真祈り文庫
2001年8月25日
No.2
ありがとうございますの神さまは最高の力を
-ありがとうございます-
ありがとうございますの神さまは最高の力を持ち、しかも一番謙虚な神さまであるとテープで聞きましたが、最高のところまで行こうと思えば、例えば南無阿弥陀仏を唱えるよりも、ありがとうございます一本で行ったほうがいいのでしょうか?
ありがとうございます:
阿弥陀さまに縁が深かったら、阿弥陀さまにありがとうございますと言えばいいのです。阿弥陀さまの背後に、ありがとうございますの宇宙絶対神がついて大きく働きます。
-ありがとうございます-
背後にいつも付いておられるのしょうか?
ありがとうございます:
そうです、どんな神さまの名前でも仏さまの名前でもいいのですが、最後にありがとうございますを付けるのが一番効果が大きいのです。ただ、色んな、自分に縁のある神さまの名を唱えるも良いのですが、本当はすべての神さま仏さまから守られているのです。多いか少ないかの違いがあっても、本当はえこひいきはしないほうがいいのです。
一人の名前だけで他の人の名前を呼ばなかったら不平等にみえます。そういう意味ではすべての名前を越えてありがとうございますに絞り込めばすべてに通じ、すべてを片付けてもらえるという意味でその方が平等でいいかもしれません。
神さまを小さな模型として例えれば、この
-ありがとうございます-
太陽の奥に心太式に本当の太陽が無限に詰まっているという意味は?
ありがとうございます:
神さまを小さな模型として例えれば、この世の太陽をモデルにすれば良いのです。本当の神さまは太陽の無限億万倍以上の大光体を放つものなのですが、地球に住む人にとって太陽は神さまの模型として捉え易いのです。実際に肉眼で見る太陽とは、地球の大気圏で乱反射を起こして一つの光体を作ったものを見ているのです。実物の太陽から宇宙空間を通して地球に到達する間の太陽はまだ見えていません。
-ありがとうございます-
それは宇宙船に乗っていても見えないのでしょうか?
ありがとうございます:
それは本当の太陽と虚像として乱反射で起こった太陽では違うのです。無限に無限に輝いた姿をとっていても、なお且つ奥に実物の太陽との間に詰まりに詰まった光があるのです。その一番奥に本体の太陽があるといった感じで、神さまのほうも同じなのです。無限に無限に輝いた姿を見せていても、なおかつ奥に心太式に無限に無限に詰まっていて、その奥に絶対の本体があります、それ位凄いのです。そういう意味の小さい模型として太陽を使えるのです。
いい方にどんどん変化していきます。ありが
-ありがとうございます-
地球環境は年々悪くなっていますが、ありがとうございますで改善の方向にいくのでしょうか?
ありがとうございます:
いい方にどんどん変化していきます。ありがとうございますを唱える人が殖えたら、その人の回りはどんどんプラスに変じます、水だけではなく空気もすべてプラスに変じます。土地の清めでもそうです。ありがとうございますでどんどん清められてきます。人も同じです、感謝されたらどんな国の人も悟りを開いた善人に変わります、感謝された人は悪くなれないのです。
-ありがとうございます-
遺伝子組み替え食品も、ありがとうございますで影響を受けないで済むのでしょうか?
ありがとうございます:
そうです。マイナスも思いもありがとうございますでプラスに変えてもらえばいいのです。毒でも薬に変える位の大きな力がありがとうございますにはあるのです。
そんな事はない、今まで何回も死んでいます
-ありがとうございます-
先生自身は今まで大きな病気をなさったことは無いのでしょうか?
ありがとうございます:
そんな事はない、今まで何回も死んでいます。一瞬一瞬、私は死にきる事を目指しています、死んで地獄に落ちないと謙虚になれません。そういう意味ではないのですが病気もしていますし大病もしています。何回も死ぬとこまで行っています、その度に謙虚になれるのです。
人を助ける為に人の心をプラスにする為、振り替えの技をしますが、その大勢の人のマイナスを背負うと同じ状態になります、一時的には同じような病気の姿、同じような症状をとります。その時でもありがとうございますと唱え続けていれば早く消してもらえるのです、小さいものでしたら一瞬で変化します。それは人助けの意味もあるし、謙虚になる勉強でもあるし、恩返しでもあるのです。
過去に大勢の人に助けてもらっているはずなのです。その恩返しの意味でもみんなを助ける役目をさせていただくのが幸せです、だから、地獄の姿を見ても皆私のマイナスを背負って、代わりに地獄の苦しみ味わってくれているのだと思っただけで、皆にありがとうございますと言えるのです。それだったら、この世の人の皆のマイナスを背負っても何とも無いと思います。
だから、皆が感謝のできる軽い心になれるようにお手伝いできるのだったら、少々のマイナスを背負っても逆に喜びに変わってきます、少々病気の姿をとっても痛みが身体を走っても大丈夫なのです、そういう意味だったらしょっちゅうです。でも瞬間瞬間変わりますから、持続はしません。
-ありがとうございます-
先生が最高百二十日間も断食した様子、意味、きっかけは?
ありがとうございます:
二十歳ぐらいからは月のうち三週間位は断食をしていました、その頃は結構忙しかったのです。寝食を忘れてという言葉がありますが、忙しくて眠る時間が少なかったのです。朝も昼も晩も働き、お祈りもし、いろんな人の相談にも乗って、というと眠る時間がなくなります、当然、食べる時間も少なくなってきます。食べずに済むのなら、一年間位、丸薬一個で済めばいいなと思います。そういう意味で自然に食べる量が少なくなってきたのです。
お祈りをしていたら「どれだけ神さまが守ってくれるか」と試す意味もあったかも知れません、でも、ちゃんと守ってもらえたのです。百二十日したのも、どれだけ限界を破れるかという意味もありました。それもじっとしているだけではないのです、人の三倍は働いています、朝も昼も晩も。それも重たいものを持ったりしてです、100キロ位の荷物を持って階段を上り下りしていた位ですから、その中で断食をしていたのです。でもやっぱりありがとうございますを唱えていたら力をもらうのです。
だから、何を食べて栄養がいくらあってカロリーがどれ位あるかなんて通用しないのです、やっぱり信念と言うか言葉の力は凄いのです。ありがとうございますを唱えて神さまの助けを受けるのなら、不思議な奇跡的なことが起こるのです。それも自然にしてしまったのですがあまり人には勧めたくない、褒められたことではありません。
神さまが与えてくる無限の無限の番組の中で
-ありがとうございます-
人が環境問題に積極的でないので、天照大御神さまが天岩戸に隠れられたと聞いたのですが?
ありがとうございます:
神さまが与えてくる無限の無限の番組の中で、既に天岩戸開きができた最高番組もあるのです。最高番組はいつも天照大御神さまが最高に輝き出ているのです。もう既にあるのです、人がどの番組を選んで見るかなのです。低い番組を見ているのだったらまだ出てこないのですが、高い番組に合わせるともう既にあるのです。
-ありがとうございます-
結構、天照大御神さまを・・・・・・(不明)
ありがとうございます:
ありがとうございますと唱える事は最高の天岩戸開きの出来た状態を受け入れた事になるのです。
-ありがとうございます-
私は・・・・・・
ありがとうございます:
出たり入ったりは忙しいのです。
-ありがとうございます-
環境問題のことを考えたとき、ありがとうございますと家にいて唱えるだけでいいのですか?
ありがとうございます:
ありがとうございますと祈っていると、自然に最高表現を現実化する働きが自然に降ってくるのです。そういう自然な働きで動かされていることはそれで良いのです。砂漠に色んな樹木を植えるのも自然でいいのです。ただマイナスを掴み過ぎるとマイナスとの格闘になります、プラスを降ろすのではなく、マイナスに巻き込まれてマイナスに負けてしまうのです。まず、プラスを降ろすといった感じだったら、前向きにプラスの事をどんどんやったらいいのです。だからマイナスは相手にしないほうがいい、ただプラスの種だけを蒔き続けたらいいのです。
-ありがとうございます-
環境ホルモンやダイオキシンを今悪く見ていますが、プラスに見たら良いのでしょうか?
ありがとうございます:
それをプラスに見なくても良いのです。プラスの世界を見て感謝していると、そんなマイナスの物を分解していく微生物が出てきたり色んな働きがあって、自然に消えます。ありがとうございますと唱える事が大事なのです。それは神さまの最高表現を受け入れる生き方の姿なので、この世(マイナス)を相手にしていません。そうすると調和した姿が自然に出てきて置き換わるのです。
癌になると死病のように言って心配するので
-ありがとうございます-
ガンになった娘さんがありがとうございますで治ったらしいのですが?
ありがとうございます:
癌になると死病のように言って心配するのですが、病気で死ぬ事はないのです、寿命が来て死ぬのです。だから癌を抱えながらも寿命が来るまでは長生きします。寿命が決まって死ぬとしたら、この世で色んな働きをしておいたほうがいいのです。心を清めるんだったらあの世まで持ち越さずこの世で清めたほうが楽なのです。それが病気の姿をとって、癌だったら癌の姿をとって、癌の痛みに耐えて大きくマイナスの思いを消し去ってもらいます。そうすると、あの世ではいい番組に上がっていけるのです。
プラス・プラスに心を向けるために神さまが色んな形で働いて助けてくれているのです。本当は病気になっても構いません、病気から色んなことを学んで自分をどんどん立派に変えていけばいいのです。その過程で治った方が良ければ治ってしまいます、消えてしまうのです。病気で勉強する事が必要だったら病気が持続します、色んな反省を与える意味で気づくまで病気が続くかもしれません。色々原因があると思うのですが、反省してプラスに生きるようになればマイナスの姿は必要なくなり、消えてしまいます。神さまだったら番組を置き換えるぐらい何でもないのです。
-ありがとうございます-
お祈りの回数は?
ありがとうございます:
回数が少なくてもぱっと変わる人もあるし、たくさん唱えても勉強材料が残る人もあるし、それが悪いのではなく必要なだけ残して下さるのです。すぐぱっと治っていい場合も有り、長引いた方がしっかり心が変わる場合もあるのです。熱い物に触れてぱっと放して火傷が軽くて良かったと思っても、又触る可能性が有ります。一回大火傷して懲りたら絶対に熱い物を二度と触りません。同じマイナスの体験でも色んな意味があるのです、どちらが良いかは神さまがご存知なので病気でも大病を永年続ける人もあるし、ちょっと病気してすぐ治してもらって楽に行く人もあるし、それは一人一人違うので、治っても良いし、治らなくても良いし、お任せする方が良い結果が出ます。
マイナスを否定するよりプラスをそのまま肯
-ありがとうございます-
安全に関する標語で「事故はゼロ」と書いてありますが、事故を意識しているからであって、かえって無事故にはならないのでは?無意識の内に逆転換しているように思うのですが、どんな観点から言葉使いをしたら良いのでしょうか?
ありがとうございます:
マイナスを否定するよりプラスをそのまま肯定した方が良いのです。事故が無いというより安全運転という方が、プラスの言葉を選んで使い続ける事が大事です。病気は無いというより無限健康という方が良いのです。
-ありがとうございます-
病気をしてもしなくても良いという事は、病気を抱えている人に対して、同情する事は良い事では無いのでしょうか?
ありがとうございます:
同情も思いやりも必要だったら勉強の材料として使わなければいけません。冷たいよりは思いやりや同情が出来る方が良いのです。ただ、可哀相にと思って同情してマイナスを掴めば、ある意味ではマイナスの勉強になってしまいます。同情するのが必要な時も有りますが、必要で無い時もあります。マイナスを掴むよりはプラスを掴む練習の方が大事です、でも、思いやりの心を持つのも大事です。その時その時で、色んな意味で自由自在に使い分けて勉強するのがいいのです。
人生の目的は大事なのです、この人生の目的
-ありがとうございます-
人間は何のために生きているのでしょうか?
ありがとうございます:
人生の目的は大事なのです、この人生の目的もピンからキリまであります。人生の目的をどう捉えるかは一人一人全部違います、ただ、神さまが人に対して、これが人生最高の目的というのは有ります。どういう事かというと、元々本当の人間は神さまと一体なのです、神さまのすべてを受け直す自分、神さまと一体の自分が有って、本当に自由な心で神さまが与えてくる無限の無限のチャンネルの番組を自由に楽しむ事なのです。最初は低い番組も味わって、その違いがわからないと駄目なのです。低い番組と高い番組の区別がついて、なおかつ謙虚な心で、一番下から最高の番組を眺めて味わえる自分が良いのです。そうすると、その差が大きいほど喜びが大きくなるのです。
一番謙虚な心で最高番組を味わえる自分になって、本当の無限の無限の幸せを味わう事、それが神さまの一番の願いです。人の大きい喜びが同時に神さまの幸せに結びつきます。本当の人生の目的は大きい幸せを感じる事です。
あの世の世界では自分に波長の合う者ばかりが
-ありがとうございます-
生きている間は低い番組や高い番組を見て自分を変えていく事が出来ますが、死後の世界では自分と波長の合ったひとつの番組の中でしか生きられないのでしょうか?
ありがとうございます:
あの世の世界では自分に波長の合う者ばかりが出会うのです。人も自分とそっくりさんのような人ばかりなのです、お金が一番大事だという守銭奴のような人の回りにはお金を数える人ばかりなのです。美しい服を着てファションショーのように着飾るのが幸せという人は、そんなファシュンショーのように着飾っている人ばかりがいる世界へ行きます。そうしたら誰も見てくれません、見て欲しい人ばかりが集まるからです。本当に見事に自分と同じような人ばかりが集まります。
それが自分を変える一番の方法かもしれません。飽きてきたらさっと変わるかもしれないけど、色んな姿を見て比べる事ができません。やはり色んなものがあって何が好きかを選べる方がいいのです、そういう意味だったらこの世が選ぶ勉強には最適です。この世は寿命が定められて一定の期間しか勉強する時間がありませんが、あの世は同じ世界にずうっとですから、自分が変わらない限りぜんぜん変わらないのです。
-ありがとうございます-
あの世では向上することは難しいのですか?
ありがとうございます:
少しずつ上がりますが変化は遅いのです。低いところへはどんどん落ちていきます、落ち易いのです、良い世界だと上がり易いのです。そういう意味で、この世に勉強の場を作ってもらっています。
幸せと言ってもどんな幸せか、幸せと言っても
-ありがとうございます-
「南無妙法蓮華経」を唱えて、祈りも叶ってこんなに幸せになったと言う人がいるのですが?
ありがとうございます:
幸せと言ってもどんな幸せか、幸せと言ってもピンからキリまであるので、どんな幸ですかと、お尋ねした方が良いのです。
-ありがとうございます-
「南無妙法蓮華経」は意味がないのですか?
ありがとうございます:
言葉通りの力もあるし、それなりの番組として運命も受けるのですから、すべて言葉どおりの力が発揮されるのです。「南無妙法蓮華経」と唱えたら言葉どおりの力が発揮されます。
「南無」は帰命するという、命を捧げて一体化するという意味です。「妙法蓮華経」は法華経に説かれている真理を指すのです。本当に深い意味では宇宙の大神さまの全体像を指さなければ嘘なのです。それを小さく捉えてしまうと小さくしか受けられません。しっかり捉えなければいけないのです。
法華経に説かれている真理はどういう真理かと言うと、色んな真理が説かれています。その中には、人間は最初から悟っている真理・仏だと説かれている部分があります、これから悟るのではないと。又、観音さまのように三十三身に身を変じ自ら人を救ってくれるという意味で。だから一宗一派的にならずに、すべてを抱擁する生き方をとるようにと説かれているのです。色んな意味で本当の法華経の真理が体得でき、わかるのだったら大きい意味を捉え易いのです。
そういう真理と神さまの働きを一体化する意味で、「南無妙法蓮華経」と唱えるのだったら大きい力を助けを受けるのです。それは悟った人が唱える生き方でないとちょっと違うかも知れません。響きが高らかなのです、救ってやるぞという響きがあるのです。本当に真理と神さまと一体になって悟った自分だったら、みんなを幸せにする働きが出来ますが、その力も無しに唱えていると響きは「救ってやる」と強く出ているので、救って欲しい人が一杯集まってきます、救い切れなかったらマイナスを全部自分で背負わなければいけない。そういう意味では大きいマイナスを背負って四苦八苦する人が一杯いるのです。
また、この世的なご利益信仰的に小さく、お金持ちになったら幸せ、思い通りになったら幸せ、という感じだったら、全然次元が違うのです。法華経で説かれているのは悟りを開くための方法が説かれているのです、この世的な幸せなんか説かれていません。神さまと一体化するための、悟りを開くための色んな意味の方法を説かれているのです。そういう大きい願いを持って唱えるのだったら良いと思うのです。
ただ、ありがとうございますは誰が唱え始めたのでもないし、発明した物でもないのです。神さまの働きを表わす元からある言葉なのです。でも、「南無妙法蓮華経」は日蓮さんが唱え始めました、唱え始めた「人」がいるのです、やはり小さいのです。
治ったら治ったで良いし、治らなかったら治
-ありがとうございます-
メイヒーリングをやっていますが、病気を治して良い人と治してはいけない人が居るといわれていますが判断が難しい。神さまに委ねようと思いますが、神さまから何らかの指導が来るのでしょうか?
ありがとうございます:
治ったら治ったで良いし、治らなかったら治らなかったで良いのです、結果を相手にせずありがとうございますと唱えて皆の幸せだけを祈れば結果はお任せで良いのです。すべて結果オーライで行きましょう。
ただ、リーダー的にというと天狗になりかね
-ありがとうございます-
いま、多くの人が日本が世界のリーダーになると言っていますが?
ありがとうございます:
ただ、リーダー的にというと天狗になりかねません。ありがとうございますと唱える人は、ますます謙虚になっていくのが大事です、すべて神さまの力でおかげでという、謙虚に受け直す生き方です。謙虚になるからこそ神さまの働きが大きく降りてくるのです。良いものとどんどん置き換えてくれる働きです。
上に立つのではなく下に降りるのです。みんな下に降りて感謝を深めることによって良いものを大きく頂けるというか、世の中を下から大きく支えて変えていくのです。神さまの働きを一番下から受ける立場なのです。お祈りをするという事は、上に立って何かをするのではありません、神さまに力を振るってもらって良いものを一杯与えてもらうという、それを受けるのがお祈りをする人の役目なので、リーダーにならなくても良いのです。下へ下へ降りて自分を隠してしまえばいいのです。そういう所に神さまが本当の力を振るって大きく働いてくれるのです。
この世に生まれてくる目的は、たくさんの中
-ありがとうございます-
この世のことについては了解できますが、過去世と言われると思考が止まってしまいます。過去世について分かりやすく言葉を埋めるなり、なぜ過去世がわかるのか教えて下さい。
ありがとうございます:
この世に生まれてくる目的は、たくさんの中から良いものを選ぶ場として生まれて来るのです。だから何回もこの世に生まれて勉強したいという魂の人はあの世に一杯いるのです。だからこの世に生まれて来るのは競争率が高い、東大に入るより難しい、かなりの競争率をクリアーして生まれてきます。だから、この世だけでお終いというのはおかしいのです、永遠に生きている自分でないと、本当はみんな納得できません。
-ありがとうございます-
永遠の自分と言われても我々には検証のしようが無い。先生は自信を持って言われるのでそうかなと思いますが、何か我々には無いが虎の巻が有ってと、つい思ってしまうのですが。
ありがとうございます:
本当の永遠を生きているというのは神さまと一体化することです、神さまの心を捕まえないとわかりませんが、神さまは永遠に生きているのです。
-ありがとうございます-
それは疑いもなく感じておられる世界を仰っているのでしょうが。まだ感じていない私がとやかく言う事ではないのですが、間を何か言葉で埋めてもらえば助かるのですが。
ありがとうございます:
ありがとうございますと唱えている内に神さまと一体化して、永遠の命の自分だと、まず気がつくのです。それは別にして、この世に生まれてくる魂の生まれ変わりという意味で過去世はあるのです。何回も生まれ変わって、生まれてきても過去の事は憶えていません、憶えていない理由はというと、過去を引きずると過去の惰性に負けてしまうからです。この世に生まれてきた時は過去を一応棚上げしてもらわないと、新しい生き方がとれないのです。過去の事を思い出せないように神さまが預かります、白紙の状態でこの世で勉強して何を選ぶかを決めて、プラスを選ぶのだったらプラスをしっかり身に付けていけます。
普通は過去にマイナスを一杯積み重ねているとして、マイナスの傾向があると絶対プラスを選べなくなります。無限の借金を抱えた人は、この世に生まれてきて、いくら働いたとしても利息すら払えないのです、それではいくら働いても意味が無くなります。それだったら神さまが一時棚上げにして、預かってくれてゼロから働くか借金するか、どちらを選ぶかというふうにしてもらったら、働いてちょっとでも貯金を殖やそうという生き方がとれるのです。そういう生き方がとれたら、神さまの方はどんな大きな借金でも消せるのです。本当にプラスに歩むのだったら、これからどんどん貯金をしなさいという感じで助け続けてくれるのです。
抽選も何も無いのです。心の波に合う世界へ順
-ありがとうございます-
あの世に行くと同じ傾向のものが固まっているとして、次の世に行く時は抽選かなんかで行くのでしょうか?
ありがとうございます:
抽選も何も無いのです。心の波に合う世界へ順番に行くのです。
-ありがとうございます-
死んであの世の階層にとどまっている人が、この世に戻ってくるには何か法則のようなものがあるのでしょうか?
ありがとうございます:
例えば、地獄とか餓鬼道に落ちてしまうと永遠に救われない位に永く留まるのです。よほど縁のある人が助けの手を差し伸べてくれない限り無理なのです。だから縁者がありがとうございますとお祈りしてくれて引き上げてくれるとか、あの世でも色んな神さまがその人の心の動きを見て引き上げてくれるとか、救いの手が差し伸べられない限り、一回低いところに落ちると惰性で絶対上には上がれません、厳しいのです。
-ありがとうございます-
○○○研究所の所長さんが幽体離脱をされて死産の自分の息子さんと出会ったそうですが幽体離脱をしたら過去世とかそんな形のものがあるんでしょうか。
ありがとうございます:
それはそれなりの番組の中であるのです。でも、すべての番組には通用しません、言う事が一人一人違うのです。幽体離脱をさせて色んな世界を見てきたといっても、その波の合う世界を見るので、みんな言う事が違うはずなのです。同じひとつの事を指し示してもぜんぶ中身が違うのです。
-ありがとうございます-
死産の子だったから、顔がずんべらぼうだったとかで、そんなのかなあーと思って。
ありがとうございます:
そういう見方をする人もいます、そういう番組に入ったらそうです。でも死産で死んでも無限に輝いた最高に素晴らしいみんな美男美女ばっかりと言う人もあるのです。番組が違えばみんな違うのです。
全部言葉どおりの世界があるのです。神の分霊
-ありがとうございます-
私たちは神の分霊という事なのですが、この世に生まれてくるのは海みたいなもので、海の波がポンと飛び上がってくる一滴が分霊やと思っているのですが。死ねば大海に戻っていけば個というものはなくなり神になってしまうと思うのですが。
ありがとうございます:
全部言葉どおりの世界があるのです。神の分霊といっても分霊の中身が全部違うのです。高い番組みの神の分霊というのは神さまのすべてを一瞬一瞬受け直し最高に無限に輝いた姿を取るのです。低い番組だと、神の分霊は一筋の光みたいなものなのです。太陽から来る一筋の光を受けて、そこで魂と肉体を纏うようなものなのです。
同じような言葉を使っても、全部違うのです。みなその言葉通りに受けるのです言葉通りの番組が揃うのです。
-ありがとうございます-
番組という言葉はすごく耳新しい新鮮に感じるのですけど、なにか妄想と近いのですか、見る側は何見てもあるよと言われれば。
ありがとうございます:
波長の合ったものは丁度、テレビを見るようにぱっと出てくるのです。
-ありがとうございます-
お前はそれを見ていろ、お前が見ているのだからそうだよと、言われると説明は良いけれど、何を見たって自由だと言われると、妄想でもむちゃくちゃでもお前は見えているから、お前の番組だと言われると?
ありがとうございます:
全部が言葉通りの番組が用意されているのです。だから化け物や妖怪を見たかったら、そればかり研究したらいいのです、そういう世界を感じ取れるようになるのです。妖怪の数でも無限にいて、化け物も無限にいるのです。この世で色んなアニメに出ているようなそんなチャチな物ではありません、もう底が知れないほどなのです。
-ありがとうございます-
きのう、たまたまクリスチャンの方と話で、霊界があると言ったら○○さんがおっしゃったように、聖書には霊界や地獄は無い、死んだら神にエネルギーに戻るだけと書いてあると言っていましたが。
ありがとうございます:
それも言葉通りの世界があるのです。この肉体が無くなってもあの世は無いと言う人がありますが、そういう人はあの世に行ったら、何もない無の空間に魂がいくのです。無くなったら神さまの世界に、丁度海に溶け込むように個性が無くなっていくんだと言うと、そういう世界へ行ってしまうのです。
でも本当は、神さまと一体の自分であっても個性が最高に輝いた世界に戻らなければいけない。本当の自分に戻るというのは、個性があるのです。
まず、次元が変わると時間の感覚が変わるの
-ありがとうございます-
地獄とかにいる人が生まれ変わってくる場合、レベルとかがあるのですか。
ありがとうございます:
本人の自由意志です。
-ありがとうございます-
わかり難いのですが、何千年も地獄にいる人が生まれ変わるには、一度どこかの世界へ行って生まれ変わるとか、又は天国に行って生まれ変わるのかどっちでしょうか。境目とかあるのでしょうか?
ありがとうございます:
まず、次元が変わると時間の感覚が変わるのです。例えば、極楽の一秒が、地獄の何億年以上なのです。極楽で一秒楽しんでいると、その間地獄では何億年も苦しんでいるという感覚です。
-ありがとうございます-
では、極楽から生まれ変わるのですか?
ありがとうございます:
そんな事はありません。元々は神さまと一体の自分しか無いのです、その自分が番組を自由に選ぶだけです。そのどの番組にも入り込めます、特に低い番組に入るほど囚われて自由が無くなっているだけなのです。
-ありがとうございます-
その○○?でも、生まれ変わってくるのですか。
ありがとうございます:
自分が肉体に魂を持って、魂が肉体に出入りして生まれ変わるとしても、あるいは、その世界を変えてしまうという意味でも、本当の自分の自由意志で選んで楽しんでいると言った方が良いのです。本当の自分が、自分の自由意志でプラスに向かない限りは低い番組から抜ける事はありません。例え地獄で何億年も苦しんで、それを味わっている姿をとっていても本当の自分は全然傷ついていません、痛んでいないのです。テレビを見ている感じ、地獄番組<