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()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつ20にち No.2



   自分じぶんが「なに本当ほんとうえらぼうとしているか」

-ありがとうございます-
 前世ぜんせからのおはなしをされたのですが、実感じっかんがないので、個人的こじんてき前世ぜんせというのはどういう意味いみがあるのか、輪廻りんねとしての受け継う つがれてくるものがあるのか、個人こじんとしての前世ぜんせったところで、それはどういう意味いみがあるのか、それをるべきなのか、なにかそういうことがあればいてみたいとおもいます。

ありがとうございます:
 いまを、大事だいじきるひとにとったら、もう過去かこ必要ひつようないのです。ただ、いま真剣しんけん大事だいじきられるようになるまでには、過去かこしばりはのこっています。過去かこ()(かた)というのがかなり影響えいきょう(りょく)をもって、それが惰性的だせいてきちからになって、そのひと自由じゆう()(かた)しばってきます。そのしばりからけないと、本当ほんとう自由じゆういまきる()(かた)にならないのです。

 本当ほんとうに「けたい」というひとは、「そのしばりから自由じゆうになりたい」とねがいます。過去かこしばりというのは、言葉ことばおもいのしばりです。感謝かんしゃをしているとそのしばりが全部(ぜんぶ)えてなくなり、おもいもされてなくなります。でも、感謝かんしゃわすれるとやはりおもいがてくる。とく言葉ことばがマイナスになってくる。そうすると、されない言葉ことばおもいというのはどんどん蓄積ちくせきされていきます。それがマイナスの惰性だせいになって、どうしてもくらくら落ち込お こんでいきます。

 でも、このまれてきた目的もくてきは、過去かこ惰性だせいながされないあらたな()(かた)えらぶためです。「過去世かこせ」はあるのですけど、過去世かこせ一旦いったん棚上たなあげにするのです。背後はいご守護しゅごれいさま守護神しゅごじんさまが、一時いちじあずかりであずかってくれて、あらたにゼロからこの一生いっしょうわろうということです、勉強べんきょうするのです。
 ちょっとだけは過去かこ惰性だせいきずるかもしれないけど、過去かこにどれだけおおきいマイナスをっていても、一時いちじ棚上たなあげになるとそのマイナスの惰性だせいながされなくなります、(らく)になります。そのなかなにえらぶか「プラスの()(かた)」か「マイナスの()(かた)」か、ということです。本当ほんとうにプラスの()(かた)えらびたいという気持きもちになると、プラスの()(かた)いたら、過去かこ惰性だせい過去かこおおきいマイナスでもかみさまは簡単かんたんしてくださるのです。

 だから、「自分じぶんなにえらぶ」のか、このえらかた一番いちばん大事だいじです。ただ、マイナスをえらびたいというひとを、無理むりやりプラスヘえるのはむずかしい、これはかみさまでもできないことです。本当ほんとうに「プラスの()(かた)えらびたい」という、その気持きもちがはっきりしたら、こういう「この」という特別とくべつ場所ばしょ用意よういされていて、過去かこのマイナスをかみさまがひと自由じゆうしばらずにせるのです。
 ただ、過去かこしばられない自分じぶんはやくなるために、このしばりをるというのも大事だいじです。そして「そのしばりからけるにはどうしたらいいか」という一番いちばんいい方法ほうほうえらんで、自由じゆうになるのがいいのです。

 本当ほんとういま大事だいじ感謝かんしゃこころきられるというのなら、もう過去かこらないし、それを必要ひつよう(まった)くない。本当ほんとう感謝かんしゃこころいまきられないひとにとったら、なかなかけられないので、かなりきびしいしばりがのこっています。そういう場合ばあいだったら、やっぱり「る」というのは大事だいじなのです。って、それからける方法ほうほう模索もさくして、自分自身じぶんじしんが「なに本当ほんとうえらぼうとしているか」というのをはっきりさせたほうがいい。そしたら、みちひらけてきます。

 その程度ていどいですか?あまりくわしくっても本当ほんとう意味いみはないし、過去かこ生まれ変う  かわりの自分じぶんが、どんな姿すがたをとったからとっても、そんなことはたいしたことではありません。足跡あしあとのようなものですし、どういう足跡あしあとのこしてきたかというのをるよりも、やっぱりいま大事だいじきるほう大事だいじなのです。

-ありがとうございます-
 ひとついいですか。あるかたが「いま自分じぶん人生じんせいはいろんなほんていましたら、何百なんびゃくねんまえ自分じぶんおなじような運命うんめいをたどったひとがいて、自分じぶんもそのようになって、そのようにんでいくとおもう」というような言い方い かたをされてるのですけど、そういうことってあるんでしようか?

ありがとうございます:
 あるでしょう、普通ふつう、このというのは何回なんかい繰り返く かえして、過去かこ繰り返く かえしというのがおおいのです。いまはなしではないけど、前世ぜんせとか過去かことかがあって、たような傾向けいこう繰り返く かえします。だから、「いまあらわれている姿すがたとお過去かこえていく姿すがた」とひともあります。いまあらたにてくるのではなく、もう過去かこ体験たいけんしたことがいまていると。とくに、こころおくおくれていくと、おく感覚かんかくだと「とおむかし体験たいけんしたことは、いまあらわれてえているな」という感覚かんかくになってきます。かみさまの、わば「絶対ぜったい」からてくる最高さいこう表現ひょうげん一番いちばんあたらしいのです。そこからとおざかるほどとお過去かこになります。

 おくったひとは、「いまあらわれているのは、とおむかし体験たいけんあらわれてえている」そんなかんじになり、「この映し出うつ だされてくる全部ぜんぶが、過去かことおむかし体験たいけんしたことなんだ」というのです、そのくらいの感覚かんかくになります。おくこころではみじか時間じかんでもおおくのことを一瞬いっしゅんまなべます、なが年月ねんげつにそれをおおきくひろげるのです。

 たとえると、小学生しょうがくせいから大学生だいがくせいまでの勉強べんきょうを、自分じぶん一瞬いっしゅん全部(ぜんぶ)をマスターしたとします。たか世界せかいだったらそうなのです。それをなが年月ねんげつ引き伸ひ のばすと、やっぱり小学生しょうがくせい勉強べんきょうから順番じゅんばんにするのです。それで、いま小学生しょうがくせい勉強べんきょう段階だんかいているとなると、一瞬いっしゅんまなんだ自分じぶんからたら「もうとお過去かこまなんだことなんだ」というかんじです。でも、そういう見方みかたもそれがすべてではありません、ほか見方みかたがたくさんあります。

-ありがとうございます-
 それも番組ばんぐみのひとつですか?

ありがとうございます:
 そうです、こういうのもあるというぐらいがいい、(ひと)つとわず、ふたつでもみっつでも・…はははは。

 
  「ありがとうございます」はいつごろから

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」が究極きゅうきょくかみ名前なまえだということを、何時いつごろからかれたのですか?

ありがとうございます:
 このからるか、てんのほうからるかによって、てんのほうからたらもう最初さいしょからっていたのです。最初さいしょからっている自分じぶんがあって、それをしっかりっていておいのりしているのです。でも、このからると、本当ほんとう全部ぜんぶしっかりるという状態じょうたいはいるまで、やっぱり時間じかんがかかります。うたら「しんずる」という程度ていどだったらもうちいさいときから、なにかそういうものをしんじています、かんじていたのです。でも、「本当ほんとうにわかった」というのだったら、おおきいひかり感じ取かん とらないと「わかった」とはえない。それはもう、どんどんどんどんつよひかりになってかんじているから、それでも「何時いつから?」というとまた…。区切くぎりはけられません、どんどんどんどんおおきくなっているのはたしかなのです。


    先生せんせい」にどうしたらなれる?
    
かみさまをえらひとは、かみさまからすべてをいただけます*

-ありがとうございます-
 自分じぶんのマイナスのおもいがいっぱいつまっていると、最初さいしょるのは、なんか「かみさまがあらわれた」とか「いろんな仏性ぶっしょうあらわれた」または「れいあらわれた」などと、いろんな現象げんしょうい、すでさとったとって、まどわしているひともいるそうですから。そこらへん関係かんけいで、本当ほんとう真実しんじつの「ありがとうございます」の言葉ことばあらわれたのは、「これが本当ほんとうだ」というのはなに確信かくしんられたのはあるのですか。どこの宗教しゅうきょうでも「ありがとうございます」ということをっておられるのはすばらしいことだとおもうのです。どうしたらそこまでのぼりつめられるのでしょうか?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」をとなえるという意味いみでは、おなじかもれないですけど。それにプラスして、自分じぶんかみさまにおかえししてしまうということが大事(だいじ)です。自分じぶん過去かこ積み重つ かさねた無限むげん業想念ごうそうねんでもいい、それをったままかみさまに自分じぶんあずけてしまうのです。
 だから、「かみさまの御用ごようにお使つかいください」というふうにすると、かみさまは使つかいやすいようにマイナスをはやして使つかってくださいます。わたし場合ばあいはそれをはやくできたからかもれない、自分じぶんねがいとかおもいもなにもなかったから「どうかおやくつようにお使つかいください」という気持きもちにはやくなれました。それではや道具どうぐとして使つかってもらえるのです。

-ありがとうございます-
 わたし二十にじゅうだいときにちょっとキリストきょうをかじったことがありまして。キリストきょうおしえられたことは、自分じぶんをなくして、「感謝かんしゃ」「奉仕ほうし」「あいする」ことをすると「かみあらわれてくる」とわれたのです。わたしはテープをもらってせんかい二千にせんかいけば、先生せんせいちかづけるんじゃないかと。ずテープをいて潜在意識せんざいいしきはいれると、だまってでも先生せんせいのようにうごくんじゃないかとおもい、テープをいているのです。わらわれるのですけどね。潜在意識せんざいいしきはいれると、仲間なかまはなしていても口調くちょうちがいますけどてくるんじゃないかとおもうのです。

ありがとうございます:
 たしかにそうです。自分じぶんこころけたものがやっぱり自分じぶんなかはいってきて、それにならって、そのようになっていきます。

-ありがとうございます-
 Sさんのテープも、キリストきょうのTさんのテープも、せんかい二千にせんかいくと、言葉ことばからあるかたまでわってきて、不思議ふしぎですけど、仲間なかまうしろからいてくるのです。
 自分じぶんしたら駄目だめなのですけど。そういう体験たいけんもあります。それで、仲間なかまが「って(もら)ってきてくれ」というから、代表だいひょうたのです。今回こんかいテープを(もら)ったから、会社かいしゃ一回いっかいやす時間じかん何回なんかいいていると、そのうちなにかにならないかと期待きたいしてるのです。

ありがとうございます:
 そのうち、ありがとうおじさんになります。でも、なにむずかしいことをかみさまはあたえていないとおもいます、「どっちをえらぶか」だけです。かみさまをえらひとは、かみさまからすべてをいただけます。ただ、それをえら時期じきが「何時いつか?」というだけです。元々もともとは、みんなかみさまと一体いったいなので、こころおくではかみさまをよくっています。そのかみさまと一体いったい自分じぶんもど時期じきも、本当ほんとう自分じぶんめてくるのです。
 自分じぶん納得なっとくする時期じきめてもどってくようになっています。だれからも自由じゆうしばられていないし、もう自由自在じゆうじざいきているのです。ここへたら、かみさまをもうえらんでしまったのだから、(あきら)めないとだめです!あとかみさまへもどるしかなし、これはうん()です。えらんでしまったら仕方しかたない!!


    かぜ」はなんためく?
 
*みんなが助け合たす あって、かしあっているのです*

-ありがとうございます-
 かぜなんのためにふくのでしようか。

ありがとうございます:
 かぜかみさまというのは、いのちつかさどります。いきもそうです、はなから空気くうきはいって空気くうきたれたら即死そくしにます。だから、いのちつかさどかみさまが「かぜ」です。空気くうきがよどんだら酸欠さんけつにます。かぜつよいところほど、文化ぶんかさかえるという。それだけかみさまのはたらきが活発かっぱつになります。それで、おおきいたすけをあたえてもらえるのです。

 台風たいふうつよかぜでも、おおきいおきよめのはたらきだし、マイナスをぜんぶ吹っ飛ふ とばしてしてくれる。そして、どんどんおおきいプラスに置き換お かえてもらえます、必要ひつようなだけのかぜがないとこまる。地球ちきゅう全体ぜんたい循環じゅんかんしていないと、排気はいきガスがいっぱいたところはよどんで、そこのひとはみんなんでしまう。ぜんぶ地球上ちきゅうじょう循環じゅんかんして、プラスのところの空気くうきがマイナスのところの空気くうきくしていくから、みんながきていけるのです。空気くうき循環じゅんかんしなかったら、かぜかなかったら、本当ほんとう都会とかいひとはみんなんでいます。

-ありがとうございます-
 それもかみさまのはからい?

ありがとうございます:
 かみさまのはからいです、みんなが助け合たす あって、かしあっているのです。


      寿命じゅみょう」という番組ばんぐみ
   *変化へんかはもう自由自在じゆうじざいえらべるほうがいい*


-ありがとうございます-
 人間にんげん寿命じゅみょうですけど。みっつぐらいあるということで、第一だいいち寿命じゅみょう第二だいに寿命じゅみょう第三だいさん寿命じゅみょう、それで第三だいさん以上いじょうはないというようなことでしたけど。

ありがとうございます:
 それはひとつのせつです、番組ばんぐみ自由自在じゆうじざいえらべるのだったら、寿命じゅみょう自由自在じゆうじざいわらないといけない。番組ばんぐみによったらぜんぶ寿命じゅみょうちがうし、なんまんねんなんおくねんきる番組ばんぐみもあるだろうし、一応いちおうそういうせつがあるというぐらいなのです。また、寿命じゅみょう一回いっかいきりでまっているという番組ばんぐみがあったら、それもせつとしてみとめたほうがいい。

 ただ、自分じぶんにとって、どのせつがいいのか自由じゆうえらべて、必要ひつようだったら永遠えいえんにでもきられるというように。ただ、このだけがきる場所ばしょではなく、このよりもっといい場所ばしょがあったら、必要ひつようだったら、そっちへうつほうがいいのです。そういう意味いみ変化へんか自由自在じゆうじざいえらべるほうがいいのです。だから、本当ほんとうはこの寿命じゅみょう自分じぶんきなようになるのです。そういうのを言葉ことばにしてしんじている番組ばんぐみほうが、そのひとのものになっていきます。言葉ことばどおりの番組ばんぐみえらべるから、自分じぶん一番いちばんいい言葉ことばえらんで、寿命じゅみょう自由自在じゆうじざいに…。

-ありがとうございます-
 いまのおはなしで、わたし自分じぶん第一だいいち寿命じゅみょう第二だいに寿命じゅみょう第二だいに寿命じゅみょう()っているのですけど、第三だいさん寿命じゅみょうもだいたい見当けんとうがつくのですけど、「そんなふうにおもわんほうがいいんだけどなあ」と、ひとわれたのです。そんなふうにおもっていると、そっちの番組ばんぐみえらんでしまうということですか?

ありがとうございます:
 やっぱりひとつの番組ばんぐみしばられるのはバカです!ほか番組ばんぐみはぜんぜんちが運命うんめいだし、寿命じゅみょうだし。自由じゆうほか番組ばんぐみえらんで、寿命じゅみょう自由じゆうえたほうがいいのです。


   かみさまのたすけを

-ありがとうございます-
 手放てばなすというコツはあるのですか?努力どりょく法則ほうそくで「はやたい、たい」とおもうと、どんどん…。そうすると、かみさまにちかづこうとすると、段々だんだん段々だんだんがっちゃったりして…。

ありがとうございます:
 番組ばんぐみえる一番いちばんのいい方法ほうほうは、「あたらしい番組ばんぐみこころ集中しゅうちゅうすること」です。いま番組ばんぐみをどうのこうのかんがえないで、あたらしいほうへこころ集中しゅうちゅうすればいい。そうしたらもう勝手かってふるほうわすれて、はなしてしまいます。番組ばんぐみたかったら、いい番組ばんぐみ集中しゅうちゅうするのです。病気びょうきひと健康けんこうになりたかったら「無限むげん健康けんこう完全かんぜん健康けんこう」と「健康けんこうほうへ」そういう言葉ことばだけを使つかつづけたら、病気びょうきはすっとはなれます。だから、いい言葉ことば使つかったらこころはいいほうくので、やっぱり言葉ことばえらびです。

-ありがとうございます-
 わたし肝硬変かんこうへんで、国立こくりつがんセンターでねんたないとわれたのです。そのときに「さあ、ころせ」って開き直ひら なおったのです。もう会社かいしゃくびになろうが、女房にょうぼう子供こどもにせずに、ひゃくまん二百にひゃくまんのおかね使つかっちゃおうとおもったのです。そうしたら全部ぜんぶ正常せいじょうになり、がんセンターはおどろいて「しんじられない」とわれたのです。
 外科げかから「食道しょくどう動脈どうみゃくいてぬ」ってカルテにいてあり、いろいろ検査けんさしてもらって、外科げかから内科ないかまわされて、内科ないか先生せんせいは「おまえさんねんのところをななねん余計よけいきているからぜんぶ取り直と なおさせてくれ」というのです。

 そのコツをおぼえたのは、女房にょうぼうにも子供こどもにも会社かいしゃにも「さあ、ころせ」です。そうしたらパッと元気げんきなりました。でも、やっぱりおもいがありますから「肝硬変かんこうへん肝臓かんぞうがんになると大体だいたい医学的いがくてきにデーターがている」とおもいにとらわれて、いろんなストレス、リストラなどがかさなって、がんになりました。そのときまた「自分じぶんきなことになに集中しゅうちゅうする」のを思い返おも かえして、呼吸こきゅうほう集中しゅうちゅうして、会社かいしゃにも「わたしがんだから」ということで定時ていじかえしてもらいました。再発さいはつしてから手術しゅじゅつ上手うまくいけたのです。

 いまなにをやっているかというと、病気びょうき体験たいけんをいろんなひとはなしたり、ちょっとヒントをあたえたりすると、ニコッとよろこんでくれるのですね。わたしは、相手あいてよろこばすことは、抗がん剤こう  ざいむよりも、再発さいはつ防止ぼうしなっているとおもうのです。がんセンターへくと、仲間なかまがいますから、もう病気びょうきはなしばっかりです。
 それを、いま先生せんせいが、べつ番組ばんぐみ集中しゅうちゅうするのがいいとわれたのですが、わたし集中しゅうちゅう出来できないから、わすれるほうかないと。わすれるにはどうするかというと、たとえば、本当ほんとうよろこんでもらう、こころからよろこんでもらうようなことをおかねをかけずにして、ほかひとにちょっとしたヒントをあたえてあげてよろこんでかえってもらう。そのニコッとしたかおが、くすりむよりもくんじゃないかとおもっています。

ありがとうございます:
 本当ほんとうです、とくに「ありがとうございます」をとなえていると、さっとかみさまのたすけで置き換お かえてもらいます。ただ、過去かこふるいのをつかみすぎると、無理むりやりというのはちょっとむずかしい。ちょっとあたらしいほうへいてくれたら、置き換お かえがはやいのです。「しっかりにぎっている」のを引き離ひ はなすのはむずかしいでしょう。

-ありがとうございます-
 また、いじわるな質問しつもんをしてわるいのですけど。「ありがとう」とは、なかなかえないのですよね。三十数さんじゅうすうさいのとき病気びょうきになって、「自分じぶん人生じんせいわりだ」というような、ここらへんはなしをしだすと、かおかがやきだすひともいて、みんな大好だいすきなのですね。「ありがとう」なんて言葉ことばてこないのです。感謝かんしゃなんて益々ますます…。だから、そこらへんはどうやって切り替き かえたらいいのかとおもいまして。

 病気びょうきというチャンスがあって、手術しゅじゅつもし医者いしゃにまかせるしかなく、それで開き直ひら なおってうまく立ち直た なおれたのですけど、「ありがとうございます」は、ある程度ていどからだ安定あんていしてきて、しあわせだからみんなえるのですよね。それまでは、みなさんのしあわせをたら、悪魔あくまみたいになって、もうころしてやりたいぐらいでした。そんなときでも「ありがとうございますをえたら」とおもうのです。

 わたし呼吸こきゅうほうをやってがんせましたし。知り合し あいの大学だいがく教授きょうじゅがんになったのです。教授きょうじゅ呼吸こきゅうほうをやるとがんにならないとおもっていて、でもなったのですね。精神せいしん世界せかいもいっぱいっているし、前世ぜんせ療法りょうほうだとか、いろいろとなにでもっているのに、がんになったのですよ。医者いしゃから「腎臓じんぞうでこんなにおおきいと、下手へたしたらさんヶ月かげついのちだ、最悪さいあく場合ばあい覚悟かくごしてくれ」とわれたのです。かれは「まさかおれがなるとおもわなかった、教授きょうじゅだ、おれ精神せいしん世界せかいっている、宗教しゅうきょうなにもかもっている、おれはみんなをすくってきたんだ」とって、どうしようもないくらい、めちゃくちゃになったのです。そんななかで「ありがとうございます」はえませんよね。どうしたらえるのでしょうか?

ありがとうございます:
 自分じぶんちからなにかしているというと、があるのです。だから、「ありがとうございます」は、本当ほんとうかみさまのたすけを受け入う いれようというこころなのです、かみさまをぶことです。だから、感謝かんしゃするというより、かみさまのたすけをぶことなんです。

 だから、謙虚けんきょになるほどびやすい、「自分じぶんちからなにかしてきた」というと、ちょっと高慢こうまんになっているときです。そのとき本当ほんとう意味いみかみさまをんでいないのです。だから、ちょっとあたまつとおおきいちからにすがろうとする気持きもちがて、べるようになるとおもいます。「ぼう」という気持きもちになったときに、はじめてすっと「ありがとうございます」が自然しぜんてきます。それもひとつの勉強べんきょうです、心配しんぱいないとおもいます。

-ありがとうございます-
 病気びょうきというがんあたえられたということは、かみ最大さいだいのプレゼントなのです。いろんな知識ちしきでいろんなことをまなんだよりも「もう最大さいだいのプレゼントだから感謝かんしゃできるようになったでしょう」とったら「出来できる」とうのです。いままでのかんがえを百八十ひゃくはちじゅうえないといけない。えないと、またがんになって寿命じゅみょうちぢめている。
 そうすると、やっぱりこういう世界せかい相当そうとうすすんだということですね、知識ちしきじゃなくて、すすんで実際じっさいこころから体験たいけんをする。わたしはワープロで「ありがとうシール」をつくってわたしてあるのです。くそうですから。それで「いろんな状態じょうたいときにどうしたらいいか」をいてきてくれってたのまれたのです。病気びょうき金縛かなしばりになっているのです。はなせば完全かんぜんなおるのですが、それにまだがつかないのですね。

ありがとうございます:
 もう一回いっかいつかんだらふるえがくるぐらいになります。でも、かならはなせるときがきます、はなしたとき本当ほんとうよろこしあわせはおおきいのです。


      かみさまのあらわ
    かみさまのあらわれとしてなおす*


-ありがとうございます-
 かみさまは、そうやってくるしまなければたのしみがわからないように…。さっきのひかりなかにいればひかりはわからないし、うみなかにいればさかなうみわからないし…。結論けつろんからいうと、どんなくるしみもかみのプレゼント、最高さいこうのプレゼント、たとえようもないプレゼントではないかとおもいます。

ありがとうございます:
 そのときは、大変たいへんなようでもすぐにいようにわります。病気びょうきをしたひとは、大抵たいてい病気びょうきという部分ぶぶんつかむのですが、全身ぜんしん六十ろくじゅうちょう細胞さいぼういっいっながめたら、いっいっはもう一生懸命いっしょうけんめいはたらいてかがやいているのです。その病気びょうきのところだけが、そのいっいっ細胞さいぼうが、ひとのマイナスのおもいを背負せおってつづけるのです。病気びょうきは、細胞さいぼうひとのマイナスのおもいを(かぶ)って、背負せおってつづけているほど、ものすごおおきいはたらきの姿すがたです。
 病気びょうき症状しょうじょうがでたときは、こころなかのマイナスをどんどんしてくれて、ただしくなる姿すがたなのです。症状しょうじょうしょうは、病垂(やまいだれ)ただしいと()きます。その、いっいっ細胞さいぼうに「ありがとうございます」とえたら六十ろくじゅうちょうかいです!そうしたらどんな病気びょうきでもなおってしまいます。「全身ぜんしん細胞さいぼうさん、無限むげん無限むげんのありがとうございます」とわないとちょっと大変たいへんです。

-ありがとうございます-
 わたしあぶない、ねんたないとわれて、がんセンターを退院たいいんしたときは、普通ふつう雑草ざっそうはなが、ひかりかがやいたのです。ところがのどもとぎると、途端とたんにこののことでこんなになっちゃうのですね。これはもうどうしようもないですね。またつかんじゃうのです。それでまた病気びょうきつくって、また手放てばなして…。そしてまた、この世の中よ なか光り輝ひか かがやいてくるのです。

-ありがとうございます-
のどもとぎれば…。

-ありがとうございます-
わすれちゃうのですね。

-ありがとうございます-
だから人間にんげんなんでしょうね。はははは。そうやね。

ありがとうございます:
 人間にんげんだから感謝かんしゃきるのです。感謝かんしゃというのは、本当ほんとう自分じぶん呼吸こきゅうです、感謝かんしゃわすれたら呼吸こきゅうめてしまうのです。だから、っていて、っていて、あらたななおしというのが必要ひつようです、そういう意味いみ大事だいじです。このだけをているのは、過去かこつかんだままなのです。
 いつもかみさまからなおすというのは、やっぱり、このはなしてあたらしくかみさまのほうへいてなおさないと、「かみさまのあらわれ、かみさまのあらわれ」とけないといけない。かみさまを無視むしするのでは、かみさまのあらわれとはていないのです。「かみさまのあらわれ」とときは、みんなかがやいてきます、そういう意味いみの「ありがとうございます」です、本当ほんとうはみんなかがやいています。

 あとのおいのりというのは、二十四にじゅうよん時間じかんプラスアルファ、プラスアルファがつねについています、二十四にじゅうよん時間じかん。そのプラスアルファにいろんな意味いみがあります、普通ふつうのおいのりは自分じぶんがするんだったら、二十四にじゅうよん時間じかん一生懸命いっしょうけんめいしても、二十四にじゅうよん時間じかんのおいのりです。
 本当ほんとうのおいのりには、そのうえにプラスアルファがくわわります。いろんな意味いみがあり、プラスアルファのほう本当ほんとうちからがあるのです。ギリシャ文字もじ最初さいしょにα(アルファ)です、一番いちばん最初さいしょ言葉ことばでしょう。最高さいこうひかりというように「絶対ぜったい」とえるのです。かみさまがいつも最高さいこうひかりえてて、ひとのするおいのりのプラスアルファとしてくわわるのです。いろんなたすけが、いっぱいアルファがあるのです。
 守護しゅごれいさま、守護神しゅごじんさまの応援おうえんもあるし、えんあるひと大勢おおぜい応援おうえんもあるし、えない世界せかいからも、える世界せかいからもいっぱいプラスアルファがくわわってきます。二十四にじゅうよん時間じかん自分じぶんひとりで頑張がんばるおいのりよりも、無限むげん無限むげんすご応援おうえんがあります、それを受け入う いれるこころがい大事(だいじ)です。だから自分じぶんひとりがりきんで孤立こりつしていのるよりも、謙虚けんきょ素直すなおにみんなのたすけを受け入う いれたら、そのおいのりがおおきいはたらきです。みんな自分じぶんためいのってくれています。

 だから、お(いの)りをわすれているときも、みんながわりにいのってくれているというのがいい。みんながわすれてもかみさまはいのってくれていると!おいのりしたから()くなるのではなく、かみさまのたすけをけておいのりもさせてもらっているんです。「たすけてもらってありがとうございます」とよろこびの言葉ことばです、よろこんでいる言葉ことばが「ありがとうございます」です。
 だから肉体にくたいがひとつ病気びょうきをしていても、万病まんびょうかかえているよりはいいのです、だから、万病まんびょうしていただいてありがとうございますです。健康けんこうだけでは、本当ほんとうのありがたみがわからないから、ちょっとはやまいのこしてもらって「ありがとうございます」なのです。もう不必要ふひつようなものはしてもらって、必要ひつようなものだけあたえてもらえるから、すべてプラスによろこべるというのが、一番いちばんしあわせです。病気びょうきになっても、健康けんこうになっても、どっちもしあわせなのです、んでもきてもしあわせなのです、なにがあってもしあわせなのです。だからマイナスは本当ほんとうはないのです。

-ありがとうございます-
 マイナスというおもいが、マイナスになっているのですか?

ありがとうございます:
 かみさまのはからいのほうが、もっともっと無限むげんおおきいプラスです。プラスを発見はっけんしてづいてゆく、「いっぱいプラスばっかり、しあわせばっかり」というふうに。そうしたら、また「ありがとうございます」といてきます。

-ありがとうございます-
 そうしたら、もうストレスなんかなくなりますよね。

ありがとうございます:
 どこにあるんでしょうか、あっははは。


      極楽ごくらく世界せかい
  *ひとしあわせに出来できて、自分じぶんしあわせ*


-ありがとうございます-
 会社かいしゃで、能力のうりょくきゅうとかいって、仕事しごと出来できひと給料きゅうりょうげているのがありますね。本来ほんらいそれがいかというのは、どうなんでしょうか。

ありがとうございます:
 能率のうりつてきにしっかりはたらいて、それでお給料きゅうりょうひとよりたくさんあげるというのは、はたら意欲いよくこさせる意味いみでいいかもれない。時間じかんだけをついやしてはたらきがすくないというのでは、その本人ほんにんにとってもあまりプラスにならない。だから、能力のうりょくをどんどん引き出ひ だ意味いみだったら、はげましの意味いみでそれもわるくはないのです。

 でも、やっぱりそういうのにしばられるよりは、もうよろこんでよろこんで自分じぶんちから発揮はっきするほう理想りそうです。お給料きゅうりょうなんか関係かんけいなしに、ひとしあわせに出来できて、自分じぶんしあわせというように、ひとしあわせを自分じぶんしあわせにするほうがいい。
 だから、みんなのためになにかおやくてたら、みんなをしあわせにしてるんだし、そのひとしあわせが自分じぶんおおきいしあわせになっているのです。みんながそうなったら極楽ごくらく世界せかいです、それをみんな目指めざしているはずなのです。


      業想念ごうそうねん」を

-ありがとうございます-
 業想念ごうそうねんもともとというのは、結局けっきょくどういうことですか。

ありがとうございます:
 感謝かんしゃわすれると、自分じぶん使つかった言葉ことばとかおもったことがされていかない。のこっていって、それが積み重つ かさなって「業想念ごうそうねん」となるのです。感謝かんしゃつづけていたらあたらしくわって、どんどんされていくとおもいます。ふるいものがされたら、あたらしいものにわるから、のこっていくものはなにもありません。
 これが、感謝かんしゃがないとわらない、ふるいものをして、あたらしいものにえてもらえないのです。そのぶんだけふるいものがのこっていくと、そのときくてもふるいものは必要ひつようなくなって、不要ふようなものになって「業想念ごうそうねん」というマイナスにわる。だから、感謝かんしゃがあるかないかなのです、感謝かんしゃわすれた途端とたんに、業想念ごうそうねんみだしつづけるのです。

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」をっているとき、最初さいしょ純粋じゅんすい感謝かんしゃ気持きもちで、おかげさまでとおもってっているのですが、ってるうちになに業想念ごうそうねん引っ張ひ ぱられて「なんとかしてくれ」とか、「なにこらんかなあ」などと、先程さきほどわれていたように、自分じぶんだけがりきんでやっている状態じょうたいがあったのです。しばらくしてづくのですけど、そこへはまりんだときに、抜け出ぬ だなにかありますか。

ありがとうございます:
 一回いっかい感謝かんしゃわすれてしまって、渦巻うずま業想念ごうそうねん巻き込ま こまれたとき本当ほんとうくるしさをあじわって、「そこからけたい」という気持きもちになって、それで抜け出ぬ ださせてもらったとき本当ほんとうよろこびがわかったら、「自分じぶんはどっちをえらぶか」がまります。しあわせなほうを選び取えら とろうとしたときは、かならかみさまはたすけつづけます。ただ、おおきい業想念ごうそうねん一回いっかいつづけたかぎりは、やっぱり自分じぶん責任せきにんでそれをしていかないといけない。

 そういう意味いみだったら、一度いちどかみさまにたのんだからといって自然しぜん全部ぜんぶしてもらえるなんて、そんなあまくはない。めたものは順番じゅんばん表面ひょうめん浮かび上う  あがらせては、自分じぶんなかかみさまのたすけをけて、どんどんしていくのです。そとからパッとしてもらうんじゃなしに、自分じぶん能力のうりょくちからをどんどんけないといけない。「どれだけおおきいマイナスがあってもせる」というぐらいのおおきいちからがあるほうが、自信じしんができて本物ほんものになります。そして、いつもかみさまにまもられているという実感じっかんつよくなります。
 そういう意味いみで「能力のうりょくけている」というように、何回なんかいもそれを練習れんしゅうすることによって、ちからきます。それもおおきいかみさまからのプラスのプレゼントです。

-ありがとうございます-
 浮かび上う  あがることによって?

ありがとうございます:
 そう、たのしんで。それは何時いつまでもつづくんじゃない、いましばらくたのしんで、そのうちに「かばないじゃないの」と文句もんくう。はははは。


    まもられている」実感じっかんをもつには

-ありがとうございます-
 いまはなしからむのですけど。浮かび上う  あがってきたときに「ありがとうございます」とってすということは、やっぱり他力本願たりきほんがんてきになっているのですか?

ありがとうございます:
 そういうなかで「ありがとうございます」とかみさまをべたらだいしたものなのです。普通ふつう浮かび上う  あがったら、なかなかべない。べなくても大丈夫だいじょうぶです、かならかみさまのたすけがはいってきて、あとからべるようになったときに、過去かこもぜんぶせます。いろんな意味いみ訓練くんれん勉強べんきょうをさせてもらって、それがぜんぶおおきいプラスにわってくるのです。
 本当ほんとうは、かみさまのまもりが無限むげん無限むげんおおきいのです。しあわせへの最短さいたんコースをあゆむようにって、どんなときにもまもりにまもられています。本当ほんとうなに心配しんぱいないのです。

-ありがとうございます-
 いつも「かみさまがまもってくださっている」という実感じっかんつには?

ありがとうございます:
 だから言葉ことばで「いつもかみさまにまもりにまもられている」とうと、まもりが実感じっかんできるようになってくる、言葉ことばどおりになってきます。いつもかみさまのまもりのなか自分じぶんけます、だから、不安ふあんがなくなる、こころやすらぎがどんどんおおきくひろがります、本当ほんとう安心立命あんしんりつめいられるのです。

 かみさまはおおきくプラスが実現じつげんするのをたすけるけど、マイナスの実現じつげんたすけることはない。ちょっと失敗しっぱいしてマイナスの言葉ことばをいっぱい使つかっても、プラスの言葉ことば使つかおうとして使つかはじめたら、プラスの応援おうえんおおきいから、マイナスの実現じつげんおさえてプラスのほうあらわしてくれるのです。
 つねかみさまのまもりは無限むげん無限むげんおおきい。そのかみさまのまもりを、やっぱり言葉ことばにして繰り返く かえせば心配しんぱいはなくなります。自分じぶんちからでプラスの言葉ことば使つかったら、プラスのことが実現じつげんし、マイナスの言葉ことば使つかったらマイナスが実現じつげんしててくるというのだったら、法則ほうそくてきはたらきはそうかもしれないけど、かみさまのあいはたらきはそこへていません。

 かみさまは、法則ほうそくどおりだったらつめたい。でも、法則ほうそくであると同時どうじに、あいかたまりみたいなものです。かみさまは、マイナスはおさえて、プラスを実現じつげんしようとしてきます。ただ、ひと自由じゆう意志いしをしっかりプラスヘけさせようというのはあります。そのための方便ほうべんてき一時的いちじてき勉強べんきょう材料ざいりょうあたえてくるけど、かならずプラスヘ()きを()えてくれるのです。最短さいたんコースでしあわせが実現じつげんするようにしてくれます。
 だから、そういうふうになに機会きかいがないと、ここへもられない。ここへなに必要ひつようなものをるのも、最短さいたんコースかもれない。だから、かみさまはすっとよこしたのかもしれない。きっかけはるにらない、つまらんものかもれないけど、かみさまのほうからると、いろんな意味いみがあるのです。かみさまはもっとおおきいプレゼントを用意よういしているのです。

               
ありがとうございます
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