| ありがとうございます |
真祈り文庫
本物を受け入れるには
*与え尽くしてから受ける、そしてまた与え尽くす*
ありがとうございます:
新しい世紀に入って本物を求める時代になったと言われています。本物の時代というのは、神さまの御心、最高のものが降りている時代ということです。神さまの御心というのは、無限の無限のプラスそのもので、この世にあるようなものじゃないのです。最高理想の姿がこの世に現実化してきたら「神さまの御心のままに」といえるけど、まだまだ今までの時代の姿では程遠いのです。
これからは本物の時代に入ってくると、そのために何が必要かというと、本物の神さまがみんなの中に、一人一人の中に入ってこないといけない。それが、どこから入ってくるのかというと、外からじゃない、中から湧き上がってくるのです。本当の神さまの助けは、棚から牡丹餅がポンと落ちるような、外から与えてもらう助けは偽物です。本当の神さまの助けというのは、中から湧き上がってくる力です。
どんな難問題でも右、左に解決できる力です。それが最高理想を現実化する本物の力です。その本当の力がみんなの中から湧き上がってくるようになるには、その為に必要なことは、先ず「ありがとうございます」と神さまを呼ばないといけない。「ありがとうございます」は、究極の神名で「神さまの名前」であり、本当の神さまの最後に呼ぶ名前なのです。「ありがとうございます」と唱えたら、本物の神さまがすっと助けに入ってきます、逆に言うと、助けに入ってもらった結果が「ありがとうございます」というふうに出てくるのです。
そして、「本物の助けを受け入れよう」という気持ちがあったら、もう間髪を入れずサッと助けが来るのです。そういう人は「ありがとうございます」と、心に唱えられるように変わってきます。ここに居る人はみんな「ありがとうございます」を言える人だから、神さまの本当の助けを受け入れようと、心に定めた人です。そういう人には、神さまはすっと助けに入って、大きく助け続けてきてくれているのです。
必ず、本物の神さまが中から湧き上がってきて、本当の自分が輝いてくるのです。それには、外に頼るといけない、学校の勉強でもそうです、試験問題がある毎に、人に解決してもらっても意味がない。自分の実力でせんぶ百点満点になっていかないといけない。
また、問題を人に預けるといけない。自分に与えられた問題は、自分の能力を、力を引き出すための課題なのだから、それに一生懸命取り組まないと損をします。どんな問題でも自分の問題として解決していくのがいい。そうすると、中から本物の力「神さまの力」が湧き出てきます。他人の問題でも、「自分の問題」として取り込むぐらいがいいのだけど、勝手に他人の問題を自分が解決してしまって、他人の勉強の邪魔をするのはいけないですね。そうでしょう。他人の問題を取ってしまうといけない。そう言う意味では勝手なことはできないけど、みんなの勉強を、自分の勉強として勉強するのは構わない。
だから、自分にとって、全てが自分に与えられた勉強というふうに受けるのがいい。そして、どんな問題でも即座に解決できるぐらいの力を中からもらいます、自分の中に本当の神さまがいるのだから、その神さまを引っ張り出すのです。それは、もう「ありがとうございます」と心に唱え続けながら、「与えて与えて与え尽す」というように、自分の力を出し尽くさないといけない。その時、中から湧きあがるように出てくるのです。
丁度、井戸と同じです。井戸の水は外へ出せば出すほど、中から新しいきれいな水が湧きあがってきます。井戸の中へ、外の水を放り込んだら濁ってしまう、汚れが溜まっていきます。だから、自分の中のものをぜんぶ与え尽くしていくと、どんな力でも、能力でも、何でも「全てを与えて与えて与え尽くして」早く循環させる方がいいのです。そうすると本物の神さまの力がいくらでも中から湧きあがってきます。それが一番、本当の自分を引き出す最短コースになります。
だから、「ありがとうございます」と唱えながら全力を尽くすというのが大事なのです。それも「与えて与えて与え尽くさないと」、お返しを求めずに与えないと損します。逆にお返しは、拒絶するぐらいの方がいい、貰ったら損するぐらいの方が…。それでも受ける必要のある時は、受けてあげるのも大事なのですけど。ただ、「外から受けた分は損する」のを、覚悟しとかないといけない。「自分の中から与えたものだけが、本当の神さまの力を引っ張り出す」これからは、そういう時代になってきています。
神さまが中から湧き出て、輝き出て、本当の自分に変えてくれる時代なのです。本当の最高表現の極楽世界というのが、そういう与え尽くし合いの世界なのです。先ず、自分が神さまの為に「全てを与えて与えて与え尽くす」。そしたら、神さまが宇宙全体が自分に与え尽くしてくる姿をとるのです。求める心の一切ない世界が、神さまの最高表現の世界です、それが本当の理想の世界です。
今までは、求める心というのを持っていたと思うから、いろいろ苦しんだのです。求めるから苦しむのです。今度は、それを積極的に「与える心」で生きるのです、そうすると求める心が消えてしまう、求める心を消したら、与える心が生きるのです。与える心が生きたら、求める心が消えていきます。だから、前向きに与えることだけを心がけます、そうしたら、求める心なんか相手にしなくって済むのです。そして、どんどんどんどん神さまの助けを受けて与えるほど、喜びが、幸せが湧き出てくるようになります、それがこれからのいきかたなのです。
ボランティアというのは、報いを求めず与える心です。お返しを求めたらボランティアとは言えない、だから、報いを求めずに与えるところに、本当のものが出てくるという時代なのです。それが幸せへの最短コースだから、ボランティアが、本当の奉仕者が、これからどんどん増えてくると思います。
特に、過去世で心にいっぱいマイナスを積み重ねている人が多いのです。心のマイナスを消す最短コースというのが、この自分を神さまに捧げ尽くし、自分のマイナスを神さまに引き受けてもらう。そうすると早く消えます。ところが自分の中に溜めておいて、自分の力で消そうと思ってもなかなか消えない。特に、マイナスというのは利息の高い借金みたいなものです。いつの間にか膨らんでしまうから、それはもう神さまに預けるのが一番いい。神さまに預けていけば、もう簡単に消えていきます。だから、本当の意味でボランティアがいいのです。
本当の意味のボランティアは、人ヘのボランディアじゃなしに、「神さまへの奉仕」が、幸せへの最短コースになります。人に、物や親切を与えても、自分の持ってるマイナスは消してくれません、逆に、人にマイナスをかぶせるだけです。人に与えた分は、跳ね返ってきます、親切ごかしになんぼボランティアをしても、逆に反発を喰らうのがオチです。
それは、マイナスを消す力のない人に与えても消してもらえない、やっぱリ神さまに向けないといけない。神さまへ奉仕するというのは、大きく全体へ奉仕することです。個人に向けるんじゃなく、全体へ与え尽くすという気持ちですると、神さまが引き受けてくれます。そしてマイナスを消してプラスに変えて、与え返してくれるから、どんどん楽にしてもらえるのです。
親王祭
(ありがとうございます祭)
今日の、親王祭というのも、惟喬親王さんというのは、昔は「皇大明神」ともいわれました。皇室に生まれたからじゃなく、宇宙絶対神の御心をしっかり把握した人だったのです。「皇」というのは、「皇高天原命」という略なのです。「皇高天原命」というのは、宇宙の絶対神のことです。宇宙絶対神の心を体現している、身に現している人を「皇命」というのです。だから、天皇陛下のことも「皇命」ともいうのです。真理を悟った人も「皇命」ともいいます。お釈迦さまや、キリストのこともそうです。
だから、みんなもそうなのです、感謝行をして奉仕しているうちに、本物の自分に置き換わってくる、言うたら、宇宙絶対神の御心を体現します。そしたらみんな「皇命」です。「皇」というのは、言霊的に見ても素晴らしい言葉なんです。
今日の御陵というのは「皇の聖地の中心地」なのです。全体に大きい光の柱が立っている場所です。光は、細い光じゃないから、絶対の光だから、包み込まれてしまうから、見えない。光の柱の中へ入ったら見えません。ただ、もの凄い光の柱は立っています。
神さまの光というのは、必要なだけの助けを受ける自由自在な光なのです。だから、やわらかい光の必要な人にはやわらかく感じるし、厳しい光強い光が欲しい人には強い光を感じる場所です。だから、あの山一帯がすっと心が澄み切る場所になっています。あまり汚れのないところなのです。特に、お金儲けとか、欲を出す人は、はじき出される場所です、あそこは、お金儲けは出来ない場所なのです。
前向きにあそこを活用して、これからみんなで大きい働きをさせて頂こうということで、一応意見がまとまったし、これからあそこを活用させてもらうようになっていくと思います。
いろんな問題はあっても、他に頼ってたら前に進まないから、自分の中の力を振り絞って、本当の神さまの助けを受けたら、どんどんどんどん道が開けるし、最高理想を現実化して行けます。逆に言うたら、問題を与えてもらう方が幸せです。その問題と取り組んで本物を引っ張り出してもらうのです。
ここへ今日来られたのも偶然でもなんでもない、みんなそういう使命を持って来られています。どの場所に居ても、神さまの光のネットワークで、みんなの心はつながっているから、自分一人のいきかたが、全体に大きい力を与えるます。そういう意味で大事なのです。たまに、集まるというのもいいのです。
惟喬親王さんの「親王祭」というのをこれから行うように、毎年、七月の二十日海の日を予定をしています。まあ最低、年一回は集まって欲しいと思います。それ以外にも、これから大きい運動を、本物を発信する人と、いろんな分野で本物を発信する人が大勢集まって、みんなで協力し合って、世界を最高理想の姿に変えて行きたいのです。みんなとして行こうと思うので、よろしくお願いします。ありがとうございます。
-ありがとうございます-
この間、あるヒーラーの方とお目にかかったら、二〇〇一年七月は特別な月だといろんな方が予言されていると聞いたのですけど。そうなのですか?七月というのは何か時代が変わるとか。
ありがとうございます:
それは、いろんな考え方があってもいいのです。無限に違う考え方があってもいいのだけど、ただ、どれを受け入れるかでしょう。いいものをどんどん受け入れたらいいだけです。本当は、もう一瞬一瞬いいものを受け入れていくのが一番理想です。最高のものを受け入れていけばいいだけで、固定するそういう縛りの予言なんてあんまり大したことないのです。「日々これ好日」というのがいいのでしょう。常に、良くなるだけです。
それもひとつの考えとしては、別に間違っているとは言えないし、良いかも知れない。でも、もっともっといい生き方がたくさんあったら、そっちの方へ心を向けるのも大事です。みんなプラスに受けたら「七月もいいことが起こる、八月ももっといいことが起こる、九月はもっともっといいことが起こるかも知れない」というのがいい。
神さまへの奉仕とは
*全体への奉仕*
-ありがとうございます-
先程、神さまに対してのご奉仕が一番大切だというようなことをおっしゃったのですけども、神さまへのご奉仕の具体的な事例を、ちょっと幾つか示していただきたいのですが。
ありがとうございます:
神さまってどこにいるかというと、別に宗教団体にいるんじゃないのです。だから、宗教団体に奉仕するのではありません、神さまに奉仕というのは、神さまという全体なのです。全体への奉仕。だから、世界の平和とか、全人類の幸せとか、全体の幸せのために何かさせてもらうことが神への奉仕に当たります。
-ありがとうございます-
それは「人に対してだけのご奉仕ではない」と言うことですか?
ありがとうございます:
全てを神さまの現れと見て奉仕させてもらうのです。
-ありがとうございます-
ということは、自分の心の内側から神さまに対して感謝する?
ありがとうございます:
先ず、神さまに感謝が必要です。全てが神さまの現れと受けること。みんなへの奉仕というのは、その神さまの現れへのご奉仕です。そうすると、神さまとの心の交流が起こって、自分のマイナスはプラスに置き換えてもらえて、どんどん幸せを大きくしてもらえます。
でも、神さまを無視すると、神さまと交流が起こらないから、現実を見ても、神さまの現れとは見えない。「何か、マイナスの多い人」と見えてしまいます。その姿で交流したら、相手のマイナスを貰うばかりで、また、自分のマイナスも相手にかぶせるだけで終わってしまいます。だから、先ず、神さまと交流するというのが大事です。そういう意味で、神さまへの奉仕ですね。感謝しながらみんなに尽くしていくというのがいいのです。
拝み出す教育
-ありがとうございます-
子供を育てる上で大切なことがありましたら。-
ありがとうございます:
一番いいのは、外から自由を縛って型にはめるんじゃなくて、本当の教育というのは、良いものを引っ張り出すことなのです。「拝むこと」が一番の教育の根本だと思います。「みんな神さまの現れ」、「無限に無限に素晴らしいんだ」というふうに自分が拝み出していくのが、本当の意味の教育です。
だから、「感謝する」というのがいい。感謝しているうちに、みんないい姿を自分に対して見せてくださいます。子供を下に見てどうこうするんじゃない、逆に、「神さまが子供の姿を取って、自分を幸せにしに来てくださっている」というぐらいに拝んでいると、もう、いい姿ばかり見せてくれて幸せを大きくしてくれるのです。
そしたら、もう「教育する」というよりも、逆に「教育されている」感じになるかも知れない。子供によって自分を大きく磨いてもらって、幸せを見させてもらって、という感じです。逆みたいだけど、子供を「先生」と思った方がいいかも知れないのです。
ビジネスの適正価格・利潤
*何を与えたか、どれだけ幸せを与えたのか*
-ありがとうございます-
さっき「出し尽くして、返してもらわない方がいい」とおっしゃいましたよね。そうすると、私もビジネスとしてやっているのですけれど、我々の常識では、適正価格というのが一番正しいというのです。適正価格も、もらわない方がいいんでしょうか?
ありがとうございます:
例えば、場所を借りたりするでしょう。自分が借りてするんだったらお金が要るでしょう。それを「参加する人に借りてもらっている」という感じだったら、その人がお金を出して借りてくれているというのだったら、別にいいでしょう。必要な経費は報酬とは違います、「させてくださっている」というのだったら、「もう、自分と関係ない」というふうに見たほうがいいでしょう。そういう部分の必要経費は、「みんながそれを負担してくださってありがとうございます」というような気持ちでいいのです。
ただ、自分としたら与え尽くすだけで、もし自分に必要なものだったら、「神さまからその人を通してプレゼント」というくらいに受けてもいいのです。「部屋を借りて、みんなのお手伝いをさせてもらって、私が代わりにお金を預かってお支払いするんだ」というぐらいだったらいいんじゃない。
-ありがとうございます-
その中に、人件費とかそういうことも含めて?
ありがとうございます:
あくまでも、自分は無報酬で働いて、神さまから必要なプレゼントを受けているということです。そしたら、気持ちがすっきりするでしょう。
-ありがとうございます-
物を売っている方だったら、その物に対してプラスアルファ利潤、というのをのせて適正価格にするのですけど。私は、物を売るのじゃなく、例えば、ノウハウ料というんでしょうか、それには利潤の部分はのせない方がよく、最低必要な経費だけのほうが良いのでしょうか?
ありがとうございます:
プラスアルファを付ければ良いのだけど、プラスアルファはお金じゃなく「感謝の気持ちだけ」というようにしておけばいい。人には「与えたい」という気持ちがあるでしょう。自分も人に与えたい気持ちで「与え尽くそう」とするわけでしょう。
参加した人も、幸せを感じて感謝の心で何かお礼をして「与え尽くしたい」と思ったら、その気持ちは光だから、受けてあげないと光の交流にならない。光はたくさんもらうほうがいいのです、決めておいて、無理やり取るのは、光がなくても受け取ってしまいます。そういうのはもう必要ないです。光と光のやり取りだったら、お互いの光が交流するほど両方が良くなります。
これは極端な理想論だけど、プラスアルファは「感謝の心だけ、気持ちだけでいい」というぐらいでもいいのです。それで循環すると、光の循環が大きくなっていくと思います。そこまで無理に一足飛びにしなくても、あまりボロ儲けはいらないのです。また、人に応じて自由に自分が払ってあげてもいいし、お金がたくさんある人からもらってあげてもいいし、無い人には無償にしてあげてもいい。
本当の貸し借りは長い目で見ないとわからない。今、お金をもらったけど、何時の貸しを返してもらっているのか、わからないのです。それがまた借りかも知れないし。過去にたくさん貸してあったのを、今返してもらっているんだったら、もらっていいかもしれないし、逆にまだ(自分が)返している途中なのかもしれない。だから、表面の姿では、なかなかわからない。プラスアルファは「あなた任せ」というのが一番理想なのです。一番理想なんだけど、その辺はもうほどほどでいいのです。
-ありがとうございます-
今までは、私一人で十五年間やってきたことなのです。料金の決め方は、カルチャ教室でやっているので、カルチャ教室がちゃんと適正価格を決めてくれて、私はそれを受けていたらよかったのです。今十五年もやってきたことをもっとたくさんの人に聞いてもらうために、全国展開というような動きが出てきて、ビジネスの得意な女性が「面白いからやらせて、やりたい」と言って来てくださって、お任せしているのです。
私はお金の計算とかビジネスが出来ないほうなんで、非常にいいカップルなのですが、彼女の方は、きちきちと利益ものせて、経費を考えてくれて価格を出してくれていますから、私が適正価格に戻そうとしてしまうと「それでは、大きくなっていかないし、人も雇えない、スタッフのお給料とかボーナスが出せないでしょう」と、いつも彼女から怒られてるのです。それはそれで「凄くありがたいんかなあ」と思いつつ、目の前に来たお話は、「お金がない」ないけど私の話を広めたいから呼んでくださるというケースも出てくるわけですよね。それをどう噛み合せていくのかが私はわからなくって…。
ありがとうございます:
時間が空いてるんだったら、自分の空いた時間を活かすのがいいことです。中から神さまの助けを大きく頂くチャンスだし、ただ、相手の人も活かしてあげないといけないでしょう。
-ありがとうございます-
システムとして、定価を破ってしまうという例外を作ってしまいます。
ありがとうございます:
それも活かしてあげないと。それも別に否定する必要もないし、否定するといけない。その人のいきかたを否定するのは間違いです。その人はその人でいろんな勉強をしているんだし、そういういきかたで何か学ぶとこが多いと思うし、また、幸せの道に乗っているとも言えるし。だから、大事なのは全部が活きる道です。
-ありがとうございます-
彼女にシステムは作ってもらう事にして・…
ありがとうございます:
それはそれでそのまま任せて、自分は自分でその中にはまり込まんでいいでしょう。その中に、はまる時もあってもいいけど。ただ、他の自由ないきかたもプラスして何倍も生きた方がいいのです。
-ありがとうございます-
私共は、ちょっと高額な商品を扱う会社を経営しておりまして、さっきの女性の方もおっしゃっていました、利益の捉え方に悩みがあるのです。頂けるものを素直にすっと頂くという形では、従業員も抱えています。簡単に言えばお金の問題なのですが、ある種お客様の夢を実現させて頂いて、それを結果として、頂いたという形で事業展開できれば、それはそれで凄く気分的に楽なのですね、その辺の悩みがあるのです。
やはり会社の経費をのせた形で何千万という費用があるのです。それだけ高くなってしまいます。そのお客様は現金で出来るものではないので、お金を借りて頂いてという、ひとつの苦しみみたいなものがあった上で僕らの商売が成っているのです。その辺がこの四五年凄く悩みなのです。また自分自身も事業を進めていく上に、資金繰りが非常に辛いなあと思う気持ちが、この頃あるのですね。その辺の利益的な捉え方、利潤という考え方を少し教えていただけませんか?
ありがとうございます:
いろんな形で、そういう問題を与えられてみんな勉強しているのですけど。それは、もうすっきりした時は卒業なのです。ただ、お金と、実際に人に与えたものが与え返されるというのは、本当の因果の理法とはちょっと違うのです。
因果の理法は厳然と働くのです、誰に対してでも、与えた物は与え返される。それはもう厳然としています。だから、何を与えたかという、どれだけ人を幸せにしたかという、こっちが大事なのです。そしたらもうお金は関係なしに、与えたものは必ず与え返されてくるのです。タダで与えたらタダで返ってくるし、お金をもらったらそのお金で同じものを買い戻すわけです。これはもう厳然としています。
バブルの崩壊というのは、例えば、安い土地を高く売って、お金をたくさん儲けたでしょう。本当に価値あるものを与えて返してもらったんじゃない。逆に、それは安い土地を高く売った分は、みんな高利の借金を背負ったことになっています。借金してまで賛沢したら、あとが大変なのはわかっています。それを自分の利益だ、儲かったんだと思って安易に使ってしまうと、後でその付けが回ってきている人が多いのです。
高利の借金をしてでも正しい良い使い道があるんだったら、それは間違いじゃない。もっと人を幸せに生かせる道があるんだったら、別に借金を絶対したらいけないということはないと思うのです。やっぱり、その辺のことがわからずに手に入ったお金は、あぶく銭になって無駄に使ってしまうことが多いのです。お金の金額じゃないのです。
会社を経営して、社員、従業員のためにお給料を払うんでも、働きが少ないのに高いお給料をもらったとこは、必ず問題が起こるのです。幸せを掴めないのです、やっぱり与えただけの幸せしか掴めない。だから、お金の額じゃないのです。高給取りは必ずしも大きい幸せを掴めるんじゃないのです、逆の場合が多いのです。
一生懸命働いているのにお給料が安い、その方が幸せが大きいのです。無駄な使い方はしないし、必要なだけに使うでしょう、徳も失わない。それでいて必ず必要なものは与え返されます。ところが働きが少ないのにお給料だけが高いというと、もうそこはやっぱり問題が起こります。その働いた分が少ないのに、たくさん与え返されることは絶対ないのです。高いお給料をもらうと、やっぱり安易に贅沢に使ってしまいます、必要なことに使わずに、欲しいものを無駄なものに使ってしまいます。そうするとそれが、借金を積み重ねた姿をとって、あとで大変しんどい目をします。
世の中にいろんな人がいても、本当に気付くまではどうしようもないのです。ただ、その気付きを早くするのは、また神さまの助けを大きく受けるのは「ありがとうございます」と感謝して、神さまを受け入れたらいいのです。マイナスの循環があっても「ありがとうございます」をそこに加えたら、プラスの循環に変化します。
同じ額のお給料をもらっても「ありがとうございます」と神さまを通して受けた分は、必ずどんなマイナスでもプラスに変化します。プラスに変化した分は何倍もプラスになった、得したお金なのです。だから、循環する姿はそのままでいいじゃないですか、後はプラスを神さまに加えてもらえばいい。そしたら、循環する過程で光がどんどんみんなに振り撒かれる分だけ、自分も人もみんな幸せにしてもらえるのです。
-ありがとうございます-
仕事の中へ感謝の心をひとつ加えて…。
ありがとうございます:
うん、うん、そう、それで自然にみんなが幸せになっていくと、段々と本当のいきかたへ戻ります。
幸せになる一番の近道
-ありがとうございます-
頂いたテープを聞きました。先生は十六年生まれとか、私は十八年で、もうそろそろ定年です。私は輪廻転生を考えていまして、お聞きしたテープには輪廻転生はないと言われているのですが、どういうプログラムできたのかいうことが私にはわかりません。今日のお話ですと、すべて与え尽くせば、また何かが出てきて、そこから何かが出てくると、それが一番近道だということなのですが、私自身としては、そろそろ五十九ですから、この世を終わるについて、何かをしたいと思っています。今日のお話のように「与え尽すことが全てだと。そして、心から湧き出てくるのが一番近道だ」という事なのですか?
ありがとうございます:
太陽を神さまに例えた時に、太陽にまともに向いている時、太陽を中心に見ている時は、本当の最高表現を感じ取れるときです。ところが、視点を太陽からずうっとずらしていくでしょう。横を向いているところが「この世」みたいなものです。光源を見ていないから、段々と下へ行くと、地獄の方へ向きます、光の末端です。だから「ありがとうございます」というときは、まともに太陽を見るような感じで、神さまを見つめようという時なのです。
その時は、一番上の最高の表現を受けやすい状態になるのです。だからいろんな無限の無限のチャンネルの番組があっても、最高番組に心が向いていくのです。そこにはもう輪廻転生も何もないのです。一瞬一瞬、最高の姿が現れるばっかり、それを受け直すばっかり。逆にいうと、小さい自分が消えて宇宙が自分になっていきます。新しい宇宙が自分、受けたものが自分になっていきます。そうすると、大きい自由自在な自分に、大きい自分に、幸せを掴んだ自分になるのです。
-ありがとうございます-
それは「ありがとうございます」を言っているうちに、どんどんあがっていくのですね?
ありがとうございます:
だから、与える心が最高番組の波なのです。本当に与え尽すという心が、最高番組にピタッと波長が合うのです。また、感謝の心も最高番組にピタッと波長が合うのです。両方の心でしっかり生きようとするだけで、番組がどんどん上へ上がって光源をまともに見るようになるのです。
-ありがとうございます-
「必要必然」とは、例えば、今日先生がおっしゃった、偶然じゃなくて必然だとかいわれます。何かその辺がわからないです。プログラムされていると、聞いたり読んだりしますが、よくわからないのです。
ありがとうございます:
一応、決まっているというのは、神さまの創った無限の無限のチャンネルというストーリーは、これはぜんぶ決まっているのです。これは誰も変えられない。チャンネルを自分が選んで自由に味わえるというところに、人の自由があるのです。
どんな運命でもチャンネル選びは自由に選べます。その必然性というのは、その人が心で本当に願ったら、必ずその必要なものを神さまは的確に与えます。高い番組へ戻りたいという願いが出たら、間髪を入れず、神さまの助けがすっと入っていくのです。必要な助けは、神さまは常に与えようと、し続けてくださっています。これは必然なのです。もう、絶対見逃すことなしに助けてくれます。
ただ、自分が「自由勝手にしたい」という時は、その人の自由を尊重するしかないので、神さまは干渉できない。「低い番組が見たいなら、どうぞ」と言うしかなく、地獄まで行って「地獄の番組を味わいたい」と言うんだったら、もう地獄まででも落とします。これはもう強制も何も出来ない。その人の自由意志に任せるしかないのです。
その人が低い番組から抜け出したいとか、高い番組を見たいというのだったら、神さまの御心と波長が合ってくる。その時は、もう必ず間髪を入れずに助けてくださる、必要な助けを的確に与えてくださる。「必要な助け」というのは、その時に合わせての必要な助けです。強い光に慣れていない時には、やわらかい光で順番に助け続けて、段々と強い光に慣らしてから強い光を与えてきます。それも必然的に的確にです。
ここへ来るという前に、みんなは必ず「ありがとうございます」をかなり唱えてきて、慣れてきているはずです。それで「ありがとうございます」の本当の意味を確認できる自分になって、ここへ来ているのです。だから、ちゃんと必然的に神さまが助け続けて、自然に導いてここへ来させている。神さまが必然的に助け続けている姿をとっているのです。偶然じゃない、神さまの計画が大きくて、至れり尽くせりで、ずうっと護り続けている結果です。だから、最短コースを歩んでいる、歩ませてもらっているはずです。
-ありがとうございます-
守護霊さま、守護神さまが?
ありがとうございます:
だけじゃない、本物の神さまです、全ての全てなる神さまは、守護霊さまも守護神さまも自由自在に使いこなせます。本物の神さまは、守護霊さまを使う時は、守護霊さまの助けだけが必要なとき。守護神さまを使う時は、もっと大きい力で光が必要なとき、自由自在にどういう姿でも使って、宇宙の全部を使いこなせるのです。それで必要な助けを与えていくのです。
-ありがとうございます-
低い番組を見ているときには低い番組を応援している神さまもありますか?
ありがとうございます:
低い番組を通して、何かプラスの助けを与えてくるのです。
-ありがとうございます-
よく、憑依霊とかいいますが?
ありがとうございます:
マイナスは違います、神さまの助けじゃない。例えば、やくざの世界に入ったとするでしょう。やくざの世界で一番力のあるのが親分です。その時は、親分を通して神さまが働きます、いつも悪い親分でも、神さまが使ったら良い親分になっていろいろ助けをしてくれる。どの番組のどんな姿をも神さまは使いこなせます。それはもう自由自在に使えるから、場合によったら動物を使うかも知れない。
例えば、雪の降っているところで遭難して「ああ、もう駄目だ」という時は、犬が神さまに使われて救いに立つかも知れない。それはもう自由自在に神さまは全てを使いこなせるから、そういう意味で助けてくれます、必要な助