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()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつ 9にち No.2


      このいろんなこと使つかっていろんなものにひょう

-ありがとうございます-
 キリストきょうならてんごくぶっきょうならごくらく、それぞれべつそんざいするのですか、こうりゅうしたりはしないのですか?

ありがとうございます:
 このいろんなこと使つかっていろんなものにひょうげんしているのは、かなりとらわれたひょうげんです。それもぜんばんぐみとしてあるのですが、もっともっとたかかいではこのことではひょうげんできないもっといいことひょうげんかいです。だから、たかかいほどかれていません、たかかいほどかれるひつようがないのです。はたらきのちがいはあってもぜんたいはひとつにゆうしてるのです。

 じゅんぱくひかりななつにかれててきます、ばらばらというより、ななつのひかりこんぜんゆうしてひとつになっています。いまはまだ、キリストきょうはキリストきょうでないとすくわれないというようなかんじで、とらわれています。キリストきょうからはキリストきょうのいいものをけて、からはのいいものをけて、ぜんからいいものをけて、ぜんたいがいいものになっているというのがだいなのです。

-ありがとうございます-
 キリストきょうてんごくけば、しばられないゆうごうされたそういうかいけるのですか?

ありがとうございます:
 キリストきょうたいにピンからキリまでのだんかいがあるのです、たかいキリストきょうだったらぜんほうようしてしまうものがあります。すべてのものをほうようしてかしきっているほんとうのキリストきょう姿すがたがあるのです。いっしゅういってきかたまっているのはひくばんぐみなのです。

-ありがとうございます-
 キリストきょうでもぶっきょうでもさいこうばんぐみとうたつすれば、ゆうしたところへいけるということですか?

ありがとうございます:
 ただ、キリストきょうだけでずうっとがるかというと、そういうひともないとはえませんが。かえかえまれわって、いろんなべんきょうをしてるのです、それぞれのいところをきゅうしゅうして、みんなからいいところをきゅうしゅうするのがいいのだというかたで、どんどんばんぐみげていくのです。
 みなさんが「ありがとうございます」へたどりくというまえに、いろんなたいけんをほとんどぜんというぐらいしているのです。だからなにすこべんきょうしたらすぐわかるはずです。ただ、このではぜんべんきょうはしていないかもしれないのですが。

 
      しばられないほうらくなのです、そくせき

-ありがとうございます-
 わたくしおくがないのです。

ありがとうございます:
 しばられないほうらくなのです、辿たどっても、そくせきのようなものなのです。いまだけがいのです、そくせきとらわれるとおなけいこうをたどります。

-ありがとうございます-
 らいにもしばられないほうがいですか?

ありがとうございます:
 らいのことをしんぱいしてもりません、いまれんぞくくなるばかりです。

-ありがとうございます-
 まかせるというのはそういうことですか?

ありがとうございます:
 レールはひつようないのです。ちゅうだいどうというかみさまのみちゆうざいなのです、どこへでもいけるみちなのです。

 
      いろんなばんぐみしゅつえんしています、ひとつのばんぐみ

-ありがとうございます-
 せいフランシスコはせんせいにとってどんなひとですか?

ありがとうございます:
 いろんなばんぐみしゅつえんしています、ひとつのばんぐみでこのまれてきてひとつの姿すがたをとったにしても、ほんとうはあまりたいしたことはないのです。さいこうばんぐみなか姿すがたていけるというのがいちばんだいなのです、げんげんらしいことかたったほうがいいのです。
 ちいさなかたではありません、このひとすこしはさんこうになる姿すがたはあっても、ほんとうさんこうになる姿すがたとはいえないのです。これがいとけるとまたとらわれるし、のこのまれてきたおおぜいせいじゃがいても、それぞれぜんかたちがうのです。そのおなるかというとません、それぞれにいところがいっぱいあるのです。

 ぶんさいこうかたをとったとしても、ぶんひとりでぜんひょうげんするわけにはきません、ぶんわりにまわりのひとはみんな、わっていろんなかたをとってくれています。さとりへのみちあゆ姿すがたでもそうです、みなちがさとりを・みちすす姿すがたえらんできてくれてます。そのさとりの姿すがたおなじなのです、おなさとりではりません、せいのあるちがったさとりがだいです。みんなちがったさとりをおおきくむのがだいなのです。だから、みんなをぶんわり・ぶんぶんしんのようにて、みんなそれぞれにらしいなというのがいのです。

-ありがとうございます-
 せんせいぶんぶんしんっていですか?

ありがとうございます:
 いいですいいです、えんりょなくどうぞ!ぶんしんげんげんのをってくれています。

-ありがとうございます-
 ぶんおもどおりにしたいと、それがあたまちになるまでやってからかんしゃみちはいったほうが、けってきにははやことになりますか?

ありがとうございます:
 かんしゃきるひとは、だいいちに、ちがおおきくなっていきます。このちいさいぶんあたまうちちしなくてもまわりのひとがいっぱいあたまちをしてくれますから、ぶんしん使つかうのです。あたまうちちするまでおいのりをしないというのではたいへんですから、ぶんはおいのりをしながらぶんしん使つかってあたまつ、そのほうがはやいのです。

 
     ほんとうせいは、かみさまといったいしたときに

-ありがとうございます-
 せんせいおなじようなせいひとがいたらおしえてください。

ありがとうございます:
 ほんとうせいは、かみさまといったいしたときにせいあたえられるのです。かみさまからすべてをなおしたというぶんは、かみさまのすべてのはたらきをいただいているのです。そのすべてをこのげんじつひょうげんできるかというとないのです、げんなかのひとつですらこのいっしょうではひょうげんできません、おなげんせいっていてもそのひとつすらあらわことのうです。
 それぐらいせいは)ちがうのです。かみさまといったいぶんというのは、みんなそれぞれおなじなのですが、ただ、そのしきちゅうしんちがうのです、そのしきちゅうしんがそれぞれべつなのです。おなざいりょうちながら、しきちがことによっててるものがちがうのです。ざいりょうおなじでもてがちがったらぜんわるのです。

 おなじダイヤモンドのげんせきがあっても、めんのカットのかたぜんわります。ほんしつてきにはかみさまのぜんなおしているのです、しきちゅうしんぜんちがことによって、ぜんせいあるひょうげんがそれぞれまれるのです。さいこうひょうげんなかにそういうものがったとして、げんばんぐみをどんどんげてくると、さいこうひょうげんせいのほんのいちてきます。せいさいこうひょうげんなかにあるのです、せいゆたかになってくるほどそれぞれのちがいがくわかってきます、みんなちがってそれぞれらしいというのがくわかってきます。そのちがいがわからないのが(ひくばんぐみの)せいなのです、ぼんやりとしてぼやけてしまっています。

 せいがはっきりしてこないとほんものとはいえないのです、ひとひとなからしいさがてこないといけません。かみさまのとくせいをそれぞれみんなっているのです、たとえば、あかるさといういちめんがあっても、あかるさがぜんちがわないといけない、おなあかるさの姿すがたをとったらいけません。よろこかたよろこびのひょうげんがそれぞれわらないといけない、せいはっされればされるほど、おなよろこびであってもよろこびのひょうげんぜんわるのです。ぜんがそういうふうにぜんわってくるのです。だから、だれません、ひとひとちがうのです、げんひとがいたらげんちがいがあります、それでせいというのです。

 たような姿すがたがあるかもしれませんが、やはりちがうのです。それがぜんに「ありがとうございます」とかんしゃしているうちに、さいこうひょうげんせいがよりゆたかかにげんじつしていきます。ぜんてくるのがいのです、てくるのをじゃするものをはらいのけてして、おもいをしたらいいだけなのです。おもいがせいてくるのをじゃしていたのです、おもいをどんどんしてもらえば、ちょうどそらくもえてたいようかがやるようなかんじで、せいがそれぞれにてきます。


      いろんなかたがあるのですが、びょうをするの

-ありがとうございます-
 びょうひとなんまんにんなおされたのですが、それは、びょうひとおもいがえていく姿すがただったのですか?

ありがとうございます:
 いろんなかたがあるのですが、びょうをするのがしあわせか?なおるのがしあわせか?なおるのがしあわせというのがつうです。だから、なおしたひとしあわせにしているというさっかくがあるのです、びょうなおしをしてひとしあわせにしているというさっかくがあると、びょうなおしをいっしょうけんめいにすることよろこびなのです。それで、それにいっしょうけんめいはげむといういちめんもあるのです。
 また、ぶんこころなかにマイナスのこころがあるとときは、それをしてもらうためにおいのりをはげんだといういちめんもあります。そういうえだのものをもくてきにしたのではなく、おいのりのくんれんのためにそれをさせてもらったとれば、おいのりのくんれんのためのおおきいざいりょうになります。

 だからいろんないがたくさんあります、プラスにればいくらでもプラスにれるもくてきったのです。それをとおしてかなりべんきょうもし、こころきよめてもらい、しあわせをつかませてもらったというのがほんとうです。おなひょうげん姿すがたが、いくとおりもかたがあります。ひとによってまたかたわるとおもうのですが、ぶんひとりにとってもいろんなかたがあります、わってちがかたてくるかもしれません。


      かんかたぜんわります

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」があまてらすおおかみさまいまここにします、というだと何時いつごろどんなふうにおきになったのですか?

ありがとうございます:
 にんしきはどんどんわります、さんさいころから「ありがとうございます」をとなえるとばあっとひかりかんじました。かんしゃひかりなのです、ひかりおおきくなります、それがどんどんおおきくなるとぜんあまてらすおおかみさまにむすびつきます。あまてらすおおかみさまということ使つかったのが何時いつかというだけで、ひかりはどんどんつよかんじてますから、かんしゃすればするほどかんかたぜんわります。

              ありがとうございます  

                
ありがとうございます
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