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()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつ30にち 
 



     こんについて

-ありがとうございます-
 いまなかこんがいっぱいえてますし、なんかいこんするひとがいますけどが、あれはべつわるいことではなのですよね?

ありがとうございます:
 わるいことではないのです。けっこんもくてきいろいろもくてきがあります。でもかみさまはひとゆうぜったいしばっていないのです。どんなひとと、どういうもくてきけっこんしてたすってもいい。だから、ぶんゆうかなわないものだったらまたえたらいいのです。
 このかりひゃっかいぐらいけっこんして、けっこんして、けっこんしてでも、こんしてでも、ひゃくしょうぶんきるようなかんじです。ひゃっかいまれわったぶんたんかんごしたようなかんじです。とくにスピ−ドしてくると、そのくらいあってもべつにね、したいひとはしたらいいのです。そこまでゆうだとおもいます。だからおたがいにまんしてというのはあまりひつようないのです。りょうほうはやおおきいしあわせをつかめそうもないので、たすいだったらしばわずにどんどんたすってあたほうがいいですから。
 だからほんとうひともくてきというのは、ぜんたいぶんのすべてをあたくして、ぜんたいからおおきくげんげんのプラスをなおすことなのです。だからけっこんというのは、とくていひとあたくすのですけど、ぜんたいあたくすひとつのべんきょうです、れんしゅうです。そういうだったらはやかみさまに、ぜんたいに、おおきくぶんあたくすためだったら、いろいろあたくしいのれんしゅうすればいいのです。いずれはぜんたいぶんあたくして、ぜんたいからおおきなしあわせをいただごくらくかいぶんになるでしょうね。
 だから、もっともっとゆうはっそうほうがいい。しばられぎるとほんとうゆうがないんでくるしいのです、だからほんとういまけっこんをされているひとでも、今日きょうはじめてけっこんをしたんだというなおしをするとしんこんぶんで、またかんどうあらたにます。おなひとのようでも、ひといっしゅんにしてまれわります、へんしますから、いつもあたらしいひとけっこんしているというかんかくはいいですね、いつもしんこんです。ただまえおなひとつづいているんです。でも、ひとわっていますよ、まいにちまいにちね。



      ふうげんについて

-ありがとうございます-
 ふうげんをしてもいいのですか?

ありがとうございます:
 きたうというでは。おもうりさんはいつもバンバンとやられるんで、はだれいですよね。たたくとはだじょうになってれいになるらしいです、もちはだつやつやしたはだになるらしですから、いいかもしれない。けんはちょっとはだれとでもまたなかたす姿すがたをもういっかいなおしたいときしあわせがおおきくなりますものね。
 だからいい姿すがたにはぎたらかんどうれなくなるのです。いっかいマイナスのたいけんをするとまた、いまじょうたいおおきいプラスにえてしあわせをめてあじわえるようになります。けんしたいひとはどうぞ!でもいつもするとくるしいですからいっしょういっかいぐらいでいいですよ。

 
     まれわりとおやかんけい

-ありがとうございます-
 まれわりでおやかんけいなんだいつづきますか?それともいちだいかぎりですか?

ありがとうございます:
 なんかいつづあいも、いっかいかぎりもあります、いろいろです。ただ、そのおやかんけいというのもなにかのこころちょうなみうのです。ぜんたいじゃない、ぶんてきにしても、なみところおやかんけいまれます。
 だからそのにくたいてき姿すがたかたかよっているおやもありますし、またこころじょうたいかよっているおやもあります。あといろいろのうりょくげいじゅつかなんかだったらヴァイオリンのめいしゅだったらヴァイオリンというのうりょくかよっておやかんけいになるあいもあるのです。いろいろいろなみおなじになるという、なみへんによっていろいろおやかんけいまれます。ただそれも、なんかいおやかんけいになるかというのはみなちがうのです、かなりゆうがあるのです、はばがあります。


     「ありがとうございます」の

-ありがとうございます-
 「ありがといございます」ということいちいちぜんがあるといたのですがそのことについておしえてください。

ありがとうございます:
 ほんくにことだまさきはふくにといわれるだけあって、かみさまのちゅうそうぞうはたらき、これをことだまというのですが、ことになっているのです。それとひと使つかこととのあいだにかなりかよったきんせいのものがあるのです。それでそのひとことひとことことだまうらけです、バックアップ、おうえんがあるのです。                            
「あ」というのは、「ぜったい」とか、「こうげん」とか、「ひかり」とか、そういうなのです。
「り」は、せんじょうちゅうすべてがわさってされるという「らぎょうおん」なのです。ちょくせんまじわりはいってんですが、せんじょうにどんどんひろがっていくとまじわりがげんるのです。それもそうけい姿すがたってまれてくるというちゅうみが、こうぞうつくかたです。そういうで「り」が使つかわれている。
「が」というのは、「か」をダブらせて「かがやきにかがやく」という、「げんげんかがやく」というが「が」であらわします。
「とう」というのはすうじゅうなのですけど、「ありがたし」という「たぎょうおん」と「さぎょうおん」で、たぎょうおんたてせんで、さぎょうおんよこせん、というそうたいかれるすべてをじゅうくみわせるわけなのです。
 たとえばひかりやみせいぜんあく・・・とかね。ぜんたてよこじゅうわせてそれをひとつにちゅうしんにまとめてだい調ちょうさせるというのが「とう」です。
 「ありがとう」かみさまのぜったいからされたさいこうひょうげんを「ありがとう」というかたちひょうげんしているのです。これはあらたなぜんとくげんげんかがやきがいっぱいという、しんとううと「あまてらすおおかみさま」です。ちゅうぜったいとういつしんです。ちゅうぜんたいげんげんかがやいたさいこうひょうげんっているというこのあまてらすおおかみさまをしているのです。この「ありがとう」ということはね。
 つぎ「ご」というのは「こ」がダブって「かたまって、かたまって」いく、たかいものがひくくなってひくくなっていく「ぶっしつしてぶっしつして」いくのです。
「ざ」というのは、「さ」がダブってちゅうのすべてがへんじょうなのです。さらさらながれている、いのちながれている、さわやかな、らしい、うつくしいものがさらさらとかわながれのように、ひかりながれのように、いのちながれのようにながされているんだというこれが「ざ」なのです。
「い」いのちの「い」でこのちゅうのすべてをきているんだというこれをきょう調ちょうしているのです。いしころいっいのちきているんだ。かみさまのいのちそのものなんだ。こうぶつだから、どうぶつだからというのではなしに、みんなおなじなのです。みんないのちきている、かみさまのいのちそのものなのです。それを「い」ということあらわすのです。
 「ま」は、「まったき、かんぜんな、かんぺきな」ということだまなのです。まるうのでもかどっていないえんそう姿すがたです。だから「ま」は「かんぺきな」というなのです。ちゅうのすべてがさいこうひょうげんちょうてんにして、このげんじつされたすべてなのです。かみさまのたちからぜんたいぞうかんぺきなのです。これをべつことでいうとかみさまのほうそうばんぐみとしてげんげんのチャンネルがようされているということなのですけど。いちばんうえさいこうばんぐみからいちばんしたごくばんぐみまでぜんばんぐみとしてそろえてくださっているのです。
 だからそれをどれだけあじわっているかは、またちょっとちがうのですけど、ぜんあじわえないのです。ほんのいちしかあじわっていないんですけど、ばんぐみとしてはかんぺきそろっているという、それが「かんぺき」だというんで「ま」なのです。
 そのかみさまのさいこうひょうげんちょうてんにしたげんげんのチャンネルのばんぐみいっしゅんいっしゅんまたあらたにわってくる、それが「す」という。つねあらわれたものはぜったいもどってるというそのかえしをしています。ただそのかえしがつねに「ます」、えるのです、どんどんくなってくるのです。えてくる、どんどんプラスがえるのです、それが「ます」なのです。
 だから、かみさまのつくるすべてのものはおなじものがふたつとないのです。すべてがことなっている、おなじとことはかえさないほうがいいんだという、それでいてはたらきはどんどんてきています、そういうことが「ありがとうございます」ということかみさまのはたらきのぜんたいしているのです。
 いままでのしんこうだとかみさまのぜんたいをさすことはない。なになにかみさまといってもぜんたいじゃない。そのかみさまのおおきいはたらきのなかいちです。ところが「ありがとうございます」はかみさまのすべてのすべてのはたらきを、このひとつのことひょうげんされている。だからそのきゅうきょくかみなのです。
 これはほんものかみさまなのです。ひとつくったものじゃない、もともとあるかみさまのはたらきのぜんたいぞうでありほんものなのです。だからことなのです。ひとつくったことじゃないのです、かみさまがさいしょからようしてくださったことです。ひとだれかがつくったことだったらそのひとせんばいとっきょなので、だれでもゆう使つかえないかもしれないです。またまでほんとうかみさまのおおきなちからがないかもれないです。これはだれでもゆう使つかえてさいしょからようされていることなのです。


      「ございます」の

-ありがとうございます-
「ありがとう」は、このままでもすごくことだとわかるのですが「ございます」のほうにもがあるとおしえていただきました。ありがとうございますはそのままでもこころひびわたことですが、ではたとえばスチュワ−デスさんに「これなんですか」といて「これはオレンジジュ−スでございます」とったときの「ございます」のも「いのち」のなのでしょうか?

ありがとうございます:
 つうう「ございます」は、「ここにある」というようなかんじでかるいものです。
「ありがとうございます」までふかくなればいいのですが。

-ありがとうございます-
 でも、なんにでも「ございます」とつけたほうがいですか?

ありがとうございます:
 「ございます」のかたていねいっているといういろいろがあります。でもこれは、「ありがとうございます」のことだまはそういうのとちがいます。もっとおおきくふかいものなんです。

-ありがとうございます-
 せんせいちいさいときからずっと「ありがとうございます」をずっととなえられていたといたことがあるのですが、そのがわかられてちょっかんみたいにとなつづけられていたのですか。

ありがとうございます:
 ほんとうこたえがえたのは、それがかみとわかったのはいちおくかいじょうとなえてからです、やはりそれまではあさい。ありがたいことはありがたい、ひかりかんじることはかんじるし、みんなそれはえることえるのです。ただこれがほんとうかみさまのきゅうきょくかみぐらいにえてこないのです。なかなかね。

-ありがとうございます-
 がいじんさんが「ありがとうございます」とってもいいのですか?

ありがとうございます:
 いいのです。

-ありがとうございます-
 からないひとでもってもいいのですか?

ありがとうございます:
 いいのです。

-ありがとうございます-
 では、ほんじんだけということはないのですよね。でもフランスじんだとメルシ−というじゃないですか、メルシ−とありがとう、かれらにとってはどちらを使つかうべきなんでしょうか。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」のほうがいいのです。

-ありがとうございます-
 そうですか、フランスじんでも。

ありがとうございます:
 もともとかみさまからすべてまれているのです。ひと使つかこともともとかみさまのなかからことだまもとにしてまれているのです。だた、ことだまのバックアップがおおいかすくないかはまたちょっとちがうのです。

-ありがとうございます-
 フランスにもことだまはあるのですか。

ありがとうございます:
 ぜんにあるのです。あるのですが、ただおおいかすくないか、バックアップがあるか、ないかのちがいなのです。くにちがい、こっきょうというのもかみさまがつくったかひとつくったかというと、ひとのほうがつくっているのです。かみさまのほうは、みんなそこそこおなじにせいはあるのですけどいったいしているのです、バラバラじゃないのです。
 にんげんつくったこっきょうがあるからあらそいのげんいんになる。これだけはぶんものだとつかんでしまいます、いったいかんがなくなっていきます。もともと「ありがとうございます」は、きゅうひとならきゅうひとぜんたいかみさまがあたえてくださったことです。だからほんくにだからこのこと使つかったらいではないです。ことかいぜんたいためことです、そのためようされているのです。だからこれをほんことなんだとめつけるほうぶつしているでしょう。
-ありがとうございます-
 そうですね。でもがいじんにとってはどっちを使つかえばいいのかなぁ。かれらにとってはメルシ−のほうぜんですから…でも、それをとらえていてもあまりがないのかなぁ。「ありがとう」のほうことだまてきにはレベルがうえってことなのですね。
 (そうです。)
でも、そうなってくるとサンキュ−、メルシ−、ありがとうでうと、どれがいちばんしたのレベルでどれがいちばんうえのレベルってうのがてくるわけですか?

ありがとうございます:
 あります。サンキュ−では「ありがとうございます」のほんとうがぜんぜんないとうくらいいのです。サンキュ−はあらたにかんしゃするというでしょう。そのていじゃこのちゅうぜったいとういつしんさいこうひょうげんあらわすようなことにはならないのです。

-ありがとうございます-
 ではたとえばアメリカじんにしてればどのこととなえればいいのでしょうか。けっきょくかれらにとって「ありがとう」というのはちょっとべつことなので、「わたしたち(アメリカじん)のことほんなかさいこうレベルのことなんですか」とかれたあいは、どうこたえたらいいのでしょうか?

ありがとうございます:
 ないですね、ないから、ほんじんがこれをほんことといわなかったらいいんでしょう。どうぞお使つかいくださいと、ゆうかいせばいいのです。わたしたちはこのことしあわせにしていただきましたし、みなさんもどうぞ、がいいのです。こっきょうはらったらいい、いまだいとくにそうです。こっきょうくならないとかいへいにならないのです。

-ありがとうございます-
 すいませんながくなって、でもフランスじんにとっては「ア・リ・ガト・ゴザイ・マァシュ」(わらい)となってしまうじゃないですか、はつおんちがってもいいのですか。

ありがとうございます:
 可愛かわいいじゃないですか!!はつおんちがっていてもいいです。だんだんとわかってくるんじゃないですか?ほんことでもかいきょうつうになっているのがあります、じゅうどうで「いっぽん!」とやるじゃないですか。じゅうどうこくさいみたいなものです。「いっぽん」はほんことです。だからかいきょうつうになってもこといっぱいあってもいいじゃないですか。


    かみにはいつつのおおきいがある

-ありがとうございます-
 ありがとうございますのほかにもことだまかくされたことってりますか。

ありがとうございます:
 あるんじゃないですか。「けましておめでとうございます」なんてことです、「おかげさまで」とか、かみさまのはたらきをいろんなあらわしています。  かみということもそうです。ほんかみということふかめているのです。かみというのがいちばんおおきいはたらきをことで、いつつのおおきいがあるのです。
 「かくりみぜったいかくりみうのです、これをちぢめたらかみです。そうぞうはたらきがかごるごりちぢめてかみです。げんかがやいたさいこうひょうげんかがやかがり、これがちぢまってかみで、そのぶんしんとしてのげんげんかみさま、よろずかみさまをしてかけりみという。じんつうざいちゅうまわれるというで、「かけりみ」がちぢまってかみです。
 この姿すがたもそうですけど、あのいろいろぶっしつされたかい姿すがたぜんあいこころで、ぶんゆうげんていしていろいろ姿すがたへんしんするのです。たとえばいしころでもそうです。ちゅうゆうまわりたいかみさまがいしころにへんしんして、みんなにまれても「ありがとうございます」とささえてくれるってすごいです。あいかたまりみたいなものです。
 そういうあいへんしん姿すがたかぎりというのです。それがちぢまってかみです。
 かみということいつつのおおきいかみさまのはたらきがぜんひょうげんされているでしょう。かみひとことでもぜんたいぞうつかむのです、かみさまのはたらぜんをです、だかららしい。えいじゃゴッドだけでしょう。ことだまさきはふくにことというわかるのです。それでもぜんたいぜんていない。だからアラ−のかみといってもそうです、「あ」と「らぎょうおん」はわかるのですけど「がとうございます」はない。そういうではちょっとりないところもおおいのです。


      かみかみいろいろかみ

-ありがとうございます-
 はじめにことありきとせいしょでもはじまります。ことだまほんではいますし、おんであらゆるものがされることもありますね。そういうことからかんがえてみると「ありがとうございます」ということにもおんぜんふくまれてます。そしてまた、ありがとうがあまてらすおおかみというちゅうとういつしんし、ございますにもいろいろがあるということが、おはなしでよくわかったのですが、わたしたちからだいちであるかみもかみとはつおんしますがそのへんはどうかんけいがあるのでしょうか。
 
ありがとうございます:
 かみもかみです、うえしたうえもかみです。だからいろいろのかみがあるのです。ことだまというのも、「あ」ということだまかいしゃくひととおりやとおりじゃないんです、たくさんがあるのです。
 だからことというのはちょうどダイヤモンドみたいなもので、そのめんたくさんあります、どのめんまえすかなのです。「あ」というのをぜんめんしたときはバックがいろいろめんいているひとつのダイヤモンドです。
 だからそのかくうごきでぜんがいっぱいかれててくるのです。だからおなじ「あ」というのでもたん調ちょうことだまじゃない、ひょうめんているけどバックにぜんっている「あ」なんです。こまかくぶんるいしたら「あ」ということだまほんとうげんかれるのです。げんはたらきをもっているというまでいくのです。
 だからことだまで、ことちゅうのすべてひょうげんされてくる、そうぞうされてくるというのでもたんじゅんな、たとえばじゅうおんならじゅうおんわせでちゅうのものがまれるかといったらそうじゃない。「あ」がげんかれて、「い」がげんかれてといったら、もうそうぞうぜっするわせがおこります。そこまでいかないとげんげんのチャンネルをつくることがないのです。


      せいくせちが

-ありがとうございます-
 そのダイヤモンドのいろいろめんがあるいちばんめんそうとしたらどのようなことこころがければいいのですか。ことはっするときちですか。

ありがとうございます:
 さはぜんてくるのがほんとうなのです。ぶんさをすには、ぶんせいがそのままぜんにサッとてくるのがい。ただせいというのは、ゆびがあるでしょう、おやゆびひとゆびなかゆびがありますね。このゆびとしてならべたら、おやゆびひとゆびなかゆびえない。だからぜんたいつながっているときだけがせいまれるのです。
 ひとかみさまとほんとうにひとつにいったいしているときにそのときせいがあるのです。かみさまはちゅうなにひとつおなじものをつくっていないというところせいなのです。ひとひとどくとくのそのひとでないとたせない、ちゅうにただひとせいぶんるのです。そしてぜんたいためおおきいはたらきをするわけです。だからぶんちゅうぜんたいのいつもちゅうしんかれるのです、ひとひとがね。ダイヤモンドのめんおなじです、ひょうめんぶんなのです。ほかめんもみんなそれぞれのぶんがあってちゅうしんなのです。それでそのぜんたいおおきくかがやかすというのがかみさまのねがい、もくてきなのです。 ほんとうぶんさがてくるのは、せいをはっきりかくしてそれをぜんすのがいのです。かみさまといったいしているというかくをどんどんふかめるほうがいいのです。
 かみさまといったいするほうほうぶんほうからかみさまのほうもどってかたと、かみさまのほうからぶんほういったいしてがったいしてほうほうりょうほうあります。 だからぶんほうからもどっていくのは「ありがとうございます」でかんしゃして、おんがえしのちでぶんいのちかみさまにおかえしていけばいのです。ぶんほうからかみさまにもどれるでしょう。 また「ありがとうございます」でかみさまをべばかみさまのほうからぶんほうはいってくる。りょうほうからがったいするのですね。そしていつもこころこうりゅういのちこうりゅうかみさまとぶんあいだおこるといつもゆうごうしていったいするのです。そうするとせいがはっきりとてくるようになるのです。
 ところがかみさまとぶんはなすとせいえてくせだけがのこる。せいくせとはちがうのです。「わたしはよくはらがたつ」というのはせいじゃない、くせなのです。せいというのはぶんにしかないらしいかがやいたぶんです。それがこれからほんものだいというのは、みんなせいはっされてくるのです。だからこのせいがわかるのはおくふかかってこないとえないジャンルでしょう。いままではぼんやりしていたのです、ひとかおだったらちがいがわかるでしょうが、さるだったらちょっとわからない。さんじゅっぴきさるつかまえて、どのさるがどれでとはなかなかけがつきにくい。すぐごっちゃにしておなじようにてしまう。だからそのちがいがわかるところまでかないといけないのです、そういうこまかいところまで。たとえばげんすいとかさんげんがあります。さんげんがいっぱいあったら、げんにあったら、いっいっかおちがうというところまでぬかなければいけない。たいへんですけど。

-ありがとうございます-
 ぶんせいほんとうかがやかせるためには「ありがとうございます」とかんしゃしながらかみさまもりていらっしゃる、わたしも(かみさまを)ぶ、そのいったいするためこころかたは「ありがとうございます」をたくさんたくさんとなえるだけでいいのですか。

ありがとうございます:
 そうです。だから「ありがとうございます」はかみさまにぶんを、いのちをすべてをまかせきるぜんたくこころなのです。それでかみさまからあたえてもらうものをなおにスッとけるこころです。だからかみさまとのこうりゅうになるのです。「ありがとうございます」だけでたすつづけてもらえてかみさまといったいします、そうするとかみさまのこころぶんこころになれば、かみさまぜんたいぜんとおしてわかっているのです、わかるこころにしてもらえるのです。


      いまかみさまとこうりゅうする

-ありがとうございます-
 にちじょうでトラブルにそうぐうしたときに「ありがとうございます」のこころめるのはなかなかむつかしいところもありますが、いろいろなことがおこっても「ありがとうございます」とえるこころつねつづけるということですか。

ありがとうございます:
 つうはマイナスにたいしてかんしゃしなさいというおしえはいままでありました。ところがこの「ありがとうございます」というのは、もうマイナスをあいにしないのです、あいにしない、いまかみさまとこうりゅうするのです。かみさまのあたえてくださるげんげんのプラスのものを、いまあらたになおすのです。そのためふるいものをぜんらないからしていただきましょうという、こうかんしてくださいというかたなのです。
 だからマイナスがあるからこそマイナスとプラスをえてもらう、こうかんしてもらえるのです。だから「ありがとうございます」ととなえたらかみさまがこうかんしてくだいます、マイナスとまんでもいい、あいにしてたたかってくしようなんておもわなくてもいいのです。

-ありがとうございます-
 おまかせすればいいのですか。

ありがとうございます:
 そうそう、おまかせしているのです。「ありがとうございます」ととなえることはおまかせしているぜんたくひょうめいなのです。だからかみさまがいものとわるいものをえてくださるのです、だかららくなのです。
-
ありがとうございます-
 ということはたとえばびょうであっても、それ(ありがとうございます)をとなえていればなおってしまうのですか。

ありがとうございます:
 そうそう。「ありがとうございます」をとなえていろいろびょうたんかんせきてきなおひとがいっぱいいます。それはえてもらうのです、かんちがいがあるのはそのひとがどれだけマイナスをつかんでいるかだけのもんだいです。つかんでいるあいだえがおそくなります、かみさまにまかせたぶんだけはやくなります。


      びょうこる

-ありがとうございます-
 びょうこるみをおしえてください。ぶんづきをあたえるためですか。それともぜんのカルマですか。

ありがとうございます:
 いやいや、そういうちいさなでなしに、これはかみさまのちゅうそうぞうさいしょげんてんからかんがえてみると。 たとえばそうたいかれるものでけんこうびょうというりょうほうかれるよう、このくみわせでうまれたものはげんやまいげんけんこうりょうほうちょうてんわけです。そのあいだげんやまいからだんだんとやまいすくなくなった姿すがたをとりながらゼロまでわけです。それからけんこうがひとつづつえてく、げんけんこうがあるというじょうたいになる。これがかみさまのけんこうやまいわせたひょうげんなのです。
 だからかみさまのひょうげんばんぐみなかげんやまいも、げんけんこうばんぐみとしてはるのです。そのどのばんぐみけるかはそのひとがマイナスのこと使つかうとマイナスのやまいちょういます。プラスのこと使つかうとけんこうばんぐみちょういます。だからびょう姿すがたたいけんするひとはマイナスのこと使つかぎています。マイナスのことこころくらくしてしまって、ばんぐみをマイナスのびょうのあるばんぐみわせてしまうのです。そうするとたいけんてきびょうをするという姿すがたるのです。
 ただそれもちょっとはいいのです。げんやまいまでかかえたらたいへんですけど、ちょっとびょうすることにってけんこうのありがたさがかびがってよくわかってきます。けんこうってありがたいとわかってくると、かんどうあらたにけんこうなおせるのです。そういうだったらマイナスのびょうもちょっとはたいけんてきにはいいのです。
 かみさまはさいしょからびょうたいけんしなさいとはっていない。きにどのばんぐみでもあじわってきなさいとうのだけど、ほどほどにしかあじわえません、げんげんのチャンネルのなかからいくつかだけチャンネルをわせてわけです。でもかみさまははやさいこうばんぐみちょうわせてもどってきて、それをつづけてくださいとうのがかみさまのねがいです。
 ちょっとびょうばんぐみといて、げんけんこうばんぐみこころわせてくるといつもけんこうってありがたいなといつもかんどうあらたにずっとつづけられるでしょう。そういうだったらりょうほうプラスのはたらきをします。けんこうげんのプラスのはたらきだし、びょうもそうです。

-ありがとうございます-
 けっきょくびょうこるげんいんことだまもんだいだけなのでしょうか。

ありがとうございます:
 こんぽんことなのです。マイナスのこと使つかいすぎるとびょうになります。


      マイナスのこととプラスのこと

-ありがとうございます-
 マイナスのこと、プラスのことというのはどういうことなのでしょうか。たとえばひとくなることはプラスのことなのでしょうか。

ありがとうございます:
 たとえば、ひとしかばしてばかりいるとかんぞういためるでしょう。しんぱいしてくらくなるといたくなっていためます。

-ありがとうございます-
 ごろしということがありますね。こころにもおもってないことですごくあいげてくさせる。ああいうのはことですか、わることですか。

ありがとうございます:
 ことはいいのです。ことはプラスのことほうがいいのです。ひょうめんことはたらくけども、こころなかの、こころとなえていることがあります、おもいというのがそうです。ひょうめんことはプラスだけど、こころなかおもいはマイナスのこと使つかっているじょうたいです。どちらがおおきいかによってプラスにもマイナスにもなるのです。
 それをほんとうにプラスにけたひとはどんどんしあわせをおおきくします、そのぎゃくえます。あいこころしかばすマイナスこともどちらがつよいかです。しかばされてそれをはげみにかんがえてちからはっしてくなるひともあるのです。だからこと使つかけはいろいろです。

-ありがとうございます-
 ことはなすことがないひとあいはどうなのでしょうか。

ありがとうございます:
 プラスのことというのはくちしていうこともあり、ただこころとなえるだけのこともあります。だからことこころひょうげんからだみっつあるのです、ことひょうげんがね。だからニコニコわらうのもプラスのことはっしています、くちほどにものをうというじゃないですか。あいこころがあるとあいことがほとばしりきます。
 だからことというのははばひろがある。こころえいぞうとしておもかべるのもことです、そういうはばひろことです。それがプラスのことであればばんぐみちょうしあわせがいっぱいになるのです。

-ありがとうございます-
 ほんてきこころがあって、そのおもいのプラスとマイナスをパワ−アップさせるはたらきがことだまで、ことしたときにそういうパワ−があるとわかったのですが、にもそういったパワ−があるのですか。

ありがとうございます:
 あります、ぜんあります。ことだまかみさまのちゅうそうぞうはたらきを、ちからしているので、ばんぐみつくげるちからはたらきなのです、ことだまは。ひとことはそれにちょうをあわす、ばんぐみにチャンネルをわせるためのことなのです。ひとことにはなにかをつくちからはないですね。ちょうわせてばんぐみえらんで、それをけるだけのはたらきです。

-ありがとうございます-
 しょもつむとそこからのパワ−をけることがますか。

ありがとうございます:
 そうね、ばんぐみちょうわせていくことですね。
-
ありがとうございます-
 テレビやラジオのえいきょうはどうですか。

ありがとうございます:
 おなじです、それもね、いっしゅんいっしゅんぶんがどういうことえらんで使つかつづけるかがだいです。だからテレビをるのでも、ばんぐみるほどプラスのこと使つかっていることになる。マイナスのばんぐみるとぎゃくにマイナスのおおこと使つかったことになります。

-ありがとうございます-
 ニュ−スなどはどうなのでしょうか。

ありがとうございます:
 おなじです、おなじになります。プラスのおおいニュ−スはプラスのことぶん使つかったとおなじです。マイナスのニュ−スはないほうがいい、しあわせになりたいひとはね。

-ありがとうございます-
 さつじんけんったとくとやはりちがくらくなったりするじゃないですか。あまりいたりたりしないほうがいいですか。

ありがとうございます:
 そうですね。



    「ありがとうございます」はかみさまのこと

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」ということらしいさいこうことだまだということかいかったのでたくさんとなえたいなとおもうのですが、かんめてしんけんとなえるときと、ごとしゅぎょうをやっているといろいろいそがしいので、そうしながらとかなにかしながらとかはたけやりながらとか、いろいろなことをしながら「ありがとうございます」をとなえてもいいのでしょうか。
 またいろいろやりながらとなえるのはしつれいかなとおもったりするので、やはりいちにちうちかんめてしんけんにそれだけをかんしゃこころめていのほういのかどうかおしえてください。

ありがとうございます:
 もともと「ありがとうございます」というのはかみさまのたすけをけたときに、ぜんかみさまのはたらきにたいして「ありがとうございます」ということであって、「ああ、たすけてあげたよ」というかくにんてくることなのです。
 だから