真祈り文庫
2001年9月29日
No.3
「ありがとうございます」と唱える時は、も
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」と唱えている時に否定的なことを言っても、否定的なことは思いで「ありがとうございます」はお祈りだから大丈夫とのことですが、その違いについて教えてください。
ありがとうございます:
「ありがとうございます」と唱える時は、もう既に神さまの助けが先に入ってきています、唱えさせて頂いているのです。だから自分が勝手に思っているのではありません、「ありがとうございます」と一言いえるときは、もうかなり謙虚になって神さまの助けを受け入れられる状態です。だから「ありがとうございます」と神さまの助けが入って言わせて頂くのです。それで即助けを受けているのです。大きいマイナスを消し続けて下さっています。
ただ、神さまの消し方は必要な所から消し続けます、どこから消すかは神さま次第です。表面から消した方が良かったら表面から消して下さる、奥から消した方がいいときは奥から消して下さいます。表面から消して頂くとマイナスが表面に出ません、奥からだとマイナスが出る可能性があります。どちらが良いかと言うと人によって違います、病気でもすぐに治ってその方がプラスになるという人は、表面から消して下さる場合があります。しばらく病気の姿をとった方が真剣に感謝ができるようになって、感謝が深まるという時は奥から先に消して表面は後回しです。
一回一回の「ありがとうございます」は神さまの助けを受けた結果として出てくるのです、だから、神さまの助けは確実に受け続けています。だから心配ないのです。
感謝の心を起こすということは、神さまの愛
-ありがとうございます-
アメリカでのテロ事件から私たちは何を学んだらいいのでしょうか?
ありがとうございます:
感謝の心を起こすということは、神さまの本当の愛の助けを受けるという状態です。神さまの本当の愛の助けがどのように働いているかというと、人が過去にどれだけ大きいマイナスを積み重ねても、無限のマイナスを積み重ねても、神さまの愛がそれを免除して下さるのです、いつも免除し続けて下さるのです。その上に立って更に無限のプラスを与え続けて下さっています。更には、感謝の心が湧き出るように助け続けて下さっているのです。
もし、マイナスの姿が形に出るとしたら、本当に心の勉強材料だけを残して下さっているのです。その他のマイナスは神さまの方で免除して肩代わりして下さっています。だから、そのマイナスの姿を見てどういうふうに学びを増やしていくか、いろんな角度からの学びがあります。
先ず、感謝を深めるという意味では、大きいマイナスを小さくして消して下さっていると、大難を小難に変えて助けて下さっていると、そこに気付かないといけないのです。大難が無難になったら気付きません、マイナスが全然出ないと気付かない、マイナスを消し続けて貰っているのに気付かない。そういう場合は大難を小難に少し現すのです、そして、消して貰うことによって''助けて貰った''と気付きやすくなります。
-ありがとうございます-
亡くなった人たちはどう思えば良いのですか?
ありがとうございます:
寿命は決まっていると言えば、それぞれに決まっています。寿命が決まっているとしたら、どういう死に方をするかです。死に方も一人一人にとって一番良い死に方がいいのです、畳の上で安楽に死んだからそれが本当にいいのかはわからない、その時は一時的にはいいように見えます。
この世に出てきた目的は大きいマイナスを消して大きいプラスを積み重ねる為です。そういう意味ではみんなの身代わりに大きいマイナスを消す役目も大事なのです、そうすると自分は大きいプラスを積み重ねたと同じ意味になります。楽して一生を終わるよりもマイナスを背負ってでも大きい働きをさせて貰う方が、大きい陰徳を積むのです。そういう役割に付けた人は悲惨な死に方をしても良いのです、大犠牲精神を発揮して大きく身代わりになって人助けをした、イエス・キリストさまが十字架にかかったようなものです。そういう人は早く魂が進歩します、本心が輝きます。
これも一人一人の自由意志によるものです、心の奥から自由意志が出てきて自分の生き方を決めてきます。キリスト教の人は特にそうです、イエスさまの真似をしたいという願いが心の奥底にあるとしたら、自ら犠牲を買ってでも(そうします)。そういう犠牲精神を発揮している人のことを見て、可愛そうにと言う方が失礼です。
一律には見れないいろんな見方があります、私たちが見るんだったら、そういう大犠牲精神を発揮して助けてくださったというふうに見て、感謝を深めるということが大事です。自分も感謝が深まって幸せになるし、感謝された人も大きく進歩して幸せに成っていけます。
-ありがとうございます-
一生懸命にお祈りをしていたら通じるのでしょうか?
ありがとうございます:
みんなの心のあり方というのが一番大事なので、心で何をしっかり選択して受けていけるかです。ただ、みんなが同じではないですから、戦争ごっこをして楽しみたい人が少しはいるかもしれない、そういう人はそういう場へ自分を持っていくでしょうし、恨みの心を解いて謙虚にその人の幸せを願って感謝する人もあるでしょうし、色んな人の生き方があってそれが総合されて色んな姿で移り変わると思います。ただ、プラスに受けていく方が世の中を良くします、マイナスに見て恨み続けても悪くなる一方です、そういう生き方はとりたくないものです。
-ありがとうございます-
長生きすれば良いというわけでは無いのですね?
ありがとうございます:
それは無い、この世に生まれてくる時は予め寿命が決まっています、勉強期間ということで。充実した月日を送れば短くてもいいのです、凝縮した生き方で。高い魂の人が、自分の先祖とか縁者の所に生まれた人のマイナスを肩代わりして消す為に、この世に生まれて直ぐそのマイナスを背負って死ぬということで清算して、あの世の高い世界へ戻ります。また、この世の人と縁結びをして護りやすくして、向こうから大きく守って下さっているという意味もあります。だから、幼くして死んで可愛そうに・・・は無いのです。マイナスに見て悲しむのは思いの方です、感謝の心はすべてをプラスに受けて喜ぶ方です。
もし堕胎して、勝手に堕胎して殺したとした
-ありがとうございます-
水子供養はした方がいいのですか?
ありがとうございます:
もし堕胎して、自分が勝手に堕胎して殺したとしたら、自分の心に反省は要ります。この世に生まれてきて進歩するチャンスを奪ってしまったのですから、その分は、反省してお詫びして償いは必要です。
償いはどういうふうにすれば良いか、この世に生まれて進歩するだけの物を与え返さないといけない。だから、早く自分が立派に成ればいいのです、自分が立派に成れば善いものを周りに与え尽くせます、その徳を亡くなったその子に巡らせば良いのです。自分の積み上げた徳をお返しすれば良いのです、そうしらた、この世に生まれてきて進歩した以上にあの世で進歩して高い立派な人に成ります。
ただ、過去のマイナスを掴んで悔いて泣いてというのは仕方が無いのです、過去の済んだことは仕方が無いです、それをいかにプラスに切り替えていくかが大事です。プラスにプラスに生きることの方が大事なのです。
どんなマイナスも心の勉強というように見て
-ありがとうございます-
孫が生まれた時から斜視なのです、これは家族とか先祖に関係があるのでしょうか?
ありがとうございます:
どんなマイナスも心の勉強というように見たら、色んな気付きが出てくる筈です。その気付きも「ありがとうございます」と感謝すると、正しくいろんな角度から気付けます。その気付きがあって勉強が終わったら直ぐに治して貰うのです。だから神さまにとったら他のは無いのです。
-ありがとうございます-
それ(感謝して気付く)は母親ではなくて私でもいいのですか?
ありがとうございます:
それを掴んで心を痛めるのだったら、それを自分の問題として受けて。本当はみんな大きく自分の責任だと見れる人は大きな人です。それだけの大きい役割使命があってみんなを幸せにする大きい働きをする役目です。気付かせて頂けるし、大きい働きをさせて頂けるのです。
どんな問題でも「ありがとうございます」と感謝を深めたら、問題が問題では無くなって消えてしまいます。すべての問題を解決するオールマイティな力があります、いかに感謝の心を起こせるかというこれが一番の大きい勉強です。
大きい立場から見たときに、神さまと一体の
-ありがとうございます-
会うのも嫌な人がいます、影では「ありがとうございます」と思うのですが心から思っていないのです。
ありがとうございます:
大きい立場から見たときに、神さまと一体の自分に対して、神さまは無限の無限のチャンネルを用意して自由に味わって楽しみなさいと、神さまの世界から送り出して貰うのです。だから、マイナスの番組もあります、プラスの番組もあります、地獄番組から極楽番組まで全部そろいます。
最初は神さまと一体の自分は幸せいっぱいなので、最高番組を選びません、良い姿に飽きてしまっているからです。少し低い番組を見に行きます、地獄までは行かないのですが色んな番組を選んでは見てくるのです。
そうすると、本当の幸せな自分を知っているのでみんなマイナスに見えます、マイナスの番組を見てその中に嵌り込んでいくとそこから抜けられなくなっていきます。掴んでしまって苦しむ時もあります、そういうときもあります。それで色んなマイナスの思いをいっぱい心に溜め込んでしまうのです、そうするとまた低い番組へ波が合っていきます、もうひとつ低い番組を見ていくことに成ります。それが何回か繰り返されないとマイナスに飽きてこないのです。
もうマイナスは嫌だ、プラスの方へ戻りたいという願いが出てきたら、かなり謙虚になっています、大抵は自分勝手に好きな番組を選んで生きているから、高い番組が良いよといわれても低い番組へいくのです。我の強い時は低い番組を選びます、我が砕けてくると高い番組へ戻るように仕組まれているのです。
謙虚になって高い番組に戻りたい時には必ず神さまの助けが入ってきます、頼まなくても良いのです、間髪を入れずに助けてくれます。それが「ありがとうございます」という心に成って出てきます。そうすると、どんどん神さまの助けを受け入れて心の中のマイナスの思いを全部消して下さるのです。どんどん消して下さるからその分高い番組に波長が合ってきます、自分の見ている世界がどんどんプラスが多くなってきます。もっともっとプラスな番組へというように上へ上へあげてもらって、感謝の心もどんどん深まるように助けてくれます。
低い番組を見たから高い番組がより感謝が深くなって受けられるようになるのです、最初から高い番組だけだったら、慣れてしまったら「たいした事はないな」と終わってしまいます。低い番組を見てきたことが自分にとっては大きい幸せだったなと後で気付くのです。だから心配はありません、同じ番組は見ていないから、一人一人歩む道は違い同じ道は歩みません。でも、一人一人が最短コースを歩むように守り導かれているから大丈夫です。
それも良いのです、自殺するというのも大事
-ありがとうございます-
人生の途中で自殺してしまった場合はどう思ったら良いのですか?
ありがとうございます:
それも良いのです、自殺するというのも大事なのです。ずうっと自殺しっぱなしというのは困るのですが、無限の年月の中で一回や二回自殺したっていい体験になります。そういう時があっても大丈夫です、それをプラスに変えて大きい幸せを掴むように成ってきます。
自殺したらマイナスだと決め付けない方が良いのです、苦しみから逃げたから、悪いことをしたから地獄へいくのだとか、そういうふうに決め付けない方が良いのです。それは、マイナスの言葉を使ってマイナスに縛られていく事になります。どういう生き方もプラスにプラスに受けていけたら自分もプラスに転換していけます。
もし他の人が自殺されたら、自分の身代わりに分身として自殺して、私に色んなことを教えてくれているという位が良いのです。それで、その人を可哀想に思わないで、責めなくても良くなります。
-ありがとうございます-
亡くなった人も自分の身代わりとして感謝すればいいのですか?
ありがとうございます:
もう亡くなったというのだったら、もっとプラスの見方があります。すべてが一瞬一瞬大きく変化し続けているのです、今の自分と次の一瞬の自分とは違います、変化してしまうということは本当は別人なのです。一瞬一瞬死んで一瞬一瞬生まれ変わっているといえるのです。
永い年月の移り変る姿をぼやっと掴むと、連続してひとつに見てしまいます。本当は一瞬一瞬の移り変わりをはっきりと区別できたら、全く新しい自分、新しい自分と受け直せます。そうしたらいつも一瞬一瞬死に切ると同時に生まれてきているのです。そうしたらぼんやりとした死はないのです、常に神さまの中から新たに生まれ出てきて幸せいっぱいに生き続けている、そういう生き方になります、その方がプラスです。
自分というものを何と捉えるかという事が大
-ありがとうございます-
分身についてもう少し教えてください
ありがとうございます:
自分というものを何と捉えるかという事が大事です、この肉体人間だけを自分と捉えると小さい捉え方で、そう思っているだけです。本当は、神さまから受けたすべてが自分なのです。
神さまから無限の無限のチャンネルを与えてもらって、ひとつの番組に波長を合わせてその番組を見ているとしたら、その見ている番組全部が自分のものです。今見ている世界全部が自分なのです、宇宙全体です。神さまから頂いた全部が自分のものです、その全部が自分だと思えば良いのです、宇宙が自分だと。だから全人類が自分の分身です、そういうふうにみると大きく受けたことに成ります。
感謝の心は常に神さまからすべてを受け直して大きく受けて喜ぶ心です、思いの方は小さく思って小さく受けるだけです、これだけが自分だと思うと他が自分でなくなります。感謝さえあれば神さまから受けたもの全部が自分です、一体感が深まります。
神さまの与える無限の無限のチャンネルの中
-ありがとうございます-
何回も生まれ変わって少しずつ成長していくようになっているのですか?
ありがとうございます:
神さまの与える無限の無限のチャンネルの中に、思いのいっぱい入るチャンネルと、思いのない感謝だけのチャンネルとに分かれます。思いのある方が過去を掴んで、過去の姿をぼんやり掴んで引きずります、そうすると輪廻転生の生まれ変わりの世界をそこに見ていくのです。
でも、感謝の心の方は輪廻転生がなくなってきます、一瞬一瞬の生まれ変わりになって魂の生まれ変わりはありません。魂という感覚も消えて神さまなる自分を、輝いた自分を生きているというふうになっていきます。感謝に生きたらそういう輪廻転生を超えます。いい番組の方へ移ってしまいます。
宇宙の大神さまの最高表現を頂点にして、無
-ありがとうございます-
天照大御神さまは女性として描かれていますが、本当は性別を超えているのですか?
ありがとうございます:
宇宙の大神さまの最高表現を頂点にして、無限の無限のチャンネルを中に一大包容している、すべてのすべてなる神さまという意味です。
絶対という世界があって、そこから宇宙創造という姿ですべての表現が生まれ出てきます。その創造された全部を、無限に無限に輝いた最高表現を頂点にして一大統一しています。絶対からの表現のすべて、全体像を天照大御神さまと言います。
人の思いは自分勝手なつまらない解釈を施します。天照大御神さまが肉体を持って生まれた女神さまなのだとか、太陽神なのだとか、皇室の先祖なのだとか、小さく見てしまいます。それはつまらない小さい見方です。
伊勢神宮にも本当の天照大御神さまはいません、あくまでも小さい小さい模型です。また皇室の先祖とはいえません、天照大御神さまはすべての御親なので皆さんも天照大御神さまの子孫です、石ころもそうです、皇室だけのといったら大きい間違いです。単に太陽の神さまではない、太陽を無限に無限に中に持っている大きい神さまです。
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」をたくさん唱える事で、天照大御神さまの感覚に近づけるのですか?
ありがとうございます:
天照大御神さま、本物の宇宙の大神さまを「ありがとうございます」とその名前を呼ぶ事によって、自分の中へ入ってきてくれます、また自分も神さまの中へ飛び込んでいって一体化します。そして、一瞬一瞬天照大御神さまのすべてを受け直す自分になります。
-ありがとうございます-
神さまの所へ行き着くには「ありがとうございます」の思いを高めていかなければなりませんか?
ありがとうございます:
思いを持っている間は自分の殻が有ります、これが自分という思いの殻が有ります、小さい器になってしまいます。その中へ「ありがとうございます」と神さまを受け入れても、小さいから神さまの全体は入って来れません。ほんの一部だけが光となって入ってきます、天照大御神さまの全体はわかりません、ほんの一部分の助けだけは感じられます。
思いの殻を無くしていく、消して貰うことが大事です。「ありがとうございます」と唱える時に、神さまに古い自分をお返しする気持ちで、新しいものと取り替えて貰う気持ちで「ありがとうございます」と神さまの中に入っていく気持ちに成るのです。そうすると、古い思いを全部消して殻をどんどん消して下さいます、神さまの中へ溶け入るだけになってきます。
溶け入るといっても光源の一番奥まではなかなか距離があるように感じますが、どんどん溶け入ると神さまの与えてくる大きいものを受け直しがどんどん出来てきて、大きい自分になっていくのです。
神さまは無限に無限に大きいから、神さまの全体像を捉えるのはなかなか難しいと思いますが、だんだんと大きい神さまを感じ取っていきます。
夢は色々と解釈できるのです
-ありがとうございます-
夢とはなんでしょうか?
ありがとうございます:
夢は色々と解釈できるのです。
神さまからインスピレーション、啓示として与えられる霊夢があります、必要な事を夢の形で焼き付くようなはっきりとした姿で見せてくれます。それが色んな問題解決のヒントになったり、助けになっています。
予知的に見る夢があります。夢に見た通りに現実に起きてくる、予知的に見せられた夢は、マイナスが有ったらお祈りすれば消えるのです。だから現実化する前に消して頂く夢です。普通の夢は起き掛けに少し見せて貰う覚えているだけの夢です。
夢は、背後の守護霊さま、守護神さまが眠っている間に人の思いを消す為に、夢という姿でそれを利用しているのです。普段は眠っている間夢を見続けています、ただ覚えていません、起きがけに見てきたのを覚えているだけです。本当は一晩中見ています、それは現実化しないように夢の世界へ思いを発散して消してくれています、運命を良くして貰っています。知らない間に悪い夢をたくさん見てマイナスの運命をプラスに置き換えてくれているのです。
そういう意味で起きがけに悪い夢を見たとしたら、悪い夢をこれで消してもらってありがたいなというように考えた方が良いのです。
仮に、肉体的に同じものを作れたとしても、
-ありがとうございます-
クローンについて教えてください
ありがとうございます:
仮に、肉体的に同じものを作れたとしても、魂が違います、そこに宿る魂が違います。もうひとつ奥の神なる自分が違います、奥の自分ほど個性が豊かなのです。場合によったら同じものを作ってもそれを変えてしまいます、本体の自分が魂の自分が、自分に合ったものに変革してしまいます。本当は一瞬一瞬変えられていきます。本当のクローン人間は作りようがありません。
一番奥からすべてが現れてきて、一番奥はみんな個性があります、小さい原子以下のものまでみんな個性が有って全部違うのです。小さい違うものを合わせて作った大きいものは更に違ってきます。中の原子が全部顔の違う原子なのです、区別がつかないだけです。同じ顔をしているからみんな同じお猿さんと見るような感じです、区別がつかなかったらそうなります。お猿さんだったら顔の区別がつくかもしれないですが、ナメクジなんかはどうでしょうか?
番組ごとに違います。魂というのは、本心の
-ありがとうございます-
魂はどの時点で宿りますか?
ありがとうございます:
番組ごとに違います。魂というのは、本心の、本体の自分が有って必要があって魂の姿をとります。それは思いの集積という形で出てきます。生まれ変わりの世界の番組では、まず魂があって肉体に生まれてきてという生き方をとるのですが、思いが一切なかったら魂にはなりません。神なる自分はいつも宇宙大に広がって自由自在なので、どこへでもすっと入ってその場を使いこなせます。だから魂的なものを必要としないのです。
普通で言う生まれ変わりの魂というのは、大きくなったり小さくなったりします。幾つか集まって合体したり、分散して小さい魂がいくつかになったり、男性的な魂とか女性的とか両性を兼ね備えているとか、それは思いによってどうにでも変化するものです。そのように変化するということは消えてなくなる事もあるということです、必要なくなったら消えます。消えないものが本当の自分です、一番奥の神なる自分でないと、変化しているものはたいした事ありません。
-ありがとうございます-
クローン人間の魂はどうなりますか?
ありがとうございます:
本当に魂が入ったら、同じ魂は入りません。人工的に色んな操作を加えて生まれてくる人間の姿というのは、かなり高い魂が入ってきます。色んな意味の勉強をみんなに与えに来るのだと思います。
-ありがとうございます-
この世に生まれてくる為には魂が必要ですか?
ありがとうございます:
そうじゃないと肉体を操れないのです。肉体だけが惰性で動く場合もありますが、寿命が来て魂は抜けているのに肉体はまだ生きているということがあります。惰性が一年二年と永い人もあります、魂が抜けた肉体に他の魂がいたずらに入る事があります。そうすると人格が変わったように見えてきます。
死ぬ時に、縁のある人が間に合うように延ばしてくれる時があります、その時は本人の魂は抜けても、守護霊さまが中に入るのです。守護霊さまは本人の事も周りの事も全部わかっていて、死期を延ばして、来た人に対して応対してくれます。本人らしく応対してくれます。
-ありがとうございます-
死ぬということはどういうことですか?
ありがとうございます:
肉体界へ生まれてくるというのは、目的を持って勉強の為です。必要が無くなったら放してあの世へ、別の所へ勉強の為に移ります。本当に必要だったら、肉体が無かったら霊魂が動物にでも取り付けるし、石ころにも入れるし、どこにでも入り込めます。
ご先祖さまのお位牌の中にご先祖が入ったとしたら、お位牌を粗末にしたらお位牌が重たくなってもてなくなったりします。本当はそんな中に入らない方が良いのです、もっと自由な世界で勉強していく方が良いのです。
本当は一人の正守護霊さまで充分なのです、そ
-ありがとうございます-
守護霊さまは誰にでも付いて、その数はどうなんでしょうか?
ありがとうございます:
本当は一人の正守護霊さまで充分なのです、それだけで守りが完璧なのです。その他に副守護霊さまという形で仕事などを応援します、だから仕事を変わったら副守護霊さまが変化するのです。その人の働きが大きくなったら副守護霊さまがたくさん付いています。大勢の副守護霊さまに助けて貰う人は大きい能力を発揮します。
-ありがとうございます-
守護霊さまにも「ありがとうございます」と言うのですか?
ありがとうございます:
守護霊さまに「ありがとうございます」と言うと宇宙の大神さまから守護霊さまに助けが入ります。守護霊さまもどんどん神格が上がります、それで本当の力を発揮するのです。両方にプラスになります、守護霊さまを通して大きい本当の力を与えてもらえるし、守護霊さまにも恩返しの大きい働きをさせてもらえます。
-ありがとうございます-
守護神さまと守護霊さまは違うのですか?
ありがとうございます:
全部働きが違います。ただ、守護霊さまだけに護ってもらっているのではない、本当の神さまの全体から守ってもらっています。だから「ありがとうございます」で全体から助けを受けるのが良いのです。ただ、最初は頼る所が必要です、守護霊さまに護られていると思うと頼りやすいのです。そういう時は守護霊さまを通して大きい助けが優先的にはいってきます。そういう意味で守護霊さまに感謝するのもいいというだけです。
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」ということは恩返しになるのですか?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」と言うことはみんなへの恩返しです。神社へお参りして「ありがとうございます」と言えば神社の神さまも大喜びしてたくさん恩返ししてくれます。お願いに行ったら損するのです。
-ありがとうございます-
お地蔵さんにも「ありがとうございます」と言えばいいのですか?
ありがとうございます:
そうです。ただ、その中に本当のお地蔵さんが入っているかはわからないですけど、悪戯する動物霊が入っているかもしれません。その場合でも「ありがとうございます」と言えば、みんな神さまの現れとして素晴らしい姿をとります、悪戯しなくなります。神さまの使いとして助けてくれるようになります。
願い事を持っていったらダメです、低い所へ持っていくほどおかしくなります。どこででも「ありがとうございます」が良いのです。
感謝を忘れて思いの自分を生きて、思いを出し
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」を言ってもすぐに思いが出てきます、そうしたら元に戻ってしまいますか?
ありがとうございます:
感謝を忘れて思いの自分を生きて、思いを出し続けて何億年以上生きてきたのです。心に溜めた思いは無限に大きいのです、いま「ありがとうございます」を言い始めて、神さまの助けを受けて心に溜めた思いをどんどん消してもらっても一変には消せません。
本人が気付かない内に神さまが勝手に消したら、本人の自由を縛った事になります。だから、たくさん思いを消してくれたにしても確認を取ってきます。これだけ消してあげたよと確認の為の気付きを与えるのです、今浮かんだ思いの何万倍もの思いを消し続けているのです。
全部消してもらったら思いは出なくなります。大きく消してもらっているという過程も大事です、こんなに大きなマイナスを消してもらったという過程も大事です、それによって感謝が深まります。楽に消して貰うと後で忘れてしまいます。
-ありがとうございます-
嫌な思いが出てきたらそれに感謝してクリヤーしていけばいいのですか?
ありがとうございます:
自分の心にどういう思いが溜まっているかを気付かせてもらって、その何万倍という思いを免除して消してもらって、感謝を深め喜びを深める為にその勉強材料に使っていくのです。その方が幸せが深くなります。
清められた喜びの涙でもありますが、肉体を持
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」をたくさん言っていると時々涙が出てきます。それは浄化の涙でしょうか?
ありがとうございます:
清められた喜びの涙でもありますが、肉体を持って生まれたのはあの世の何十万人の代表なのです。あの世の人もこの世の人が「ありがとうございます」と感謝して神さまの助けを受け入れると、あの世の人が早く救われます。それでみんなが涙を流して喜んでいるのです。あの世の人の涙が伝わってきたら、理由なく涙があふれます。悲しいのではなくて喜びが伝わってきます。
ひとつの番組に嵌り込んだら、魂はこの世へ行
-ありがとうございます-
死んで魂が離れたら、魂はあの世にいるのですか?
ありがとうございます:
ひとつの番組に嵌り込んだら、魂はこの世へ行ったりあの世へ行ったりです。無限のチャンネルと見たときにはどのチャンネルにも自分がいます。無限のチャンネルに同時にいると見た方が良いのです。
人によったら、今この世にいる人を見ている人もあります、高い番組に合わせた人は素晴らしい悟った人だと見ている人もいます、低い番組に合わせた人は地獄で苦しんでいると見ます。同じ人を掴んでそう言うのです。一人一人が選んだ番組の程度に応じて世界を見るのです。
-ありがとうございます-
先生は魂がないのですか?
ありがとうございます:
私が体験している番組では魂