ありがとうございます
真祈り文庫へ

()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつ20にち No.2



   「あ」が「ぜったい」というのはものすごいがあるのです
   
-ありがとうございます-
 もういち「ありがとう」ということことだまひつようせいを・・

ありがとうございます:
 「あ」が「ぜったい」というのはものすごいがあるのです、
そうたいのすべてをちょうえつしているというです。たとえたら、うみがあって、ひょうめんなみまれます。うみぜんたいが「ぜったい」です、ひょうめんなみが「そうたい」のひょうげんになります。「あらたなぜんとくげんげんかがやきがいっぱい!」という姿すがた天照大神あまてらすおおみかみあらわれるのです。それは、もうあくまでもひょうめんなみ姿すがたなのです。だから、「ぜったい」のほうは、その姿すがたのはるかにおおきいげんげんだいそんざいです。だから、おなじことをふたつとつくらない、おなじことをかえさない、これがえいえんつづいてもだいじょうというだけのものをなかっているのです。それが「あ」なのです。「ぜったいこうげんいのちほんげんひかり」という。だから、「あ」というぜったいは、「げんげんだいこうげん」これでもまだちいさいのです。

 「り」は、らぎょうおんの「り」で、つねちゅうそうぞうみが、せんこうぞうわせになるのです、かみさまのっているいろんなよう、ひとつのからせんじょうにぜんぶてきます、これもげんふくざつなのです。
たんじゅんすると、たとえば、ひとつのようなん%かずつのわりあいふりけて、わりあいえるとまれるものぜんかわります。本当(ほんとう)げんけて、それをせんじょうほうしゃして、それをわせてゆくのですが、あまりにもふくざつすぎてわからなくなります。だから、だいたいよっつにけてかんがえると。ただ、じゅう%、じゅう%、さんじゅう%、よんじゅう%、というようなかんじで。
 ぜんたいじゅうとしてわりあいいちさんよんけて、それをせんじょうほうしゃさせると、それがそうたいようふたつを両方りょうほうというわりあいわせるのです。そうするとなにかそこに、ちいさいかたちからそうけいのプラスがおおきいかたちまで、かたちまれてきます。どういうわりあい姿すがたまじわったら、どういうひょうげんができるのか?これはけいとして、ちょっとすいそくがつきます。でも、ほんとうげんわりあいけがあり、あまりにもふくざつすぎてもうあたまがパンクしてしまいます。だからいちばんたんじゅんけいてきかんがえて、せんこうぞうわせをかんがえたら、それもへいめんてきだけではわかりません、りったいてきだけでもいけません。ほんとうわせは、もっともっとふくざつなのです。それもあまりかんがえるとわからなくなりますから、
 へいめんてきけいとしてわせてゆくのです。そのけいをずうっといてゆくと、やはりいろんな調ちょうしたけいじゅんばんまれてくるのです。
 こうしつじゅうろくきくもんがありますが、あれもわせによってまれるけいほんパターンなのです。「天照大御神あまてらすおおみかみさま」のけいなのです、さいこうそうひょうげんけいになっているのです。ぶっきょうはすはな使つかいます、じゅうろくべん調ちょうした姿すがたを、これをさとりのほんとう姿すがたるわけです。「はすうてなすわる」といいますが、ごくらくはすはなすわっても、じっとしていたら(くる)しいのです。そういうではありません、ごくらくかいかみさまのさいこうそうひょうげんをとっているという「天照大御神あまてらすおおみかみさま」のさいこうひょうげん姿すがたをとっているという、けいはすはなじゅうろくべんあらわしているのです。だから、そういうふうに「り」はせんじょううごそうぞうはたらきをすのです。

 「が」は、「か」をダブらせて「かがやきにかがやく」という「げんげんかがやいたひょうげんをとっている」というで「が」です。

 「とう」は「ありがたし」という「たぎょうおん」と「さぎょうおん」、たぎょうおんたてせんで、さぎょうおんよこになるのです。たてよこじゅうわせるという、ちょう、「とう」でじゅうにです。だから、かならわせの「じゅう」には、ちゅうしんがあります、このちゅうしんというだいなのです。ちゅうしんいとみんなバラバラになり、調ちょうしなくなります。だから、げんにもげんかくというちゅうしんがあります、たいようけいたいようちゅうしんです。もうすべてにちゅうしんまれないとぶんさんしてバラバラになってえてしまうのです、だからすべてにちゅうしんがあるのです、これが「とう」のなのです、だい調ちょうするはたらきです。

 「ご」は、「こ」をダブらせて「かたまって、かたまって」、「ぶっしつして、ぶっしつして」、たかげんが「ひくくなって、ひくくなって」という意味(いみ)です。

 「ざ」は、「さ」をダブらせて、「さらさらながれる」という、いのちひかりながれを「さらさら、さらさらとながれている」というふうにるのです。だからすべてがへんしてながれないと、ひとつにとどまるとみずでもくさってゆきます。とどまったらあじなくなります。やはりさらさらながれて、それもげんにスピードしてどんどんながれてこそ、いつもしんせんらしいものにかんじられるのです。それが「ざ」です。

 「い」は、「いのち」の「い」で、もうすべてがかみさまのいのちを「きている・かがやいている・やくどうしている」という。このひとは「もの」とるのはちがったかんがかたなのです、せいしたものてしまうのです。いしころがあったらいしころをうごいてないようにてしまい、「もの」とてしまうのです、これはもうしゅうちゃくちがったさっかくです。ほんとうなかげんやくどうしているのです、あたらしいげんがどんどんげんされて、どんどんしんちんたいしゃしています。げんいっでもそうなのです、いしころいっもそうです。もうすべてがいのちしんちんたいしゃが、げんげんおこなわれてやくどうしてきているのです。そういうで「い」なのです。

 「ま」は、「(まった)き・かんぜんかんぺきな」というで、かみさまのはたらきのすべてをときに、もうかんぺききわまりない、ちどころがないのです。どこにもマイナスはありません、もしマイナスをみとめたとしたら、かたちがっているだけです。だからごくばんぐみて、これをマイナスとることたいおおきいちがいです。くやしかったらりょうほうつくれるかといったら、ぜったいつくれません。かみさまのさいこうけっさくのひとつになり、つくるのはむずかしいのです。そのかみさまのはたらきのすべてがつねぜったいからまれてぜったいもどるのです、じゅんかんつづけているのです。それがぜったい「す」です。

 それで「ます」というのが、いつもあらたにあらたにわってくる、それがいつも「弥増(いやま)しに()して」さらくなってえてというので「ます」なのです。  それで「ありがとうございます」でかみさまのはたらきのぜんしめしているのです。かみさまのぜんしんぜんたいぞう、それが「ありがとうございます」なのです。
 (ありがとうございます)


-ありがとうございます-
 ことだまのひとつのはたらきがあるとしたら、たとえば、「あいうえお」からさいまでってったりとか、「いろはにほへと」をずっとっても、それなりのはたらきがあるのですか。

ありがとうございます:
 あります、「あ」とったら「あ」のことだまを、たいとくしていけるのですけど。
 ただ「あ」というのは、かみさまのぜんたいからると、ダイアモンドのいちめんたるわけです。「あ」がぜんめんて「あ」のことだまがここにあるのです、そのバックがいろいろへんします。「あ」ということだまもいろんないをたくさんち、ひととおりではありません、バックのちがいによっておおきくへんするのです。
 いくら「あ」とぜんめんてきても、ほかこともぜんぶおなじです。それでかみさまのほうはいろんなことことだまわせて、もうげんそうぞうひろげるわけです。だから、おなじ「あ」でも、ほんとうは、わりあいぜんひゃく%の「あ」と、いち%の「あ」とぜんぜんちがうのです。いち%のときはバックがきゅうじゅうきゅう%が、いろいろにへんしています。だから、バラバラのはなにもありません、ぜんぶいったいなのです、いったいでありながら、どれがぜんめんはたらくかなのです。

-ありがとうございます-
 「あ」でも「あかん」とかだったら、いいはたらきじゃない「あ」がてくる?

ありがとうございます:
 げんげんのチャンネルというのは、さいこうばんぐみひとつでさそうですが、それはもうさいこうそうなのです。ひくばんぐみもあるということは、もう、すべてをくしたひょうげんなのです。「いものはなにい」という、すべてのわせがまれているわけです。そういうです。
 だから「あ、あ、あ」のことだまかんたんにはっても、げんにあるのです。そのときそのときいろんな使つかわれかたしています。
 「あかるい」とうと、「あ」のわりあいおおきいかもれません、「あかん」とうと、ちょっと「あ」のいがすくなくなってしまいます、マイナスに使つかう「あ」は。(ありがとうございます)


    ぶんとなえているというと

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」とぶんっているときも、こころそこからスッとえるときと、ことわったりして、からまわりしているときがあるのですが、それはいろんなにちじょうせいかつで、となえてゆくなかふかまってゆくもんなのですか。

ありがとうございます:
 ぶんとなえているというと、しずみがてくるのです。ほんとうの「ありがとうございます」は、かみさまのぜんたいはたらきです、かみさまがいのつづけてくれているのです。そのかみさまのはたらきを、かみさまのいのりをけるだけのようなかんかくがいいのです。ちいさくけてもおおきくけても、いつもかみさまのいのりをけているという。
 ひつようおうじて、ひつようなだけがスーッとはいってきていのだから、きゅうでもおなじです。くういっぱいしんきゅうするときもいいし、しずかかにスースーとって・いて、って・いて。こまかくいきをするのもいいのです。
 そのときそのときひつような、きゅうまれます。はげしいうんどうをしたらきゅうはやくなります、しずかにしているときはゆっくりしたしんきゅうでいいのです。だから「ありがとうございます」のてきかたも、ひつようおうじててくるです。

-ありがとうございます-
となえている」というしきじゃしているわけですか。

ありがとうございます:
 そう、おいのりは「かんしゃをさせていただいている」というほうらくです。


        いつもかみさまにかれているのです。

-ありがとうございます-
 なんだがうれしくてなみだが、て・・
たんじゅんですね、しんじやすくて・・ せんせいまえにいらっしゃって、もう、かみさまのなかにずっとられたみたいでうれしくてもう・・ 「ああ、いつもてもらってるんだなあ」ってちがいてきました、みっいてほんとうに かったとおもいます。みっにこういうかんじょうをね。

ありがとうございます:
 いつもかみさまにかれているのです。

-ありがとうございます-
 ほんとうね、そういうちがいまふつふつといてきました、ありがとうございます、このちをずっといだいてじっせんしてゆきたいとおもいます。またわすれたころにはまいります。
 こういうたんじゅんわたくしきなのです。

ありがとうございます:
 なみだてくるというのは、ほんとうはものすごいおきよめなのです。
 「なきさわめのかみ」というのがあります、にもてくるのです。かなしみを、しきってよろこびにえるいいかみさまなのです、きよめのはたらきです。マイナスをつかんで、こころいたかなしんでくるしむのですが、それをぜんぶしきって、よろこびのこころるようにえてくるのが「なきさわめのかみさま」のはたらきです。
 なみだいっしょてくるね、ほんとうにきよめのなみだひかりなみだよろこびのなみだなのです。かなしいからくのではありません、こころかなしみをしてもらったらなみだてくるのです。ほんとうかなしいときなみだません、なみだなんかまってしまいます、ものすごくるしいじょうたいです。ところがかみさまのたくさんきよめのはたらきがはいってきたら、してもらってなみだてくるのです。けばくほどかなしみがうすらいでえゆきます。だからよろこびのなみだです。
 ほんとうは、かなしみのなみだではありません。かなしみをしてもらったよろこびのなみだというのがほんとうなのです。かなしいからくのではありません。かなしみをしてもらってよろこびをあたえてもらったから、なみだながれる、みんなはぎゃくています。


         しんというが、したからの

ありがとうございます:
 しんというが、したからのげではないのです、かみさまのほうからのぶっしつです。
 さいしょたん調ちょうなものがまれ、どんどんふくざつなものをぶっしつしてあらわしてゆきます。ひくいものがりっふくざつになってゆくのではないのです。

-ありがとうございます-
 だから、北京原人ぺきんげんじんとか、それからだんだんこういうふうにいましんしてきたと。

ありがとうございます:
 そのしんろんにんげんあさちがったかんがえです。

-ありがとうございます-
 かみさまっていうのはすごいです、はじめからそういうふうににんげんををつくってくださっているのですか。

ありがとうございます:
 そうです、このじんたいも「しょうちゅう」というだけあって、だいちゅうおなこうぞうっているのです。だからこれはかみさまのさいしょからのそうぞう姿すがたです。このひくいものがたかくなるのではないのです。ひくいものからじゅんばんに、たかいものがろされてきいるだけなのです、かみさまのほうからです。だから、さるからにんげんしんしたのとちがうのです。
 さるさるにんげんにんげんです。さるあとにんげんろされただけなのです。
 しんろんとなえるひとは、かみさまをしています。さいしょなにもないこんとんとしたものが、かっにそのせいめいになって、せいめいつぎからつぎしんしてふくざつになるかというと、そんなことありないのです。そうしたらずうっといしころをいていたらにんげんまれるか・・さるをずうっとつづけたら、そこからにんげんしんするかとかんがえたら、ぜったいにありないことです。

-ありがとうございます-
 いまわたくしろくじゅうねんあまきてきて、さるはやっぱりこのろくじゅうねんさるです、だから、ぜったいそういうものがいまにんげんしんしたんではないだろうなっておもってたのです。それで、しんするのにこんなにせいこうしんできないだろうとおもっていたのです。

ありがとうございます:
 だから、ひつよう姿すがたを、かみさまのほうからろされてくるだけです。

-ありがとうございます-
 はい、ありがとうございます。


       げんげんにひろいおくふかなか

-ありがとうございます-
 このだいちゅうなかには、ゆうりょうせいほしがあって、このきゅうじょうのトラブルのないほしがあると、そういうふうにかされているのですが、そういうことはあるのですか。

ありがとうございます:
 げんげんにひろいおくふかなかには、いのとわるいのとぜんぶそろえています。ただ、このげんだと、このげんなりの、いものとわるいものがいっぱいあり、もっとたかげんばんぐみだったら、もっといものばかりというのもあります。それはもうにんげんそうぞうするかぎりのことぜん、ただそれはひょうざんいっかくとしてあるだけです、もうぜんぶそろえてあります。

-ありがとうございます-
 そういうレベルのほしへ、のぼるようなレベルまで、われわれのぼっていかなくちゃなんない。

ありがとうございます:
 いいえいいえ、もっともっと、もっともっとさいこうばんぐみまでのぼらなければなりません。

-ありがとうございます-
 それはもうこのゆうりょうせいえた、もっとさいこうのところへしてですか。

ありがとうございます:
 そうです、だから「かみさまにおまかせ」ぜんたくして、かみさまにれてってもらうのです。ぶんちからでゆこうとおもったらげんかいくるからね、かみさまにみちびいてもらっがきます、すっとげてもらうのです。


       ほんとうかみさまからのメッセージいうと

-ありがとうございます-
 たまに、あさとかにフッとかんじたり、フッと今日きょうていがいのことをしたくなったり、フッとというのがあるのですが、あれはかみさまがなにおしえてくださっているというか、どういうことなんでしょうか。

ありがとうございます:
 いいえ、いろいろあります、ほんとうかみさまからのメッセージいうと、「ありがとうございます」をとなえて、かみさまにこころけてになっているときです。そのときそのときひつようたすけがスーッとはいってくるのです。それだったら「かみさまのみちびき」だとけたらいいのです。
 でも、こころくらくらくしたときなんかにフッとひらめいてくるのは、くらかいからのメッセージやインスピレーションです。それにしたがったらくらほうきずりまれます。だからそのせんべつをしないといけないのです、なにめるときは、あかるいこころになってめるのがいいのです。だから「ありがとうございます」をとなえてこころあかるくしてめると、いいほうへいいほうへゆきます。


         に、やはりそれがりなかったのです

-ありがとうございます-
 のうせんせいにすがりつきましたが、みなげんたかしつもんされて、わたくししんのことではずかしいのですが。ずっとここいちげつほどうつじょうたいで、ごともしたくない・すいもしたくない・もうていしゅがするごと、これからぶんてんしょくとしてやっているしょうばいほうなんにもしたくないじょうたいで、ひとともいたくなくって、かおわせたくなくって、ひともがいてくるしんでおったのです、あねれられてここにさせていただいて、ず、いつもげとるのです、ごとしたくなくなると。それもやっぱしわたくしが「ありがとうございますのちがらない」ということなのですね。

ありがとうございます:
 に、やはりそれがりなかったのです。ごとでもぶんがんってしているのはさそうにみえるのですが、やはりちがうのです。かみさまにひつようなことをさせていただいて「ああ、しあわせ」というふうによろこばないといけません。だから、させていただくことをよろこぶようにになればいいのです、そうしたららくになります。「ぶんぜんしなきゃならない」いうと、しばられてくるしくなります。
 だれでもそうです、てきに・きょうせいてきにされるといやになるのです。せきにんかんつよいから)そうです、だからきょくたんったら、もうなにもせんでもいいぐらいひらなおって、それで、もしうごけたら「かみさまにさせていただいてありがとうございます」とよろこかたがいいのです。

-ありがとうございます-
 わかりました、ありがとうございます。いやあ、ほんとうほとけさんもがんっておがんでまして、いのおともだちともみなせいかんせんせいったきょねんから「ありがとうございます」をとなえて、ぶんなりにいっしょけんめいきているもりなのですけど。はちがつぐらいからだんだんだんだんけつかんじで、かんがえればかんがえるほどんで、わたしも「ありがとうございます」を、さくじつからせんせいのおこといておりまして、ぶんかんしゃちがらなんだんかなあ〜とおもいまして。

ありがとうございます:
 だからあとは、ふかまるばっかりです、かんしゃが、あかるくなるいっぽうです。
(ありがとうございます)

-ありがとうございます-
 わたくしいえひとているとうのですけど、ごういんれてきました。パワーをいただかないと、みんなの・・ とくせんせいのパワーを。

ありがとうございます:
 だからもうぜんぜんしんぱいありません。

-ありがとうございます-
 えらいときも・んだときも、それもかみさまからいただいたかんだとおもったらいいんでしょうか。

ありがとうございます:
 いえ、すぐにあかるくなります、すぐにあかるくなりますから、もうむのをたのしまなくてもいいのです。いっしゅんあかるくなります。これも、びょうをしてけんこうのありがたさにづくように、ほんとうのうつじょうたいたいけんしたひとは、だんこころあかるさに、しあわせをいっぱいかんじるようになるのです。べつにマイナスではなかったのです、これからあかるいしあわいっぱいあじわうのです。(ありがとうございます)



      はいれいしゅれい

-ありがとうございます-
 かみさまとわたくしたちちょくせつにつながれなくて、しゅれいさんをとおしてかみさまからのメッセージをいただけるようになるために、どのチャンネルにいてもかみさまにつながれるんだ、とおもえばそのステージがあって・・・しゅれいさんはかわらない、というのをおきしたのですけど、わたくしよんじゅうぐらいのねんれいときに、くなったおばあちゃんがしゅれいだとわれたのですが、どうかんがえたらいいんでしょうか。

ありがとうございます:
 くなったひとはいにつくのは、はいれいとしてついています、しゅれいさんになるには、さとりをひらかないといけません。(じゃあ、くなったひとがつくってことは)ありません、はいまもりにつくだけです。「まもってるい」というで「しゅれいさん」とひとがありますが、それはほんとうせいしゅれいさんではないのです。はいにつくまもかみは、げんにあるかもれません、「そのひと」というぐらいのかたです。(だから、ちょくせつかみさまとつながっている、とおもって)ちょくせつかみさまに、というとちゅうぜんたいのすべてのかみさますべてのひとから・すべてのものから・ぜんからまもられている、というです。ひつようたすけはどこからでもるのです。それがひとからるかもれない、どうぶついぬねこからもたすけがるかもしれません。そういうぜんたいからる、というのが、かみさまとちょくせつつながってたすけてもらう、というです。


       ぶんひとかたというのも

-ありがとうございます-
 かみさまもわたくしかんじたものをいっしょかんじ、ぶんかんじるってことがだいなことで、かみさまもいっしょかんじられているってこともおもえることがかんどうするのですけど、それも、そうなんでしょうか。(そうなのです)かみさまもいっしょかんじられているってぶんおもえることもそうなんでしょうか(はい)かんどうってできるのはあれなんでしょうかね。

ありがとうございます:
 ぶんひとかたというのも、かみさまにとったらものすごくだいなのです。だからぶんおおきいしあわせをかんじて、しあわいっぱいきるというのは、かみさまのしあわせをそれだけおおきくしたことになります。いつもかみさまとひとつになってきているのです。


       むつかしいのです、かみさまでないとわかりません

-ありがとうございます-
 さっきはなしていた「ひつようなものをひつようなだけあたえる」という「それじょうあたえたらあまえになるよ」、とわれたことなのですが、その「ひつようなもんかどうかをときのコツ」みたいなものをなにか。

ありがとうございます:
 むつかしいのです、かみさまでないとわかりません。だから「ありがとうございます」ととなえているときが、いちばんひつようなものをてっかくあたえてもらえるときです、ぶんにとってもです。
 まわりのひとたいしてでも「ありがとうございます」とかんしゃしているときに、ひつようだったらぶんとおしてひつようなものをてっかくあたえてくださるのです。

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」のじょうたいに、ぶんととのえておくというのがいちばん

ありがとうございます:
 それがいちばんいいのです。こののいろんなものでも、どもさんなんかていたら「これしい、あれしい」です、ひつようなものではないのです、おもいがさきっています。「ありがとうございます」とかんしゃこころになったときは、ひつようなものでまんぞくできるのです、「しい」とはいません。そのときいちばんひつようなものをあたえてもらっているときです。だから「あれしい、これしい」とグズるときは、おもいにけているときです。そのおもいをしてもらわないと、ぶんなものをれてしまうのです。
 だから、どもさんがかんしゃできなかったら、おやかわりにかんしゃして、おうえんする、カバーするのです。

-ありがとうございます-
 そうしたら、あいひゃく%でそだてられたどもさんいうのは、はんこうっておそらくないんじゃないかな、とちょっとおもったのですが・・

ありがとうございます:
 いのです、い、い、い、わたくしみたいに、わたくしはんこうかったのです。

-ありがとうございます-
 「じょう」がはいってくるから、そのじょうが「はんこう」というかたちで、はんこうつよいと、じょうつよいというかんじがして、あいすこらないというかんじかもれません。


  あい」はたいようからくる「ひかり」みたいなもので

-ありがとうございます-
 「じょう」っていうのは、いつどこからどういうふうにまれてたのか・・ かみさまはさいしょから「あい」でにんげんつくられていると・・

ありがとうございます:
 「あい」はたいようからくる「ひかり」みたいなもので、「じょう」は「くも」ですしたからがります、「しゅうちゃく」からまれるのです。

-ありがとうございます-
 むかしからあったもの?

ありがとうございます:
 いいえ、くもがなかったらいのです、ところがじょうたいようひかりんで、すいぶんがってくもになります、ってみれば、「しゅうちゃく」からまれてくるのです。「おもいのくも」は、つかおもいが、しゅうちゃくくもになって、そのひかりをさえぎるときがあるのです。

-ありがとうございます-
 かみさまのエネルギーはこういっていのものがつねそそいでて、あとにんげんそうねんがいろんなものしてくるというかんじなのですか。

ありがとうございます:
 たんじゅんったらそうです。ほんとうふくざつなのですが、たんじゅんひょうげんすれそういうかんじです。

-ありがとうございます-
 じゃあ、あるでは、たいふうだとかいうものも、にんげんそうねんしたげんしょうだというのはどうなのですか。

ありがとうございます:
 にんげんおもいでつくれるものはほんとうはないのです、(ちい)さなものです。かみさまがばんぐみようしてくれなかったら、なにまれてこないのです。
 だから、ひとが「たいふうしい」と、おもいをかさねて、たいふうをつくれるか?つくれないのです。だから、ひとおもいはチャンネルをちょっとわすぐらいのちからしかありません。やっぱりかみさまのバックのおおきいげんちからがすべてしてゆくのです、げんじつしてくれるのです。
 だから、そのマイナスのものをいっぱいめて、マイナスのばんぐみにちょっとちょうわせるだけです。おもいでなにかをつくるというほどでもありません、マイナスをいっぱいめてごくつくっているのかというと、とても(つく)れません、あれだけせいこうさいこうけっさくを!!


         もとめる」というのは、げんじつそくしたじょうたいつかむから
     

-ありがとうございます-
 「もとめるこころ」は、つかおもいからているのですか。

ありがとうございます:
 「もとめる」というのは、げんじつそくしたじょうたいつかむから、「もっといいものを」と、おなばんぐみなかもとめるのです。おなもとめるのだったら、かみさまにもとめたらさそうなのに。げんじつい「ところ」でもとめるわけです。
 かみさまにもとめるとったら、かみさまのほうもとめなくてもあたつづけているから、ただ「ありがとうございます」とけるだけでいいのです。もとめるひつようはないのです「ありがとうございます」でけたらいいだけなのです。いのではありません、てんからっているのです。
 げんじつばんぐみにはまりんだら「そこにしかい」とおもうのです、いところでもとめるから、益々ますますマイナスのことおもいをかさねてしまって、ばんぐみげてしまうのです。
 いちばんしたちたら、がるときらくや)〔…たくさんひとことじってれない〕ボールでもいきおいよくちたらゆうかえりますから。

-ありがとうございます-
 チャンネルをげるのはもういっしゅんで、ぶんでもわけもわからずいっしゅんがっているとおもうのですが。それをさいこうのチャンネルにわせるというのは、いつもほんとうぶんがそこにことしきえずつづけていなければというふうに・・・ ほんとうしたにいたいとおもわなくてもいっしゅんぶんちている、それもぶんたいときなのですか。

ありがとうございます:
 さいしょちるれんしゅうをしているのです。したれんしゅうをしてるのです。
だから、そのしゅうかんせいがちょっとのこっているのです、くせみたいなものです。でも、こんがるれんしゅうをしたら、がるそくほうはやくなります、バックにかみさまがおうえんにつくからです。もうしゅんかんにすっとげてくれるようになっているから、こんりにくくなります。
 でも、ほんとうはそうです、かみさまからさいこうのものをけたら、けんきょになるほういわけです。だからいっかいけたら、もうそれでばーっとしたまでちたほうがいいのです、いっぱいもらいぎておもたいから!
 それで、また、かみさまからすっとうえげてもらっていっぱいもらったらいいのです。けてはしたちて、またけてしたちて、そのはばおおきいほうかんげきおおきくなります。




       ゆめいくとおりもがある

-ありがとうございます-
 ゆめというのはがあるのですか。

ありがとうございます:
 ゆめいくとおりもがあるのです。でもほんとうゆめおぼえているゆめおぼえていないゆめがあります。おぼえていないゆめほうほんとうがあるのです。それは、しゅれいさん・しゅじんさんの、おきよめのはたらきです。ゆめかたちでマイナスのこころめたおもいを、ぜんぶつづけてくれるのです。だからおぼえているのはほんのいちです、そのなかでもいろんなしゅるいゆめがあります。
 てきなにせたりするゆめもあるし、なにかヒントをあたえるれいもあります、ただばくぜんとボーッとおぼえているだけのゆめもあるし。
 だいたいみんなおぼえていません、やはりおぼえていたらそのゆめつかんでしまうのです。それをこころからきずりしてかびうえがらせてためです。だからおぼえていないのがいいのです、スッとしてもらったほうがいいのです、だからちょっとしかおぼえていません。
 でも、ゆめつづけているのです「わたくしゆめない」というひとも、ずーっとつづけてしてもらっているのです。ただ「おぼえていない」というだけです、「おもせない」というだけです。

-ありがとうございます-
 きたときに「めがわるい」という、かんじょうだけなんかのこっていて、ゆめおぼえていないときとかあるじゃないですか、ああいうときもやっぱりおきよめしてもらっているとか。

ありがとうございます:
 そうです、ているときしゅれいさんのいちばんはたらけるしょです、おきよめのしょです、ているときが。
 ちいさいは、したらたいているのです、そうしたらかいふくはやいのです、いやしがはやくなります。ているときどもせいちょうします、はやそだつのです。それもおなじです、かみさまのはたらきがおおきくくわえやすいのです。

-ありがとうございます-
 かんもやっぱりがありますか。じゅうかんなかで、かみさまがあたえられた。

ありがとうございます:
 ひつようなだけ、やすませてもらうのです。でも、おいのりをしはじめると、みじかくてむようになります、きよめてもらわなくても。
「ありがとうございます」でいつもかみさまの・・・・

-ありがとうございます-
 おいのりしているかんは、ようすいみんかんいっしょみたいなもの?

ありがとうございます:
 すいみんかんよりもこうがあります。


        あまりとらわれないほうがいいのです

-ありがとうございます-
 おいのりのかんほんてきには、すわってぜんとか姿せいとか、そういうたいせいとかいうのはあるのですか。

ありがとうございます:
 あまりとらわれないほうがいいのです。

-ありがとうございます-
 きょくたんえば、しんどくなったら、バタンと・・

ありがとうございます:
 そのほうがいいのです、おにんせするのだったらぜんたいです。かたちにあまりとらわれないほうがいいのです。かたちとらわれたらちょっと「」がてくるし、こうでなければ、というしばりがてくるし。(リラックスして)ほんとう、リラックスしておまかせです。ぜんたいからちからけて)そのほうがいいのです。

-ありがとうございます-
 しょくほうもこだわらないで、べたいときべる?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」ととなえていたら、ひつようものぜんまえてくるようになるのです。それで、そのなかからひとつえらびます、ひつようなものを。「ありがとうございます」とかんしゃしたらひつようなものをべたくなってべるのです。だから、もしどくはいっていたら、わざわざどくべなくていいのです。そういうときせんべつがつきます。やはりどくにはがゆきますん。
 そのときそのときどんなじょうたいかわかりません、なかまでは。だからかんしゃしていたらひつようなものがあつまるし、ひつようなものをにとってべるようになるし、ひつようなだけをべられるようになります。

-ありがとうございます-
 せんせいしょくをしていらっしゃらないといたのですが。

ありがとうございます:
 わたくしはもういつもなんでもべています、ひとまでって!!かすみって!!。

-ありがとうございます-
 さいきんがっていないって・・・

ありがとうございます:
 べつに・・、べています。
しんぱいしていたのです)ひつようなだけをいつもいただいていますからだいじょうです。ひつようじょうべたら、からだこわすかもれません。ちゃんとひつようなものをあたえてもらっています。だからべつに、だんじきひつようだったらだんじきもいいのです、ぎるよりはいいのです。だから、べないのがわるいのではありません、ひつようだったらちゃんとそういうふうに、べずにげんにおいてもらうのです。また、ものべて、げんにしてもらうときもあっていいし。
 それはもうゆうざいです。それもみんなおまかせでかみさまからひつようなものをあたえてもらうのです。

-ありがとうございます-
 げんまいさいしょく、そういうものは?

ありがとうございます:
 とらわれないほうがいいのです。かんしゃしていたらそれをぜんべるのはいいのですが、しばられたらちょっとゆうです。

-ありがとうございます-
 ぎるというのがわたくしだいなのですけど。もういくらでもべられる、それでからだ調ちょうわるくなって、それはかんしゃがなくてべている・・・

ありがとうございます:
 べつぎてわるいのではありません。ぶんべれるだけではなく、はいにいろんなえんじゃいっしょべているかもれません、それわからないのです。


-ありがとうございます-
 それで、わるいとおもっているのです。

ありがとうございます:
 それは「わるい」とおもうだけがわるいのです。

-ありがとうございます-
 べればわるくするっておもいながらべるのです。

ありがとうございます:
 だからそれはことです。たくさんいただくときは、かみさまのひかりをいっぱいもらったと。それではいひともいっぱいひかりをもらったとよろこぶのです。

-ありがとうございます-
 べるのがきでいくらでもべられる、べるものにすぐがゆく、美味おいしいのです。そいでいまさいづくり、のうやくで、のうやくもこだわらなくていいのですか。

ありがとうございます:
 のうやく使つかわなくていいのです、くすり使つかわなくても、おかねかけてまで使つかわなくてもいいのです。むししょうしょうついても、むしにもほどこせばいいのです。やはりむしかみさまのいのちきて、ぜんたいうつくしくいろどるのです。

-ありがとうございます-
 いまわたしそうとしているのは、そうしたさいそうべてゆきたかったものですから、それもやっぱりこだわり?

ありがとうございます:
 いや、べつぜんでいいのです、べつに。そうぜんにいっぱいえています。
 そういうのもやはりめぐみとしていただくのもひつようなのです。いまほうったらかされています。
 (ほうりっぱなし)もっとかつようしてもらったらよろこびます。

-ありがとうございます-
 まつとかごぼうもみんなせいしてゆくのです、そこからこういただくように・・・

ありがとうございます:
 いいです、しょうエネで。そのへんさい<