真祈り文庫
2001年9月29日
No.4
ありがとうございます護摩のお話しがなされていますが、テープ起こしした原稿がありません。この部分は省略します。どなたかテープ起こしをして下さい。
神さまの働きが、霊魂と元体とに要素が別
-ありがとうございます-
ひとつひとつの細胞に魂が宿っているのですか?
ありがとうございます:
神さまの働きが、霊魂と元体とに要素が別れてそれがピタッと組み合わさるのです。霊に対する対極は元と言います。霊が四つの四魂に別れ、元が四体という固体・液体・気体・精体に分かれます。そのすべてが精妙に微妙に組み合わさります、一体化します。霊だけだと、体だけだとたいした事はないのです、霊と体がピタッとひとつになって生命体として生まれます。そこに神さまの最高傑作としての味わいが生まれています。本当に神業と言うしかないのです。
だから肉体に魂が入ってというようなそんな単純な話ではありません。もっと神秘不可思議な働きの結果として人間として生まれています。
-ありがとうございます-
心臓移植をして、お酒が嫌いな人が好きになったのは、想念までくっついてきたのでしょうか?
ありがとうございます:
色んな働きが加わってその影響はありますが、それには色んな意味あいがあります。他から思いを送られて影響を受けて変化することがあり、念力操作というのがあります。あの世の人やこの世の人から色んな思いが、また思いではなくても祈りの光とか、色んなことでお互いに影響し合って変化します。それは、全体もそうですし細胞一個でも変化します。細胞一個一個でもみんな癖がありますから、どういう波を受けてどう変化するかは同じではありません。
複雑なのです。「ありがとございます」も使
-ありがとうございます-
先生は、お祈りの時に目を瞑って静かになさっていますが、心の中で「ありがとうございます」と祈っておられるのですか?
ありがとうございます:
複雑なのです。「ありがとございます」も使っていますし、その中に「天照大御神さま今ここに在します」もありますし、「新たな全徳の無限の無限の輝きが一杯」もありますし、神さまの徳性を数え上げたら中に全部含まれています。祈り言葉としていっぱい同時に使っているのです、それと同時に皆無限に無限に輝いているという感じ方をしています。
神さまの徳性・色合いが全部違います、愛の光・知恵の光というように。この世の光ではないのですが、その光の微妙な組み合わせの感じが言葉では表せない位すごい・美しく素晴らしいものです。
-ありがとうございます-
私たちはどのような祈り方をすれば良いでしょうか?
ありがとうございます:
最初は形から入っていくのですが、自由自在がいいのです。声に出す時は出していいし、心だけの時はそれでいいし、早口言葉で唱えるのも大事です、ゆったりと噛み締めながら唱えるのも大事ですし。
これはみんな神さまの方から、神さまと一体化する為の最短コースを歩ませようとして働きかけてきているのです。だから、お任せという感覚で助けを受け続けるのが早いのです。自分であれこれ考え過ぎない方が良いのです、ただ「ありがとうございます」と受け続ければ中からどんどん変化し続けます。
人の心には、求める心と与える心があります。求める心の方が多いのです、与える心は感謝の心から生まれてきます。与える心で「ありがとうございます」と唱えると神さまの助けは大きくたくさん入ってきます。求める心だと我の心なのです、小さい器で「ありがとうございます」を唱えると入ってくるのが少ないのです。求める心だと、その小さい殻をも打ち破る事も出来ないくらい小さくなってしまいます。
病気を治したいという求める心だと大きい助けは受けていません、受け損なって治りにくい。病気を治して欲しい・治そうと思わないで、世の中に奉仕したいとか与える心で「ありがとうございます」を言っている方が、病気も知らぬ間に消えて治っています。求める心は起こさないというよりは、与える心を積極的に起こして「ありがとうございます」を唱えるのが良いのです。そうしたら、神さまの助けが受けやすいのです。
それは何でも良いのです、自分の持っている何かを与えよう、神さまに恩返ししようというように、そういう気持ちを起こして「ありがとうございます」と唱えるのが大事です。人に与えるものが何もなかったら笑顔だけで良いのです、笑顔を与えようという気持ちで「ありがとうございます」を笑いながら言えば効果抜群です。
言葉をかけるのでも、マイナスの言葉を与えるよりもプラスの励ましの言葉を与えながら「ありがとうございます」を加えていけばいいのです。そうすれば助けが受けやすくなります。自分に出来る何でも良いのです、プラスのものを与えようという気持ちを起こせば、お祈りの効果が大きくなります。
-ありがとうございます-
自分の言動、人の言動、世の中のありさまを見ているとマイナスの方が多いのですが、「ありがとうございます」を唱えていれば大丈夫なのでしょうか?
ありがとうございます:
大きいマイナスを消す方法は、「無限のマイナスをこんなに軽く済ませて消して下さって、ありがとうございます」と言えばいいのです。この世に出た少々のマイナスはたいしたことはありません、無限のマイナスと比べたら小さいものです。それを消し続けて下さっているというふうに言えば、現れたマイナスがしぼんでいきます。
無限のマイナスを、もうひとつ無限の無限のマイナスを免除して消し続けて下さってありがとうございますと言えば、マイナスを相手に生きなくて済むように成ります。
みんなどういうチャンネルでも楽しんでいま
-ありがとうございます-
ひとつの番組に凝り固まっている人はどうなりますか?
ありがとうございます:
みんなどういうチャンネルでも楽しんでいます。テレビを見るときは戦争番組を見て楽しむ人もあるし、やくざ番組を見て自分がその主人公に成ったような気がして楽しんでいる人もいます。それぞれの番組があってそれぞれ自分が成りきって楽しみます、それに飽きたら次のに進みます。
色んな番組を体験してその主人公に成るというのも、ある時期には必要なのです。悪い役に成りきって、その人が本当に悪いのかと言うとそうではありません。本当のその人は、神さまと一体の無限に素晴らしい人です、ただ低い番組を味わって楽しんでいるというそれだけなのです。
-ありがとうございます-
それでその人は満足なのですか?
ありがとうございます:
他の人も満足です。極楽世界は、蓮の花の上に座ってご馳走がいっぱいと言うのですが、本当の極楽世界は座っていないのです。蓮の花の上にずうっと座っているのが苦痛になります、「何もしないで寝ていて良いですよ」と言われても、元気な時に一日寝ているだけでも全身痛くなります。
蓮と言うのは花が咲くと同時に実が先に中に出来ています。神さまの世界にある最高理想が中にあってそれが花開いているという姿なのですけど、皇室の菊のご紋も十六花弁で、蓮も描く時には十六花弁にするのです。これは、神さまの宇宙創造の仕組みの模型なのです、一番高い最高理想の世界の模型という意味は、神さまの働きが無限に無限に躍動してスピードが無限に速くなっている世界です。
本当に極楽世界に住んでいる人は、二十四時間働き通しで人の為に尽くすばかりなのです。それが楽しくて楽しくてたまらないという感じで、夜も寝ないで働くのです。人は働いて人に与えるほど喜びが大きくなります。人を幸せにしたら人の幸せも自分の幸せに取り込めるのです。
極楽世界は与えるばかりです、だから周りからも与えて貰うばかりです。それが循環するのです、不幸に成りようが無いのです。人から与えて貰うだけだったら苦しいのです、おまけに低い番組だったら「返せ」といってきますから。
宇宙想像の仕組みを形に表すとそういう形に
-ありがとうございます-
十六花弁やピラミッドや六ぼう星など、形にも意味がありますか?
ありがとうございます:
宇宙想像の仕組みを形に表すとそういう形になるのです。元にあるのは神さまの本当の働きです、それを単純化したらそういう模型的なものになってきます。模型は模型であくまでもつまらないものです、ただ模型を通さないとわかりにくいから、本当は何もないものをそのままみて神さまの最高の姿があると見るのが良いのですけど、それに気付かない場合は模型を見せて、これに近いものが奥にあると教えて貰うのがわかりやすいのです。そういう意味で模型が生まれます。
-ありがとうございます-
形としての最高表現が十六花弁ですか?
ありがとうございます:
天照大御神さまの最高表現の姿を現しています。もっと詳しく見れば、もっと細かく中が分かれて荘厳な姿の模型が生まれるのですが、十六花弁は一番単純な模型です。
「ありがとうございます」さえ唱えていれば
-ありがとうございます-
仕事で成果を出さなければならない時はどうしても我が出てしまいますが、そういうときも「ありがとうございます」を唱えていればいいのですか?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」さえ唱えていれば神さまのバックアップが大きくなります。自分自身に徳がなくても神さまの徳を頂いたら何をしても成功します。
インスピレーションというのはどこからきて
-ありがとうございます-
啓示を受けて動いている人が幾人かいらっしゃいますが、それについてどう思われますか?
ありがとうございます:
インスピレーションというのはどこからきているかが問題です。無限の無限のチャンネルがあったら、どこからでもインスピレーションが来ます、その時の自分の心境に応じた所からメッセージを受けます。低い所ほど高慢な姿で強制的に指図してきます、高いほど謙虚に自分を隠して自由を尊重しながら囁くようにアドバイスしてきます。その見極めは自分自身がします、自分の心境がどこに波長が合ってるかが問題です。
謙虚になるほど良いのです、自由を縛らない方が良いのです。それに振り回されたら奴隷になってしまいます。本当の神さまからの正しい導きは自分の中から自然に出てきて、自分としてわかる方が良いのです。神さまの御心が自分の心になって出てくる、神さまの導きが自然に自分が思いつくような感じでわかって行動するのが大事です。
宇宙の大神さまとまで行かなくても、守護霊さまの導きもそうです、自分の中からではなくて外から話し掛けてくるのは、守護霊さまではない場合があります。守護霊さまは自分の考えのようにわからせてくれる場合が多いのです。外から導かれるインスピレーションにはあまり深入りしない方が良いのです、深入りしたら操り人形になりやすいのです。
自分が今見ている姿を、そのマイナスを掴ん
-ありがとうございます-
人を助ける時の祈り方を教えてください
ありがとうございます:
自分が今見ている姿を、そのマイナスを掴んだ時の姿と正反対の見方です。苦しんでいると見えたとしたら、無限に喜んでいるというように。その人がお祈りもしないで迷っていると思うのだったら、この人は悟っている・お祈りをしっかりしているというように。正反対のプラスの言葉で見ていったら変化します。
-ありがとうございます-
お祈りするというよりもそういう見方に自分を変えるのですか?
ありがとうございます:
自分を変えるのが一番良いのです、自分を変えて番組が変わるのが良いのです。そうしたら人の自由を縛っていません。
-ありがとうございます-
その時の言葉は「断言」した言葉ですか?
ありがとうございます:
断言した言葉の方が力があります。・・・ありますように・なりますようにでは弱いです、そこに求める願いが出てしまいます。すでに実現しているという姿を受けるのが良いのです、断定的な断言的な方が受けやすいのです。
現実のマイナスを掴み過ぎた時は、病気になったときなどは「健康である」と思えない時があります。「病気なのになぜ健康だと思わなければいけないの」と反発する心が湧いてきます。そういう時は無理があります、そういう時は救済の神さまを間に立てるのです。
そうしておいて、病気が治りますように・健康になりますようにとか・良くして頂いてありがとうございますとか、柔らかい感じで神さまの方へ心を向けたら良いのです。だんだんとプラスに心が向き出したら、今度は断定的に「無限健康を与えて頂いてありがとうございます」と言えば良いのです。
-ありがとうございます-
本人には薦めない方が良いですか?
ありがとうございます:
人を変えようと働きかけるより、すでに変わっているという気持ちで、向こうからアドバイスを求めてくる方が良いのです。あの人を変えてあげたいと思うのは、自分の勝手なエゴかもしれません。その人に変えることが必要かはわかりません。本当にその人が変わりたいと願っているのだったら、周りの人にアドバイスを求めます。
低い番組を低い番組だと見ている自分、その立
-ありがとうございます-
自分が低い番組に嵌り込んでいるのは良くわかっているのです、でもそれを演じてしまいます。その場面で「ありがとうございます」と言えばいいのですか?
ありがとうございます:
低い番組を低い番組だと見ている自分、その立場は高い立場です。高い立場に立って低く見るという見方は、自分が高い立場に立っていると喜べばいいのですが、自分が高い立場に立たせて貰っているというように感謝して喜べばいいのですが。それだけがすべてではありません、低い番組もマイナスの姿もプラスに見る自分に成るというのも大事です。
自分の立場をもっと広くしてそれをプラスに見る勉強も必要です。そうすると、低い番組を見ていても、もっと低い番組から見たら全部プラスの番組というふうに見えてきて、味わい方が大きく変化して価値あるものとして変わります。色んな角度からの学びが必要になります、そうして幸せを大きく深くしていきます。必要な勉強はみんなさせてもらっています、神さまがいつも守り護って最短コースを歩むようにしてくれています。だから、そのときその時の気付き・勉強を大事にして感謝を深めていけば良いだけです。
-ありがとうございます-
低い番組に生かしてもらっていることに感謝する事ですか?
ありがとうございます:
それも大事ですけど、他にも色んな感謝が出てきます。気付いた程度に応じて色んな感謝が湧いてくるようになります。本当は、すべてのすべてに感謝が無限に深くなるのが一番いいのですが順番があります。
時間というのは時計で測る時間が本当の時間
-ありがとうございます-
あの世には時間がないのですか?
ありがとうございます:
時間というのは時計で測る時間が本当の時間ではないのです。体験の連続が時間になります、時間の感覚は、たくさん体験する世界と少し体験する世界と色々です。高い世界ほど一瞬にたくさん体験します、高い世界の感覚と低い世界の感覚は全然違います。この世の時間とあの世の時間では、種類の違う時間があります。
-ありがとうございます-
あの世からこの世に合わせると、過去でも未来でも見えるのかと思ったのですが?
ありがとうございます:
ひとつの番組の中に過去・現在・未来、全部あります。
-ありがとうございます-
高い世界ほどスピードが速くたくさん体験するなら、その世界にはゆったりした状態はないのですか?
ありがとうございます:
スピードが速いほどゆったりしています。スピードの速い世界についていける自分があります、だから逆にのんびり・ゆったりします。
浦島太郎はこの世から竜宮城へ連れて行ってもらいます、竜宮城に住んでいる間は楽しい時間が過ごせます。あまり時間が経った感覚がなしに幸せいっぱいの時間を過ごしています。こちらへ戻ってきたら長い年月が経っていた。
幸せな体験が多いその時には時間が経つのが少ないのです。この世の幸せの少ない世界に戻ってくると、長い時間が経っている。時間と空間の仕組みがそう成っているのです、時間が一点に絞り込まれていくと空間が無限に広がります。時間が長くなると空間が一点に絞り込まれていきます。極楽は今の一瞬一瞬を幸せいっぱいに生きて、空間が無限に広がっています。地獄は時間が無限に長く、苦しい時間が無限に長くて小さい穴に入り込んだような世界です。これが時間と空間の仕組みです。
時間を今に絞り込むと空間が無限に広がって幸せいっぱいになります。過去を掴み未来を心配すると、時間を引き伸ばした分だけ世界が狭まります、苦しみが大きくなります。だから、今を一瞬一瞬楽しんでいる人は幸せいっぱいです。
-ありがとうございます-
竜宮城は本当にありますか?
ありがとうございます:
言葉で表現できる世界は全部あります。ただ、竜宮城は最高の世界ではありません。
-ありがとうございます-
高い世界は、光り輝いているというよりも、光と闇が調和している世界ですか?
ありがとうございます:
やはり光り輝いている世界です。闇は低い方です。調和が光り輝いているのです、適材適所に配置されて光の振り分け方が素晴らしいのです、それが調和なのです。高い世界は細かいものまで適材適所に配置されます。人も自分に合った仕事をした時が一番輝きます、調和した時が最高に輝きます。
ありがとうございます