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2001ねんがつ25にち No.2


     ありがとうございますのかみさまはさいこうちから

-ありがとうございます-
 ありがとうございますのかみさまはさいこうちからち、しかもいちばんけんきょかみさまであるとテープできましたが、さいこうのところまでこうとおもえば、たとえばぶつとなえるよりも、ありがとうございますいっぽんったほうがいいのでしょうか?

ありがとうございます:
 さまにえんふかかったら、さまにありがとうございますとえばいいのです。さまのはいに、ありがとうございますのちゅうぜったいしんがついておおきくはたらきます。

-ありがとうございます-
 はいにいつもいておられるのしょうか?

ありがとうございます:
 そうです、どんなかみさまのまえでもほとけさまのまえでもいいのですが、さいにありがとうございますをけるのがいちばんこうおおきいのです。ただ、いろんな、ぶんえんのあるかみさまのとなえるもいのですが、ほんとうはすべてのかみさまほとけさまからまもられているのです。おおいかすくないかのちがいがあっても、ほんとうはえこひいきはしないほうがいいのです。
 ひとまえだけでひとまえばなかったらびょうどうにみえます。そういうではすべてのまええてありがとうございますにしぼめばすべてにつうじ、すべてをかたけてもらえるというでそのほうびょうどうでいいかもしれません。


        かみさまをちいさなけいとしてたとえれば、この

-ありがとうございます-
 たいようおく心太ところてんしきほんとうたいようげんまっているというは?

ありがとうございます:
 かみさまをちいさなけいとしてたとえれば、このたいようをモデルにすればいのです。ほんとうかみさまはたいようげんおくまんばいじょうだいこうたいはなつものなのですが、きゅうひとにとってたいようかみさまのけいとしてとらやすいのです。じっさいにくがんたいようとは、きゅうたいけんらんはんしゃこしてひとつのこうたいつくったものをているのです。じつぶつたいようからちゅうくうかんとおしてきゅうとうたつするあいだたいようはまだえていません。

-ありがとうございます-
 それはちゅうせんっていてもえないのでしょうか?

ありがとうございます:
 それはほんとうたいようきょぞうとしてらんはんしゃこったたいようではちがうのです。げんげんかがやいた姿すがたをとっていても、なおおくじつぶつたいようとのあいだまりにまったひかりがあるのです。そのいちばんおくほんたいたいようがあるといったかんじで、かみさまのほうもおなじなのです。げんげんかがやいた姿すがたせていても、なおかつおく心太ところてんしきげんげんまっていて、そのおくぜったいほんたいがあります、それぐらいすごいのです。そういうちいさいけいとしてたいよう使つかえるのです。

 
   いいほうにどんどんへんしていきます。ありが

-ありがとうございます-
 きゅうかんきょうねんねんわるくなっていますが、ありがとうございますでかいぜんほうこうにいくのでしょうか?

ありがとうございます:
 いいほうにどんどんへんしていきます。ありがとうございますをとなえるひとえたら、そのひとまわりはどんどんプラスにへんじます、みずだけではなくくうもすべてプラスにへんじます。きよめでもそうです。ありがとうございますでどんどんきよめられてきます。ひとおなじです、かんしゃされたらどんなくにひとさとりをひらいたぜんにんわります、かんしゃされたひとわるくなれないのです。

-ありがとうございます-
 でんしょくひんも、ありがとうございますでえいきょうけないでむのでしょうか?

ありがとうございます:
 そうです。マイナスもおもいもありがとうございますでプラスにえてもらえばいいのです。どくでもくすりえる(くらい)おおきなちからがありがとうございますにはあるのです。


     そんなことはない、いままでなんかいんでいます

-ありがとうございます-
 せんせいしんいままでおおきなびょうをなさったことはいのでしょうか?

ありがとうございます:
 そんなことはない、いままでなんかいんでいます。いっしゅんいっしゅんわたしにきることしています、んでごくちないとけんきょになれません。そういうではないのですがびょうもしていますしたいびょうもしています。なんかいぬとこまでっています、そのたびけんきょになれるのです。
 
 ひとたすけるためひとこころをプラスにするためえのわざをしますが、そのおおぜいひとのマイナスをうとおなじょうたいになります、いちてきにはおなじようなびょう姿すがたおなじようなしょうじょうをとります。そのときでもありがとうございますととなつづけていればはやしてもらえるのです、ちいさいものでしたらいっしゅんへんします。それはひとだすけのもあるし、けんきょになるべんきょうでもあるし、おんがえしでもあるのです。
 
 おおぜいひとたすけてもらっているはずなのです。そのおんがえしのでもみんなをたすけるやくをさせていただくのがしあわせです、だから、ごく姿すがたてもみんなわたしのマイナスをって、わりにごくくるしみあじわってくれているのだとおもっただけで、みんなにありがとうございますとえるのです。それだったら、このひとみんなのマイナスをってもなんともいとおもいます。
 だから、みんなかんしゃのできるかるこころになれるようにおつだいできるのだったら、しょうしょうのマイナスをってもぎゃくよろこびにわってきます、しょうしょうびょう姿すがたをとってもいたみが身体からだはしってもだいじょうなのです、そういうだったらしょっちゅうです。でもしゅんかんしゅんかんわりますから、ぞくはしません。

-ありがとうございます-
 せんせいさいこうひゃくじゅうにちかんだんじきしたよう、きっかけは?

ありがとうございます:
 ぐらいからはつきのうちさんしゅうかんぐらいだんじきをしていました、そのころけっこういそがしかったのです。しんしょくわすれてということがありますが、いそがしくてねむかんすくなかったのです。あさひるばんはたらき、おいのりもし、いろんなひとそうだんにもって、というとねむかんがなくなります、とうぜんべるかんすくなくなってきます。べずにむのなら、いちねんかんぐらいがんやくいっめばいいなとおもいます。そういうぜんべるりょうすくなくなってきたのです。
 おいのりをしていたら「どれだけかみさまがまもってくれるか」とためもあったかもれません、でも、ちゃんとまもってもらえたのです。ひゃくじゅうにちしたのも、どれだけげんかいやぶれるかというもありました。それもじっとしているだけではないのです、ひとさんばいはたらいています、あさひるばんも。それもおもたいものをったりしてです、100キロぐらいもつってかいだんのぼくだりしていたぐらいですから、そのなかだんじきをしていたのです。でもやっぱりありがとうございますをとなえていたらちからをもらうのです。
 
 だから、なにべてえいようがいくらあってカロリーがどれぐらいあるかなんてつうようしないのです、やっぱりしんねんうかことちからすごいのです。ありがとうございますをとなえてかみさまのたすけをけるのなら、せきてきなことがこるのです。それもぜんにしてしまったのですがあまりひとにはすすめたくない、められたことではありません。


      かみさまがあたえてくるげんげんばんぐみなか

-ありがとうございます-
 ひとかんきょうもんだいせっきょくてきでないので、あまてらすおおかみさまがあまのいわかくれられたといたのですが?

ありがとうございます:
 かみさまがあたえてくるげんげんばんぐみなかで、すであまのいわひらきができたさいこうばんぐみもあるのです。さいこうばんぐみはいつもあまてらすおおかみさまがさいこうかがやているのです。もうすでにあるのです、ひとがどのばんぐみえらんでるかなのです。ひくばんぐみているのだったらまだてこないのですが、たかばんぐみわせるともうすでにあるのです。

-ありがとうございます-
 けっこうあまてらすおおかみさまを・・・・・・(めい

ありがとうございます:
 ありがとうございますととなえることさいこうあまのいわひらきのじょうたいれたことになるのです。

-ありがとうございます-
 わたしは・・・・・・

ありがとうございます:
 たりったりはいそがしいのです。

-ありがとうございます-
 かんきょうもんだいのことをかんがえたとき、ありがとうございますといえにいてとなえるだけでいいのですか?

ありがとうございます:
 ありがとうございますといのっていると、ぜんさいこうひょうげんげんじつするはたらきがぜんってくるのです。そういうぜんはたらきでうごかされていることはそれでいのです。ばくいろんなじゅもくえるのもぜんでいいのです。ただマイナスをつかぎるとマイナスとのかくとうになります、プラスをろすのではなく、マイナスにまれてマイナスにけてしまうのです。まず、プラスをろすといったかんじだったら、まえきにプラスのことをどんどんやったらいいのです。だからマイナスはあいにしないほうがいい、ただプラスのたねだけをつづけたらいいのです。

-ありがとうございます-
 かんきょうホルモンやダイオキシンをいまわるていますが、プラスにたらいのでしょうか?

ありがとうございます:
 それをプラスになくてもいのです。プラスのかいかんしゃしていると、そんなマイナスのものぶんかいしていくせいぶつてきたりいろんなはたらきがあって、ぜんえます。ありがとうございますととなえることだいなのです。それはかみさまのさいこうひょうげんれるかた姿すがたなので、この(マイナス)をあいにしていません。そうすると調ちょうした姿すがたぜんてきてわるのです。
 
 
       がんになるとびょうのようにってしんぱいするので 

-ありがとうございます-
 ガンになったむすめさんがありがとうございますでなおったらしいのですが?

ありがとうございます:
 がんになるとびょうのようにってしんぱいするのですが、びょうことはないのです、寿じゅみょうぬのです。だからがんかかえながらも寿じゅみょうるまではながきします。寿じゅみょうまってぬとしたら、このいろんなはたらきをしておいたほうがいいのです。こころきよめるんだったらあのまでさずこのきよめたほうがらくなのです。それがびょう姿すがたをとって、がんだったらがん姿すがたをとって、がんいたみにえておおきくマイナスのおもいをってもらいます。そうすると、あのではいいばんぐみがっていけるのです。

 プラス・プラスにこころけるためにかみさまがいろんなかたちはたらいてたすけてくれているのです。ほんとうびょうになってもかまいません、びょうからいろんなことをまなんでぶんをどんどんりっえていけばいいのです。そのていなおったほうければなおってしまいます、えてしまうのです。びょうべんきょうすることひつようだったらびょうぞくします、いろんなはんせいあたえるづくまでびょうつづくかもしれません。いろいろげんいんがあるとおもうのですが、はんせいしてプラスにきるようになればマイナスの姿すがたひつようなくなり、えてしまいます。かみさまだったらばんぐみえるぐらいなんでもないのです。
 
-ありがとうございます-
 おいのりのかいすうは?

ありがとうございます:
 かいすうすくなくてもぱっとわるひともあるし、たくさんとなえてもべんきょうざいりょうのこひともあるし、それがわるいのではなくひつようなだけのこしてくださるのです。すぐぱっとなおっていいあいり、ながいたほうがしっかりこころわるあいもあるのです。あつものれてぱっとはなして火傷やけどかるくてかったとおもっても、またさわのうせいります。いっかいおおけどしてりたらぜったいあつものさわりません。おなじマイナスのたいけんでもいろんながあるのです、どちらがいかはかみさまがごぞんなのでびょうでもたいびょうながねんつづけるひともあるし、ちょっとびょうしてすぐなおしてもらってらくひともあるし、それはひとひとちがうので、なおってもいし、なおらなくてもいし、おまかせするほうけっます。

 
   マイナスをていするよりプラスをそのままこう

-ありがとうございます-
 あんぜんかんするひょうで「はゼロ」といてありますが、しきしているからであって、かえってにはならないのでは?しきうちぎゃくてんかんしているようにおもうのですが、どんなかんてんからこと使つかいをしたらいのでしょうか?

ありがとうございます:
 マイナスをていするよりプラスをそのままこうていしたほういのです。いというよりあんぜんうんてんというほうが、プラスのことえらんで使つかつづけることだいです。びょういというよりげんけんこうというほういのです。

-ありがとうございます-
 びょうをしてもしなくてもいということは、びょうかかえているひとたいして、どうじょうすることことではいのでしょうか?

ありがとうございます:
 どうじょうおもいやりもひつようだったらべんきょうざいりょうとして使つかわなければいけません。つめたいよりはおもいやりやどうじょうほういのです。ただ、わいそうにとおもってどうじょうしてマイナスをつかめば、あるではマイナスのべんきょうになってしまいます。どうじょうするのがひつようときりますが、ひつようときもあります。マイナスをつかむよりはプラスをつかれんしゅうほうだいです、でも、おもいやりのこころつのもだいです。そのときそのときで、いろんなゆうざい使つかけてべんきょうするのがいいのです。


     じんせいもくてきだいなのです、このじんせいもくてき 

-ありがとうございます-
 にんげんなんのためにきているのでしょうか?

ありがとうございます:
 じんせいもくてきだいなのです、このじんせいもくてきもピンからキリまであります。じんせいもくてきをどうとらえるかはひとひとぜんちがいます、ただ、かみさまがひとたいして、これがじんせいさいこうもくてきというのはります。どういうことかというと、もともとほんとうにんげんかみさまといったいなのです、かみさまのすべてをなおぶんかみさまといったいぶんって、ほんとうゆうこころかみさまがあたえてくるげんげんのチャンネルのばんぐみゆうたのしむことなのです。さいしょひくばんぐみあじわって、そのちがいがわからないとなのです。ひくばんぐみたかばんぐみべつがついて、なおかつけんきょこころで、いちばんしたからさいこうばんぐみながめてあじわえるぶんいのです。そうすると、そのおおきいほどよろこびがおおきくなるのです。

 いちばんけんきょこころさいこうばんぐみあじわえるぶんになって、ほんとうげんげんしあわせをあじわうこと、それがかみさまのいちばんねがいです。ひとおおきいよろこびがどうかみさまのしあわせにむすびつきます。ほんとうじんせいもくてきおおきいしあわせをかんじることです。


       あのかいではぶんちょうものばかりが 

-ありがとうございます-
 きているあいだひくばんぐみたかばんぐみぶんえていくことますが、かいではぶんちょうったひとつのばんぐみなかでしかきられないのでしょうか?

ありがとうございます:
 あのかいではぶんちょうものばかりがうのです。ひとぶんとそっくりさんのようなひとばかりなのです、おかねいちばんだいだというしゅせんのようなひとまわりにはおかねかぞえるひとばかりなのです。うつくしいふくてファションショーのようにかざるのがしあわせというひとは、そんなファシュンショーのようにかざっているひとばかりがいるかいきます。そうしたらだれてくれません、しいひとばかりがあつまるからです。本当(ほんとう)ごとぶんおなじようなひとばかりがあつまります。
 それがぶんえるいちばんほうほうかもしれません。きてきたらさっとわるかもしれないけど、いろんな姿すがたくらべることができません。やはりいろんなものがあってなにきかをえらべるほうがいいのです、そういうだったらこのえらべんきょうにはさいてきです。この寿じゅみょうさだめられていっていかんしかべんきょうするかんがありませんが、あのおなかいにずうっとですから、ぶんわらないかぎりぜんぜんわらないのです。

-ありがとうございます-
 あのではこうじょうすることはむつかしいのですか?

ありがとうございます:
 すこしずつがりますがへんおそいのです。ひくいところへはどんどんちていきます、やすいのです、かいだとがりやすいのです。そういうで、このべんきょうつくってもらっています。
 
 
     しあわせとってもどんなしあわせか、しあわせとっても

-ありがとうございます-
 「みょうほうれんきょう」をとなえて、いのりもかなってこんなにしあわせになったとひとがいるのですが?

ありがとうございます:
 しあわせとってもどんなしあわせか、しあわせとってもピンからキリまであるので、どんなしあわですかと、おたずねしたほういのです。

-ありがとうございます-
 「みょうほうれんきょう」はがないのですか?

ありがとうございます:
 ことどおりのちからもあるし、それなりのばんぐみとしてうんめいけるのですから、すべてことどおりのちからはっされるのです。「みょうほうれんきょう」ととなえたらことどおりのちからはっされます。
 「」はみょうするという、いのちささげていったいするというです。「みょうほうれんきょう」はきょうかれているしんすのです。ほんとうふかではちゅうおおがみさまのぜんたいぞうさなければうそなのです。それをちいさくとらえてしまうとちいさくしかけられません。しっかりとらえなければいけないのです。

 きょうかれているしんはどういうしんかとうと、いろんなしんかれています。そのなかには、にんげんさいしょからさとっているしんほとけだとかれているぶんがあります、これからさとるのではないと。またかんのんさまのようにさんじゅうさんしんへんみずかひとすくってくれるというで。だからいっしゅういってきにならずに、すべてをほうようするかたをとるようにとかれているのです。いろんなほんとうきょうしんたいとくでき、わかるのだったらおおきいとらやすいのです。
 そういうしんかみさまのはたらきをいったいするで、「みょうほうれんきょう」ととなえるのだったらおおきいちからたすけをけるのです。それはさとったひととなえるかたでないとちょっとちがうかもれません。ひびきがたからかなのです、すくってやるぞというひびきがあるのです。ほんとうしんかみさまといったいになってさとったぶんだったら、みんなをしあわせにするはたらきがますが、そのちからしにとなえているとひびきは「すくってやる」とつよているので、すくってしいひといっぱいあつまってきます、すくれなかったらマイナスをぜんぶんわなければいけない。そういうではおおきいマイナスをってはっするひといっぱいいるのです。
 
 また、このてきなごやくしんこうてきちいさく、おかねちになったらしあわせ、おもどおりになったらしあわせ、というかんじだったら、ぜんぜんげんちがうのです。きょうかれているのはさとりをひらくためのほうほうかれているのです、このてきしあわせなんかかれていません。かみさまといったいするための、さとりをひらくためのいろんなほうほうかれているのです。そういうおおきいねがいをってとなえるのだったらいとおもうのです。
 ただ、ありがとうございますはだれとなはじめたのでもないし、はつめいしたものでもないのです。かみさまのはたらきをあらわすもとからあることなのです。でも、「みょうほうれんきょう」はにちれんさんがとなはじめました、となはじめた「ひと」がいるのです、やはりちいさいのです。
 
 
      なおったらなおったでいし、なおらなかったらなお 

-ありがとうございます- 
 メイヒーリングをやっていますが、びょうなおしてひとなおしてはいけないひとるといわれていますがはんだんむつかしい。かみさまにゆだねようとおもいますが、かみさまからなんらかのどうるのでしょうか?

ありがとうございます:
 なおったらなおったでいし、なおらなかったらなおらなかったでいのです、けっあいにせずありがとうございますととなえてみんなしあわせだけをいのればけっはおまかせでいのです。すべてけっオーライできましょう。

 
   ただ、リーダーてきにというとてんになりかね

-ありがとうございます-
 いま、おおくのひとほんかいのリーダーになるとっていますが?

ありがとうございます:
 ただ、リーダーてきにというとてんになりかねません。ありがとうございますととなえるひとは、ますますけんきょになっていくのがだいです、すべてかみさまのちからでおかげでという、けんきょなおかたです。けんきょになるからこそかみさまのはたらきがおおきくりてくるのです。いものとどんどんえてくれるはたらきです。

 うえつのではなくしたりるのです。みんなしたりてかんしゃふかめることによっていものをおおきくいただけるというか、なかしたからおおきくささえてえていくのです。かみさまのはたらきをいちばんしたからけるたちなのです。おいのりをするということは、うえってなにかをするのではありません、かみさまにちからるってもらっていものをいっぱいあたえてもらうという、それをけるのがおいのりをするひとやくなので、リーダーにならなくてもいのです。したしたりてぶんかくしてしまえばいいのです。そういうところかみさまがほんとうちからるっておおきくはたらいてくれるのです。

 
        このまれてくるもくてきは、たくさんのなか 

-ありがとうございます-
 こののことについてはりょうかいできますが、われるとこうまってしまいます。についてかりやすくことめるなり、なぜがわかるのかおしえてください。

ありがとうございます:
 このまれてくるもくてきは、たくさんのなかからいものをえらとしてまれてるのです。だからなんかいもこのまれてべんきょうしたいというたましいひとはあのいっぱいいるのです。だからこのまれてるのはきょうそうりつたかい、とうだいはいるよりむつかしい、かなりのきょうそうりつをクリアーしてまれてきます。だから、このだけでおしまいというのはおかしいのです、えいえんきているぶんでないと、ほんとうはみんななっとくできません。

-ありがとうございます-
 えいえんぶんわれてもわれわれにはけんしょうのしようがい。せんせいしんってわれるのでそうかなとおもいますが、なにわれわれにはいがとらまきってと、ついおもってしまうのですが。

ありがとうございます:
 ほんとうえいえんきているというのはかみさまといったいすることです、かみさまのこころつかまえないとわかりませんが、かみさまはえいえんきているのです。

-ありがとうございます-
 それはうたがいもなくかんじておられるかいおっしゃっているのでしょうが。まだかんじていないわたしがとやかくことではないのですが、あいだなにことめてもらえばたすかるのですが。

ありがとうございます:
 ありがとうございますととなえているうちかみさまといったいして、えいえんいのちぶんだと、まずがつくのです。それはべつにして、このまれてくるたましいまれわりというはあるのです。なんかいまれわって、まれてきてもことおぼえていません、おぼえていないゆうはというと、きずるとせいけてしまうからです。このまれてきたときいちおうたなげしてもらわないと、あたらしいかたがとれないのです。ことおもせないようにかみさまがあずかります、はくじょうたいでこのべんきょうしてなにえらぶかをめて、プラスをえらぶのだったらプラスをしっかりけていけます。
 
 つうにマイナスをいっぱいかさねているとして、マイナスのけいこうがあるとぜったいプラスをえらべなくなります。げんしゃっきんかかえたひとは、このまれてきて、いくらはたらいたとしてもそくすらはらえないのです、それではいくらはたらいてもくなります。それだったらかみさまがいちたなげにして、あずかってくれてゼロからはたらくかしゃっきんするか、どちらをえらぶかというふうにしてもらったら、はたらいてちょっとでもちょきんやそうというかたがとれるのです。そういうかたがとれたら、かみさまのほうはどんなおおきなしゃっきんでもせるのです。ほんとうにプラスにむのだったら、これからどんどんちょきんをしなさいというかんじでたすつづけてくれるのです。

  
      ちゅうせんなにいのです。こころなみかいじゅん 

-ありがとうございます-
 あのくとおなけいこうのものがかたまっているとして、つぎときちゅうせんかなんかでくのでしょうか?

ありがとうございます:
 ちゅうせんなにいのです。こころなみかいじゅんばんくのです。

-ありがとうございます-
 んであのかいそうにとどまっているひとが、このもどってくるにはなにほうそくのようなものがあるのでしょうか?

ありがとうございます:
 たとえば、ごくとかどうちてしまうとえいえんすくわれないぐらいながとどまるのです。よほどえんのあるひとたすけのべてくれないかぎなのです。だからえんじゃがありがとうございますとおいのりしてくれてげてくれるとか、あのでもいろんなかみさまがそのひとこころうごきをげてくれるとか、すくいのべられないかぎり、いっかいひくいところにちるとせいぜったいうえにはがれません、きびしいのです。

-ありがとうございます-
 ○○○けんきゅうじょしょちょうさんがゆうたいだつをされてざんぶんむすさんとったそうですがゆうたいだつをしたらとかそんなかたちのものがあるんでしょうか。

ありがとうございます:
 それはそれなりのばんぐみなかであるのです。でも、すべてのばんぐみにはつうようしません、ことひとひとちがうのです。ゆうたいだつをさせていろんなかいてきたといっても、そのなみかいるので、みんなことちがうはずなのです。おなじひとつのことしめしてもぜんぶなかちがうのです。

-ありがとうございます-
 ざんだったから、かおがずんべらぼうだったとかで、そんなのかなあーとおもって。

ありがとうございます:
 そういうかたをするひともいます、そういうばんぐみはいったらそうです。でもざんんでもげんかがやいたさいこうらしいみんななんじょばっかりとひともあるのです。ばんぐみちがえばみんなちがうのです。
 
 
      ぜんことどおりのかいがあるのです。かみわけみたま

-ありがとうございます-
 わたしたちはかみわけみたまということなのですが、このまれてくるのはうみみたいなもので、うみなみがポンとがってくるいってきわけみたまやとおもっているのですが。ねばたいかいもどっていけばというものはなくなりかみになってしまうとおもうのですが。

ありがとうございます:
 ぜんことどおりのかいがあるのです。かみわけみたまといってもわけみたまなかぜんちがうのです。たかばんぐみみのかみわけみたまというのはかみさまのすべてをいっしゅんいっしゅんなおさいこうげんかがやいた姿すがたるのです。ひくばんぐみだと、かみわけみたまひとすじひかりみたいなものなのです。たいようからひとすじひかりけて、そこでたましいにくたいまとうようなものなのです。
 おなじようなこと使つかっても、ぜんちがうのです。みなそのことどおりにけるのですことどおりのばんぐみそろうのです。

-ありがとうございます-
 ばんぐみということはすごくみみあたらしいしんせんかんじるのですけど、なにかもうそうちかいのですか、がわなにてもあるよとわれれば。

ありがとうございます:
 ちょうったものはちょう、テレビをるようにぱっとてくるのです。

-ありがとうございます-
 おまえはそれをていろ、おまえているのだからそうだよと、われるとせつめいいけれど、なにたってゆうだとわれると、もうそうでもむちゃくちゃでもおまええているから、おまえばんぐみだとわれると?

ありがとうございます:
 ぜんことどおりのばんぐみようされているのです。だからものようかいたかったら、そればかりけんきゅうしたらいいのです、そういうかいかんれるようになるのです。ようかいかずでもげんにいて、ものげんにいるのです。このいろんなアニメにているようなそんなチャチなものではありません、もうそこれないほどなのです。

-ありがとうございます-
 きのう、たまたまクリスチャンのかたはなしで、れいかいがあるとったら○○さんがおっしゃったように、せいしょにはれいかいごくい、んだらかみにエネルギーにもどるだけといてあるとっていましたが。

ありがとうございます:
 それもことどおりのかいがあるのです。このにくたいくなってもあのいとひとがありますが、そういうひとはあのったら、なにもないくうかんたましいがいくのです。くなったらかみさまのかいに、ちょううみむようにせいくなっていくんだとうと、そういうかいってしまうのです。
 でもほんとうは、かみさまといったいぶんであってもせいさいこうかがやいたかいもどらなければいけない。ほんとうぶんもどるというのは、せいがあるのです。


      まず、げんわるとかんかんかくわるの

-ありがとうございます-
 ごくとかにいるひとまれわってくるあい、レベルとかがあるのですか。

ありがとうございます:
 ほんにんゆうです。

-ありがとうございます-
 わかりにくいのですが、なんぜんねんごくにいるひとまれわるには、いちどこかのかいってまれわるとか、またてんごくってまれわるのかどっちでしょうか。さかいとかあるのでしょうか?

ありがとうございます:
 まず、げんわるとかんかんかくわるのです。たとえば、ごくらくいちびょうが、ごくなんおくねんじょうなのです。ごくらくいちびょうたのしんでいると、そのあいだごくではなんおくねんくるしんでいるというかんかくです。

-ありがとうございます-
 では、ごくらくからまれわるのですか?


ありがとうございます:
 そんなことはありません。もともとかみさまといったいぶんしかいのです、そのぶんばんぐみゆうえらぶだけです。そのどのばんぐみにもはいめます、とくひくばんぐみはいるほどとらわれてゆうくなっているだけなのです。

-ありがとうございます-
 その○○?でも、まれわってくるのですか。

ありがとうございます:
 ぶんにくたいたましいって、たましいにくたいはいりしてまれわるとしても、あるいは、そのかいえてしまうというでも、ほんとうぶんゆうえらんでたのしんでいるとったほういのです。ほんとうぶんが、ぶんゆうでプラスにかないかぎりはひくばんぐみからけることはありません。たとごくなんおくねんくるしんで、それをあじわっている姿すがたをとっていてもほんとうぶんぜんぜんきずついていません、いたんでいないのです。テレビをているかんじ、ごくばんぐみ<