真祈り文庫
2001年8月4日
No.1
写真に写る不思議な現象
*写るものの波動が変化して写ってきます*
-ありがとうございます-
平成十年にイスラエルのガリラエ湖で、明け方に連続して撮った写真です。上は青空なのです、どういう意味があるのでしょう。
ありがとうございます:
違うカメラで?
-ありがとうございます-
いえ、同じカメラです。
ありがとうございます:
同じカメラで、連写したの?
-ありがとうございます-
一秒ぐらいで。
ありがとうございます:
写り方がぜんぜん違いますね。普通、写真は正確に写ると思うのですが、いろんな要素が加わるのです。特に写真霊媒の体質の人がカメラを持つと、心霊写真のようなのがよく写ります、人の心がかなり強く影響を与えるのです。いろんな波動をキャッチして、こういうふうに写るのですけど、途中で変化します、写るものの波動が変化して写ってきます。
これでも太陽が別のとこにあるような感じです、ひとつが二つになったり、幾つにもなったり、写る時もある。心霊写真というのは、この世の常識では想像できないような写り方をします。実際この世に無いものまで写るでしょう、在るものは勿論、無いものも写ってきます。この世では同じ時間でも、次元の違う世界では、また違う姿があります、同じ時刻でも。
ひとつは、ここに太陽がひとつあるという感じに写って、別な次元だと別なところにある。いろんな次元の波がきた時に、いろんな姿をとって、もっといろんな変化にとんだ写真が映ると思います。これも、楽しいです、光の雨が降っているような感じがします。雨は降ってないですが、光のシャワーが降っています。
神霊写真的なものは、この世と関係の無い世界をすっと物質化させて出てきます、神さまがね。いいですね、これ。
-ありがとうございます-
名古屋の講演の時に写した物ですが、八台のカメラの一台に起きた現象です。どういう意味があるのでしょうか。別の日にもあったそうです。やはり、写されるかたの体質でしょうか。
ありがとうございます:
写す人の心境も体質もあるのです。写真霊媒の体質の人は、こういうあの世の姿を物質化しやすいのです。写真に写っていても、実際には見えないものですけど。だから現実の背後にどういう姿のいろんな働きがあるか、というのが霊媒体質の人が撮ると、物質化して写りやすいのです。いろんな光が流れたり、これでもそうでしょう。
-ありがとうございます-
こちらのは、今年の一月にインドのプッタパルティ、サイババさんのところで写したもので、そういう光が写りました。洗濯場というところで撮ったのもこんな感じのものでした。
ありがとうございます:
いろんな写り方、千変万化、いろんな写り方をするのですけど、写す人が媒介するだけで、あの世の姿が写ってくる場合もありますし。念力の強い人が念写が出来るでしょう、心にイメージしたものが写真にパッと出ます。特に思いの心、念の強い人は、写真にピタッと思ったことが写るでしょう。だから写す人の心の状態も強く影響して出てきます。機械的に誰が撮っても同じように写るんだったら、科学的に「こうだ」って言う見方もできるのかも知れないですけど。写真の場合はかなり心の状態が影響しますので。これは悪いものは何もないですけど、いろんな光の働きが現れて見せてくださっているのです。
-ありがとうございます-
良いことでしょうか。
ありがとうございます:
そうですね、はい。
早く卒業して抜けたいのですけど
-ありがとうございます-
番組のチャンネルを上げるのを「人生の目的」と考えてもよろしいのでしょうか?
ありがとうございます:
そうです、はい。
-ありがとうございます-
そのためには、自我を無くして「ありがとうございます」を唱える、それが一番近いのでしょうか?
ありがとうございます:
そうです、はい。
-ありがとうございます-
それで、ある程度チャンネルが上がったら、そこでまた選択する能力とか出てくるのでしょうか?番組を選ぶ力とか。
ありがとうございます:
いいえ、元々自由に選ぶ能力は持っているのです。最初から神さまと一体の自分があって、その自分が神さまから無限の無限のチャンネルを与えられて「自由に楽しみなさい」と送り出されてきているのです。低い番組でも自由に選べたのです。だから「自分が高い番組を選びたい」と言えば、高い番組をより選びやすくなるはずです、本当はね。「低い番組に巻き込まれて抜け難い」という一面があるように思いますが、まだそれに感心があって、興味があって、そこへ入り込んでいるのです。
-ありがとうございます-
選んでいるわけですね。
ありがとうございます:
そうです。ある程度体験して「もうそれに対しては未練が無い・卒業した」と思ったら、すぐ高い方へ向きます。心が高い方へ向いた途端に神さまの助けで、すっと上へ合わす能力が出てくるのです。
-ありがとうございます-
そろそろ卒業して抜けたいと思っているのですけど、なかなかその低いチャンネルを選んでいる自分がいるのです。辛い自分が。(いるのですか、はははは。)自分は卒業したいと思っているのですが、どうすればいいのですか。おかしいなあと思って、卒業したい筈なんだけど、辛いってことはチャンネルを自分で選んでるのですね。
ありがとうございます:
「高い番組を選びたい」と思っているでしょう、だからちゃんと、低い番組と高い番組の区別が区別がつくようになっています。低い番組は捨てて、新しい高い番組へ心を向けて行こうと、高い番組を受け直ししようとしています。
ただ、低い番組に予約をかなり入れているのです、心の中にその予約がずうっと入っていると、予約を取り消さない限りは、低い番組もずうっと続いて出ます。その予約の取り消しに今入っているわけです。だから今は早く予約を取り消して、高い番組がすぐにサッと出るようにしていきたいというところです。
-ありがとうございます-
ものすごく予約をしているかも知れないですけれど。なかなか取れない、仕方ないです。はい、わかりました。
ありがとうございます:
その予約の取り消しを早くしてもらう意味でも、やはり「言葉の使い方」というのが大事になります。「過去のマイナスの予約を沢山消していただいて、ありがとうございます」というふうに言えば、早く沢山消してもらえます。でも、あまり早く波をサッと消してもらったら、この世から卒業してしまうじゃないですか。肉体が消えてしまうかも知れない。そう慌てんでいいのです、はははは。
ただ、この世もやっぱりひとつの勉強の場としては最高の場だと思うのです。いろんなものを選んで、高い方へ行くんだったら高い方を選んで、そこへ心を集中的に向けて行く、という勉強の場なのです。
この世を捨ててあの世の高い番組へ直ぐサッと移らないといけない、ということはないのです。この世でしっかり練習しておけば、この世の寿命が終わって、あの世へ行った時に、もうひとつ自由に選んで、高い番組に合わせる能力がすっと出てきます。だから、この世で寿命がある限りは、この世で楽しむのがいいのです。そりゃあ、練習はしておかないと、しっかりと高い番組に合わす練習はしておく必要はあるのですけど。
-ありがとうございます-
そうすると、この世で高いレベルにいましたら、あの世に行きましたらそのまま継続して高いレベルにいられるのですか?
ありがとうございます:
あの世が無限のチャンネルに分かれているとするでしょう。その縮図としてひとつに絞り込まれてきます、この世が、無限の中のひとつのチャンネルがこの世です。このひとつのチャンネルがまた無限に分かれています、この無限のこのひとつのチャンネルの中の無限のチャンネルの中に、低い番組から高い番組へ自分がどれを選ぶかというのを練習しているのです。
だから、この世の番組で高い番組をしっかり選べたら、あの世へ戻った時無限のチャンネルの中の高い番組に行くのです、直ぐにすっと。同じやり方でも楽です、この世でしっかり練習しとくと、あの世へ行った時に楽になれます。
-ありがとうございます-
そうしますと、自分がいつこの世を去るということはわかりませんね。
ありがとうございます:
わかる人はわかるのでしょうけど、でもわからないでもいいのです、しっかりそのまま何千年何万年ということはないですから、はははは。一日一日を大事に生きる方がいいでしょう。
いつもプラスへ心を向けて
*大きい神さまの働きが常にあります*
-ありがとうございます-
先生は阪神大震災の時にお祈りされたそうなのですけども、どういうお祈りをされたんでしょうか?
ありがとうございます:
別に、いつも同じです。
-ありがとうございます-
それを、防ぐということじゃなしに?
ありがとうございます:
防ぐという意味も、私は別に願っていなくても、そういう働きで、必要な時は使われます。だから、いつも「無限の無限の輝きが一杯!」というふうに受ける「ありがとうございます」だけです。
-ありがとうございます-
何か起こるのは、わかりはったのですか。
ありがとうございます:
わかります、この肉体を持ってこの世に生まれている限りは、この世での働き・役目があるのです。だから、心の奥で「無限の無限の輝きが一杯!」といつも大きい光を受けていても、またこの世へ流す役目として、肉体が必要なのです。
だから、この世の波を置き換える意味でも、マイナスを受けて、そしてその心の中でマイナスを消してもらって、プラスをすうっと流すのです。こういう働きがいつも起こっています。
-ありがとうございます-
防ごう、というイメージでお祈りをされたわけではないのですか?
ありがとうございます:
あまりマイナスへ心が向くと、光が無くなってきます。だからいつも光を浴びていないと、マイナスを受けてもすぐ消せないからあまり役に立たないのです。
そのマイナスを振り替える場合は、もう神さま任せです。自分はもう一所懸命プラスの光の方へ、心を向け続けています。光を浴び続けて、後は神さま任せで、必要だったらマイナスがすっと入ってくるかも知れないけど。それを掴んだら途端にまた光が無くなります。掴まないでお祈りし続けるのがいいのです。
-ありがとうございます-
いつも輝いていたらいいのですか?
ありがとうございます:
そうです、いつもプラスへ心を向けて、でも、本当は神さまの働きは、一人や二人の人を使ってしてるんじゃないのです、もう本当は全員を使っているはず、大きい働きとして。
本当は、阪神大震災でもね、まあ予言的に言うたら「万分の一に軽く済ませてもらった」と言える位。だから、本当だったらあの万倍の人が死んで、日本の人口が半分ぐらい亡くなってたかも知れない。でも「それを万分の一に済ませて、軽く済ませてくれた」という、それは大きい神さまの働きが常にいろんな面で起こっているのです。
だから、現実のいろんな運命というのは、特にこの世の運命というのは「大難を小難に」というように、万分の一ぐらいの軽さですうっと修正し続けて護り続けてくれてるのです。
-ありがとうございます-
マイナスは人間がつくってるのですか?
ありがとうございます:
いや、つくったというより、波長を合わせて、番組を低い番組を引き出しているのです。低い番組を現実に引き出した人が多いということです。
-ありがとうございます-
その、多いのを神さまが万分の一に?
ありがとうございます:
はい「あまりにも悲惨すぎたら可哀相」だというので。地獄番組をあまりこの世へ引き出しても、それもいいのかも知れないけど、ある程度体験したらそれは少ない方がいいので、できるだけ軽く済むように変えてきます。
実際、地獄番組を引き出したら大変なことになります、七難八苦がいっぱいぐらいではない、大変なことになってしまいます。
-ありがとうございます-
先生は、前にやったことは必ず返ってくると言われたのです。また違う時には「ありがとうございます」を言っていると、現象というか、良くなるというか、未来が変わると言われていて、この世的なのですけど、一見矛盾じゃないですか?
ありがとうございます:
矛盾はない、したことは必ず返ってきます、だから、マイナスのことをしたら必ず返ってきます。でも「ありがとうございます」は大きい無限のプラスの働きをしたことになります。だから少々の過去のマイナスは全部パッと消されて、打ち消されてマイナスが出なくなります、大きいプラスの働きをしたからでしょう。だから、矛盾はない。
もし「ありがとうございます」と唱えていなかったら、マイナスの働きをしたんだったら、マイナスがどんどん次から次へと出てきます、返ってきます必ず。
-ありがとうございます-
先生は名前だけで奥さんを決められたそうですが、名前でどれぐらいのことがわかるのですか。
ありがとうございます:
名前でわかるのではなく、名前を通してその人を見るのです、奥まで見るのです。だから別に……(-ありがとうございます-会っても会わなくてもいいのですか)本当は同じなのです。名前だけで何かわかるわけじゃない、名前はちょっと、そのきっかけです。
-ありがとうございます-
それを通して感じられるのですか?
ありがとうございます:
こうやって出会っていても表面だけを見るのではなく、奥まで見てしまいます。
-ありがとうございます-
顔とか姿も分かるのですか、名前で?
ありがとうございます:
あんまりわかり過ぎたら困る、煩わしい。
いろんな波を合わせて引き寄せる
*波があったところからいろんな勉強をします*
-ありがとうございます-
類は友を呼ぶと言われます。やっぱり自分の波長が高いところで合わせれば、周りはそういう人達が集まってくるのですか。
ありがとうございます:
ただ、その波の合わせ方がいろんな波の種類があるのです。だから、その「心の状態・心境」で合わせるのだったら、心境の高い波の人は高い波の人を引き寄せます。
でも、心の心境だけで波を合わせるのではありません。肉体的な波の合わせ方もあるのです。親子関係でも、肉体的に波を合わせるのだったら、肉体の形はそっくりになってきます。心で合わせたら心の心境がそっくりになってきます、同じようなレベルの高さになります。また、いろんな能力で合わせてきたら、バイオリンの上手な人だったら、子供がバイオリンがまた同じように上手だったりします。だからいろんな波の合わせ方があるのです。
-ありがとうございます-
自分が合わせようとすればいいのですか?
ありがとうございます:
いや、やっぱり両方から、自然に合うのです。
-ありがとうございます-
合わない場合は、もうそれはそのままの方がいいのですか?
ありがとうございます:
でも、何かで合っているのです、本当は。「合う」ということは自分はそこから何かを勉強することになっているんだと思うのです。まあ、いろんな助け合いになっている、プラスにもマイナスにも。だから、マイナスに合ったら何か損したように思うかも知れないけど、逆の場合もあります。自分のマイナスを周りの人が背負ってくれているというふうに見たら、得しているでしょう。だからプラス思考で見ていたら、マイナスもプラスも全部いいのです。
地獄番組に波長を合わせて見て、地獄の人はマイナスばっかりです、でも、それを見るのでもプラスに見ることはできます。「みんな自分のマイナスを身代わりに背負って、地獄の苦しみを味わって消してくれているんだ」と、そういうふうに見ると、みんな深い愛の持ち主ばっかりなのです。
プラスばっかりの受け方
-ありがとうございます-
初めてお目にかかります方でも、その方のことが全部わかってしまうのはどうしてでしょう。
例えばお電話をしてまして、相手の方がその嘘というか偽りを言っているのがわかります。例えば「明日、どこどこへ行きましょう」ってお約束してるのですけど、相手の方が行きたくなければ、いろんな口実をつくりますね。その口実が「嘘」ってことがわかります。それはどういう状態になってるのですか?
ありがとうございます:
それも、いろんな無限のチャンネルがあって、それぞれぜんぶ様子が違うのです。だから、どのチャンネルを見てあげるか、一人一人のどのチャンネルを、両方あるのです、プラスとマイナスと。
本当に心から「行きたい」という番組もある、ところがもう理由を付けて「断りたい」という番組もあります。だから、本当はプラスにプラスに拝んで見てあげると、自分には高い番組だけがスッと寄ってくる、そうするとプラスばっかりの受け方が、できるようになってくると思うのです。
-ありがとうございます-
それともうひとつ、相手の方のことがわかってしまうのです、初めてお目にかかっても、それはどうして?
ありがとうございます:
波が合った分が、波長が合うの全部。
-ありがとうございます-
その人が言わんとすることまでわかってしまうのです。友人でしたらわかりますね。初めてでしたらそういうのはわかりませんね。それがわかるということは、どういう状態になってるのですか?
ありがとうございます:
いや、みんな波長が合うのです、心の波の波長が合った分すっと伝わってきます。もう瞬時にすっと伝わってきます。
-ありがとうございます-
そうしますともうひとつお尋ねしてもよろしいですか、やはりぜんぜん知らない方なのですが、パッと拝見しますと、その人の着てる物を全部脱がしちゃってるわけですね。それで「ああ、この人モデルに使うといいな」とかね。あのう「その辺の筋肉が発達してるからいいかな」とかね、それはどうして見えるのですか。
ありがとうございます:
本当は波が合うから見てしまうのですけど、自分が何を見たいかという方向づけをしっかりすると、自分の見たいものだけが見えるようになります。
-ありがとうございます-
この人モデルさんにどうかなあって。お洋服着てても全部脱がして「ああ、とてもきれいな線だな」とそういうふうに見えちゃいます。それはどうなのですか、一般的にはそういうこと見えませのですけどね。
ありがとうございます:
あまり、見え過ぎたら困ります。
-ありがとうございます-
そういうことですよね、見え過ぎますと困りますね。見えなくするにはどうしたらいいんでしょう?
ありがとうございます:
そういう能力というのも、あっていいように思うのですけど、でも困ることが多いのです。だから自分の必要な時に、それが出てくるだけがいいのです。
-ありがとうございます-
それはどうすれば、そういうふうになってくるのですか?
ありがとうございます:
必要なだけ出るようにしてもらうのは「ありがとうございます」と唱えていると・・・。
-ありがとうございます-
ありがとうございます、ありがとうございます、言ってると……
ありがとうございます:
しっかり唱えていると神さまの助けは必要なものだけを、的確に与えてくださるのです。本当の助けは究極の神さまからしかきません。
ところがいろんな次元から、強制的に干渉して助けにくる時があります。その時は、必要ないのに無理矢理分からせて教えようとしてくる。そういうのが沢山あると、いろんなところから波がいっぱい寄ってきます、強制的に何か伝えてこようとします。
でも「ありがとうございます」さえ唱えてたら、そういうのはぜんぶ排除してくれて、必要なだけで、ちゃんとしてくださるので楽なのです。
はい
-ありがとうございます-
質問の仕方も分からないのですけど、私はちょっと小学校一年生から中学校三年まで、子供にお勉強を教えているのですけど、二十年ぐらい教えてるのですけど、最近の子供の変化がすごいのです。最近は一所懸命教えても日本語が伝わらないのです。それと、書かれてある文章、たった一行の文章の意味がとれない人が多いのですね。
やっぱりお家の育て方っていうのが随分変化していると思うのですけど。小学生の人ですごく黙って座ってるんだけど、なんか波動がすごい荒い人がいて、その人は大人しいのですけどその人が帰ると、みんなが「嵐が過ぎた」というぐらいホッとするのですね。
彼も六年間来てるのですけど、その人がやっと私は一年半ぐらいした時から、あまり気にならなくなって、最近はその人が成績をどうしても上げないといけませんよね、だけどそれはもう気にならなくなったのです。
中学生の人で、途中からいらした方で、私のお友達の子供さんなのですけど、その彼が入ってくると頭がクラクラするぐらいなものがあるのです。彼はもうぜんぜんたった一行の意味もわからないわけなのです。IQが低いとかいうんじゃないのです。もうなんか本当にガードしている、心も全部ガードしているのですね。
この間からテープを聞かせていただいて、昨日もやっぱり授業をしてましたら、もうどうしようもないのですね、クラクラして。ああそうだと思って、知らん振りして、こうして手を合わせて「ありがとうございます」って、心の中で一所懸命言っていたのですね。
今迄だったら、「どうぞ彼を良くしてあげてください」とか、そういうことをやっていたのですけど、昨日もそういうこと一切なくして、ただ「ありがとうございます」だけを心の中で言ってたのです。そしたら夏休みに入って本当にもう「目を開いて寝ているのか」だったのが、昨日はあの二時間教えている間に、最初はそうだったのですね、言ってもわからない、ということで、でも途中から、なんか目が活き活きしてきだしたのですね。
何にでもこちらが心の中で「ありがとう」というのを言って対処していけば、そのうち楽しくなるのかなあと思って。やっぱり成績を上げないとお母さんは駄目ですよねえ。それにどうしても囚われそうになるのですけど。
今迄は数学を教えてるのですけど、数学に関しては、通信簿を五を絶対取らしたいと思って、それで頑張ってきたのですけど。今、思えば思うほど自分の肉体にくるのです。それで今糖尿病で合併症で、それで随分長い間平成六年からインシュリンを打っていたのですけど、それを勝手に止めまして。行きたくないということだったのですが、その子を教え出して自分のストレスが消化できないものですから、もう今、目とか全部臓器とか合併症がきてしまったので、三ヶ月前からインシュリンを打っているのですけど。
そういうのも今教えていただいて、とにかくすべて、今迄は声に出して「ありがとう」を言っていたのですけど、三・四日前から「ありがとうございます」というふうに言葉を変えさせていただいて、今迄は口で言いなさい、というふうに教えていただいてたのですけど、「ありがとうございます」を人がいたら、言えないですよね、でも心の中で言っていくことで。
もしかしたら、今、もうお金も持ってなくなって、病気をしまして平成六年に糖尿病で教育入院をしまして、その時の薬害で死にかけたのです。急性肝炎になって、劇症肝炎でもう後四十八時間の命っていう時に、まさに死のうとする時に、すごい感謝の心で、本当に幸せだなあと思った時に阿弥陀様なのか観音様なのか、あまり意識が半分ないものですから、目の前に子供が二人、子供の仏様二人なのですけど、雲に乗っていらしたのですね。それで二時間で劇的に回復したのですけど。
それからの人生というのが、それまでは我ままで、如何に不満の多い人間だったかというのをあらためて気がついたのですけど。それからずっと本当に友人関係もぜんぶ駄目になりまして、経済的にもこれでも、神は私から全部身包みを剥ぐんだったら、早く剥いで丸裸になった方がいいんじゃないかな、とか思ったぐらいなのですけど。今は本当に家を売らなくちゃいけない。かえってお金の都合がつかなければ、そこまで行ったのですけど。
でも心は本当に幸せなのです。これも本当にいろんなことを感謝する、学ばせてもらってるんかなあと思うのですけど、友人関係もまわりにいる人ぜんぶ自分の心ではわかってるのですけど、あまりに苦しいもので。もうそういうのもぜんぶ「ありがとう」って言うのをひたすらずっと思ってたら、パッとチャンネルが変わるのですかね。今、本当にギリギリの、よく自分でも生きてるな、と思うのですけど。
でも頭でそう思いながら心はハッピーなのです。だから、本当は二月の一日で自己破産どうしてもするんだったのですけど、今借金しながらですけど、どうにか幸せに日々暮らさせてもらってるのですけど、現実はどうしようもないとこまで来ています。
そのチャンネルをパッと変えるには、やっぱり先程教えていただいたように、今迄の予約を返させていただいてありがとうと言ってたらよろしいんでしょうか。やっぱり自分の学びもあるんでしょうか。
ありがとうございます:
チャンネル合わせはみんな自分の使う言葉でするのです。言葉通りのチャンネルがぜんぶ用意されている。どういう言葉を過去に使ってきたか、その総決算が今出てきているのです。言葉で波長を合わせて番組を見るんだということに気付いていない人は、マイナスの言葉を、無意識のうちに沢山使い過ぎているのです。
低い番組は特にマイナスの言葉がいっぱい出てくるようになって、それを無意識に積み重ねてしまいます。それに本当に気付きだしたら、もうマイナスの言葉は使わずにプラスの言葉になってくるのです。それでも過去のマイナスがいっぱい溜まっています、それをいかに早く消してもらうかというのが一番大事な問題なのです。
普通、自分のプラス思考の心で、プラスの言葉を使って、ぜんぶ打ち消して行けるかというと、それは不可能です。過去のマイナスの言葉は無限にあります、無限に積み重なっています。それも利息が付いて、もっともっと膨らんでいるかも知れない、だから、神さまの力でないと短期間では消し切れません。
ただ神さまは「助けて欲しい」と気持ちを神さまに向けたら、もう瞬時に助けに入って消し続けてくださいます。だから、謙虚にちょっと謙虚になれたら、神さまはいつでもすっと助太刀に入ります。助けに入った結果が「ありがとうございます」で感謝の心になって出てくるのです。
感謝の心が起きるようになった時は、もう助け続けてもらっているのです、ただ、過去のマイナスの予約が余りにも多すぎます。それも人の自由なので、神さまは強制的に勝手に消せません。ある程度は確認をとりながら消してきます、ちょっとずつ。万分の一かも知れないけど、ちょっと確認をとって、万倍を消すのです。
そういう形でちょっと時間がかかるかも知れないのです。それでスッキリときれいな心の状態に変えて、番組を上げてくれます。だから「沢山消してもらってありがとうございます」と、これも、消してもらったら本当に心から「ありがたいなあ」と気持ち起こるのです。大きいマイナスを大難を小難に済ませてもらってもありがたいし、それも万分の一以下に軽く済ませてもらったら、プラスを与えてもらうより、マイナスを軽くしてもらう方が、もっとありがたいかも知れないのです。「大きい借金を万分の一でいいから」と言ってもらったら嬉しいじゃないですか。そういう感謝の喜び方の練習も必要なのです。
その後で大きいプラスを与えてもらったら、また感謝が無限に無限に大きく深くなってきます。
神さまもいろいろ計画して、感謝が早く深くなるようにしてくださっているのです。形だけはプラスに変わっても、感謝の心が深くならないと、いい番組を見ても大して感動しません。心から感謝が深くなるというのが先ず大事なのです。それと、また、いい番組を見せてもらえるのも大事なのです。やっぱり両方、神さまはちょうどバランスをとりながら、ずうっと導いてくださいます。借金をサッと無くす位は、ほんとは簡単にできるのです。
それをして感謝が深まればいいのですけど。借金があっても感謝が深まるという方がいいでしょう?先にね。 (はい) だから感謝の心を先に深くしておいてもらって、どんなマイナスでも「ありがたい」という心を養っといて、大きいプラスを与えてもらう方が、本当の意味で大きい幸せを自分が掴んだことになるのです。だから神さまの護りは完璧です、もうずうっと助け続けて入ってくれているから大丈夫です。
-ありがとうございます-
仕事なんかもその病気をしましたので、もう一年休んでましたから、すごく人数が減ってきていますし、やっぱり生涯現役でいたいと思うのですね。今迄は塾というのが天職と思っていたのですけど、今は体力的にもやっぱりきついのですね、大勢のお子さんを見させていただくのは。そして今は何か平行してもうひとつの仕事と思ってるのですけど、いろいろみなさん言ってくださるのですけど、なかなか上手く行かないのですね。それももう自然のままでよろしのですかね。
ありがとうございます:
自然に神さまの導きが、知恵が湧いてくると思います。今までの塾とこれからの塾は、また変化するかも知れない。子供に全責任を持たせてやる塾も必要なのです。採点まで子供にさせてしまうという、いろんな質問を出して子供に考えさせて答えを見出させるとか。先生の方から教えるんじゃなしに、子供が全部自分で質問を考え出して、答えを出して採点までして行くというぐらいの、それぐらいの生き方もこれから大事なのです。
今までは受け売りです、子供の方に責任感がなくなってしまう。人のせいにする無責任な生き方になるのはそこなのです。だから「ぜんぶ自分に責任がある」という生き方をこれからとらないといけなくなってきます。子供が質問を考え出して答えを出して採点までして行くのです。「ぜんぶ自分の責任のもとに歩むんだ」と、そういう本当の意味の勉強を、塾なんかでして行くのが、これから多くなるんじゃないかと思います。
-ありがとうございます-
やっぱり「ありがとうございます」を雨の日でも風の日でも、私は家に座っているだけで、来てくれますから、それから「ありがとうございます」をして。
ありがとうございます:
「ありがとうございます」さえ唱えさせてもらっていたら、神さまが自分の中に降りて、神さまがみんなをちゃんと指導してくださいますから、座っているだけでいいのです。だから、その縁のある必要な人を順番に引き寄せて、神さまがちゃんとしてくださいます。自分はもう幸せ一杯に「ありがとうございます」を言っていたらいいのです。
「自分」というのが意識の中心
-ありがとうございます-
人間は、本当の自分と魂の自分と肉体からできているのですよね。本当の自分というのは、神さまからいただいた生命のかけらだと思うのですけれども、違うのですか?
ありがとうございます:
本当の自分は神さまと一体で、神さまのすべてを一瞬に受け直している自分です、かけらじゃない。神さまの全部を、一瞬一瞬新たに受け直している自分が本当の自分です。
-ありがとうございます-
みんなそれぞれ違うのですか?
ありがとうございます:
違うというのは、自分の意識の中心が違うだけで、みんな神さまのすべてを受け直しているのが本当の自分です。そういう意味ではみんな平等なのです。
-ありがとうございます-
違うように現れているけど、本当は一緒といういことなのかな〜?
ありがとうございます:
いやいや、神さまのすべてを受け直す自分は、本当の自由自在な自分です、形じゃないのです。神さまの全部を受け直すと、神さまの全部が自分になってしまうから、それぞれ中心が違うだけなのです、意識の中心です。「どこを中心に見るか」だけでしょう。「自分」というのが意識の中心なのです。
ところが神さまのすべてが自分なのです、他の人は他の人の意識の中心がその中心です。でも神さまの全体が自分なのです。意識の中心が無限に無限にあります。神さまはそのぜんぶの意識をぜんぶ自分の中に持っているから、もっと大きいのです。
本当の自分はそれだけ大きい無限に無限に輝いた自分です。その自分が自由自在に、いろんなチャンネルを波長を合わせして眺めることもできます。だから、低い番組でも、沢山の番組を同時にでも見れるし、また最高番組も一瞬一瞬受け直せます。
-ありがとうございます-
中心が違うのですね、それで個性が出てくるのですね。
ありがとうございます:
いやあ、個性と言うとまた……
もっと個性にもいろんな意味合いがありますから。一人一人の意識の中心が違うというのも個性なのですけど。
ダイヤモンドで言うたら、面が沢山あります、ひとつの面が自分としたら、他の面がいっぱい無限にあります。ダイヤモンドはひとつだけど、面がぜんぶ違うという意味では、個性が全部違うのです。どこを中心に前に持ってくるかによって、ダイヤの見え方が違います。そういう意味の個性の違いもあるし。
またこの指だったら、全部役目が違うでしょう。全体の中の部分と見た時は、親指は全体とつながっていて親指です、人差し指も全体とつながっているから人差し指です。これを切ってしまったら名前がつかない、指だけ置いたら名前がつかない。それの全体の部分としての個性という働きもあります、一人一人に。
-ありがとうございます-
それぞれで合わせるのですか。
ありがとうございます:
いやいや、言葉です、どういう言葉を使うかによって、先ず自分をどういう言葉で表現するか。「自分は神さまと一体」という言葉を使うと、神さまと一体なのです。「無限に無限に輝いている」という言葉を使えば、自分は無限に無限に輝いているのです。そういう立場から見ると、無限の無限のチャンネルに自由に波長を合わせて見れる自分です、自由な自分になってきます。
でも「肉体が自分」と思