのです。永遠の過去から永遠の未来までが一瞬で出てくるので、過去を見て、現在に出てきた姿を見ては、何とも言えないのです。だから、本当は新しい生き方を新たに新たに受け直して楽しむことが正しい生き方なのです。

-ありがとうございます-
 一瞬で悪い状況が良くなるのですか?

ありがとうございます:
 私の場合、今ある姿がどんどん変化するとは見ていないです。すべての番組が既に同時に存在していて、自由に見たい番組が瞬間に見られると思っているのです。

 今観ている番組が変わるのではなく、瞬間に番組を変えたら世界が変わります。無限に無限に輝いた世界が沢山あり、高い世界ほど一瞬の中に素晴らしいものがあるのです。短い時間に絞り込むほど世界が光輝き、そのサイクルが長いほど低い世界です。十年が十日になり十時間になり十秒になって、無限億万分の一秒まで絞り込むのです。それが全体宇宙を感じる世界です。

-ありがとうございます-
 無限億万分の一秒を分かりやすく教えて下さい。

ありがとうございます:
 時間が感じられなくなるぐらいが必要なのです、今を生きるのです。過去現在未来を掴んでいると時間が長くなります。今を捉えていないので、低い番組です。今を生きるは、一番新しいものを生きることです。神さまからの絶対から現れた一番新しいものが一番無限に無限に輝いていますが、古くなるほど次元が低くなり番組が低くなるのです。時間が長くなって空間が狭くなってマイナスが一杯になるのです。絶対から一番新しいものを受けるのが、今を生きるです。時間を一瞬一瞬、今に絞り込んだら最高番組を味わい尽くせます。


       般若心経の教えは感謝の教えです

-ありがとうございます-
 般若心経の意味は?

ありがとうございます:
 般若心経の教えは感謝の教えです。

 空は何も無いのではなく、絶対を表しているのです、光源とか無限の無限のプラスが充満している姿を表しています。感謝とは絶対から現れる、無限に無限に輝いたものを一瞬に絞り込んで新たに新たに受けなおす生き方です。太陽をまともに見て光を浴び続ける生き方です。太陽の光源、放射される光と一体化する見方、これが般若心経の教えです。

 絶対と空と表れの光線と色が一体化し、色即是空、空即是色となります。その時点では、一切のマイナスがなく、一切の苦役を落とすのです。しかし光源に背中を向けた時は、古い、過去の光の残像を追いかけます、これが普通の人の状態です。般若心経は古い過去の光の残像を追いかけることをすべて否定します、光源に心を向けてその一瞬一瞬に出てくる光を浴び続けなさい、という教えなのです。

-ありがとうございます-
 羯諦 羯諦 波羅羯諦 の意味は?

 最後の祈り言葉です。羯諦 羯諦 波羅羯諦 、羯諦は輝いている、「ぎ」は命の本源、「ぎゃ」と出てきて命が涌き出る姿。「あ」で明るく光輝く姿になって、無限に輝くのです。波羅は原っぱと同じで、無限に広がる意味なのです。
 「輝いている、輝いている、無限に広がり輝いている」です。「ありがとうございます」の意味は光り輝いているですから、同じなのです、般若心経の真髄は感謝一筋に生きることなのです。般若心経は感謝の説明書を読むことですから、「ありがとうございます」だけでいいのです、実践が大切なのです。

-ありがとうございます-
 講演を聴く意味がないのですか?

ありがとうございます:
 みんな迷っているのです。迷って目を覚ますために色々な方法をしているのです。迷いから覚めたら「ありがとうございます」しか残らないのですから、初めから「ありがとうございます」で迷いから覚めた方が一番早いのです。

-ありがとうございます-
 なぜ迷うのですか?

ありがとうございます:
 みんな難しいことをしたがるからです。ある意味では言葉の縛りに負けているからです、言葉に振り回されているのです。


       本当の古神道は形がありません

-ありがとうございます-
 古神道をどう思いますか?

ありがとうございます:
 本当の古神道は形がありません、古は過去の古いという意味ではないのです。口の上に十があり、口は言葉です、言葉を超越して縦横無尽の働きをし、本当の神さまの働きを指しているのです。いつも天から降っています、だから、古(ふる)です。
 
 言葉では表現できない、筆舌を超えた神さまの本当の働きのことを古と言います。神は「ありがとうございます」と同じ五つの意味があります。絶対、創造、統一、自在、限定、です。本当の神さまの愛の働きが宇宙に満ち(道)渡っているのです。宇宙のすべてを一体化して満ち渡っているのです。これが古神道で、本当は教えられたら古神道ではないのです。

-ありがとうございます-
 先生は、なぜ名前を教えないのですか?

ありがとうございます:
 古神道でありたいからです、お祈りだけしたいのです、みんなの幸せだけを祈りたいのです。何も話さずに、お祈りをしている時は古神道ですが、話しだしたら古神道から外れるのです。古神道はすべての分野をひとつに統一して全体を大きく生かす働きをしているのです。

-ありがとうございます-
 古神道ではすべてが平等ですか?

ありがとうございます:
 日本が上とか下とかは全然なく全部平等で、全部無限に無限に輝いています。その中から無限の無限の番組を引き出す時は役割に応じて、みんなが謙虚に譲り合って働き、お互いに演じきるのです。演技、役割は何でもいいのです、悪い役ほど、演技力が必要なのです。


       ある深い真理を説いていますが

-ありがとうございます-
 祝詞について教えて下さい。

ありがとうございます:
 ある深い真理を説いていますが、すべての言葉が正しいとは言えません。本当はつまらぬ言葉が交じっていますから、良いとこだけを取り出せば深い真理を説いているのです。結局「ありがとうございます」です。(不明)

-ありがとうございます-
 般若心経で同じ所はありますか?

ありがとうございます:
 般若心経の般若波羅密多も「ありがとうございます」なのです、般若は般若という神さまです。払った神さま、払った無限の、「密」で真髄で精髄の意味です。神さまの本物の徳性がたくさん唱えられる言葉です。


       「新たなる全徳の無限の無限の輝きが一杯!」

-ありがとうございます-
 心を光源に向けるにはどうしたらいいですか?

ありがとうございます:
 「新たなる全徳の無限の無限の輝きが一杯!」をたくさん唱えて、「ありがとうございます」で締めくくるのです。光源に心が向いて、そこから放射された光をひとつに見て受けられる状態になるのです。「無限の無限の」言葉を使うと心が光源に向かうのですが、光がここにあるでは心が光に向かわないのです。本当は、横を向いていてもあるのです。

                ありがとうございます

                
ありがとうございます
このページの先頭へ戻る
真祈り文庫へ