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真祈り文庫
2001年3月4日・2
末期というのは、人間が勝手に作り出すような
-ありがとうございます-
地球上の人間の役割は、まだまだ必要なのですか、よく末期とかいいますけど。
ありがとうございます:
末期というのは、人間が勝手に作り出すような感じです。無限の無限のプラスを受けないから、末期症状になっているのです。だから受け入れたら、即全部消えてなくなるのです。
感謝をし始めたら、いつも無限の無限のプラスが一杯なのです。光り輝いてしまって「どこに闇があるのか、マイナスがあるのか」となってくるのです。だから、今まで皆感謝を忘れてたわけです。過去ばっかり掴んで新しいものを受け損なった状態を続けてきたのです。それで良いものがない、良いものがないと探し回っていたのです。感謝をし始める人が増えてきたら、勝手にプラスが一杯になってしまうのです。
現実だけ見ているのは、神さまに背を向けている生き方なのです。「現実だけ見る」というのは。神さまの世界は、自分の心の奥にあるのです。心の奥へ心を向けて、神さまの方へ向かないといけないのです。それが出来たら、現実を通してもどこからでも神さまを見ることができるのです。そして「すべてが神さまの現われ」というふうに見られるのです。一旦は神さまに心を向けないとだめです。
現実を無視して、現実に目を閉じて、心の内面へ心を向け続ける。外への感謝よりも、中へ感謝する。一旦神さまを認めてから、それで内面も外面もすべてを通して神さまを拝み出したらいいのです。
五井先生が修行時代に守護神さまから言葉を頂いたといいます。
「百知は一真実行におよばず、誠実真行 万理を識に勝る」
素晴らしい言葉です。「百知は一真実行におよばず、誠実真行、万理を識に勝る」本当の実行のお祈りです。「ありがとうございます」なのですけど、百知るよりもひとつの「ありがとうとざいます」の方がいいのです。「誠実真行」「誠を込めた真実の行い」というこれも感謝です。「万理を識に勝る」「万の理屈を識よりも勝る」となる。
やっぱり、実行なのです。一回一回「ありがとうございます」を実行すれば、すべてに勝る生き方なのです。神さまを直接知ればいいのです。神さまの助けを、光を、直接受けたらいいだけなのです。後は何にも必要ないのです。
だから、現実の世界を良くしようと思わなくても。神さまの世界は無限にいいものが既にあって、「受けて欲しい、受けて欲しい」と待っているわけです。だから現実を相手にせずによいものを心に受け入れたら置き換わるのです。
病気になっても「病気を治そう」と取り組まなくても、「無限健康ありがとうございます」と感謝していたら、病気は消えて健康が出てくるのです、すべてがそうなのです。豊かになりたい、というのでも「一生懸命働いてお金もらおう」と思うでしょうが、必要ないのです。「無限の富で一杯」と感謝していたらいいのです。
<RUBY>本当はひとつにつながっているのですが、霊が元
-ありがとうございます-
人間の魂というか霊、死というのと、それはどういう仕組み、その境界はどうなのですか?
ありがとうございます:
本当はひとつにつながっているのですが、霊が元にあって、魂があって、肉体(ぱく)があるのです。だから、光源に近い方が霊なのです。命・光なのです。それが段々と末端に行く程、魂になり心になり、肉体になりって、それで消えてゆくのです。奥にある光が強いほど、魂が消え肉体が消えるのです。
-ありがとうございます-
霊の部分では、かなり大きい部分で共有する集団というか命が、そこで交わっているのですか。
ありがとうございます:
そうです。だから奥へゆく程一体感が強いのです。バラバラの感覚はないのです。一体感があって全部が生かし合い助け合いです。
-ありがとうございます-
隔てはなくなって?
ありがとうございます:
なくなっていきます。それでも働きは同じかというと違うのです、全部違う。みんなが助け合いの姿をとって、働きが全部違うのです。
最初は自分が回数多く唱えるとするでしょう、それで
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」の数と質というと変かなあ、数を語ることもいいし、心を込めて中身をしっかり、どっちも重要やと思うのですけど。
ありがとうございます:
そうです。最初は自分が回数多く唱えるとするでしょう、それでいつも内容を濃く唱えようとするのです。どれも一生懸命されるといいのです。その内に段々と「自分の」ではなしに、「神さまにしていただいている」というのに変わるのです。
-ありがとうございます-
では取りあえず数ですか。
ありがとうございます:
(ははは)数が大事、というのは、余計なことを思わないようにするのです。「ありがとうございます」を言っている時は、マイナスを思わないでするのです。すると、神さまの助けを受け続けるばっかりで、どんどん、どんどん過去世から積んだマイナスも全部消してもらえるのです。
思いが出なくなるように、早く変えてもらうのです。すると、感謝がどんどん深くなって、本当の感謝がわかり出すのです。そうしたら、今度は自分が、この世から感謝しているのではなしに、神さまが感謝しているのを自分が受けてるだけの感謝になる。神さまの感謝が自分の感謝に置き換わってくるのです。
-ありがとうございます-
電話がかかってきたときに無意識に「ありがとうございます」、電話一本が「ありがとうございます」。電話を頂いたことが「ありがたいなあ」と「ありがとうございます」というような思いでしているのです。
口癖に最近なりつつあるなあって。車を運転していて、「ありがとうございます、ありがとうございます」と言うのはただ数言っているだけかなあ、と思ってしまいます。
ありがとうございます:
でも、唱えるだけで神さまの助けが降りてくるのです。実感として段々と無限の無限の輝きが一杯という実感が出てくるようになるのです。
-ありがとうございます-
じゃあ、取りあえずは数?。(そうそう)その内に質が中身が?
ありがとうございます:
そう、質がどんどん変化します。
-ありがとうございます-
目標としては一日どのくらい?
ありがとうございます:
十万回でもいいです!一万回唱えたら大したものです。余計なことを思わんで済みます。
-ありがとうございます-
今こうしてお話を聞いている中でも、心の中は「ありがとうございます」がどうしても続いてるのですけど。取り敢えず一万回?
ありがとうございます:
一万回。早かったら一時間でかなり数えられます。一秒に一回で一時間で三千六百回です。そのペースだったら三時間で一万回越えます。 別に口に出さなくていいのです、声に出さなくていいのです。「ありがとうございます」を心で唱えるのが早いのです。
-ありがとうございます-
言葉にすると時間かかりますね。
ありがとうございます:
そうです。それでも早口だったら一秒かかりません。ありがとうございますありがとうございます…。
皆の徳を一にせんこと
-ありがとうございます-
先生は怒ったことは、過去に無いのですか?
ありがとうございます:
ありません。小さいときから。
-ありがとうございます-
むかっとすることもない?
ありがとうございます:
もうぜんぜん腹は立たないのです。教育勅語に「皆の徳を一にせんこと…」とあります。だから自分がお祈りをして徳を積むとか、いいことをして徳を積むのではなく「皆の徳を一にせんこと」自分のお祈りはみんなの為のお祈りで、みんなのお祈りは、自分の為のお祈りで、自分のお祈りは神さまの為のお祈りで、神さまのお祈りは自分のお祈り、というふうに、全部ひとつに束ねてみるのが大事なのです。
だから、自分が祈っているのは神さまの為、全体の為のお祈りです。自分が祈っていない時は、みんながみんなが自分の為に祈ってくれているのです。神さまが祈ってくれているのです。常に祈り続けている自分。それなら楽になるのです。
だから、一回の「ありがとうございます」が「無限の無限のありがとうございますなんだ」と思うのがいいのです。一回ではないのです、無限の無限の回数の「ありがとうございます」です。それが一回の「ありがとうございます」で、自分が唱えさせてもらっているというふうに。だから、みんなのお祈りを、代わってさせてもらっているのです。そういう意味が「無限の無限のありがとうございます」です。
-ありがとうございます-
それは、自分一人が何万回唱えるより、周りの人が百人ぐらい千回唱えている。それも、意味としては凄いですね。
ありがとうございます:
本当そうです。
だからいつも謙虚に神さまの方へ向き続けて
-ありがとうございます-
いろんなお話をしてくださる人が段々変質してきます。それは、慢心というか、傲慢というか、感謝の気持ちが薄れて来るが故に、方向が変わってくるんでしょうか。
ありがとうございます:
そうです。だからいつも謙虚に神さまの方へ向き続けて「神さまに自分が使って頂いているんだ」という謙虚な感謝があったら、いつも神さまが自分の心で働くわけです。そうすると変らないのです。
どんどん神さまの助けが大きく降りて、神さまがいい姿をずっと与え続けてくれると思うのですけど。でも、神さまに向くのを忘れてしまいます。自分が上に立って逆に下を見てしまいます。下を見るとやっぱり下の姿が心に入ります。心にマイナスが入ってくるのです。自分の心にマイナスが増えたら、自分がマイナスの姿をとるしかないのです。だから自分が何かするのではなく「神さまが自分を通して働いてくださっている」という感謝だけがいいんだと思います。
小さい模型の模型の模型なのです
-ありがとうございます-
そうすると、宗教で拝むということですが、それを拝まないといけないとかは、関係ないのですね。
ありがとうございます:
それはもう、小さい模型の模型の模型なのです。 模型なしに本体を掴むには、今度は逆に邪魔になるのです。でも後から来る初心者には、必要なので、壊す必要はないのです。
地球を見るのでも、地球を直接見れば、地球儀や地図はいりません。でも大きく見れない場合は、地球儀があったら教えやすいのです。地図もある方がいい。だからそれは、模型の模型のもうひとつ小さい模型みたいなものです。仏壇もお墓も全部。
-ありがとうございます-
そういう神の作った真理というものを伝えるものとして、それがお経であったのですか。
ありがとうございます:
そうです。お経自体がそれを指し示す言葉なのです。
-ありがとうございます-
お釈迦さまが直接作ったお経は存在しないそうですが、般若心経はその中で、かなりそれを表現されているのですか?
ありがとうございます:
お経自体は、かなり真理を説いていると思うのです。弟子が聞いて後で弟子が編纂したとしても。また後世の人が霊感を受けてそれを作ったにしても。
-ありがとうございます-
それは部分部分の方法を表現しているのですか?
ありがとうございます:
そうです。でも今の時代は、今の時代に合った言葉での表現の方がわかりやすいのです。般若心経が真理を説いているといっても、昔の言葉だとなかなか意味が捉え難いのです。どうしても誤解しやすい。「唱えたら効果がある」くらいしか思えない。中の意味を理解せずに、教えだけを繰り返し唱えているみたいなものです。
-ありがとうございます-
では「ありがとう」を念ずるにしても、そういう真理の絶対を意識するのをプラスして念ずることの方がいいのですか?
ありがとうございます:
そうです。段々と「ありがとうございます」を唱えている内に、プラスされてくるのです。中からどんどん理解が深くなって、中味が濃くなってきます。魔法の言葉です。本当に。
配ってそれを使うだけで、祈りが広がっているのです
-ありがとうございます-
シールなのですけど、シールを皆さんに配っているのですが、どうなんでしょう。
ありがとうございます:
いいですよ。配ってそれを使うだけで、祈りが広がっているのです。貼っておくだけでそこから光がずーっとと出続けるのです、放射され続けるのです。
-ありがとうございます-
私のところで、お店に置いてあるとなくなってくる、というのは、持って帰ってもらっているんだと思うのですが、これは何なのでしょうか?
ありがとうございます:
光が振りまかれているのです。どんどん。それがマイナスをどんどん消してゆく働きもしているのです。
地球という船が、どこへゆくのか。でも、一人、本当に深いお祈り
-ありがとうございます-
世の中のこれから政治も経済も行く末を心配する声が多いのですけど、乗っている船自体がどっちへ行くのかな、どういう方向にゆくんでしょうか?
ありがとうございます:
地球という船が、どこへゆくのか。でも、一人、本当に深いお祈り、感謝する人がいたら絶対大丈夫なのです。神さまの助けが大きく降りてくるのです。神さまは絶対強制はしないので、人間の自由意志を尊重するのです。だからお祈りして感謝して、神さまの助けを受けようとする人がなかったらどうなるかわからないのです。
でも、一人でもいてたら必要な大きい助けを降ろしてもらえるのです。必要な助けを降ろしてくるのです。「地球を護って欲しい」という願いがあって、感謝すれば、一人の人でも感謝していたらそこへ大きい力を降ろすのです。「必要だから」と。だからちゃんと護ってもらえるです。それがどんどん増えてくれば、もっと、プラスを降ろしやすいのです。
ただ、地球上の一人一人が問題なのです。一人一人に、強制的にプラスを一杯与えるわけにゆかないのです。本当に「必要」と出合わないといけないのです。その為に行き詰まってマイナスに飽きてきて、その時間的な経過は必要です。そしてプラスを願い出すのです。必要としだすのです。
そうすると「ありがとうございます」とお祈りする人の力が、そこで大きく発揮されてくるのです。神さまの無限のプラスを受けてそこへ届ける働きになるのです。そうすると急速に世の中がプラスに変化するのです。
感謝する人のネットワーク、光のネットワークです
-ありがとうございます-
そういう意味でのネットワークというか、共に念ずる場があるのが望ましいのですか?
ありがとうございます:
そうです、感謝する人のネットワーク、光のネットワークです。それが世界に網の目に張り巡らされて「何があっても大丈夫」となるのです。
-ありがとうございます-
ありがとう村が、増築された後ここはどんなふうになるのですか?
ありがとうございます:
ここは、何もないのですが。ただ泊りに来てくださる方の為に、まあ百人ぐらい泊まれるようにしておいて、自由に利用してもらおうと思っているのです。もっと必要になったらまた別に場所が出来るかも知れません。
でも、ここは中心でもなんでもないのです。あくまでも「ありがとうございます」という最高の神さまが中心なのです。ここはちょっとした出先機関ぐらいで・・・みなさんが、それぞれの出先機関になって、大きく働いていただく方がいいのです。
だからこういう場所が、世界に沢山あった方がいいのです。だから皆さん一人一人の神さまの、言うたら「セールスマン」「天の使い」なのです。光を振り撒く為の。
-ありがとうございます-
今後、自分で願ったり祈ったりしますけども、今後どうしたらいいんでしょうか。自分一人一人が、どこかへ何かを伝えなくてはいけないでしょうし、伝わってゆくのでしょうか。
ありがとうございます:
もう、「ありがとうございます」を唱えていると神さまに使って頂くのです。そしたら神さまが自分を通して働く力が本物なのです。だから人と出会っても、自然にスッと伝えるチャンスを増やしてもらえるし、また向こうの方から訊ねてくれたりいろいろしてくれるのです。それはみんな神さまの計らいです。人と人との縁結びもそうです、みんな神さまが働いてくれるです。
別に宗教的な信仰をしていなくても出来ます
-ありがとうございます-
その言葉を「世界中にありがとう」というふうに言った方がいいですか?
ありがとうございます:
別に宗教的な信仰をしていなくても出来ます。唯物論者でも出来ます、「ありがとうございます」は。どんな唱え方しても助けを受けるのです。
でも皆さんここへ来られたのも、自然に神さまに導かれているだけなのです。役目があって神さまのご用に使って頂く為の働きが、こういうふうに出てくるのです。みんなもう時期が来て、自分の持っている役割を的確に果たしてゆくのです。それはもう最初から決まっているようです。神さまの方で。それで神さまの方から助けが降りて、自然に、護られて導かれて、ちゃんとなってゆくのです。
だから人が計画して何かをしているという感覚ではありません。神さまが計画して神さまが動かしているという。全部神さまが責任持ってバックアップする。「ありがとうございます」を一回唱える唱え方にも、その無限の価値を見出すのが大事なのです。神さまが唱えてくださっている「ありがとうございますなんだ」というように。
そこにはもう「無限の働きと無限の力と無限の価値があるんだ」と。その方が自分にとって、大きい得なのです。小さく考えたら損をします。大きい助けを受け損なうし、拒絶してしまうことになるのです。だから一年に一回「ありがとうございます」を言うだけでもいいのです。一年分もつのです。無限の光がバーっと一年間輝き続けます。
ないのです。それは自由です。でも、ここへ来られるのは
-ありがとうございます-
今まで先生は、外には出られなかったけども、今後ともこれは続けられるのですか。基本的に昨日お聞きしましたら、なにか労働奉仕をしなければと言うことでもないようですが。
ありがとうございます:
ないのです。それは自由です。でも、ここへ来られるのは、みな神さまに導かれてしか来れないみたいです。必要な人だけが来てくださるようになっていると思います。なんぼ人に「ゆきましょう」と言うても「嫌」という人が大勢います。それで何にも知らんと、スッと来る人もいます。だから神さまの方は全部知っていて、必要な人はちゃんと神さまが引っ張ってきてくれるのです。
私はもうお祈りだけの役目なのですけど、そういう人だったらいつでも喜んで会えるのです。みなさんは「ありがとうございます」を唱えながら、自然に生かされているだけでいいのです。神さまの方が、自然に導いてくださるのです。
ありがとうございます
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