真祈り文庫
2001年9月28日
No.2
これは頂きものです、神さまからどうぞと。
-ありがとうございます-
そこにかけてある掛け軸と、お祈りの時に流したテープについて教えてください。
ありがとうございます:
これは頂きものです、神さまからどうぞと。神という字の意味が良いですか?
-ありがとうございます-
誰が書いて、なぜここにあるのかなというのが気になったのです
ありがとうございます:
これは、五井昌久先生という世界平和を提唱されて祈り続けられた方の直筆です。だからかなり古い書体の字で、もう何十年も前のです。すごい字なのです、光がすごくこもっています。なぜここへきたのか?神さまからのプレゼントというしかないのです!
お祈りの時のバックミュージックとして拍手と口笛の響きを聞いているのですが、拍手も心境の高い人の拍手は強い清めの光が迸るのです。拍手は大きい手で力強く打ったら大きい音が出るかといったらそうじゃないのです、本当は力を抜いて軽く打つ方が本当の力が・光が強く出るのです。
五井先生といわれる方も小柄な小さい方でした、その人が他の人の何百倍とエネルギーの出る拍手を打つのです、これはボリュームを絞っているからこんなに小さいのですけど、大きい講堂でもびっくりするような音が出るのです。口笛もそうなのです、息吹を吹きかけて病を癒したり、そんな感じがあるのです。口からある意味での生命エネルギーが強く出て、その息吹が口笛に変化してその響きが自然な響きになると、高い清めの光が流れるのです。
だから、単なるバックミュージックだけでもないのです、雑念を、浮かびでる雑念を消しながらお祈りをしやすくする大きい助けになるので、それで選んで使わせてもらっているのです。
名前というのはその人の一生の天命・働きを
-ありがとうございます-
五十歳になったときに、五十年の生き方を全部捨てる意味で名前を変えてみたのですが、それについてはどうでしょうか?
ありがとうございます:
名前というのはその人の一生の天命・働きを表すのです、苗字にもまして後の名前の方が。ただ、本当の自分は何でもできる自分なのです、無限の名前をもっていても不思議ではありません、名無しの権兵衛でありながら無限の名前をもっているのです。
ただ、この世の一生で果たす役割というのは限られますので、その中で選んでこの世での役割を決めてきます、それが一応名前になるのですけど。名前も普通、親が子供に付けるというそういう感覚で付けている人があるのですけど、本当は神さまの方から人を使って付けさせるのです。勝手に付けているとは言えないのです、付けられているのです。
だから、ある程度はその人の天命を表しているといえます。ただ、その人の天命を名前を途中で変えて別な生き方をとるというのも良いのです、名前が一日おきに変わっても良いのです。変える事で気持ちが新たになって大きい働きが出来るのだったら、それも大事な事なのです。だから、そういう節目に変えても良いのです。
本当は悪人はいないのです。本当は全人類のマ
-ありがとうございます-
近所に**教団が進出してきました、そういうのに来られるというのは何か意味があるんでしょうか?
ありがとうございます:
本当は悪人はいないのです。本当は全人類のマイナスの思いを背負って、代表的にマイナスの姿をとって身代わりになってくれているという一面があります。それを感謝のお祈りによって、背負っているものを消すお手伝いが出来たらみんな素晴らしい人に変わります。
-ありがとうございます-
出て行け!じゃなくて「ありがとうございます」と?
ありがとうございます:
本心を拝み出すという、神正仏性を拝み出すというのが良いのです、そうするとみんな立派な人に変わります。(あなたに)そういう役目があるのです、反対する人のところへ行っても清まりません、だから感謝して拝んでくれる人のところへ行って清めてもらって救われるのです。
-ありがとうございます-
殺人事件を起こしてみんなに納得されないで、反対運動をしているのですが?
ありがとうございます:
過去世の自分がそういう殺人鬼の姿をとっていたと思うと、そういう姿を勉強のために周りに少し見せてもらうのです。その時に責めたら消えません、過去世の自分がこういう姿をとったことがあったんだと、神さまごめんなさい!こんなに軽く済ませてもらって「ありがとうございます」と、また、身代わりにこんな姿で背負ってくださって「ありがとうございます」と。自分の身代わりと見て感謝したら、自分の心からマイナスを引き出して全部消してくださいます。そうするとそういう姿を見なくて済む自分に変わってしまうのです。
根本は言葉の使い方です
-ありがとうございます-
狂牛病は自然の摂理に反したから出てきたのですか?
ありがとうございます:
根本は言葉の使い方なのです。マイナスの言葉・病名を付け過ぎるのではないかと思うのです、病名をつけたら病気を病気の番組から引っ張り出します。医学が発達して病名を付け過ぎたために病気の数が増えます。言葉の力というのは凄いのです、できるだけマイナスの言葉は使わない方が良いのです、なるだけ病名は付けない方が良いと思います。
番組さえ変わったらみんな健康な姿をとりますから、恐れる事は何もないのです。あまり騒ぎすぎてそれが広がるのです。
-ありがとうございます-
マイナスの思いを持たないように注意すればするほど、マイナスを掴んでしまいます。どうすればいいでしょうか?
ありがとうございます:
マイナスの姿を見るというのは、先ず自分の心にマイナスを溜め込んで残っているのです、だから、どうしても見てしまいます。また、見た姿に囚われやすいというところがあります。それを振り切って良い方へ心を向けるというのは大変です、自分の力ではなかなか不可能というくらいマイナスの方へ引きずられるのです。
そこで神さまの大きい助けが必要になります。「ありがとうございます」と一言いう事は、本当の神さまの力を中に取り込むのです、そうしてマイナスの思いを消してもらうと、マイナスの姿が出ても囚われない自分に変わるのです、軽くなるのです。そうして心がプラスに向くように大きく助けてもらえます。
先ず、最初の「ありがとうございます」が必要です、そうすると「ありがとうございます」という神さまの方へ・プラスの方へ心を向けやすくしてもらうのです。自分の力でしようというと神さまは手出しできなくなり、我が強いと神さまは干渉できません。そうしたら自分でどうぞという感じで、神さまは奥に引っ込んで見守るしかないのです。
だから、神さまの助けを受けてプラスに心を向けてもらうのだと謙虚にならないといけない、少し謙虚になると神さまの助けが縛られずに入ってきます。だから感謝の心が起こるのです「ありがとうございます」といえるようにしてもらうのです、それがある程度続くとプラス思考にどんどん変化して変えてもらえるのです。
なります。神さまがいないのではなくて、神
-ありがとうございます-
神さまが本当にいるという実感がありません、実感できるようになりますか?
ありがとうございます:
なります。神さまがいないのではなくて、神さましかないというのが本当なのです。だからどうして神さまがいないと思えるのか不思議な位です、よほど心を、目を閉ざしているか、暗闇の穴の中に入り込んでいるかのどっちかです。神さまを感じられないというのが奇跡中の大奇跡です。
本当の自然に戻ったら、神さまだけ・・となります。神さまだけとわかるのは本当は簡単なのです、がむしゃらに暗い穴に入りたいと暗い方を向かなかったらいいのです、自然に「ありがとうございます」と呼吸するように唱えていたら神さまが実感できます。すべてが神さまという感覚に戻るのです。誰でも簡単に出来るのです、「ありがとうございます」と唱えていたら勝手にそうなってしまいます。神さまから離れる方が本当は難しいのです。
太陽をいつも眺めて、光源の中に自分がいつもいるという感覚になっていて本当なのです、それぐらい神さまは宇宙全体に行き渡って、無限の無限の輝きで包み込んでくれています。その中から逃れてここが暗闇なんだと思うことは大変な事なのです、神さまの助けを拒絶して拒絶して闇を認めるわけです、神さまより偉大な力を持っているというくらいすごい事をしているのです。
ほとんどのマイナスは心の勉強材料として・
-ありがとうございます-
自分の意にそぐわないものが出てくるのは、過去世にそういうものがあったというのを気付かせるために出てくるのですか?
ありがとうございます:
ほとんどのマイナスは心の勉強材料として・色んな角度からの勉強材料として少しだけ残してもらうのです。大きいマイナスは免除して神さまが消してくださっています。
-ありがとうございます-
近くに殺人鬼みたいな人がいたとすれば、自分の中のそれを消すために出てきていると?
ありがとうございます:
自分が大量殺戮をするような業想念を持っていたとすると、その業想念に操られて大勢の人を残虐に殺してしまうのです。そういう業想念を神さまが大きく消してくれて軽く済ませてくれているのです、だから人殺しをせずに済むのです。それも自分の身の上に少しでも来たら、一人か二人殺すかもしれません、それを免除して他の人に映しているのです。
だから、世の中の大勢の人のマイナスを一手に背負うのがこの世の悪人なのです、その人だけが悪いのではなく、みんなの分を少しづつ集めてそこを神さまの清めの場に使うのです。みんなの勉強材料として残して心の反省材料として使わせたいのです。
だから責めるのではなく、自分のマイナスを軽く消してもらうのだと、身代わりに受けて消してくださっているのだとみる方が大事なのです。そうしたらもう感謝の仕合だけでしょう、どんな悪人でも大聖者に変貌します。
-ありがとうございます-
自分の子供が悪いことをしていても、自分の姿を見せてくれているのだと見て、注意も何もしなくても良いですか?
ありがとうございます:
注意する心より拝む方が、拝む心が良いのです。拝むというのは、みんな神さまなのだ・完全なのだと拝む事です。現実に見えるマイナスは自分の心のマイナスを形にして背負ってくれているというふうに、背負ってくれている神さまは完全なのだというふうに。
子供というのも、自分の子供ではなく、神さまが子供の姿をとって自分を幸せにしようと思って、助けに来てくれているというふうに見るのです。そういうふうにみんな神さまだと輝いた姿で眺めるといい姿を見せてくれます、自分の身代わりに背負ってくれたマイナスを消して輝いた姿を見せてくれるのです。
それはみんな中から神さまが働いて、気付く
-ありがとうございます-
お祈りでこうすれば良いというやり方はありますか?
ありがとうございます:
それはみんな中から神さまが働いて、気付くものは気付かせてくれるし、やり方も自然に変えてくださいます。同じやり方はなく皆違って良いのです、型にはめる方がおかしい。全部お任せが良く自然体なのです。型にはめるとこれでなかったらと、それに囚われていきます。ところが人の真似は出来ても本当の真似は絶対に出来ないのです、少しずれるのです必ず、そうしたら真似できてないとマイナスに見てしまう事が多いのです。
自分の我の力でするのではたいしたことはありません、本当の力は神さまの方からさせてもらうものです、神さまが自分を通して働くようにならないと本当の神さまの力は降りないのです。自分がするという感覚は間違いです、神さまが自分を通して働いているというのが大事です。神さまの働きは一人一人違った姿で出てきます、絶対同じ姿で出てきません。
力があると思ったら力が出ます、ないと思っ
-ありがとうございます-
水晶に力があるといいますが本当ですか?
ありがとうございます:
力があると思ったら力が出ます、ないと思ったら出なくなります。水晶には力があると思う人が増えると力が出てきます、ただ、その程度の力です。
-ありがとうございます-
水晶でなくてもどんなものでもですか?
ありがとうございます:
どんなものでもです。病気を治す薬でもそうなのです、最初に薬を作った人がこれは効くと思ったら効きます、それを使って効くと言う人がいる間は良く効くのです。それでもだんだんと効かなくなります、使う人でもへそ曲がりがいて、そんなもの効くものかと思う人が増えてくるとだんだん効かなくなります。すべて言葉というものが支配しているのです。
水晶に力があるといってもたいした事ありません、それだったら石ころにも、神さまの力の現れと見るときは力があるのです。みんな神さまの愛の現れと見たら、石ころ一個、砂粒一個が大きい力を発揮して自分を幸せにする助けをしてくれます。だから、水晶でないとということは絶対にないのです。
神さまを無視して離れて、ここにこういう力があるというと、それがないと不幸になってしまいます。水晶に縛られるのです、そういうのはつまらないのです。水晶なんかなくてもいつも神さまが守り護って、水晶の力の無限億万倍の力で守っているというふうに、その方が良いのです。
神さま以外のものに頼りすぎるのは弱くなってしまいます。いつも神さままが守り護ってくださっているというように、神さまに心を向けた方が、宇宙全部が神さまの現れだったら石ころ一個でも大きい力で守ってくれます。
神さまが本当のご先祖さま
-ありがとうございます-
ご先祖さまというのはいらっしゃるのですか?
ありがとうございます:
ご先祖さまはどこにいらっしゃるのでしょう?本当のご先祖さまというのは肉体人間のご先祖さま?それだけではないのです。本当の自分は神さまと一体の自分です、本当の自分は神さまが本当のご先祖さまなのです。色んな無限のチャンネルの中にいる自分は、色んな姿をとっているのですが、番組を創ったのが神さまだったら、番組のすべてに神さまが親なのです。
ただ、そのストーリーの中で親が決まるのです、肉体人間として生まれた肉体の親が連続してあります。だから、肉体人間としてのご先祖さまはあります、そのご先祖さまというのも色んな生まれ変わりをするので、日本だけに生まれるのではありません、ひとつの家系にだけには生まれないから、外国に生まれたり、白人になったり黒人になったりいろいろします。そういう色んな生まれ変わりを見ると、全人類が自分のご先祖さまにあたるかも知れません。
-ありがとうございます-
虫なんかは?
ありがとうございます:
虫もそうです、人間になる前に虫になるときもあります、植物の時もあるし動物の時もあるし。ありとあらゆる場を体験してこないと、みんな自分という感覚に戻らないのです。本体から見ると、本当は宇宙のすべてが自分なのです。色んな生まれ変わりを部分的に体験して、そういう部分を自分だとしっかり捉えるのが大事です、それで、本当の一体感で・愛の心ですべてを見るのです。
ただ、人間として生まれた期間もある程度長いから、人間は人間として終わるのかと思うけれどそうではありません。人間を卒業して今度は星になるのかもしれないのです、大きい自分になるのです。太陽が自分という感覚で生きる時期があるかもしれません、そうなったら自分の中に分身がたくさんいます。
-ありがとうございます-
その時個性はどうなりますか?
ありがとうございます:
大きくなっても小さくなっても全部個性があります。だから原子一個も全部同じではありません、顔が全部違い働きが全部違います。例えば、「水素原子」と同じように言うけど全部違うのです、水素原子の一個一個の顔が違うのです、働きが全部違うから、もっと小さく素粒子的に見ても違うから、どんなに無限に小さいものでも同じものは何ひとつありません。大きいものはもうひとつ違うものを組み合わせているから全部変わってきます。違うから良いのです、大きいものも小さいものも、個性をどんどん発揮されて良いのです。それを一色旦に見る思いが少しおかしいのです、区別のつかない思いが同じように錯覚するのです。
神さまは全部お見通しです。でも、神さまは
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」と唱えているだけで神さまは感謝を受け取ってくださいますか?神棚とか行動とかを示した方が神さまもわかりやすいですか?
ありがとうございます:
神さまは全部お見通しです。でも、神さまは本当の神さまを相手にして欲しいのです。神社とか神棚というのは模型なのです、それも小さい模型です。本当の神さまは無限の無限のチャンネルの番組も超えています、番組として出てくること自体が模型なのです。だから大きい宇宙といっても神さまの小さい模型です、地球なんてものすごく小さい模型なのです。ましてや人間が作った神棚や神社は、模型の模型のもうひとつ小さい模型です。
でもそれも必要な時は必要なのです、神さまをしっかり捉えるために心を集中する意味で神棚を用意するのです、そうして神さまを思いやすい場を用意して「ありがとうございます」と唱えるのです。
神さまはどこにでもいますし、どこにでも通じています、自分の方が通じていないのです。自分の方から神さまに通じていると、そう思えたら良いのです、神さまの方からはいつでも通じています。だから自分の心を納得させるためなのです、神棚を使って神さまに心を向けて、自分の方から神さまに近づくだけです。神さまはいつも自分の中にも外にもいます、自分の思いの殻を順番に剥ぎ取ってもらったら良いのです。
どういう生き方でも良いのです、自分の心を納得させて、いつも神さまと一体という本当の自覚へ戻してもらうのです。
-ありがとうございます-
神社仏閣の出すお守りは効く効かないという人がいます、また、粗末にするとばちが当たるともいいますが、どうなのでしょうか?
ありがとうございます:
それを使う人の言葉通りになります。粗末にしたらばちがあたるという言葉が人を縛っていきます。ゴミ箱に捨てても、ゴミ箱が清まって光り輝くのだと、焼き捨てたら光によって清められて何万倍にも輝くのだと、そういうのも良いのです。
言葉をプラスに変えて神さまの大きい助け・愛をしっかり受ける方が良いのです。どれだけの助けでも神さまの方から、いくらでも言葉通りに受けられるのです。つまらない言葉で限定して損しています。
-ありがとうございます-
ご利益は人の心が作るのですか?それとも受ける心の感じ方ですか?
ありがとうございます:
それはすごく複雑です。本人の言葉の使い方・言葉の受け入れ方というのが一番大事なのですが、それ以外にも当事者の言葉のやり取りで言葉の力の強さが違うのです、念力の強さが違うのです。同じ言葉でも信念にまで高め上げた人の言葉は強いのです、一言始めていったような言葉では力が弱いのです。「ありがとうございます」でもたくさん唱えた人の「ありがとうございます」は本当に力があります、今初めて「ありがとうございます」を言ったた人のよりも何万倍・何億倍の力が出てきます。
病気を治すにしても治し方がいろいろあって、裏のからくりを見ると複雑なのです。病気の原因を清めて全部消して治す方法と、一時横に避けておいて治す方法といろいろあります。霊媒師・祈祷師のするのは、一時横に避けておいて治すのです、本当に清まったという治し方じゃないのです。そうするとまた、言う事を聞かなかったり粗末にしたりしたら戻されてきます。
色んな治し方があるので、本当の治し方は、いい番組に波長を合わせていい番組の健康を受ける方が良いのです。低い番組でちょろちょろと変化させてもらってもたいしたことはありません、低い番組の姿に囚われない方が良いのです、本当の無限健康を神さまから番組として受ける方が良いのです。無限健康ありがとうございますと感謝して受けることが、神さまから助けを受けたことになります。それはもう貸し借りなしなのです。
-ありがとうございます-
病気の人へのアドバイスは「ありがとうございます」を唱えなさいということですか?
ありがとうございます:
色んな方法を教えてあげたら良いのです、選ぶのはその人です。「ありがとうございます」と治してもらう方法とか、お金を出して霊媒師に振り替えてとってもらうとか、お医者さんにお金を出して薬をもらって治すとか、色んな方法があります。たくさんの色んな方法の中でその人が何を選ぶかのです。一番良い方法はただで大きい力を受けて治す方が良いのだけど、それを信じがたい人もあります。
-ありがとうございます-
霊障というのは医学にはわかりませんよね。
ありがとうございます:
病気の原因も大きく分けたら幾通りもあるのです。今のお医者さんや科学者は表面だけを見るのです。自然の法則を犯す・・途中不明・・病原菌を取り込んでもなるし、刃物で切ったら血も流れます、そういう自然の法則を犯せば色んな病気にもなるという意味もあります。
また心の持ち方で、心を暗くすると病気に罹る人もいます、色んな心配事をすると先ず胃が痛くなって、心配事が重なったら胃を悪くさせます。病気の部位によって心との関連があるのです、病気した時でも心の持ち方を変えたことで病気が治る場合も多いのです。
その思い・思い方というのも、今思っている心を変える事で治る場合も多いのですけど、過去に積み重ねた思いを溜め込んでいて、それが今浮かんできて病気の姿をとるときもあります。そういうときは、過去のマイナスの思いを消すための働きで出てきます、それも大きく早く消すためには感謝のお祈りをして、過去のマイナスの思いを消してもらったらすぐに治るのです。今の心の間違いではありません、今の心は立派でも過去の間違いの思い・溜まっていたものを清め出したら病気になるのです。
だから病気の姿を見てその人の今の心とは見られないのです、過去のものを消しているときは今の心が立派でも(病気に)なりますから。
また、家族でも縁のある人同士は助け合うのです。家族の中で誰か病気になるものをもっていたとして、その人が病気になると困る時は他の人が身代わりになります。働いて生活費を稼がねばならない、お父さんに病気になられたら困るという時は、お父さんが持っている思いでも他の人が肩代わりするのです。そういうときの病気は振替の病気です。もっと大きくみんなの幸せを願う人はみんなのマイナスを振り替える働きが必ず起こります。全部とるわけには行かないけど、できるだけ軽くすませてその人がプラスに向くようにという時は、身代わりに振りかえる働きをとります。その時も本当はその人が病気になるのを身代わりになって一時的にそういう姿をとるときです。
-ありがとうございます-
それを治すには気付きしかありませんか?
ありがとうございます:
そうです、それに感謝行で神さまに消してもらうのが最短コースなのです。人が進歩する、進化するという波動を上げていく場合でも、知らず知らずに波動調整の乱れが出る時があります。それは一定の病気というより、わけのわからない病気をするのです、だるかったり熱が出たり、原因不明の病気があります、そういうのも軽く済ませながらどんどん波動を高め上げて高い番組に波長が合うように変えていきます。
原因がたくさんあります、そのすべての原因をひとつに見たら、感謝があるかないかで決まっているようです。感謝をする事によってすべての根本からの原因を消してもらって、病気を消してもらうのが良いのです。
-ありがとうございます-
今の霊障の所がわかりにくかったのですけど
ありがとうございます:
霊障は、この世の人の振替とあの世の人の振替と両方あります。普通、あの世の人も縁ある人はみんなこの世の人のを身代わりに背負ってくれている場合が多いのです。身代わりに背負って助けているよという姿を見せてくれます、早くお祈りをしてこの負担を軽くしてくれというように。そういう場合は身近に寄ってきます、寄られたからマイナスを背負ったのではなく逆に、自分のものを一時預かりで背負ってくれているのです、早くそれをとって欲しいと願っているのです。
マイナスを背負ってくれるというのは、この世の人がお祈りしやすいように助けているのです。マイナスをいっぱい背負ったとしたらお祈りをしにくいのです、だから、あの世の大勢の人がお祈りをしやすくするために分担して背負ってくれています。それを早くと催促する時は身近に寄ってきます。それが霊障です。憑依霊というのもそうのです、それはお祈りの催促と見た方が良いのです。
-ありがとうございます-
憑依霊は波動は低くはないのですか?
ありがとうございます:
低くなるのです、マイナスを背負ったら、背負った分低くなるのです。
-ありがとうございます-
本人が苦しんだり悲しんだり波動の低い時に、そういうものが付いてくるということはないですか?
ありがとうございます:
それもありますが、振替は、低い振替もあり高い振替もあるのです。高い心境の人でも大きく振り替えたら同じマイナスの姿をとりますし、力のない低い人は少し背負うだけで大きいマイナスの姿をとりますし。ただ、みんな自分を助けてくれているという受け方が良いのです。
-ありがとうございます-
霊障ですが、障はさわりなのですが、さわりとは見ない方が良いですか?
ありがとうございます:
そうです、正しくなる方の症状の「症」が良いのです。マイナスの言葉で見るとマイナスに掴んでしまいますので、霊障を受けたというと対象に責任を転嫁しています、人を責めているのです、あの世の人を責めたりしています。責めると本当の意味の神さまの助けを受け損なうのです、感謝してこそ本当の神さまの助けを受けてプラスに変えてもらうのです、だから、身代わりに背負ってくださって「ありがとうございます」が良いのです。
感謝というのは、無限に無限に輝いた姿を認
-ありがとうございます-
自分自身に感謝する必要はない、宇宙は自分であるから宇宙には感謝は必要ない、という人がいますがいかがでしょうか?
ありがとうございます:
感謝というのは、無限に無限に輝いた姿を認めることです。自分を褒め称える、本当の意味で宇宙全体を褒め称えるのが本当の感謝のです。喜んで・本当にありがたいな・幸せだなと感じることなのです。だから、感謝しないというのは嘘なのです。
自分のことだから余計に感謝が育てられるのが本当です、感謝は単に人にお礼という意味ではないのです。
みんな違うのです。同じように価値あるもの
-ありがとうございます-
今ここの二十数名がいて、一緒に同じチャンネルを見ているように思うのですけど、実は皆違う番組を見ているのですか?
ありがとうございます:
みんな違うのです、同じように価値あるものとしては見れないのです、一人の人に対する評価が全部違います、同じだったら同じかもしれないですけど。みんな見方が違います、Aという人に対してあの人は優しいという人があり、逆に、あの人は意地悪だという人があるのです。評価が全部違うということは違う番組を見ているのです、すべてに同じ価値だったら同じ(番組)かもしれませんが、ひとつ違っても違うのです。
-ありがとうございます-
そうすると、あの人は自分のことをどう思っているのかなんて考えなくて良いのですか?
ありがとうございます:
それも自分の番組ですから、自分だけの責任で輝いていけばいいのです。だから、プラスの番組に変えたらみんな良い姿で出てくるのです、だから、プラスの言葉をしっかり使うのが大事です。
-ありがとうございます-
先生は、この二十何人のそれぞれのチャンネルを理解し一緒に見れるのですか?
ありがとうございます:
楽しんでますよ
-ありがとうございます-
ということは、私の思っていることが分かっているということですよね?
ありがとうございます:
ただ、掴みはしません。一瞬一瞬変化しているというふうに眺めるぐらいで、低い番組ばかり見ても意味ないですし、できるだけ高い番組を楽しみながら時々波を合わせるのです。波を合わさないと高い光の響きも伝えにくいのです、合わせていって伝わるのです。振替も同じですけど、自分の方へ取り込んだらそれを消す事もできるのですけど、まず一体化していかないと・・不明・・・です。
寿命も番組ごとに違うのです、番組を変える
-ありがとうございます-
寿命について教えてください。
ありがとうございます:
寿命も番組ごとに違うのです、番組を変えるたびに寿命は変わります、寿命が延びたりします。これは一定と考えても、寿命が何段階もあるのです、第一・第二・第三というふうに寿命が決まっていて、第一・・不明・・と第二・・不明・・と、最後まで行く人は第三までとかいうふうに。そういう言葉の説明もあるのですが、でも本当はもっと自由な方が良いのです。必要な時は必要なだけの寿命を与えてもらって勉強し、幸せを与えてもらっているのだというのが良いのです。
寿命が決まっているのだと言うとまた縛られます、本当は永遠に生きている自分もあるのだというその位が良いのです。
-ありがとうございます-
自分の寿命を悟る事があると思いますが、先生の寿命は?
ありがとうございます:
そんなのを掴んだら囚われです、本当は一瞬一瞬変化していると見たら、一瞬一瞬死んでいるのです、一瞬一瞬生まれ変わっているでしょう。そういう生まれ変わりの一瞬一瞬の捉え方の方が、今の一瞬を大事に生きられます。過去の残像をつなぎ合わせてまとめて掴むのはあまり良いことではありません、永遠に生きている自分が本体にあるのですから、もっと自由な見方の方が良いのです。
-ありがとうございます-
一瞬一瞬を新たにというのが難しいのです。
ありがとうございます:
連続しているとどうしても捕まってしまうというか、本当は、過去を放すという意味では一瞬一瞬