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()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつ 8にち No.1


      いろんなかいがあります、このをひとつの

-ありがとうございます-
 りんてんしょうしてせいちょうしていくとおもうのですが?
 
ありがとうございます:
 いろんなかいがあります、このをひとつのかいとしたらほかにもげんかいがあるのです。そのりんてんしょうというのは、このがあって・にくたいたましい宿やどって・たましいなんかいまれわっててくるというのがりんてんしょうなのですが、りんてんしょうのあるかいげんにあるかいなかでほんのわずかなかいなのです、りんてんしょうをしないかいいっぱいあります。
 このまれてきたひとには、りんてんしょうがどんながあるのか?かみさまといったいほんとうぶんというのがいちばんおくにあって、そのぶんげんのチャンネルのなかからきなものをえらんで、たとえばこのというばんぐみえらんでてくるのです。ひとつのばんぐみながめているようなかんじなのです。そのなかにくたいぶんがあって・そこに宿やどたましいぶんがあって、りんてんしょうもくてきというのは、たましいほんとうぶんさをらしくひょうげんしてくるか、そのためにりんてんしょうかえすのです。
 
 あまりりんてんしょうとらわれると、しばりにきずられていきます。でも、もっともっとたかばんぐみこころわせていくと、りんてんしょうをしなくてばんぐみてきます。つねかみさまのなかからいっしゅんいっしゅんてくるぶんひかかがやくだけという、たましいえてかみなるぶんかがやかいもあります。
 どんなかいでもかみさまはようしてくれています、ひと使つかことどおりのかいぜんようされています。あまりりんてんしょうということ使つかぎるとそのかいはまんでいきます。ぶんなにえらんでかみさまからけているかというのがだいなのです、ひとゆうがあるのでなんでもけていけるのですが、ほんとうぶんがこれでいいというものをえらんで、それをことにしていくとそれをけていけます。

 りんてんしょうていたましいは、じょせいてきだんせいてきというわりあいがありますが、どちらにでも()るのです、だんせいてきようほんたいぶんからからしてそれをかがやかせてくると、だんせいてきようがたくさんてきます。じょせいてきなものもそうです。
 たましいぶんがこのまれわってきたときに、だんせいてきようつよひとがこのまれてくると、だんせいてきかたをとるのです。あるかんだんせいてきかたをとるとおとこらしさがおもて姿すがたをとります。でも、こんまれわったときに、じょせいにくたいだんせいてきたましいひと宿やどると、おんなひとでありながらおとこっぽい姿すがたをとるのです。でも、じょせいからだまれてくるときじょせいらしさをまなぶためにまれてきますから、そのときほんたいからじょせいらしさをどんどんしてくるべんきょうをしますし、そのぎゃくもあります。りょうせいらしさをどうそなえるというぶんに・たましいぶんになって、ゆうざいひつようおうじてひょうげんできるのが大事(だいじ)です。

 
      いろんなことがあります、そのことなかから

-ありがとうございます-
 ごせんさまはみんなひかかがやいているとおもっているのですが、ほかひとからいろんなことをわれてまよっています。

ありがとうございます:
 いろんなことがあります、そのことなかからぶんがどのことえらぶかがだいなのです。いろんなじょうほうげんにあります、そのなかからぶんいちばんいものをえらんでいくのがだいなのです。いろんなかんがかたげんにあります、ごせんさまにたいするかたかんがかた一杯(いっぱい)()るので、ごせんさまがまよっているとか、ごせんさまはみんなさとってひかかがやいているとか、ぶんはどちらをえらびたいかなのです。
 まよっているといったらまよっているごせんさまをつかんでしまいます、そうすると、ようをしなければとしばられてくるのです。まよっているとけるのはごせんさまにしつれいです、ほんとうぶんまよっているから、ようするていぶんこころをプラスにプラスにえていくのです。それだったらさいしょから、ごせんさまはさとっているんだと、かがやいていつもぶんまもつづけていてくれているというふうにかんしゃするのが大事(だいじ)です。

 
      ほんとうことだまかいしゃくします。

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」のおしえてください。

ありがとうございます:
 ほんとうことだまかいしゃくします。

 「あ」ぜったいとか、いのちほんげんとか、ひかりみなもとこうげんとかひかりというです。

 「り」はらぎょうおんの「り」はせんじょうというがあって、かみさまのぜったいなかそうたいかれるようのすべてがあって、それがりょうほうかれてせんじょうほうしゃされてわされるようになっています。せんじょうわせはかならげんまじわりがます。ちょくせんまじわりはいってんですが、せんじょうわさってこうぞうちゅうまれるのです。そういうでらぎょうおんの「り」を使つかいます。

 「が」は、「か」をだぶらせてかがやきにかがやくというです。ちゅうそうぞうされた姿すがたげんげんかがやいているというです。

 「とう」は、すうじゅうじゅうこうというで、そうたいりょうきょくじゅうわせてだい調ちょうしているという姿すがたをとります。たてよこかんくうかんそういうのをくみあわせると、じゅうこうされてだい調ちょう姿すがたをとっています。

 「ご」は、「こ」がだぶって、かたまってかたまってというふうに、たかげんげんげてげてとか、ぶっしつされてぶっしつされてというふうに、これが「ご」

 「ざ」は「さ」をだぶらせて、さらさらながれるという、いのちながれる・ひかりながれるというふうにうつわる姿すがたしています。それもなかからがるように、はなひらくようにへんしてくる姿すがたが、さらさらながれるという。それが「ざ」

 「い」いのちの「い」、いしころいっげんいっかみさまのいのちきています、いのちひょうげんしています、いのちやくどうしてかがやいているのです、たんなるものではないのです。

 「ま」まったき・かんぜんかんぺきなというです。かみさまのぜったいからそうぞうされて、さいこうひょうげんとしてげんかがやきのあるものがまれて、それがげんげんばんぐみのチャンネルとなってあらわれて、ぶっしつされてげんじついろんなものにかたちとしてあらわれてきています。そのぜんたいぞうかんぺききわまりないというです。そのかんぺききわまりない姿すがたがまたぜったいもどる、そのかえしをしています。

 「ます」というのは、いやしにすというで、いまあらわれたものがぜったいもどって、つぎあらわれたときらしくなってえて、しててくるという、そのじゅんかんあらわします。

「ありがとうございます」ぜんたいほんとうかみさまのすべてのはたらきをしめしています。ほんとうかみさまのまえなのです、きゅうきょくです。「ありがとうございます」ととなえるだけでかみさまのぜんたいからひつようたすけをてっかくけていけるのです。

 いろんなかみ使つかうのは、かみはたらきをしています、まえはたらきをあらわしています、ぜんたいぞうことが「ありがとうございます」です。いろんなかみさまのまえとなえるとぶんてきはたらきをしているのです、そのかみとなえたときはぶんてきたすけはけられますが、ぜんたいからはけられません。すべてのかみさまのまえつづけるのはたいへんですから、それだったらひとつに「ありがとうございます」にしましょうというかんじです。


   「ありがとうございます」ととなえるということ
            
-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」ととなえていたらぶんにどういうへんあらわれますか?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」ととなえるということは、ほんとうかみさまをんでいるのです。だから、ほんとうかみさまをかんれるようになります、ほんとうかみさまをかんじるというのは、ほんとうかみさまはしあわせのほんたいなので、しあわせがかんじられてきます。「ありがとうございます」ととなえているときは、ほんとうかみさまのたすけをれますというひょうをしているのです。かみさまはよろこんでたすけにはいってきます、そのときひつようたすけをてっかくあたえてくれるのです。
 「ありがとうございます」ととなえていないときは、ぶんおもどおりにしますとっているわけです、かみさまはおくんでいてと。かみさまはしがないじょうたいです、ひとゆうしばってはかみさまはかんしょうしてきません、ゆうにどうぞとかくれてまもっているじょうたいです。ぶんちからきようとするのはげんかいるのです、あるていおも(どお)りになっているあいだはよさそうにえるのですが、おもどおりということはまわりのひとゆうしばっていることになるのです。
 
 ほんとうかみさまのたすけというのはどのようにるかとうと、
 
 ()ず、げんげんのマイナスをめんじょしてもらっているときます。げんじついろんなマイナスの姿すがたてきたときでも、それはおくぶんいちぐらいかるさでしてもらっているというようにえてきます。なにもないじょうたいがいつもだいなんなんえてもらっているというふうに、そういうなおしがぜんるようになります。
 そうしてまた、げんげんのプラスのものをいっぱいつねあたえられているといていけるのです。かないとないのとおなじなのです。たいようがそうです、たいようさんありがとうといたときぶんのものです、そのきがげんげんえていきます。これもまだまだしょなのです。

 それが、げんげんかんしゃができるようにしてもらって、なおかつこんぶんほうからかみさまのなかまなければいけない。かみさまのなかんでったときに、ほんとうかみさまとのいったいかんまれてきます。かみさまのほうからぶんなかはいってくるのはまだちいさいのです、ぶんといううつわちいさかったらすこししかはいってきません、それをじゅんかんおおくしてもたいしたことはないのです。かんしゃふかまるとだんだんとぶんかみさまのなからせるかたをとってきます、ぶんかみさまにぜんささくして、かみさまのなかるという、ぶんしてかみさまといったいしたかたです。そうするとぶんかみさまになってきます、かみさまのあたえてくるらしいものをいっしゅんいっしゅんなおせるようになってきます、かみさまからなおしたものがぶんになるのです。
 
 かみさまからなにけるかというのがいちばんだいです、かんしゃけるのとおもいでけるのではぜんぜんちがいます。おもいでけるのは、このにくたいぶんおもったらにくたいだけがぶんです、
 でも、かんしゃというのは「ありがとうございます」とけるのは、たとえばこのかいぜん「ありがとうございます」とけたらかいぶんです。かんしゃふかめるとなおせるかいがどんどんたかまり、もっともっとらしいかいてきます。かんしゃけたかいぶんになり、ぶんおおきいちゅうになります。だから、げんげんおくふかいのです。


       みんなにどういうところがわったかおしえて

-ありがとうございます-
 わたくしだんじきをしてじんせいわったのですが、どうしてだとおもいますか?

ありがとうございます:
 みんなにどういうところがわったかおしえてください。

-ありがとうございます-
 とうかんかいみず氣功きこうによるだんじきをしました。それでじゅっキロぐらいせたのですが、ひょうめんてきわってこころかるくなったというか、こだわりがれてきたというか、それはなかわるいものがたから?ほかには、ひときになってきました。

ありがとうございます:
 だんじきなかつうりませんでしたか?

-ありがとうございます-
 さいしょくるしかったのですが、ここでがんばらなくちゃとおもって!

ありがとうございます:
 ひとだんものをぎるのかもしれない、ひつようじょうぎているときおもたくなってきます。すこだんじきをするとけいなものがれて、ぜん姿すがたもどりやすいのです、ほんとうぶんっているさがぜんそとやすいというのはたしかです。
 びょうをするひとぎてびょうになるあいおおいのです。ひつようなものだけををべているかぎりはびょうにならないといますから、たまにはじゅんなものをとしてしまうのもひつようかもしれないのです。それがかたちにくたいぜいにくとすだけではなく、こころよごれもってしまうのです。それで、もともとあるぶんさがやすくなります。

-ありがとうございます-
 わったわけじゃないのですね?

ありがとうございます:
 かくされていたものがよごれがれて、いものがぜんてきたのです。


      よくこころがなぜわるいかというのは、マイナスを

-ありがとうございます-
 わたくしべたいのです、でもべるとふとります。べたいというよくかんじていやなのです。

ありがとうございます:
 よくこころがなぜわるいかというのは、マイナスをつかぎてもとめるこころこしぎるところがマイナスになっていきやすいので、ひつようなものをかんしゃけるのであればそれはよくとはわないのです。かみさまはひつようなものをあたえてきます、それをかんしゃけるのはよくとはえんのものです。
 
 「よく」というぶんせきしたら、たにけるこころきます。たにこくしんってちゅうおおがみさまです、ちゅうおおがみさまのこころけているじょうたいです。かんしゃわすれたじょうたいよくいます、かみさまのめぐみをかんしゃけるのはかみさまのこころのままです。かんしゃわすれてきているじょうたいよくこころです、かみさまのこころからはずれています、そのときよくというのがまれています。おもどおりにしたいと、たとえば、なにかむちゃくちゃにべたいというのもそうです。
 おもいというのはぶんおもいだけではなくなみがあってまわりのひとおもいもけるときがあります。まわりのひとべたいべたいとおもっていると、ぶんべたくなるとか、あのひとべたいべたいとおもっているとぶんべたくなってしまうのです。ただ、おもいというのはかんしゃしているとえていきます、かんしゃひかりです・おもいはやみです。かんしゃひかりてくるとおもいのやみえます、かみさまがしてくれるのです。

-ありがとうございます-
 ぶんおもどおりになったときに「ありがとうございます」とおもうのとはちがうのですか?

ありがとうございます:
 ちがいます、おもどおりになったらだめなのです。おもどおりというのはマイナスを、しゃっきんかさねます、おもどおりというのはひとゆうしばっていることになりますから、そのはんどうしばられるじょうたいかならるのです。だから、おもどおりにならないほうが、かみさまのこころのままになるのがいのです、それは、ひつようなものだけがてっかくあたえてもらえるからいのです。ぶんのあれがしい・こうしたいというのがじつげんしてもほんとうしあわせではないのです。かみさまがひつようみとめるものをあたえられて、「ありがとうございます」とけられるのがいのです。
 ちいさいどもがいて、あまいものをいっぱいしいしいとべるとすると、ちいさいどもあまいものをたくさんもらってよろこんでいます。でもおやたちからたら、あまいものをぎたらからだわるいし、むしになったりくるしまなければならないのにとおもうのです。おやたちからはけんこうにいいひつようなものをひつようなだけあたえたいのです、どもねがいとおやねがいはちがいます。おなじようにひとねがいとかみさまのねがいはちがうのです。
 「ありがとうございます」ととなえていると、かみさまのねがいをそこへってきます、そうしてかみさまがいちばんしあわせになるようにはたらきかけて、ひつようなものをあたえてくれるのです。だからおもどおりになりません、かんしゃしているとおもどおりにならずにひつようなものがあたえられていきます。それでしあわせへのさいたんコースをあゆむようになるのです。

-ありがとうございます-
 おもどおりにかなくていということですが、わたくしなんじゅうねんごうまんだったということになりますか?

ありがとうございます:
 ひとさいしょぶんおもどおりにきようとするのです、ぶんちゅうしんなのです、でも、おもどおりにきようとするとかならまります。おもどおりにしただけひとれいのようにあつかったことになり、かならぶんぎゃくになって、おもどおりにならなくなってまわりのひとれいのようになっていきます。
 さいしょおもどおりになったということはおおきいしゃっきんです、りをつくっているのです。それがそくいていくとこんぎゃくになって、ぶんおもどおりにはぜったいならなくなってしまいます。これはかならあたまたなければいけない、まってあたまってくのです。それで、いちばんしあわせは、かみさまのこころのままにきるのがいとくのです、かみさまのほうはさいこうしあわせをあたつづけてきて、それをけてしいとっているのです、つづけているのですなんおくねんでも。かんしゃきなさいとかみさまはびかけているのです、かんしゃきたらかみさまがあたえてくださるげんげんしあわせがけられます。

 おもどおりになってもひとつおもどおりになっただけです、ほかぜんおろそかにしてしまっています、おもどおりになったというのはたんなるまんぞくなのです。でも、かみさまのほうひつようなものをぜんてっかくあたつづけてきているのです、それにほうだいなのです。たとえば、れいふくたいと、れいふくれたとしてもそれひとつだけでしかありません、ひとしあわせにきるためにはげんひつようなものが一杯(いっぱい)()るのです、たいようひつようだし、くうひつようだし、みずひつようだし、そういうのはさきかみさまがあたえてくれています、ひつようなものをてっかくあたえているのです。
 ただかないのです、おもいをしてきているあいだかないのです。かんしゃをどんどんしていくようになったときはじめてひつようなものにいていけるのです。たいようはどれだけのがあるか?げんがあります、そういうのにどんどんいていったら、げんあるものをぶんのものにしていけます、しあわせがげんげんおおきくなっていくのです。おもいにきているあいだはマイナスにマイナスにちていきます。

 たとえば、このけんりょくにぎって、ぜんはいするようなけんりょくしゃになったとします、このひとがあのったらどこへくか?ごくきます。おおぜいひとぶんれいあつかったのです、ひとひとれいにするのだったらまだいのですが、おおぜいひとぶんけんりょくかさはいするのです、ひとしあわせにしていいません、そういうひとぜんごくちていくのです。おおぜいひとはいしたぶんながごくなかくるしまなければなりません、ってみればしゃっきんです、たかしゃっきんをしたらながねんげつしゃっきんかえしにくるしむのです。

 おもいはてたほうがいのです、おもいにきるよりかんしゃきるほうがいのです。おもいはおもたい・こころおもくるしくなってきます、どんどんどんどんこころんできます。かんしゃきたらこころかるくなります、あおぞらたいようかがやくようにこころあかるくなってきます、ゆうこころになります。おもいはがんがらめにしばられたこころだからゆうです、れいのようになってしまいます。

-ありがとうございます-
 げんそうだいじんとかしゃちょうとかはごくくのですか?

ありがとうございます:
 ぜんぜんとはかぎりませんが、どれだけしあわせをあたえたかなのです、プラスをあたえたらプラスのちょきんるから、しあわせをあたえたひと()いところへけます。でも、マイナスばっかりあたえていたらだめです、この()姿すがたあたえてもらうのはりなのです。ぶん()いものをあたえてそのおかえしにあたかえされたものはいいのですが、ぶんなにもプラスはあたえてないのにプラスをいっぱいもらっているというのはりなのです。それもあのったらひくところちていくのです、ただだいじんになるだけでもななだいたたられるとわれるぐらいのマイナスのしゃっきんやします。
 つう、いいことをしてもめられたらちょうしです、ひょうしょうされたらマイナスになります、だいじんになったらしゃっきんうのです。だから、()いことしてもたないほうがいのです。

-ありがとうございます-
 そういうひとごくったときぶんでもわかるのですか?

ありがとうございます:
 にたくないー!というじょうたいになります。きょうがないひとところへいけるというのをこころなかかんじているのです、でも、ひくところちていくとかんじているひとにたくはないのです。だから、りはつくらないほうがいのです。


      ひとおもいはしばりなのです、おとこひと可愛かわいおんな

-ありがとうございます-
 おとこひとからしつこくされていたのですが、「ありがとうございます」ととなえていたらあきらめてくれたのですが、それでよかったのでしょうか?

ありがとうございます:
 ひとおもいはしばりなのです、おとこひと可愛かわいおんなひとて、あのきだきだというのですが、きだというのはぶんのものにしたいというしょゆうよくなのです、ものすごいしばりになります。むかしからじんはくめいということわざがあり、うつくしいひとおおぜいひとからおもわれます。あのひとぶんのものにしたいというおもかたしばってきます、そうするといのちおもいでがんがらめにしばられたじょうたいはたらけなくなります、そうするとはやにしたりしてしまうのです。
 だから、きだとおもわれるのはことではないのです、きというのとあいというのはちがうのです。かみさまのほうからあいというにはひとゆうしばりません、あいひつようなものをてっかくあたくしていこうというかたです。あいなにもとめないで、あいしあわせになることをねがうわけです、ひつようなものをあたくしていきます。あたくすこころだからあいあたくしてくれます。

 もとうのではなく、あたうのがいのです。きというのはもとうほうです、あいしばってあいからうばうというかたになります、かならきずついてこころいたんできます。でも、あたくすというのは、あいしあわせにしたいばかりだから、あいからもしあわせをもらえるし、まわりからぜんたいからしあわせをもらえるようになります。
 かんしゃというのは、あたくすこころなかにあります、おもいをどんどんしてあたくすこころしてくれます。だから、あいくせるこころになってくるのです、そうするとあいからまわりからくされてしあわせがおおきくなるのです。きらいのきというのは、まえかもっとまえで、あいからかなりしゃっきんがあるのです。しょうあいきになって、なにをするか?くしたくなるのです、しゃっきんがえししたくなるのです。きというかんじょうとらわれぎたらしあわせになれません。


     「ありがとうございます」はかみさまのまえ

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」と「ありがとうございました」はどうちがうのですか?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」はかみさまのまえんでいますが、「ありがとうございました」はんでいません、ひとつのあらわれにたいするちいさいかんしゃです。かみさまをばないと、げんざいらいとおしてぜんたいからのたすけをけられないのです、だから、「ありがとうございます」がただしいのです。

 
     ひとひとかたゆうなので、そのひとそのひと

-ありがとうございます-
 じゅうろくさいおいさんかいほどさつすいをしているのですが、どういうふうにかんがえたらいでしょうか?

ありがとうございます:
 ひとひとかたゆうなので、そのひとそのひとゆうかたなので、ただぶんがその姿すがたぶんせきにんおもうのだったら、それをぜんぶんせきにんとしてこころんだらえていくてをなにこうじられるのです。でも、ぶんとはべつたら、あいにしないほういのです。
 ぶんというのも、ちいさいぶんもあるしおおきいぶんもあるし、あさぶんもあるしふかぶんもあるし、どのぶんつかんできるかによってかたわります。だから、あまりはしないほういのです、ほんとうおおきいぶんきたかったら、かいぜんぶんおもったらかいじゅうせきにんぜんぶんがとらなければいけない、それはたいへんです。

 ひとはそれぞれおもどおりにきているので、おもいをしておもどおりにきたいというもあるのです、そういうときはかんしゃきたいというのとはちがいますから、かんしゃしたらいよとってもぜんぜんけないし、ほうこうちがうのです、ちがうからほうこうちがうのです。おもどおりにきようとしてあたまってまって、こころかんしゃわったときはおつだいできます、そのときいっしょにおいのりしたりいろんなことをして、かんしゃふかまるようにおつだいしたらいのです。

 
      つう、おかねたよっているのです、ひとものたのみ

-ありがとうございます-
 わたくしのこのねんかんかえると、「ありがとうございます」ということふかかんがえることはなかったのですが、かんしゃをするかたれんぞくだったようにおもいます、そんなせきみたいなことってありますか?

ありがとうございます:
 つう、おかねたよっているのです、ひとものたよっているのです、かみさまにたよっていないのです。それが、おかねたより、ひとものたよるのを()めたとたんにかみさまにたよったことになります。そうするとかみさまのほうからさきたすけがはいってきます、そうしてかんしゃのできるぶんえてくれるのです。

 かみさまはかんしゃしないとたすけないのではなく、かみさまにたよこころこしたとたんにたすけてくれます。そうしてえいえんかんしゃできるこころえてくれるのです、かみさまにすがつづけられるように、かんしゃできるようにえてくれるのです。だから、かみさまのほうさきたすけにきてくれているのです、たよらなかったからかったのです、やめたからかったのです。ほんとうたよるところはかみさまなのです、かみさまがいたよぎていたのです、かみさまがいたよるのをやめたとたんに、あとはかみさまだけがたよるところになります。


       こと使つかったらちょきんです、それももっと

-ありがとうございます-
 とか、たからくじとかバブルとかでたおかねを、なかのために使つかってもそれはしゃっきんなのですか?

ありがとうございます:
 こと使つかったらちょきんです、それももっとこと使つかったらこうそくちょきんです。しゃっきんそくうわまわこうそくけばいのです、ほんとうひとしあわせにするために使つかえばしょうしょうしゃっきんえてしまいます、そうしてちょきんえていくとおもいます。プラスのこころこせばいいのです、ただ、たいきんはいったときにプラスのこころこせないひとがいるのです、たいきんはいったときよくこころきやすいひとたいへんです、そういうひとたないほうがいのです。
 こと使つかえるひとこころおもけないつよひとです、もともととくちょきんがたくさんあるひとです。そういうひとだったらこと使つかってちょきんやせます。たからくじがたったら、ここへこうしてとおもうのですが、たったとたんにどこへもしません、こころ一変(いっぺん)わります。

-ありがとうございます-
 おかねそくくのはわかりますが、ことをしたらそれにそくくというのがわからないのです。

ありがとうございます:
 このりはほんのいちりです、ほんとうりは、プラスのこと使つかうかマイナスのこと使つかうかでおおきくわります。プラスのことちょきんのほうです、マイナスのことしゃっきんのほうになります。
 マイナスのこと使つかったらどんどんしゃっきんふくらみます、このしゃっきんもそのいちです、りるというのもマイナスのこといちです。

-ありがとうございます-
 100のマイナスのしゃっきんたとして、それにそくきますか?

ありがとうございます:
 きます、しゃっきんしゅるいがあって、こうそくくのもあるし、すこしだけくのもあります、ぜんちがいます。マイナスのことでも、かるいマイナスのことときついマイナスのこととがあるのです、きついほどそくえます。この鹿ろううのと、んでしまえではだいぶちがいます、きついほうそくはやえます。プラスのことおなじです、いいことほどそくえます。「ありがとうございます」がさいこうそくことです。


                  ありがとうございます

                
ありがとうございます
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