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()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつにちNo,2    


     じょう」というのはりっしんべんあおあおぞらのような 

-ありがとうございます-
 せんせいはこれからのじょうほうしゃかいじょうほうというのをどのようにおかんがえですか?

ありがとうございます:
 「じょう」というのはりっしんべんあおあおぞらのようなほんとうかみさまのこころなのです、かみさまのほうからいろんなひびきがどんどんるようにつたわってくるのです、それをなおしてかみさまのおんむくいていくというのが「じょうほう」なのです。ひとあいにするのではなくかみさまをあいにするのがほんらいかたです。

 いままではひくばんぐみこころぎて、ほんとうでのかみさまからのじょうほうそこなっていたといういちめんがあります。かみさまへこころけてさいこうばんぐみからのじょうほうをいっぱいけるのがだいです、ほんものだいというこれからはとくにそうなのです。かみさまにこころけるだいです、さいこうばんぐみこころけてさいこうのものをこのろしていただくために、さいこうのものをなおさないといけないのです。
 ほんのすこしのこころかたなのです、ちょうどたいようるのだったら、こころをまともにけたらいつもひかりそそぐのです。すこかくをずらすだけでひかりりょうきょくたんすくなくなっていきます。


      ぶっきょうくうすのです、ただ、くうかいしゃく 

-ありがとうございます-
 ぜんう、からっぽにすると、「ありがとうございます」のちがいをおしえてください。

ありがとうございます:
 ぶっきょうくうすのです、ただ、くうかいしゃくおもちがえていたいちめんがあります。くうとはなにかというのが、どういつする、いまもそういうかんがかたをするひとがあります。そこにもんだいがあったとおもうのです。
 ほんとうくうかみさまのぜったいしています、げんげんのプラスでいっぱいというかいです。そこからいろんなひょうげんまれてくるわけです、ひょうげんというのはいっしゅんいっしゅんうつわります、へんする、じょうなんだというのが、バックがなにも()いとはかない・むなしいのです、さびしくなります。バックがかみさま・げんげんのプラスであればいものがどんどんどんどんてくるだけなのです、へんほどたのしいものは()いということになります。

 ぶんこころなかからいろんなおもい・かんじょうざつねんぜんはらってなくしてしまえばあおぞらのようになるのです、あおぞらなかたいようってこないといけないのです。いくらあおぞらといってもたいようえたらやみです、げんげんのプラスをこころなかへもってこないといけないのです。それも、ざつねんしてからってくるというのはむずかしいのです、したつもりになってもすぐにまたいてきます、ほんとうしきるのはなかなかたいへんなのです。いちてきひょうめんからさえむのはますが、ぜんしきるというのはたいへんぎょうがいるのです。
 すのもねて、げんのプラスをってくるのがいです。だから、さいしょから「ありがとうございます」をとなえていたら、ざつねんはどんどんされていくし、さいしょからたいようかがやいています。そうしたら、はやこころはすっきりしてむなしさ・さびしさはぜったいこらないのです、いつもたのしいたのしいと。そうして、かみさまのあいぢかかんじられるようになってきます。


      「ありがとうございます」のなかちからがあ 

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」をとなえていると、よごれたものをせますか?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」のなかちからがあります。いちおうぜんえるのですが、あらたにきたものはかさなります。ただ、ぶんがどれだけおおきくなっていくかというのもかんれんします、ちいさいぶんえても、おおきいたちからたらまだえてぶんもあるのです。ぶんちいさいときとうめいになったとおもっても、そのあとぶんちがひろがっておおきくなったときに、ちいさいぶんえているのですが、おおきいぶんはまだのこっているところがあるのです。どれだけぶんおおきくなっていくかというのにれいしてぜんっていったらほんとうとうめいです。いったんえたものはもどことはありません。
 

    せいしんとういつというのはとおりあります。おもいの 

-ありがとうございます-
 なにかにぼっとうしているときにも「ありがとうございます」をとなえたほういのでしょうか?ふたつにぶんれつしそうなのですが?

ありがとうございます:
 せいしんとういつというのはふたとおりあります。おもいのぶんおもいをしゅうちゅうするというのと、もうひとつは、かんしゃこころかみさまのおおきいげんのエネルギーをいってんしゅうちゅうするというのと。おもいのほうは、しゅうちゅうすればするほどかたまっていくのです、おもいのぶんしゅうちゅうしようというのとかんしゃとはせいはんたいですから、しゅうちゅうはできないのです。かんしゃするとおもいのしゅうちゅうれるのです。
 かんしゃだけをしているぶんであれば、いってんしゅうちゅうするということはかみさまのげんちからをそこにあつめることになります。ぎゃくうと、かみさまのちからおおきくりるから、なにをしてもかみわざになります。

-ありがとうございます-
 たとえば、バッターがとうとしゅうちゅうしているとき、「ありがとうございます」ととなえればかみわざになりますか?

ありがとうございます:
 けのかいかみさまのかいぜんぜんちがうのです、けのかいおもいのかいです。かみわざるといったら、けをちょうえつしていないといけない。かみわざるというのは、めいじんちょうえつしなければいけない。てっぽうつにしても、ひゃっぱつひゃくちゅうでないといけない、なにするにもひゃっぱつひゃくちゅうかんぺきでないといけない。ほんとうかみさまがはたらいたら、かみさまのちからりたら、ほんとうはそこまでくのです。

 たとえば、きゅうでバットでボールをつのでも、つねにボールがまってえるぐらいになって、つねにホームランをてるぐらいになったらかみわざです。そのときすでにボールをあいにしていないのです、すでにボールをってホームランになっているというけっだけをているかいかみさまのかいなのです。
 だから、どんなボールをげられても、ボールがまってそこにバットがたって、ぜんホームランになっているというふうに、けっさきなおせるかいかみさまのかいです。それがかみわざになっててくるのです。けをかんがえておたがちからっているのはまだまだひくかいです。おもいのあるかいはまだだめです。

 
     さとりはピンからキリまであります、かみさまの 

-ありがとうございます-
 さとられたときはどんなかんじでどんなこときましたか?

ありがとうございます:
 さとりはピンからキリまであります、かみさまのぜんたいとぴたっとひとつにるというのはほんとうのうなのです。かみさまがあまりにおおぎるしふかぎるし、ことえてそうぞうぜっするものがあるのです。だから、かみさまのぶんてきなものをかんじるのです、たいようぐらいのひかりかんじたぐらいではちいさいのです、たいようげんおくまんばいしたぐらいおおきいひかりあっとうてきなものをかんじてもまだちいさいのです。

 かみさまをどれだけぶんぢかかんれるかなのです、かみさまはこのだけがかみさまの姿すがたではないし、げんのチャンネルのすべてのひょうげんかみさまのはたらきの姿すがたなのです。ほんとうぜんかんじなければならないのです、「さとり」はかみさまとぶんるというです。ほんとうかみさまのぜんたいかんらなければさとりとはいえません。

-ありがとうございます-
 イエスさまとかおしゃさまとかそれぞれさとりのだんかいちがうのですか? 

ありがとうございます:
 なにかんじているかです、かんじただけがぶんのものになっているのです、どれだけおおきくかみさまのぜんたいぞうかんっているかでちがうのです。さとったとおもっても、おくげんげんにあります、いまいっしゅんさとったとおもってもつぎいっしゅんにはさとっていないぶんになるかもしれない、ぎゃくにどんどんふかまるかもしれません。

-ありがとうございます-
 いったんさとってまたもともどるようなことは?

ありがとうございます:
 あります、なおしをわすれたら、かみさまをよりあたらしい姿すがたなおさなければいけない。たとえばたいようかみさまにたとえて、たいようたらかみさまをかんじたとうのですが、つぎしゅんかんをそらしたらもうかんじていません、そうしたらすこさとりからとおざかるでしょう。いっしゅんすきもないというぐらいに、いっしゅんいっしゅんかみさまをつづけなければいけないのです、そこまでかんしゃつづけないといけないのです。

-ありがとうございます-
 げんのチャンネルをているぶんさとったぶんだとおもうのですが、そのぶんにもだんかいがありますか?そのぶんと、いっしゅんいっしゅんなおしてぶんとのかんれんせいおしえてください。

ありがとうございます:
 ほんとうぶんぶんしんがたくさんあります。ぶんしんいろいろとらわれたぶんがあります、このているぶんほんとうぶんのひとつのぶんしんなのです。だから、ぶんてきにはしきしているのですが、しきぜんたいおよんではいません。ほんたいほんとうぶんもどったときにすべてにしきとどくのです、それでゆうざいかみさまのすべてをなおしているとえるのです。

-ありがとうございます-
 ているぶんというのもどんどんしんしていきますか?

ありがとうございます:
 かみさまがどこまでもしんこうじょうする姿すがたをとりつづけますから、ぶんもそれにわせてかなければいけないのです。かみさまにはまりがありません、だから、どこまでもどこまでもぶんへんするのです。むずかしいのですさとりは。


     ず、おもいのぶんきるのか、かんしゃぶん

-ありがとうございます-
 いろんなせんたくはんだんをするときに、ごうそうねんおもいのぶん)とほんしんぶんはんだんがあるとおもいますが、「ありがとうございます」ととなえることほんしんぶんほうみちびいてもらえますか?

ありがとうございます:
 ず、おもいのぶんきるのか、かんしゃぶんきるのかなのです。さいしょは「おもどおりにきたい」とおもいのぶんきるのです、これはあるていつづきます。あるていたいけんするとあたまったり、まったり、これはおかしいなとすのです。それで、こんかんしゃきようとするのです。

 かんしゃきようというちをこしたときから、かみさまのたすけがはいってきます。かみさまはかんしゃはじめたときからまもつづけてたすけてくれています。ただ、せいのこっていて、おもいにきていたせいのこるのです、ときどきおもいがてくるのはせいかおしているからで、それはしんぱいありません。かみさまはかんしゃきるのらたすけようといっしょうけんめいはたらいているときだから、せいというおもいをつづけてくれます、どれだけてきてもしんぱいせずに、ぶんかんしゃきようというちだけでだいじょうです。


     ほんとうかみさまはひとつです、かみさまのぶん 

-ありがとうございます-
 しゅれいさまとかしゅじんさまとかかみさまのランクはあるのですか、それともひとつなんでしょうか?

ありがとうございます:
 ほんとうかみさまはひとつです、かみさまのぶんとしてすべてがあります。げんげんのチャンネルがあるというのも、かみさまのひょうげんぜんたいぞうからみると、そういうふうにかれていろんなはたらきにぶんしててくるのだということです。
 いろんなげんいろんなチャンネルのなかにそれぞれいろんなひとがいるのです、たかげんたかいチャンネルのなかひとたちはみんなかみさまなのです、しゅれいさまきゅうひとがいっぱいばんぐみもあるし、しゅじんさまきゅうひとがいっぱいいるばんぐみもあるし、ばんぐみによってぜんちがいます。
 ぜんたいぞうとらえて、ぜんたいからたすけをけるのがだいなのです。ひとしゅれいさまからだけではなく、げんしゅれいさまからたすけをけるほうがいのです、またからもひつようだったらぜんたいからたすけをけるのがだいです。

-ありがとうございます-
 あまてらすおおかみさまにかんしゃすることと、ぢかしゅれいさまにかんしゃすることとどのようにバランスをとっていったらいでしょうか?

ありがとうございます:
 しゅれいさま・しゅれいさまとぶと、しゅれいさまからたすけがます。そのしゅれいさまをどうるかでしょう、ちいさい姿すがたでみるとしゅれいさまだけのたすけしかないのです。しゅれいさまがあまてらすおおかみさま・ちゅうおおがみさまといったいであって、そのすべてのちからひつようおうじてあたえてくださるという姿すがたで、しゅれいさまをおおきくとらえたら、しゅれいさま・しゅれいさまというのと「ありがとうございます」というのがいっしてきます。
 ただ、しゅれいさまというのをちいさくひとおおいのです。おおきくるのだったらしゅれいさまはえていきます、「ありがとうございます」だけになっていきます、ちいさいかたひつようありません、「ありがとうございます」にみんなもどっていくのです。

-ありがとうございます-
 しゅれいさまにちをけなくても「ありがとうございます」ととなえていればいいのですか?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」といえるひとちゅうはなくてもだいじょうです。でも、さいしょから「ありがとうございます」にいけないひとがほとんどです、そうしたら、ぢかすがれるものにこころけていくことだいになるのです。それがさいしょしゅれいさまかもしれない、かんのんさまであったりさまであったりいろいろします。でも、さいは「ありがとうございます」にもどっていきます。

 
      ばんぐみとしてごくはあります、ただ、それをぜったい

-ありがとうございます-
 ごくにんげんつくしたものではなくほんとうにありますか?

ありがとうございます:
 ばんぐみとしてごくはあります、ただ、それをぜったいなければならないのではありません、えらんではことるけれど、かみさまがばんぐみのひとつとしてようしているということです。
 ごくつくるのもそうとうちからるのです、かみさまのげんちからるってつくげたさいこうけっさくです。ただ、ごくことによって、けんきょかんしゃふかまるといういちめんもあります、それで、さいこうばんぐみごくらくばんぐみれたら、ほんとうしあわせいっぱいというちになります。さいしょからごくなんかないのだといっても、かんしゃあさくなるのであればがないのです。ごくってごくらくあじわえるほうかんしゃげんげんふかくなります、そういうごくばんぐみだいです。

-ありがとうございます-
 ごくにんげんこころつくしたものだとおもっていたのですが、そうではなくて、そういうばんぐみようされているということですか?
 
ありがとうございます:
 ただ、ごくばんぐみるには、そのちょうこころこさないとけられません、こころばんぐみえらんでしてくるのです。ただ、このではほんとうごくあじわえないのです、このごくはこのげんのチャンネルのなかのひとつです、このとくぜんたいしゅくとしてあるから、このごくあじわえてもほんとうごくあじわえません。

-ありがとうございます-
 ごくらくはどんなかいですか?

ありがとうございます:
 ごくらくというのは、ぶんのすべてをあたくしていっさいもとめるこころこさないかいです。あたえてあたえてあたくすだけのかいです、まわりがぜんおなことをしてくれます。ぶんひつようなものはぜんまわりから、あたえてあたえてあたくしてきます、これじょうしあわせなことはないというぐらいに、そういうかいです。
 ぎゃくごくは、もとめるこころきるかいです。あいからうばうようなこころぜんぶんのほうへもうとします、まわりもおなじようにぶんぜんうばってくれます。ぶんかたとおりのかいまれてくるのです。

-ありがとうございます-
 あたえるかうばうかでわかれるのですか?

ありがとうございます:
 あたえるこころうばこころをひとつのようとしてみたときはどちらになるかというけです。かたもあります、ひかりごくらくやみごくいろんなようけられてごくごくらくこうせいするようになるのです。そのなかのひとつのようとして、あたえるこころうばこころがあります。

 
     かみさまをかんじるかんかたげんにあります。

-ありがとうございます-
 かみさまをかんじるというのはどういうことですか?

ありがとうございます:
 かみさまをかんじるかんかたげんにあります。げんなかのひとつをかんじたからといって、かみさまのぜんかんじたわけではないのです。かみさまはどこからるか?どこからるかというのもひとつのかんかたなのですけれど、つねかみさまのなかるというかんかたもあります、つねに「かみさまがぜんたいからている」というよりも、「かみさまのなかかれている」というかんかくになってきます。

 かんかたげんいろんなかんかたがあっていとおもいます、それをじゅんばんあじわってたいけんして、かみさまとのいったいかんふかめていくのです。わたくしかみさまがどこからかるというかんかくぜんぜんないのです、かみさまのなかるというかんかくです、まわりはかみさまばかり、どこにいてもかみさまばかりとしかかんじないのです。いまさらかみさまをどこかにもとめるでもないし、(どこかに)いてしいともおもわないし。いろんなかんかたじゅんばんたいけんしてたのしむのです。

-ありがとうございます-
 ゆめなかでもそういうかんかたはありますか?

ありがとうございます:
 ゆめなかでもいろんなかんかたてきます、いろんなかみさまがてきたというゆめもあるかもしれないし、かみさまのなかるというゆめになるかもしれません。・・・(ちゅうりゃく)・・・ゆめてきたことはあるものだけにだけむすけてかんがえないほうがいのです、それだけにとらわれてしまいます。いろんなたのしみかたがあります。

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」はあまてらすおおかみさま(いま)ここにします、ということですが、それはぶんなかにということですか?

ありがとうございます:
 ぶんえて、あまてらすおおかみさまだけがそんざいするというのがほんとうなのです。ぶんがとはいってくるとあまてらすおおかみさまのぜんたいぞうはつかめなくなります。かみさまだけがというのがほんとうかんかたになってきます。ぶんえていくのがいちばんいのです、ぶんたちえてうつわえて、そうしてあまてらすおおかみさまだけになったらほんとうかんかたです。

-ありがとうございます-
 みょうほうれんきょうのように、「ありがとうございます」はいろんなものがってくるしんぱいはないですか?

ありがとうございます:
「ありがとうございます」はぶんかみさまにおまかせするかたなのです、そうしてかみさまのすべてをなおかたぜんたくなのです。「ありがとうございます」はりき使つかわないのです、かみさまのたすけだけをれる・かみさまのちからだけをれるのです。

 でも、つうはみんなりききようとしているのです、りきこころったままでなむひょうほうれんきょうとなえます。さとったひとがないので、なしでとなえたらたからかなひびきがてきますが、さいしょからちながらだから、ちょううものをせてしまいます。にくたいぶんじゅくぶんつかんでまんしているようなかんじになり、ごうまんになった姿すがたをとります。そうすると、ごうまんなみちょううものをせてしまうでしょう、だからマイナスをいっぱいってしまうのです。
 かんしゃにはごうまんさはないのです、すべてをかみさまにおまかせしているからけんきょけんきょになるだけです。だから、けいなマイナスをひつようがないのです、ってこないのです。「ありがとうございます」はぶんにマイナスがってもそれをしてくれます、まわりにマイナスがってもぶんとおしてそれをしてくれます。

 みょうほうれんきょうぶつぜんぜんかたちがいます、ぶつのほうがりきつくってもらうがわぶんいて、ぶんなにかをしようとはせずに、さまだけにすがります、だからけいなものをかきあつめることはないのです。マイナスをわなくてみます、ぶんのマイナスをさまにとってもらうだけのかたになります。
 「ありがとうございます」はぶつとはちがうのです、りきではなくぜったいりきなのです。すくってほしいというたちにはちません、「ありがとうございます」ととなえるときは、かみさまからすべてをなおすだけだからさとったぶんなおします。「ありがとうございます・ありがとうございます」ともとからさとったぶんなおします。ふるいものとしんしいものとをえてもらうだけなので、ふるいものをつかんでしがみついてまよっているぶんさとらせてもらうというようにおもわなくなります。りきりきぜったいりきみっつあってみなちがうのです。

-ありがとうございます-
 めいそうとかで、かんさつしゃ・ひとつのしきいていくりょくというのはりきぶんはいるのですか?

ありがとうございます:
 したからのげというのはりきです、さいしょからさとっているぶんいているぶんがすっとりてくるのがいいのです。

-ありがとうございます-
 にちじょうせいかつこうとりょくするのはりきなのですね?
 
ありがとうございます:
 したからのかただからりきてきかたです。

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」でやっていくと、あるとつぜんいているぶんてくるのですか?

ありがとうございます:
 さとったぶんりてくるのです、かたじゅんばんだんかいがあっても、さとったぶんりてくるから、そのぶんりただけいているのです。まよったぶんがいくらこうとおもってもほんとうきません、ほんとうきにはならないのです。

 
      なにかをもとめてするのは、もとめるこころがマイナス

-ありがとうございます-
 こうもとめて「ありがとうございます」をとなえるのはどうでしょうか?

ありがとうございます:
 なにかをもとめてするのは、もとめるこころがマイナスにまずばんぐみをあわせてしまうのです。そこへ「ありがとうございます」をくわえるのですが、()ひくばんぐみわせて「ありがとうございます」をくわえてすこたかめてもらうのです、だから、そのすくないのです。もとめるこころこさずにあたくすこころで「ありがとうございます」をうとばんぐみながかたがぐんとがります、そうするとこうおおきいです、おおきいだけにせきえます。

 ただ、ありがとうございます「だけ」をとなえているのだったらだいじょうなのです、ところがマイナスなことをいっぱいまじえています、「これだけしているのにこうがない」とって、こうがない姿すがたあらわしているのです。ことどおりのばんぐみちょういます、かんしゃしたらかんしゃしただけいいものがどんどんりてきているのですが、マイナスのことまじえてしまっているのです。
 すべてことどおりにおもどおりになるのですが、いくらおもってもおもどおりにならないというひとがいます、そういうひとおもどおりにならないとおもっているからおもどおりにならない、そういうこと使つかっています。てっていしていいことがいっぱいと、うそでもなんでもえばいいのに、そうするとことがいっぱいになってくるのです。てっていするのがいちばんはやこうてきます、マイナスのことさえ使つかわなかったらいいのです。

 いま「ありがとうございます」ととなしたからといってすぐにはけっません、ぶんがどれだけマイナスのこと使つかつづけてきたかというのが、それがえいきょうするのです。だから、げんのマイナスのこと使つかったら、そのマイナスのことしきらないといけないのです。すこし「ありがとうございます」をったからひょうめんてきことるとはかぎりません、それ(ありがとうございます)をマイナスをすことにぜん使つかわれたらげんじつなにわりません。ただ、こころなかおおきいマイナスはしてもらうのです、それがえるけっにまではてこないということです。

-ありがとうございます-
 ということは、わかときからとなえたほうがいいということですね?

ありがとうございます:
 まえからです!「ありがとうございます」をとなえるのはひとひとちがいます、だから何時いつからでもいのです、そういうたらかみさまのたすけがはいってきて、かみさまにたすけてもらったけっ「ありがとうございます」がてくるのです。かみさまのたすけをれるこころじょうたいになっているからなのです、それまではそれぞれままかっきたいときです、そのときかみさまはおくひかえめにたいしているから、「ありがとうございます」はぜったいえないのです。


                ありがとうございます

                
ありがとうございます
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