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()(いの)(ぶん)()  

2001ねんがつにち・1



     かねはどういうはたらかたするのか

-ありがとうございます-
 いま、おかねたいしてのおはなしがているのですけど、そのなかで、とうとかかぶとかすすめるようなことがいてあるのですけど、そういうのはどういうふうに…。

ありがとうございます:
 おかねはどういうはたらかたするのか、いろんなかんがかたがありますが、おかねがたくさんあったらしあわせになれるでしょうか? 本当(ほんとう)うはおかねは、しあわせとはかんけいないのです。本当(ほんとう)うのしあわせはかみさまからるものなのです、ただかみさまからなにけるかがいちばんだいなのです。おかねはもうかみさまのかいいとったほうがいいのです。
 だからひとひととのやくそくごとなのです、ぶんがどれだけひとのためにくしたかということなのです。そのくしたりょうたいしてのおかねあたえてもらって、そのおかねでまたぶんあたえたものとおなぐらいのものをえるという、またえができるというかんじのやくそくなのです。
 だからむかしからよく「あぶくぜにがない」ということがありますが、本当(ほんとう)うにひとにプラスをあたえずにおかねれたら、ぜんこうしゃっきんになります。あぶくぜには、サラきんりるよりももっとこうおおきいしゃっきんになってしまいます。
 だから、かぶってもいいのですが、それでかいしゃささえて、なかのためにおおきくこうけんできるのだったら、それはもうおおきいプラスをあたえることになり、そのかえりでいただいたおかねだったら、まだがあります。でもただおかねだけもうかるというのでは、なんのプラスをもあたえていないから、あぶくぜにになってしまいます。それだともういちてきこうしゃっきんをしたということになってしまうのです。
 そしてたいていはみんなおかねがあるとぜいたく使つかってしまうのです。そくじょうのようなただしい使つかかたができたらいいのですけど、やはり、なかなかむつかしいのです。いちてきにおかねがたくさんはいったひとは、あとで(くる)しいおもいをするのです。
 やはりそれよりもひとのためにプラスのものをただであたえるほうがいいのです、ただであたえたらちょきんなのです。だからただというのはそくいたちょきんです。はやかえしてもらわないほうがたくさんそくがつき、あとでおおきなしあわせがもどってくるのです。
 だから本当(ほんとう)うのでのほうというのがいちばんおおきなしあわせをすのです。それはちょうどたねまきもおなじです、たねべてしまうようなかたではいけません、まいてもすぐほじくりかえしたのではいけないのです、みのるまでたないと。ながねんげついたほうがいいのです。
 たからくじがたってもしあわせになるひとすくないのです。やはりひとたいらくしてもうけたいというちでいます、そういうひとのおかねはマイナスのおもいがいっぱいです。
「みんなをしあわせにしたい」「はい、あたえましょう」というひとすくないのです。だからマイナスのおもいのいたものは、こうしゃっきんおなじなのです。たからくじがたったとたんにこころがマイナスをうのです。それでもうかった、とくしたとおもっているのはマイナスのこころです。ひとしあわせにできて「ああ、しあわせ」というのとはちがいます。
 だからほんとうかみさまといったいする、さとりをひらくためのみちあゆひとにとっては、おかねとかざいほうとかいうものはぎゃくうとマイナスのほうおおいのです。おしゃさまも、きんぎんざいほうて、あれはどくだからとうぐらい、きつくいましめたというぐらいです。
 ただひとのためにくして、しゃかいのためにきているひとだったら、それはおかねをもうゆうざいひつようだったら使つかったらいいのですが、そういうひとはおかねにはたよらないのです。ひつようどうぐらいにかんがえて、それをつかんでめてというようなもちちはならないのです。
 わたくしともだちぎんこうつとめているひとなんにんかいるのですが、けっこうぎんこうのおかねあつかうと、びんかんひとほどひとおもいをかぶってしまいます。ちょっとノイローゼになったり、そううつのうつびょうてきになります。きれいなおかねではすまないのです。そういうでは、ちがあかるくしっかりしていないとけてしまいそうになります。それはぶんのおかねではないのですが、それでもおもいをかぶってしまいます。
 さいしょにゅうしゃするときはあかるいのですが、あかるいひとえらんでさいようするみたいなので。ところがさんねんたってくると、やはり、くらんでくるあいおおいのです、あかるいこころかんしゃじゅうできるひとだったらいいのですが。またおかねのクリーニングを一生(いっしょう)懸命(けんめい)にしてあげたら、それがおおきいなかのためになることになるのですが。
 だからおいのりのできるひとはしっかりとおかね使つかってあげて、おかねじゅんかんはやくすればするほどおかねをきれいにしてゆくことができます。ただ、おいのりにしんがなくて、あんまりおかねあつぎたらおいのりしにくいのです。
 さんそうぞくするあいきょうだいなんにんかいて、おやばくだいさんそうぞくをするあいでも、ざいさんほうしたひとがおいのりしやすいのです。ぶんがよけいもらおうとおもって、たくさんもらったひとほどおいのりできません。もうきょくたんにそのてきます。
 ざいさんだいたいいろんなマイナスのものがかさなっています。だいたいぎょうこしてせいこうしたひとは、もうぎるのです、だからプラスのものをいっぱいあたえて、それもただであたえたほうがいいのです。それはとくんだという姿すがたをとります。ぎゃくにおかねえてたくさんざいさんをつくると、もらいぎのあいおおいのです。本当(ほんとう)うはやすていきょうすればいいのに、なんでも。ただもう、もうけるというちになると、もらいぎて、それがやはりしゃっきんになってゆきます、それもこうしゃっきんとして。それはひとのマイナスをいっぱいうことになるのです。だからざいさんにはマイナスのものがいっぱいついてくるのです。
 いちだいはだいたいかたちうえではせいこうします。だいではそれをするのがたいへんなのです。さんだいぜんさんざいしてしまうのです。だいたいそういうかえしみたいです。

-ありがとうございます-
 なんか、そごうのかいちょうなんか、なんおくえんっていうおかねいっしゅんうしなったみたいなのですけど…。

ありがとうございます:
 本当(ほんとう)に。

-ありがとうございます-
 しょうばいするうえで、てきせいかくとしてなるべくやすていきょうするほどいいのですか。

ありがとうございます:
 本当(ほんとう)うはそう、やすいほどいいのです。あとはまあじゅんかんできるていで。

-ありがとうございます- 
 でもいっぱんピープルとしてはたかいものにかんじるっていうのもあるとおもうのですが…

ありがとうございます:
 本当(ほんとう)うはぶんがどれだけプラスをあたえるかで、あたえたぶんぶんのプラスになってかえってるのです。おかねがくぶんにはかんけいいのです。あとはそのひとのためにたかくしてあげる、ひつようなときはそうしてあげたらいいのです。たかくしてあげたほうがいいひとには、たかくしてあげるといい。あたえるこころこしたほうがたくさんけられるというで。
 でもそのおかねくても、ただほんとうもとめているひとにとっては、ただにしてあげたいものです。やはりりょうほうみちゆうざいに、使つかいこなせるのがいいのかもしれません。あいだいです。


      かんしゃこころがあってつづいているあい

-ありがとうございます-
 さきほどさんだいざいさんさんざいするとおっしゃいましたが、じっさいにはずっとけいぞくしているけいもあります。これはやはり「ありがとうございます」というかんしゃおもいがそのけいなかながれているということでしょうか?

ありがとうございます:
 それはりょうほうです。かんしゃこころがあってつづいているあいと、ぎゃくにおきよめがなしに、ずっとマイナスをつづけてざいさんがいっぱいというあいもあるのです。やはりもうこころはたいへんしんどいおもいをしています、本当(ほんとう)こころがやすらいであたえてもらうというのがないのです。

-ありがとうございます-
 しょうぐんじゅうだいつづくなども、よくたようなかんかくなのですか?なんでじゅうだい?とおもうこともあるのですけど。

ありがとうございます:
 てんのうとくべつちがうのです。まずぶんがない、がないのです。あいこころだけをきています、かんしゃあいこころで、みんなのしあわせだけをいのつづけてぶんいちばんしたとしています。すべてのひとのマイナスをぜんいっしんちで、それでかみさまにいのってみんなをたすつづけているのです。そういうひとかならてんたすけをつづけます。
 だからぜいたくしているのではないのです。ただてんのうへいくにだいひょうだから、にんぎょうみたいにいいものをせられます。うさぎにはめないのです。ほんにんべつしっなものでよろこんでいるのです。ふくいちまいだい使つかつづけるのです、まつぜったいにしません。ものでもそんなぜいたくものぶんべたくないのです、しっきています。ただくにだいひょうとしていろんなものをけて、それをかさないといけないからかたないのです。
 でもばくなんかだったらしょうぐんなんかはぜいたくします。ぶんけんりょくをかさにきて、なんでもおもどおりにしてしまおうとします。ただかたちているというよりも、ていないのです、せいはんたいです。だからばくがずっとつづいたからといっても、本当(ほんとう)しあわせはつかんでいません。ぎゃくで、つづいたらつづいたぶんだけあとで、ごうせいさんするときがくるからたいへんなのです。
 だからほんはいせんのあと、てんのうへいころされずにすんでいるとていうのはせきです。てんのうへいひとからなにうばっていないから、しあわせをあたつづけるばかりだから、だれいのちうばいにないのです。ぎゃくにどんなじょうたいおちいっても、かしてくれる、たすけてくれるのです。かみさまからもひとからもたすけてもらえます、そこがちがいます。

 -ありがとうございます-
 かいしゃなどが(ふた)つあっても、じんいんこうせいうりげなどひょうめんおなじようにえても、バックやなかちがうものがありますが、それをわたくしたちはどうやってければよいのでしょう?

ありがとうございます:
 けなくてもいいのです、本当(ほんとう)ぶんかみさまのがわっていたらいいのです。やはりどういうかたをするかによってけっかならてきます。ているようにえていても、いいはいいむすぶし、どくどくむすぶのです。それはかならず、れきぜんあらわれてきます。
 たねをまいてる…それとているのです、けつかないぐらいています。でもけっかならず、みのったときに、どっちがただしかったかしめしてくれます。ぶんただしいがわってたねまきしてもらったらいいのです、かならずいいむすぶようになっているのです。
 だからぶんがどういうかいしゃはいっても、ぶんただしかったらかいしゃがよくなってゆくのです、ただしいひとおおいとそのかいしゃはよくなります。だからかりさいしょ、そのかいしゃしゃちょうさんがおかしくっても、いいひとしゃいんはいればはいるほど、しゃちょうさんのちがわります。かいしゃぜんたいがプラス、プラスにおおきくわってゆくのです。

 
      かみさまがちゅうそうぞうするときに

-ありがとうございます-
 ごくっていうのはあるもんなのですか?しきかいに。

ありがとうございます:
 かみさまがちゅうそうぞうするときに、やはりごくらくがあればはんたいごくができてくるのです、すべてバランスがとれています。さいこうひょうげんばんぐみもあればさいていひょうげんばんぐみもあります。だからごくほうそうばんぐみとして、えいえんそんざいつづけるのです。

-ありがとうございます-
 …んでからゆくとこっていうのも…・・。

ありがとうございます:
 このはあのげんしゅくみたいなものなのです。だからこのにも、ごくごくらくもあるのです。ただあののほうがごくごくらくも、なんまんばいなんおくばいぞうふくされたものです。このごくほんとうつらくても、あのごくからみたらまんぶんいちおくぶんいちつらさです。それはばんぐみとしてあるというだけで、それをけるけないかはべつひとゆうなのです。
 だから、ごくばんぐみわせてけるひともありますが、ひとりもけるひとがいなくてもいいのです。かみさまはそのほうねがっています、みんなごくらくばんぐみだけをあじわってほしいのです。たまにごくたいけんするひともあります、だから、みんなそこでくるしまなければいけないというのではないのです、「いちおうばんぐみとしてはようしているけど」というだけです。でもちょうわせたら、はくしんせまったごくあらわれてきます。


      ひとくなっておそうしきをあげてあげるあい 

-ありがとうございます-
 ぶんうちそうしきをやったのですが、かたちにこだわるのです。かいみょうなんびゃくまんえんなどというのにははんたいなのですが、そういうのはどうおかんがえですか?

ありがとうございます:
 ひとくなっておそうしきをあげてあげるあいしっにしたほうがいいのです。ぜいたくそうしきをするとあしります。わりにとくうしなうようなはたらきしてあげたことになります。ほんにんぜったいそれをのぞんでいないとおもいます。あのひくいところにとされるより、あのしあわせなところにがるほうがいいのです。
 だからこのひとたかそうしきだいかいみょうだいしたりすると、ぎゃくおおきいしゃっきんわせてこうにおくんでいるのとおなじになります。いくらいいかいみょうをもらってもひくいとこへちてしまうのです。ぜいたくそうしきをだされると、それだけおおきいしゃっきんわされてしたちてゆくのです。だから本当(ほんとう)はおかねをかけずに、ぎゃくにそれをみんなにほどこすようなかたちで、とくむような使つかかたをしてあげるほうがいいのです。かたちぜいたくはいらないのです。


-ありがとうございます-
 …でもなにたりまえというかんじでやってしまいますよね。

ありがとうございます:
 そうしきひとが、本当(ほんとう)くなったひとしたって、しあわせをいのりにてくれるかどうかで、そういうひとすくないのです。もうるのです。本当(ほんとう)よろこんでてくれないと、おおぜいてくれるほどぎゃくにマイナスになります。マイナスのおもいをわせてしまうのです、くなったひとたいして。
 だから、おおぜいあつめたからいいのではないのです、できるだけないようにと、ことわるのがいいぐらいです。なにってきてほしくないとか、てっていしてめいわくかけないほうがいいのです。そのほうそうしきさんしなくても、かんしゃしてくれたりいのったりしてくれるのです。そういうことがくなったひとおおきくプラスになってかえってゆくのです。

-ありがとうございます-
 そうしきのとき、くなったかたうえからているのですか?

ありがとうございます:
 そう、ているのです

-ありがとうございます-
 …そのときにどういうおもいでているのですか?


ありがとうございます:
 くなったひとしんきょうによってみんなちがうのですが、くなってすぐめないひともあるし。もうめないで、ねむっているあいだにわいわいそうしきをやってわっていることもあるのです。でもしんきょうたかひとたましいたかひとはすぐめてあのがってしまっています。もうこのれんがないのです。だからそういうひとはもう、このそうしきていません。いろいろなのです。ほどほどにこのながら、「あー、鹿なことしているな、このひとはいいひとだな」というように、またこうからひかりおくっていろいろしてくれたりしているのです。

-ありがとうございます-
 …ということはこのているかんはそのひとによってちがうのですか?

ありがとうございます:
 ちがいます。なみ本当(ほんとう)わったら、ぜんぜんかんけいないのです。ただこころなみつうじたときだけ、つう〜っとわせてくるから、ちょっとだけ、いろいろなことをしんぱいしたりたすけたりしてくれます。だから、くなったひとを、あまりしばりつけないほうがいいのです。おもいでしばぎるとあしります。じっしつてきしあわせをあたえてもらえるやりかたを、くなったひとねがっているのです。             


ありがとうございます
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