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()(いの)(ぶん)()

2001ねん10がつにち No.2


       あいしょううというのと、なみうのというの

-ありがとうございます-
 あいひとなみうというのは、あいしょううということですか?

ありがとうございます
 あいしょううというのと、なみうのというのはすこちがうかもしれません。あいしょううというのは、「ぶんにとってごうい」というあいがあります。なみうというのはぶんひつようべんきょうざいりょうぜんてくるじょうたいいます。ひつようべんきょうざいりょうはマイナスの姿すがたっているあいもあります。わるでどうしようもないひとまえあらわれることもひつようなのです。ぶんよごれをかるしてもらうもあるのです、わる姿すがたぶんはそれとせいはんたいあいぶかくなることもます。すべてはまなびであり、いろんなしあわせをはたらきであり、どんどんだいきなしあわせをしてくための、そのていです。
 ぶんにとってごうひとあいしょううとかフィーリングがうというのは、ぶんかっねがいですから「かんしゃ」ではなく「おもい」のほうです。かんしゃきるのであればすべてを「ありがとうございます」とけるのがいのです。そうすればかならおおきなプラスのはたらきをしてくれています。

 
      しょうじょうしょうやまいれにただしいときます。やみ

-ありがとうございます-
 つうつうなどのにくたいあらわれる「しょうじょう」は、ぶんしんこころのマイナスやひとからけたマイナスをあらわしているのですか?

ありがとうございます
 しょうじょうしょうやまいれにただしいときます。やみしてただしくする姿すがたです。しょうじょうこころやみからだうつして、してくださっているはたらきです。どんなびょう姿すがたをとってもそれにったこころのマイナスをしてくださっています。たとえばいたいというひとかならこころいためたことがあるはずです。しんぱいごとなどをめてこころおもくしています。そのこころかるれいにするためにいたいというしょうじょうをとって、こころがすっきりします。だからたいびょうをすればするほどべつじんのようにこころります。しょうじょうたときがかみさまのおおきなきよめがはたらいているときです。しょうじょうを「ありがとうございます」とかんしゃしてけたらしょうじょうこころやみりょうほうともはやくスッキリします。
 ひとからけたかどうかはかんけいなく、どちらにしろようぶんしんぶんゆうぶんこころりこんだマイナスです。それをかみさまにそれをしてもらっているはたらきですから、「ありがとうございます」とけたらすべてプラスプラスにへんします。

 
      ほんもとというひびきからもれるよう

-ありがとうございます-
 ほんなにとくべつやくわりがあるのでしょうか。

ありがとうございます
 ほんもとというひびきからもれるように、こうげんほんげんというおおきなはたらきがあるとおもいます。かたちでいうとほんれっとうかいたいりくしゅくで、これほどピッタリうのはぐらいに、ほんれっとうおおきくかいひろがっています。だからほんかいちゅうしんといえます。ほんれっとうとピッタリのせいもあるらしいのです。ちゅうぜんがそういうこうぞうになっているのです。

 だからといってほんくにくらべてらしいかというとそうではありません。どっちがおやかとわれたらつうかんがえたらおおきいほうおやです。かいというおおきいおやなかうまれたのがほんというちいさいなのかもしれません。またぎゃくほんからかくだいされてかいうまれたというかたもあります。にわとりさきたまごさきか…どちらにしろまんうものではありません、りょうほうがおたがいをささえあってかんしゃしあってよろこぶのがだいです。かいのおかげほんがあって、かいからしあわせにしてもらってとたらいのです。かいほんのおかげでといえればいのです。かいほんがおたがいいによろこってかんしゃえればいのです。

 
      わたくしのおいのりはどんどんわってきていますし

-ありがとうございます-
 おいのりするときはどのようなちでされているのですか? 

ありがとうございます
 わたくしのおいのりはどんどんわってきていますし、もくてきもどんどんへんしています。さいしょはこのかたちをプラスにえたいというつよかったのです。びょうひとだったらびょうなおしてあげたいとか、こうひといやしてあげたいとか、それは、じんてきちいさなもくてきです。
 こんもくてきおおきくなってきてきゅうぜんたいへいとかがもくてきになってきました。それもさいしゅうかたちえたいというかんじがつよかったのです。いまもどんどんへんつづけています。もっとたいせつなのはかたちではなく、こころなにかんれるかということですから、「ひとひとかんかたたかくなれるようなたすかたをしたいとおもっています」。

 たかいものをかんじられるようになったほういですし、かんしゃふかまるほういのです。おもいできているひとおもいをしてあげてかんしゃえられるようになったら、そのひとしんしあわせをつかんでけるようになります。そのかんかたはやさいこうひょうげんかんれるように、「すべてのひとかみさまのさいこうひょうげんかんれるようになるまで」このたすつづけられたらいのです。
 ひとおおきいマイナスのおもいをどれだけえるかもだいです。そのためにはおもいのちからをつけないとです。かみさまのおおきいたすけをあたえるためにもぶんふかいのってかみさまのおおきいひかりらないとぶんとおしていてもらうことはないから、もっともっとおいのりをふかめないといけないのです。

 
      きみ」の「きみ」の、ほんとうちゅうぜっ
 
-ありがとうございます-
 (めい

きみさざれいしいわおとなりてこけすまで」
                                   
ありがとうございます
 「きみ」の「きみ」の、ほんとうちゅうぜったいしんで、てんのうへいというのはちいさいあさです。「」はなかの「」ではなくて「わる」のです。ちゅうそうぞうかみさまのはたらきはいっしゅんいっしゅんえであるということをうたっています。「に」はこのいっしゅんいっしゅんえがげんげんうつわるというです。せんぺんばんどころではなく、はかれないげんげんへんをしている(というです)。

 さざれいしというのはすなみたいなものです。それがあつまっていわおおおきくつよいわ)となる。いわおくだけてすなになるというのはかんがえられますが、すなあつまりかたまっていわおとなるというのはじょうしきかんがえたらのうです。だからそういうではありません。
 さざれいしというのはじんじんぶんぶんします。それがかみさまとちょっけつして、かみさまのほうからひとつにしてくれます。このていると、まだかみさまとちょっけつしているといえませんから、バラバラです。みんながかみさまといったいしてさとったら、かみさまのこころのままにせいはっしてさいこうはたらきがます。ひとひとがそうなったら、ぜんたい調ちょうのもとにかんぺきはたらきをしてさいこうそう姿すがたをこのあらわします。これがさざれいしいわおとなった姿すがたです。

 こけというのは、どんなさむところでもせたでもえるせいめいりょくつよいものです。「こけすまで」というのは、かみさまのいのちかがやわたっているじょうたいします。

きみ」はちゅうそうぞうかみさまのさいこうひょうげんらしさをたたえるうたです。たたえるというのは「ありがとうございます」です。「きみ」はかみさまのさいこうひょうげんさいこうそうげんじつするためのおおきないのことになっています。この「きみ」のとなえているとそうごんげんしゅくちにすっとります。だからこの「きみ」はちいさなしまぐにほんいっこくゆうすべきうたではありません。かいじゅうひとびとに「どうぞ、ごゆうにお使つかいください」とていきょうしたほういのです。それだけらしいうたです。

 
      たましいたかげんがってエネルギーをきゅうしても
 
-ありがとうございます-
 ひとはなぜねむるのですか?

ありがとうございます:
 たましいたかげんがってエネルギーをきゅうしてもらうためです。そこでたくさんのエネルギーをきゅうしてもらって、このもどってきて、そのエネルギーを使つかってひょうげんさせてもらうのです。そのねむっているあいだしゅれいさまがはたらいてくれて、ゆめ姿すがたをとってきよめてくれます。

-ありがとうございます-
 ねむれないことがあります。

ありがとうございます:
 ねむれなかったらつかれてきます。じょうとエネルギーきゅうけそこないます。そのときつかれやすいのです。

-ありがとうございます-
 でもげんなんです。
 
ありがとうございます:
 そしたらねむらなくてもいです、わたくしおなじかもしれません。ちいさいときからさんかんさいきんいっすいないことがおおいのです。でもきていられればおいのりできますから、ねむれなくてもそのぶん、おいのりのかんがあるとおもえばかんしゃできます。おいのりでエネルギーをきゅうすれば、エネルギーきゅうのためのねむりはらないです。

 
      アトピーなどのしょうじょうたいじんかんけいから

-ありがとうございます-
 アトピーはどのようなところからきていますか?

ありがとうございます:
 アトピーなどのしょうじょうたいじんかんけいからきています。ひととのかんけいにおいてのふくざつなマイナスのいきさつこころまっています。それはこのだけでなくおもいもこころはいんでいることもあります。またひとおもいもけてしょうじょうあらわされていることもあります。ひとおもいをけて、ぶんからだ使つかってかみさまのおおきいきよめのはたらきをさせてもらっていることになります。「ありがとうございます」とかんしゃすることでそのきよめのはたらきがかつどうてきおおきくなります。けたものがぜんえてしまったらしょうじょうえます。

-ありがとうございます-
 くすり使つかわないほういですか?

ありがとうございます:
 くすりたよったときはかみさまにたよっていませんから、ほんとうのおきよめのはたらきをさせてもらえません。かんしゃひとすじになるほうかみさまのほんとうのおきよめのはたらきに使つかってもらえますから、おおきいたすけをけやすくなります。ただ、くすり使つかってはということではありません。しょうじょうかるくするいろんなくすり使つかうのはかまいません。でもそこにはたよらないほういです。くすり使つかってもくすりにはたよらないことだいです。使つかっても使つかわなくてもどちらでもよくて、くすりぶんとはかんけいかんがえるぐらいいのです。
 くすりつくってくれるひとや、使つかいなさいとってくれるひとや、たくさんのひとあいねんがありますからそれはきょぜつしなくていのです。ぶんはそこにはたよらないとめて、かみさまだけにたよっているのがいのです。

-ありがとうございます-
 びょうになったらおしゃさんにかかってもいですか。

ありがとうございます:
 ほんとうかみさまだけにたよるのがそうです。わたくしちいさいころははたいぼうせいかつい、おかねいっせんもないじょうたいにずっとかれていました。ものもままならないじょうたいで、ぶんべずにどもけます。そうしたらぶんえいようしっ調ちょうになります。ははもともとじょうからだっていましたけれども、えいようしっ調ちょうげんいんいろんなびょうかかりました。それでもくすりにはたよりません、おかねがないからしゃにもかかれません。どんなびょうになってもかみさまにすがるしかないのです。しゃたよってなおしてもらうとこうしょうのこあいがありますが、ははあいかみさまにまったこうしょうもなしにピタリとなおしてもらっていました。

 おいのりというのはほんらいものすごくきびしいもので、おいのりでひとたすけるというあいひとのマイナスをいったんぶんけなくてはなりません。そしてぶんいのちえにそのひとのマイナスをってくださいとかみさまにおねがいしてしていただくのです。わたくしいっしゅんいっしゅんで、いのちささげるちでおいのりにはいります。けたものがたくさんまってくるとしきれないぶんてきます。そうすると、ったマイナスがいろんなしょうじょうとしててきて、えるまでじゅうびょうにん姿すがたをとることもあります。ひどいときなんげつもひどいじょうたいつづきます。

 あるときさんげつあいだぐらいんでんでそれがまらないことがありました。ものべれませんでした。ねむろうとしてもきゅうまりそうになってねむれませんでした。かなりたいりょくちるし、ちのうえでも「もうダメかな」というぐらいいつめられました。かんてきかたはしないほうなのですが、そこまでいつめられると、おしゃさんにでもっててんてきでもってもらおうかなと…。

 それでほんとうにおしゃさんにきました。そしたら、てもらうまえせきまってしまったのです、まちあいしつっていてもせきません。てもらったらけっは「いのちあぶないじょうたいだからぜったいあんせいそくにゅういん」というものでした。でもいそがしいからにゅういんなんかしてられない。「いそがしいからかえります」とったら、そのおしゃさんがものすごくおこってきとめるのです。ぜったいぬことがわかっていてにゅういんさせずにかえしてしまったらせきにんもんだいだとうのです。かえるなら「わたくしせいってかえった」とちゃんとかみいてかえりなさと…。そのようにしてやりかえってきました。そのあと…なんともなかった。かみさまがすこしかわいそうにおもったのでしょう。さんげつつづいたせきがそのあとピタッとえました。そんなたいけんしゅるいをかえていっぱいあるのです。だからくすりたよらなくてもおしゃさんにたよらなくてもかみさまにたよっていたらちゃんとしてくれます。

-ありがとうございます-
 (めい

ありがとうございます:
 そのひとは、いろんなくるしみをあじわうことでおおきなべんきょうをさせてもらっているかもしれません。おもいをしてきているときはマイナスへくべきときです。そのときにそれをこちらのかっめてしまったら、またしょうらいおなじことをかえします。いっかいマイナスをたいけんするのであればとことんたいけんさせて、はやませてあげるほういのです。そしてわってかんしゃほうときにすっとたすけてあげればいのです、それがさいたんコースです。そのかみさまがちゃんとはからってみちびいてくれます、だからひとのことをしんぱいするよりも、ぶんかんしゃふかめたほういのです。
 たらこちらがわかんしゃのおいのりをさせてもらって、あいのマイナスをさせてもらえるようになるかもしれません。まわりにたいしてぶんひつようだったらかみさまが使つかってくださいます。ひかりえんのあるほうとどくようになります。そのときぶんかみさまに使つかってもらいやすいように、いまかんしゃふかめておくのがいのです。


       すいしょうだけではいしころいっおおきなはたらきがあ

-ありがとうございます-
 すいしょうなにはたらきをしてくれていますか?

ありがとうございます:
 すいしょうだけではいしころいっおおきなはたらきがあります。みんなかみさまのあいけっしょうです。げんげんかがやいた姿すがたをとっていますから、そのへんころがっているいしころもおおきなはたらきがあります。ただ、「すいしょうにはちからがある」とおもえば、おもったぶんだけのちからはっしてくれます。どんないしころもげんはたらきがあるとおもえば、いしころからげんはたらきをかんれます。

 すいしょうにはちからがあるとせんでんされていますから、すいしょうにつけているひとがかなりいますが、もしすいしょうとしたりくしたりしたらどうなるのでしょう。としたりくしたりしたらたよるところがくなってしまいます。ほんとうたよるところはかみさまというふうにさだめたら、ことによってかみさまのたすけをゆうざいけられます。いしころいっっていても、そこからげんたすけをけられるとおもえば、いしころいっげんひかりはなって、げんたすけをけられます。ちゅうぜんたいげんひかりはなってぶんつつみこんでたすけてくれているとおもえば、ちゅうぜんたいからいつもひかりけられます。
 だから、ぜったいくならないものにたよったほういのです。それはなにかというとことちからです。ことをしっかりただしく使つかうことをけたら、かみさまのおおきなはたらきをけられます。

                  ありがとうございます

                
ありがとうございます
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