ありがとうございます
真祈り文庫へ

()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつにち No.2



      かみさまへのほう 
    *ぜんたくのおいのりがあればすべてがほうです*


-ありがとうございます-
 このまえ、おいのりのこと、ことのこと、いろいろありましたが。ほうはなしなのですけど、かみさまのほうというのは、たいてきにどういうふうにかんがえればいいのですか?

ありがとうございます:
 かみさまのほうそうばんぐみとして、げんげんのチャンネルがあって、そのたかばんぐみひくばんぐみちがいというのはどこにあるかというと、ひくばんぐみほうは「もとめるこころ」できているばんぐみなのです。たかばんぐみほうは「あたえるこころ」できているばんぐみです。 ごくは、まわりのひとに、あいたいしてもとめるばっかしのかたなのです。「あれしてしい、これしてしい」と、もとめるこころだけでうばこころになります、きょくたんうと。
 ごくらくは「あたつくすだけ」です。『あいからいっさいむくいをもとめずに、あたつくすだけのかた』をとっています。それも、とくていひとだけではしに、ぜんたいたいしてあたつくかたをとります。

 なんのためにかみさまへのほうをするのかというと、「かみさまのプレゼントを、さいだいげんけやすいぶんになるためです。かみさまのさいこうひょうげんを、なおせるぶんになるために、ほうをさせてもらうのです。
 ほうというのは「あたつくこころ」をしっかりきるだけです、ぢかせいかつなかあたつくかただけをれんしゅうすればいいのです。そうするとばんぐみがどんどんがっていって、さいこうばんぐみちょうかたわってきます。

 「ほうとかかみさまへのおんがえしのためのはたらき」というのは、むくいをもとめません、だからあたつくれんしゅうがしやすいのです。それが、ひとたいすると、ひとにいいことをしてあげるとおかえしをもとめます、こうかんじょうけんてきます、「これだけつくしたのに、これだけはかえしてしい」というようなかんじになるのです。
 じっさいはたらいているひとにそういうひとおおいのです、「これだけはたらいたから、これだけのおきゅうりょうしい」といます、そうすると、そういうかたをとるのです。だから、あたえるだけのかたじゃない、「あたえたからかえしてしい」というかたです。このように、あたえてもかえしてもらうかたでは、ばんぐみうえにはのぼらない、ちゅうかんてんぐらい、ゼロにちかい。もとめるこころばっかしではないから、まあマイナスというわけではないのですが、でも「あたえてもかえしてもらいたい」というのはゼロにちかいのです、プラスとマイナスをりょうほうっています。

 でも、「かみさまのこころのままに」というかたになるためには「あたつくすだけ」がいいのです、「むくいをもとめずつくすだけ」というのがいい。にちじょうせいかつなかで、そういうあたつくすだけのかたてっていしてれんしゅうできたら、ほんとうかみさまへのほうにどんどんちかづいて、かみさまからのプレゼントをけやすくなるのです。かみさまにおかえしすることなんて、ほんとうなにもできないのですけど、げんげんのプラスをいただくばかりというのがほんとうなのです。
 くうおなじで、くううだけでは、あとえなくなります、ったぶんいっかいさないとあたらしくいきえないというのがげんなのです。だから、かみさまからのプレゼントをたくさんけるためには、ぶんからっぽにするために「あたつくす」、それもマイナスのついたものは、どうしてもすわけでしょう。くうでも、さんだけをんでたんさんガスをします、たんさんガスはマイナスがあるというかたができるとおもいます。
 だからいっかいけたものも、ぶんなかおさまると、マイナスにへんしています。ほんとうさいしょきよらかなプラスだけではなくなって、よごれてきます。そのマイナスをけてくれるのは、やっぱりかみさましかない、ふるいものをけてして、あたらしいものとえてくれる、というのはかみさましかできないのです。

 だから、ひとあいにしていると、ぶんしたマイナスをしてくれるところまでいかない、ぎゃくに、ぶんのマイナスをあいわせてしまうのうせいがあります。あいしあわせにするというよりも、こうにしてしまうあいもあるのです。そういう、ちょっとしたちがいもかさなるとおおきいちがいになってくるから、やはりかみさまをとおさないといけない。おなあたえるのでもかみさまをとおしてあたえるというほうがだいじです。
 だから、ひとのためにするのでも、かみさまにいったんぶんのすべてをあずけて、それからかみさまからぶんとおしてひとたいしてあたえてもらうというかたが、きよらかにえてもらうかたなのです。
 かみさまがするときぜったいあいなにもとめません、あたつくすだけです。ひつようなものをてきかくあたつくすだけのかたかみさまはとります、そのおつだいをさせてもらうのです。だからぶんかっにするのはあまりいいことではない、ぶんかっにするのはかみさまへのほうっても、ひとよがりのところがあります。

 だからいったんぶんのすべてをかみさまにあずけておいて、かみさまにぶん使つかってもらうというかたちでかみさまにさせてもらうはたらきが、ほんとうかみさまへのほうになるのです。それがのためひとのためにもおおきいはたらき、プラスをあたえるはたらきにへんするのです。
 だから、なにをしたら、なにをしなければではないのです、どんなことでもいい、どんなちいさなことでもできる、なんでもいいのです。そういうちですれば、ぜんぶかみさまへのほうになります、「ありがとうございます」ととなえることが、ほんとうおおきいほうになります。それをこんぽんいたら、なにをしていてもほうです。

-ありがとうございます-
 むつかしいはなしもたくさんあったのですけど、ほんてきには「ありがとうございます」でしょうか?

ありがとうございます:
 かんたんえば、「ありがとうございます」だけでいいのです、そのなかからすべてぜんぜんに、まれてくるのです。


     ぶんしゃっきんではないしゃっきん

-ありがとうございます-
 しゃっきんがあって、ぶんがつくったしゃっきんでなくても、ぶんいちおうかえさなければならないたちにおかれているあいは、いったんぶんかみさまにあずけて、というあいは「かみさまよろしくおねがいします」というかんじで、はたらいてはかえし、はたらいてはかえしてったらいいんでしょうか?

ありがとうございます:
 どんなしゃっきんほんとうは、ぶんせきにんがあるのです。このてきげんいんだけじゃない、もある、りたぶんぶんめぐってきたら、ゆうなくぶんしゃっきんわされるのです。でも、そういうしゃっきんたくさんあります、みんなそれぞれにげんっているとおもったほうがいいかもれない。

 ず、しゃっきんそくくから、らないそくふくらみます。それでしゃっきんというのは、おおきくふくらんでげんちかいようになってしまう。そのしゃっきんを、このだけのしゃっきんじゃなしに、おおきいしゃっきんしてもらうのは、やっぱりかみさまのちからりないといけないのです。そしたら、このしゃっきんえます。
 こんぽんしゃっきんかえすのがだいです。このだけのちいさいしゃっきんかえしても、おおきいしゃっきんのこしていたらどんどんふくらんできます。そうしたら、またいろんなうんめいとしてマイナスのうんめい辿たどるような姿すがたで、しゃっきんがいつのにかまたてきます、つぎからつぎへと。ひとつかえしたらまたつぎのがてくる、それじゃあキリがない。だから、こんぽんしゃっきんかみさまのたすけをけてかえしてもらえばいいのです。
 それは「かみさまありがとうございます」で、かみさまがぶんとおしてはたらいてくださればいいのです。そうしたらおおきいプラスのはたらきをしてくださったら、おおきいちょきんをしてけます。
 また、かみさまにぶんのマイナスをどんどんあたつくしてあずけてしまえばいいのです。「わたしいのちかみさまにあずけますからどうぞお使つかいください」と、マイナスといっしょあずけるのです。するとかみさまのほうは、使つかいやすくするためにマイナスをはやさないといけない、だからどんどんはやしてくださる、というところがあります。そうしたらいつのにか、しゃっきんのないぶんえて、使つかいやすくしてかえしてくれます。
 そしてあとに、かみさまのおおきいはたらきがくわわれば、げんげんのプラスがかれていきます。そしたら、もうしゃっきんとかちょきんとかいうのじゃなしに、いつもげんげんかみさまからのさいこうちょきんをいつもいただきなおせる、というかたちになるのです。ひつようなものはいつもてきかくあたつづけてもらえる、ちゅうぎんこうそうさいがいつもはいにバックにつきます。それがいちばんいいのですが、それもやっぱり「ありがとうございます」がすべてです。

 
     ただしくなおかんしゃける

-ありがとうございます-
 かみさまはじょうけんけてたすけるのではなくて、たすけるチャンスを、れるチャンスをっている。つよければ、それをれられない。つよいということは、かみさまをれるじゅんをしてないということだとおもうのですけど。
 つよいって、いろんなことがあるとおもうのです。たとえば、やくみたいなものを、かみさまにすがるのはどうもだなとおもったりすることがなんかあるのですけど。それもあるでは「つよい」ってことなのか、というようにとらえてしまうこともあるのですけど。なおたのめばいいじゃないかと、そのおもかたひとつで、ぶんなかでは「なのか、でないのか」よくわからないのですが。いっぱんてきにどういうことをじゅんかんがえたらいいのでしょうか?

ありがとうございます:
 にんげんぶんで「こうしたい、ああしたい」とおもうことも「りっになりたい」というのでも「これがひつようだ」というのでも、かみさまのほんとうこころとズレているあいおおいのです。かみさまのほうさいこうひょうげんあたえてしあわせをはやあじわせたい。そのためにてきかくまもつづけて、そういうじょうたいはやっていきたいのです。だから、かみさまがなにひつようとしているかというのと、ひとなにかをひつようとしているものとはだいズレるあいがあります。
 ひとあいぶんかっに「これがひつよう」というんだけど、かみさまのほうは「それよりも、もっとこれがひつよう」といます。かみさまのほううえなんです、ぜんとおして、ほんとうひつようなことをてきかくいて、それをあたつづけようとします。
 だから、(ひとの)ひつようというひつようせいが「かみさまのひつようせい」でないといけない、ひとひつようというのと、かみさまがひつようというのとは、ちょっとズレるときがあります。そのかみさまのひつようなものというのは、たのまんでもさきあたつづけています、それが、びょうであっても、びんぼうであってもいいのです、それがかみさまにとったら「ひつよう」とみとめてあたえているのです。だからけんこうあたえていいんだったら、けんこうさきあたえているはずなのです、おかねあたえていいのだったら、おかねさきあたえているのです。ところが、けんこうやおかねよりも、びょうびんぼうあたえるとしたら、かみさまがそのほうをよりひつようているのです。
 だから、かみさまのほうぜったいちがわない、ひつようなものをてきかくあたつづけようとしています、ひとかんがえるまえにね。だからそれをただしくなおにスッとければいいのです、それが「ありがとうございます」とかんしゃきることなのです。かんしゃきたら、そのかみさまのあたえてくるひつようなものを、スッスッスッとけて、いちばんさいたんコースでしあわせのみちあゆめるのです。
 ところがぶんかっに「これがひつようなんだ」とがんるのです、「ぶんにはしゃっきんがあるからおかねひつようなんだ、だから、おかねもうけせんならん」とかって、けいなことをかんがぎるのです。
 でもかみさまのほうは「そんなんっておけ」といます、「もっとほんすじからこんぽんからしあわせになるみちあゆんだほうが、はやしあわせになれるから」と。おいのりさえしていたら、さいこうばんぐみちょうってきたて、のそういうひくばんぐみをサッとしてあたらしいたかばんぐみわせてしまえば「しゃっきんなんかさいしょからいじゃないか」というかんじで、スッといいばんぐみえてくれます。
 かみさまのほうは、どんなテクニックでも使できるしさいこうほうほうをいくらでもっています。ただ、かみさまにけんきょなおしたがえばいちばんそうなのです。

-ありがとうございます-
 いまていしないで?

ありがとうございます:
 だから「ありがとうございます」というちで、すべてを「かんしゃけきっていく」というのが大事(だいじ)です。そしたら、どういうじょうたいも、それがおおきいプラスへプラスへへんしていきます、
 おかねでもなんでもそうです。かみさまは、ほんとうただしい使つかかたがわかったらなんでもあたえてきます。もし、いまいちおくえんかねあたえてもらったら、ほんとう使つかれますか?ちょきんしておくのでは使つかっていない。ほんとうかしきれなかったらまだのうりょくがないのです、使つかいきれません、ただしく使つかえない。
 ほんとうひつようがあってただしく使つかえるんだったら、かみさまはいくらでもあたえてくれます。おかねだけじゃない、すべてがそうなのです。


       かね

-ありがとうございます-
 おかねっていうのは、につけていないほうがいいものですか?

ありがとうございます:
 それも、いろいろです。おおきいもくてきって「これだけのがくひつよう」というので、プールしてじゅんするのはべつわるいことではありません、おおきいもくてきかっているのです。でも、ただむだけでは、やっぱりやくちません、もくてきしにむだけではね。
 また、それも「ろうびょうになったときのために」とかいうマイナスのもくてきのためにめたら、そのマイナスのもくてきのために使つかたしてしまいます。それでは、やっぱりつまらん使つかかたになります。
 ほんとうただしい使つかかたというのは、ぶんひともみんなをしあわせにするおおきい――

-ありがとうございます-
 じゃあそんなにひつようじゃないのにまっているじょうたいというのは、どこかにけるとかするとか?

ありがとうございます:
 ただしい使つかかたをしていかないと、おかねんでいます。やっぱりじゅんかんしないといけない。じゅんかんしないと、やっぱりマイナスになっていきます。じゅんかんはやいほどかみさまのひかりがたくさんくわわってきます。
 くうもそうです、んでめといたらさんけつくるしい、すべてげんがそうなっています。じゅんかんはやくなるほど、ぶんつうするおかねでもおおいほどゆたかなのです。めておいたらあまりじゅんかんしないから、それだけでわりますが、それをひゃっかいじゅんかんさればひゃくばいになります。
 ものおなじです、だからひつようなとこへひつようなとこへわたしていけばいい。そうしたらまたぶんひつようときかならまわりからスッとはいってくるのです。

 
      ほんとうしあわせはおいのりのなかに 
   *あたえてあたえてあたつくして、そこにがるげんしあわせ*


-ありがとうございます-
 せんせいが「さいこうしあわせ」ということをはなされるのですけど。けっこういましあわせだとはおもうのですけど、さいこうしあわせってたとえばなんですか。

ありがとうございます:
 このでいくら、かたちうえでよ、こので「さいこうしあわせ」とっても、ほんとうしあわせとはぜんぜんちがうのです。このはやっぱりゼロにちかかいだから、どれだけおおきいプラスがくわわったとってもたいしたことはありません。このは、ほんとうさいこうひょうげんかいとはちがうのです、どれだけおおきくプラスがくわわったにしても、たいしたことはないのです。
 だから、このからこころはなしておいのりのなかふかはいって「かみさまのげんげんかがやきがいっぱい!」というのをかんらないといけません。にくたいぶんたましいぶんが「なにかをけてしあわせ」というのではちいぎます。ぶんしきだけで、かんしゃしきだけで、「げんげんかがやきがいっぱい」とったときに、ほんとうおおきいしあわせをかんじるのです。そのかすかなかげがこのうつしてくるのです。それでこのてきにはやっぱり、プラスばっかりのしあわせというちいさいしあわせをかんじられるというていなのです、このはその程度(ていど)です。だから、このしあわせをほんとうつかむとってもたいしたことはつかめません。

 ほんとうしあわせはおいのりのなかにあります、かんしゃのおいのりのなかに。そこでほんとうしあわせをかんれます、それはほんものです。こののは、ひかりたいしてかげのようなものです、どっちがじったいがあるかというと、おいのりのなかじったいがあります。たかげんかいほど、ひかりがつよく、じったいがあります。このほどひかりとぼしくなって、かげになっています。
 だから、かんしゃこころげんふかくなればいいのです。そしたら、しあわせがちょくせつかんれるぶんです。そしたら、もうにくたいぶんかんけいなし、にくたいんでも、どうなろうがかんけいないのです。かんしゃこころぶんは、もうげんげんしあわせをかんれます、えいえんめつです。
 どういうしあわせをぶんほんとうつかもうとしているかというのはだいなのです。じょうけんしあわせはいいでしょう。これをつかまないとしあわせになれないんじゃこまります。「これがいと」というのでは、じょうけんきです。なにくても、「げんげんしあわせがいっぱい!」というのがいいのです。

-ありがとうございます-
 くう美味おいしい、ごはん美味おいしいというのでも、ほんとうづいていけばしあわせなことはたくさんありますし。すごいとおもひとでもになったり、そこにどれだけのこうふくがあるのかとかんがえるのですけど。ゆうめいじゃなくてもまいにちあたらしいはっそうになれば、しあわせなんだろうなとおもうのですけど。

ありがとうございます:
 それでもそれはじょうけんきです、もしくうがなかったらしあわせじゃないのです。
 だから、もうなにもかもくしても、「げんげんしあわせ」というのがほんものです。でも、それはなくなるんじゃないのです、「つねあらたにかみさまのぜんとくげんげんかがやきがいっぱい!」というのが、げんおくまんぶんいちびょうでどんどんてくるから、それをけずにおれなくなるのです。そうなったらしあわせはぜったいくずれません、「あたらしいかみさまのさいこうひょうげんなおそう」というかただったら、それがどんどんどんどんてくるから。かんしゃこころさえあったら、けられるようになります。
 だから、そのしあわせはげんしあわせだから、ぜったいなくならないのです。でも、こののはえてきます、みんな、あらわれたらえてきます。えてくのをいかけて「えないで」とってもです、姿すがたかたあるものはぜんそうです、いっかいえてきます。
 だからほんげんからてくるものをとらえないといけない、いつもあたらしいものがどんどんてくるから、それはぜったいくずれない・えません。
 だから、おいのりのなかにあるのです、ほんとうしあわせ、げんげんしあわせというのは。あらたになおすというのでも、ぶんのすべてをかみさまにあたつくしていないと、けきれません。だから、あたつくれんしゅうひつようです、あたえてあたえてあたつくしてぶんからっぽにしてしまいます。そこへかみさまのひつようなものがスッとはいってくるから、なにもないじょうたいにしておくほどおおきいものがいっぱいスッとはいってくるから、けやすくなってきます。それがどんどんたかまると、さいこうひょうげんなおしがけやすくなるのです。


     かんしゃふかさはけんきょおおきさ

-ありがとうございます-
 さいこうしあわせの、かみさまのさいこうひょうげんの、それをかんるところは、おいのりをふかめてくことによって、すこしずつふかまっていくというか。そのなかで、せんせいのおはなしでは「たいようなんまんかがやくような」(げんおくまん)なんかすごいひょうげんけちゃいそうなのですけども。
 わたしたちが「ありがとうございます」をとなえていくなかで、しあわせというものをかんじるかりとして、おそらくせんせいとうしょはそういうところからはいったのではないかとおもうのですけども。そのだんかいみたいなのを、もしあるようでしたらすこしおかせいただきたいのですけども。

ありがとうございます:
 
 @さいしょは、ぶんきなものをあたえられたら「ありがたい」とおもいます。また、ひとしあわせになってけたら、それをまたぶんしあわせになって「ありがたい」とおもいます。さいしょはこのてきかたちしあわせをよろこぶのです、さいしょはです。

 Aつぎは、かたちはマイナスにえていても、それをプラスにけられるこころになったら「なんでもありがたい」になります、かたちではありません。かたちのマイナスのごくでも、「ありがたい・ありがたい」になるのです。それはこころしあわせとったらそうです。よりふかくちょっとふかくなってるのです。でもそれは、まだまだそういうマイナスをよろこんでいるぐらいではあさいのです。

 Bさらおくおくへ、かたちさいこうひょうげんまでなおさないといけない。それもふかけんきょかんしゃこころなおしてこそ、ほんとうしあわせがどんどんふかおおきくあじわえてくるのです。
 だから「けんきょ」ということは、したりるだけじゃないのです、「きょ」というは「くう」ともいうでしょう。「くう」というのは「ぜったいくうつつこころ」なのです。だから「ぜんだいちゅうのすべてのすべてをつつこころ」というのです。そういうこころにならないと「けんきょ」とはえない。したりるだけじゃあけんきょじゃないのです。ぜんたいおおきくつつんで、れるこころが「けんきょ」というのです。だから、おおきくならないといけないのです。

 ぜんぶむだけのぶんというのは、ぶんえてぜんぶくならないといけない。ぶんというのがえてくなったら、なんでもはいってきます、なんでもなおしができます。そういうかたをどんどんつづけてくうちに、しあわせはどこまでもどこまでもおおきくなってくのです。
 だから、いまわたしではまだまだです。いくらおおきくけたとってもたいしたことはない、おくおくがまだまだおくがあるのです。げんげんけても()りない。かみさまのそこしれないはたらきはことではもうせつめいなにもできないぐらいものすごいのです。
 だから「たいようげんおくまんばいだいこうたいが‥‥」なんてったってたいしたことはない。かみさまからたら「そんなものたいしたことないよ」とってきます。
 だから「ありがとうございます」をかえしているうちに、かんしゃがどんどんふかまります、ふかまるのにれいして、かんじるづきがどんどんへんしてわかってきます。
 それは、やっぱりじっこうだいです。ひとはなしはちょっとはさんこうになっても、いたおもちみたいなものです。やっぱりぶんあじわわないといけない、ぶんが「ありがとうございます」をしっかりかえすことです。いっかいかえごとづきがえてくるはずです。だから、いっかいいっかいの「ありがとうございます」をたいせつのするほうがいいとおもいます。


      たいようつききゅう

-ありがとうございます-
 「たいようあつくない」というのはどうですか?

ありがとうございます:
 かたです、このだとたいようかたまりえますが、ちょっとげんえたら、あそこにりっさとりをひらいたたいようしんというかみがみがいっぱいんでいるかいだから、かたまりじゃないのです。みどりしたたるらくえんです。

-ありがとうございます-
 みどりがある? おつきさんは?

ありがとうございます:
 おつきさんもはたらきはいろいろです。ひょうめんおくといろいろです、ひともいますし。

-ありがとうございます-
 それできゅういやしてくれてはるのですか?

ありがとうございます:
 いろんなで。
 たいようつききゅうかんけいは、これはかみさまのはたらきをけいてきしゅくてきあらわして、かみさまのはたらきをせつめいするのに便べんだからいろんなせつめいがあるのです。
 じっさいたいようつききゅうというのは、かみさまのおおきいはたらきからるとちいさいのです。だから、いろんながあります、つきつきはたらきをしていろんないがあります。たいようひかりはんしゃして、きゅうやみよるかんらすはたらきとか。またつきけがあって、いろんならしかたをしてくれます。けんきゅうしたらもういろんなまなびがいっぱいてくるけど、ひゃくひゃくぐらいのせつめいじゃです、たくさんあります。

-ありがとうございます-
 おいのりのときせんせいが「かみさまといったいなんだ」というふうにおもえばいいと。「かがやく・かがやく」とおもったときに、いっしゅんひかりつよくなったようながするのですけど、それはぶんしんのせいか、それともかみさまが「いいぞ、いいぞ」っていうかんじで、おうえんしてくださっているのか、それは?

ありがとうございます:
 りょうほうです。だからもっともっとことちからかつようするのがいい、「ことどおりになってくる」というのがほうそくだから。「ありがとうございます」だけでもいいのですが、そのなかをもっともっとおおきくふかくするで「ありがとうございますをとなえていたらかみさまといったい」というもあるのです。「げんげんかがやいている」というもあるし、たくさんありますが。それをもういっかいかくにんするで「かみさまといったいなんだ」とか、「げんげんかがやいているんだ」とか、そういうこと使つかいながら「ありがとうございます」をうと「ありがとうございます」のなかがどんどんおおきくふかくなっててきます。
 そうするとそのかんかたがどんどんへんします。ほんとうは「げんげんだいこうたいちゅうしんぶんかれている」のです、どこかからパッとるのではない。げんげんだいこうたいかれていると、みんなひかりなのですが、それもほんとうことどおりにてくるのです。
 だから、しっかりいいことをたくさん使つかってづきをやしてくのがいいのです。

-ありがとうございます-
 いいことというのはよくからないのですけど、ひとはっしてくなることとか、ほんむかしからのこと、そういったことですか。

ありがとうございます:
 たくさんあるとおもいます。それぞれにいろんなこと、プラスのことしょ調しらべてみるといっぱいてきます。プラスにえることはたくさんあります。
 ただ、マイナスもひつようときは、マイナスもプラスのことになります、マイナスはつねにマイナスかというと、そうではない。
 だからほんとういまプラスのはたらき・しあわせにするはたらきがあれば、ぜんプラスのことになってきます。だからひつようおうじてゆうざいこと使つかいこなせばいいとおもいます。
 ことで「あつい・さむい」とうのでも、「あつい」ほうがいいとうのだったらそれがプラスです。あつぎるのがマイナスだったらさむい・すずしいほうがプラスになってきます。へんするのです、そのたちたちで。
 おかねたくさんあればしあわせかというのも、そうでもないのです。ひつようなだけあったらしあわせだけど、じゅうかねがいっぱいになったら、しょもなしにこまります。


        いんとく

-ありがとうございます-
 ひくげんはなししでもうわけないのですが、さきほどのおいのりのかんつほど、なかがバリバリになって、もうえられないぐらいなのですね。みぎおくいたくなったりしてるのですけど。よくわたしはそういうことがしゅうだんでしたときによくあるのですけれども、にはしないようにはしてるのですけども、どういうふうにこころっていけばよろしいのでしょうか?

ありがとうございます:
 いろんなかたができますが、いくとおりもプラスにかたがあります。
 たとえば、ぶんおおきいマイナスを、こころめておいたらそのままえません。それをいっきょにたくさんしてあげようというときは、ぜんぶバーッとかびあがるのです。おいのりするときほどかびがります。それをまんぶんいちか、おくぶんいちかるさでスッとしてくれるとるとものすごくとくしたことになります。だからよろこんだほうがいいのです、「ありがとうございます」と。
 ちいさいでもそうです。また、ぶんが「ぜんじんるいすくたち」というのだったら、おおきいすくいのはたらきに使つかってもらうのが、いちばんしあわせなのです。みんなのしあわせがぶんしあわせになってきますから。そうすると、みんなのおおきいマイナスでも、やっぱりぶんのおいのりのまないとなのです。

-ありがとうございます-
 でも、いたみにえられなくなるときがあるのですけど。

ありがとうございます:
 ごくくるしんでいるひとを、おいのりできるしあわせなすくげようとおもったら、そのわりにけてスッとげるのです。だから、そのいたみが「おおぜいのそういうくるしんでいるひとすくげる、おおきいはたらきに使つかってもらったいたみなんだ」とおもうと、みんながしあわせになっていくのをよろこべるのです。
 だから「ありがとうございます」でよろこつづけたら、ぜんそれはプラスにプラスにおおきくやくはたらきです。まだたくさんあります、ゆうはたくさん、プラスにプラスにおもかたはいっぱいあるから。それをぜんぶそのときそのときよろこぶためにおもかえせばいいのです。

-ありがとうございます-
 げんしょうかいで、ぶんがそういうになってるというのはぶんはわかりますよね。でもみなさんはわからないですよね。そういうときにこのくるしみがますよね。そういうときにどうしてもえられなくなって、こころがねえ、でも、そういうのもぜんぶかんしゃで――

ありがとうございます:
 でも、ぜんぶかみさまがているのです。ほんとうかみさまがぶんまもってくれているから「そういうおおきいはたらきをさせていただいている」というふうにたらかみさまのまもりのなかだからだいじょうです、はははは。
 だからひとかいされなくても、ひとよろこんでもらわんでもいいのです。かみさまにかいしてもらって、てもらって、よろこんでもらえたらいいから。


-ありがとうございます-
 どんなときでも、かみさまにてんわす?

ありがとうございます:
 だから「ありがとうございます」がいいのです。

-ありがとうございます-
 いいですね、はい。にんげんかいでは、げんしょうとしてはいやがられたりしますのでね。

ありがとうございます:
 それも、いやがられているのではなしに。いいことをしてマイナスのたいをとられるのがいちばんとくするのです。

-ありがとうございます-
 まだ、そこまでふかどうさつりょくが―

ありがとうございます:
 いいことをして、いいたいってもらったらちょうしになります。だから、どれだけいいことをしてもひとからわるわれたり、とうされてわるたいられるほうが、おおきいいんとくちょきんになるいのです。
 それがさとりへのおおきいちからにもなり、ひとだすけのちからにもなります。だから、いいことをさせてもらって、わるわれるほうがいいのです。

-ありがとうございます-
 ずいぶんわるものですかね、(はっははは。)すぐこうしゅしてきたりね、もうさんじゅうねんくるしんでたのが、おおきなしん、つっかいぼうができました。


      よろずかみはたら

-ありがとうございます-
 よくぶっかいしんかいといわれますね。ほとけさままもっていたのに、こんかみさまがまもっているとおっしゃるかたがおられますが、そういうのはどういうふうにかんがえればよろしんでしょうか?

ありがとうございます:
 ことどおりのばんぐみがあるので、そういうこと使つかかたをするひとは、そういうばんぐみわせているのです。すっきりしない、それちょっと。でも、そういうばんぐみもあるからかたがないのです。
 しんかいと、ぶっかいをどういうべつをしてるのか、そのひとかんがかたひとつです。そういうこと使つかってそういうかいにはまりんでいくのです、でも、かみさまのほうからたらほんとうぜんすっきりしています。せいぜんとしたすっきりした姿すがたをとっているんだけど、ただことどおりにすべてがなりますから。

-ありがとうございます-
 おやくで、ひつようかたくということですか、たとえば、かみさまですからよろずかみさまですよね。

ありがとうございます:
 よろずかみさまがどこにいるかというかんがかたはいろいろです。ほんとうよろずかみさまはどこにいらっしゃるかとうと、どこにいらっしゃる?

-ありがとうございます-
 わたしは、ゆいいつしん、ただひとつ、まあそれをしんというのか、ひょうげんはわかりませんけれども、それだけをいつもかんがえて、ずうっともとめてきたのですけど。よくほとけさまもいっぱいいらっしゃいますし、かみさまもいっぱいまえがありますし、わたしぶんなりに、ぜんひとつだけれども、たとえばこのひとにはこういうひとにはあいしょううというのか、そういうようおうじてというのがあるのかなとおもってたのですけど。

ありがとうございます:
 ほんとうよろずかみさまというのは、ちゅうぜったいとういつしんあまてらすおおかみぶんしんです。どういうはたらきをするかとうと、げんげんのチャンネルをつくはたらきをします。チャンネルづくりのはたらきです、よろずかみさまというのは。

 だから、チャンネルのなかあらわれたかみさまは、ほんとうよろずかみさまじゃない。それぞれのばんぐみに、それぞれにいろんなかみさまが、いろんな姿すがたがあります。そのばんぐみえて、ひくばんぐみひとからると、たかばんぐみかみさまやほとけさまにえるかもれないけど、そういうかみさまやほとけさまもあるけれど。でも、げんげんのチャンネルのチャンネルをつくかみさまが、よろずかみさまがほんものなのです。ばんぐみからかみさまがほんものよろずかみさまです。
 いろんなかたがあります、おなよろずかみさまといっても、かいしゃくかたがいろいろ、ていかたがいろいろなのです。
 かみさまがげんげんのチャンネルのばんぐみつくってくれたということはありがたいことです、なんでもばんぐみとしてたいけんしてあじわえます。そういううんめいかいたいけんできるのです。でも、そのなかから、ぶんなにえらんでもいいとうのですが、やっぱりいいのをえらんだほうがいい。できるだけはやさいこうばんぐみえらべるのがいいのです。
 だから「ありがとうございます」は、ほんとうは「さいこうばんぐみだけがいまここにある」というなのです。ひくばんぐみわせない、さいこうばんぐみだけをなおすことが「ありがとうございます」です、ほんとうはそうです。
 だから「ありがとうございます」をかえしているうちに、さいこうばんぐみだけをあじわえるようにわるのです。


       せんさとっている

-ありがとうございます-
 ぶっきょうとかはあまりよくわからないですけど、じんじゃにはおまいりにかなくてもいいということですか。

ありがとうございます:
 じんじゃもおてらもみんなけいなのです、だから、そこにほんとうかみさま・ほとけさまがいてるかというと、いないのです。ただ、なにいかというとそうでもない、やっぱりそこにほんとうかみさまの、まあ使つかいみたいなものがはたらきかけていることはたしかです。かみさまのはたらきかけはあるんだけど、ほんものはいない、けいけいです。

-ありがとうございます-
 おてらで、おはかわせるとか、それはごせんように?

ありがとうございます:
 それも、かたちひつようだったらそのけいとおしてこころととのえて、ほんものこころこうりゅうはかるのです。ほんとうのご