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()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつ20にち No.1



       本物ほんもの受け入う いれるには
  *あたくしてからける、そしてまたあたくす*


ありがとうございます:
 あたらしい世紀せいきはいって本物ほんものもとめる時代じだいになったとわれています。本物ほんもの時代じだいというのは、かみさまの御心みこころ最高さいこうのものがりている時代じだいということです。かみさまの御心みこころというのは、無限むげん無限むげんのプラスそのもので、このにあるようなものじゃないのです。最高さいこう理想りそう姿すがたがこの現実げんじつしてきたら「かみさまの御心みこころのままに」といえるけど、まだまだいままでの時代じだい姿すがたでは程遠ほどとおいのです。

 これからは本物ほんもの時代じだいはいってくると、そのためになに必要ひつようかというと、本物ほんものかみさまがみんなのなかに、一人一人ひとりひとりなかはいってこないといけない。それが、どこからはいってくるのかというと、そとからじゃない、なかからがってくるのです。本当ほんとうかみさまのたすけは、たなから牡丹餅ぼたもちがポンとちるような、そとからあたえてもらうたすけは偽物にせものです。本当ほんとうかみさまのたすけというのは、なかからがってくるちからです。

 どんな難問なんもんだいでもみぎひだり解決かいけつできるちからです。それが最高さいこう理想りそう現実げんじつする本物ほんものちからです。その本当ほんとうちからがみんなのなかからがってくるようになるには、そのため必要ひつようなことは、ず「ありがとうございます」とかみさまをばないといけない。「ありがとうございます」は、究極きゅうきょくかみで「かみさまの名前なまえ」であり、本当ほんとうかみさまの最後さいご名前なまえなのです。「ありがとうございます」ととなえたら、本物ほんものかみさまがすっとたすけにはいってきます、ぎゃくうと、たすけにはいってもらった結果けっかが「ありがとうございます」というふうにてくるのです。

 そして、「本物ほんものたすけを受け入う いれよう」という気持きもちがあったら、もう間髪かんぱつれずサッとたすけがるのです。そういうひとは「ありがとうございます」と、こころとなえられるようにわってきます。ここにひとはみんな「ありがとうございます」をえるひとだから、かみさまの本当ほんとうたすけを受け入う いれようと、こころさだめたひとです。そういうひとには、かみさまはすっとたすけにはいって、おおきくたすつづけてきてくれているのです。
 かならず、本物ほんものかみさまがなかからがってきて、本当ほんとう自分じぶんかがやいてくるのです。それには、そとたよるといけない、学校がっこう勉強べんきょうでもそうです、試験しけん問題もんだいがあるごとに、ひと解決かいけつしてもらっても意味いみがない。自分じぶん実力じつりょくでせんぶ百点満点ひゃくてんまんてんになっていかないといけない。

 また、問題もんだいひとあずけるといけない。自分じぶんあたえられた問題もんだいは、自分じぶん能力のうりょくを、ちから引き出ひ だすための課題かだいなのだから、それに一生懸命いっしょうけんめい取り組と くまないとそんをします。どんな問題もんだいでも自分じぶん問題もんだいとして解決かいけつしていくのがいい。そうすると、なかから本物ほんものちからかみさまのちから」がてきます。他人ひと問題もんだいでも、「自分じぶん問題もんだい」として取り込と こむぐらいがいいのだけど、勝手かって他人ひと問題もんだい自分じぶん解決かいけつしてしまって、他人ひと勉強べんきょう邪魔じゃまをするのはいけないですね。そうでしょう。他人ひと問題もんだいってしまうといけない。そう意味いみでは勝手かってなことはできないけど、みんなの勉強べんきょうを、自分じぶん勉強べんきょうとして勉強べんきょうするのはかまわない。

 だから、自分じぶんにとって、すべてが自分じぶんあたえられた勉強べんきょうというふうにけるのがいい。そして、どんな問題もんだいでも即座そくざ解決かいけつできるぐらいのちからなかからもらいます、自分じぶんなか本当ほんとうかみさまがいるのだから、そのかみさまを引っ張り出ひ ぱ だすのです。それは、もう「ありがとうございます」とこころとなつづけながら、「あたえてあたえてあたつくす」というように、自分じぶんちからくさないといけない。そのときなかからきあがるようにてくるのです。
 丁度ちょうど井戸いどおなじです。井戸いどみずそとせばすほど、なかからあたらしいきれいなみずきあがってきます。井戸いどなかへ、そとみず放り込ほう こんだらにごってしまう、よごれがまっていきます。だから、自分じぶんなかのものをぜんぶあたくしていくと、どんなちからでも、能力のうりょくでも、なんでも「すべてをあたえてあたえてあたくして」はや循環じゅんかんさせるほうがいいのです。そうすると本物ほんものかみさまのちからがいくらでもなかからきあがってきます。それが一番いちばん本当ほんとう自分じぶん引き出ひ だ最短さいたんコースになります。

 だから、「ありがとうございます」ととなえながら全力ぜんりょくくすというのが大事だいじなのです。それも「あたえてあたえてあたくさないと」、おかえしをもとめずにあたえないとそんします。ぎゃくにおかえしは、拒絶きょぜつするぐらいのほうがいい、もらったらそんするぐらいのほうが…。それでもける必要ひつようのあるときは、けてあげるのも大事だいじなのですけど。ただ、「そとからけたぶんそんする」のを、覚悟かくごしとかないといけない。「自分じぶんなかからあたえたものだけが、本当ほんとうかみさまのちから引っ張り出ひ ぱ だす」これからは、そういう時代じだいになってきています。
 かみさまがなかからて、かがやて、本当ほんとう自分じぶんえてくれる時代じだいなのです。本当ほんとう最高さいこう表現ひょうげん極楽ごくらく世界せかいというのが、そういうあたくしいの世界せかいなのです。ず、自分じぶんかみさまのために「すべてをあたえてあたえてあたくす」。そしたら、かみさまが宇宙うちゅう全体ぜんたい自分じぶんあたくしてくる姿すがたをとるのです。もとめるこころ一切いっさいない世界せかいが、かみさまの最高さいこう表現ひょうげん世界せかいです、それが本当ほんとう理想りそう世界せかいです。

 いままでは、もとめるこころというのをっていたとおもうから、いろいろくるしんだのです。もとめるからくるしむのです。今度こんどは、それを積極的せっきょくてきに「あたえるこころ」できるのです、そうするともとめるこころえてしまう、もとめるこころしたら、あたえるこころきるのです。あたえるこころきたら、もとめるこころえていきます。だから、前向まえむきにあたえることだけをこころがけます、そうしたら、もとめるこころなんか相手あいてにしなくってむのです。そして、どんどんどんどんかみさまのたすけをけてあたえるほど、よろこびが、しあわせがてくるようになります、それがこれからのいきかたなのです。

 ボランティアというのは、むくいをもとめずあたえるこころです。おかえしをもとめたらボランティアとはえない、だから、むくいをもとめずにあたえるところに、本当ほんとうのものがてくるという時代じだいなのです。それがしあわせへの最短さいたんコースだから、ボランティアが、本当ほんとう奉仕ほうししゃが、これからどんどんえてくるとおもいます。
 とくに、過去かこせいこころにいっぱいマイナスを積み重つ かさねているひとおおいのです。こころのマイナスを最短さいたんコースというのが、この自分じぶんかみさまにささくし、自分じぶんのマイナスをかみさまに引き受ひ うけてもらう。そうするとはやえます。ところが自分じぶんなかめておいて、自分じぶんちからそうとおもってもなかなかえない。とくに、マイナスというのは利息りそくたか借金しゃっきんみたいなものです。いつのにかふくらんでしまうから、それはもうかみさまにあずけるのが一番いちばんいい。かみさまにあずけていけば、もう簡単かんたんえていきます。だから、本当ほんとう意味いみでボランティアがいいのです。

 本当ほんとう意味いみのボランティアは、ひとヘのボランディアじゃなしに、「かみさまへの奉仕ほうし」が、しあわせへの最短さいたんコースになります。ひとに、もの親切しんせつあたえても、自分じぶんってるマイナスはしてくれません、ぎゃくに、ひとにマイナスをかぶせるだけです。ひとあたえたぶんは、跳ね返は かえってきます、親切しんせつごかしになんぼボランティアをしても、ぎゃく反発はんぱつらうのがオチです。
 それは、マイナスをちからのないひとあたえてもしてもらえない、やっぱリかみさまにけないといけない。かみさまへ奉仕ほうしするというのは、おおきく全体ぜんたい奉仕ほうしすることです。個人こじんけるんじゃなく、全体ぜんたいあたくすという気持きもちですると、かみさまが引き受ひ うけてくれます。そしてマイナスをしてプラスにえて、あたかえしてくれるから、どんどんらくにしてもらえるのです。


      親王しんのうさい
   (ありがとうございます祭)
 今日きょうの、親王しんのうさいというのも、惟喬これたか親王しんのうさんというのは、むかしは「皇大明神すめらだいみょうじん」ともいわれました。皇室こうしつまれたからじゃなく、宇宙うちゅう絶対ぜったいしん御心みこころをしっかり把握はあくしたひとだったのです。「すめら」というのは、「(すめ)(たか)(あま)(はら)(みこと)」というりゃくなのです。「(すめ)(たか)(あま)(はら)(みこと)」というのは、宇宙うちゅう絶対ぜったいしんのことです。宇宙うちゅう絶対ぜったいしんこころ体現たいげんしている、あらわしているひとを「(すめら)(みこと)」というのです。だから、天皇陛下てんのうへいかのことも「(すめら)(みこと)」ともいうのです。真理しんりさとったひとも「(すめら)(みこと)」ともいいます。お釈迦しゃかさまや、キリストのこともそうです。

 だから、みんなもそうなのです、感謝かんしゃぎょうをして奉仕ほうししているうちに、本物ほんもの自分じぶん置き換お かわってくる、うたら、宇宙うちゅう絶対ぜったいしん御心みこころ体現たいげんします。そしたらみんな「(すめら)(みこと)」です。「(すめら)」というのは、言霊ことだまてきても素晴すばらしい言葉ことばなんです。

 今日きょう御陵ごりょうというのは「すめら聖地せいち中心ちゅうしん」なのです。全体ぜんたいおおきいひかりはしらっている場所ばしょです。ひかりは、ほそひかりじゃないから、絶対ぜったいひかりだから、つつまれてしまうから、えない。ひかりはしらなかはいったらえません。ただ、ものすごひかりはしらっています。
 かみさまのひかりというのは、必要ひつようなだけのたすけをける自由自在じゆうじざいひかりなのです。だから、やわらかいひかり必要ひつようひとにはやわらかくかんじるし、きびしいひかりつよひかりしいひとにはつよひかりかんじる場所ばしょです。だから、あの山一やまいったいがすっとこころ澄み切す き場所ばしょになっています。あまりよごれのないところなのです。とくに、お金儲かねもうけとか、よくひとは、はじきされる場所ばしょです、あそこは、お金儲かねもうけは出来できない場所ばしょなのです。

 前向まえむきにあそこを活用かつようして、これからみんなでおおきいはたらきをさせていただこうということで、一応いちおう意見いけんがまとまったし、これからあそこを活用かつようさせてもらうようになっていくとおもいます。
 いろんな問題もんだいはあっても、ほかたよってたらまえすすまないから、自分じぶんなかちから振り絞ふ しぼって、本当ほんとうかみさまのたすけをけたら、どんどんどんどんみちひらけるし、最高さいこう理想りそう現実げんじつしてけます。ぎゃくうたら、問題もんだいあたえてもらうほうしあわせです。その問題もんだい取り組と くんで本物ほんもの引っ張り出ひ ぱ だしてもらうのです。

 ここへ今日きょうられたのも偶然ぐうぜんでもなんでもない、みんなそういう使命しめいってられています。どの場所ばしょても、かみさまのひかりのネットワークで、みんなのこころはつながっているから、自分じぶん一人ひとりのいきかたが、全体ぜんたいおおきいちからあたえるます。そういう意味いみ大事だいじなのです。たまに、あつまるというのもいいのです。
 惟喬これたか親王しんのうさんの「親王しんのうさい」というのをこれからおこなうように、毎年まいとし七月しちがつ二十日はつか海の日うみ ひ予定よていをしています。まあ最低さいていねん一回いっかいあつまってしいとおもいます。それ以外いがいにも、これからおおきい運動うんどうを、本物ほんもの発信はっしんするひとと、いろんな分野ぶんや本物ほんもの発信はっしんするひと大勢おおぜいあつまって、みんなで協力きょうりょくって、世界せかい最高さいこう理想りそう姿すがたえてきたいのです。みんなとしてこうとおもうので、よろしくおねがいします。ありがとうございます。

-ありがとうございます-
 このあいだ、あるヒーラーのかたとおにかかったら、二〇〇一にせんいちねん七月しちがつ特別とくべつつきだといろんなかた予言よげんされているといたのですけど。そうなのですか?七月しちがつというのはなに時代じだいわるとか。

ありがとうございます:
 それは、いろんな考え方かんが かたがあってもいいのです。無限むげんちが考え方かんが かたがあってもいいのだけど、ただ、どれを受け入う いれるかでしょう。いいものをどんどん受け入う いれたらいいだけです。本当ほんとうは、もう一瞬いっしゅん一瞬いっしゅんいいものを受け入う いれていくのが一番いちばん理想りそうです。最高さいこうのものを受け入う いれていけばいいだけで、固定こていするそういうしばりの予言よげんなんてあんまりたいしたことないのです。「日々ひびこれ好日こうじつ」というのがいいのでしょう。つねに、くなるだけです。

 それもひとつのかんがえとしては、べつ間違まちがっているとはえないし、いかもれない。でも、もっともっといい生き方いきかたがたくさんあったら、そっちのほうこころけるのも大事だいじです。みんなプラスにけたら「七月しちがつもいいことがこる、八月はちがつももっといいことがこる、九月くがつはもっともっといいことがこるかもれない」というのがいい。


      かみさまへの奉仕ほうしとは
      
全体ぜんたいへの奉仕ほうし


-ありがとうございます-
 先程さきほどかみさまにたいしてのご奉仕ほうし一番いちばん大切たいせつだというようなことをおっしゃったのですけども、かみさまへのご奉仕ほうし具体的ぐたいてき事例じれいを、ちょっといくつかしめしていただきたいのですが。

ありがとうございます:
 かみさまってどこにいるかというと、べつ宗教団体しゅうきょうだんたいにいるんじゃないのです。だから、宗教団体しゅうきょうだんたい奉仕ほうしするのではありません、かみさまに奉仕ほうしというのは、かみさまという全体ぜんたいなのです。全体ぜんたいへの奉仕ほうし。だから、世界せかい平和へいわとか、ぜん人類じんるいしあわせとか、全体ぜんたいしあわせのためになにかさせてもらうことがかみへの奉仕ほうしたります。

-ありがとうございます-
 それは「ひとたいしてだけのご奉仕ほうしではない」とうことですか?

ありがとうございます:
 すべてをかみさまのあらわれと奉仕ほうしさせてもらうのです。

-ありがとうございます-
 ということは、自分じぶんこころ内側うちがわからかみさまにたいして感謝かんしゃする?

ありがとうございます:
 ず、かみさまに感謝かんしゃ必要(ひつよう)です。すべてがかみさまのあらわれとけること。みんなへの奉仕ほうしというのは、そのかみさまのあらわれへのご奉仕ほうしです。そうすると、かみさまとのこころこうりゅうこって、自分じぶんのマイナスはプラスに置き換お かえてもらえて、どんどんしあわせをおおきくしてもらえます。
 でも、かみさまを無視むしすると、かみさまとこうりゅうこらないから、現実げんじつても、かみさまのあらわれとはえない。「なにか、マイナスのおおひと」とえてしまいます。その姿すがたこうりゅうしたら、相手あいてのマイナスをもらうばかりで、また、自分じぶんのマイナスも相手あいてにかぶせるだけでわってしまいます。だから、ず、かみさまとこうりゅうするというのが大事だいじです。そういう意味いみで、かみさまへの奉仕ほうしですね。感謝かんしゃしながらみんなにくしていくというのがいいのです。


      おが教育きょういく

-ありがとうございます-
 子供こどもそだてるうえ大切たいせつなことがありましたら。-

ありがとうございます:
 一番いちばんいいのは、そとから自由じゆうしばってかたにはめるんじゃなくて、本当ほんとう教育きょういくというのは、いものを引っ張り出ひ ぱ だすことなのです。「おがむこと」が一番いちばん教育きょういく根本こんぽんだとおもいます。「みんなかみさまのあらわれ」、「無限むげん無限むげん素晴すばらしいんだ」というふうに自分じぶんおがしていくのが、本当ほんとう意味いみ教育きょういくです。

 だから、「感謝かんしゃする」というのがいい。感謝かんしゃしているうちに、みんないい姿すがた自分じぶんたいしてせてくださいます。子供こどもしたてどうこうするんじゃない、ぎゃくに、「かみさまが子供こども姿すがたって、自分じぶんしあわせにしにてくださっている」というぐらいにおがんでいると、もう、いい姿すがたばかりせてくれてしあわせをおおきくしてくれるのです。
 そしたら、もう「教育きょういくする」というよりも、ぎゃくに「教育きょういくされている」かんじになるかもれない。子供こどもによって自分じぶんおおきくみがいてもらって、しあわせをさせてもらって、というかんじです。ぎゃくみたいだけど、子供こどもを「先生せんせい」とおもったほうがいいかもれないのです。


      ビジネスの適正てきせいかく利潤りじゅん
 
なにあたえたか、どれだけしあわせをあたえたのか*

-ありがとうございます-
 さっき「くして、かえしてもらわないほうがいい」とおっしゃいましたよね。そうすると、わたしもビジネスとしてやっているのですけれど、我々われわれ常識じょうしきでは、適正価格てきせいかかくというのが一番いちばんただしいというのです。適正価格てきせいかかくも、もらわないほうがいいんでしょうか?

ありがとうございます:
 たとえば、場所ばしょりたりするでしょう。自分じぶんりてするんだったらおかねるでしょう。それを「参加さんかするひとりてもらっている」というかんじだったら、そのひとがおかねしてりてくれているというのだったら、べつにいいでしょう。必要ひつよう経費けいひ報酬ほうしゅうとはちがいます、「させてくださっている」というのだったら、「もう、自分じぶん関係かんけいない」というふうにたほうがいいでしょう。そういう部分ぶぶん必要ひつよう経費けいひは、「みんながそれを負担ふたんしてくださってありがとうございます」というような気持きもちでいいのです。
 ただ、自分じぶんとしたらあたくすだけで、もし自分じぶん必要ひつようなものだったら、「かみさまからそのひととおしてプレゼント」というくらいにけてもいいのです。「部屋へやりて、みんなのお手伝てつだいをさせてもらって、わたしわりにおかねあずかってお支払しはらいするんだ」というぐらいだったらいいんじゃない。

-ありがとうございます-
 そのなかに、人件費じんけんひとかそういうこともふくめて?

ありがとうございます:
 あくまでも、自分じぶん無報酬むほうしゅうはたらいて、かみさまから必要ひつようなプレゼントをけているということです。そしたら、気持きもちがすっきりするでしょう。

-ありがとうございます-
 ものっているかただったら、そのものたいしてプラスアルファ利潤りじゅん、というのをのせて適正価格てきせいかかくにするのですけど。わたしは、ものるのじゃなく、たとえば、ノウハウりょうというんでしょうか、それには利潤りじゅん部分ぶぶんはのせないほうがよく、最低さいてい必要ひつよう経費けいひだけのほうがいのでしょうか?

ありがとうございます:
 プラスアルファをければいのだけど、プラスアルファはおかねじゃなく「感謝かんしゃ気持きもちだけ」というようにしておけばいい。ひとには「あたえたい」という気持きもちがあるでしょう。自分じぶんひとあたえたい気持きもちで「あたくそう」とするわけでしょう。
 参加さんかしたひとも、しあわせをかんじて感謝かんしゃこころなにかおれいをして「あたくしたい」とおもったら、その気持きもちはひかりだから、けてあげないとひかり交流こうりゅうにならない。ひかりはたくさんもらうほうがいいのです、めておいて、無理むりやりるのは、ひかりがなくても受け取う とってしまいます。そういうのはもう必要ひつようないです。ひかりひかりのやりりだったら、おたがいのひかり交流こうりゅうするほど両方りょうほうくなります。

 これは極端きょくたん理想論りそうろんだけど、プラスアルファは「感謝かんしゃこころだけ、気持きもちだけでいい」というぐらいでもいいのです。それで循環じゅんかんすると、ひかり循環じゅんかんおおきくなっていくとおもいます。そこまで無理むり一足飛いっそくとびにしなくても、あまりボロもうけはいらないのです。また、ひとおうじて自由じゆう自分じぶんはらってあげてもいいし、おかねがたくさんあるひとからもらってあげてもいいし、ひとには無償むしょうにしてあげてもいい。

 本当ほんとう貸し借か かりはながないとわからない。いま、おかねをもらったけど、何時いつしをかえしてもらっているのか、わからないのです。それがまたりかもれないし。過去かこにたくさんしてあったのを、いまかえしてもらっているんだったら、もらっていいかもしれないし、ぎゃくにまだ自分じぶんが)かえしている途中とちゅうなのかもしれない。だから、表面ひょうめん姿すがたでは、なかなかわからない。プラスアルファは「あなたまかせ」というのが一番いちばん理想りそうなのです。一番いちばん理想りそうなんだけど、そのへんはもうほどほどでいいのです。

-ありがとうございます-
 いままでは、わたし一人ひとり十五じゅうご年間ねんかんやってきたことなのです。料金りょうきんかたは、カルチャ教室きょうしつでやっているので、カルチャ教室きょうしつがちゃんと適正価格てきせいかかくめてくれて、わたしはそれをけていたらよかったのです。いま十五じゅうごねんもやってきたことをもっとたくさんのひといてもらうために、全国展開ぜんこくてんかいというようなうごきがてきて、ビジネスの得意とくい女性じょせいが「面白おもしろいからやらせて、やりたい」とっててくださって、おまかせしているのです。
 わたしはおかね計算けいさんとかビジネスが出来できないほうなんで、非常ひじょうにいいカップルなのですが、彼女かのじょほうは、きちきちと利益りえきものせて、経費けいひかんがえてくれて価格かかくしてくれていますから、わたし適正価格てきせいかかくもどそうとしてしまうと「それでは、おおきくなっていかないし、ひとやとえない、スタッフのお給料きゅうりょうとかボーナスがせないでしょう」と、いつも彼女かのじょからおこられてるのです。それはそれで「すごくありがたいんかなあ」とおもいつつ、まえたおはなしは、「おかねがない」ないけどわたしはなしひろめたいからんでくださるというケースもてくるわけですよね。それをどう噛み合か あわせていくのかがわたしはわからなくって…。

ありがとうございます:
 時間じかんいてるんだったら、自分じぶんいた時間じかんかすのがいいことです。なかからかみさまのたすけをおおきくいただくチャンスだし、ただ、相手あいてひとかしてあげないといけないでしょう。

-ありがとうございます-
 システムとして、定価ていかやぶってしまうという例外れいがいつくってしまいます。

ありがとうございます:
 それもかしてあげないと。それもべつ否定ひていする必要ひつようもないし、否定ひていするといけない。そのひとのいきかたを否定ひていするのは間違まちがいです。そのひとはそのひとでいろんな勉強べんきょうをしているんだし、そういういきかたでなにまなぶとこがおおいとおもうし、また、しあわせのみちっているともえるし。だから、大事だいじなのは全部ぜんぶきるみちです。

-ありがとうございます-
 彼女かのじょにシステムはつくってもらうことにして・…

ありがとうございます:
 それはそれでそのまままかせて、自分じぶん自分じぶんでそのなかにはまりまんでいいでしょう。そのなかに、はまるときもあってもいいけど。ただ、ほか自由じゆうないきかたもプラスしてなんばいきたほうがいいのです。

-ありがとうございます-
 私共わたしどもは、ちょっと高額こうがく商品しょうひんあつか会社かいしゃ経営けいえいしておりまして、さっきの女性じょせいかたもおっしゃっていました、利益りえきとらかたなやみがあるのです。いただけるものを素直すなおにすっといただくというかたちでは、従業員じゅうぎょういんかかえています。簡単かんたんえばおかね問題もんだいなのですが、あるしゅ客様きゃくさまゆめ実現じつげんさせていただいて、それを結果けっかとして、いただいたというかたち事業じぎょう展開てんかいできれば、それはそれですご気分的きぶんてきらくなのですね、そのへんなやみがあるのです。
 やはり会社かいしゃ経費けいひをのせたかたち何千なんぜんまんという費用ひようがあるのです。それだけたかくなってしまいます。そのお客様きゃくさま現金げんきん出来できるものではないので、おかねりていただいてという、ひとつのくるしみみたいなものがあったうえぼくらの商売しょうばい()っているのです。そのへんがこの四五しごねんすごなやみなのです。また自分自身じぶんじしん事業じぎょうすすめていくうえに、資金繰しきんぐりが非常ひじょうつらいなあとおも気持きもちが、このごろあるのですね。そのへん利益りえきてきとらかた利潤りじゅんという考え方かんが かたすこおしえていただけませんか?

ありがとうございます:
 いろんなかたちで、そういう問題もんだいあたえられてみんな勉強べんきょうしているのですけど。それは、もうすっきりしたとき卒業そつぎょうなのです。ただ、おかねと、実際じっさいひとあたえたものがあたかえされるというのは、本当ほんとう因果いんが理法りほうとはちょっとちがうのです。

 因果いんが理法りほう厳然げんぜんはたらくのです、だれたいしてでも、あたえたものあたかえされる。それはもう厳然げんぜんとしています。だから、なにあたえたかという、どれだけひとしあわせにしたかという、こっちが大事だいじなのです。そしたらもうおかね関係かんけいなしに、あたえたものはかならあたかえされてくるのです。タダであたえたらタダでかえってくるし、おかねをもらったらそのおかねおなじものを買い戻か もどすわけです。これはもう厳然げんぜんとしています。

 バブルの崩壊ほうかいというのは、たとえば、やす土地とちたかって、おかねをたくさんもうけたでしょう。本当ほんとう価値かちあるものをあたえてかえしてもらったんじゃない。ぎゃくに、それはやす土地とちたかったぶんは、みんな高利こうり借金しゃっきん背負せおったことになっています。借金しゃっきんしてまで賛沢ぜいたくしたら、あとが大変たいへんなのはわかっています。それを自分じぶん利益りえきだ、もうかったんだとおもって安易あんい使つかってしまうと、あとでそのけがまわってきているひとおおいのです。
 高利こうり借金しゃっきんをしてでもただしい使い道つか みちがあるんだったら、それは間違まちがいじゃない。もっとひとしあわせにかせるみちがあるんだったら、べつ借金しゃっきん絶対ぜったいしたらいけないということはないとおもうのです。やっぱり、そのへんのことがわからずにはいったおかねは、あぶくぜにになって無駄むだ使つかってしまうことがおおいのです。おかね金額きんがくじゃないのです。

 会社かいしゃ経営けいえいして、社員しゃいん従業員じゅうぎょういんのためにお給料きゅうりょうはらうんでも、はたらきがすくないのにたかいお給料きゅうりょうをもらったとこは、かなら問題もんだいこるのです。しあわせをつかめないのです、やっぱりあたえただけのしあわせしかつかめない。だから、おかねがくじゃないのです。高給取こうきゅうとりはかならずしもおおきいしあわせをつかめるんじゃないのです、ぎゃく場合ばあいおおいのです。
 一生懸命いっしょうけんめいはたらいているのにお給料きゅうりょうやすい、そのほうしあわせがおおきいのです。無駄むだ使つかかたはしないし、必要ひつようなだけに使つかうでしょう、とくうしなわない。それでいてかなら必要ひつようなものはあたかえされます。ところがはたらきがすくないのにお給料きゅうりょうだけがたかいというと、もうそこはやっぱり問題もんだいこります。そのはたらいたぶんすくないのに、たくさんあたかえされることは絶対ぜったいないのです。たかいお給料きゅうりょうをもらうと、やっぱり安易あんい贅沢ぜいたく使つかってしまいます、必要ひつようなことに使つかわずに、しいものを無駄むだなものに使つかってしまいます。そうするとそれが、借金しゃっきん積み重つ かさねた姿すがたをとって、あとで大変たいへんしんどいをします。

 世の中よ なかにいろんなひとがいても、本当ほんとう気付きづくまではどうしようもないのです。ただ、その気付きづきをはやくするのは、またかみさまのたすけをおおきくけるのは「ありがとうございます」と感謝かんしゃして、かみさまを受け入う いれたらいいのです。マイナスの循環じゅんかんがあっても「ありがとうございます」をそこにくわえたら、プラスの循環じゅんかん変化へんかします。
 おながくのお給料きゅうりょうをもらっても「ありがとうございます」とかみさまをとおしてけたぶんは、かならずどんなマイナスでもプラスに変化へんかします。プラスに変化へんかしたぶんなんばいもプラスになった、とくしたおかねなのです。だから、循環じゅんかんする姿すがたはそのままでいいじゃないですか、あとはプラスをかみさまにくわえてもらえばいい。そしたら、循環じゅんかんする過程かていひかりがどんどんみんなに振り撒ふ まかれるぶんだけ、自分じぶんひともみんなしあわせにしてもらえるのです。

-ありがとうございます-
 仕事しごとなか感謝かんしゃこころをひとつくわえて…。

ありがとうございます:
 うん、うん、そう、それで自然しぜんにみんながしあわせになっていくと、段々だんだん本当ほんとうのいきかたへもどります。


      しあわせになる一番いちばん近道ちかみち

-ありがとうございます-
 いただいたテープをきました。先生せんせい十六じゅうろくねんまれとか、わたし十八じゅうはちねんで、もうそろそろ定年ていねんです。わたし輪廻りんね転生てんしょうかんがえていまして、おきしたテープには輪廻りんね転生てんしょうはないとわれているのですが、どういうプログラムできたのかいうことがわたしにはわかりません。今日きょうのおはなしですと、すべてあたくせば、またなにかがてきて、そこからなにかがてくると、それが一番いちばん近道ちかみちだということなのですが、私自身わたしじしんとしては、そろそろ五十九ごじゅうきゅうですから、このわるについて、なにかをしたいとおもっています。今日きょうのおはなしのように「あたつくすことがすべてだと。そして、こころからてくるのが一番いちばん近道ちかみちだ」ということなのですか?

ありがとうございます:
 太陽たいようかみさまにたとえたときに、太陽たいようにまともにいているとき太陽たいよう中心ちゅうしんているときは、本当ほんとう最高さいこう表現ひょうげん感じ取かん とれるときです。ところが、視点してん太陽たいようからずうっとずらしていくでしょう。よこいているところが「この」みたいなものです。光源こうげんていないから、段々だんだんしたくと、地獄じごくほうきます、ひかり末端まったんです。だから「ありがとうございます」というときは、まともに太陽たいようるようなかんじで、かみさまをつめようというときなのです。

 そのときは、一番いちばんうえ最高さいこう表現ひょうげんけやすい状態じょうたいになるのです。だからいろんな無限むげん無限むげんのチャンネルの番組ばんぐみがあっても、最高さいこう番組ばんぐみこころいていくのです。そこにはもう輪廻りんね転生てんしょうなにもないのです。一瞬いっしゅん一瞬いっしゅん最高さいこう姿すがたあらわれるばっかり、それをなおすばっかり。ぎゃくにいうと、ちいさい自分じぶんえて宇宙うちゅう自分じぶんになっていきます。あたらしい宇宙うちゅう自分じぶんけたものが自分じぶんになっていきます。そうすると、おおきい自由自在じゆうじざい自分じぶんに、おおきい自分じぶんに、しあわせをつかんだ自分じぶんになるのです。

-ありがとうございます-
 それは「ありがとうございます」をっているうちに、どんどんあがっていくのですね?

ありがとうございます:
 だから、あたえるこころ最高さいこう番組ばんぐみなみなのです。本当ほんとうあたつくすというこころが、最高さいこう番組ばんぐみにピタッと波長はちょううのです。また、感謝かんしゃこころ最高さいこう番組ばんぐみにピタッと波長はちょううのです。両方りょうほうこころでしっかりきようとするだけで、番組ばんぐみがどんどんうえがって光源こうげんをまともにるようになるのです。

-ありがとうございます-
 「必要ひつよう必然ひつぜん」とは、たとえば、今日きょう先生せんせいがおっしゃった、偶然ぐうぜんじゃなくて必然ひつぜんだとかいわれます。なにかそのへんがわからないです。プログラムされていると、いたりんだりしますが、よくわからないのです。

ありがとうございます:
 一応いちおうまっているというのは、かみさまのつくった無限むげん無限むげんのチャンネルというストーリーは、これはぜんぶまっているのです。これはだれえられない。チャンネルを自分じぶんえらんで自由じゆうあじわえるというところに、ひと自由じゆうがあるのです。

 どんな運命うんめいでもチャンネルえらびは自由じゆうえらべます。その必然性ひつぜんせいというのは、そのひとこころ本当ほんとうねがったら、かならずその必要ひつようなものをかみさまは的確てっかくあたえます。たか番組ばんぐみもどりたいというねがいがたら、間髪かんぱつれず、かみさまのたすけがすっとはいっていくのです。必要ひつようたすけは、かみさまはつねあたえようと、しつづけてくださっています。これは必然ひつぜんなのです。もう、絶対ぜったい見逃みのがすことなしにたすけてくれます。

 ただ、自分じぶんが「自由じゆう勝手がってにしたい」というときは、そのひと自由じゆう尊重そんちょうするしかないので、かみさまは干渉かんしょうできない。「ひく番組ばんぐみたいなら、どうぞ」とうしかなく、地獄じごくまでって「地獄じごく番組ばんぐみあじわいたい」とうんだったら、もう地獄じごくまででもとします。これはもう強制きょうせいなに出来できない。そのひと自由じゆう意志いしまかせるしかないのです。
 そのひとひく番組ばんぐみから抜け出ぬ だしたいとか、たか番組ばんぐみたいというのだったら、かみさまの御心みこころ波長はちょうってくる。そのときは、もうかなら間髪かんぱつれずにたすけてくださる、必要ひつようたすけを的確てっかくあたえてくださる。「必要ひつようたすけ」というのは、そのときわせての必要ひつようたすけです。つよひかりれていないときには、やわらかいひかり順番じゅんばんたすつづけて、段々だんだんつよひかりらしてからつよひかりあたえてきます。それも必然的ひつぜんてき的確てっかくにです。

 ここへるというまえに、みんなはかならず「ありがとうございます」をかなりとなえてきて、れてきているはずです。それで「ありがとうございます」の本当ほんとう意味いみ確認かくにんできる自分じぶんになって、ここへているのです。だから、ちゃんと必然的ひつぜんてきかみさまがたすつづけて、自然しぜんみちびいてここへさせている。かみさまが必然的ひつぜんてきたすつづけている姿すがたをとっているのです。偶然ぐうぜんじゃない、かみさまの計画けいかくおおきくて、至れり尽いた  つくせりで、ずうっとまもつづけている結果けっかです。だから、最短さいたんコースをあゆんでいる、あゆませてもらっているはずです。

-ありがとうございます-
 守護しゅごれいさま、守護神しゅごじんさまが?

ありがとうございます:
 だけじゃない、本物ほんものかみさまです、すべてのすべてなるかみさまは、守護しゅごれいさまも守護神しゅごじんさまも自由自在じゆうじざい使つかいこなせます。本物ほんものかみさまは、守護しゅごれいさまを使つかときは、守護しゅごれいさまのたすけだけが必要ひつようなとき。守護神しゅごじんさまを使つかときは、もっとおおきいちからひかり必要ひつようなとき、自由自在じゆうじざいにどういう姿すがたでも使つかって、宇宙うちゅう全部ぜんぶ使つかいこなせるのです。それで必要ひつようたすけをあたえていくのです。

-ありがとうございます-
 ひく番組ばんぐみているときにはひく番組ばんぐみ応援おうえんしているかみさまもありますか?

ありがとうございます:
 ひく番組ばんぐみとおして、なにかプラスのたすけをあたえてくるのです。

-ありがとうございます-
 よく、憑依ひょういれいとかいいますが?

ありがとうございます:
 マイナスはちがいます、かみさまのたすけじゃない。たとえば、やくざの世界せかいはいったとするでしょう。やくざの世界せかい一番いちばんちからのあるのが親分おやぶんです。そのときは、親分おやぶんとおしてかみさまがはたらきます、いつもわる親分おやぶんでも、かみさまが使つかったら親分おやぶんになっていろいろだすけをしてくれる。どの番組ばんぐみのどんな姿すがたをもかみさまは使つかいこなせます。それはもう自由自在じゆうじざい使つかえるから、場合ばあいによったら動物どうぶつ使つかうかもれない。
 たとえば、ゆきっているところで遭難そうなんして「ああ、もう駄目だめだ」というときは、いぬかみさまに使つかわれてすくいにつかもれない。それはもう自由自在じゆうじざいかみさまはすべてを使つかいこなせるから、そういう意味いみたすけてくれます、必要ひつようたす