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真祈り文庫
2001年3月3日 No.2
私の両親が和歌山出身なのですが
-ありがとうございます-
先生が何故このように至ったのか、というのを教えてほしいのですが・・。
ありがとうございます:
私の両親が和歌山出身なのですが、どちらも孤児同然なのです。親も死に、兄弟も死に。この世的に言わせたら、相当運命が悪い。父の方は財産家に生まれ、財産は残ったんだけど、それを使い果たして、体がボロボロになったのです。それでもう「駄目だ」といわれて神懸かりになって、命を助けてもらいました。それでいろんな宗教的な仕事もさせてもらい、無報酬で神懸かりになって、お告げをみんなに伝えるような形で人助けをしたのです。仕事は時計屋をずーっとしていたのです。
母は漁師の家に生まれて、貧しい状態だったのです、それで遠い親戚へ小さいときにもらわれていって、預かってもらい育ててもらいました。相当母の方は苦労を抱えています。学校へゆくにも、宿屋と蚕のお世話とかいろんなのをしていたので、朝早ようからそういう世話を全部していました、それで、座って食事をしたことがない、というくらい立ってパッと食べて仕事にかかります。
学校へゆくにも遠いところの学校のベルが鳴るぐらいの時に走ってゆく、というような感じです。だから女の体でありながら、男の人の三倍ぐらい働いたみたいです。特牛(こっていうん・・強健な牡牛)という名前を付けられたぐらいに、相当がんばった。
そういう母親でも頼るところが欲しかったのでしょう。それで小さいときから仏壇を自分で作っては拝み、神さまを求めてはいろいろあちこちへ行ったようです。で、偶然にも父がそういう拝みやさんみたいなのをしていて、そこへ相談行ったときに、神懸かりで出てきた神さまが、いろいろ納得するような話をしてくれたようです。
父と母は相当離れているのです。けど「結婚しなさい」というふうに言われて、まあ結婚しました。それから大阪へ出てきて、時計屋をしながらそういう奉仕活動の仕事をし、そこで私たち兄弟四人が生まれました。だから、私の小さいときはまだ時計屋もはやっていて、借家も買って持っていました。幼稚園まではネクタイを締めていかせてもらっていました。戦後のときでも何不自由なしに育ててもらいました。
ところが小学校に上がった頃から、「本当の修行は、滝に打たれたりそんなんするんじゃないよ」「これから本当の修行をさせるから」というので。父に対して「時計屋をやめなさい」と神さまが言うて来るわけです。そういう指示が来た後はもう、今まで一日で時計の修理でも十人ぐらい持ってきていたのに、朝早くから店を開けていたので、それを全部ピタッと止めてしまう。そして、仕事ができないから収入ゼロです、家財道具全部質に入れては流してしまう。借家も「売らんならん」といって売ってもお金にならない。
財産が瞬く間に全部消えてしまいました。最後には時計を鉄屑と真鍮に分けて鉄屑やへ売って処分してしまいました。結局はもう全部なくして、家もない家財道具も一切ないという状態で、家族六人が残るわけです。それで「これからだよ」と言うわけです。
家が無くなって知り合いの人の物置、まあ六畳の掘っ立て小屋、物置を借りるのです。トタン張りの、そこには布団が無いからわら布団を作ってかぶる。それで着たきりすずめ、もう着替えがない、それに繕いの糸一本無かったのです。
それで食べるものだって収入がないからか得られません。何を食べるかというと、畑にほかしてある野菜屑を探してきては、それを選り分けてそれを食べます、水炊きするわけです。調味料なんか買えません。
薪には何を使うか、その辺に落ちている木屑を探してきます。下駄の放ってあるのとか、何でも燃やしてしまう。そういう状態から出発するのです。
神さまの方は励ましてくれます。苦労が大きいほど、後から大きな楽がやってくるからと。どんないやな仕事でもタダで喜んでするのが神さまの御心に叶うのだとか。いろんな言葉で励まし励ましやってくれるのです。
最初の一年だったらまだできると思う。ところが十年余り続いた。だから子供の心の痛みや苦しみよりも、母の方が子供に対して相当苦しんだようです。だから「子供に苦労をさせるよりは、自分が苦労したい」というのが親心だと思うのです。子供にまず食べさせるものがない。それで学校で必要な給食代にしてもPTAの会費でも、持ってゆかせるお金がありません。運動会だからといって、買えないから、おんなの子は体育のときにブルマというのをはかせるわけにゆかない。どうしても必要だからというので作ったのが、色違いの布で継ぎ合わせて作ったのを履かせる。そうしたら学校の先生が、「風車」といって、嫌がる。
そうするとそれを冷やかされたら、ただでさえ心を痛めているのに、相当心痛めるし、相当ショックを受けます。だからそういう状態が私も小学校へ上がってからずーっと続きました。給食代が払えないから、一人校庭へ出てはじっとしている、時間が経つのを待っています。まあ、その時は私も神さまを信じているので、別に苦にはならなかったのです。「ありがとうございます」を唱えながら、お祈りに専念していたような感じです。
そのうちに段々と安い内職だけはさせてくれるようになります、家族六人で一生懸命する。だからいろんな種類の内職を一杯させてもらったけど、内職してもお金になりません。場合によったら、すればするほど損するのがあるのです。それでも一生懸命させてもらいました。学校へゆく時間までして、学校から帰ってからも一生懸命しました。家族六人一生懸命しても一食分の小麦粉が買えなかったのです。
だからそういう体験というのは感謝を深めるのに役に立ったと思います。ちょっとしたものでも「ああ、ありがたい」と思います。
ちょっと風邪をひいて病気になっても、最初はアスピリンという薬を買いにゆくのですが、お金がない。それでもどうしようもないから買いにゆかないといけません。それで子供に行かすわけです、親はやはりお金なしでは買いにゆけません。
子供が「アスピリン頂戴」と買いにゆきます。それで、もらってから「ああ、今日忘れた」と、「つぎに持ってきますから」とパッと帰る、逃げるように。やっぱりそれは何回もすると気がねします。段々と「前のお金持っておいでよ」と言われます。そうするともうどこへ行っても買えなくなります。だから薬も買えない、お医者さんにももちろんかかれません。
それで頼るところは、やっぱり神さましかなくなってきます。だからいろんな病気、まあ栄養失調にもかかりそうな状態ですから。風邪を引いたりいろんな故障を起こします。その中で神さまにすがったときだけスッと治してくれました、不思議と。同じような病気になっても、お医者さんや薬に頼った人は悪くなっているのに、一心に神さまに頼ったときは治してもらえました、不思議に。
私の姉でも、小学校のときに中耳炎から脳膜炎になって、「もうこれは死ぬ、駄目だ」と言われました。夏の暑い時だったから、手術しても駄目だと。だからお医者さんは立会いのお医者さんを二人置いて、「絶対死ぬから」というて、手術を一人でようせんかった。あの当時、ノミと金づちで頭を割って、腐ったところを取り出す。今みたいなのと違います。一応腐ったとこを取り出してくれましたた。
でも「これは絶対死ぬ」と、お医者さんは言うのです。だから「入院させん、家へ連れて帰ってくれ」と言う。で、それを家に連れて帰って神さまに治してもらったのです。今も元気、おかしくなっていません。
そういうふうに神さまに一心にすがった時は、いろんな形で助けてもらいました。そういういろんな苦労というのは、やっぱり神さまのほうから計画的に与えてもらったお影です。先ず感謝を深めるのに大きく役にたててもらったのです。
また「人生の目的とは何か」というのも、本当の人生の目的を求める心も起こさせてもらったと思います。表面的にいろんな目的を持って順調にいっていたら、それは考えなかったと思います。もうぎりぎりのところで、本質的に「人の幸せとは何か」とか「人生の目的とは何か」とか、いろんな根本的な大事なことを考えるチャンスというのを生み出してもらえたと思います。
だから中学のときに、人生の目的を相当悩んだのですが、それがまた大きく自分の目的を・目標を定めてもらったと思います。人生の目的について悩んだときも、いろんな本を読みあさったり、学校の先生にちょっと聞いてみたり、いろいろしましたが、なかなか納得できませんでした。いろんな答えは書いてあっても、また自分で考え出しても、納得できる答えではなかったのです。
でもその時に人生の目的を「人生の目的を追求することを、人生の目的にして生きなさい」というふうに、ちょっと神さまからアドバイスがきました。それでかろうじて自殺もせずに「ああ、人生の目的を追求するのに、自分はもっと真剣にならないといけない」というような気持ちでやってゆけました。だから、「人生の目的を知りたい」というのが一番の願いだったのです。
それでいろんな勉強もし、お祈りもしっかり深めてという形で、二十歳のときにその「人生の目的」がスッと判かったのです。それまでもいろんな病気もし、いろんな体験を一杯積ませてもらって、結局は自分の欲を全部取ってもらったのです。ただひたすら人生の目的を知りたかったのです。「神さまの目的は何か判かったか」、人生の目的は「何だったかなあ」という感じです。その時に掴んだ人生の目的と今のとはまたちょっと違うのです。
その時は「神さまの御心を受けて、この世に現すのが人生の目的ではないか」というような感じで、スーッと心が納得できました。それだったら「神さまに自分の命を捧げつくして、神さまの御心を現すために使ってもらおう」という気持ちになれました、二十歳です。それからボランティア一筋に生きるようになりました。いろんな平和運動とか、形ではいろんな資金が要ります。真理の本を人に与えるためにも、買って与えないと駄目です。それで三倍働いたのです、朝・昼・晩です。それでお祈りも一生懸命しながら平和運動のボランティア活動一筋に生きてきました、三十過ぎまでそうです。
それまでは結婚も何も考えていません、一生独身でいいと思っていました。その間、月のうち三週間は断食し、お金も無かったからもあるのですが、忙しかったのです。寝る暇もないぐらい忙しかったから、それで断食する方が楽でした。それが大体十年ぐらい続いています。その間やはり、自分の限界を試すというよりも、神さまを試していた「どれだけ護ってくれるか」と、傲慢ですが。ここまで無茶しても護ってもらえるのか、というくらい、無茶し過ぎたぐらいしてきました。
でも不思議に守りに護られてきました。危険なことも一杯あったし、病気やいろんなことで死ぬところまで何回もいっているのです。そのたびに守りに護られてきたのです。やはり凄いなと思います。神さまを試したというのは本当は良くないのですが。でも、どんな時でも守りに護ってくださるというのが、本当の深い確信に変わりました。
二十歳のときの心境と、三十過ぎの心境と全然違います、また今の心境とも違います。二十歳の時はかなり世の中を憂いて、「どうしたら救えるか」というのが強かったのです。本当に地球が滅亡するかも知れんという、もう本当に追い詰められたような気持ちだったのです。
三十になるとだいぶ違って、軽くなっています。お祈りにお祈りを積み重ねて、人の病気を何万人と治してみたり、また平和運動という形で世界の平和を祈り続けて、必ず地球は救われると。人はみんな幸せにしてもらえるのだという、かなりそういう明るい気持ちに変えてもらったのです。それもやっぱりお祈りの感謝行のお蔭だと思うのです。それで、三十過ぎからちょっと心が楽になりました。それで別に結婚は絶対するもんかというそれもなくなってしまって、お任せの気持ちになりました。
それでお任せになると、結婚してみないかという話しが出てきました。それまでは、「絶対結婚せん」という感じだったのです。でもお任せになると自然に結婚もするようになって、それまではもう菜食主義的に生きたのですが、もう何でも食べるようになりました。ただもう感謝を深めてするだけという気持ちに段々と変わってきたのです。だから結婚するとき、私は一円もお金を持っていませんでした。みんな家内に出してもらったのです。それなのによう結婚してくださいと言えたものです。厚かましい!、お金を一円も持ってないのに。
-ありがとうございます-
それなら、紹介されてということですか。
ありがとうございます:
そう、心の勉強のつながりが有っていろんな場で、ちょっと紹介されました。
-ありがとうございます-
先生の奥さんが偉いんだ。
ありがとうございます:
そう、私は「清貧に甘んじて生きるから付いてきなさい」という感じでした。最初から本当は断られるのでしょうが。なんか「狐につままれたような感じや」と言うています。神さまにつままれて!やっぱり不思議なことが一杯ありました。もう自然に結婚するようになってしまったのです。みんな神さまが運んでしまったような感じです。そうでなかったらしてないかも知れません。
-ありがとうございます-
なんで結婚しはったのですか。わからん?
奥さん:
神さまにつままれたのね。
-ありがとうございます-
はーあ。
奥さん:
誰も反対しなかったね。
-ありがとうございます-
大変なのがわかっていて、よく結婚されましたね。
奥さん:
大変なのを知らないから。
-ありがとうございます-
結婚されてびっくりされたでしょう。
奥さん:
生活が全然反対でしたよね、考え方がすべて。先ず、蓄えるということがないでしょう。本当は蓄えて、まあ、後、必要なときに使うとか、困ったときにね、そういうんじゃなくて、全部平和運動に使ったのですよ。
-ありがとうございます-
よく生活費出ましたね。
ありがとうございます:
だから生活費ゼロよ、ゼロ。
奥さん:
おばあちゃんいてたし、結婚しても何も買い物にゆかないの・・
ありがとうございます:
本当にゼロなのです、生活費が。そうして「どうして生きるんか」と言うのですが、やっぱり必要なだけ口に入るのです。入れてもらえるのです。
-ありがとうございます-
天から降ってくるのですか。
ありがとうございます:
天から降ってくるし、人からも・・・
奥さん:
和歌山にいたときは、お魚を川へとりにいったり・・・
-ありがとうございます-
奥さんは偉いわ、凄い偉いわ、先生は慣れているからいいでしょうけど。
ありがとうございます:
本当にそう。
-ありがとうございます-
普通だったら三日たったらとんで帰りますね。
奥さん:
あー、はははは。
ありがとうございます:
ところが、ちょっと違うところが、神さまの護りが降ているのです、苦労も無駄な苦労はありません。だから護りを実感させるための苦労です。だから何もなくても、心はいつも安らかなのは、神さまの無限の護りをいつも実感しているからです。必要なのは必ず与えてもらえると、よくわかっています。お任せの方が楽なのです。だから私の場合はそれを徹底して実感させてもらえているのです、何の心配もしていないのです。
-ありがとうございます-
奥さんは心配しますよね。
奥さん:
心配しましたよ、取り越し苦労、それを取っても楽ならんことあったけどね。それを取ってもらったからあまり先のことを考えなくなるし、非常に気が楽になりました。
-ありがとうございます-
それは何時ごろの話ですか。
ありがとうございます:
そう一年ぐらいしてから・・・。結婚して子供が産まれるという時でも、お金がないのです、出産費が。それでまた私を神さまが強制的に入院させるのです。肺がなくなって心臓がこの辺へ来て、強制入院させられました。
-ありがとうございます-
移動してきたの、そんな馬鹿な。
奥さん:
もう生きるか死ぬか、生きていてもいざりで、本人は車椅子を与えられても、しゃっしゃっしゃっしゃと歩いて・・。
ありがとうございます:
実際なかった、肺がなくなって、心臓がここらへんにきていました。これで呼吸が出来るのかと、動脈を開いたりしてたみたいです。もうこれは絶対に助からんという感じだったようです。
そういう時に子供を出産するのです、お金がないのに。一人ぼっちで。それでも出産の費用はちゃんと与えてもらいました。不思議と回してもらう、必要なだけはちゃんと。やっぱりぎりぎりまで追い詰めては神さまを実感させてゆきます。「これだけ護る」というような感じで、必要なものはちゃんと与えてくださる。私は入院していて楽ちんです。
ところが大勢人生相談に来るのです、絶対安静のところへ。
-ありがとうございます-
奥さんこちらへどうぞ、こんなこと滅多にないですから、両方の話しを聞くというのがやっぱり勉強に凄くなりますよ。僕らも結婚生活していて「ああ」というのがあるのですね、聞いていてもの凄く響いて。是非お願いいたします。
ありがとうございます:
いろんなそういう勉強は全部、神さまを感じる勉強だったのです。神さまと自分との間のクッションを全部取リ除いて、実感させてくれます。だから頼るところを全部取ってもらった方がいいのです。「神さましか与えるところはない」というのが一番大事なのです。そうしたらいつもひしひしと神さまの護りが感じられてくるのです。みんな豊か過ぎたらわからないのです。
-ありがとうございます-
やっぱり心が凄くきれいで、何も疑うことがなかったからかな。僕らはやっぱりどこかで疑心暗鬼になるし、信じ切るには十年ぐらいかかるのではないだろうか。神さまを信じるということはご主人を信じるということですか。でも、心から信じるということは難しいじゃないですか、ご主人を。
奥さん:
でも、みんなも信じられると思いますよ。
ありがとうございます:
百%ですよ、最初から。それでなかったら逃げて行ってます。
-ありがとうございます-
で、入院されて。
ありがとうございます:
私の休息期間だったのです。寝かせてもらって、一年ぐらいかな、一年弱です。その後もすぐに平和運動一筋でした。三十何歳です。だから、恐いもん知らずです。何があっても恐くないのです。
-ありがとうございます-
入院されてからいろんな変化はあったのですか。
ありがとうございます:
もう大きい変化はありません。後はもうお祈りの道をまっしぐらに進んできただけです。後、平和運動を一生懸命させてもらっただけ。だからもう全部お任せの生き方です、だから自分の思いも何も消えて有りません。ただ、もう与えてもらうだけ、という感じです。
-ありがとうございます-
ボランティアというのは、先生みたいに根っこからのボランティアだと理解できます。普通のボランティアっていうと、どこかで何か目的があって、自分の名誉も含めてやる人が多いじゃないですか。
ありがとうございます:
本当のボランティア、本当の奉仕というのは、私の場合は、もう神さまへ命を捧げつくしての奉仕です。人への奉仕ではありません。神さまへの全託奉仕、後は、神さまが自分を使ってくれるだけなのです。
だから、神さまが自分を使って世の中のために、平和のために尽くしてくださるのは神さまがすることです。神さまへの恩返しの気持ちで命を捧げつくしているだけなのです。それで与えられたものを感謝で受けきっているだけ、一番得しています。
みんな神計らいで運ばれています。本当はこんな広いところも要らないのですが、もう小さい六畳の掘っ立て小屋でいいのです。何の願いもないのです。服も別に、何も着たきりでいいのです。食べ物もなくっても、何も食べなくてもいいのです。小さい頃はよく食べ物がなかったら「粘土を掘って食べなさい」と言われたのです、神さまから。粘土を掘って食べた体験は未だないですが。何にもなかったらそのつもりでいます。
-ありがとうございます-
凡人以下の僕でも、全託したらいいのですか。
ありがとうございます:
本当にそうです。全託というより、感謝さえしていたらもう全託なのです。そうしたら神さまの護りが、好きなだけどんどん降りて、どんどん神さまと一体化の道へ進めてくださいます。だから自分が立派になってからどうこうではありません。全部任せた方がいいのです。
だから神さまのほうから降りて来て、必要な働きをしてくださるのです。今の私というのは、過去の積み重ねで成った自分ではありません。私の家系がこれだけマイナスが多かった家系というのは、相当大きな業を重ねているからなのでしょう。でも命を捧げつくして「神さまのために」という気持ちになった時は、大きく神さまの助けを受けられる状態なのです。だから、神さまにとったら、過去の生き方なんてもう問題ではありません。
どれだけ大きいマイナスがあっても、そんなのは取るに足らない。後は、神さまが使いやすく訓練をして使ってくださいます。だから、私に今いいものがあるとしたら、私のものではないのです。神さまが必要に応じて降りてきて、何かをみんなに与えてくれているだけ、それも必要に応じてだけをです。
-ありがとうございます-
変な考え方をすると、悪いことをしても神さまが与えてくれるというのがあるじゃないですか。例えば、人をころすようにと「神さまがそうせい」と言ったからとか。
ありがとうございます:
それが本物かどうか、見極めはみんな誰でも出来ます。
-ありがとうございます-
本物かどうか・・? 成る程!
ありがとうございます:
本物は、一人一人みんな知っています。これが本当の神さまの働きかどうかはわかります。もし、マイナスを背負うのだったら、みんなのマイナスを大きく背負って自分は苦しむ立場におかれるのは当たり前です。人を苦るしませる立場には立ちません。仮に、人を突き殺すような因縁が沢山あったとしても、みんな自分の体の痛みで消してしまいます。
-ありがとうございます-
それが入院された頃からですね、痛みは今でもずーっと変わりませんか。
ありがとうございます:
私は二十歳になる前に一年間、痛みで「もう大変」という状態に置かれているのです。最初に両耳が、片耳ずつなのですが。何か中耳炎的な感じになって、ガンガン割れる、頭が。それが半年ずつ交代で一年間続きました。
その後、今度、胃痙攣が一年間続く、二年間痛みがずーっと続きました。それも普通にいろいろなことしながらです。その傷みというのが、今考えるといい体験だと思うのです。今でも相当いろんな痛みをいつも受けるのですけど、平気なのです、痛みがある毎にそれを喜べるのです。
-ありがとうございます-
じゃあ、並みの痛みじゃなかった。
ありがとうございます:
その時の痛みは二年ずっと続いたにしても、痛みに慣らすための痛みなのです。それでも、その後お祈りに専念するようになって、「お祈り」というのは、みんなの身代わりにマイナスを背負っては、それを消す働きです。一旦は受ける、いろんな人の痛みを。大きい場合は、のたうち回るような痛みです。じっと耐えてお祈りして消してもらう。そりやあ、呼吸が止まることもあります。今まではずーっとそうだったのです、二十歳からずーっと。
-ありがとうございます-
「ありがとうございます」というお祈りですね、これはどこでどういうふうに感じられて始めるようになったのですか。
ありがとうございます:
それも、自然に出てきているのです。いろんな祈り言葉はいろいろ使っていますが、小さい時から。
でも「ありがとうございます」という感謝が、やっぱりいつもあるのです。どんな神さまの名前を呼んでも「ありがとうございます」はあるのです。その「ありがとうございます」だけに徹し切るようになったのは、ずっと後なのです。いろんな神さまの名前を呼び、仏さまの名前を呼び、観音さまの名前を呼び、一心に呼んでは助けてもらって。それも、感謝行の時にずーつと続いてるのです。
-ありがとうございます-
今はどういう生活されているのですか。
ありがとうございます:
必要なものを全部与えてもらっています。天から降っているような感じです、全部がそうです。無一文で何もない状態で、全部整ってゆきます。考えられなことですが。どうやって生活してるのかと言われるのですけど。必要なものは全部、「与えられ過ぎ」という感じです、どうやってお礼せんならんかと。「感謝の先取り」というのですが、先取りどころではありません。もう与えられ過ぎて、感謝が追っつかないのです。
神さまの無限の無限の徳をいつも頂き直している
-ありがとうございます-
宗教でいうとよく「徳をつみなさい」というでしょう。徳を積んだら自分に何か返りますよと。先生のお話はぜんぜん違う観点、徳を積むとか積まないとかじゃないですね。
ありがとうございます:
神さまの無限の無限の徳をいつも頂き直しているのです。自分の「徳」を積もうなんて思っていないのです。神さまから頂くばっかりです、無限の無限の徳を。
-ありがとうございます-
今言われた宗教観の「徳を積みなさい」とはどう考えるのですか。
ありがとうございます:
もう必要ないのです。自分が積むような「徳」なんて、本当の徳ではありません。「徳」という字の意味が、行人偏に、昔の字体で「直の心」です。「直びの心を行ずる」といって、直令の心を行ずるという意味です。だから根源の神さまの働きが「徳」なのです。
本当の「徳」というのは、神さまの働きそのものなのです。だから「全徳の無限の無限の働き」「無限に無限に輝いた神さまの働き」が「徳」なのです。人間が積める「徳」なんて、本当は何もないのです。
その神さまの働きを、感謝を深めて頂く・受け直す。それが神さまの「徳」を頂くことです。その「徳」さえ頂いたら、自分のものになるのです。今更「徳」なんて積む必要はありません。神さまの徳を受ければいいだけ。だから「ありがとうございます」だけでいいのです。
本当はこれ皆さん、無限の無限のと。なんで「無限の」の上に
-ありがとうございます-
無限の無限のと繰り返している意味は・・
ありがとうございます:
本当はこれ皆さん、無限の無限のと。なんで「無限の」の上にもうひとつ「無限」を付けた方がいいのか。まあ、考えてもらったらいいかと思うのですが。幾通りも意味が出てきます。どういう意味があると思われますか?「無限の何々」でも素晴らしいのですが、もうひとつ「無限の」と付ける意味が。
-ありがとうございます-
永遠のとかそういう。
ありがとうございます:
そう、永遠というのも時間的な無限のという感じですが。幾通りも意味が出てきます、沢山。
-ありがとうございます-
無限のという一言で?
ありがとうございます:
そうなります。限りないという。
-ありがとうございます-
宇宙根源とか?
ありがとうございます:
普通この世というのは有限です。どれだけ奥へ奥へいっても、限りがあったら有限です。だから、捉えどころのあるのはみんな有限なのです。「無限」というだけでも凄いのです。
-ありがとうございます-
宇宙を司るもっと大きいものがあるのですか? 無限の無限の…というのは無限のエネルギー、神の力…
ありがとうございます:
ひとつの徳性を例えば「無限の無限の幸せ」というふうに見たときに、普通この肉体の自分一個だったら、「無限の幸せ」で終わります。限りなく大きい幸せを掴んだら、「無限の幸せ」を味わっています。この肉体の自分一個を掴んだ状態ではそうです。
でも、本当の自分は、例えばひとつの考え、この場にいる自分と、無限の次元にいる自分とがあるのです。無限の次元の自分も含めたら、それぞれに無限の幸せを掴んだ無限の無限の…となります。それがひとつ。
それで今の時間にいる自分と、過去・現在・未来の、無限の時間にいる自分がそれぞれにあるのです。だから、無限の時間にいる自分を見ると、全部自分のものとすれば、また無限の無限の幸せです。
宇宙の成り立ちというのは、入れ子構造の、小さい箱の上に大きい箱を作って、その上にまた箱を入れて、箱を入れて、というふうに、どんどん相似形の姿で大きくなってゆきます。だから宇宙の中に、例えば、一個の原子があるとすると、その一個の原子の中にも宇宙があるという感じで、どんどん無限に無限に広がります。無限に無限に広がる想像を絶した構造の宇宙があるとしたら、今見ている宇宙に無限の幸せがあったら、そういうのが無限に続いています。無限の八尋殿(やひろどの)に住む自分から見たら、そこに無限の無限の幸せを感じる自分があるのです。
また肉体の自分・人間としての自分があるとすると。でも、人間以外にも沢山いるのです、動物も・植物も・鉱物も。人間も宇宙に無限にいます。一人の自分としての自分が、無限の幸せだったら、宇宙の全部の人の幸せを自分のものとすれば、これも無限の無限の幸せです。それで人以外の、植物や・動物や・鉱物の幸せも含めたら、これもまた無限の無限の幸せです。
人間としての無限の幸せを加えて、他の全部の幸せを取り込めばいいのです。その幸せというのも、これも全部顔が違います、無限の幸せというのでも、またそれが無限に顔が違って変化します。それも幸せ自体が、無限の無限の幸せになります。そのひとつひとつが必ず無限に質が高くなり、また無限に大きくなって、また無限に深みが出てくるのです。それも全部無限の無限の無限の…と付くのです。
そして、無限に無限に輝いた幸せというものが、いろんな要素をバックにして持っているのです。丁度、太陽の光体のようなものです。その光体の奥にそういうものが、無限に無限に続いています。また早く受けて欲しい、幸せを早く受けて欲しいと言う意味で、そういうのも無限の無限の幸せとして出てくるのです。
そしてそれを全部ひっくるめたもうひとつ奥に「絶対」というのがあります。「絶対」の中には、無限の無限の幸せどころではないのです。それ以上のものがあります。
だから、ひとつの徳性の「幸せ」というのを掴んだだけでも、無限の無限の幸せというのが、底知れぬ想像を絶するものとして、「ありがとうございます」を唱えているうちに、感じられてくるのです。
だから、幸せも・喜びも・安らぎも・健康も・恵みも、その全部の要素がそうなのです。そういうものが無限に無限に複雑に組み合わさって、そこへ光の綾模様、もう荘厳極まりないという感じで大光体がパァーっとでて来るのです、ところてん式に押し出されてきているのです。そういうのが天から降ってくるのです、本当は。地から湧いている・もう全体から降り注いでいるという感じです。その中心に一人一人の自分が本当は置かれているのです。
だから肉体の自分というのは、無限の無限の大光体の中心に置かれているのです。外広がりに無限にどこまでも大きい光が続いています。そうしたら「どこに闇があるんか」となるのです。本当は、もし自分が勝手に闇を作って、その中に入り込まない限りは、大光源の中心にみんないるのです。それが「無限の無限の幸せ」という本当の姿だと思うのです。
だから「ありがとうございます」という一言の中に、その「無限の無限の幸せ」も小さく納まっているのです。それと、ありとあらゆる神仏が全部「ありがとうございます」の中に納まるっているのです。神さまのどんな働きもその中にあるのです、「ありがとうございます」一言の中にです。
また「ありがとうございます」が、本当は奥へ入るほど「無限に無限にありがとうございます」に変化するのです。自分がしている「ありがとうございます」が、一個の「ありがとうございます」とすると、そうしたら無限の無限