真祈り文庫
2001年4月15日・1
いろんな見方が自由に出来るのです
-ありがとうございます-
職場に皆に嫌われている人がいます。それは皆に気付かせるために神さまがその人を置かれているというふうに見るのですか、他の捉えかたでもいいですか?
ありがとうございます:
いろんな見方が自由に出来るのです。どういう見方をする人がいても良いのです。それはその時に必要な姿で働いてくださいます。自分もそういう姿を見てドンドン変化するのです。受け方、見方、全部が変化します。本当に一番上になってしまったら見えなくなります。
-ありがとうございます-
見えなくなるのですか?
ありがとうございます:
見えなくなります。眩しくて見えなくなります。消えてしまいます。一瞬一瞬受け直すのが早くなるとそういう感じ方しかない、一瞬見ているときにはマイナスはありません。
-ありがとうございます-
その人が良くなるという消え方もありますか?
ありがとうございます:
本当の消え方は、大きいプラスになって現れます。でも、必要だったら、ひとつぐらいマイナスを残していて良いんだったら、残していても良いのです。謙虚になる勉強にもなるし、感謝する勉強になります。病気でも、ひとつ病気を持っていると一病息災で健康です。ぜんぜん病気をしない人は健康に対する感謝も何もないから、健康のありがたさがわかりません。ひとつの病気があることによって健康とはこういうものだと良くわかります。大きい健康に対する感謝が生まれます。ひとつ、チョッとマイナスを残しておくのが良いのです。
人は、いい環境に慣れてしまうと、感謝も感激も忘れてしまう場合が多いので、だから、プラスのものを掴んだものを放さないといけないのです。放してマイナスのほうへ身を投じたほうがいい。ゼロではまだチョッと足りません、マイナスは降りるための手助けになるから、チョッと掴んだほうが良いのです。マイナスを掴んだら、自分の心はその場に立易いのです、そうしたら、その場からプラスを受け直せます。
マイナスを掴んでも掴みっぱなしでは損をしますから、立場をそこへ置くためにチョッと掴んで、後はプラスを受け直すのです。
-ありがとうございます-
今のお話しをもっと具体的に話してください。
ありがとうございます:
感謝しだしたらマイナスがなくなります、まったくなくなります。困る事はありません。それで、感謝がぐんぐん深まる間はまだ良いのです。常に神さまに命をお返しして新たに最高に受け直してという気持ちがしっかりしているうちは、謙虚になって感謝が深めてゆけるのです。
それで、大きい感激・感謝がいつも湧き上がるのですが、どうしても表面の浅い状態に囚われてゆくと、ご飯でも毎日ご馳走がいっぱいあると、当たり前と思ってしまいます。どうしても感謝がふさいできます、当たり前になると。それで、チョッとまずいものが出てくると、こんなもの食欲が湧かない食べられんとなってきます。マイナスに見る心が出てくるのです、そういうときは必ず。
まずいものを食べないといけない。それか、おなかを徹底して減らしてしまうか、肉体労働をしておなかを減らさなければいけない。そうすると、どんなものでも美味しいと、神さまの命を頂いてありがたいと感謝の心を起こせるのです。
だから、神さまはとても優しいです。感謝が深まるように深まるように、ありとあらゆる方法を駆使して助けてくれます。この世の災害でも、地震でも台風でもそうです。大きい神さまの愛の計らいです。大地震があって、ものすごい大きいプラスになっているのです。表面だけ小さく捉えていると大きいマイナスがあったと思うのです。
でも、神さまの考えるスケールがぜんぜん違うのです。大地震があって、表面の小さいマイナスがガラッと変わってしまいます。、神さまのほうは、これで大きいマイナスを消したんだ!無限の大きいプラスを与えたんだ!という感覚です。
実際そうです。大地震で大災害にあった人ほど運命が良くしてもらえます。感謝が深く大きくなるように変えてくれます。そして、与える心を強く起こしてもらえます。平凡に一生を終わっても、ほんのチョッとしか進歩しません。何百回と生きたぐらいの進歩を遂げます。
だから、マイナスは大事です。マイナスがあるから大きく成長できるというのは本当です。木や草の根の働きと同じです。根は必ずマイナスに向かいます。汚いものの中に根を伸ばしてゆき、それによって本当に必要なものを吸収して、全体が大きく成長してゆきます。
人も同じです。マイナスの体験がものすごく生きてきます。マイナスに負けるのは肥やしに負けるようなものです、根も枯れて全体も枯れてしまいます。負けたらだめですが、マイナスを背負って命を働かせる事さえ出来たら本当の苦労です。苦に負けたら「労」はないのです。苦を背負って働くから苦労です。苦労はいくらしても自分を大きく成長させてくれます。
神さまというのは、どの神さまかです。肉体が自分
-ありがとうございます-
寿命は神さまが決めているのですか?
ありがとうございます:
神さまというのは、どの神さまかです。肉体が自分と思う感覚では、神さまは守護霊さまです。でも、魂の自分とか命の自分というふうに考えてみると、魂の自分も決めてくるかもしれないし、命の自分だったら全権を握って全部決めてきます。
-ありがとうございます-
肉体的な死はあまり考えなくていいということですか?
ありがとうございます:
それもありますが、この世に生まれてくるのは何か大きい目的があるのです。この世は大体あの世の縮図と見たほうが良いのです。あの世を小さく縮めて見せてくれる世界です。この世に生まれてきた目的は、なにを選択して心に取り込むかという勉強なのです。だから、心にプラスを取り込んだらドンドン進歩するのです。大きくなって高くなってゆきます。
この世でそれをすると、そのまま向こうに戻すと、あの世で低い世界から高い世界へ上がるのはなかなか大変です。ひとつ上がるだけでも大変なのです。ところがこの世だと、チョッと上がっただけであの世では大きく上がった事になります。この世で大きく進歩するとあの世ではものすごい進歩です。
だから、どのくらいの縮図かというと、万分の一の縮図だったら万倍の進歩になります。だから、この世でお祈りが・感謝ができるようになったら、低いところから高いところへいっぺんに上がってしまいます。それで、限られた時間でチャンスを与えてもらうのです。これが何万年だったら困ります。ダラダラと生きてチャンスがなくなるかもしれません。この世に生まれ変わってくるだけでも競争率が激しいのです。東大へ入るより難しいのです。
-ありがとうございます-
それは、魂レベルの話ですか?
ありがとうございます:
そう、魂のです。命の自分だったら問題ないのです。
これぐらいにしておきましょう、後は、一杯呑んで?
ありがとうございます
煩悩の価値
-ありがとうございます-
煩悩は、持っていてもいいものなんでしょうか、少しずつ剥がしていった方がいいものなんでしょうか?
ありがとうございます:
大事なのは、自分を大きくすれば良いのです、小さいと押しつぶされます。大きくなったらへっちゃらです。残っている方が良いかもしれません?みんな利用価値があります。大きくなる事が大事なので、大きいというのは神さまなのです、だから、神さまの中に溶け込んで一体化すればいいのです。
全部、必要があって存在するので無限の価値を見出して活用できると思います。どんなものでも無駄なものはないと思います。残しておきましょう!
-ありがとうございます-
人生の中で困難に出会い、解決しなければいけないときに、どんな気持ちでいたら良いでしょうか?
ありがとうございます:
どんな困難が出てきても、困難に戯れてゆくというのが良いのです。遊びと思えばいいのです。難しい遊びほど楽しいのです。単調な誰でも出来るような遊びはすぐにあきが来るのです。遊びでも難しい遊びほど楽しくなってきます。難しいゲームほど奥行きがあって面白いのです。戯れる気持ちで楽しむと良いんだと思います。
答えはすでにあるのです。ただ、そこへたどり着くのにチョッと時間がかかるかもしれません、それぐらいなのです。
-ありがとうございます-
どうどう巡りしているみたいで、なかなか糸口がつかめないのです。
ありがとうございます:
だから難しい問題のほうが楽しいのです。何回もぐるぐると回ってその間楽しんでいます。簡単ならすぐにパッと答えが出てくるのです。難しいのはぐるぐると回って答えにゆき着くのです。
-ありがとうございます-
困難というのは、魂をこえる事によって成長するという楽しみですか?
ありがとうございます:
そうです。自分の能力がドンドン伸びるということは、本当の自分が大きく輝いているということです。自分を大きく成長させる事になります。遊んで悟りが開けるのです。
感謝貯金
-ありがとうございます-
主人には、一番優しくして欲しいし、わかって欲しいし、私自身、主人には厳しくなるのです。怒りや嫌だなと思う部分の反応が早くなります。主人と関わり合ってゆくのに大切な事は何ですか?
ありがとうございます:
現実にマイナスが見えたときに対処するのは、本当はチョッと遅いのです。遅いといっても「ありがとうございます」と感謝すると解消してゆくのですが、それより先に感謝の先取りというのをするのです。
マイナスが出る前に先に「ありがとうございます」を加えておくと、マイナスが出なくなったり、出てもすぐに対処できます。だから、いいときに、「ありがとうございます・ありがとうございます」といっぱいそこへ加えておくと良いのです。先に貯金しておくのです。
-ありがとうございます-
あ〜そうですか、先に貯金しておくと、顔を見たときに怒りが出なくて対処できるのですか、あ〜そうですか、ありがとうございます。さっそく実践します。
ありがとうございます:
先に貯金するほうが得です。利息が付きますから。後から返すとなると利息をつけて返さなければならないのです。
本当に必要な事をするのが幸せへの近道なのです
-ありがとうございます-
子供が就職して転機を迎え、仕事を辞めて留学したいというのです。どうしたら良いでしょうか?
ありがとうございます:
本当に必要な事をするのが幸せへの近道なのです。自分のしたい事を好き勝手してもあまり幸せになれません。それも人に迷惑をかけてでは、借金を増やします。外国へ留学するとなると、自分でまずアルバイトしてお金を溜めて、自分の力でゆかないとだめです。親にお金出してもらってというのは、いくら親は無償で与えるという気持ちでも、借金になります。必ず利息つけて返さなければならない時期が来るから、そこまでの覚悟があって前へ進むのであったら、励ましてあげたら良いのです。
本当に必要だったらやり遂げるだろうし、やりたいもの、浅いものだったら出来ません、それだったら初めからしないほうが良いのです。また、必要な事だったら、神さまの助けが大きく降りるので「ありがとうございます」と感謝をしていたら、ドンドン応援してもらうので、どれを選択するかというのを、自由に任してあげるのです。心配は要らないのです。どの道を歩んでも。
親子関係というのは貸し借りなのです。前の世で育ててもらった恩返しに今度は自分が育てる番に立つわけです。みんな恩返しの関係でいろんな縁が生まれています。だから、親子だけではなしにすべてがこうです。まず先に与えたほうが得をします。世の中に対してでも、先に与えた人が与え返されます。
神さまに対してでも同じなのです。神さまに命を捧げて、神さまの役に立ちたいと。そうすると、神さまの方から無限の大きいお返しが来ます。神さまは無償で与え尽くすのが役目なのですが、それでも、自分のほうから与えると受けやすくなります。みんな自分の信念で、それを受けるか拒絶するかを決めるのです。もし自分がもっているものを無償で与え尽くせる人であったら、何も神さまに与えなくても与えてもらえます。
ところが、普通はそうではありません、与えたらお返しを求めます。だからそういう心・信念があると、神さまに対しても与えられなかったら受けられないのです。与えてないのに受けられる道理がないと自分が思うのです。それで拒絶してしまいます。
だから、いつも先に与える生き方をするほうが得します。与えたものが返ってくるというのもあるし、神さまから与えなくてもいっぱい返ってくるのです。
だから、なんでもただでもらう事は本当はいいことではありません。学校へゆくのもそうです。小学校へ行っても国からの援助は多いのです。中学・高校・大学とゆくほど、国立大学へゆくほど国からの援助はたくさんあります。それは本当の意味では借金なのです。国からの借金です。必ず利息をつけて返す生き方がないと幸せになれません。恩返しをしないと、大きい恩返しを。
恩返しの心を忘れるとなにが来るかというと、マイナスの思いが心にいっぱい溜まってきます。国立大学出たから幸せになれるかというとそうではありません。逆にマイナスの心になってしまって、恩返しできない心になります。利己的になりやすいのです。それだったら、三流大学、私立に入ってアルバイトしながら通うほうが良いのです。借金が少ないのです。そうすると、心が綺麗になり、ボランティア的に働いて喜べる人間になりやすいのです。
だから、感謝して神さまから必要なものを受けるか、与えて与え返されるか、そのどちらかを選んだほうが良いのです。
だから、国から援助してもらって得するんじゃないのです。だいたい国に集まるお金というのは、みんなあまり喜んで出していません。そのお金をもらったら取り返されます。幸せになってくださいと喜んで出す人のお金だったら、もらっても得するかもしれません、幸せにしてもらうのです。
だから、宝くじに当たっても、あまり良い事がないというのは、宝くじは当たりたい当たりたいという人ばかりが出すと、そのお金はマイナスの思いでいっぱいなのです。当たったら途端に、大勢の人のマイナスの思いを背負わなければならなくなります。だから心がマイナスになってゆきます。現実にお金が入っても心は幸せを感じないのです。
みんなそんな感じになっているので、自分の力で切り開くのが一番良いのです。だから、学校へゆくのならアルバイトして、アルバイトの働きも大事です。
神さまの手足となって働けたらそれが一番良い
-ありがとうございます-
神さまに与え尽くすというのは「ありがとうございます」以外に、具体的にどのような行動になるのですか?
ありがとうございます:
神さまの手足となって働けたらそれが一番良いのです。だから、神さまの御用に使ってもらうには、心を整えるのが一番大事です。だから、「ありがとうございます」と感謝して神さまと一体に働く事がまず大事です。そうしたら神さまは自然に使ってくださいます。神さまがいろんな力・能力を与えて良いことをさせてくださいます。
だから、良い事をさせてもらっているという結果が出ているわけです。良い事をさせていただくという結果がすぐに出てくるのです。それはもう神さまの御用にすでに使ってもらっているのです。大きい助けをすでに頂いているという姿です。
普通は良い事をして、世の中からお返しを受けるんだと思うのですが、逆かもしれません。良いことさせてもらうこと自体が助けを受けているのです。だから、良い事をしなかったら受けられないのではなく、良いことしなくても先に助けを受けて、良いことをさせていただくという結果を与えてもらっているのです。
だから、本当の助けを受けていなかったら良い事は出来ないのです。悪い事ばかりしてしまうかもしれません。それが、良いことをさせて頂くというのは、ものすごい助けを先に頂いているのです。
表面的にみても、誰からも助けてもらえなかったら食べ物ひとつないのです。肉体の健康を維持できないかもしれません。それだけでも働く事が出来ません。だから、働けるという事自体が、皆から助けてもらった結果です。働ける状態にしてもらったということです。
神さまの助けは、もっと上から、大きな助けが先に入っているのです。先に助けてもらって、世のため人のために何か良い事をさせてもらっているのです。だから、先に助けてもらっているから、後から感謝がゆくような感じです。感謝の先取りができたら一番良いのですが、追いつかないのです。
自立と貸し借り
-ありがとうございます-
二十歳の息子が昨年結婚したのですが、自立心が低くて仕事をしません。本人の自主性を尊重して親としては何もしていません。自宅の二階に住まわせていますが、二人でアパートを借りて暮らさせたいのですがそれも言えずにいます。
ありがとうございます:
働く必要性を感じさせるのが一番大事なのです。貸し借りの道理を話して聞かせてあげないといけません。親から受けるのでも本人の借金なのです。借金は利息をつけて返さなければいけなくなります。それは直接返せなかったら間接的に返すようになってくるから、今度自分が子供生んだときに、子供のために一生懸命返さなければならないのです。出来なかったら先に持ち越します、必ず。
借金しないほうがいいのです、自分の力で貸しを与えるほうが早く幸せをつかめるから、部屋を貸しているのも、家賃払いなさいと、借金作らないほうがいいのです。上手に自立できるように励ましてあげたほうが良いのです。
貸し借りも、表面的な貸し借りではなく、根本からはっきり貸し借りを考えたほうが良いのです。悟りを開きたいという立場にたったら、徳がいっぱい積まれないといけないのです。本当の意味で人を幸せにするようにしておくほうが、早く悟りが開けます、導いてもらえるのです。表面だけの貸し借りだけではなく、貸したから返してもらうというのではなく、貸した人に返してもらわなくていいのです。ドンドン溜めておいて良いのです。そのぐらいの気持ちの方が良いのです。
だから、子供が生まれたときに、子供の方が前生で親のほうを助けているはずなのです。だからその逆の恩返しの意味で親が子供を育てているのです。だから、子供の方が前生で大きい貸しを作って、徳を余計に持っていたとしても、この世に生まれたときに親から全部返してもらったら損をします。徳が貯金が減るのです。だから、もっともっと徳を増やして幸せを掴むほうがいいというように、親から返してもらわないほうが良いのです。
徳があったら能力が伸びてきます。本当の意味での能力が、世のため人のために尽くす事が本当の喜びというのが湧き上がってくるはずです。それが一番に幸せに繋がるのです。
-ありがとうございます-
本人が気付くまで待つしかないのかなと思うのですが?
ありがとうございます:
親が困っているというお芝居をしてでも、気付かせるのが大事な場合もあります。仮病を使って動けなく見せて、仕事を手伝わすとか、お金が無いように、あっても隠してしまって、借金があるから働かなければならないよとか、働く気持ちを起こさせて、働いたお金をもらってあげるとか、方便ですけどその人を生かす方便です。
そういう高度なテクニックを使うときかもしれません。親を助けたいという気持ちを起こすはずなのです。親が困った状態を親が見せないといけません。
私の母が私が小さい時に、人の三倍働く母親で、仕事が何でも速いのです。そうすると、子供に何か手伝わす事が出来ないのです。子供に小さい時に何でもさせなければだめだと、神さまが指導するのですが、先に全部自分がしてしまいます。それで、母親が神さまのいう通りにしないから、それだったら動けないようにすると、神さまが止めてしまうのです。体が動かないように病気にしてしまうのです。
そうすると、子供がみんなしなければいけなくなります。ご飯作りから何から何までさせてもらわなければいけない。私も小学生のときにご飯焚きが上手に出来ました。何でもさせてもらえるのです。神さまはそこまでするのです。甘やかす愛ではなくて厳しい愛です。
神さまから本当は、そういうように言ってきているはずなのです。でも病気になるよりも仮病のほうが良いのです。
時代時代で必要があってそうなってゆくのです
-ありがとうございます-
別姓制度がありますが、結婚したらどちらの姓を使うのが良いでしょうか?
ありがとうございます:
時代時代で必要があってそうなってゆくのです。名前に縛られるのはあまり良い事はありません。何々家というように縛られると小さく固まってゆきます。本当は自由自在が良いのです。そのうち名前が無くなるかもしれません。名前で人を固定してみてしまうのです。皆が自由自在に変身できたら、この瞬間女の人が次の瞬間パッと男の人が出てきたらどうします。固定してつかめなくなります。
そうしたら名前で呼べなくなります。今花子さんなのに何雄さんと呼ばなくてはいけない。ころころ変わってしまう。それぐらい神通自在に変身できてこそ本物なのです。そういう時代が来るかもしれません。
神さまが無限に無限に大きいのです
-ありがとうございます-
物事を大きく捉えるというのはどういう捉え方ですか?
ありがとうございます:
神さまが無限に無限に大きいのです。神さまに溶け込んで大きくなるのが一番良いのです。神さまに添って自由自在に、大きく自由自在になります。
人が引っかかるのは、過去を掴んで引っかかります。過去の姿を掴みすぎるのです。それを一瞬一瞬自由に放せたら引っかかりません。まず自分が自由自在になったら人を縛らなくなります、過去を掴んで縛らなくなるのです。そうしたらすべてが自由自在です。
今必要なものを神さまから預かって使わせてもらったら
-ありがとうございます-
忘れたもの・忘れ物というのは何なんでしょうか?
ありがとうございます:
今必要なものを神さまから預かって使わせてもらったら、次の瞬間必要のないものは全部お返ししたら良いのです。神さまにおまかせ・お返しという姿をとって、また必要だったら似たようなものが出てくるかもしれません。
忘れ物というのは、お返しと思ったら、もともと自分のものは何もないからというように、今必要だから神さまからお借りしている・預かっているというように、神さまが他に必要だったら他に持ってゆきます。忘れさせて、他の人に使わせるのかもしれない。
自分に必要なものは絶対になくならないのです。どこかに失っても出てきます。必要なかったら循環させるのが良いのです。
-ありがとうございます-
探しても出てこない場合は、必要のない物ですか?
ありがとうございます:
そうです、無いほうがいい場合も多いのです。