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()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつ26にち No.1


       くちぶえかしわでです。くちぶえぶきといって、いき

-ありがとうございます-
 めいそうときにバックミュージックのようにヒューというおとと、はくしゅのようなバンバンというおとこえましたがなんですか?

ありがとうございます:
 くちぶえかしわでです。くちぶえぶきといって、いきなかひかりてきます、それがへんして、くちぶえ姿すがたをとってひかりほうしゃされるのです。たかしんきょうひとくちぶえひかりほとばしるようにてくるのです。かしわでいんようわせてつよひかりすときにかしわでちます、しんきょうおうじたひびきがつよるのです、たかしんきょうひとかしわでつと、ものすごつよひかりほとばしるのです。だからいちばんぜんひびきというのはかみさまのこんげんひびきにちかいので、たかつよひびきがるのです。

 おいのりのときほんとうなにひつようないのですが、でもざつねんやすいときはバックミュージックでこのようなたかひびきのおとながれていると、ざつねんにくくなりおいのりがしやすくなるのです、なにもないとざつねんとらわれやすいのです。なかからされるためにてきたざつねんでも、つかんでしまういちめんがあります、それをすっとながすのがいのです。そういうひびきにせてながしてしまうのです。そうするとざつねんとらわれずいのりがしやすくなるのです。そういうです。ありがとうございます。

 
       こんぽんは、すべてはかみさまのあいあらわれ、いのちあらわ

-ありがとうございます-
 さけ煙草たばこにくしょくはなるべくけたほうがいいのですか?もしじゅんけるとしたらどのように?あるかたいたところ、しょくぶつべられてよろこんでいるが、どうぶつころされたときのあれがあるから、ありがとうございますととなえてもまずいよ、とひとがいるのですが。

ありがとうございます:
 こんぽんは、すべてはかみさまのあいあらわれ、いのちあらわれという、かみさまのほうからいのちささげて、どうぞとうふうにしてもらったものは、かんしゃしてけたらかみさまのいのちひかりいただくのです。これはもうなにもかにもそうなのです、ものだけではなくさけ煙草たばこもです。

 ほんとうかんしゃしてければなにわるいものはいのです。ただかんしゃわすれたときにそれぞれにいろいろおもいにけるいちめんはあります。たとえば、さけめばかんぞうわるくなるぞというおもいがぶんこころはいってきたら、そのえいきょうけます。いっさいのマイナスのことこころれないようなじょうたいだったら、なにをしてもいのです。ゆうれつじゅんほんとうく、もともとわるいものはいのです。ひとのマイナスのことわるくするのです。すべてをこうせいするげんいっながめたとき、げんいっでもわるげんいのです。だから、ひとおもいがいろんなものにわる姿すがたつけさせるいちめんがあります。おさけほんとうはおうと、かみさまのいっぱいはいるのです、うれしき、たのしき、ゆうりがたきのみっつの「き」がいっぱいあふれます。めばむほどしあわせになるのです。

-ありがとうございます-
 どうぶつべるのもおなことですか?かんしゃしてべたらいいのですか?

ありがとうございます:
 どうぶつといっても、まわるからいかけてつかまえるというのはささげてもらったものではありません。でも、どうぶつはやしんしたいというでは、ぶんいのちささげてひとのおやくちたいというのだったら、ささげものなのです。それによってどうぶつはやしんするといういちめんがありますから、それはかんしゃしていただことによってどうぶつぶんおおきくプラスのはたらきをするのです。

 たとえば、こうぼうだいさんがほんとうにくしょくをしないのでしょうが、ささげもののたとえばいのししにくべたとするのです、だけど、それはかみさまのいのちいただいているのであって、どうぶつべたとおもってはいないのです。
 ところが、いっしょしゅぎょうしているおぼうさんがていて、「おまえにくべたじゃないか」とめるのです。でもこうぼうだいは「べていない」とうのです。「おまえべた、わしゃーちゃんとた」とう。「じゃーくらべしょうか」と、したらこうぼうだいさんのしたものからはにくてこない。となりのめたひとほうからはにくてきたのです。
 これもかみさまのいのちいただいているというかただったら、おにくべていないのです、いのちささげものをいただいているかぎりはにくではないです。でもこれがにくなんだ、わるいんだとめたら、ほんとうべていなくてもてくるのです。だからこといちばんだいです、プラスのこと使つかったらいとおもいます。  ありがとうございます。

-ありがとうございます-
 しょくときせんせい使つかわれるおいのりのことりますか?

ありがとうございます:
 べつに、ありがとうございますがいりません。わかときだんじきたくさんぎるくらいしたのですが、ほんとうだんじきものべているというかんかくくせばいのです。「なにいただいてもかみさまいのちいただいているのだ」というのだったらだんじきです。ほんとうかみさまのいのちを、ひかりけているかぎりはだんじきです、「もの」ではないのです。たんなるぶっしつとしてのものではないのです。
 でもぶっしつものべるのはくうってもいけないのです、みずんでもおなじです。みんなきているのですから、せっしょうつみおかしているかもしれません。くううだけでくうちゅうせいぶつころしているかもしれない、みずんでもそうなのです。でも、そのせっしょうつみでも、かみさまのいのちいただいているのだ、というのだったらせっしょうつみいっさいこらないのです。これもやはりこと使つかかたひとつなのです。

 
      ありがとうございますととなえているひとちょっかん

-ありがとうございます-
 ぜんおんがくたりすることも、ありがとうございますとっているのとおなじようながあるとおきしたのですが、おんがくとかとかはんだんするにはどのようにしたらいのでしょうか?

ありがとうございます:
 ありがとうございますととなえているひとちょっかんてきに、これはらしいなうつくしいなとぜんかんじます。ほんとうかんしゃかみさまをかんことなのです、かみさまのあらわれとしての姿すがたかんればいのです。うつくしいものはかみさまのあらわれなのです、ちょっかんてきにそこにかんじたときかんしゃになっているのです。

 
      こりません、こらないようにおいのりが

-ありがとうございます-
 せんせいこうだいしんさいのとき、身体からだにストレスみたいなものをかんじられたとうかがったのですが、ちかしょうらいほんでもいろいろわれているようなてんぺんこるのでしょうか?

ありがとうございます:
 こりません、こらないようにおいのりがるのです。だからおいのりするひとさいこうひょうげんとして使つかってもらうのです。もしおおきいマイナスがるのだったら、おいのりのふかひといちてきあずかって、それをとして使つかってもらうのです。どんどんそういうのはかるみます、これからそういうおおきいのはどんどんされてくなるでしょう。よほどおおきいマイナスがきなひととくべつのこしてもらったらいのですが、でもこれからはどんどんプラスにくようになっていますからだいじょうです。

 
      でも、そのとおりになるかどうかはべつです。こ

-ありがとうございます-
 あるほんで、にんげんまれるまえにプログラミングされてまれてくるといてあり、ぶんおやめて、そのおやもとまれてしゅぎょうするようにかれてあるのですが、そんなことはるのでしょうか?

ありがとうございます:
 でも、そのとおりになるかどうかはべつです。このひとおなじですが、ぶんけいかくしてプログラムをてて、さてそのとおあゆもうかとして、そのとおりになるかはかぎらないのです。やはり、しゅんしゅんこくこくこと使つかかた、そのかただいです。だからさいしょのプログラムだけでぜんうごくのではないのです。そういういちめんるとおもいますが、それがすべてではないのです。
 このまれてくるときに、ぶんをはっきりってまれてくるひとるのですが、そこまではっきりしないひとるのです。そういうときしゅれいさま、しゅじんさまがバックでおおきくはたらいてまれさせてくるのです。いろんなまれかたがあるのです。

-ありがとうございます-
 にんげんにんげんまれてくるだけではなく、たとえばしょくぶつどうぶつまれるあいるのでしょうか?

ありがとうございます:
 これもかんがかたが、いろんなかんがかたがあるのです。ぶんなにかというたちえなければわからないのです。そのいちばんおくかみなるぶんだったら、そのぶんなんにでもへんしんするのです。いしころにもなれるしどうぶつにもしょくぶつにも、にんげんにも、おおきいほしにもなれるのです。そのぶんだったらゆうざいへんしんしてなんにでもまれわれるのです。ただ、りんてんしょうてきまれわりではないのです。いつでもなんにでもへんしんしてあらわれることるというです。でもりんてんしょうてきるとかなりゆうそくばくされたなかぶんいているのです。

 そういうぶんたとえばにんげんとしてまれたら、にんげんとしてのまれわりをずっとつづけるのです。どうぶつになったり、しょくぶつになったりはません、あるどうぶつならどうぶつつづけます。だからさるからにんげんしんするというのはないのです、すべてたかげんからぶっしつげんしょうてきりるのです。
 いまどうぶつしか、さるしかきられないだいだったとするのです、そうするとそこにはさるだけです。でもそこに、にんげんたんじょうしてもせいかつしてきられるというかんきょうととのったら、べつたかげんからにんげんりてくるのです。さるからへんしたのではない、あたらしいものがそこにくわわってきたというだけです、それがひとであるのです。ひととしてそこにくわわったというだけです。まだこのてきていないいろんなものせいぶついっぱいいるのです。

 だからしんというより、あらたにぶっしつしてるとほうただしいのです。だからさるなんおくねんってもさるです。あいだるいじんえんはいったとっても、さるからるいじんえんになるのではないのです、るいじんえんがあるのです。ただおくからいろんな姿すがたあらわしてくるのです、ったらいろんなさくひんじゅんばんげるようなかんじで、げるとったらごうですが、でもしんというがこのだけをているので、しんったらおくからのはたらきをていないです。とつぜんへんということりますが、このだけをているひとは、とつぜんわったからとつぜんへんなのです。でもまったくべつのものがりたというだけなのです。


     まれわりりんは、ひくばんぐみほうるの

-ありがとうございます-
 今日きょうらいはなしきたいのです。ななねんまえつまくしました、あるれいのうしゃくと、つまはやまれわり、わたくしせいぞんちゅうじゅうねんかんだけいっしょらせるとわれました。そこでほんとうにあのがあるのか、さいせいじゅんばんがあるのかおおしください。

ありがとうございます:
 まれわりりんは、ひくばんぐみほうるのです、そのなかにはそういう姿すがたもあるのです。たましいまれわりというのは、たましいほんとうおとこおんなもないのです、りょうせいっているとったほうが、おとこにもなれるおんなにもなれるのです。あのにもだんせいてきたましいじょせいてきたましいるのですが、あるいちめんだんせいてきなものをみがしたらだんせいになるのです。じょせいてきなものをみがしたらじょせいらしくなるのです。

-ありがとうございます-
 すると、んだらおやさんかわこうで、おいでおいでしているといますが?

ありがとうございます:
 それもこうにって、まったくちが姿すがたをとったらわからなくなります。それで、せいぜん姿すがたかりあらわときがあるのです。いまぶん姿すがたをとらず、姿すがたをわざとせるのです、それでちがわないようにするだけなのです。でもにんげんみなしんしてしんした姿すがたをとるので、このじょせいとしてまれたひとでも、あのだんせいになっているかもしれないし、いろんなたましいがったいしておおきくなっているかもわからないのです。

-ありがとうございます-
 そうしますと、なつかしいひとって、おいでおいでをしているのはがんぼうであって、じっさいがったいしてからなくなっているかもしれないのですか?

ありがとうございます:
 そうかもしれないし、おおきいたましいだったらぶんかいしてかれてしまっているかもしれない。それでじょせいたましいだとおもっていかけても、だんせいへんしているかもしれません。

-ありがとうございます-
 たのしみだなとかんじますが、ったら、あーそういうみだったのかとわかればうれしいなとおもいますが、そういうぼうっていればろくなことはないということでしょうか?

ありがとうございます:
 そくどおりにならないかもしれません。

-ありがとうございます-
 さきまれわっていたとか、ったらだったとかるのですか?

ありがとうございます:
 あります。

-ありがとうございます-
 それもそういうことが、あるしんきょうたっするとせんせいにはわかるということですか?
 
ありがとうございます:
 はい。


      いま、ここをきる」というあさ

-ありがとうございます-
 「いま、ここ」をたいせつにしましょう!まわりのことにせずにぶんしんたのしくきましょう!とわれるかたます。わたくしもこれができたらかたらずいいなとおもうのですが、ただまわりのことにしないということは、まわりのひときずつけることになるかもしれないとおもうのですが?

ありがとうございます:
 「いま、ここをきる」というあさと、ふかりょうほうります。「いま、ここ」というのは、かみさまのぜったいからかみさまのさいこうひょうげんまれてきた「いま、ここ」なのです。それをなおすというのが「いま、ここをきる」とう。だからふるのチャンネルをあいにしないのです。さいこうあたらしいものをなおして、それをげんじつするとひときずつけるどころではない、みんなかしるのです、まったくのえになってしまいます。それが「いま、ここをきる」いまいっしゅんだいきることなのです。

 
      そうです、うらないなんてほんとうひつようないのです

-ありがとうございます-
 うらないでどうぶつうらないとか、にんそうだとかかんそうがくだとかありますが、ぶんはそれにまわされてきたようにおもうのですが、それはひくばんぐみていたのでしょうか?

ありがとうございます:
 そうです、うらないなんてほんとうひつようないのです。かみさまからさいこうばんぐみなおしているかぎり、マイナスはないのです。げんげんのプラスばかりだったら、うらないなんてまったようになります。

 たいていうらないは、「らくしてことれたい」ということなのです。「なんとかマイナスをすりけてプラスをれたい」というかたです。プラスをけるのはかんしゃしてかみさまのさいこうひょうげんれたらいだけなので、けいことらないのです。
 うんめいがくにもいろんなうんめいがくりますが、やはりひくいのです。かなりマイナスにとらわれているいちめんおおいですから、マイナスをあいにしたらマイナスはぞくします。ちょうってそのばんぐみえらんでしまいます。だからまったくのプラスだけをえらかたがいいのです。ほんとうしあわせになりたいのだったら、げんげんしあわせがいっぱいというあいしあわせなこと使つかつづけて、ばんぐみたかばんぐみわせてしまえばいのです。

 
      かみさまのまえかみさまのはたらきをあらわすように

-ありがとうございます-
 まえことですが、まれるまえまえけて・・、まえはあるのでしょうか?

ありがとうございます:
 かみさまのまえかみさまのはたらきをあらわすように、ひとにもこのいっしょうたすはたらき、使めいまえあらわすあいがあるのです。ただそのまえかたいろいろです、かみさまがただしくけてくれたら、このいっしょうはたらきをよりわかりやすくけてくれるまえになるかもしれない。でもひとかっぶんきなまえけたあいは、すこしずれるのうせいがあります。

 ほんとうは、ほんたいぶんげんげんのプラスをっていますので、どんなはたらきもぶんなのです。そういうたちからるとことどおり、なんでもちからはっできるいちめんがあります。どんなまえけても、そのことどおりのはたらきはるはずなのです。マイナスのこととらわれたらマイナスのはたらきしかないのです。
 ほんとうしの権兵衛ごんべえで、ゆういろんなまえっているほういろんなゆうるかもれないのです。かりにひとつのまえめられても、あままえとらわれぎないほうがいいのです。まえまえでどれでもいのですが、にもいろんなはたらきがるのだとまえひゃくでもせんでもっているほういかもしれません。

 
      さいこうあらそいはらないのですが、ただことだまてき


-ありがとうございます-
 ありがとうございますはさいこうかみさまなのだとして、こうのアラーのかみさまは(?)なんだといたことがあるのですが?

ありがとうございます:
 さいこうあらそいはらないのですが、ただことだまてきうと、ありがとうございますはかみさまのはたらきのぜんことだまひょうげんしているので、かみさまのはたらきのぜんたいつかやすいのです。でもアラーのかみだと「あ」と「り」があるくらいで、ほとんどのこりのことだまひびきがなく、すこつかみにくく、わかりにくいのです。おなさいこうかみさまをそうとしていても、ありがとうございますのほうてきかくしめしています。

-ありがとうございます-
 ヨガでオームということがあるのですが、そのことはどうなんでしょうか?

ありがとうございます:
 ことだまてきに「おー」というのはかみさまをろすこうしんひびきがあるいのりなのです。だからかみさまをぶんなかろすために「おー」ととなえるのですが、でもそれもすこりない、すくないのです、かみさまのぜんたいぞうあくしにくいのです。かみさまがりてくるといってもなにりてくるかは、ピンからキリまでります。やはり(ぶんと)ちょううものをろすのです。

-ありがとうございます-
 くうことだまかんれんせいは?

ありがとうございます:
 ぶっきょうくうということぜったいなのです、「あ」のことだましめすものがくうです。くうなにいのではなくげんげんのプラスがいっぱいという、そのいちばんおくこんげんなのです。

-ありがとうございます-
 くうとかげんちんもくおといというイメージがあるのですが?

ありがとうございます:
 それはぎゃくで、おくほどやくどうしているのです。スピードがはやい、うごきがはやい、みついのです。

 
      それはつかにんげんかっとらかたなので

-ありがとうございます-
 パレスチナとかイスラエルとかでせいあらそいがこっていますが、いのかみさまによってそういうことこるのでしょうか?

ありがとうございます:
 それはつかにんげんかっとらかたなのです。ほんとうせいうのはおいのりするところせいなのです。せいであっても、おいのりをしていなかったらせいからどんどんとおざかっていくのです。かいちゅうしんせいというのはおいのりのいちばんふかところがそのだいせいとなるのです、かいちゅうしんとなるのです。それもへんするのです、ぎゃくせいあらそいであらそっていたらマイナスがいっぱいかさなるので、せいせいでなくなるのです。
 ひとのマイナスのおもいをしゅんしてしまえるくらいのおおきなひかりりたところせいです。そこへってあらそうようだったら、そこはせいからとおざかっています。

 
      ほんとうはそうです、さいこうばんぐみあいにするほう

-ありがとうございます-
 むかし、Tというかたられて、あるほんで、れいかいせいぜんあるしゅうきょうだんたいはげしくはんしていたのはちがいだったとはんせいしているときました。けんちがだんたいたいはんをすればはんでしかかえってこないということを、あるかたわれたのですが、ひとけんちがったときだまってにっこりありがとうございますとってはんろんしないほういのでしょうか?

ありがとうございます:
 ほんとうはそうです、さいこうばんぐみあいにするほういのです。さいこうばんぐみばんぐみたがいにそのらしさをみとって、って、かんしゃって、よろこ姿すがたです。ひくばんぐみあいにして、いくらここはわるい、ここをなおしなさいとめても、はんしても、アドバイスしてもあまりやくたないのです

-ありがとうございます-
 たかばんぐみばかりあいにしていたら、ひくばんぐみひときっぱなしで、そのひとたちづくのをつしかないのですか?

ありがとうございます:
 いやいや、かみさまはひとひとをちゃんとまもりにまもっているのです。ぶんひくばんぐみとらわれていたときからたかばんぐみこころしたというのも、かみさまのまもりのおかげなのです。ひとからいろいろせっかいしてもらったおかげではいのです。ほんとうかみさまからおおきいちからえてもらって、のすべてのひとおなじなのです。かみさまにたかばんぐみこころくようにもどしてもらったのです、ちゃんとめんどうてくれるのです。そのときのおつだいはすこぐらいさせてくれるかもしれません。だからしんぱいいのです。

-ありがとうございます-
 おせっかいはしないほういのですか?

ありがとうございます:
 おせっかいらないのです。もしひつようだったらこうかられていってとか、おしえてとかってもらうのです。ぎゃくかくしておくぐらいほうが、こうがしんけんさをすかもしれない。ほんとうひつようだったら、どうしてもれてってとかおしえてとかしんけんたのんできます。でもそういうしんけんこころこったときは、さきかみさまがたすけるのです。だからおせっかいりません。

 
     いのりはそうじょうこうこします。ひととき

-ありがとうございます-
 ひといのときと、たとえばにんひゃくにんとみんなでいのときこうちがいはるのでしょうか?

ありがとうございます:
 おいのりはそうじょうこうこします。ひとときいちふたときはににんがになる、さんにんだとさざんがきゅうばいになる、それだけのこうがあります。じゅうにんったらひゃくばいになる、10×10で100です、ほんとうはもっとおおきいのです。このひとだけのおいのりではない、あのからもかみさまからもいっしょにおいのりにさんしてくれるので、ものすごそうじょうこうこすのです。

-ありがとうございます-
 たくさんあつまっていのことことでしょうか?

ありがとうございます:
 ことです。ことです。


      おなことです。「かみさま」ということかみさま

-ありがとうございます-
 「かみさまありがとうございます」は、かみさまありがとうございますだからくつはわかるのですが、ありがとうございますがかみさまだとすると、かみさまかみさまとっているのとおなじで、ありがとうございますがかみさまで、つうほんではありがとうございますはかんしゃですから、かみさまありがとうございますはぶんぽうてきにはくわかるのですが、ありがとうございますがかみさまだとすると、かみさまかみさまとっているのとおなじなのですか?

ありがとうございます:
 そうです。

-ありがとうございます-
 あいがいておれいする、とかいうことではなしにかみさまかみさまかみさまということおなじなのですか?

ありがとうございます:
 おなことです。「かみさま」ということかみさまにこころけるはたらきをするのです、それでかみさまといったいになるのです。ただそのかみさまのかみということも、ありがとうございますとおなっていて、いつつのおおきいはたらきをぜんしめことなのです。かくりみごりかがりかけりみかぎりいつつのはたらきは、ありがとうございますにあるのとおなじなのです。だからありがとうございますとかみさまとはおなです、だからかみさまかみさまでもいのです。そのふかがわかればかみさまだけで、ありがとうございますとおなになるのです。

-ありがとうございます-
 かんしゃかみさまのいちばんこころだとして、ありがとうございますとおっしゃっておられるのですが、ほかうつくしいとかんじるこころかみこころだしへいもそうですが、いろいろあるなかかんしゃいちばんだとおっしゃっておられるのでしょうか?

ありがとうございます:
 いや、かみさまのはたらきはたくさんあります。かみさまのとくせいというのか、それぜんがありがとうございますのなかにあるのです。かんしゃというのも、かんしゃえばありがとうございますのほんらいからはずれているのです。だからかんしゃげんげんかんしゃもありがとうございますのなかにあるのです。

-ありがとうございます-
 するとかんしゃうつくしいもいちばんばんいということですか?

ありがとうございます:
 いちばんばんいのです。どれをいちばんってくるかはそのときそのときゆうにしたらいいとおもうのです。ただぜんたいぞうの、ちょうダイヤモンドのいろんなめんがカットであるのですが、どのめんちゅうしんにもってくるかです。うつくしさをしょうめんってきたらバックにいろんなめんがたくさんどうにあるのです。あくまでいったいしているのです。

-ありがとうございます-
 ありがとうございますをかんしゃとらえれば、いちめんしかていないことになるのですか?

ありがとうございます:
 そうなります。それもさっきの、ありがとうございますとかみさまとおなじなのですが、かみさまとうとほとけさまをしんじるひと使つかえません、そういうだったら使つかえないのです。

-ありがとうございます-
 がいじんさんでもサンキュウではくありがとうございますとうんですね。あくまでもありがとうございますとサンキュウはちがうんだということめいかくにしてあげなければですよね?

ありがとうございます:
 「これはかいきょうつうですよ」というように。

 
      かみさまのすべてをけるのがありがとうございます

-ありがとうございます-
 ことのイメージとしてはありがとうございますとうとるイメージがつよく、あたえるというかんじがすくないですけど、ふかではそういうものもふくまれているのですか?

ありがとうございます:
 かみさまのすべてをけるのがありがとうございますなのです、けたからあたれるのです。もし、なにけていなかったらぶんなにあたえられないのです、だからけるとどうあたえるのです。ったらきゅうおなじで、ったらけるのです。

 
      いのりとそういうしきしんこととどち

-ありがとうございます-
 さいこうばんぐみるためにせいしんかいほんおしえをまなぼうとするのですが、さいこうばんぐみるためにはそうしたしきひつようないですか?

ありがとうございます:
 おいのりとそういうしきしんこととどちらがちからるかとうといかというと、いっかいのおいのりのほうがばんかんしょんでばんしょる、まんくつるよりもただしいおおきいはたらきをするのです。ありがとうございますをかさねるほうがすべてにまさるのです。ただ、ありがとうございますにもどるまではいろんなはばひろべんきょうをして、あーこれはただしいんだというほうこうけはひつようかもしれません。でも、おいのりによってほんとうぶんなかからかがやたされて、なんでもわかるぶんわってくるのです。
 しきひとかんがかたです、ぶんのものになっていないのです。あのひとはこういうかんがかた、あのほんにはこういてあったと、わかるだけでぶんのものになっとくしてはいっていない、はいらないのです。ほんとうにすべてがわかるぶんてきてこそ、なるほど、あれは、こうだ、こうだとなっとくしていけるのです。いろんなほんても、あーこれはちがっている、これはただしいとはんだんがつくのです、そのすべてをぶんてこなければいけないのです。そういうだったらありがとうございますと、となえているほんとうぶんかみなるぶんしたほういちばんさいたんきょです、すべてをかたになるのです。


      おなじです。ありがとうございますはかみさまか

-ありがとうございます-
 しょうばいのやりかたとして  give and take ではく、give and giveだといたことがあるのですが、それはありがとうございますのこころおなじですか。

ありがとうございます:
 おなじです。ありがとうございますはかみさまからげんげんのプラスをけますから、ひつぜんてきおんがえしせずにはおれないこころになります。おんがえしはいっさいむくいをもとめないです、だからgive and giveです。あたえるばかりというのがいのです。


       これもどうけるのかは、そのひと使つかこと

-ありがとうございます-
 このにもいくつかありがとうございますのステッカーがってあります。さきほどかしわでくちぶえのことでもしんきょうたかひとがやればつよひかりるとありましたが、おなじようにじきひつであればわかりやすいのですが、いんさつやファックスなどでもおなこうるのでしょうか?

ありがとうございます:
 これもどうけるのかは、そのひと使つかことどおりなのです。すべてにおなちからるとえばすべてにちからるのです。でもかくしてこっちにちからがある、こっちはすこおとるのだとえばそのとおりになるのです。
 これもことどおりになるのです。そういうことどおりのばんぐみぶんんでしまうのです。でももともとはすべてにかみさまのひかりわたってほうしゃされているのです、このシールだけがひかりほうしゃしているのではありません。このはしらからもぜんからも、ひかりほとばしているとみるほうただしいのです。にんげん身体からだてもぜんしんさいぼうたいようのようなひかりほうしゃしているのだ、それぐらいにみたほうがいいのです。


      せいぶんをマイナスにいてにするよ

-ありがとうございます-
 せいぶんせいにしてひとすくったりするうつくしいはなしがあるのですけど、せいとはどうなのかなともんおもうのですが?

ありがとうございます:
 せいぶんをマイナスにいてにするようなかんじをつのかもれないのですが、ほんとうせいはそうではありません。かみさまのこころたいげんする、かみさまのこころのままにぶんいのちかみさまにささげることです、ぶんのすべてをかみさまにささくすことせいです。するとすべてをかすためのおおきいはたらきに使つかってもらえるのです。
 ひとわりになってなにかマイナスをっても、それをかみさまによってかるしてもらって、ひとぶんしあわせをつかむわけです。ぶんしあわせをひとしあわせをもおおきいしあわせにえてもらうだけです、それもらくに。せいというのはマイナスではありません、おおきくとくをするかたです。キリストきょうでイエスさまがじゅうかったとすると、イエスさまからみるとじんるいのマイナスをっておおきくはたらきをさせてもらったのです、それでおおぜいひとしあわせになったのです、このおおぜいひとしあわせをぶんしあわせにんだのです。だから、ちいさいしあわせからおおきいしあわせをあたえてもらったことになるのです。だからほんとうは、せいおおきいしあわせをつかむためなのです、マイナスではないのです。

 
      そうです。かみさまといういままで使つかって

-ありがとうございます-
 ありがとうございますについてもうすこしおおしえください。せんせいしんとうけいせいちょういえとかびゃっこうしんこうかいしゅぎょうされた、そのきょうがたもありがとうございますがおなじようなかみだとわれていたのか、それともせんせいがふっとかれたさとりのかいのことなのでしょうか?

ありがとうございます:
 そうなのです。

-ありがとうございます-
 するとかれらのもととなったおおもときょうとかは、ありがとうございますはおれいこととして使つかっていてかみさまというでは使つかっていないのでしょうか?

ありがとうございます:
 そうです。かみさまといういままで使つかっていないのです。

-ありがとうございます-
 するといまはじめてしめされているわけなのですね。ありがとうございますはかみさまだよとで。

ありがとうございます:
 そうです。でもこれはわたくしっているのではなく、かみさまがっているのです。

-ありがとうございます-
 ハイハイ

ありがとうございます:
 それでかみさまがみんなのなかはいってなっとくさせているのです。これがほんとうかみさまだ
というように。

-ありがとうございます-
 びっくりするはなしですよね。ほんのありがとうございますがかみさまだというのがいまはじめてわかったということは。―

ありがとうございます:
 そうです、はい。


       すべてをかみさまだとおがむのがいいのです。そ

-ありがとうございます-
 せんせいぞくそうてきぞくだとさくばんいたのですが、わたくしいましんこんそうそうべっきょしているのですけど、たとえばしょうばいじょうでもぶんてきせいいとか、そういうぶんまわりのげんじつとどうたい