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()(いの)(ぶん)()

2001ねん10がつにち・2


       ひと使つかことどおりになるというのがほんとうです

-ありがとうございます-
  めい

ありがとうございます:
 ひと使つかことどおりになるというのがほんとうです。だから「すでにすべてかみさまにいただいている」というふうに使つかうとみなけんこうになってしあわいっぱいになります。ただ、ことはマイナスに使つかいやすいのです、「きょうぎゅうびょう」ということ使つかうと、ぶんがそれをんでけてしまいます。げんまいしょくでも「げんまいしょくでなければならない」というふうなこと使つかうと、それにしばられてほかのものがべられなくなってしまいます。だからすべてことどおりになってゆくのです。

 キリストさんでも「なにらいなにまんと、おもわずらうことかれ」とっています。なにべてもなにんでもだいじょうなどとったら、たとえばえいようがくなんかにしばられているひとからみたらとんでもないことでしょうが、キリストさんのっていることのほうがほんとうです。かみさまからいただいたものをかんしゃこころふかめてけたら、みんなひかかがやいていのちそのものですから、ぜったいびょうになったりしません。

 だからどれだけかんしゃしてかみさまからいのちいただくかということがいちばんだいです。どくわれているものでもかんしゃしてけているひとにとってはどくにならずにくすりになります。だからあまえいようがくなどにはとらわれないほうがいいのです。あれやこれやとかんがすとしばられてゆうになります。
 どんなものでもかみさまからのいっしゅんいっしゅんえであたえてもらうものだからかんけいです。姿すがたはマイナスがおおきくても、いまらたにけるものはげんのプラスそのものです、だからいちばんだいなのはかみさまからあらたになおすことです、そうしたらぜったいいいことばかりです。

-ありがとうございます-
 ひとまれてくるときにぶんじんせいのシナリオをえがいてまれてくるとわれていますが、そのようにぶんじんせいはすでにまっているのでしょうか?

ありがとうございます:
 かみさまのつくったげんげんばんぐみどおりにすべてシナリオとストーリーはまっています。だから、そのうちのひとつのばんぐみにはまりんでしまったら、そのひとはそのシナリオどおりのうんめいをたどります。でもどのばんぐみえらぶかはゆうです、チャンネルもゆうえられますから、チャンネルをえるとまったちがうんめいわってきます。あらかじめえらんでたというのはせまはんえらかたです。もっとおおきなたちったら、もっとゆうざいえらべてどんなうんめいでもけられます。


       かみさまのぜったいあいげんげんあいにいつもいだかれ

-ありがとうございます-
  きょうしんこくふくするほうほうおしえてください。

ありがとうございます:
 かみさまのぜったいあいげんげんあいにいつもいだかれていますというかんしゃがあったらだいじょうです。ちゅうぜんたいかみさまのぜったいあいひかかがやいた姿すがたをとっています、そこにはかみさまのあいしかないのです。そうしたらきょうしんなんておもいはしゅんかんにしてえてしまいます。これもありがとうございますとかんしゃすることでかみさまのあいつつみこまれるかたです。ありがとうございますということ使つかったらきょうしんいっさいえてくなります。


       パートナーとのかんけいにおいてのマイナスをつかんで

-ありがとうございます-
 けっこんせいかつきょくかっているあいこんまでゆかずにほうほうがありますか。こんはしないほうがいのか,してもいのか?

ありがとうございます:
 パートナーとのかんけいにおいてのマイナスをつかんで、それをかさねるとくるしくなってそこからしたくなります。それがこんにまではってんするゆうのひとつです。そんなあいあいほういっしゅんいっしゅんあらたにあらわれたけっこんあいとしてとらえて、いつもしんこんぶんでいられたらこんしなくてみます。いっしゅんいっしゅんこんして、けっこんして、こんして、けっこんして…。
 このちゅういっしゅんいっしゅんえなのですから、いっしゅんいっしゅんあいほうへんしんしつづけています。おなひとのようにえてもおなひとではないのです、それがほんとうかたです。そのようにみたらのマイナスをつかんでかさねることはなくなります。そうしておたがいをたすい、かしあい、たかめあってゆければいいのです、もともとはそのようにまれています。

 また、かみさまのあいぶんけられて、このでのけっこんあいひとまっているようなあいは、そのかんけいなかからプラスのものをきゅうしゅうしてゆかないとそんです。プラスのものだけをひろげてそれをけてしあわせをおおきくしてゆけばいいのです。そうやってせいちょうして、そこからられるものがなくなったら、またかならあたらしいべつのものがそこからあたえられるようになっています。あいほうはまたもっとおおきいプラスのものをった姿すがたへんしんしてくださいます。

 どのようなあいも、あいほうをいつもいっしゅんいっしゅんへんしんしてあらわれてくださる、かみさまのあい姿すがたとしてるのがだいなのです。かみさまはいろんな姿すがたけて、ひつようなものをてっかくあたえつづけてくださっています。
 そうしてこころはもっとゆうになったほうがいいのです。このでのこんについても「こんしたらダメ」というふうにけると、それだけでこんしたひとめなくてはならなくなります。そうしたらこんぶんめられる姿すがたをとってけいくるしくなりますから、そういうわくはずしたほうがいいのです。こんわるいことではないのです、けっこんというものはおたがいプラスになるためにするのであって、マイナスをぞうふくしたりあしったりするのだったらはなれたほうがいいのです。ぜんぜんなみわなかったらたすい、そだうことはません。あるていかよっていてりょうほうのいいところをプラスしてこうりゅうえるほうがいいのです。

 こんていしてマイナスをかさねるより、またほかべつのいいひとあらわれたらそのひとたすったらいいのです。わかれるときはわかれて、りょうほうはやしあわせをおおきくするようなかたをとるほうがいいです。だからえんりょこんしてもいいしべつひとけっこんしてもいい、ゆうざいにしたらいいのです。そうしてげんばんぐみのチャンネルをえられるように、パートナーもゆうざいなんかいでもえられます。ちゅうにはげんひとがいるから、そのなかからぶんにピッタリのひとえらぶのはたいへんですが、かみさまのほうがいやすいひとちょくにおいてくれます。

 ほんらいぶんたかまりにおうじて、ゆうざいこんけっこんかえしつづけてもいいはずなのです。だんじょがおたがいにたすい、たかめあい、プラスのこうりゅうができるのであるならいっいっさいこだわひつようもないのです。ほんとうふくすうひとこうりゅうしあえるほうがせいちょうはやくなります。けっこんというのはおもいこみがけっこんというかたちあらわれているだけです、そのかたちこだわひつようもないし、ほんとうのところはけっこんというものはかたちがあるようでいのです。ただ、どんなかんけいつにしても、もとめるこころこうりゅうするのではなしに、あたえつくすこころこうりゅうすることがだいです。もとめるこころはマイナスをぞうふくいますからかならあたえるこころこうりゅうするのがそうです。

-ありがとうございます-
 あいのプラスをそうとして、あいのいいところをひろげようとしているとそのなかからマイナスのところがかんじられてしまうことがあります。

ありがとうございます:
 それはすでにもとめるこころのほうにぶんいてしまっています、あたえるがわったらいいのです。あいなにひつようとしているか、あいにとってなにがプラスなのかをかんじとって、あいわせてあたえるだけがだいなのです。そうするとあいどうじようにこちらがわのプラスをかんってくれてひつようなものをあたくしてくれます。だからあたくすがわてっていしてつことです、ぶんなにもとめないほうがいいのです。いかにぶんっているいものをあいあたくすか、あいもとめるものをてっかくあたくすかということがだいです。そうしたらまわりがすべておな姿すがたぶんたいしてあらわれてくれます。

-ありがとうございます-
ぶんまんしてでもあいあたえつづけたほうがいいですか?

ありがとうございます:
 まんしている姿すがたは、あいにとってものすごくつうです、まんしている姿すがたあいあたえることはくありません。よろこんでよろこんであいひつようとしているものをあたえていたら、あいにもおおきいよろこびをあたえることになります。まんあまりいいことではありません、まんするというのはぶんがわってしまっています。

-ありがとうございます-
 あたえるときくるしみがいててきたら?

ありがとうございます:
 それははやしてもらったほうがいいのです。そうやってこころめたいろんなおもいがおもてあらわれてきますから、それをかみさまにはやしてもらってからあいこうりゅうしてゆけばいいのです。それをしてもらうほうほうが「ありがとうございます」です。まずかみさまにしてもらってプラスだけのぶんはやくなったほうがいいのです。

-ありがとうございます-
 それはストレスをためることにはならないですか?

ありがとうございます:
 かんしゃしたらストレスはぜんかみさまにしてもらえるからえてなくなり、ちがらくになってきます。そうしていいものがたくさんえてきて、そうなったらあいあたえようとしなくてもあいはいいものをかんじてくださいます。はやくそうなったほうがいいのです、そばにいるだけでしあわせをかんじてもらえるそんざいになるのがだいです。

 かたちでものをあたえたりこうどうしんせつにしたりというのはえだのことです、それよりもあたたかいこころあたえてゆくということです。そのためにはまずぶんこころまったマイナスのおもいをぜんしてもらうほうがさきです。「ありがとうございます」をかえしてかみさまにマイナスをぜんしてもらったら、そばにいるだけでしあわかんじてもらえるようなかたができます。

-ありがとうございます-
 そのようにしたらおたがいにマイナスがでなくなるのですか?

ありがとうございます:
 こころにあるマイナスがかたちます、ことにもたいにもこころのマイナスが姿すがたかたとなっててくるのです。こころのマイナスがえてなくなっていたら、かたちとしてもぜったいてこれなくなります。だからさきかみさまにこころけてかみさまとこうりゅうはかるのがだいなのです、それがかんしゃぎょうです。かみさまからげんのプラスをもらってプラスだけのぶんえてもらうのがさきです、そうしたらひととのこうりゅうがプラスだけのこうりゅうになってゆきます。ぶんこころはやしあわせなじょうたいにしてもらうほうがいいのです、しあわせになるのはかんしゃぎょうますから、しあわせになったらぜんあたえることがるのです。じょうきょうおうじていいものがぜんてきますから、さきにありがとうございますがだいです。


       もともとほんたいぶんいんようりょうほうそなえたぜったいはたら

-ありがとうございます-
 おんなやくわりおとこやくわりはどのようにとらえたらいいですか。

ありがとうございます:
 もともとほんたいぶんいんようりょうほうそなえたぜったいはたらきをするゆうざいだから、じょせいだんせいりょうほうやくわりをそのときどきおうじてゆうざいにこなせます。ただ、このいんようふたつにかれてたすときは、じょせいじょせいらしくだんせいだんせいらしくやくわりえんじているのです。ただこれもゆうざいだから、たとえば、おんなひとがいつもしょくとうばんしょくつくりつづけるのがいいことではないのです。たまにはおとこひとがおいしいごそうつくってあげるのもだいだし、またおんなひとそとはたらくのもいいのです。あまりこだわらず、おたがいにたすっておたがいのよさをはっしあうのがだいです。

 あいそばにいないときは、ぶんひとりょうほうはたらきをしなければなりません。ぎゃくひつようがあってあいそばにいてくれてたすけてくれているときはでしゃばらなくていいのです。あいだんせいだったらぶんじょせいやくたせばいい、せいそばにいてくださるのはりょうほうがプラスのこうりゅうをできるようにと、かみさまがひつようおうじてそのときどきんでくださっているだけです。だからやくわりげんていせずにゆうざいきることがだいです。

-ありがとうございます-
 だんせいそばにいてくれるときに、じょせいやくわりとしてどんなことがありますか?

-ありがとうございます-
 「ける」ということです、じょせいあいかたかみにやってゆくのがやくわりとしていちばんだいです。じょせいあいじょうけているとそれはぜんあたえるかたになっています。
 だんせいあいじょうあたえることだいです。だんせいあいなかほんしつれいがあり、なかれいせばほんとうのよさとはたらきをせます。だからあたくしてあたくしてなかからみずがるようにすことがだいです。そういうこうぞうになってます。だからだんせいあたくすかたをするとなかからいいものがドンドンしてきます。

 じょせいはちょうどぎゃくになります、かんきょうのほうがれいになります。まわりからじょうけたものがぶんになってゆくといういちめんがあり、まわりからドンドンいいものをきゅうしゅうしてゆくと、れいなるものがにくたいかがやてきます。まわりからいろいろなおしえをいてぶんんでぶんのものにしていくようなところがあります、だからいろんなしゅうきょうはしひとはだいたいじょせいおおいのです。

 だんせいあいぶんげないとてきません、ふかさとりのようなおしえをくのはだんせいおおいです。おしゃさまもぶんふかふかげて、なかのいいものをしてみなあたえています。ただそれはこのにくたいけているかんいちてきはたらきです、にくたいをもらっているかんはそのあたえられたせいおうじたようにきたら、いいはたらきをしやすいケースがおおいというだけです。こんまれわるときいまちがせいまれわるかもしれない。そのへんゆうざいだから、そのときそのときゆうかたでいいのです。


         べるまえいっかいかんしゃしたらいいのです

-ありがとうございます-
 (めいだんせい

ありがとうございます:
 べるまえいっかいかんしゃしたらいいのです、ありがとうございますをとなえるとのうやくえます。かみさまからけなおしたものはかがやいたものになります、かいしゃからきゅうりょうをもらってかえってきたらいったんかみだなにおそなえして「ありがとうございます」というのとおなじです。もらったおかねにいろんなマイナスのおもいがついていたら、そのおかねわるいことにしか使つかえなくなり、づかいしてしまいます。かみさまにいったんあずけしたら、プラスにえてくださいますから、ぶんしあわせにするために使つかえるようになります。かみさまにいったんあけわたすのはだいです。


       やはりなにあたえずにたものはしゃっきんです

-ありがとうございます-
めいだんせい 

ありがとうございます:
 よくないのです。やはりなにあたえずにたものはしゃっきんです、しゃっきんもそのないようによってそくわるのですが、ひとからうばったようなものはこうそくがついて、またたふくらんでゆきます。ぎゃくひとよろこんであたえてくれるようなものは、それもしゃっきんにはちがいないのですが、もしくはちいさいそくなのです。おなりるのだったらちいさいそくいでのす、あとでかえしやすくなりますから。


      やめたくてもやめられないというひとおおいのです

-ありがとうございます-
 いまたずさわっているごとなかにマイナスをあたえるごとなので、できればやめたいのですけれどもせいかつがあるのでやめれません。どうしたらいいですか。

ありがとうございます
 やめたくてもやめられないというひとおおいのです、そういうのはひとちからではどうしようもありませんから、かみさまのたすけをけないとません。しゃかいたいしてマイナスをあたえているようなごとでも、「ありがとうございます」とかんしゃしてかみさまのたすけをけたら、マイナスをかるませてもらえます。
 たとえばせんそうへいつくるようなごとでもありがとうございますとかんしゃしたら,そのへいかみさまがついてってひところすのに使つかえなくなり、ころいのへいにならず、まもるためのへいわります。ほかひとがそのごとについたらおおきなマイナスばかりらすのに、かんしゃさせてもらっているぶんがそのごとをするとなれば、そこにはおおきなます。

 そうしたらどんなごとについていてもプラスになってゆきます。そういうマイナスをうようなごとほかにもいろいろあって、たとえばおにくさんなんかもそうです。せっしょうたんしているというちがえずきまといます。そういうときにも「ありがとうございます」とか「ぶつ」ととなえてマイナスをしてもらったひとはマイナスをわないのです。いつもかがやいたじょうたいにしてもらえてさちせいっぱいにまもってもらえます。そうしてころされたどうぶつにもひかりってべるひとにもひかりがゆきます。

 だからどんなごといったんかみさまをとおすというのがだいです。「ありがとうございます」でかみさまにいっかいあずけて、かみさまからもういっかいいただなおしてプラスにえてもらうのがだいです。どんなごとひつようだからそのようなかたちあるわけで、そのごとほんとうなかからひつようくなったら、ひつようくなったものからじゅんばんえてゆきます。ひつようのあるうちはかたちとしててきますから、かみさまにプラスにえてもらって、かたちかしてゆけばいのです、「ありがとうございます」とけてったらどんどんよくなってゆきます、そうしたらそのうちかたちまでわるかもしれません。それもごくぜんけいわるようになります。


       にくたいたましい宿やどってこのせいかつをさせて

-ありがとうございます-
 わたくしじょせいですが、つねづねだんせいのようにきたいとねがっています。

ありがとうございます:
 にくたいたましい宿やどってこのせいかつをさせてもらっています。たましいだんせいてきようおおいとどうしてもおとこっぽいかたになりやすいのです、せいてんかんしてでもだんせいとしてきたいとなるときもあります。だんせいにくたいかいぞうしてでもじょせいとしてきたいということもあります。これはたましいだんかいではどうしてもそのようにねがってしまうのです。
 ただたましいをこえたほんたいぶんは、たましいだんせいてきようえてきたら、こんかいじょせいてきようけさせたいとねがい、じょせいにくたいまれさせるのです。だからにくたいじょせいだったらじょせいらしくなるれんしゅうをしたほうがいのです、それがほんたいのほうのねがいです。たましいねがいとはちょうどせいはんたいになります。
 たましいらくだったらいいから、だんせいようおおたましいひとだんせいっぽくきたほうがらくきられます。でもほんたいのほうのぶんせいはんたいかたをしてでもあたらしいものをつたえたいのです。


          たすけてくださいとわなくても、「ありがとうございます」

-ありがとうございます-
 くるしいときには「たすけてほしい」というおもいをもったり、「たすけてください」とおねがいするのもよくないですか?

ありがとうございます:
 たすけてくださいとわなくても、「ありがとうございます」でたすけてくれますから、いろんなねがいをひつようはありません。「ありがとうございます」はかみさまのたすけをすでにれたじょうたいですから、「ありがとうございます」とったらかみさまのたすけがスッとはいって、すぐにプラスにえてくれます。「たすけてください」というまえかみさまはそのひとたすけてしいということぐらいかってますから、すでたすけてくれているのです。
 たすけてもらえないときというのはそうとうがんかみさまのたすけをきょぜつしているときです。そのときはそのひとのことをそんちょうして、かみさまはやりにはたすけません。ところが、がんきょぜつ姿すがたすこしでもやわらいだらすぐにすきってはいってきます、かみさまはいつもたすけたくてたまらないのです、だからしんぱいはいりません。


      これもばんぐみによってちがいます。いちばんうえごくらくばんぐみ

-ありがとうございます-
めい

ありがとうございます:
 これもばんぐみによってちがいます。いちばんうえごくらくばんぐみだったらかみさまのあい姿すがたばかりえます。ごくばんぐみだったらかみさまのあいたすけをきょぜつしつづけてわれつらぬとおしている姿すがたをとります。このちゅうかんりょうほうあり、かみさまをれた姿すがたきょぜつした姿すがたとプラス・マイナスりょうほうじっています。マイナスをひとかみさまはいないとうし、プラスをひとかみさまのあいばかりということがわかります。でもほんしつかみさまのぜったいあいそのもので、かみさまはぜったいあいれてくれることをにんたいちつづけているのです。これはくつじゃなくてさいこうばんぐみにチャンネルをわせたらあいそのものしかないとかります。「ありがとうございます」ですぐにさいこうばんぐみです。


       はんにゃしんきょうは「ありがとうございます」というかんしゃ

-ありがとうございます-
 はんにゃしんきょうと「ありがとうございます」のつながりは?

ありがとうございます: 
 はんにゃしんきょうは「ありがとうございます」というかんしゃのおいのりのことをいています。つまりはんにゃしんきょうかんしゃについてのせつめいです、そのじっこうが「ありがとうございます」をとなえることです。さいぎゃあていぎゃあていというのはいのことです。ぎゃあていというのは「げんげんかがやいている、ありがとうございます」とっているのです。


       はかというのもかなりとらわれがおおいのです

-ありがとうございます-
 おはかようのしかたについて。

ありがとうございます:
 おはかというのもかなりとらわれがおおいのです。くなったひとはそういうところにははいりません、もしくなってからおはかなかはいるとおもったらたいへんです。いしろうめられてごくばんぐみにはまりんでしいます、んだらおはかはいるのだとおもってったらじっさいにおはかなかにはまりんでしまいます。
 おはかはなくしたらいのです、おはかというものをなくしてあげたら、んだひとは「おはかよりもっといいとこへゆこう」となります。おはかがあったら、せっかくかみさまがうつくしいはなぞのかいみちびいてあげようとしているのにそこへゆこうとしなくなります。

-ありがとうございます-
 おはかへのこつおさかたは?
 
ありがとうございます:
 こつというのも、にくたいというのも、んでからはらないものです。あくまでふるしたうわみたいなもんですから、ゴミててくれたらいのです。「もうらない」とはなしてしまったほうがさっぱりれいぶんになってかいがれます。おはかふるしたうわなどにとらわれないでゆうなほうがいのです、「おはからない」とうぐらいのしんねんがあったらそのなかにはまりまないでみます。おはかはなくしてあげたほうがかいにゆけるからんだひとにとってもいいことなのですが、どちらをえらぶかはほんにんゆうです。


-ありがとうございます-
 まよっているごせんさまはどのようにようさせてもらったらいですか。

ありがとうございます:
 さて、もしぶんがいろんなばんぐみしゅつえんしていたとして…。
 たかばんぐみやくわりえんじている、ひかかがやいておおきいはたらきをしてみなしあわせにしているやくごくばんぐみみなめいわくかけてみなこうにしてさいあくあくやくぶんってるひとよくしととき、どのばんぐみをみてしいですか?もちろんばんぐみです。

 ごせんさんもおなじです、ひくわるばんぐみまよっているばんぐみしくないのです。「げんげんひかかがやいておおぜいみなしあわせにしている」という姿すがたにみてしいのです。だからほんとうようとはげんげんかがやいているごせんさまをおがむことです、かんしゃふかめることです。まよっているとたらどのようなようをしてもぜったいすくわれません。まよっているなんてったらしかられます、「れいせんばん、ワシをなんとこころる!」と。

ちゅうですがここから2002ねん10がつにち・2へどうします。

                
ありがとうございます
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