真祈り文庫
2001年8月26日・2
そうです、みんなそういうふうに感じて、各国の
-ありがとうございます-
「あ」という言葉が物事の根幹だと思うのですけど、ありがとうございますの言葉も最初に「あ」がきますが、あいうえおの「あ」、abcdの「あ」、アー べエイ チェイ デエイーも最初は全部「あ」となっています。偶然かもしれませんが、こういう事は感じ取っているのですか?
ありがとうございます:
そうです、みんなそういうふうに感じて、各国の言葉はみなそうなっているのです。阿吽の言葉も「あ」ですし、αβも「あ」が来ます。ありがとうございますも「あ」が先に来ます。
-ありがとうございます-
馬鹿よりも阿保の方が良いですか?。
ありがとうございます:
いいです。
-ありがとうございます-
大阪の人は良いですね、阿保と言えて。東京で阿保と言うと怒るんですよ。馬鹿と言う方がまだ良いと思っていたのですが?
ありがとうございます:
そうです。「ほ」をたもつ(保)と書けば「あ」を保つで神さまと一体です。最高の誉め言葉です。
本当の神さまはすべてのすべてに満ち渡って
-ありがとうございます-
(トイレの事につき質問:小音にて不明)
ありがとうございます:
本当の神さまはすべてのすべてに満ち渡って、輝かせる働きをしています。だからどこもかしこも本当は清まった場所になっているはずなのです。ところが低い神さまにとっては汚いところは、綺麗なところが良いという神さまにとっては、嫌なのです。でも本当の神さまは特に女神さまは、汚いとこに降りて、みんなのマイナスを背負って浄化する働きをするのです。人間でもそうです、母親は子供の汚れを自分の汚れのように何とも思わず、綺麗に清めていきますし、大犠牲精神も女性の方が良く発揮します。女神さまは地獄のどん底で、みんなのマイナスを背負って清めて、プラスを与える働きよりもマイナスを取る働きを一生懸命にしてくださるのです。
トイレだから神さまがいないとか、此処へ神さまを持ってきてはいけないと言うのはかなり低い囚われた見方です。逆に言えばどこにでも神さまはいらっしゃるから、トイレを綺麗にさせていただきましょうと言うのだったら良いのです。
人間の見方が綺麗、汚いに囚われ過ぎるのです。みんな綺麗だと言えば綺麗に掃除もします。だから綺麗、汚いというのは、その汚いものが綺麗な場合に不調和におかれるからです。場所が所を得ていたら良いのです、糞尿にしても場所をわきまえていたら、汚いとは言いません。「ありがたいと」、その働きは神さまの方からすべて現われてきて、糞尿をも肥料に変えるだけの色んな微生物の働きが加わるのです。だけど食卓に載ると嫌です、やはり所を得ないとだめです。
これからどんどん高い次元の高い番組が降り
-ありがとうございます-
ドイツでは三〇年くらいに、原子力発電所をすべて廃止する。原子力発電所自体は二十四時間フルに動かしていなければいけないのですが、何かあった時は非常に悪いのですが、先生はどのようにお考えですか?
ありがとうございます:
これからどんどん高い次元の高い番組が降りてきたら、もっといいエネルギーが生まれてきて現実化します。もし仮に原子力を使うにしても、マイナスの一切無いような姿で、もっと高度な管理能力が備わったものに変わります。
-ありがとうございます-
原子力でも喧々ガクガクで、環境問題でも政府と闘っています。自分には違和感があるのですが、闘ったら正しいと思ってもやっぱり良くないと思うのですが?
ありがとうございます:
人と闘い争うと良いものを、良いものまでも壊します。お互いに良いものが有ったらそれを伸ばさないといけません、何でも反対では困ります、人のしている良い事を、自分の責任で応援するくらいが良いのです。
もし自分が責任を持って、しなければいけないとしたら大変です。自分の代わりにしてくれて本当にありがとうございますと、感謝しながら応援しないといけません。エネルギー問題ひとつとっても、自分がエネルギーを供給しなければならないとしたら大変です。そういう責任を負わされたら、その時に自分はどうするかなのです。良いものは良いものとして、しっかり伸ばすように応援しなければいけません。批判するのは良い事ではありません、無責任です。自分が代わりにこれをしますと言うのであれば、みんな納得してくれます。批判するだけだったら意味が無いのです。
お墓の有る場所は、そこにもお墓に対してど
-ありがとうございます-
海外旅行した時に、お墓の有る所に行って、体の具合が悪くなった時、変なエネルギーが付いたのではないかと言われたのですが?
ありがとうございます:
お墓の有る場所は、そこにもお墓に対してどういう考え方を持っているかによって、みんな違います。そこに死んだ人が行く場所であると大勢の人が思っていたら、そのお墓に入るような低い人が、死んだ人が居るかもしれません。
でも本当に高い人はお墓に入りません。そんな不便な不自由な所に絶対に入り込みません、宇宙を駆け巡ります。高い人は次元が全然違いますから、この世の波に似たような低い次元には全然入り込んでいないのです。だから、おかしい波動をこの世に送り込むような事は絶対にありません。でもそういう番組も有ります、番組によっては、そこに心を向けて波長を合わせてしまうと、その影響を受けてしまうのです。
-ありがとうございます-
無意識の内に波長を合わせたのでしょうか?
ありがとうございます:
合わせてしまいます。そこに行ってしまったという事も、見てしまったという事も本当は波長が合わなかったら、そこへ行かなかったのです。お墓が有ってもお墓なんか見ていないかもしれません。お墓なんか見えない、無関心で、ただ通り過ぎるだけで、他の事をプラスの事を一杯思っているかもしれません。
-ありがとうございます-
波が合ってしまったのでしょうか?
ありがとうございます:
合ってしまったかもしれません、波が合ったというのは確かです。波を合わせた時にどういうふうに、何が目的で波を合わせたかという理由は有ります。過去世の縁で自分が大昔そこに住んでいて、色んな事があって、その波を自分がお祈りできるから清めるために、もう一回返してもらって清めさせてもらう働きかも知れません。色んな意味合いがあると思いますが、具合が悪くなったことも、喜んだ方が良いのです。
-ありがとうございます-
お墓にはご先祖さまはいらっしゃらないのですか?
ありがとうございます:
どういうご先祖さまがいらっしゃるのかというのも、一人一人本当の自分から見ると色んな番組に出演しているのです。高い番組には高い番組の中の良い役割として出演しているのです、低い番組は低い番組の悪い役割です、迷った姿をとった演出も有ります。だからお墓に入っているようなストーリーの番組も有るのです。
低い番組を掴んだら、ご先祖さまが迷ってお墓にしがみついているような一面もあります。でも高い番組を見たらお墓に入らずに、宇宙を自由自在に飛び回って大きい光を放っている番組も有るのです。だから、どのご先祖さまをどのように見るかです、ご先祖さまは低く見たら嫌がります、高い番組を見て喜んで誉めて欲しいのです。
-ありがとうございます-
一人のご先祖さまがすべての番組に一杯出ているのですか?
ありがとうございます:
そうです、すべての番組に出演します。
-ありがとうございます-
そのご先祖さまは何なのですか。今日は良い番組にも出て、同時に低い番組にも一杯出て、見る方は「今日は低い番組を見ようか高い番組を見ようかな」と、見ている方は勝手ですが、出る方は大変です!全部の番組に出なければいけない!
ありがとうございます:
いやいや、この世の人も同じなのです。本当の自分は神さまと一体の自分です、何にでも成れる自分なのです、どの番組にも出演できる自分です。だからこの世にも自分が出演しているのです。
-ありがとうございます-
急に分からなくなりました。自分はこの番組にしがみ付いている自分ではなく、自分も色んな番組に出れる?
ありがとうございます:
今の自分は一個の番組に嵌まり込んだ自分です、出演している姿の自分です。
-ありがとうございます-
同時に全部に出ているのですか?
ありがとうございます:
出ているのですが、わからないのです。今の番組から抜け出さないと他の番組は見えません。
-ありがとうございます-
今、先生と同じ高い番組を見ていらっしゃる方は他にも居られますか?
ありがとうございます:
本当はみんな見ていると見た方が良いのです。高い番組を見る人は「全員が見ている」と言うのです、「みんな悟って最高番組を今も全員が味わっている」と、「見る」のが「高い番組」です。
-ありがとうございます-
低い番組を見ている私は、気づいていないという事ですか?
ありがとうございます:
気づいていないと言うと低い番組に落ちるのです。例えば無限の分身を出せる自分だったら、一人一人の分身を見分けられるのは本体の自分です。ひとつひとつの分身は身近な所はわかりますが、全部はわかりません。分身は分身としての限界のある力しか持っていません。
-ありがとうございます-
各分身が私という意識を持っているのですか?
ありがとうございます:
そうです。
-ありがとうございます-
私が同時にあらゆる所にいて、私という自覚は今ここにいる私にしかない。各チャンネルに出ている私は、私と思い込んでいる私であると?
ありがとうございます:
ここに大きい木があるとします、この木全体を自分であると思うのが本当の自分です。ところが葉っぱ一枚を自分だと思っていのるが分身の自分です。葉っぱは無限にたくさん有ります、すると無限の分身があるのです。でも葉っぱ一枚一枚が、これが自分であると思っています。
-ありがとうございます-
兄弟の場合、俺は兄だ、弟だ、妹だと区別は有ると思うのですが、葉っぱの場合、全部私だと思うのですか?
ありがとうございます:
色んな見方が出来ます。今見ている番組が自分だけが見ている番組だったら、全部が自分の中の姿です。すると自分が見る世界は、人だけではなく全部が自分です。また、チャンネルを違えて色んな番組に出るというのも、大きく眺めたらすべての番組出演者の全部が自分です。だから色んな意味合いがあり、一通りや二通りではなく、それだけ複雑なのです。
全体を早く把握するというのが必要です、「ありがとうございます」は神さまのすべてのすべて、全体を捉えるための言葉です。「ありがとうございます」に溶け込めば溶け込むほど、全体がわかりだすのです。すると肉体の自分が自分だというのが、小さい感覚だとわかってきます。
求める心でありがとうございますと言うのと、
-ありがとうございます-
求めれば縛りに合うという事で、求めれば求める程、求めるものから離れていくという事ですが、最高番組を見ようとするのは求めになりませんね。最高の番組に上がっていく事ですから。それは思わずに、ありがとうございますだけを唱えた方が良いという事ですか?
ありがとうございます:
求める心でありがとうございますと言うのと、与える心でありがとうございますと言うのと、どっちが効果が大きいのかなのです。求める心は先ずマイナスを、無いという状態を掴んでいます。そして、欲しい欲しいという心でありがとうございますを唱えるのですが、ありがとうございますはプラスの心なので、波が合わないのです。波が合わないと実現しにくいのです。
与える心は満ち足りた心なのです、無限のプラスが一杯という光の心です。感謝して神さまの助けを受けるには、先ず恩返しの心で自分を与え尽くして奉仕して、みんなの為にと感謝すると高い番組と波長が合ってきます。すると、ありがとうございますと一言唱えるだけで奇跡が起きるのです、効果が抜群に大きいのです。
病気をしている人は早く治したいと思いますが、病気を治したいと思うと病気を掴みます。マイナスを掴んで「ありがとうございます」と言うと、「ありがとうございます」と「病気を掴む心」とが合いません、それが現実化しにくい原因です。無限のプラスが降りないのです。
病気の事を忘れて、前向きにプラスの良い事をどんどんしていると、与える心を生きていると、知らぬ間に病気が消えています。与える心でありがとうございますと言い続けたら、色んな意味で奇跡が一杯に出てきます。お金儲けも一緒です、お金を儲けようと思ってするといけません。マイナスから出発すると波が合いにくいのです。
-ありがとうございます-
先ず与える心が有りきで、先にそうしないとありがとうございますと合わない?
ありがとうございます:
呼吸と良く似ていて、吐かないと入ってこないのです。先ず吐くということも与えることです。そうすると神さまの方から助けが入るのです。
お金が人を幸せにするかといえば本当は違うの
-ありがとうございます-
お金を一杯吐き出しすぎてマイナスの時、ただありがとうございますと言えばゼロになってプラスになるのでしょうか?
ありがとうございます:
お金が人を幸せにするかといえば本当は違います。仕事をする時でも、お金儲けをすると損をします。どれだけ人を幸せにすることが出来るか、幸せを与えられるか、与える量を増やすことが大事なのです。それをすぐお金に変えてお金で与えても、与えただけしか返ってきません、お金の額と本当の力、働きとは違います。あぶく銭には、幸せを引き寄せる力は何も無いのです。
-ありがとうございます-
私はヒーリングやカウンセリングをしているのですが、お金は設定しない方がいいのでしょうか?
ありがとうございます:
お金をあまり取り過ぎても意味がありません、人を幸せにする量を増やせばいいのです。少しだけお金を貰っていても、その少しのお金で沢山の幸せが入り込んでいるのです。でも、幸せを与える量が少ないのに多額のお金を貰っていても、与えただけの少しの幸せしか戻ってきません、お金の額はあまり関係ないのです。
土地成金の人はそうなのです。安い土地を、ただみたいな土地を値段が上がって売ってしまう、何億円も儲かったように思えても逆なのです。高利の借金を積み重ねた事になります。何も与えていないのにお金が入ってきても、借金したと同じです、高利の借金です。自分が儲けた、自分のものだと思うから贅沢に使います、無駄遣いして、それで徳を減らし、なお且つ借金を増やし、後が大変です。だから得していないのです、会社でも利潤追求で沢山儲けると、それは損をします。
先ず、幸せを、良いものを一杯与えなければ損なのです。与えた分だけが返ってくるようになっています、だから、タダで与えたらタダで必ず返ってくるのです。与えたものをお金に変えたら、必ずお金になってしか返ってきません。
-ありがとうございます-
今、会社の景気は悪く、今まで利益追求型の会社だったと思うのですが、今、そのつけが回ってきたのでしょうか?
ありがとうございます:
つけが回ってきます。働く時間も少なく、給料も沢山貰ったら、実際に与えた量が少ないのです。お給料が高かくても物価が高くて少ししか買えません。同じ国だったらそれが良くわかると思います。給料が上がれば物価もどんどん上がります、結局は何をしているのかわからないのです。
でも外国の一部は労働力の対価が安いとします、日本のお金で安いものを買ったとすると、これは国と国の貸し借りになります。価値の無いお金で価値の有る物を沢山仕入れたとするのです、すると必ず返さなければならない事になります。価値の有るお金だったらそれだけの物を買えるのです、でも、価値の無いお金で買ったものはいずれ返さなければならない時が来ます。その辺のカラクリ、法則を忘れてしまうと、間違った方向にはまり易いのです。
-ありがとうございます-
返すお金の量なのですが、自分一代で返すのか何代にもわたって返すのかどちらでしょうか?
ありがとうございます:
それは一人一人独立しています、返した量が多い程、幸せが多く入ります。何代も続いている場合でも一人一人別なのです、たくさん返した代の人が幸せになります。
テレビのチャンネルの切り替えでも、順番に
-ありがとうございます-
番組の切り替えの事ですが、テレビですとカチャ、カチャ、カチャと変えれば済むのですが、私たちが番組を替えるという事は、その時に奇跡を感じる訳ですが、その頻度は日に二回だったり、月に一回だったり、三年に一回だったりするのですが、その番組の切り替えのタイミングは具体的にはどうなのですか?
ありがとうございます:
テレビのチャンネルの切り替えでも、順番にちょんちょんちょんと切り替えるのが有りますし、ぱっと飛んで切り替えるのも有ります。お祈りも一緒です、一番低い所から一番高い所へ一遍に行く時も有り、順番で無いと上がらないときも有ります。それはその人にとって必要なときには何でも起こるのです。毎日少しずつ上げていく人もあるし、その場でぱっと上がる人も有るし、下がる人もあるのです。
-ありがとうございます-
下がるというのは、手を抜くとか、サボるとかいうのと違うのですか?
ありがとうございます:
マイナスの言葉を使ったらかなり下がります。
-ありがとうございます-
せっかく積み上げたものがどっと?
ありがとうございます:
積み上げたものは別に関係ないですが、新たにぱっと低い番組にはまるのです。
-ありがとうございます-
ため息はマイナスの言葉なのですか?
ありがとうございます:
なるかもしれない、ため息は喜んで無いのですから、そういう時は嬉しい、楽しい、ありがたい!と奮い立たせている方が良いのです。
-ありがとうございます-
それは感情では辛い、悲しいと感じていても、言葉の力によって幸福に変えていけるのですか?
ありがとうございます:
そうです、プラスの言葉を使えば心は必ずプラスに変わっていきます。未来のことを心配してどうなるんだろうとため息をつきますが、でも、未来は必ず良くなると言えばため息は消えるのです。「どんどん良くなっている、あー今幸せが一杯なんだ」と言えば、言葉で変えられるのです。
-ありがとうございます-
それは文章でも良いのですか?
ありがとうございます:
いいです。
自分が使いたい言葉を選んで使っているうち
-ありがとうございます-
先生の小冊子、無限の無限の幸せが一杯の中に、幸せになりたいのだったら、既に与えられている幸せを数え上げて感謝するだけでいいという事で、何点か書かれています。一番長いのを読みますと「神さまの御心である真・善・美を表現してゆくという、創造の使命を与えられている。その為に必要な知恵・愛・力・勇気・希望は、無限に与えられている。ありがとうございます」という事で非常に素晴らしい祈り言葉なのですが、こういうのがすっと出るのはかなり心境が深くならないと出ないかなーと。こういうのは意識的に考え続けないと出ないのでしょうか?
ありがとうございます:
自分が使いたい言葉を選んで使っているうちに、すっと引っ張り出されてくるのです。
-ありがとうございます-
例えば意識的にそういう言葉をメモして頭に入れて行くとか?
ありがとうございます:
言葉の繰り返しで心は整って行きます、自然に湧き出るような状態に変わるのです。言葉選びが大事です、どういう言葉を使いたいか、先ず自分が言葉を選ぶのです。そして繰り返せば、すべて良くなります、大丈夫です。
-ありがとうございます-
今話を伺っていますと、マーフイ―の法則とかナポレオン・ヒルとか色んな話とイメージがオーバーラップするのですが、そういう事と先生のいわれた事と違いがあるのですか?
ありがとうございます:
私の場合は、すべて言葉通りになると言うのは、バックに神さまの無限の無限のチャンネルがあるという事です。言葉で番組選びをして全部受けられる番組が、全部用意されているのです。
普通は成功の法則と言っても、神さまを相手にしていません。無限の言葉とか想いを念力でという感じで、想いで実現するという感じが多いのです、イメージトレーニングにしてもそうです。「それを生み出す、支えるバックとは何か」がはきりしていません、無いのです。念力で実現するのであれば、念力が弱くなったら実現しません。でも、バックが神さまだったら、どんなに良い事を願っても、言葉に変えても必ず実現します。神さまの方が良いものをどんどん現実化しようと待ってくれているので、やはりバックに神さまを持ってこないと本当の力は弱いのです。
一回ありがとうございますと言うのと、一万
-ありがとうございます-
シールをもらったのですが、一杯貼れば貼るほど言葉と同じように影響力があるのでしょうか?
ありがとうございます:
一回ありがとうございますと言うのと、一万回言うのとでは効果は違います。
-ありがとうございます-
たくさん貼れば貼るほど良いのですか?家の中に。
ありがとうございます:
それは貼ったら貼っただけ効果があります。
-ありがとうございます-
字が大きくても小さくても同じなのですか?
ありがとうございます:
貼ったら貼っただけ、それなりの効果が出ると言えば効果が出ます。でも、ひとつでも充分と言えばひとつでも充分かもしれないのです。ただ、あまりべたべた貼り過ぎたら美観を損なうというのだったら程々にしましょう。
-ありがとうございます-
数が多いい程、良いと言うのだったら、小さいシールを貰っていってたくさん貼れば良いかなと思うのですが?
ありがとうございます:
数が多いい程、効果が有るという意味では効果があります。大きい程、力が有ると言えば大きい方が力があります。それは自由に使い分けてプラスにプラスに受けたら良いのです。それも皆、言葉通りに力が出てきます。これ(シール)は仮に印刷していますが、人が書いた方が良いと言えば、人が書いた方が良いのです。でも心境が高い人が書いた方が力が有ると言えばそうなります。でも誰が書いても同じ力が降りるのだと言えば、同じ力が降ります、印刷でも同じ力が降りるのです。
神さまはどこもかしこも自由に受け場に使えますから、どこへでも同じ強い力を降ろせます。ただ受ける側です、受ける側の言葉の使い方が重要なポイントです。すべてから、小さい物からでも、大きい物からでも、どんな言葉からでも、全部から大きい光が降りると思った方がいいのです。
-ありがとうございます-
常にいい言葉とかプラス発言をどんどん使った方がいいですね。
ありがとうございます:
いいです。
-ありがとうございます-
愛を受け入れるって事ですね?
ありがとうございます:
そうです。
絶対というのは陰陽合体なのです、同時に両
-ありがとうございます-
先程、女神さまの話が出ましたが、男神さま、女神さまや何人居られるのですか、よく八百万の神と言いますが?
ありがとうございます:
絶対というのは陰陽合体なのです、同時に両方を持っているのです。でも、創造する段階になると両方に振り分けられて、それが組み合わされます。陰と陽があったら、陰と陽に分かれて、分かれた物が組み合わさって創造が生まれるのです。その分かれる段階で、例えば古事記に書かれているのでは、伊邪那岐の方が与える側、男神さまが光を与える側です。伊邪那美の方が受ける側、マイナス、陰の働き、それを人格的に言ったら男と女なのです。相対の要素と見たら光がプラスで闇がマイナスです。善がプラスで悪がマイナスです。全部の要素をすべてプラスとマイナスに振り分けるのです。
だからこの世の人が言う女神さま男神さまは、少し小さく見ているのです。もうひとつすべての相対の要素を両方に振り分けて、プラス側マイナス側と見た方が良いのです。マイナス側のすべての働きを総括するのが女神さまと見た方が良いのです。その分身としての働きは無限にあります。その八百万の神、八百万という事ですが、これは無限という意味です、男神さまの働きも無限の分身の神さまがいらっしゃるし、女神さまも同じです。無限にいらっしゃいます。
そうです、色んな分身の神さまを束ねたら、小
-ありがとうございます-
西洋では創造主とか絶対主とかの考えがありますが、日本でも同じように大神さまというのが有るのでしょうか?
ありがとうございます:
そうです、色んな分身の神さまを束ねたら、小さいといっても大神さまになります。その大神さまも沢山有って、それを束ねるともうひとつ大きい大神さまです。だから全体を束ねるのがすべてのすべてなる神さま、ありがとうございますの神さまです。
-ありがとうございます-
神さまには親はないのですか?あらゆる生命は親が子を産みます。神さまがあって後を説明すると凄く説明が上手く行くのですが、神さまは誰のお子さんですかと言われて、最初からいると言われても。ビッグバンにしても一センチ無限四方から宇宙が生まれたと、その先の説明があるのですが、なぜ一センチ無限四方に有るか説明が無いから。同じように神さまについて理路整然と説明しても、神さまはどこから生まれたかという説明が無いので。こんな質問良くないですか?
ありがとうございます:
いや、よく有るのです。まず絶対というのは見えません、感じ取れないのです。でも絶対は最初から有るのです。「何時から」ではないのです、最初から、元から有るのです。絶対は絶対、否定しようが無いのです。絶対から相対が生まれてきます、その時に生まれてきたなと、見えてきたなと感じるのです。
神さまは全体像なので絶対が基本です。「何時から生まれた」のではないのです。元から有ったものが、表現を「相対」に表情を変えるだけなのです。元からある神さまが表面の表情をどんどん変化させているというくらいなのです。
-ありがとうございます-
そうすると基本的には唯物論と同じなのですね。ある物質が今ここにあって、様々な様子を取っていくと捉える、それを神さまと表現するとすれば、そんな喧嘩する話ではないですね。唯物論であれ、唯心論であれ、そういう物だと思えば。
ありがとうございます:
すべては変化をし続けるのですが、その変化の元はどこかなのです。変化の元は、この世に求めても無いのです。例えば、ありがとうございますからBに変わりCになったとするのです。最初に、ありがとうございますが有って、Bに変わって、Cに変わたと言うのですが、ありがとうございますとBとCは、本当は違うものです。違うものだから繋がりが有りません。
やはり、ありがとうございますからB・Cに変えた、そのもうひとつ奥に無いと駄目です。一貫性の有るものがそこに無いと、変化したとは言えません。繋ぐものが無いと変化したと言えない、唯物論は繋ぐものが無いのです。別個のものになります、ばらばらになります。
-ありがとうございます-
物質そのものがそういう性格を持っていると、物質そのものにも意志があり、そのはりつける色々な習慣的な要素を、それが物質だと言えば余り違いが無いかなと思います。物質は元々何もわからず、何も考えない、ただ単なる客観的な物だと我々は見がちですが、いや、元々物質その物にも、感情があり、愛情がありすべてが備わっているのだとすれば、物そのものが神さまと変わりなくなります。
ありがとうございます:
物質そのものにそういう物が有るとすれば、なぜ最初にそうなったかです。ところが、物質そのものはどんどん変化して壊れてなくなりますから、何も無いところからどうして出てきたのかとなります、それが永遠に続けば良いのですけど。
-ありがとうございます-
最初からあるんだよと言われれば有るのです。どこから来たんだと言われても、有るんだよと言われると。神さまもいらっしゃるんだよと言われると、それ以上お前しつこいよと、それと同じ事じゃないかと思ってしまいます。
ありがとうございます:
唯物論ではこの世の姿しか認めていないから、消えたら無いとなるのです、この世のものは消えていきますから。でも、神さまの方は消えずに永遠に生み出す力があります、ずうっと働いています。
-ありがとうございます-
物質は形は消えますけど、原子や電子は散らばってるけど、総体は変わらないですよね、量は。
ありがとうございます:
いやいや全部消える、消えます、原子も。
-ありがとうございます-
形は変化しても、物質として循環していると思ったのですが、無くなるのですか、物質は?
ありがとうございます:
無くなります、この世の姿は、みんな消えます。現われては消え、現われては消えて無くなります、永遠には持続しないのです。でもそれを「生み出すもの」があるから、次から次へと変化して出てきます。その一番奥から生み出す力として働くのが神さまです。
-ありがとうございます-
人間の肉体は滅んで輪廻転生しますが、なぜ魂は変わらずにおれるのですか?
ありがとうございます:
魂も消えるのです、変化して消えるのです。魂を持たずに、もっと高い世界で生きている神なる自分があるのです。
-ありがとうございます-
魂が消えるというのは、五回生まれたから、もう六回目はないよと?
ありがとうございます:
最初から魂を持たずに神さまの世界に生まれる人も有るし、魂を生み出して色んな次元に生きる人も有るし、魂だけで肉体を持たずに生きているのも有るのです。それは神さまがすべてを尽くした表現を繰り広げている、というところから来るのです。「これだけ」という表現はないのです。「ありとあらゆるすべて」を尽くした表現なのです。どんな生き方、どんな表現、どんなものも有るのです。
-ありがとうございます-
我々、魂の中身も知らずに使っていますが、魂は永遠不滅と思っていたら、いや魂も消えますと言われてなにか!魂について多分こういう意味だろうと思って言っているので、質問も意味が無いのかもわかりませんが、今まで思っていた言葉で一生懸命ぶつけているのです。
ありがとうございます:
言葉の通りの世界が全部用意されているのです。
-ありがとうございます-
ずいぶん便利な説明の仕方ですよね?
ありがとうございます:
そうです、神さまというのは至れり尽せりで、どこから突っ込まれても大丈夫なようになっているのです。
そういう番組も有りますが、そういう番組に入
-ありがとうございます-
似たようなことなのですけど、地球がソリューションしたら、人間も○○○にもどされて宇宙の中に消えると聞いたことがあるのですが、そういう事も有り得るのですか?
ありがとうございます:
そういう番組も有りますが、そういう番組に入り込むかどうかは別です。いろんな言葉の使いかた、考え方、生き方がありますが、その通りに入る人は少ないかも知れません。他の生き方も