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真祈り文庫
「うつ病」の方への助言
-ありがとうございます-
うつ病のお母さんや、子供を持たれている方から相談を受ける時が結構あるのです。そういう時は、何を言ってあげたらいいんでしようか?
ありがとうございます:
本人の願いがどこにあるかを先ず聞いてあげることです。「本当に明るく幸せになりたいのか」「暗いままでいいのか」とか。本人の自由意志をはっきりさせるのがいいのです。
-ありがとうございます-
そうでないと上がれないですよね。
ありがとうございます:
そうです。人の自由意志は絶対束縛できないのです、神さまでも縛らないのですから、人はお節介で縛ることは出来ない。本人が明るく幸せになりたいのだったら、その意志がはっきり表に出たら、神さまが先に助けに入るのです。そうすると「感謝したらいいですよ」と言うたら、自然に感謝を自分からするのです。受け入れるのです。
それがもう、「暗くなりたい」と頑張っている時には、それは無理です。そういう時は、ちょっとまだ時間が・時期が来ていないというふうに見て、もうちょっと自由に楽しませてあげてください。必ずまた変ってきますから、永遠にそういう事ではないのですから、ほんのちょっとの間です。
-ありがとうございます-
子供さんよりお母さんが、むしろ本人より回りが、悩まれますね。
ありがとうございます:
お母さんにも聞いてあげたらいい、「マイナスの姿を見たいのか、プラスの姿を見たいのか」と。マイナスの姿を見たいというのが、心の奥で根強くあると、その理由はいろいろあります。人のマイナスを見て自分がちょっと偉いというふうに偉ぶりたい心があると、マイナスを見たくなります、裁く心を起こすのもそうです。自分を優位に見せたい虚栄心があるとそうなのです。
また病気になって自分が悪者になったりするんでも、もういろんな理由があるのですよ。だから、その奥に隠れた理由を自分がはっきり見つめて、それで何を選ぶかというのをはっきりしたら、道がサツと開けるのです。だから一方的に「あれしたら、これしたら」と言ってあげるより、いろいろ聞いてあげる方がいい。「何を選びたいのか?」と気持ちをはっきりさせた方が、答えを自分で見つけ出すのです。
-ありがとうございます-
言葉で「治りたい」と言っても、心では「治りたくない」と思っていると、心が伴わないから駄目でしょうね。
ありがとうございます:
だから、病気が治りたいというのでは駄目です、幅広い意味で「どういういきかたをしたいのか」です。だから「本当に人を助けるいきかたをしたいのか、助けてもらいたいのか」「優しくして欲しいのか、厳しくして欲しいのか」とか。大抵病気になって「優しくして欲しい」とか「何もせんと怠けていたい」とか、隠れた理由がいっぱいあるのです。だから「病気は治りたいけども怠けていたいと、優しくして欲しい」とか、理由付けをしてくるのです。その病気の元になるその原因をいろいろ聞き出してあげると、やっぱり病気を隠れ蓑にする場合があるのです。
-ありがとうございます-
怠けていたいと言う気持ちが根底にあった場合は?
ありがとうございます:
じゃあ、「なぜ怠けたいの?」と、いろいろ質問してあげて、それで「怠けて本当に幸せになれるの?」とか、「それが幸せなの?」とか。でも、本当の幸せは、人の為に尽くして、それで中から湧き上がる喜びを感じるのが幸せなんです。だから人から助けてもらうだけでは、喜びは湧いてこない、その時表面だけがちょっと「ありがたいな」と思うかもしれないけど、本当の喜びは中から湧いてこないのです。
湧きあがる喜びを体験しないと、幸せはない。「与えるいきかたか、求めるいきかたかどっちを選ぶの」とか、いろいろ聞いてあげて、本当の幸せないきかたを自分で選ばないといけない。いろんな意味で、質問してあげたら、自分で考え出して選ぶようになってきます、みんな幸せになりたいのは本当なのです、ただ、その選び方がわからない場合もあるのです。
「自分の心の癖」の気づき
-ありがとうございます-
自分の心の癖で、無意識で反応していることがあります。こういう時にはこういう反応をしてしまうとか、それが無意識でやっていて自分ではなかなかわからない。人に指摘されてわかる時があるのですけど、そういう指摘のない状態の時に、自分でそういうのがわかるような方法があれば…。
ありがとうございます:
これも神さまの助けを受けている自分が引っ張り出されてくると、無条件にわかってくるのです。だから「ありがとうございます」を唱えている内に、スッとわかってきます、それも自然に自由な心でわかってきます。
-ありがとうございます-
「唱えている」というのがいいのですね。
ありがとうございます:
唱えるのが一番最短コースになってきます。はい。
-ありがとうございます-
口に出して唱えるのと、心の中で唱えるのとでは、効果はどちらがいいのでしょうか?
ありがとうございます:
同じです。
-ありがとうございます-
今日の瞑想では言葉に出したりされないのですが、先生が一億回されたのは、今日のように心の中でなのですか?
ありがとうございます:
両方です。言葉に出して唱える時もありましたし、今はもう心の中で深く祈る方を優先しています。心の奥へ深く入って祈ると、時間のサイクルが変ってきますから、この世の一秒間に、奥の深いところでは何万回何億回と行くのです。深く祈る方が回数が増えます。
神さまがさせてくださる
-ありがとうございます-
一生懸命に人のお世話をさせて頂くことも多いのです。その時に、「小さな親切大きなお世話」という感じになるのが自分の中でわかったのです。させて頂くだけでも、どこまでどうお世話していいんだろうと、いつも判断に迷うときがあるのです。そういう時はどうしたらいいのですか?
ありがとうございます:
それも本当に相手に必要なことは、神さましか分からないのです、神さまだったら必要なものを的確に与えるだけ、必要のないものは絶対に与えません。だから余計なお世話になりません。人のする場合は、ちょっとお節介に余計なことをし過ぎます、必要なだけでとどめたらいいのですけど、出来ない。だから「ありがとうございます」と唱えながらさせて頂くと、必要なだけを神さまが自分を使ってさせてくださいます。
-ありがとうございます-
相手の方に「ありがとうございます」と言いながら、させて頂くことによってですか?
ありがとうございます:
「ありがとうございます」を言いながら、させて頂くのは、必要なだけを与える生き方です。
-ありがとうございます-
ありがとうございます、それはよくわかりました。
これからの日本のあり方
-ありがとうございます-
日本は外国の言われるままになっています。ある程度何かされたらやり返すものを持って「言われたら言い返すのがいいのか」、「言われるがままにしているのがいいのか」、どう思われますか?
ありがとうございます:
日本の国の使命は無抵抗主義です、本当はそうです。それで神さまの力だけを受けて、神さまの権威ですべてをよくしてもらえるのです。
-ありがとうございます-
じゃあ、今の状態はいい方向なのですか?
ありがとうございます:
だから、何も言わないぐらいがいい、無抵抗で「ありがとうございます」と言えたら、神さまの助けを受けて、みんなに外国のすべてから大事にしてもらえます。
いつもいつも、神風が吹かないといけない、原爆や水爆が落ちても、それがパッと花びらに変るぐらいの護りを受けないといけない。でも神さまの助けを受けられたら、番組をパッと変えてもらえたら、核が花びらに変るのです。そのくらいの神さまへのお任せがあったら、外国を悪く思うこともないのです。
外国を「みんなを幸せにしよう」という気持ちが強くなったら、問題は何もない、「ありがとうございます」で神さまの助けを受けて、みんなを幸せにするだけなのです。だから外国に何も求めない方がいいし、与えるばかりのいきかたをとる方が、神さまの助けを大きく受けられます。
-ありがとうございます-
結構今は正しいのですね、後は神さまとつながるだけですね。
ありがとうございます:
神さまとのつながりが増えていますから、どんどん「ありがとうございます」と言える人が増えて、神さまと、どんどんつながっています。そうしたら、どんどん日本はよくなります。
-ありがとうございます-
たくさんの人が「ありがとうございます」を言うことによって、原爆が水蓮の花か何かにパッと変りますか?
ありがとうございます:
そうそう、ほんとに変ります。
-ありがとうございます-
たくさんの人がそうなると、エネルギーで、そういうことで出来るということですね。
ありがとうございます:
そうです。
-ありがとうございます-
マイナスのことも、プラスに変えられるということですね。
ありがとうございます:
そうです、番組がパッと変ってしまったら、そうなります。
-ありがとうございます-
意識の集まりというのは・・・
ありがとうございます:
本当に不思議なことがいっぱい起こるでしょうね。今公害だと騒がれていても、ダイオキシンが瞬間にパツと消えたり、いいものに変化したりするんでしょうね。そういう変化させる働きがいっぱい起きてくるでしょう。
悪霊
-ありがとうございます-
よく霊魂、悪霊とか言いますが、私は悪い霊はいないと思ってるのですが、先生はどう思われますか?
ありがとうございます:
番組によって、低い番組は、やっぱり悪霊に見えるのです。そういう役割として。
-ありがとうございます-
本質的には、じゃあ、悪いのもいるのですか?
ありがとうございます:
放送番組を作る舞台を降りた俳優さんは、みんな神さまと一体の素晴らしい人ばかりです。でも、番組の中の役割は、全部ストーリー通りに、低い番組ほど、悪役を演じています。
普通はひとつの番組の中で、いろんな悪役を見てるでしょう。ところが、ひとつ次元の違う次元からいろんなものを感じる人は、悪霊や、邪神に見えたりする。自分の今合わせているとこからだけだったら、現実の人と同じです、「悪人ばっかし」という感覚かもしれない。
-ありがとうございます-
じゃあ、自分が悪い霊はいないというチャンネルに入ってしまえば、もういない、と思ってよろしいんでしょうか?
ありがとうございます:
そう、いい神さまばかりです、高い番組になるとそうなってしまいます。この世に波長を合わせて、現実の世界を生きていて、もっと低い世界へ波長を合わすと、邪神、悪霊が見えます。高い番組に波長が合ったら、そこにいる全は神であり、神さまなんかも見るのです。それもピンからキリまでです。
いろんな波長の違いがあって、いい神さまでも無限に段階があります。どこから波を合わせて感じるかなのです。悪霊でも地獄のどん底の悪霊は、力もあって大きいかもしれません。大悪魔。この世にいながら地獄のどん底に波長を合わすのも、それも大変です。高い方もまた波動が大きいと合わすのは大変なのです。この世に近い所は、プラスもマイナスも合わせやすいのですけど。
無限の番組がある
-ありがとうございます-
以前に一万人に近い病人を治されたというのがありまして、ある時から病人を治すという自分の中の番組を降りる時がきて、それから自分の周りに病人がいなくなったということでしたけども。そういういろんな番組、無限の番組があるということを、どういう形でお悟りになったのでしょうか?
ありがとうございます:
それはもう「ありがとうございます」を唱えている内に、世界が広がるのです。最初は、お祈りしていても、やっぱりこの世を見ています、ちょっと他の世界を感じるぐらいです。でも感謝すればするほど、世界がどんどん広がります、まだまだ広がると思います。
どこまでも広がると思うけど、そうしたら神さまの創った無限の無限のチャンネルというのは、創造を絶するという、気付きが多くなるのです。言葉で言うとわかったような話し振りですけど、でも無限のチャンネルでも、全部わからない、無限はどこまで行っても無限ですから!
それを「無限の無限の…」とつけたら、わかったようになるのですけど、本当は、実際はもうひとつわからないのです。でもそれ以上に神さまの働きは凄いのです。だから、いろんな番組を時々、ちょっちょっとチラッと見るのですけど、もう何でも揃っています。思い付くのは、全部揃っています。
-ありがとうございます-
お祈りの時間は朝の三時から六時までが一番効果的なのですか?
ありがとうございます:
いや、そんなことはない。常に今がいいのです。
-ありがとうございます-
瞑想しながらとか、何かしながら唱えるのは?
ありがとうございます:
本当のお祈りは、自由自在がいいのです。お祈りしながら、散歩でも、仕事でも、なんでもされたらいい。お祈りしながら、庭の掃除していて悟り開くというのもあるのです。どっからでも神さまの助けはスッと入ってきますから、神さまの大きい働きを受ける時に、悟りがどんどん大きくなって行くのです。蛍を見て悟るかも知れません。
五井先生
-ありがとうございます-
先生、掛け軸を書かれた五井先生とはどういう関係だったのですか?
ありがとうございます:
どういう関係と言っても。ただ、私が二十歳ぐらいの時、不思議と、ちゃんと教えてもらっているのです、お祈り一筋に世界を祈っていらっしゃるとね。「ああ、お祈り一筋にすごいなあ」と思っていました。でも、すぐには向こうへは行かなかった、遠く離れていて、「わあ、凄いなあ」と感じたのです。それで三十過ぎに、足繁く向こうへ行ったりするようになって、一緒にお祈りとかステッカー貼りをみんなと一緒にしていたのです。
私はもう宗派を越えていないと嫌なのです。だからひとつの組織、団体になると、「なんかこれは偽物」という感覚が強すぎて、組織的に縛りが出来てくると、どうしても合わなくなるとこがあるのです。そういう意味で「もっと自由ないきかたがいいなあ」というんで、こういう形にさせてもらったのかも知れないのです。それも、神さまの導きで、護りでそうなっているんだと思うのです。
-ありがとうございます-
五井先生以外の宗教家との接点もあるのですか?
ありがとうございます:
私も、いろんな勉強をさせてもらっているのですけど。何万冊という、もの凄い数の本を一応読んでいます。一通り全部見ています。ただ、その書かれているのを見ても、やっぱり教えの種類は無限にあってもいいなという感覚で見ています。
それぞれにまあ必要があって、そういう教えがあっていいなという感じです。だから、どれが良い悪いじゃなしに、必要だから必要な教えが、そこにあるんだというぐらいです。ただ「教えに縛られたらいけない」と思います、本当のいきかたはやっぱり「教えのないいきかた」です。「教えに縛られないで、中から自然に自由ないきかたでいいものが出てくる」方がいいのです。
-ありがとうございます-
どうしても縛り、という感覚だったのですか?
ありがとうございます:
その教え自体が「今の自分に合うかどうか」わからない、どんな教えもやっぱり時と、場所と・人と選んで、的確に何かを教えて行きます。だから、時間がズレて、場所がズレて、人がズレたら、もう「絶対に合わない」というのが本当なのです。ちょっとは参考になるのですけど、そうならばんまり役に立ちません
逆に、それを自分に当てはめようとすると、無理矢理、型にはめてしまいます。だから、過去の教えがどんだけよくても、今の人には合わないのです。今の自分に本当に必要なのは「ありがとうございます」と唱えていて、自然に与えて頂くのが一番ぴったりくるはずなのです。
だから、やっぱり過去はあまり相手にしない方がいい。必ず、時代時代において新しい良いものが生まれてきているはずなんで、必要なものは与え続けてもらうのです。今の人は今の時代にぴったりのものが現れるはずなのです。あまりもう過去ばっかり追いがけない方がいいと思うのです。
-ありがとうございます-
その人がその時代に合って、その回りの人に合うように出てきたということなのですね。
ありがとうございます:
そうです。はい。
-ありがとうございます-
それもひとつのチャンネルということ?
ありがとうございます:
はい。
-ありがとうございます-
真理の教えでさえそうであれば、まして親が子供に教えるなんてナンセンスですね。
ありがとうございます:
本当は、親の思い通りにしたって大したことはない、人の自由を縛るいきかたは余りいいことはないのです。「こう育てたい」なんていうのは大きい縛りです、また「こうして欲しい」というのも相手に大きい縛りを与えています。だから、本当の縛りのないのが、正しい本物になって行くのです。
次元とは
-ありがとうございます-
今この世は三次元ですが、もっと上に何十次元とあるのかわからないですが、二次元とか一次元はどういうものですか?
ありがとうございます:
言葉の使い方なのです。次元というのは、縦横高さで三次元、二次元とは平面、一次元は点とか、そういう感覚だったら、無限次元なんて考えられない。本当の意味の次元というのは、波動の波の違いなのです。それだったら無限にわかれます。
-ありがとうございます-
二次元ってどういう次元なのですか?
ありがとうございます:
だから、そういう意味だとこの世は三次元とは言えないのです。三次元って決め付けると、縦横、高さ、空間です。それでもいろんな空間あるのですけど、平面も点もあって、四次元の空間もあるのです。空間も種類が多いのですけど、それは実際体験しないとわからない、説明じゃなかなかわからないですね。
-ありがとうございます-
三次元からだったら二次元のことがわかる、と思ったのですけど、そういうものじゃないのですね。
-ありがとうございます-
時間がひとつの次元とは呼ばないのですか?
ありがとうございます:
呼べないことはないでしょうけど。時間にもいろんな種類があって、時間と空間とは、相対の両極に分かれる要素なのです。時間と空間を組み合わせて、それで宇宙が生まれるのですけど。
相対に分かれたものを組み合わす時は、なんでも単純なひとつのものを組み合わすんじゃないのです。そのひとつの要素が無限に分かれるのです。その割合に応じていろんな組み合わせが起こりますので、複雑です。
-ありがとうございます-
二次元、三次元と考えないで、今、この波動のこの地球に生きていると思えばいいのですか?
ありがとうございます:
だから無限の中のひとつの波動を楽しんでいます。「数的に名称を付けたからわかったのか」というとわかっていないのです、仮につけているだけです。本当は、今の番組は何チャンネルかはわからないのです。
「生老病死」の「生」とは
-ありがとうございます-
お釈迦さまが、四苦の中で生老病死、とおっしゃっていたのですけど、老いるや、病や、死なんかはわかるのですが、生、という、生まれるというのはどういう事なのでしょうか?-
ありがとうございます:
「生」は生まれるではなく、「生きる」ということです。だから人生の目的が分からなかったら生きる目的がなくなり、厭世的になります。「早く死にたい」とぐらいに思うのです、それでも死ねないし、生きなければならない苦しみ、自分の命を絶てないのです。だから正しい目的、明るい目的があったら、生きるのが楽しい、楽なのです。
ところがいろいろマイナスに考えると、やっぱり人生の生きる目的が分からなくなってくるのです。また単なる肉体が自分と思うと、人間は必ず死ぬでしょう、それだったら百年生きたって今死んだって同じじゃないかと。逆に、百年苦しむよりも今死んだっていいじゃないかなどと、そんな考え方を起こす人が出てきます。だから生きる目的が定まらなかったら、苦しみに変ります。そういう意味が「生」なのです。
-ありがとうございます-
生まれるということの苦しみはないんでしょうか?
ありがとうございます:
そりゃあ、生まれたから生きる苦しみが出てくるんでしょうから。
-ありがとうございます-
というのは、赤ん坊の時にお母さんのお腹の中から出てくる時のその子の苦しみではなくて。
ありがとうございます:
まあ、いい世界からこの世に生まれてくるのは、ある意味では苦しい、縛りの中へ入ってきますからね。魂の成長や本心の開発を、もっと自由な世界でのびのびと成長を楽しめる方がいいんでしょうけど。でもこの世へわざわざ入ってくるというのは、かなり限定された中へ縛られて入ってきます。
-ありがとうございます-
生きるということは「縛りの中で魂を磨く為にこの世に送り出された」ということですか。(うん)ということは、私達が生きて行く本当の意味の本来の目的というのは、人の喜びを我が喜びとし、また自分も喜び、人も喜ぶという部分に最終目的にはなるんでしょうか。人間が本当に生まれてきた意味、私がここに存在してる意味は何なのだろうと、今ちょっと思ったのですけど。
ありがとうございます:
神さまの無限のチャンネルがあって、その無限の中で自由の中で、どんどん進歩して行く、波動を高めて、いいチャンネルに合わせて行く、というのもいいのですけど。その無限を点に絞って縮図にしてしまうでしょう、無限をひとつのチャンネルに変えてしまって、その中にまた無限のチャンネルがあるのですけど、その中で小さい縮図の中で進歩を図る方が、下から上まで早く行くでしょう。
いろんな意味合いが一杯あるのです。そのひとつの考え方として、「この世は全体の縮図なんだ」という見方。縮図というのはかなり限定された縛りの中に入ってしまいます、その中で番組選びの練習という、一番下から一番上を選べたら、今度はもっと向こうの自由な世界に入った時に、一番下から一番上を選んだだけの大きい進歩がそこに出来たというふうになるのです。
この世は、そういう番組選びをしっかりする人にとったら、無限に価値はあるのです。でも、それに気付かない人は何の為に出て来たのかわからないから、向こうへ戻ったらかなり後悔するんじゃないかと思います。
-ありがとうございます-
無限のチャンネルを選んで楽しむ為に来た、と考えればいいのですね。
ありがとうございます:
そうです、最高のチャンネルを早く選べるように。
-ありがとうございます-
海外の本で「神との対話」という本の中に、最終的に私たちは「人にそういうのを強制しない、なぜならばあなたたちは最終的にそこに行きつくしかないからだ」という言い方をされてるのですけど。そういう意味では、チャンネルは最終的には必ず上がって行くものなんでしょうか?
ありがとうございます:
本物の神さまの願いは一貫して変らないのです、早く最高表現を楽しめるように護り続けてくださいます。だから、一人一人最短コースで本当は護り続けられて本当のいきかたをとるようになるのです。自分勝手にどんないきかたをしても、神さまから見たら僅かな間で、それも出来るだけ短縮して早く大きい幸せを感じるようにしてくださいます。
いろんな教えにも、段階もいろいろあって無限の種類があっていいと思います。でも、その教えが本当に自分に合うかどうかは別なのです、感謝している人はその時いろんな教えの中から、パッパツと必要なだけを目の前に現して感じさせてくださるかもしれない。
そういう「今一瞬だけ」プラスになることは受けてもいいですけど、それもいつまでも受け続けたら縛りになります。本当はもっと柔軟に、自由な心で新しい神さまの導き・助けを受けられるようにしていくのがいいのです。だから、過去はできるだけ放して、常に今必要なものを新たに新たに受け直すというのがいいのです。
魂の世界
-ありがとうございます-
肉体を持って生きているこの世界では、マイナスの戦争や殺し合いを見たり、自分が高いレベルでもないのに、このように高いレベルの先生のお話が聞けるということができます。肉体を持っていないときは、自分とは違うレベルの世界を見ることはできないのですか?
ありがとうございます:
肉体を持たずにあの世へ戻ったとしたら、自分の心の波長に合ったものだけを見るのが明確になってきます。この世はいろんな物が一杯寄り集まって、全体の縮図としてあるから、全体が良いのも悪いのも見えるのです。向こうへ戻ると、自分の合わせたものだけになって行きます、それが厳しいのです。
ファッションショーで着飾って「皆に見て欲しい」というのだったら、そういう人ばっかり集まる場所があります、「お金がたくさんあったら幸せといって」いつもお金を数えている人だったら、そういう人ばかりが回りに見えます、それ以外は見えません。だからいろんなものを全部揃えてもらっているのです、プラスとマイナス両方があるということは、自分がプラスを選びたかったら選んでいけるのです。そういう意味だったら、この世はもう一番いい勉強の場になってきます。
-ありがとうございます-
そうすると生きる、ということは苦しみではない。
ありがとうございます:
そう、生きるというのは、喜び、楽しみ。
-ありがとうございます-
最大のチャンスですよね。
-ありがとうございます-
食べられるとか、涙を流せるとかは、肉体を持っているからですか?そうじゃなしに、魂だけでも、「ご馳走をパクパク食べる」なんてあるのですか?
ありがとうございます:
あります、魂だけになっても、食べない世界も、食べる世界もあるのです。低い世界はもっと食べてばかりの世界もあります。
-ありがとうございます-
グルメ指向の人は食べてばっかりじゃないですか?
ありがとうございます:
まあ、それが幸せかどうかは別にして、そういうのもあります。だからありとあらゆる世界が用意されています。
-ありがとうございます-
魂だけだから、パクパクと食べているというのは、感覚的に食べてるのですよね。実物がないんじゃあないかなと思ったのですが?
ありがとうございます:
いやあ、みんな「魂」というと、やっぱり何も無いように思うのですが、そうじゃないのです。体はちゃんとあります、幽霊は足がないと思うでしょう、そしたら向こうへ行けば足がある、ちゃんと形があるのです。
-ありがとうございます-
普通に、そういう「同じ考え方の人達ばっかりが集まって生活している」ということですか?
ありがとうございます:
そうです、どの無限のチャンネルのどの番組でも、この世と同じで、その世界では形はちゃんと整ってあるのです。
-ありがとうございます-
輪廻転生の時の「死」はどういうことですか?
ありがとうございます:
輪廻転生の姿が、それも番組毎に違うのです。教えがあまり単純化された教えだと、無限のチャンネルとは言わない、例えば、この世と幽界と霊界と神界の四つに分けてしまったりします。そうすると「高い次元にいたのに低い次元に戻ってきた」なんて話が矛盾してしまう。あんまり単純化しすぎると、ちょっと分かり難いのです。
いろんな方便的な教えがいっぱいなので、あまり方便に流されると、本質からちょっと遠ざかってしまったり、分かり難くなってしまいます。いろんな教えを「ああ、こういう考え方、教え方があるんだ」と勉強して、参考にしたらいいのです。でも今の自分としては、どういうものが必要かというのは、必要なものを順番に与えてもらえるので、感謝していたら、どこからか、必ず必要な教えが出てきます。
チャンネルを上げると
-ありがとうございます-
最近、嫌な事を言われても「ありがとうございます」を言っていると、気持ちが楽になる、こういう状態を続ければいいのですか?
ありがとうございます:
そうです、いいですそれで、はい。
-ありがとうございます-
それはやっぱりプラス思考に変っているのですか?
ありがとうございます:
はい、どんなマイナスが目の前に出てきても、大きいマイナスを小さく現してそれを消してくださっています、だからそれは本当の神さまを受け入れている状態の時です。それで「ありがとうございます」が自然に出てきたら、もの凄い大きい助けを受けているのです、どんどん助けてもらって、悟りを開いた自分に戻るのです。
-ありがとうございます-
チャンネルを上げていくことによって、先生は以前病気を治しておられましたが、病気治しの能力も付随してくるのですか?
ありがとうございます:
人の病気を治しているんじゃない、本当は、自分のマイナスを消してもらいチャンネルを変えてもらっただけなのです。病気の人を見るチャンネルを、病気の人のいないチャンネルに置き換えてもらえたのです。だから「病気治しをした」というのはちょっと言葉が足りない、間違っているかもしれないです。
自分の見ている世界全体が自分のひとつの番組なのです。その中にもしマイナスがあるんだったら「まだちょっと低いな」というくらいの気持ちで、それでマイナスのない番組へ移そうとすればいい。それも「ありがとうございます」とお祈りしていると、もう自然にマイナスの少ない番組へ上げてくださるのです。病気の人を目の前にして祈っていると、その人が「治った」という姿をとるのです。でも低い番組は、病気の人とずうっと会います、もっと病気を一杯抱えた状態で、ずうっといる番組もあります。
-ありがとうございます-
それでは、私も低いから、チャンネルがそれと合っているから、そういうふうにいろんな事を相談されたり、いろんなことをするのですか?
ありがとうございます:
マイナスの相談がないようになった方がいい、楽しい話しばかりの番組がいいです。
-ありがとうございます-
じゃあ、やっぱり上げないと駄目ですね。それにとどまっているから、それにのめり込んで行こうとする。
ありがとうございます:
そうです。
会社が発展していくには
-ありがとうございます-
会社が発展していく条件、例えば儲けたお金をどうやって使おうかとかを含めて、会社がどういう条件であれば伸びていくんでしょうか?
ありがとうございます:
会社を大きくするのがいいんじゃないのです。自分の会社だけ大きくなるのは、本当は間違いです。他を蹴落としてでも自分の会社だけ大きくして肥え太るというのは、間違いです。
本当は全体と調和していないといけない、とことん突き詰めて考えた時は、もう「個人対神さまの関係」なのです。個人が本当に最高の個性を発揮して、本当の働きが出来た時が、全体が一番調和した姿をとっている、そういう意味から言うと、逆に組織を作って、縛ってしまうことは、個人の個性を押え込んでしまう可能性があります。
理想的な会社だったら、個性を本当に発揮させる手助けをするぐらいの、あまり練らない組織の会社だったらまだいいのです。それだったら肥え太ることはあまり考えない、一人一人を生かすことを考えています、全体への貢献度を大きくすることだけ考えています。それだったら会社があって無いのと同じです、そういうのが理想の会社です。そして波動を波長をどんどん高めて、いい番組に換えて行く、という繁栄、本当の意味の繁栄、幸せになれるというのは、与える心をどんどん生きた方がいいのです。
高い番組ほど極楽番組は、本当に与え尽し合う番組です。自分の個性を発揮して、いいものをどんどん与え尽くす、それも「全体へ」という大きい気持ちの方がいい。特定の人だけに絞ったら、その人に必要なものを与える時はいいのですけど、必要ない時に与えても生きてきません。いつも視野を全体に広げていると、自分の働きを必要とする所が必ずあります。これを生かしてもらえるという。いつも全体への与え尽くすいきかたをとるほど、番組がどんどん上がります。そして極楽番組・最高番組へ波長が合ってきます。
-ありがとうございます-
従業員さんにそういう事を教えようとしたら、例えば社長さんが「そういうことだよ。どんどんありがとう村へ行きなさいよ」なとど、社長さんが、会社やいろんな場面で話して行くのが一番早い近道でしょうか。それとも、それは強制することになるのでしょうか?
ありがとうございます:
話しても、社長が実際自分で実行していないと、説得力が少ないのです。「それだったら社長さん、どうぞ先に実行してください」と言われたら、みんな聞いてくれないかもしれない。やはり「自分が実行して、幸せになった姿を見せる」というのが一番いい。「本当に幸せになりたいんだったら、本当になりたいんだったら教えてあげるけども…」というくらい。
-ありがとうございます-
ちょっと、もったいつけて!
ありがとうございます:
それぐらいがいいじゃないですか。
-ありがとうございます-
心の中では、社長さんは祈っているということが必要ですよね。
ありがとうございます:
祈っているのがいい。
-ありがとうございます-
祈るということは結局「現す」ということですよね、「ありがとうございます」ということをね。
ありがとうございます:
「神さまの御心を、最高の姿を受け入れて現していただく」という受けることなのです。
-ありがとうございます-
社長さんがそれを祈るということは、それを現して行くということとイコール…。それをやるのは難しいと思うと、マイナスですね。難しいと思ったらマイナスになるから、やれますね。
ありがとうございます:
やれます。
-ありがとうございます-
でも、それを祈っても具体的な行動にならない。なかなか出れないような従業員さんがおるとすれば、社長はやっぱり「何、やってんだ!」ってなります。そういうときの矛盾にはどうすればいいのでしょうか?
ありがとうございます:
お祈りしている人の心の中のマイナスの言葉が、蓄積されている分が早く消されたら、予約がなくなったら、今祈っているのはすぐに結果は出ます。過去の予約が、マイナスの番組が予約されていたら、ある時間それは続きます。
-ありがとうございます-
それをじっと耐えて?
ありがとうございます:
耐えて、といっても耐えるしかないのです。早く消してもらう為の気持ちを、神さまの方へ向けて、出来るだけたくさん神さまの助けを受け入れる方がいいのです。
-ありがとうございます-
マイナスを消すということは「ありがとうございます」をたくさん言い続けていくということなのですか、それも心に深く神さまとひとつになるということの目的としながら「ありがとうございます」という言葉を深めていくということにつながりますか?
ありがとうございます:
はい、自分の方と神さまの方との両方から近づくのです。「ありがとうございます」は自分を任せるいきかたで、過去の古い自分