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()(いの)(ぶん)()

2001ねんがつにち No.1


       とく」というかんみは、ぎょうにんべんに、むかしちょくせつ

-ありがとうございます-
 「とくむ」とは、どうおかんがえになりますか?

ありがとうございます:
 「とく」というかんみは、ぎょうにんべんに、むかしちょくせつの「ちょくこころ」ときます。だから、「じきしんぎょうずる」といいます。「じきしん」というのは、「かみさまのこんげんはたらき」をうのですが、「なお」ともいいます。かみさまのこころぎょうずるのが「とく」なのです。だから、かみさまのはたらきがほんとうの「とく」です。
 そのかみさまが、いっしゅんいっしゅんあたらしいちゅうつくつづけているというはたらきそのものが、ほんとうの「とく」です。「あらたなぜんとくげんげんかがやきがいっぱい」というのが、いっしゅんいっしゅんかみさまのちゅうそうぞう姿すがたです。そのとくいただくとぶんのものになります。
 でも、けんてきうと、「なにいことをしてとくむ」というもあります。それは、とくに「いんとくむ」とうのですが、かみさまのごとをすれば、ほんとうの「とく」にちかづくのです。でも、ほんとうとくは、「かみさまのはたらきそのもの」なのです。
 だから「ぶんとくむ」というあいでも、かみさまのとくを、かんしゃこころこしてけるのが大事(だいじ)で、かんしゃけるというほうおおきいげんとくいただけるのです。ぎゃくえると「かんしゃすることがおおきいとくみ」です。このにくたい使つかっていろんなためひとためくすこともいのですが、こんぽんは「かみさまへのかんしゃ」です。「ありがとうございます」をとなえることが、ほんとうおおきいとくみになって、それがぜんたいしたら、なかためひつようなことを、けっとして「させていただいている」という姿すがたになるのです。それがぜんな「とく」のかたです。


        まもりをつくひとしんきょうかんれんするのですが

-ありがとうございます-
 くるまの「こうつうあんぜんのおまもり」や「おはらいをけたり」または、「おいのり」をしていただくのは、こうがあるのですか?

ありがとうございます:
 おまもりをつくひとしんきょうかんれんするのですが、たとえば、それぞれのじんじゃで、おまつりしているかみさまがいらっしゃいますから、じんじゃのおまもりもそれなりのこうはあるのですが、さいこうのおまもりは「ありがとうございます」なのです。もうきゅうきょくかみさまをぶことによって、ほんとうたすけをけるので、どちらがわるいではありません。

-ありがとうございます-
 それじゃ、おまもりをもらってこなくても「ありがとうございます」をっていたほうがいいのでしょうか?

ありがとうございます:
 おおきいおまもりをいただけます。

-ありがとうございます-
 あっちのじんじゃ、こっちのじんじゃってみなさんよくかれますが、それはどういうことでしょうか?

ありがとうございます:
 じんじゃというのは「けい」なのです、ほんものではありません。たとえば、「あまてらすおおかみさま」をおまつりしているじんぐうがありますが、「あまてらすおおかみさま」というと、ちゅうぜったいしんさいこうひょうげん姿すがたまえなのです。だから、ちゅうぜんたいなのです。げんげんかがやいたちゅうぜんたいが「あまてらすおおかみさま」なのです。そのかみさまが、ちっぽけなきゅうつわけがありません。またほんちいさいしょりて、にんげんつくったじんじゃわけがない、そんなしょにははいれないのです。ほんとうあまてらすおおかみさまは、ちゅうぜんたいにあって、なおつ、このにはまだていません。もっともっとおくの、げんたかげんいちばんおくに、さいこうかがやいた姿すがたほんとうじつざいしているのです。
 そのかみさまに、ちょくせつうというのはたいへんです。また、そういうかみさまがいることをらないひとにとったら、ほんとうにどうにもなりません。だからやはり、あるおしえるためけいつくって、ここに「あまてらすおおかみさまがいらっしゃる」というふうにおしえると、かみさまのほうくというこころ姿せいととのってくるのです。ただ、けいにとらわれたらです、けいにとらわれるとぐうぞうすうはいしんこうになり、ちがったゆきかたになるのです。
 にせものほんものちがえてしまうという、ちがったしんこうきるので、あくまでもけいけいとして、そしてけいとおしてほんものをしっかりあくするため使つかえばいいのです。
 だから、じんぐうでおまいりして、そこでふかふかいのって、ほんとうあまてらすおおかみさまへこころけるのです。ただ、ほんたいあまてらすおおかみさまがちょくせつじんぐう」へはたらくのではありません。したほうのいろんなかみさまがあいだってじんぐうまもるのです。それで、おまいりするひとたすけて、ほんたいあまてらすおおかみさまをつなぐためはたらきをするのです。そういうだったら、おまいりすることによって、おおぜいこうきゅうしんれいかみさまのたすけをけて、ほんたいあまてらすおおかみさまとぶんとをつないでもらえるのです。そういうで、じんじゃまいることもだいだしいことなのです。

-ありがとうございます-
 よるひるべつかんけいないのですか?

ありがとうございます:
 かみさまはべつなんでもいいのです。

-ありがとうございます-
 やはり、「ありがとうございます」はったほうがいいのですか?

ありがとうございます: 
 「ありがとうございます」は、「ほんとうかみさまのまえんでいる」ことになります。いつもかみさまをぶと、いつもかみさまがぢかあらわれて、ひつようたすけをあたえてつつんでくださるかんかくになってきます。そして、のマイナスのおもいをさずにみます。そういうでは「ありがとうございます」がいちばんいのだとおもいます。ちゅうぜんたいげんかがやいているというかんじで、そういうかんかくべばいのです。

-ありがとうございます-
 ひとたいしてもなにかしてもらって「ありがとうございます」とか「ありがとう」といますが、それは、そのひとうちがわにある、たとえば「かみてきなもの」そういったのをふまえて「ありがとう」ということになるのですか。

ありがとうございます:
 ほんとうは「ありがとうございます」は、かみさまからすべてのひつようものそそぐようにあたえてもらうのです。ただ、そのまったんの、たとえば「ひと」という姿すがたとおして、はいかみさまがはたらくということです。


       たとえば、「ぶつ」ととなえるとき
-ありがとうございます-
 いえなかに、ほとけさまとかみさまとあるのです。「ほとけさま」だったら「ぶつ」とうのですが、「ありがとうございます」でもいいのですか?

ありがとうございます:
 いいのです、たとえば、「ぶつ」ととなえるときは、「さま」は、ちゅうおおがみさまからるとぶんしんのひとつなのです。

-ありがとうございます-
ぶつ」はめて「ありがとうございます」っていうかたちでいいのですか?

ありがとうございます:
 いいのです、ただ、えんあってさまとつながっているわけですから、さまのおかげで「ありがとうございます」につながったかもれません、おんがあります。
 だから、「さま、ありがとうございます」と、あとへ「ありがとうございます」をくわえたら、さまにもおおきいひかりとどきます。また、さまをとおして、おおきいたすけをけられます。べつていすることはいのです、ときどきおもせたら「さま、ありがとうございます」とくわえたらいいのです。
 ただ、さまだけではなく、かんのんさまなり、おどうさまなり、いなさまなり、またいろんなかみさまをみんなしんこうされているとしたら、いちいちぶのはたいへんです。だから、げんかみさまのまえんで、「おんがえしのこころかんしゃこころおこして」というだったらわずらわしくなります。それだったらもうすっきりと、ひとつのかみさまのまえでいいのです。「ありがとうございます」と、ちゅうおおがみさまのまえべば、もうすべてにそのままつうじるのです。ごせんさまにも、げんのいろんなかみさまにも、またこのひとにも、ものにもすべてにつうじます。だから「ありがとうございます」ひとつですっきりぜんたいかんしゃすることになるのです。


        それもあるのでしょうが、そういうのではなく

-ありがとうございます-
 わたくしにはまごがおりますが、このまごきらいがはげしく、しょくをあまりいたしません。みんながやかましくっても、なおそうとしません。ちいさいどもがんさは、があってそうしているのでしょうか?

ありがとうございます:
 それもあるのでしょうが、そういうのではなく、しゅれいさまなんかが、はたらきかけるのです。

-ありがとうございます-
 さっきめいそうしていたときに、まごかおがずっとてきたので、なにかあるかなとおもって、ちょっとうかがったのです、そっとしておくほうがいいのでしょうか?大人おとなかんかくわないほうがいいんでしょうか?

ありがとうございます:
 いいでしょう、わたくしちいさいときしょうしょくでした。とくしょうがっこうがってからは、いろんなまずしいじょうたいたいぼうせいかつをさせられたので、いっしょくぐらいだったので、そうべていません。ぐらいからつきうちしゅうかんだんじきして、そのあとちょっとべるだけでした。だから、べなくてもいいのです、ひとによってぜんぶちがうし、けんこうだったらいいのです。ひとによったらかすみだけできるひともあるし、みずだけんでも、へいきるひともあるのです。
 だからいただけるものをかんしゃこころけて、「かみさまのいのちをいただいた」というちでいただいたら、もうわずかちょっとべるだけでも「ほんとうかみさまのいのち」というかんじだったらかしていただけます。だから、びょうにもなりませんし、せることもないとおもうので、それはべつしんぱいされないほうがいいのです。

     げんじょうしょうもともとかみさまのさいこうひょうげん

-ありがとうございます-
 「せんせいは、いろいろなほんんでおられる」といたのですが、そのなかでアセンションですか、あるではげんじょうしょううのでしょうか、そのことにかんしてはどういうふうにおもわれますか?

ありがとうございます:
 げんじょうしょうもともとかみさまのさいこうひょうげんかみさまのちゅうそうぞう姿すがたというのは、げんげんのチャンネルのほうそうばんぐみをいつもほうしゃつづけています。「ぜったい」から「そうたい」とすべてがわさってまれたちゅうのすべてというのが、もうなにひとつとしてけることはない、すべてをくしたひょうげんなのです。
 だから、ひとがちょっと「そうぞうする」というのもぜんぶふくめて、ぜんかみさまのなかにあります。にんげんぶんことで・こころちょうわせて、そのひとつをすべてかんじるだけなのです。それで、げんげんのチャンネルがすでにあるということになると、げんじょうしょうというのは、いちばんたかいちばんうえまでゆくことです。
 このも、げんげんなかのひとつのチャンネルとしてあり、そのひとつのチャンネルがまだげんかれます。このでいろんなこころちょうわせをしてかいているのですが、ひとはみなおなちょうではないのです。ぶんているかいちがうのです。(おなかいを)ているようにえてちがうのです。ただ、はばがあって、そのなかでまだげんかれているので、だれひととしておなばんぐみていないとえるのです。 
 げんというのはすごいのです。すうげんていされると、だいたいどんなものかわかるのでしょうが、このほんとうげんかれるのです。だからもうだれひととしておなばんぐみぜったいることはません。またひとひとかたちがうし、((こころ)の)たちちがうので、かりおなばんぐみたとしても、かたちがうのです。だから、そのげんじょうしょうというのも、「ばんぐみをどういうふうにてゆくか」なのです。
 さいしょかみさまのなかからまれてくるぶんというのは、ほんとうぶんというのは、かみさまをにしてばんぐみたのしむためがってるのです。げんげんのチャンネルをほうそうばんぐみとしてあたえてもらって、「さあ、きなばんぐみていらっしゃい」とおくしてもらうのです。それでみんなきなばんぐみちょうわせていちおうたのしむのですが、でもぜんたのしめません、あまりにもおおすぎるのです。それで、チョッチョッとたのしんで、そのばんぐみに、あるときとらわれてゆく、はまりんゆくのです。そうするとそのばんぐみからせないじょうたいになります。 
 ばんぐみときはまだいいのです。プラスだけのときは「ああ、たのしいな、しあわせだな」というかんかくです、でも、そのばんぐみにはまりんだままなのです。ほんとうゆうはないのです、ひくばんぐみになるとやはりマイナスがるのです。そうするとくるしいから、そこから「どうしてけようか」とあがく、でもなかなかせません。マイナスがえないので(せないで)こまるのです。ただ、そのときに、いろんなしゅれいしゅじんさまもふくめて、いろんなかみさまがまもってくれるのです。「どうしたらけられるか」というほうほうおしえにるのです。
 いちばんいのはこと使つかかたです。プラスのこと使つかうとこころがプラスにととのって、げんじょうしょうという、ちょうわせるばんぐみていたかくなるのです。

-ありがとうございます-
 こととイメージでは、ことほうがいいのですか。

ありがとうございます:
 イメージのちゅうしんおもいのちゅうしんこころちゅうしんが「こと」なのです。かくになるのが「こと」なのです。だから、ことえたらこころじょうたい・イメージがわります。でもさいしょから「イメージする」というのは、むずかしい、だから、こときにして「イメージどおり」とっても、なかなかたいへんなのです。こころでも、コロコロわって(にく)いのです。ぶんこころをこうしてはいしてでもむずかしいです。でも、ことはいしたら、こころはいつでもゆうはいできるのです。

-ありがとうございます-
 わたくしじんてきには、そういうマイナスのことをすぐに使つかってしまいます。それで、マイナスのことしながらずっとせいかつしているわけで、なかなかそのえがうまくゆかないのです。ぶんでは「やろう」とあたまなかおもっているのですが、だれかがアドバイスしてくれても、やはりてくることというのは、マイナスのことなのです。かんたんにアドバイスしていただけないでしょうか?

ありがとうございます:
 ほんにんが「しよう」としないと、やはりほんにんひつようとしないと、どんなアドバイスもれられないのです。ほんにんひつようときに、はいかみさまが・まもっているかみさまが、てっかくひつようものあたえてゆくのです。そのときに、ぶん使つかってもらえるかもれない。「プラスのこと使つかほうがいいよ」とか、「ありがとうございますをとなえたらくなるよ」とか、だれひと使つかって、はいしゅれいさまがアドバイスしてます。ただ、ひつようにならないとれないのです。
 ほんとうかみさまのおもいやりのこころというのは、「ひつようときひつようものてっかくあたえてゆくはたらき」なのです。ひつようとするまでは、ながってくれているだけです。それでないと、ほんにんが、みんなひとのせいにするのです、それではせきにんかんじないし、ほんにんかたさだまらないのです。だから、あるていは、マイナスでいっぱいになってあたまってもかまわないのです、ぶんいたほうが、ぎゃくもどりせずにむし、おなじことをかえさなくてむのです。ちょっとはてっていしたほうがいいのです。ちょっとあたまって、くるしいときだいなのです。そうすると、ほんとうちがさだまるのです。そのときに「ありがとうございますをとなえている」とか、「プラスのことかえとなえている」そうなれば、もうぜったいぎゃくもどりもないし、しあわせへしあわせへ、どんどんまえまえすすめるのです。

-ありがとうございます-
 やはり、ほんにんくしかないのですか?

ありがとうございます:
 ほんにんきがいちばんだいです。

-ありがとうございます-
 「ってあげる」ということですか?

ありがとうございます:
 ひつようときに、サッと、べる・アドバイスがるというじゅんだいです。でもあまりきょうせいてきうと、はんぱつされたり、またおせちかいぎても、ぎゃくったりします。ひつようときを「このていか」とかんじて、チャンスがたのを、またのがしてしまうときがあるのです。

-ありがとうございます-
 すると、じゅんときに、そういうあらわれる、というのはやはりかみはからいですか?

ありがとうございます:
 ほんとうはみんな、かみさまがほんとうしょうでありせんせいなのです。それでいて、かみさまはいつもまもってくれています。ほんとうひつようときに、「かみさまのあらわれのすべて」をとおしてかみさまはいつもみちびいているのです。どこからみちびきがるかわかりません。はな姿すがたて、スッとみちびきをかんじるかもれないし、いしころからるかもれない。または、ひとからるかも…。それはもう、かみさまのほうゆうざいみちびいてくださるのです。それがひつようになったときほんとうひつようになったときみちびいてくださるとおもいます。


       かみさまのめぐみはげんにあります

-ありがとうございます-
 さっきは、しょうしょくのおはなしだけど、ぎはどうおもわれますか?

ありがとうございます:
 かみさまのめぐみはげんにあります。「ありがとうございます、ああ、なんて美味おいしいらしい」とって、たくさんけるのもいことなのです。ただ、べることにかんきたくないというときは、しんしょくわすれてなにかにんでもいいのです。それはゆうなのです。だから、どれがわるいではなく、そのときそのときひつよう姿すがたで、かんしゃふかまりよろこびもおおきくなればいいのです。だから、たくさんいただくこともだいなこともあるのです。


        いろんなほうほうを、ゆうざいくわえられたら

-ありがとうございます-
 「ことはいする」なかで、あたまなかことおもっているより、やはりはっしたほういのですか?

ありがとうございます:
 いろんなほうほうを、ゆうざいくわえられたらいいのです。こころだけでもいいし、くちすのもいいし、かみいてもいいし。
 ただ、ことというのはことだけではありません、けいことです、おんがくひびきもことです。そういうで、おおきいはばひろことなのです。ゆうかつようされればいいのです。
 おんがくをくだけでも、プラスのおんがくだったら、プラスのこと使つかっていることになるし、メロディーもこといっしゅなのです。「」もそうです、「」もことになります。らしいるとこと使つかったじょうたいになります。しきもそうです、らしいしきると、らしいこと使つかったのとおなじょうたいなのです。 
 だから「」も「しき」もことです。やまちょうじょうまわりをひろわたしたらちが、スカッとれてます、うみなんかをながめてもそうです。らしいしきながめるということは、らしいこと使つかったのとおなじなのです。


        ちいさいときからべつはらたないのです

-ありがとうございます-
 せんせいおこったことはないのですか?どうすればおこらずにむのでしょうか?「ありがとうございます」をかえしていれば、わってくるものなのでしょうか?

ありがとうございます:
 ちいさいときからべつはらたないのです。「か」とかんがえたら、ぜんプラスにているのです、もうぜん。「ありがたい」という、「かみさまのあらわれ」というふうに、「かみさまのあいのプレゼント」とか、「すべてかみさまからのプレゼント」というようなかんじでているので、マイナスにえないのです。たとえひとからなぐられようが、わるわれようが、みんなプラスにえてきます。
 だから、べつはらかんじょうがぜんぜんいのです。またかなしみもありません、かなしいかんかくいのです。プラスにれんしゅうをすると、それがえられるのではないかとおもうのです。だから、プラスにるというのはやはり「かみさまのあらわれ」というように、かみさまをみとめることがだいいちです。 
 「かみさまからすべてがあたえられてくる」という、「そのげんげんのチャンネルをたのしむためあたえられている」というように、どんなごくばんぐみでも、たのしむためだったら、べつにマイナスにえないのです。それでそのひくばんぐみることによって、けんきょこころになれます。それとかくして、いろんな姿すがたながめたらみんなプラスにえてくるのです。
 だから、いろんなほうほうでプラスにれんしゅうをすれば、もうぜんはらたないじょうたいになってくるとおもうのです。そうしたら、かんじょうがスッとしずまり、やすらかになってきます。でも、どうしてもないときは「ありがとうございます」がいちばんこうおおきいとおもいます。
 たいていは「ありがとうございます」をだんとなえていたら、てくるものがさきされてなくなります。かりてきても、てきたあとで「ありがとうございます」をとなえたら、もうにさかのぼってしてくれるし、またらいてくるのうせいのあるものをさきしてもらうので、だんだんと「どこにはらおもいいがあったのかな」とおもかんかくえてしまうのです。


       「ぶん」ということは、ず「おのずからなるもの」

-ありがとうございます-
 「ぶんじんせいぶんでプログラムしてまれてた」とおきしたことがあるのですが、それももとかみさまからてきているということであれば、それはかみさまからあたえられたものなのですね。ぶんいくいくまれわったりするなかで、いろんなものをむ。マイナスのものもんで、それをたとえば「プラスにえたい」とおもってプログラムをしていることも、やはりかみさまのめぐみでしょうか。「ぶん」っていうふうにかんがえるより、「かみさまから」とかんがえたほうがいいのですか。
ありがとうございます:
 「ぶん」ということは、ず「おのずからなるもの」というのが「」なのです。そこから「かれて」たのが「ぶん」です。だから、おのずからなるもの、おのずからそんざいするもの、ゆうざいなるものとはかみさまなのです。かみさまからのかれがぶんです。「ほんとうぶんはどういうものか」というと、ぜったいかみさまから、いっしゅんいっしゅんかれてあらたにてくるぶんです。
 そのぶんは、かみさまとおなじようにげんげんかがやいたぶんなのです。かみさまのこころそのままにぶんこころとしてきているぶんほんとうぶんです。そのぶんは、ゆうぶんはんだんで、すべてかいし、けつだんしてゆうきてこそ、ぶんきてきます。そのぶんだったら、かみさまからげんげんのチャンネルをあたえられて、それをたのしむために、ぶんまかせで、ぜんぶちょうわせててくるのです。
 ところが、そのぶんかない、それをわすれてしまったときは、ひとつのばんぐみなかにはまりんでいるのです。だから、いまているふうけいなかぶんつかちいさいぶんです。たとえば、この「にくたいぶんたましいぶん」というふうにつかみだすと、やはりちいさいぶんつかんでいます。そのぶんが「どうはんだんして、どうけつだんして」というふうになると、それなりにそのぶんもいろいろなゆうってけつだんしてめているのです。
 ただ、その「ほんとうぶん」とくらべるとそうとうちがいがあります。またちいさいぶんだとからのえいきょうもたくさんけて、からあやつられたようにえるのうせいもあるのです。そうすると「からのちからうごかされている」、というふうにはんだんするときてきます。こんぽんは、ほんとうぶんゆうざいにいろんなばんぐみちょうわせてたのしむためてきて、ぐうぜんにそのなかにはまりんだりしても、いつでもけだせて、またのチャンネルもられるというじょうたいなのです。


    ひとがいろんなせつをたてますが、チャンネルのなかにはぜんあるのです

-ありがとうございます-
 さきほど「げんのチャンネルがある」というはなしをされたのですが、「げんのチャンネル」でも、やはりだんかいがあるとおもうのです。あるていひとたちは「だいたいこのきんにチャンネルをわせる」というように。
 たとえば、りんてんしょうのチャンネルにゆけばりんてんしょうはないですね。りんてんしょうがあるというチャンネルでは、それをついきゅうしている。カルマなんかもとうぜんある。いちというのもあり、カルマとはしつわるじょうだんであるというけんもある。そういうひとしゅうちゅうしてあつまることによって、っているのですか。

ありがとうございます:
 ひとがいろんなせつをたてますが、チャンネルのなかにはぜんあるのです。そんなのはひょうざんいっかくです、どんなせつをたてても、そのせつかいがあるのです。べつに「ちがい」とはえないのですが、ただ「それがすべて」というと、ちがっています。「そういうせつしめかいもある」というのはただしいです。 
 ただ、かみさまのほうは、ぜんぶようしてくれているのです。もうすべてをくして、いものはなにひとつないのです、もうぜんぶそろっています。 
 ただ、あたえてくれるすべてにひとがぜんぶそろっても「ちょうわせきれるか」とうと、ぜんにはわせきれません。ほんのいちわせているだけで、いちだけわせてけているだけなのです。ちょうテレビがそうです。ほうそうきょくがあって、でんしてほうそうばんぐみつくっています。それがじゅうチャンネルのほうそうばんぐみがあったとして、そのどのチャンネルにひとひとちょうわせるかはゆうです。
 ただかみさまのほうげんのチャンネルだとすると、げんひとがいてもやはりぜんちょうわせれません、まだていないばんぐみだっていっぱいあります。でもかみさまのねがいは、ひくばんぐみて、やはりげんじつしてしくないのです。やはりしあわいっぱいのプラスばかりのかいで、あじわってしいのです。たださいしょは、ちょっとマイナスをてもらうと、プラスがよりありがたくえるので、ちょっとだけたいけんしてしいのです。 
 さいしょゆうおくしてくれるのですが、さいこうばんぐみこころちょうわせて、それをしっかりあじわってしいので、すぐもどってしいのです。そのさいこうばんぐみいっしゅんいっしゅんあらたに、つづけていて、さいこうじょうたいをどんどんどんどん、あたつづけてもらえるので、ひくばんぐみなんてあいにしてしくないのです。
 だから「ありがとうございます」と、かんしゃふかめてかみさまのさいこうばんぐみだけを、あらたにあらたになおせるほうがいいのです。それをかみさまはいつもくびながくしてっているのです。はやくそうなってしいからしゅれいさま、しゅじんさまをけんして、みんなのこころかたを、プラスにプラスにえるようにたすつづけているのです。ただ、ゆうがあるので、きょうせいてきにはなにません。やはりほんとうぶんひつようとしたときてっかくたすけてもらえるのです。


       それもひつようおうじてです。せいしゅれいさま

-ありがとうございます-
 しゅれいさま、しゅじんさまはひとひとにいますね。そのかずというのは、ちゅうえたりったりということはあるのですか?

ありがとうございます:
 それもひつようおうじてです。せいしゅれいさま、せいしゅじんさまはわりません、ずうっとせんぞくです。ただごとでもいろんなごとたくさんはじめたら、そのごとたんのうかみさまが、ふくしゅれいさまとしていてきて、おおぜいかみさまがまもってくれるのです。ぜんこなせるのがいいのです。だから、そのはたらきにおうじて、ひつようだったらおおぜいになるし、そこまでひつようではなかったらしゅれいさまはひまになります、そのときはすうっとほかってしまいます。

-ありがとうございます-
 それで、ほかかたをおまもりする・・

ありがとうございます:
 そう、ひつようおうじて、まもってくださるのです。

-ありがとうございます-
 こうどうすればするほど・・

ありがとうございます:
 はたらきがおおきくなったひとは、なんびゃくにんとつかれるのです。

-ありがとうございます-
 メインのしゅれいさま、しゅじんさまというのは、ぶん()わってもらうというと、そのままにきていたらいいのですか。

ありがとうございます:
 ただ、ちゅうおおがみさまから、ひつようおうじてスッとそういうかたちてくるだけで、こんぽんは「ありがとうございます」をとなえていたらちゅうおおがみさまから、ひつようおうじてほんとうひつようはたらきとしててくるだけなのです。
 だから、そのとくていまえぶと、まえしばると、ちいさくなったりいろいろするので、そのまえひつようないのです。しゅれいさま、しゅじんさまということ使つかってもいいですが、だんていして、またのいつのだいまれたこういう姿すがたとらえると、ちいさくとしてしまいます。かたまもりもちいさくなってしまいます。

-ありがとうございます-
 たくさんおうえんしてくださいってうと・・

ありがとうございます:
 ひつようになったら、たのまなくてもおうえんしてくれます。

-ありがとうございます-
 しゅれいさま、しゅじんさま、ちゅうぜったいしん、というと、なんとなくわたくしたちにんげん姿すがたそうぞうしてしまうのですけど。

ありがとうございます:
 しゅれいさま、しゅじんさまはいちおうさとりをひらいて、こころゆうざいえられるひとで、ちょうわせがじょうひとです。ただあまりたかいとこにいるかみさまはあまりひくいとこへはわせにくいのです。わせられないことはないのですが、そのだんかいおうじてちょうわせしてもらわないと、「いちばんうえからいちばんしたまで」ではたいへんです。ちゅうだんかいいくだんかいもあって、うえからろせばいいのです。
 このひとおなじです。ごくちょうわせたり、ごくらくちょうわせたり、うえしたちょうわすのはたいへんでしょう。だいたいこのっているわけです。
 だから、しゅれいさまがいちばんぢかで、このちょうわせやすく、たすけやすく、はたらきかけしやすいのです。そういうで、だんかいをおいてまもっているのです。ただうえにいるからえらいとかではなく、はたらきのちがいとしてなのです。しゅじんさまがえらいからとって、ひくひとまもれなかったらえらいもなにもありません。ひくいとこをまもるのはしゅれいさまのほうたんのうだから、そういうだったらしゅれいさまのほううえなのです。

-ありがとうございます-
 「ちょうわせがどこでもわせられるようになったかた」とおっしゃいますけど、げんざいにくたいってきておられるかたもあるし、くなられたかたときもあるのですか?

ありがとうございます:
 それは、にいろんなたいけんんでいるから、いろんなばんぐみちょうわせて、きているのです。それでばんぐみからゆうこころになっているのです。それがさとっているじょうたいなのです。だから、どのばんぐみでもちょうあわせてゆうれるじょうたいです。

-ありがとうございます-
 げんざいにくたいっているひともいる・・

ありがとうございます:
 わたくしみたいに、にくたいっていてもゆうちょうわせられます。

-ありがとうございます-
 そのあいは、しゅれいさまは・・

ありがとうございます:
 「何時いつまもっている」と! せんぞくにというのではなくても、おうえんます。だから、いまぶんちょうが「こういうだんかい」としてそこにとらわれたらそのばんぐみです、はたらきようがないのです。ただもうひくばんぐみちょうよりもゆうちょうわせて、そこへひかりおくめないといけません。

-ありがとうございます-
 じゃあ、これをしとくと、せんせいしゅれいについてくれるのですか?

ありがとうございます:
 いやいや、わたくしなんかたいしたことはありません、バックにおおきいかみいていますから。わたくしはいつも「ありがとうございます」と、ちゅうおおがみさまをつづけてそのちからけているので、わたくしちからでもたいしたことはないのです。ほんとうかみさまがおうえんしてくれます、わたくし使つかって…、


      だいじょうこうからニコッとわらっててきてくれます

-ありがとうございます-
 くなったに「ありがとうございます」をとなえているのです。こんし、おやきょうだいはもちろんどもたちにも、にも、すごくめいわくをかけて、たいへんつらおもいをしました。しゅじんおなかいしゃにいましたので、おなしょうばいをしていてったのです。
 わたくしもですが、ほうは、もっともっとつらおもいいしたんじゃないかと、いまおもいつづけています。みんなうちかいしゃなのですけど、そのときことおもして、どうしてもあしかないです。ってもまえみたいになくて。

ありがとうございます:
 だいじょうこうからニコッとわらっててきてくれます。

-ありがとうございます-
 めいなかいちばんだいにしてもらって、いちばんだいきなだったのです。

ありがとうございます:
 だいじょうです。「ありがとうございます」をとなえていたら、かなら姿すがたこうからてくるから。ちゅうおおがみさまはすごいのです、たいようげんのスピードでパッとぶんほうへぶつかってたらたいへんです。でも、