ありがとうございます
真祈り文庫へ

()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつ24にち・1



      いちにちさいこうさとりをたようなものです
 
-ありがとうございます-
 つう、こういうあいみなぶんからはなしをするでしょう。でも、せんせいけるだけですね。さくじつわたくしはずうっとかんがえたのですが、「すべてをける。ぶんからなんにもしない」ということにづいた。さくわたくしはこうせんげんしたのです「こういうことなんだ」と。

どうせきしゃ
 ・・すごいこたえだ!・・

-ありがとうございます-
 このこうえんかいだけでなく、このしつもんかいもまた、「すべてけて、しょうする。そして、かんしゃする。それだけですべてOKなんだ」そういうことをわたくしさくいちにちで、さとった。(かいじょうおおわらい)

どうせきしゃ
 ・・すごいさとりだな!・・

-ありがとうございます-
 ということは、こうえんなんかするひつようないんだ。ひとに「ありがとう」とっていればいいんだとおもったのですが、ほんとうにそれでいいのでしょうか?

ありがとうございます: 
 はい。(かいじょうさらにおおわらい)
いちにちさいこうさとりをたようなものです。ではもうしつもんはなくなりましたか?

-ありがとうございます-
 いいえ、えんりょしているのですが・・・じつしつもんするってなんだろうかとおもっているのですが?しつもんするということは「うたがいをもっている」ということでしょう。そこです、それをおきしたいのです。

ありがとうございます: 
 しつもんもいろいろなしゅるいがあるのです。ひとためすようなしつもんとか、またひとけってんをあばきだすようなしつもんとか、そういうひとをマイナスにおとしいれるしつもんはしないほうがいい。だから、かみさまからどれだけプラスをいただくかということですから、ってみればプラスをしつもんがいい。
 かみさまのこころげんおくふかいですから、かみさまのこころふかればるほどおおきなしあわせをもらえるので、かみさまのこころしつもんはなんぼしてもいいはずなのです。
 また、しつもんすることによって、ぶんなかからいてくるものがほんものがどうかかくにんできるのです。しっかりたしかめながらまえすすむというのもいいのです。


      しずかにすわるだけでかみさまをかんじる 

-ありがとうございます-
 かみることはぶんることとおなじことなのですか?
おなじことです。)
では、しずかかにめいそうして、ぶんなかにほとんどこたえがあるとおもっていいのですか?

ありがとうございます:
 そうです。ただ、しずかにすわるだけでかみさまをかんじるというのもひとつのかたですけれど、うごきながら、はたらきながら、やくどうしながら、そのなかかみさまをかんじるかたもあるのです。だから、かみさまをかんじるゆうざいなものがいい。だいぜん姿すがたながめてしずかにすわっているいわのような姿すがたもあるし、だいげきりゅうのようにはげしくうごいている姿すがたもある。それはぜんかみさまのはたらきのうごきなのです。

-ありがとうございます-
 ・・ゆうざいがいいのですね。・・・

ありがとうございます:
 そのほうがいいのです。


       かみさまはぜったいひとゆうしば

-ありがとうございます-
 ぼくたちはげんのチャンネルをるために、おくりだされてきましたよね。そのおくしたのは、かみさまがもっといろいろなたいけんをしたいためなのでしょうか?

ありがとうございます:
 かみさまはぜったいひとゆうしばりたくないのです。ゆうしばらずにおおきなしあわせをかんじとってほしい。げんげんのチャンネルをまずようしておいて、すべてをくしたひょうげんようしておく。そして、にんげんゆうで、いろいろなばんぐみあじわってきて、けんきょこころになり、そこからさいこうばんぐみあじわえるようになってほしい。それがいちばんおおきいしあわせになりプラスです。だから、ひとおおきなしあわせがかみさまのほんとうよろこびでもあるのです。ひとよろこびをかみさまのぶんよろこびとしておおきくんでいく。そしてどんどんおおきなしあわせにえていってくれるのです。


      かみさまとこうりゅうすれば、すべてかみさまのあらわれ 

-ありがとうございます-
 かみさまといったいかいと、ひととコミュニケーションするうえで、うまくこうりゅうするためにはどうしたらいいのでしょうか?
 あるめんめんで、そのげんえていくにはどのようなほうほうがいいのでしょうか?

ありがとうございます:
 まず、かみさまとこうりゅうすれば、すべてかみさまのあらわれとしてけられます。すべていったいになってしまう、ひとつのかたになってしまう。でも、このひとこうりゅうしながら、かみさまとこうりゅうすることとふたつにわかれますよね。
 まず、このこうりゅうててしまう。いったんててから、さきかみさまのこうりゅうませてから、このかみさまのあらわれとけて、それをげんじつこうりゅうえていくのです。


 
      つかんだものだけがぶんのものになるのです

-ありがとうございます-
 もともとぶんとはないということですよね。

ありがとうございます:
 そうほんとうはね。ところが、つかんだものだけがぶんのものになるのです。それをさらさらとながしていたら、ただながめているぶんだけがあるというのは、かたちではないのです。かみさまからあたえられたしきがそこに、かみさまをれているだけなのです。つうぶんというものをつかんだままで、かみさまからどんなにおおきなものをけても、ぶんこころはいうつわだけしかけられない、かみさまがぜんはいってこないのです。
 ところが、ぶんというものを、かみさまのところにれると、ぶんえるのです。そしてそれがおおきくかみさまのなかひろがるのです。するとおおきいかみさまをじっかんできる。だから、ちいさいぶんといううつわしてもらうほうがいいのです。

-ありがとうございます-
 ずうっとかみさまのところにはいっていればいい、ないほうがいいのです。かみさまといったいとなっていたら、げんじつひととうまくこうりゅうできなくなります。
 たとえば、わたくしいっしょうめしべなくてもいいとったら、つう鹿おもわれる。げんじつにもどってみると、やはりごはんべるのですね。このギャップがどうもうまくできないのです。
 ずっとかみさまといったいとなっていればいいのか、それともにんげんにもどったほうがいいのか、それともかみさまのほうきっぱなしというのももんだいあるようながする。

ありがとうございます:
 かみさまのかいとこのかいふたつにけてみると、かみさまのほうったらこのがおろそかになるし、このこころけたら、かみさまのかいがおろそかになる。これはじゅんします。

-ありがとうございます-
 だったら、ったままでいいでしょうか?

ありがとうございます:
 180ほうこうえるのではなく、360ほうこうえなくてはだめです。かみさまのほういてくるっと、もういっかいもどってくる。360かいてんすると、いままでみていたげんじつが、かみさまからあたえられたげんじつわります。
 ったままではだめなので、くうというのはかみさまをおむかえして、かみさまにささくして、かみさまをむことでしょう。こんかみさまからげんじつにおろしてもらって、それをけきるのです。ちょうど360わって、ふるいものがえて、あたらしいかいがでてきます。

-ありがとうございます-
 そうか、しんちんたいしゃですね。

ありがとうございます:
 そうそう。それもいっしゅんいっしゅんながめていけると、にどんなにいやなマイナスなひとまえあらわれても、それははなしえた、かみさまのおかげでしてもらったから。こんいっしゅんあらたにてくるひとひととはかんけいかみさまのあらわれとして、プラスばっかりとひととしてけられます。

-ありがとうございます-
 いっしゅんいっしゅんかいてんしていけばいいのですね。

ありがとうございます:
 そうそう。

-ありがとうございます-
 ・・・そうか、これでさとってしまった。くるっとかいてんさせるためには、ありがとうございますとずっとっていればいいわけですね。

ありがとうございます:
 そうそう。ありがとうございますとっていると、くるっとかみさまがかいてんさせてくださいます。ふるいものをり、して、あたらしいものとえさせてくださる。だから、いつもかみさまのあらわれとみていけるのです。


      )かみさまがひつようとっくんあたえてくださっている 

-ありがとうございます-
 プリントのなかに「たかのうりょく」といてありますが、それをどうくんれんするのですか?

ありがとうございます:
 (わらい)かみさまがひつようとっくんあたえてくださっているはずです。にちじょうせいかつなかで、ごともそうです。それをかんしゃしながら、かみさまのちからいただきながら、みんなのしあわせのためにと、さいこうごとをさせてもらうのです。
 ごとでも、のうがあるあい、できるだけはやくすればよろこんでもらえます。やくそくからおくれたらいやでしょう。みっでしてほしいとわれたらいちにちでしてあげたらサービスがいいでしょう。そういったでいろいろなのうりょくたかめていかないと、そういうのうりょくたかめるためにはかみさまのたすけをけないとできないのです。
 ぶんからてくるのうりょくもそうだし、またまわりからおうえんしてくれるちからもそうで、ぜんたいたかのうりょくになるのです。かみさまのたすけというのは、ぶんにくたいだけでなしに、まわりのぜんからおうえんがくるのです。
 そういうで、かんしゃしながら、かみさまのたすけをけいれようとして、そして、みんなのしあわせのためというちでいろいろさせていただいたら、ぜんのうりょくたかまってくるのです。これもぜんがいい、のうりょくだけのために、べつごとをしたり、べんきょうしながら、しんじなければというわけではないのです。あたえられたごとなかだけでのうりょくたかめられるようになっていきます。それがいちばんひつようです。べんきょうです。

-ありがとうございます-
 かみさまにまもってもらうためには、 いちぜんせきにんつ ぜんりょくしつくす さんしんけんになる よんとどく けんきょになる ろくなおになる ななぜんたいくばる はちおんがえしのこころをもつ きゅうかんしゃふかめる ・・しんどいな、これ・・

ありがとうございます:
 まだまだたくさんあります。でも、かんしゃひとつでいいのです。かんしゃひとつにぜんなかにあります。ただたくさんならべるとかくにんできるでしょう。かんしゃなかぜんふくまれています。えだとらわれないほうがいい、こんぽんのひとつだけにちからをいれればいいのです。あとはそのなかぜんあるというようにかくにんすればいいのです。

-ありがとうございます-
 なにをするにも「ありがとうございます」でいいということですか?

ありがとうございます:
 そうです。

 
      「ぶつ」と「ありがとうございます」ですが 

-ありがとうございます-
 むかしから、「ぶつ」「みょうほうれんきょう」「かいじんるいへいでありますように」そして、いま「ありがとうございます」がありますが、れきてきにみて、それぞれがどんなあいがあったのでしょうか? ひょっとしておないではないでしょうか?

ありがとうございます:
 「ぶつ」と「ありがとうございます」ですが、それは「さま」をどうとらえるかです。さまはいうてみれば、しゅぎょうしてさとりをひらいたさまとしたら、ちいさい。
 ほんとうかみさまはしゅぎょうなにもしない、さいしょからげんげんかがやいています。だからそのなかには、しゅぎょうしてさとったさまをげんげんなかにもっています。だからさまのとらかたで、せつめいかたがちょっとわるのです。
 つうは「ぶつ」をとなえるときは、ながげんねんげつあいだしゅぎょうしてさとったというさまがみんなにろうさせたくないというで、ろうせずにさとりのきょうみちびげようというはたらきとして、さまがいらっしゃるとみるわけです。だから、ふつうさまとおなじようなりきしゅぎょうのうです。いちまんねんでもたいへんです、いちおくねんだと、とおくなるし、さらにげんおくまんねんというたら、もうのうです。
 だから、りきしゅぎょうではさとれないとづいたひとりきにすがるのです。それで、「ぶつ」とさまにすがってたすけてもらうのです。でもそのあいすくがわすくわれるがわとがかれてしまいます。かれているのをぴたっとひっつけるにはじょうけんがあります。
 「ぶつ」ですくわれるにはみっつのじょうけんで、じょうしんじんしんこうほつがんしんというみっつがいるということ。じょうしんというのは、しんけんこころったらいいでしょう。じんしんというのはださまのふかあいしんじるこころこうほつがんしんはひたすらにさまにすがりつくこころです。このみっつのじょうけんがあってはじめてさまにすくいとってもらえるのです。
 ですから、そのみっつのじょうけんをはずすとすくってもらえない。だから、よめいびりしながら、しゅうとめさんが「ぶつ」をとなえてもだめだということなのです、やはりじょうけんがかなわないのです。

 でも、「ありがとうございます」はまたちがう。「ありがとうございます」は すべてのすべてなるほんものかみさまです。だからすくがわすくってもらうがわが、もとからいったいだというたちからしゅっぱつする。みんなすでにかみさまといったいで、すでにすくわれてそんざいしているんだという、このたちから、かみさまのすくいがはいってくる。だから、りきではなく、ぜったいりきです。たいりつのないところからしゅっぱつするのです。「すでにみなさん、すくわれていますよ」と、それをづかせてあげましょうというだけです。だから、まよっているひとすくうのではないです、すでにさとっているぶんづかせてあげましょうというのが、「ありがとうございます」です。だからぜんちがうのです。

-ありがとうございます-
では「みょうほうれんきょう」は?

ありがとうございます:
 「みょうほうれんきょう」というのは、ちゅうしんいったいするというなのですが、それもたいてきなにかというほうそくというとなにつめたいです、かんじが。じんかくてきあいのかたまりのかんじがいいでしょう。ほんとうあいのかたまりのかみさまというほうが、じんかくてきまもまもってくださるというほうがいい。

-ありがとうございます-
 「かいじんるいへいでありますように」は?

ありがとうございます:
 かみさまのさいこうそう姿すがたかんぜんへいです、それをげんじつしてほしいというです。それもだんていてきかんぜんへいめたらいいけれど、なかなかげんじつてきにマイナスにとらわれたひとにとってはのうむづかしいです。
 そして、そのあいだをつないでもらうというで、つなぐやくわりを、きゅうさいかみさまがあいだたないとならない。だから、きゅうさいかみさまがあいだって、そうげんじつをつなぐやくわりいのこと、これが「かいじんるいへいでありますように」です。でも、これもまだぜったいりきの「ありがとうございます」とちょっとちがう。やはり「ありがとうございます」のほうさいしょからみなすくわれているたちからしゅっぱつし、そのかくもどしてもらうはたらきです。
 この「ありがとうございます」はだれつくったかわからないでしょう、これがいい。だれかがていしょうした、つくったことだとちいさい。「ぶつ」も、「みょうほうれんきょう」も、「かいじんるいへいでありますように」もそうです。げんむかしからあってさいしょからあって、だれもがゆう使つかわれることではない。「ありがとうございます」はいつからあるかわからないし、みんならない。だれつくったかぜったいわからない。やはりかみさまがさいしょからようしてくださることです、みんなのためにと。そういうことほうほんものです。

-ありがとうございます-
 インドではオームということがあります。ことだまからいくと、「ありがとうございます」とくらべて、すくないかんじがするのですけれど?

ありがとうございます:
 そうです、ぜんたいをつくしてない。イスラムきょうでも、アラーだけではちょっとすくない、ぶんてきではわかるのですが、「あ」と「り」だけののようなものです。あとぜんつくされたほうがいいですね。


      べつことさなくてもいいのです
 

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」をとなえるときに、「げんげんしあわせ」とかというものを、あいだにはさむのですか。

ありがとうございます:
 べつことさなくてもいいのです。だんだんとそのふかくわかってくるようになってきます。

-ありがとうございます-
 あまてらすおおかみいまおわしますということもいいですか。

ありがとうございます:
 べつわなくてもいいのです。

-ありがとうございます-
 それをかんじるように、ただ「ありがとうございます」のみでいいのですか。

ありがとうございます:
 そうです、べつことえたら、そういうもあるということです。「ありがとうございます」のほうがいい、そのほうさいこうことです。あまてらすおおかみというと、しんとうけいひとれられますが、そのほかれられないでしょう。だから、すべてにはつうようしないのです。

-ありがとうございます-
 ここでめいそうをしていますが、ここではどんなめいそうがいいというものがあるのですか?
 (ないです、まったくないです。)
 きょくたんにいえば、あししながらでも・・

ありがとうございます:
 いいです、よこになってていてもいい。

-ありがとうございます-
 ほんではたんでんきゅうほうとかありましたが、あれは、そういうけいしきにはこだわらなくていいのですか?

ありがとうございます:
 ほんとうはこだわらなくていいのです。

-ありがとうございます-
 めいそうなかで、「ありがとうございます」ととなえながら、たまに「げんげんの」ということをイメージしてがんらなくては、というものがあるのですか?

ありがとうございます:
 ない!

-ありがとうございます-
 ただただ、それだけということ?

ありがとうございます:
 そうです、ただ、ぶんひとりでおいのりしているときはやっぱりひとというのはしんけんさがひつようなのです、だらけるとけてしまう、マイナスのおもいに。そういうではおいのりも、たんでんきゅうで、姿せいただしてこころしんけんになるようなそういういのかたれんしゅうもいいのです。
 でもこうしておおぜいあつまると、いのりはそうじょうこうこるのです。ふただとににんがよんばいさんにんだとさざんがきゅうばいというようにおおぜいだとそこにものすごいちからりてくるようになる。そうすると、ぶんはいいかげんないのかたをしていても、まわりのおいのりがおおきいから、おおきいそのなかまれていくのです。

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」ととなえていても、しきんでいくことがあります。いっしょうけんめいやるというは、しきがとばないようにというなのですか。・・・

ありがとうございます:
 いっしょうけんめいというのは、いまいっしゅんにすべてをめるというです。

-ありがとうございます-
 でも、すぐしきのことをかんがえてしまいます。・・・

ありがとうございます:
 そうです、びます。んだらまたもどって、いまいっしゅんにまたちをそそむのです。

-ありがとうございます-
 いっしょうけんめいやっているとそういうことができるということなのですか。・・・

ありがとうございます:
 そうです、だんだんとじょうにできるようになります。いってんしゅうちゅうしゅうちゅうりょくたかまってきます。ただぶんひとりのときはそうですが、おおぜいでそれをしているときはそういうこともかんがえることもひつようなくなります。

-ありがとうございます-
 いのちがけとか、いっしょうけんめいとかいうと、こわいようなぶんですが。・・・

ありがとうございます:
 そうこわこわい!!かみさまをぶときはしんけんさがいるのです。ほんんでいるかどうかかみさまはたしかめたいのです。そのときしんけんさがあったときに、かみさまがすっと、ひとゆうしばらずにたすけにれるからと。だから、ひとのときはしんけんさをさないとかみさまにみとめてもらえないあいがあります。でもおおぜいだとだれかがしんけんんでいます。だからかみさまはみんなたすけようかということになれる。こういうおおぜいだとおおきなかみさまのたすけがすうっとぜんりてくるから、いいかげんにいのってもだいじょう
 ひとだけしんけんひとがいたらいい。きゅうへいにするにしても、ひとほんとうしんけんへいねがってかみさまのたすけをひつようとしていたら、ぜったいかみさまのたすけがりてきます。ひとさえいたらいい、ほんとうは。それがだんだんとおおくになればはやくなるというだけ。
 だからおいのりのなかはちょうどいいひとがいて、くうかんてききょはなれていても、こころのつながりさえあればいいのです。ほんとうこころのネットワークです。これがほんとうにできあがったら、ぶんいのれないときは、まわりのひとぜんいのって、ひかりとどけてくれる。つねにネットワークのなかひかりとおけていきます。
 だから、いまからのだいは、ほんとうでのこころのネットワークづくりがひつようになっていく。いままでのきゅうさいかたいっぽんりなのです、みんな、しんけんになったひとかみさまはすくげてきた。こんあみすくわねば、いちもうじんというほうほうで。それで、こころのネットワークといういのりのあみつくっているのです。そこで、ごそーっとすくいあげる、みんなをたかみにげるのです。


     にも、にもろくにも「ありがとうございます」

-ありがとうございます-
 いちにもにもさんにもありがとうございますだとおもいますが、よんばんには?

ありがとうございます:
 にも、にもろくにも「ありがとうございます」

-ありがとうございます-
 じゅうばんは?

ありがとうございます:
 じゅうばんもそう。これはすばらしいしつもんです。

-ありがとうございます-
 「おかげさまで」とか、「もったいない」ということはどうですか?じゅうばんあたりには?

ありがとうございます:
 そうね、でも「ありがとうございます」のなかにぜんはいっているのです。「おかげさまで」というのは、みんなのはいはたらく、えないおおきなちからでというです。ほんとうかみさまがはたらいているというです。「おかげさまで」はかげはたらおおきいちからをさしています。
 だから、ひょうめんひとなにかしているのではない。バックのかみさまがひととおしておおきくはたらいてくださっているというのが「おかげさま」です。ほんとうは「おかげさまで」というのはかみさまへのかんしゃです。
 また「もったいない」というのは、たんなるもの=ぶったいではないというです。あるで、つうものるでしょう、にくたいとかぶったいとかいうように。かみさまのいのちそのもの、ひかりそのもの、かみさまのあらわれなんだというです。だから、かみさまをしっかりとみとめることが「もったいない」です。

-ありがとうございます-
 そういうことはもっともっとっていただけるといいのですが!

ありがとうございます:
 だから「ありがとうございます」ということぜんはいっています。「おかげさま」も、「もったいない」も、ぜんはいっています。だから、「ありがとうございます」だけでじゅうぶんなのです、ぜん

-ありがとうございます-
 でも、「ありがとうございます」だけでは、なかつうようしないのでは?

ありがとうございます:
 つうようするのです。

-ありがとうございます-
 たまには「おかげさまで」とか「もったいない」とか、いうのがへんがあっていいので、いつも「ありがとうございます」だけだと、あなたちょっと「ってしまったのでは」とわれてしまいます。ここではつうようしますけど、いっやまりればちょっとそうはいかないでしょう。

ありがとうございます:
 そう、ちょっとひかりつよすぎるです。そうね、しょによってはいいかもね。

-ありがとうございます-
 ですから、ことをもうすこやしていただきたいのです。

ありがとうございます:
 プラスのことはみんないいのです、ことがいい、ことをいっぱい使つかうことが、「ありがとうございます」のずいてきはたらきをするのです。めて、かんしゃして、よろこぶというのが、かみさまのこころほんとうけるおおきいはたらきなのです。

-ありがとうございます-
 めるというとどういうことがありますか。・・・

ありがとうございます:
 「げんげんにすばらしい」とかね。

-ありがとうございます-
 げんげんにというとはあまりいっぱんにはつうようしないのでは?

ありがとうございます:
 げんに、だけにしますか。それでもおおきすぎますか。

-ありがとうございます-
 それをすこえてほしいのですが!

ありがとうございます:
 わたくしことよりも、しょひらいて、プラスのことぜんひろげて使つかわれればいいのです。プラスのことというのはおおきなちからがあるのです、しょにいっぱいあるでしょう。そのときそのときぶんこのみのことを、プラスのこと使つかわれたらいいのです。

-ありがとうございます-
 そこで「プラスとはなにか」なのですが、プラスとマイナスのさかいなにかなのです。

ありがとうございます:
 プラスとマイナスのちがいなのですが、プラスのほうちからがあるのです。せっきょくてきな、そう、ひかりやみのようなもので、プラスがたらマイナスがえるのです。プラスをめたらマイナスがてくる。ちょうどひかりしたら、やみひろがってくるというように。だからプラスをせっきょくてき使つかえばマイナスがえてなくなるのです。そういうかたいちばんいいのです。 
 かなしいおもいがあったとするでしょう。もし、よろこつづけたらかなしみはえるのです。よろこほうせっきょくてきまえすすめたら、かなしみはぜんえるのです。なまごころてきたら、まえきにきんべんすすめばいいだけのことなのです。そうすると、まえきにきていると、なまごころぜんえていくのです。ちょうどひかりればやみえるかんじですね。プラスのことちからがあることなのです。ただそれをまえせばいいのです。
 こころおもどおりにはいするのは、なかなかたいへんなので。ころころとへんするこころを、ただことさえはいすれば、ことさええらべばこころはあとについてくる。だからこころちゅうしんかくことです。だから、いいことえらつづけたら、いいこころじょうたいにずうっとととのえることができます。

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」のつぎは・・・
わらい)かいじょうから、「おめでとうございます」というこえ

-ありがとうございます-
 そうか、「おめでとうございます」は?・・・

ありがとうございます:
 いつもしょうがつぼんです。


   それはもう「ありがとうございます」だけです

-ありがとうございます-
 すでわたくしたちがさとっていて、なおつ、かみとつながっているじょうたいだとするならば。さらにそれをぶんなかかくするために、じっせんしていかなければならないことがあるとおもうのですが。たとえば「かみとつながるとけっしんする」とか「けいぞくしておもつづけること」とか「じゅうかんいのつづけること」だとか、なにかそういったことがあるかとおもうのですが。せんせいいまなさっていることがあるとすれば、おしえていただきたいのですが。

ありがとうございます:
 それはもう「ありがとうございます」だけです。

-ありがとうございます-
 ということは、じゅうかんいのつづけていらっしゃるのですか。

ありがとうございます:
 そう、はい。

-ありがとうございます-
 とくべつってけっしんすることもなければ、けいぞくしようというつよしきではなくて、ごくぜんたいで「ありがとうございます」ですか。

ありがとうございます:
 そう、いまいっしゅんいまいっしゅん「ありがとうございます」でなおしをするだけです。そうしたらつぎしゅんかんも、それをせずにおれなくなっています。だから、いっしゅんいっしゅんが「ありがとうございます」をれんぞくするようにぜんになってしまうのです。



       つうけんきょになる」というと 

-ありがとうございます-
 「ありがとうございます」のこといのつづけると、ぶんしんすごけんきょになっているぶんけることがあるのです。せんせいのおはなしいてると、けんきょさがひしひしとかんじられるのですけど、このことなかにそういったきがすごくあるようにおもいます。

ありがとうございます:
 あるのです、つうけんきょになる」というと、けんきょになるためにいろんなろうをして、マイナスにちてぶんしたかないと、とおもうのですけど。それもひとつのけんきょになるほうほうのひとつでもあるのですが。
 でも「ありがとうございます」をふかめていくと、そのなかげんげんけんきょすでにあるのです。ろうせずにけんきょになれる、けんきょこころにしてもらえるのです。そのほうはまたすごいことなのです。だから、ごくちてくるしまないとけんきょになれないかというとそうじゃない、かんしゃをしているうちに、ごくちてけんきょになるじょうけんきょさがあたえられるのです。


     こころしゅうようも「じゅんしゅうよう」と「ぎゃくしゅうよう

-ありがとうございます-
 なにかをまなばなければいけないとか、とってしまうと、きついなにかがなければけないというふうにおもっちゃうのですが。もっとかるくことをたのしみながら、よろこびながらよろこびのなかいていくことのほうがいいのですね?

ありがとうございます:
 いいのです、はい。

-ありがとうございます-
 それもぶんこころかたですよね。あそびだととらえればあそびのじんせいになるでしょうし、よろこびにちたじんせいになるでしょうし。ねばならない、きついたいけんがなければさとれないとかんがえれば、そのじんせいになるかなとおもうのですが。そうするともっともっとかろやかにしばりのないじんせいになって、そしてかなしみをさとるんじゃなくて、よろこびのなかからふかづきをいただけるというほうがいいなというかんじです。

ありがとうございます:
 ほんとうにそうです。だから、そのこころしゅうようも「じゅんしゅうよう」と「ぎゃくしゅうよう」のとおりあるのです。
じゅんしゅうよう」のほうくるしみなしにこころたかまっていく。でも、そのためには「ありがとうございます」というかんしゃこころかさねて、かみさまのちからでどんどんたかげてもらうのがいちばんいいのです。ところがかんしゃきょぜつするあいがあるでしょう。そういうときはやっぱり「ぎゃくしゅうよう」をさせてもらわないと、こころりっになれない。それでしちなんはってきたりするのです。


      かんしゃする」というのは、こころがどんどんひらいて

-ありがとうございます-
 せいかつていますと、していただいてたりまえかいになっていますし、なんでもたりまえってしまいますから、かんしゃがどんどんえて、かんどうがなくなってじんせいがつまらなくなってしまいます。
 そのはんたいになったときに、ほんとうにちっちゃなもののよろこびとか、ゆたかかさだとかをかんじてくると、じんせいがどんどんたのしくなるのですね。

ありがとうございます:
 ほんとうに、だから「かんしゃする」というのは、こころがどんどんひらいてかいがどんどんひろがるのです、きがげんげんおおきくえてくるのです。かんしゃがないとやっぱりこころひらかない、きがどんどんすくなくなります。それでさぐりでこうとするのですけど、やっぱりなのです。
 だから、やさしいほうほうがいいか、むづかしいほうほうがいいか、この「ありがとうございます」はいちばんやさしいほうほうです。

-ありがとうございます-
 いちばんやさしくて、いちばんやりやすくて、とてもいいことだとおもいます。


     そういうたいにならないようにだんから

-ありがとうございます-
 むかし、イエス・キリストさまをころそうとするしゅんかん「ありがとうございます」とえるかなというかんじなんですけど。どんなかんじでけたらいいでしょうか。

ありがとうございます:
 昨日きのうもちょっといましたけど、そういうたいにならないようにだんから「ありがとうございます」をっていると、そういうめんそうぐうしないのです。

-ありがとうございます-
 いや、だからイエスのあいは「みぎほおたれればひだりほおを」とうじゃあないですか、とてもカッコいいじゃないですか。

ありがとうございます:
 カッコいいね、あっはははは。

-ありがとうございます-
 だから、もしそのようなことがあったあいに――

ありがとうございます:
 あのストーリーのなかではさいこうしゅやくです。

-ありがとうございます-
 カッコいいですよね、‥‥。

ありがとうございます:
 そういうばんぐみではカッコいいですけど、みんながいいひとばっかし、みんなさとったひとばっかしというばんぐみもいいですよ。

-ありがとうございます-
 そういうせっていだったらどううごくんだろう、というきょうがある。

ありがとうございます:
 それは、うごかないです。「ありがとうございます」とおいのりするかぎりは、みんなもうさとってるのです、「みんなかみさまなんだ」というかたですから。もうぜんぜん(不明)さない、もうナイフをっててもね、「ああ、これじょうだんしてるな」というぐらいです。じょうだんでそういうをしてくれているぐらいにえる、それでそのとおりになってしまいます、あっははは。
 ほんとうはもうしゅんかんめんわります。がいっぱいられたとしてもみんなはなびらにわります、へんしんします。

-ありがとうございます-
 そうなるしきはものすごいですね。そこなのです。ぜんぜんはたらかなくてもきていけるというのはぼくなのです。なにかあってもはなびらにわってしまうという、そういうしきわたくしてない。どうやったらてるか、そのしんをね。

ありがとうございます:
 これは「ありがとうございます」をかさねたら、もうそういうこころえられてしまうのです。マイナスはいっさいない。

-ありがとうございます-
 ぶんわるけど、あいへんわちゃうのですか。

ありがとうございます:
 もう、マイナスはなにもないのです。

-ありがとうございます-
 ぶんわりますよ、あいわっちゃうのですか。

ありがとうございます:
 だから、ぶんふくめて、まわりもぜんプラスばっかしなのです。どこにマイナスがあるのかというかんかくです。

-ありがとうございます-
 ぶんはわかるのですよ。ぶんなかで、たとえば、なかいろいろバーンといろいろますけど、まわりもぜんわってくるということですか。ぜったいそういうのはこらないということですか。「ありがとうございます」をってれば、ころされるようなことはない。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」をとなつづけてるかぎりは、プラスのばんぐみだけにちょううから。げんじつにもプラスばっかし、ぜったいこまることないです、はははは。

-ありがとうございます-
 そこがわたくしにはわからない。じゃあ、ぐんってあるひつようないでしょう。

ありがとうございます:
 ほんとうぐんってたない。かみさまのほんとうけんがそこにあったら、だれせんそうこさない。かみさまのあいちからがパッとりたら、ひとこころがぜんぶあいこころになってしまう。そしたらせんそうどころかけんひとつせんでしょう。そしたらぐんなんからないです。
 だから、「ありがとうございます」とかんしゃすることは、かみさまのさいこうろすことです、げんじつすることなんです。あらそいもなにえてしまいます。さいこうぐんですよ、これは、あはははは。
 くにくにとのあらそいでも、ひとつのくにぜったいあらそわないこころって、なにをされてもていこうしないであいくすだけだったら、そのくにほろぼすことはぜったいない、ぜったいだいにします。やっぱりぶんうちじょうかんじがしますでしょう。「ぶんたちのいのちまでもささげてもくしてあげよう」というこくみんを、ほかくにほろぼすわけがない、ぜったい
 だから、ほんとうていこうあいこころで「あいためくそう」というちがあったら、せんそうぜったいこらん。そういうくにぜったいぐんがなかってもだいじょうなのです。
 ただ、ぐんなんかってただけそんでしょう。けいなことをしなくちゃならないだけ、おかねけいかかるじゃない。ぜんひつようなくなってバカにえてきます。


     「ぜんあく」はそうたいりょうきょくにあって 

-ありがとうございます-
 「い」と「わるい」いということがありますが、なにいかなにわるいか。いというのはプラス、わるいというのはマイナスというふうにイコールしてかまわないのですか。

ありがとうございます:
 「ぜんあく」はそうたいりょうきょくにあって、ちゅうそうぞうようなのですけど。ただ、ぜんあくけるこころは「ぶんべつしん」です。ぶんべつしんというのは「ひとつのたちからものごとている姿すがた」です。だからぶんたちからうえぜんで、したあくなのです。だからひとつのたちとらわれています、それはおもいのこころきてるのです。おもいできているひとあいぶんべつしんまれます。あるではとらわれのこころなのです。
 ゆうかみさまのこころというのは、ぜんあくけない。いちばんしたから、あくえるものもぜんていくのです。
 「げんあく」というたちからると、ちいさいあくぜんプラスのぜんでしょう。それで、ほんとうぜんはもっとおおきいプラスのぜんでしょう。それは「ぜんいちげんる」というかたで、すべてをぜんてしまうのがかみさまのたち<