ありがとうございます
真祈り文庫へ

()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつ20にち No.1 


      しゅれいさまはずうっとおなじです

-ありがとうございます-
 しゅれいさまというのはひとひとみんなちがうのですか、それはまれてからくなるまでおなしゅれいさまですか?それともチャンネルをえるとしゅれいさまたいかわってゆくのですか?

ありがとうございます:
 しゅれいさまはずうっとおなじです。

-ありがとうございます-
 あるではせんというか、ぜんからもつながっているのですか?

ありがとうございます:
 そうです、からずうっとえんがあります、ただ「しゅれいさま」ということ使つかっても、なにしているかというのはみなちがうのです。ただしいほんとうしゅれいさまというのは、ず、さとりをひらいてほんとうじんつうざいちからっているごせんさまのなかで、いちばんぶんえんふかかたなのです、はいいているというはいれいとはちがいます。ほんとうたましいおやというかんじの、ほんとういちばんぢかそんざいです、ってもれないかんけいです、このだけをまもるのではなく、あのってからもずうっとまもつづけてくれるのです。

-ありがとうございます-
 「しゅじんさま」というのもいらっしゃいますが?

ありがとうございます:
 もうひとつうえに、しゅれいさまのうえにあってまもっています。しゅじんさまだったら、おおぜいしゅれいさまをまもつづけられますが、しゅじんさまがちょくせつにくたいにんげんまもるのではなく、ちょくせつにはしゅれいさまがまもります。それで「おおきくしゅれいさまにちからえてまもっている」というのがしゅじんさまのほうです。だから、せいしゅじんさまと、せいしゅれいさまがいつもきっきりなのです。

 あとほかに、ふくしゅれいさま、ふくしゅじんさまがいます。ふくしゅれいさまは、たとえば、ごとかわったらそのごとたんのうしゅれいさま・ふくしゅれいさまがいて、たくさんごとをしているひとは、それぞれせんもんぶんしゅれいさまがたくさんきます。しゅじんさまはもうひとつうえおおきいスケールのはたらきなので「ほんとうなかくしたい」とか「ひとほんとうすくいたい」というようなかんじのはたらきをおおきくしてゆくと、ふくしゅじんさまもおおぜいきます。

-ありがとうございます-
 しゅじんさまのグループをなんにんかをたんとうされている、というかんじですか。ひとというわけではなく?

ありがとうございます:
 しゅじんさまのほうちからがあるし、ひろいのでおおきくはたらけるのです。

-ありがとうございます-
 おなたんとうしゅじんさまが、あるではグループとなって、われわれなかではうごくとかはたらくとかあるのですか?

ありがとうございます:
 そうです、ひとつのしきができてうんどうこると、こうのほうさきに、そういうグループかつどうこっています。それでいろんなしゅじんさまなんかのちからけっしゅうされておおきいうんどうのような姿すがたをとってます。それもあるでは、ひとつのたちからちいさいかたかもれないですが。

 
        かみさまのようしているげんげんのチャンネルのなか

-ありがとうございます-
 おはかのことをちょっとおきしたいなとおもいます。わたくししゅじんななねんまえしゅじんくしまして、さんかいときに、りんとうしゅじんきているときにつくったのです。わたくしのところはじょうしゅうですので、「ぶついしには、Hはかとしたわけです。りんとうには、せんだいだいだいにして、りっなのをこしらえたのです。
 しまけんのおはかせんもんせんせいかんていせんせいしょうかいしていただいて、じょせきとうほんぜんとっておきなさいということで。それでわかったのは、ようになったおとうとを、さいしょいえしゅじんちょうなんだったのにせきでは、ずうっとはなれてじゅういちねんほどはなれてじつまれたので、そのちょうなんにして、いえしゅじんようとなっていたのです。わたくしとついだときからぶんおもんでいたのです、じょせきとうほんではわたくしとこがほんだと、それでほんとしてのまつりごとをほんとういしなんせんまんとかのいし使つかわなくても、まつかたがきちっとしてればそれでいいということで、こんかいやりなおしをたのんでしまったんです。はちがつじゅうきゅうにちえにてくれます。
 いしやすくてもごせんさまはじゅうななたいあるんです、ぜんぶんで、それでたましいれをしていただいておまつりりしたらすごく。いままでほんなのにぶんとしてのはたらきしかしてないけど、ぜんいんくなってくるので、いままでくなっていないぶんたくさんあったので、そうかなとおもって。ひとついちばんしんぱいなことがありまして、それさえかたいたらとおもってやりなおしをしてしまいましたんですけど。そのほんおもっているぶんともなかしなんです、ほんとしてのまつりごとをいちからそっちをるというのはいややから、それはどうしたらいいんでしょう。
 かんていせんせいは、それはそれでぶんひとほんおもって、そういうまつりりごとをするんやったら、それでええやないかとって、わたくしのとこはおはかだけにきちっとしたまつりごとをしたらいいとわれたんですけども。それはよろしいか、それすごいまよいましたんですけどね、かんていせんせいとおりにそれをつくったんですけどね。もっとはやくここへておきしてからすればよかったんですけど。

ありがとうございます:
 かみさまのようしているげんげんのチャンネルのなかには、おはかひつようとするばんぐみもあるし、ぶつだんつくってまつりりしなければという、そういうのをひつようとするばんぐみもあります、でも、そういうのはかなりひくばんぐみです。たかばんぐみになったら、ちょっとたかいだけで、もうおはかりません、ようとかおまつりはいりません。

 ほんとうかんしゃかたというのは、みんなを、「みんなすでさとっている」とおがむだけです。だから、そこからくるものは、こちらからなにかさせてもらうのではなく、こうからしてもらうばかりです、ぶんたちひつようなものを、こうからあたつづけてもらうばかりです、それにたいするかんしゃになるのです。だから、なにかおそなえしてべてもらうのではありません、ぎゃくなのです。
 ぶつだんにおそなえしているのはぜんこちらへけられています、こうからこちらへあたえてもらっているのです、おもてこうへけてはいません。だから「いつもごせんさまのおかげで、ひつようなものをゆたかあたえていただいてありがとうございます」とさいこうのものをおそなえして、さいこうのものをいただいているというかんしゃしめしているのです。

 それをぎゃくかたもあります、やはりひくばんぐみでは「ごせんさまはあのまよってくるしんでいるから、なにかおそなえしてべてもらわなければ」とか、それはひくばんぐみです。それは、ほんとうのごせんさまにとったら、さとったごせんさまからると「なんて鹿なことをしてくれる」といます。さとっているごせんさまにたいして「れいせんばんにも、まよっている!とけて!」となります。
 だから、おはかをつくっても、ごせんさまをいしろうめたようなものです、ぶつだんをつくって、「そのなかはいりなさい」とったら、ちいさいなかへはめんだようなものです。ほんとうはそんななかはいらないのです、はいったらごくです。

-ありがとうございます-
 われわれくなったらそこにはいりますよね?

ありがとうございます:
 はいりたいですか? 

-ありがとうございます-
 はいるのとちがいますか?

ありがとうございます:
 そういところへ「はいる」とうと「ぶんはいるとめて」はいってしまうのです。ちぢめてきゅうくつなかはいみます、もうずうっとつうつづきます。ほんとうは、あのったらこのしばりからして、もっとゆうかいへゆかないといけないのです。

-ありがとうございます-
 じゃあ、さんこつとかこうからこうくのはいいのですか?

ありがとうございます:
 べつくなったにくたいしょはどんなのでもいいのです、そんなのはかんけい、どんなやりかたでもいいとおもいます。ただ、たましいにくたいからけて、たましいをどうあつかうかです、そのくなったそのごせんさまのたましいを、「どうプラスにるか」というのがだいなのです。「たかばんぐみほどげんかがやいた姿すがたでいつもまもつづけるりっはたらきをしてくださる」のです、だからマイナスにることはしつれいなのです。

-ありがとうございます-
 わたくしみたいなことしてたのですね、そのままにしとけばよかった!

ありがとうございます:
 ほんとかぶんとかうのですけど、ほんとうは、きゅうじょうすべてのひとみなぶんせんかもれません。それはもうなんかいまれわるていでは、いろんないえまれます、ひとつのけいだけへはまれません。またがいこくにもまれ、はくじんにもなり、こくじんにもなり、いろんな姿すがたまれわります。だから、きゅうじょうのすべてがぶんおやでありせんというふうにたら、「なになにのごせんさま」とげんていすることはないのです。

-ありがとうございます-
 おはかまいりとかしますよね?

ありがとうございます:
 それはちいさいとらわれです、おはかをつくらなければとなったら、まいかいはかえてゆきます、ひとひとのおはかまいかいつくっていたら、ひとなんびゃっかいまれわったら、なんびゃくのおはかがつくられてしまいます。なになにというだけだったらすくなくてみますが、ひとひとのおはかをつくりだしたら、ひとひとなんびゃっかいまれわったら、こんまれてきてもむところがなくなり、おはかばかりになってしまいます。だから、ほんとうにおはかひつようか、ぶつだんひつようかというと、ひとつのこころけるたいしょうとして、けいとしてあってもわるくはないのですが、でも、こころほんとうにごせんさまをおがんでかんしゃできたら、そういうけいひつようありません。ほんものをとらえていたら、にせもの使つかってけいとしてようしてもたいしたことはないのです。

 ぎゃくにまたにせものとらわれぎたらちがったかんがかたきます、「ここにごせんさまがいる」とおもったら、ちいさくとしてごせんさまをわるてしまいます。だから、ほんとうなにだいひつようかとかんがえると、ひとひとゆうなのでなにえらんでもいいのですが、ほんとうはおはかぶつだんひつようないという、そういうたちったほうが、おおきいしあわせをごせんさまからいただけるのです。

-ありがとうございます-
 さとったごせんさまからいろいろおかげをいただいて、かんしゃをしているわけですが、なかにはやはりさとっていないというかのうのごせんさまもいらっしゃいます、そういうエネルギーを・・・

ありがとうございます:
 それは、「どちらをぶんえらぶか」です。「みんなさとっている」というふうに、そういうこと使つかってかんしゃしたら、ぶんのまわりはさとったごせんさまばかりになります。(は〜あ、ことぶんえらぶ?)ことばんぐみえらんでゆくのです。もし、ことで「まよっているごせんさまがいる」とたら、そのまよっているばんぐみこころわせてゆくから、ぶんのまわりはまよったごせんさまばかりになってしまいます。そうしたら、どっちがいいかというと、もうかるでしょう?マイナスにとったらそんするのです。このでそういうふうにいろんなかたをとっているひとおおぜいいます、でも、たくさんのなかからぶんなにえらぶかです、ひとつえらべばいいだけなのです、ぶんいちばんいいとおもうものをひとつえらべばいいのです。

-ありがとうございます-
 「おはからない」と、じゃあ、こころで、おはかなんてなくてもい「じょうぶつしてくださってありがとうございます」というようなちでらせばいいとおもうんですけど、そのときに、わたくしだったらわたくしんだあとに、ほねというものはどうしたらいいんですか。やっぱりおはかれたら・・・

ありがとうございます:
 にくたいやされてはいになっても、そのままとりべられてくなっても、くさってえてしまってもべつかまいません。

-ありがとうございます-
 でも、いまは、そうにするわけにもゆきませんし?

ありがとうございます:
 それはあとのこったひとてきとうしょしてくれます。

-ありがとうございます-
 わたくしたちむすめふたですから、ふたともしているから、だから、いも「べつぶんたちのおはかはなくてもいい」とうのです。わたくしぶんたちのおはかつくって「まいってくれ、まいってくれ」とうのはたんだから、それはかいできているのです。じゃあ、どこにてちゃうんかなあ?

ありがとうございます:
 それはのこったひとてきとうほおってくれるからだいじょう

-ありがとうございます-
 また、はかれてくれるかもれませんよね?

ありがとうございます:
 っておけばいい、「わたくしたちさいこうごくらくっているから、いつもそこへこころけて頂戴ちょうだい、おはかにははいらないから」と、「そんなつまらぬところにははいりません」と、「さいこうごくらくってみんなをまもっていますから」とえばいいのです。

 
       size=-1>-ありがとうございます-
 たましいというのは、たましいかずわたくしがこのときにはじゅうおくならじゅうおく、もしあったとしたら、それがまれわってこのきゅうるとおもってたのですけど。でも、きゅうまれるたましいもあるということをいたのですが、そしたらもうたましいだらけ、になっちゃうかなあ、というもんをちょっとったことがあるのですけど、そういうのはどんなことなのですか、そういうことはないのですか?

ありがとうございます:
 それもていかたがいろいろです、かみさまといったいほんたいぶんは、げんげんかがやいた姿すがたをいつもとっています、そこをちゅうしんぶんというしきがあるのです。そのぶんだけをきているときは、たましいにくたいもありません、げんげんかがやいた姿すがただけで、かみさまのかいあそんでいる、んでいるのです、だからばんぐみなかにはまりんではいません。そのばんぐみにきて、そのなかにはまりんでゆくと、いろんなこと使つかい、おもいをします。そのだんかいおもいのしゅうせきのようなかんじでたましいまれてくるのです。

 それで、そのマイナスのおもいがいっぱいだとひくたましいになります。プラスのことは、おもいがそれだとかがやいたたましいになります。(それがたましいまれるという?)たましいとしてまれてくる姿すがたです。

 このにくたいたずに、たましいかいだけでんでいるひとがあります。そのたましいしにもうひとつうえいのちぶんだけできているひともあるのです。ほんとうはもう、いのちだけのかみさまのかいんでいるぶんほんとうぶんです。たましいほうあとでできたものなのです、だから、そのたましいえてしまうあいもあります。にくたいえて、たましいえて、ほんたいぶんだけにもどあいがそうです。そのひとたましいさがしてもありません、ちゅうだいひろがったげんかがやいたいのちのそのひとだけがあるのです。
 だからあるでは、いのちぶんからるとたましいというのは、つくしたひとつのさくひんみたいなものです、ひくだんかいからたかだんかいまでじゅんばんにつくりげてって、たましいかんせいさせたというさくひんです。それもひつようなくなったらしてしまいます、えいえんせいがあるようにえても、ほんとうえいえんせいのあるのは、ほんたいいのちほうぶんです、そのぶんはたらいてたましいしていたら、たましいえいえんえるのです。

 でもたましいされるのうせいはあります、たましいえたらもうえいえんえませんが、ほんたいいのちえいえんです。だから、ぶんがどのぶんつかんできるかです、にくたいぶんきたらみじかいし、たましいぶんつかんだらひくたましいときは、いろいろくるしみがおおいのです。このでもあのでもおなじです、たましいぶんというのはわくが・からがあるのです、ちいさく「これがぶん」というのをつかんでしまいます。でもほんたいいのちぶんちゅうだいです、おおきい、げんげんおおきいのです。

-ありがとうございます-
 じゃあ、いのちほうだけをかんがえてればいいのですか?

ありがとうございます:
 そうです、「いつもかみさまといったいぶん」と、「かみさまからいつもなおしているぶん」というように。そのぶんいちばんゆうで、げんげんのチャンネルのどれでもわかる・どれでもたのしめて、ぜんぜんとらわれがないのです。

-ありがとうございます-
 じゃあ、たましいとかりんてんしょうとか、よくそういうのはひくげんだからということなら、じゃあ、かみいったいになってぶんがそういうふうにやってゆくということだけをかんがえていればいいのですか?

ありがとうございます:
 そのほうしあわせです。だからそのなんてつかまないほうがいい、つかむと「それがぶん」というふうにちいさくつかんでしまいます。とくに「」とつかむと、ふるいものをつかんでしまういますから、ふるいというのにはあまりいいものはないのです、じゅくです。じゅくなものをつかんでおいて「りっにしよう」とっても、もうちょっとずつしかがれません。だから、したからてんまでのぼるのにかいだんのぼっても、どれだけスピードをあげてのぼっても、それにかいだんえてしまうからのぼれません。かさねは、もうげんかいがくるのです、でも、はなしてしまったらゆうになって、てんからりる姿すがたをとります。それなららくに、へでもりてゆうぶんひょうげんしてゆけます。

-ありがとうございます-
 よくああいうはなししをされるときには、たましいとかいうはなしは、ず、たましいかいからはなししがはいって、かみはなしはさいほうてくるようなかんじですね。

ありがとうございます:
 ひときらいです、たましいきなひとたましいから、かみさまだけでいいのですが、げんげんかがやいたそういうぶんだけがいいのです。だからけんひとをしたらそんです、いいものがあったらいいものだけをえらんだらいい。わるをしたら、ぶんもそれをならってしまったらそんするのです。だからみんなおはかつくっても、つくったら鹿です、おかねまでけてそんなのです。

-ありがとうございます-
 もう、あかんわ、ようことわらんから、わたくし

ありがとうございます:
 いっかいつくったらこわせません、なかなか。

-ありがとうございます-
 ぎょうしゃひとわいそうやしね、せいかつもあるでしょうし?

ありがとうございます:
 こんこれをこわときに「ばつたるかもれん」とビクビクしてこわがるのです。おはかひつようとしてはいったおはかには、そこにはそのひとたましいがしがみついてます、そういうあいまつにできません。ぎゃくうと、ぶんいえこわされたようなかんじになって、かえしするかもれません。さいしょからつくらなかったら、そういうひとはいらないし「もっともっとゆうかいって頂戴ちょうだい」とおがんでいたら、みんなしあわせなかいってしまうのですが。

-ありがとうございます-
 せきえたときに、これどうなるのですかといたら、これさんぎょうはいぶつですよって、はっきりおっしゃった。

ありがとうございます:
 ただそのおはかに、もしたましいはいんでしがみついていたら、さんぎょうはいぶつなかほうんだら、ゴミのなかほうみます、ごくのようなものです。

-ありがとうございます-
 おまいりしたかたちがはいってるじゃないですか、おじいちゃんのつくったおはかとか「ありがとう」とかそういう、それもてたくはないよね、おろそかにやっぱりしたくないとおもっちゃいますよね。

ありがとうございます:
 ほんとうゆうこころになったら、もうぜんきれいにしてはなせますが。

-ありがとうございます-
 いやあ、はっきりおはかぎょうしゃかた、おてらさんにまいってもらって、きれいにしたあとはもうただのいしですから、それはさんぎょうはいで、どんどん。たましいきしてあるから、わたくしはもうそういうのには・・・

ありがとうございます:
 たましいきをするとってもだれくのか?、ほんにんがしがみついていたらけません。

-ありがとうございます-
 それにいまなまぐさぼうにそんなちからがあるとはおもえんし。それもおもうからそうなるわけですよね?

ありがとうございます:
 そうです。

-ありがとうございます-
 そうしたら、わたくしいもうとなんかも、ちちはかにいったら、ははが「おじいちゃんがちゃんとまもってくれているよね」とっているからはははそういうふうになるわけですね。でもわたくしとかいもうととかはそういうのはいよとおもっているわけじゃないですか。でもそういうおもいがあるというのは、そこにあれがあるのですねえ。そうするとそこにしがみついているかもれないというのはありますね。ははちからもえてゆかないと、みんながもしそういうもちちなると、そのしがみついているたましい退くんかなあ?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」でそのおもいをしてもらったらしがみつけなくなります。それで、かんしゃこころしてもらったら、たかばんぐみこころわせてって、ひくばんぐみにはまりまないようになります。だから、やっぱり「ありがとうございます」ととなえるだけがぶんためにも、みんなのためにもなっているのです。


       ほんとうかんしゃというのはげんけんきょ

-ありがとうございます-
 昨日きのうばんからきゅううわくちびるがずうっとしびれてれてきたのです「ありがとうむらでなんで?」とかおもっちゃうのですけど。

ありがとうございます:
 ほんとうかんしゃというのはげんけんきょになったかんしゃなのです。かんしゃわすれてマイナスのこといっぱい使つかって、ごくばんぐみこころじょうたいだったのです。ところがこのまれてくるときは、それをいちたなげにしてもらっています、それで、このいものをえられんしゅうをして、おいのりのれんしゅうをして、それでのマイナスをちからをもらうのです。ほんとうだったら、いつもごくのどんぞこで、げんつうけてあじわいつづけていないといけないのです。そのぶんがこのまれていいじょうたいいてもらったからとって、ぶんちからではありません。
 ほんとうげんつういまけていないといけないのに、それめんじょしてもらっています。それにづかずに「ぶんちからきている」とか、「ぶんにはこんなのうりょくがあるんだ、ちからがあるんだ」とまんしているようではいけないのです。

 だから、ず、かんしゃいちばんだいいっが、「げんつうめんじょしていただいて、ありがとうございます」になるのです。そのうえに「げんのプラスをあたえてくださってありがとうございます」をくわえます。そうしたらしょうしょういたもうがびょうしようがなにころうが、「げんつうやわらげていただいてありがとうございます」になるのです。

-ありがとうございます-
 ここにおることたいでも、ごくかないかんのに、ここまでとりあえずさせていただいている、というような?

ありがとうございます:
 そうです、だからそういう、ほんとうのマイナスへのかんしゃづきがだいです、それは、けんきょこころにしてもらういちばんようです。だから、なにてきても「ありがとうございます」になれたら、ほんものかんしゃぎょうです、だから、なにこっても、それをマイナスとるのがちがいなのです。
 びょうになったら、まんぶんいちかるくしてもらって、おおきいマイナスをめんじょしてもらって、してもらって、「ありがとうございます」なのです、そくったらそんです。それをげんかんしゃえてゆくのです。

-ありがとうございます-
 みんなそうなのです、いたいとかつらいことがあると、なかなかびょうかんしゃせえとわれてもできません。

ありがとうございます:
 げんつうを、げんいたみをあじわうところを、こんなにかるくしてもらったとおもうとかるくなります、これもことなのです「こんなにいたい」とうといたくなってきます。「げんつうをこんなにかるませてもらった」というと、いたみはすうっとかるくなって、そしてえてゆきます、かるけられるのです。やはりことどおりなのです。

-ありがとうございます-
 いまかえってみればたしかにそうです。りょうほうこうがある、ちょっとでもくなっているとおもったたんに、スッとどんどんどんどんかいほうかいましたから。

ありがとうございます:
 つうだいなんを「なん」に、なにもないじょうたいかれると「なにたすけてもらっていない」とさっかくするのです。だからだいなんが「しょうなん」になったら「まもられている」とおもいます。
 こうつううのでもそうです、ドカーンとたってくるまたいして、ぶんきずだったら「ああ、まもられた」とおもいます。ところがだんきない、なにもないと、なにまもられていないような、かみさまにてられたようなかんじです。いつもだいなんになるところをまもつづけてもらって、なんいてもらっているのです、しょうなんうのはいいのです。
 だから、そういうかんしゃを、えないところへのかんしゃをずうっとしているほうが、たくさんのまもりをいっぱいけるばんぐみなのです。いつもくるまうしなっていたら、ものすごいおおぞんします、それをまいにちまもってもらったら、まいにちいいくるまいちだいもらっているようなかんじになります。

 
       RUBY>せいがなくなるのではありません

-ありがとうございます-
 いのちというのは、んだあとべつそんざいするものなのか、それともおおきなおおきなひとつのかみさまのなかはいかんじで、ひとつのいったいとしてのものなのですか?

ありがとうございます:
 せいがなくなるのではありません、おくはいるほどせいというのがあります、かみさまといったいすればぶんてきにもせいまれるのです。たとえば、このがそうです、いつつのゆびがあって、ぜんたいとひとつずつつながっているからおやゆびひとゆびせいまれます。これをったらもうせいはありません、ゆびがあるだけでおやゆびとかいうまえはつきません。おやゆびひとゆびをすげえたらひとゆびになってしまいます。だから、つねかみさまとつながっていてせいまれるのです。それは、このてきにいうくせではありません、「ほんとうせいほんとうはたらき」ぜんたいにとってぜったいになくてはならないひつようはたらきが「せい」なのです。

 それをぶんてきたらそういうせいがあります。またそのほんとうぶんかみさまからいっしゅんいっしゅんあらたにかみさまのすべてをなおぶんなのです、そのときは「ぜんたいけたぶんしきちゅうしんっている」というのが「せい」です。ダイヤモンドのめんげんにあって、どのめんぶんしきちゅうしんにするかによって、げんひとがいたら、げんのそのめんがあってそこをちゅうしんにしています。あるでは、めんによってかたがみんなかわります、かたかわります、そういうようにみんなせいちがうのです。ぜんたいなおしてもせいがあります、ぶんてきてもみんなせいちがうのです。

 その、たましいほうは、そういうせいとはすこちがいます。たとえばにくたいからけてあのって、おおきいたましいひといくつかにわかれていくつかのたましいになったりします、また、いくつかのたましいあつめておおきくたましいをひとつにするときもあります、あつめができ、ぶんかつもできます。だから、たましいえいえんにひとつのものがずうっとつづくのではありません。そのへんをちょっとべつしないと、ほんとうぶんいのちほうですたましいほうではありません、おおきくまとめたり、ぶんかつされたりしたら、ぶんえてしまいますから。いのちぶんえいえんめつです、せいがはっきりあって、いっかんせいがあります。

-ありがとうございます-
 たとえば「いのちせい」というのは、たとえばどんなですか?

ありがとうございます:
 げんふくざつです、「かみさまのぜんとくげんげんかがやきがいっぱい!」というのをほんとうぶんなおすと、そのなかには、たとえば「あい」とか「」とか、いろんなのうりょくにしてもありとあらゆるようぜんあり、どういうわりあいかがやかすかがぜんちがうのです。あいがものすごくぜんめんていてつよせいひともあり、ぜんめんてそれがいちばんかがやいたせいもあります。それがかみさまのとくせいをぜんぶいろんないろいにけたら、げんいろいがふくざつわさって、ほんとうにもうごとあやようをつくります。だからはなぐらいではない、にじのようなかんじでもない、もっともっとすごいいろいのものがまれます。そのいろいのちがいで、ぜんたいぞういろいのちがいがまれるのです。

-ありがとうございます-
 ひかりそんざいというのと、またちがうのですか?

ありがとうございます:
 そのひかりが、こういうにくがんるこういうぶっしつひかりでんいっしゅだからたん調ちょうなものですが、でも、ほんとうかみさまのとくせいひかりは「あいひかりひかり」とかいろいろとったら、みんなちがうのです。ただ、ぶっしつひかりというたん調ちょうなものではありません、ぜんひかりえたひかりなのです、いろんなしゅるいひかりになってきます。


     このにくがんえるかぎりずうっとちゅう

-ありがとうございます-
 もうひとつ、げんだいちゅうだいひろがりのイメージをおしえていただけますか。ぞらひろがりとか、どういうふうにイメージすると、ちゅうだいとかげんだいの・・・もうすこしどんなのかおしえてください。

ありがとうございます:
 このにくがんえるかぎりずうっとちゅうっても、にくがんえるのはほんのわずかなかいです。それにさいこうてんたいぼうえんきょうても、まだおくがあります、まだ、とらえていないところがあります、やはりげんひろがるのです。だから、このげんひろがりだけをても、げんひろがっているのですから、とらどころがありません。
 それが、こういうかいがまだおくげんげんつづくのです。だから、このているだいちゅうは、ひとつのほかげんなかちゅうかもれない、そうけい姿すがたをとって、ちゅうこうぞう姿すがたているというのはそういうなのです。そのおおきいちゅうのまたげんなかに、またちゅうがあるというようなかんじで、それがげんひろがっていたら、いまのこのちゅうはどこのげんなかちゅうかなあとおもいます。でも、そういうかたちゅうこうぞうのひとつのようでしかないのです。まだいろんなげんかたがたくさんてきます。だから、ひとそうぞうできるかぎりの「げんげんの‥‥」とっても、まだまだいつきません、どこまでもおくふかいし、どこまでもひろがるし。

-ありがとうございます-
 じゃあ、かみいったいおもうでしょう、ひかりなかそんざいとして、めいそうなんかをしているときに。そのかがやきというものがかりませんけど。ただ「ありがとう」とっていれば、ポンとしたりするのですか?

ありがとうございます:
 ぶんかみさまのなかませてゆくのがいちばんかみさまをかんじやすいほうほうなのです。ちいさいぶんを「ぶん」だとつかんでおくと、そのぶんなかにはぶんけられるはんひつようなだけしかはいってないのです。

-ありがとうございます-
 だから、それをおおきく、おおきいそんざいにどっぷりかりたい、というちでいますから
・・・・

ありがとうございます:
 ぶんをどんどんかみさまにあずけてしまいます、あずけてあずけて、ちいさいぶんしてもらうと、かみさまのおおきいなかんでゆきます。それがもう「ぶんささつくしてかんしゃする」というかたです。そうするとだんだんかみさまへんでゆくにつれて、かみさまのおおきいそんざいとひとつになってゆくかくがどんどんひろがります。

-ありがとうございます-
 ありがとうございます、まだちょっとよくわからない。

ありがとうございます:
 これはあたまかんがえてもです、「ありがとうございます」のなかから、なかからじっかんとしてあたえてもらわないといけません。

 
      あいじょう」は「あい」と「じょう」にけてこと

-ありがとうございます-
 昨日きのうよるてらでもだいがあがっていたのですけど、「あいじょうちがい」というのを、かさなるしつもんがあったかもれませんけど、おしえていただきたいのです。

ありがとうございます:
 「あいじょう」は「あい」と「じょう」にけてこと使つかいます、そのときは「あい」はかみさまのあいほうしています、「じょう」はしゅうちゃくおもいのほうです。そのバランスをってこのひとけっこんしているともえます。「あい」はかんしゃほうです、「じょう」はおもいのほうです、「あいする」というのと「き」というのはちがいます。

 「あい」はあたつくすだけです、あいひつようなものをてっかくあたつくおもいやりがあります。そしてすべてをプラスにかんようこころがあるのです。それでそのつかまずに、いつもあらたにあらたになおゆるしのこころがあります。だから、「あい」はぜったいゆうしばりません、「おもどおりに」というねがいはないのです、いっさいゆうしばらないのが「あい」です。ほんとうの「あい」があったら、そこにげん調ちょうてくるのです。

 「じょう」のほうは「おもい」なのです、「おもどおり」にしたいのです。どもがあっても「どもぶんおもどおりにしたい」というのは「じょう」のほうです、どもゆうにのびのびとそだてるのが「あい」のほうです。「おもい」はかならゆうしばるからはんぱつされ、しばりをかえして、はんこうしてきます。「じょう」というのは「おもいのしばり」なので「り」がまれるのです。「し」がこっちにおおいとあいたいしては「きらい」になり、りているほうおおいと、たすけてもらうりょうおおかったひとたいしては「き」になります。だから「きだ、きだ」とうのは、ぜんりがおおいのです、それでこんかえさなければならないから、おんがえしのきになってつくします。そのきらいはおもいのほうなので、それにまれるとくるしむのです。

 「あいこころ」はゆうぶんはなしてくれるので、どれだけあたつくしても、よろこびがなかからがるようになり、しあわせになってきます。だから、むくいをもとめずあたつくあいこころきるのがいちばんしあわせです。

-ありがとうございます-
 「あいじょう」とわれると「あいと<